
上野千鶴子著
第2章 下り坂を降りるスキル
人生のピークを過ぎたとき
あなたの人生のピーク(頂点)は、思い返せば、いつだったのだろう。
「いまがいちばん。人生のピークです」と答える高齢者がいる。
ほとんどが、女性である。残念ながら、男性のお年寄りで、そう答えるひとに会ったことがない。
女性の場合なら、子育てを卒業し、孫たちの成長を距離を置いて見守り。夫を看とり、遺産と年金を受け取って、自分のためにだけ使える自由な時間と自由になるお金をようやく手にしていることが多い。
夫を見送ったあとが「人生のピーク」であるという、女性の考えに根拠がないわけではない。ただしその年齢は、50代から60代、まだ体力もあって、遊ぶ元気があるころだ。
70歳以上の人に対して、「もしあなたがもう一度人生を生き直せるとしたら、何歳に戻りたいですか?」という質問がある。これに対する答えには、男女差がある。
女性は30代、男性は50代と答える人が一番多いという。
女の30代は出産・育児に夢中な年齢だ。子どもの手が離れてほっとするまでに、人生のうちで最も充実を感じる時かもしれない。他方、男の50代といえば、定年直前、職場での地位と収入がピークを迎える。男はその時代に戻りたいという。
権力と経済力という、第三者からのわかりやすい評価が、そのまま自己評価につながるのは、男がとことん社会的な生きものだからだろうか。
《上りより、下りのほうがスキルがいる》
人生のピークがいつかは、実のところ、過ぎてしまわなければ解らないものだ。
自分が下り坂にあって、振り返って見た時にはじめて、あれが人生のピークだったのか、と分かる。そんなものだろう。
いまや人生85年時代、てや、「高齢化社会をよくする女性の会」の代表、樋口恵子さんによれば「人生100年時代」だという。もし50代に人生のピークが来るとしたら、前半が上り坂。後半が下り坂。
その配分は半々くらいと承知しておく方がよさそうだ。
上がり坂のときには、昨日までの持っていなかった能力や資源を、今日は身に着けてどんどん成長・発展することができた。下り坂とは、その反対に、昨日まで持っていた能力や資源を、しだいに失っていく過程である。
昨日できたことが今日はできなくなり、今日できたことが明日は出来なくなる。問題はこれまで、人生の上がり坂のノウハウはあったが、下り坂のノウハウがなかったこと。下り坂のノウハウは、学校でも教えてくれなかった。そして上がり坂よりは、下り坂のほうがノウハウもスキルもいる。
《楽観的な親世代、不安感の強い子供世代》
日本のように近代化が一足遅れてやってきた国は、近代化のサイクルが短期間で急速にひと通り通過することになる。韓国の場合は、そのスピードが更に急激な「圧縮近代」を経験している。
そのなかでも、私の世代、戦後ベビーブーマー(団塊の世代と呼ばれた)は、特異な位置を占める。というのもベビーブーム世代にとっては、敗戦からの復興と高度成長の時代が自分自身の成長期と重なり、日本社会の成熟期と停滞期が自分たちの向老期と重なるからだ。
青春という、ものみな萌える成長の年齢に、戦争の時代に出合ったり、不況とデフレスパイラルの時代に直面したりしたら、さぞ不運なことだろう。
どの時期に青春期を過ごすかは、その後のものの見方に、身体化されたといって良いほどの影響を与えるように思える。
わたしたちベビーブーム世代は、成長に対する過信から、時間がたてば事態はいまより良くなるだろうという、根拠のない信念をもつ傾向がある。
対して、それより30年ほど若い世代は、時間が経てばいまより事態が悪くなるという、ねぶかい不安の感覚を持っているように感じる。それと言うのも彼らが物心ついてこのかた、日本はずっと不況とデフレスパイラルを抜け出せず、少子高齢化への道を歩んできたからだ。
彼らがちょうど団塊ジュニア世代にあたることは、偶然の一致とはいえ、何かの皮肉としか思えない。楽観的な革新的な親の世代のもとに、不安感が強く守りの姿勢の子ども世代に育ったからだ。
だから、「ボクらが若い頃は‥‥」と自分たちの価値観を押し付ける事はもうできない。子どもたちの世代に置かれている環境は、30年前とすっかり変化しているからだ。
そればかりでない。気がつけば自分自身が高齢期に突入している。だれもが教えてくれなかった時代と世代の経験を、わたしたちは迎えようとしている。
つづく
男の定年、女の定年