
上野千鶴子著
「おひとり力」をつける
ひとりで「おさみしいでしょう」は、ひとりでいられないひとが、ひとりでいなければならないときのせりふ。逆に、ひとりでいたいのに、ひとりにさせてもらえない不幸もある。ひとりでいたいときに、ひとりでいられる至福が、おひとりさまの暮らしにはある。
おひとりさまには、女も男も「おひとりさま耐性」がある。
いや、ストレス耐性みたいに、おひとりさま耐性と呼ぶのをやめにしよう。これではおひとりさまであることが、それ自体、困ったことや辛いことであるように聞こえるからだ。
孤立への耐性という言葉かからの連想で、ついおひとりさま耐性と呼んでしまったが、おひとりさまイコール孤独という等式はやめにしてほしい。
代わりに「おひとり力」と名づけよう。
老人になってもの忘れが激しくなったり、とんちんかんなことをしたりするのに、「老人力がついた」と彼一流の逆説的表現を与えたのは、美術家の赤瀬川原平さん。それにならって、「おひとり力」である。
人間社会的で集団的な生きものだといわれるが、集団でいるのがキモチよいのは、キモチよいひとたちといるときだけ、キモチ悪い人たちと一緒にいなければならないのは拷問に近い。いじめにあったことのあるひとなら、この気分はよくわかるだろう。
そのくらいなら、ひとりで自然のなかに避難したほうがずっとましだ。都会っ子なら書物の中に逃避するだろうか。書物の中にも、自分のみ知らぬ誰かとの出会いがある。しかも、時間と空間を超えた、豊かな出会いが。
おひとり力は性格だけでなく、生活習慣の産物でもある。
「文芸春秋」というオジサマ雑誌の臨時増刊で『おひとりさまマガジン』特集号(2008年12月号)の編集長をやらせてもらったときのことだ。
現役おひとりさまたちを対象に、「おひとりさま大アンケート」を実施した。「ひとりのとき、なにしていますか?」という問いに対して、こんな答えが返ってきた。
「ひとり暮らしが基本なので、ふつうに暮しています。ひとりだからといって特別なことはしていません。こんな愚問には答えられません」
いや、まったく。
《自然は最良の友》
世の中には、ひとりでいることがちっとも苦にならず、ひとりを好む人もいる。
「おひとり力」のあるひとには、自然の中で子ども時代を送っている人が少なくない。
野山を歩き回ったり、一日じゆう小川で遊んだり・・・・。
疎開学童で虐めに遭ったことのある世代には、自然の中にいることが癒しで、何時間ひとりでいても飽きることがなかった、というひともいる。
自然は少しもじっとしていない。陽は刻々と翳(かげ)るし、嵐のざわめきがある。虫たちの気配があるし、鳥たちのさえずりも注意して聴けば、うるさいくらいだ。
行動する作家だった開高健さんに、ベトナム戦争のルポタージュがある。米軍に従軍して森のなかを行軍中、ベトコンの気配を感じて、兵士が一斉に木陰に伏せたときのことだ。
いつどこからベトコンに狙撃されるかわからない極限の緊張状態のなかで、開高さんの隣に伏せていた若いGIが、ふとアタマを起こして、こうつぶやいたという。
「森はにぎやかだね Foresf is Ioud」
そう。行軍のもの音が静まり返った森で、亜熱帯の鳥たちが喜喜としてにぎやかにさえずるのが、くっきりと彼の耳に届いたのだ、たしかに生きている、と。同じような経験を、孤独な魂には、自然が最良の友だ。
《おひとりさまの至福を感じるとき》
わたしの友人にも山登りは単独行で、と決めている人がいる。なぜだか、ほとんど男性だ。山の単独行動は危険が一杯。ねんざでもしたら最後、動けなくなって誰にも助けてもらえない。
ときどき単独行同士が行き交ことはあるが、休憩時間に二言三言交わしたあとは、同じ方向に行くことが解っていても、やっぱり分かれていく。単独行の登山者は、ほかの単独行の登山者と道中を共にしない、
自分のペースを他人に乱されたくない、ということがあるが、基本的にひとりでいることが好きなのだろう。
わたしなどは、稜線のお花畑など出合うと、誰か傍らにいる人と、「きれいねぇ」「ホントに」と言葉を交わして喜びを共有すれば、喜びは減るどころか倍以上になる。
いっぽう単独行のひとは、お花畑で足を止め、けなげに咲いている高山の花々をひとりでしみじみと愛でるのだろう。こんなに豊かな自然が、惜しげもなく自分を受け容れてくれることに感謝して。
おひとりさまの至福は、ときにだれにでも訪れる。外国に暮らしはじめてまだ友だちがいなかったころ、借りたアパートの中庭にある木立の影にが、日が翳るにしたがってゆっくりと日時計のように移るのを、午後の遅い時間から飽きもせずに眺めたことがある。
だれにも邪魔されたくない、このうえもなく幸せな時間だった。
《ひとりでいてもさみしくない場所》
