2 イニシエーション
未開社会においては、イニシエーションの儀式は必要欠くべからずるものであった。
後にも述べるように、このイニシエーションの儀式を無くしたことが近代社会の特徴なのであるが、そのことの意味についてわれわれはあまりにも無知であったので、既に述べたような青年期の問題を抱え込むことになった、ということもできる。
イニシエーションは通過儀礼などとも訳されているが、未開社会において、ある個人が成長して、ひとつの階段から他の階段へと移行するとき、それを可能にするための儀式である。宗教学者のエリアーデは『生と再生――イニシエーションの宗教的意義』という著書において、イニシエーションについて詳しく論じている。
彼は「イニシエーションという語のいちばんひろい意味は、一個の儀礼と高等教育郡を表すが、その目的は、加入させる人間の宗教的・社会的地位を決定的に変更することである。哲学的に言うなら、イニシエーションは実存条件の根本的変革というに等しい」と述べている。
つまり、イニシエーションによって、ある個人はまったくの「別人」となると考えられるのである。彼はイニシエーションを三つの形に分けている。第一は少年から成人へと移行させる、いわゆる成人式、部族加入札である。
第二は特定の秘儀集団、講集団に加入するためのものであり、第三は神秘的なもので、未開宗教における呪医やシャーマンになるためのものである。ここでは、これらのなかの成人式がわれわれの関心のあるところなので、それについて述べることにしよう。
まず男性の場合の成人式について述べ、つづいて、女性の成女式について述べることにする。
成人式
未開社会において行われる成人式は、一般に次のような要素から成り立っていると、エリアーデは述べている。
1、「聖所」を用意すること。俗世界と区別された聖なる場所を準備し、男たちは祭儀の間そこに隔離されてすごす。
2、修練者(ノヴイス)たちを母親から引き離す。あるいは、もっと一般的には全女性から引き離す。
3、修練者たちは隔離された場所で、部族の宗教的伝承を教え込まれる。
4、ある種の手術、あるいは試練が与えられる。割礼、抜歯、などであるが、皮膚に傷跡をつけたり、毛髪を引き抜いたりすることもある。この間、修練者たちはその痛みにぐっと耐えねばならないのである。イニシエーションの期間には、いろいろなタブーや試練に従わねばならないことが多いのである。
ここにあげた四つの要素について、次に簡単に説明するが、これを実際に儀式として行うときは、そこにそれぞれの部族、社会において細かく定められた規則や方法があり、それが忠実に施行されるのである。詳細に語ることはできないが、そこに行われる一つ一つの行為が象徴的な意味を持ち、子どもが大人へと変容する過程に必要な、深い宗教的意義を与えるのである。
まず、「聖所」を用意することについて、これは単に俗世界と異なる場所という意味ではなく、この世界が「そのかみに」神によって創造された時と同じ場所、空間を再現するという意味を持っている。
イニシエーションということが本来的な意味において成立するためには、その社会に属する成員が、彼らが住んでいる世界というものは、「そのかみに」神によって、全きものとして創造されたと信じていることが必要である。
子どもたちはそのような完成された世界へと入れてもらうために儀式に参加するのである。したがって、このような「聖所」において、修練者たちは「事物の始めの聖なるとき」を再体験し、そこで神話的な人物と交わり、その世界へ入ることが可能となるのである。
次に、修練者たちを「母親から引き離す」ことは重要である。
すべての子どもはそれまでは母親の庇護の下で暮らしている。大人になるまでのこのような母親との強い結びつきは、子どもが成長してゆくために必要なことであるが、大人になる時は母親との結びつきを断たねばならないのである。
この事は極めて劇的に行われることが多く、母親よりの分離はすなわち、「死」の体験として受けとめられるような仕組みになっている。
たとえば、エリアーデによると、「ほとんどすべてのオーストラリアの部族の例では、母親はその息子が、恐ろしい、神秘的な神、名は知らないが、その声はブル・ローラー(うなり木=振り回して音を立てる木片)の胆をつぶすような響きで聞くことができる神によって、殺され食べられてしまうのが知らされる」のである。
このようにして、子どもは神によって殺され、次に成人として神によって生き返されるのである。
このときに、子どもは成人として今までと異なる名前を与えられるところもある。
母からの分離のときに、子どもたちは「死」を体験し、新たな大人として再生してくるのである。
第三の宗教的伝承を教えられることは、「父祖見参」と呼ばれており、ここで修練者たちは原初のときにかえり、父祖あるいは原初の神の姿に接し、その部族に伝わる宗教的伝承を教えられるのである。
このように創造のわざの再現を通じて、修練者修練者たちがの大人になるにふさわしい伝承を受けるのみならず、彼らの住む世界がここに新たに更新されると考える。
