
諸冨祥彦氏著
辛い出来事こそ、気づきと学びのチャンス
―プロセスワークの基本的な考え方―
「悩みのタネ」や「人生の問題」とどう向き合うか
私たちの人生には、「悩みのタネ」や「困った問題」が付きものです。重い病。肩こりや頭痛といった慢性の症状。タバコやアルコール、ギャンブルなどの「辞めたいけれど、なぜかやめられない病」。人間関係の不和やもつれ。
別離。子供の非行、不登校、家庭内暴力。夫婦の不和。離婚・・・・。
ほかにも、ちょっとした「気がかりなこと」まで含めると、私たちの人生はまるで「悩みのタネ」だらけのように思えます。こうした「問題」や、「悩みのタネ」とふんだん、どう付き合っているか、ここで少し振り返っていただきたいのです。
・まず一つめは、悩みの問題を「解決する」という積極的な付き合い方。
たとえば、あなたが嫌な上司や威張った夫に言いたいことを言えなかったとすると、どうすれば相手にうまく言いたいことを言えるかを考える。その方法を見つける。あるいは、子供とのコミュニケーションがうまくいかないとすると、どうすればそれを改善できるか、考える。いとばん真っ当で、積極的な生き方です。
・二つめは、悩みや問題と「闘う」という付き合い方。
たとえば、わがままで頑固な同僚がいたら、絶対に負けずに闘う。口の悪い妻とトコトンやり合う。子供のわがままは許さず、しっかり躾(しっ)ける。病気にかかったら、病院に行って徹底的に治療する。「問題」や「悩みのタネ」を、自分の人生にとっての「敵」と見なし、断固として闘うという姿勢です。
・三つめは、悩みの問題を「放っておく」という付き合い方。
人間関係、仕事、体調の不良、子供の問題、夫婦関係、両親の世話など、この人生は問題だらけ。いくら解決しても闘ってもキリがない。そう考えて、あるいは、問題と向き合わなくてはいけないとわかっていても、忙しさや疲れを理由にそれを見ないふりをする。つまり、ほとんど「お手上げ」の状態です。
・四つめは、悩みや問題について「愚痴(ぐち)をこぼす」という付き合い方。
人間関係や仕事、家族のことなど、さまざまな問題や悩みについて、きちんと対処することはしない。と言って、問題は以前残ったままだし、そのままではストレスがたまるので、ほかの人に話を聞いてもらう。愚痴をこぼす、というタイプです。
いかがでしょう。ご自分はふだん、どのような悩みの問題と付き合っておられるでしょうか。
一つめ、二つめの付き合い方は、正攻法だと言えるでしょう。それに対して、三つめ、四つめの付き合い方はどこか怠惰(たいだ)で消極的です。しかし何ごとにつけても、「無難」を第一に考える日本人には、こうした姿勢で生きている方も決して少なくないようです。
悩みや問題こそ「気づきと学びのチャンス」
次に、プロセスワークでは、こうした問題とどう向き合うか、説明しましょう。
プロセスワークの基本的な考え方をひと言でいえは、「人生の流れが、すべて大切なことを運んできてくれている」というものです。そして、こうした考えに立ち、さまざまな悩みや問題に対して次のような姿勢をとるのです。
重い病。肩こりや頭痛といった慢性の症状。タバコやアルコール、パチンコ・ギャンブルなどの「辞めたいけれど、なぜかやめられない病」。人間関係の不和やもつれ。
別離。子供の非行、不登校、家庭内暴力。夫婦の不和。離婚・・・・。
一見、単に否定的にしか見えないこれらの出来事。私たちを散々てこずらせ、できることならさっさと片づけるにこしたことはないように思える。こうした種々の「問題」や「悩みの種」。
しかし、これからはどれも実は、人生のプロセスが必要だから運んできてくれた「意味のある出来事」である。その時々に私たちが気づく必要のある人生の大切なメッセージを運んできてくれる「人生の先生」である。だから、それが、それが何を語っているか、何を私たちに教えてくれるのか、そのメッセージにしっかりと耳を傾けよう。「人生の師」として、「敬う」という態度で受け止めて生きていこう。そう考えるのです。
何だって、トラブルや問題を「敬う」だって!? あんな忌まわしいものを人生の師として「敬う」だって!? そんなこと、できるわけがないじゃないか。そう思われた方も多いかもしれません。とくに、いま、慢性の病や家庭の問題など苦しんでおられる方なら、そう思うのも当然だと思います。
身体の病や息子の不登校の問題でトコトン悩んだ。苦しんだ・・・。そんな多くは、そうした問題はそんなに簡単に「解決」できるものではない、ということがわかっています。どれほど「闘って、やっつけてしまおう」としても、そんなに簡単に「やっつけてしまえる」ものではないということが、身に沁みてわるのです。