男おひとりさまには、「居場所」のないひとが多い。友人もおらず、出かける先もなく、引きこもり同様になる男性は、年齢を問わず少なくない。
だから、「居場所探し」は、「私捜し」と同じくらいの大問題。ひきこもりの高齢者や青年たちに、安心して出てこられる地域の居場所を提供しようという動きがある。
だか、若者ではあるまいし、10代や20代の若者が「私捜し」をするのとは違って、50代、60代の「人間を半世紀以上やってきたベテラン」にいまさら「私捜し」なんてやってほしくないし、同じようにも「居場所」をわざわざ他人につくってもらわなくてもよさそうだ。
AV男優でモテこそ命、と生きていたはずの二村ヒトシさんが、『すべてはモテるためである』(ロングセラーズ、1998年)という本を書いた。モテないことに悩んでいる男性向けに、何であなたがモテないのかを、じゅんじゅんと説いたノウハウ本に見せて、ただのノウハウ本を超えた人生哲学の書となっている。あまりにおもしろくて、その本が文庫(『モテるための哲学』幻冬舎文庫、2002年)になるときに、解説まで書いた。
そのなかに、この一文をみつけるためなら、彼の本を1冊読むむねうちがあると思えるほどの名文がある。紹介したい。
「居場所とは、ひとりでいても寂しくない場所のことである」
唸ったね。女性も男性とも、文字どおりハンパでなくカラダを張ってつきあってきた二村さんならではの発言。
半世紀以上、人間をやってきたのだから、居場所くらい、他人につくってもらわなくても自分で作る。おひとりさまならそのくらいの気概があるだろう。
《同行二人のひとり遍路》
四国八十八か所巡りのお遍路さんは、よく「同行二人」と記した杖をついている。
笈摺(おいずる)と呼ばれる白衣の背に同じ文字が書かれていることもある。初めてその言葉を知ったとき、わたしは「旅は道連れ」のことかと誤解していた。
お遍路には幾人ものひとが行きかい、お遍路宿もあれば、ご接待所もある。袖すり合うも他生(たしょう)の縁。
同じ道中なら道行きをつかのまでも共にしましょう、という習慣の事かと思ったのだ、あとで無知を恥じた。
「同行二人」とは、ひとり遍路の旅路に、お大師さん(弘法大師)がついてきてくれる。という伝承からきている。それほどまでにひとりの道中が心細く人恋しい気分なのだろう。
と解釈するのはまちがっている。お大師さんがついているから、ひとりでもだいじょうぶ、むしろお大師さん以外の道ずれを潔よしとしない。という敬虔(けいけん)な心構えと解するのが正しい。
そういえば、四国のお遍路道を歩み去る漂泊の乞食坊主、俳人の種田山頭火(たねださんとうか)は、ひとりの姿が絵になる。山頭火がお遍路の一団を引率などしていた日には、山頭火神話が壊れてしまう。
うしろすがたのしぐれてゆくか 山頭火
山頭火はやっぱり集団に背を向けて、時雨(しぐれ)のなかをひとり消えていくのがよい。
そしてなぜだか、山頭火ファンは圧倒的に男なのである。
それというのも、おとこがほんとうにひとりが好きだからなのか、それともひとりになりたいと思いながらそうできない自分に内心忸怩(じくじ)たる思いを抱いているからなのか。
《「おひとり力」検定一級》
そういえば、男おひとりさまの決定版はソローの『森の生活』だ。日本版は鴨(かも)長明の『方丈記』どちらもファンは、ほとんど男性だと思う。
ちょっと気の利いた男に話を振ってみると、急に目を潤ませて、「ソローの森の生活、いいなあ、あこがれだなあ」と言うのを目にすることがある。自然の中の小さくて質素な家で、だれにも邪魔されずに自給自足の暮らしをして送りたい。
という実現する可能性のない夢をもっている男性が多いことに驚く。
近代になってから自己流謫(るたく「罪によって遠方に流されること」松浦の方はコアな)同然の方丈暮らしに新たな神話を付け加えたのは、幕末の探検家、まつうら武四郎(1818〜1888年)。
伊能忠敬(ただたか「1745〜1818年)は有名だが、松浦のほうはコアなファン以外には知られてはいない。蝦夷地(えぞち)の探検家で「北海道人」と号した。「北海道」という地名はここから来ている。
晩年は踏査した各地から集めた木材を寄せて畳一畳の小さな寓居(ぐうきょ)を建て、そこに自分を幽閉(ゆうへい)するようにして生涯を閉じた。
蝦夷地が明治政府の侵略の対象になっていくことに憮然たる思いをもっていたために、一種の自己処罰のような暮らしを選んだのだという説もあるが、はっきりしない。
死後は寄木細工の寓居を燃やしてくれるように遺族に言い残したが、遺族は遺言に背いてその建物を保存した。
現在では三鷹市の国際基督教大学の構内に移築・保存されている。松浦武四郎を知っていれば、「おひとり力」検定の一級くらいにはなる。さて、あなたは?
つづく
第3章 よい介護はカネで買えるか