第四の要素である試練は、イニシエーションの儀式にはつきものと言ってよいであろう。
割礼が行われたり、門歯がたたき折られたりするが、修練者はそれらの痛みに耐えることが要請される。
断食、沈黙、視覚の遮蔽(しゃへい)など多くの禁止が課せられることもある。
これらの肉体的試練にはすべて精神的意義が含まれており、修練者はこの試練に耐えることによって、大人になるのにふさわしい精神力や意志力を示すことになるのである。
以上、簡単に示したような方法で成人式が行われ、子どもが大人になるのであるが、このような儀式によって、修練者の宗教的伝・社会的地位が決定的に変更され、エリアーデの言うように、「実存条件の根本的変革」が行われることを、われわれは認識しなくてはならない。
このような社会においては。子どもと大人の境界があいまいになることは無く、成人式という凄まじい儀式によって、子どもはまったく「別人」になったように、社会の成員としてふさわしい大人になる。
彼らは大人としての自覚と責任をそなえた人間となるのである。
成女式
文化人類学者によって、成女式についてよく調べられているが、成女式についてはそれほどに研究されていない。このことはエリアーデが述べている次のような成女式の特徴が関係していると思われる。
彼は「第一に、成女式は、文化の古い層にも記録裂けてはいるが、男の成人式ほどひろく分布してはいないこと、第二に、男の成人式ほど発達していないこと、第三に、成女式は個人的なものだということ」の三点を、成女式の特徴として挙げている。
成女式は初潮とともに始まる。したがって、男子のように集団で行われるのではなく、個人的に行われることになる。初潮とともに、あるいは、その兆しの見えた時に、女性は社会から隔離される。
そして、男子の場合のように、性と豊穣の秘儀や、部族の習慣などが教えられる。あるいは、女性も知ることを許されている宗教的伝承を教えられる。
その後に、彼女は隔離場所から部族の元へと帰ってきて、公衆の面前に披露され、成人の女性として受け入れられるのである。このときに、集団での舞踊が行われたり、成女となった女性が村の家々を訪ねて贈り物を受けたり、いろいろな祭儀が行われることもある。
成女式が成人式ほども広く行われず、あるいはあまり発達していないことには、次のような理由が考えられる。つまり、女性の場合は初潮という、言うならば自然の秘儀によって成女になるので、男性の場合のような手の込んだ儀式を行う必要がないと考えられる。
ある部族においては、成女式は初潮のはじまり、新生児の誕生をもって終結するところもあるが、初潮、妊娠、出産というような自然によって与えられた秘儀は、それ自体が宗教体験であると考えられ、それは男性の用語には翻訳しがたいものである。
エリアーデは成女式が男の成人式ほど研究されていない、と述べているが、成女式の本質は学者による「研究」によって言語的に明らかにされるようなものではない、とも考えられるのではなかろうか。
エリアーデは成人式と成女式の特徴について、「女性とは違って、男性は成人式の訓練期間中、『見えざる』実在者を意識させられ、あきらかならざる、すなわち直接経験として与えられない、聖なる歴史を習得する。
・・‥少年にとって成人式は直接でない世界――精霊と文化の世界――に導き入れられることである。
少女にとっては、逆に、成女式は、表面的には自然的成熟のあらわなしるし――の秘儀に関する一連の掲示を含む」と述べている。
つまり、女性にとっては「表面的に自然を現象」を通じてイニシエーションが行われるのに対して、男性はそのような自然現象に頼ることが出来ないので、「見えざる」実在者を意識することを通じてイニシエーションが行われねばならず、したがって、いろいろと手の込んだ儀式が必要となってくるのである。
このことは、大人になることの男女差を考える上において、現代においても考慮すべき、ひとつの重要な点である。
ともあれ、男にしろ女にしろ未開社会においては、イニシエーションの儀式によって、子どもがはっきりと大人へと変革されるので、「大人になるこの難しさ」など存在ないのである。あるいは、そのときの試練に耐えられないものは殺されてしまって、中途半端な大人など存在しないことになる。
このようなことから、現代においてもイニシエーションの儀式を復活せよ、などということを私は主張しようとしているのではない。
次節に述べるように、近代社会というものは、その世界観にもとづいて、イニシエーションの儀式を無くしたことに、その特徴を持っているからである。
では、それはいったいどうしてなのか、そして、イニシエーションの儀式を無くしたわれわれが大人になるときには、どうすればよいのか、という点について、次に考察してみることにしよう。
つづく
3 現代のイニシエーション
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