そんな方こそ、このような生きる姿勢を身に付けてほしのです。すなわち、自分の人生で起きてくるさまざまな問題や悩みのタネ、トラブルなどを、単に解決すべき「問題」や「困ったこと」と見なすのでなく、「これだけ解決しょうとしてできないということは、この問題は、私に何か、大切なことを教えようとしてくれている。
そのために起きたに違いない」「私が気づく必要のある人生の大切なメッセージを、この問題を運んできてくれているに違いない」と考えて、その問題や悩みから何かを「学ぼう」「気づこう」とする姿勢を学んでほしいのです。
図の1や2の姿勢を「問題解決・闘争型」図3や4の姿勢を「逃避型」と呼ぶとすると、問題や悩みから何かを学ぼう、気づこうとする姿勢は「気づきと学び型」と言っていいでしょう。
人生でぶつかる悩みや問題を、自分自身の成長の機会、魂の成長と学びのチャンスと考えるわけですから、「魂の修行型」と言ってもいいかもしれません。
「問題」や「悩みのタネ」の立場に立つ
ここで、少し奇妙な、プロセスワークの「人生の気づきと学びの秘義」を紹介しましょう。
それは、私たちを悩ませたり困らせたりしている「問題」や「悩みのタネ」、慢性の病、肩こりや片頭痛などの症状、身体の痛み、自分を苦しめている人や妙に気に入らない人、アルコール中毒ならアルコール、鬱(うつ)なら鬱にそれぞれの「気持ち」があると考え、それの「立場にたってみる」。
そして、それそのものに「なってみる」という方法です。
たとえば、パチンコ中毒の人なら、パチンコ玉に「なってみる」。
そして、その「パチンコの玉の気持ち」を味わう。あるいは、胃がんで苦しんでいる人なら、胃がんの腫瘍(しゅよう)に「なってみる」。
そして、その、「胃がんの気持ち」を味わう。あるいは、一緒にいるだけで妙にむかついてくるあなたの天敵のような人がいれば、その人に「なってみる」。
そして、その気持ちを味わうのです。 なに、胃がんになれだって!? 胃がんの気持ちになれだって!? そう訝(いぶか)しがる方もおられるかもしれません。しかし、これまで何度も確認してきたように、私たちのアイデンティティが「形なき空」へとシフトするならば、この私は、私でありながら、あなたでもあり、鳥でもあり、草木でもある。
そして、まったく同じように、ゴキブリでもあり、毛虫であり、憎き胃がんでもあり、あの嫌な人であるのです。
そして、自分がそれであることを最も認めがたいもの、最も同一視し難いものほど、それに「なってみる」ことを通して、学べること、気づくことのできるものも大きいはずです。なぜなら、胃がんで苦しんでいる人にとって、実は「胃癌」こそ、「その人の心の奥ひそかに潜んでいて本人は気づいていない、でも実は、最も気づく必要のある、その人自身の心の一部」であることが多いからです。
したがって、それが、私たちが人生で気づく必要のある大切なメッセージを得るための、最大の近道であることが少なくないのです。
いかがでしょう。少しは納得していただけたでしょうか。
さらに、その続きがあります。その「憎きもの」「嫌なもの」の立場にたち、それになって、その気持ちを味わうことができたならば、今度はその立場から、今の自分を見る。胃がんの腫瘍に「なって」「胃癌の立場」から、今の自分をみる。
その立場に立つと、いまの自分に最も欠けているもの、気づき学ぶ必要があるものが見えてくるはずです。そして、今自分に対してメッセージを投げかけていくのです。これを「問題の悩みのタネの立場にたつ」姿勢と言うことができるでしょう。
と言っても、妙にむかつくあの人が、私自身でもあるだなんて! あの憎き胃癌、私をいま、死に追いやろうとしているあの胃癌が、私自身でもあるなんて! そんなの絶対、認めたくない! と思われている方も多いでしょう。それが当たり前の反応です。
すんなり納得できるはずもありません。しかし私の経験では、このような姿勢で、自分の抱えている「問題」や「悩みのタネ」そのものに「なって」みる、そしてその「言い分」を聞く、という姿勢でそれに関わると、とても大切な人生のメッセージを手にすることができ、何かが大きく変化しはじめることが多いようです。 私太田が紹介します連載は本一部です。まだまだ奥深い内容が満載ですので書店でみてはいかがでしょう!
「おわり」
発行所 新潮社 著者=諸冨祥彦(もろとみ・よしひこ)=
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