梅田みか 著
彼の深い愛情が心にしみています
私は現在二十一歳、彼は二十九歳です。私たちの関係は約一年半ぐらい続いています。彼は私が学生時代やっていたバイト先の社員でした。
初めて彼を見たとき、一目ぼれに近い気持ちになりましたが、すぐに彼が既婚者で子供もいることを知り、残念だなとおもいながらしばらくアルバイトと上司という立場で仕事をしていました。
ただ、私の中では彼の考え方や人間性にどんどん惹かれていってしまう自分と、結婚している人なんだから無理と抑えている自分がいて、その葛藤がありました。そして彼は私のそんな気持ちに気づいていました。
ある日、奥さんのいない日に彼の家に行くことになり、その日のうちに男と女の関係になってしまいました。そのときの私は、彼も私のことが好きだったという喜びでいっぱいで、不倫という関係に入っていってしまいました。
私は彼に会いたい一心で、彼の家の近くに越して就職しました。しかし仕事がハードで時間的にもきつく、彼に会えず、彼に対して不満を述べ体力も精神状態もギリギリのところまできてしまいました。そして私は元カレに頼ってしまったのです。元カレは不倫をやめろと。…そして私は不倫の彼に別れ話をもちかけたのです。
彼は数日後、私の家に来ました。「お前の存在がこんなに大きくなっているとは思わなかった、飯も食えない。俺は別れたくない。でも俺の存在がお前を不幸にしているのなら別れたほうがいいのかと思う」とやせた体で言いました。そして三つの提案をしてきました。このまま別れる。やり直す。五年間待ってくれたら離婚して一緒になる、というものです。
驚きました。離婚する気はないと言っていた彼なのに。でも耐えられなくなっていた私は彼を突き放しました。それからの彼は生きる力をなくしてしまったかのようで、本気で手首を切ろうともしたのです。奥さんに私の存在もばれてしまいました。
結局私との関係は奥さんに内緒で元に戻りました。奥さんは別居を申し出てきました。ただ彼は家のローンもあり、別居して二世帯を養うことはできないと、給料のいい仕事に移ることになりました。
別居は確実に春にスタートします。でも彼は「離婚するかどうかはわからない。離婚してくれと言う気もないし、そんなことを言える立場じゃない」。つまり別居はするけれど、その後のことは奥さん次第ということです。
私は何とかして彼に離婚に踏み切ってほしいと思うようになりました。そして、いちばんやってはいけないこと、彼の子供さえできれば…ということを考えるようになってしまったんです。そして授かりました。彼は私の考えにショックを受けました。どうするかは自分で決めるようにと言いました。私はお金も心構えもなかったことから、堕すことにしたんです。
彼は手術の間、手を握っていてくれました。私はやってはいけないことをしてしまってから、やっと彼の愛情を理解できたのです。彼は子供のことは一生背負って生きていくはずです。
「俺はこのことを一生人殺しをしたと思って生きていく」と言っていたから…。そして手術代もお姉さんから借金して用意してくれたんです。
彼はいずれ奥さんに私とまだ続いていること、子供のことも話すでしょう。
彼のことを考えたら私は彼の前からいなくなるべき。でも私は彼と別れることができないし、彼もそれを分かっています。今度のことで私も彼もとても辛い思いをしました。これからどうなるのか。梅田さんの本にもうすこし早く出会えていたら、こんなバカな事はしなかったと思います。気持ちをわかってくれている人がいるんだってわかっただけで、本当にうれしかったです。
独占欲と愛情を履き違えないで
あなたの手紙からいちばん強く受けた印象は、この恋は、あなたの「ひと目惚れに近い気持ち」ではじまって、あなたが彼に「どんどん惹かれて」いったことで今日まで続いてきたのだ、ということです。
彼とはじめて結ばれたとき、あなたは「彼も私のことを好きだったという喜びでいっぱい」だったとありますが、このときの彼が「あなたのことが好きだった」とはどうしても思えません。
彼が、あなたが自分に好意を抱いていることに気づいて、まんざらでもない程度の軽い気持ちであなたとの関係を始めたことは明らかです。
もちろん、不倫の恋に始まったとき、女性側と男性側でその想いにかなりの温度差があることは、ある程度仕方がないことですが、それにしても、いきなり奥さんのいない日にあなたを自宅に呼ぶなどという彼の行動は、あまりに安易で常識はずれだとしか言いようがありません。彼のしたことはどこからどう見ても誠意のない、あなたの純粋な気持ちを踏みにじった行為です。
けれど、恋の熱に浮かされているあなたは、彼のことなど何も見えていなかったのです。あなたは「彼に会いたい一心」で、彼の家の近く引っ越し、就職し、生活のすべてを彼中心にしてしまいました。
当時二十歳にもならないあなたの若さがあってこそできたことだと思いますが、そのあなたの真剣な想いなど、彼は何ひとつわかっていなかったのではないでしょうか。
そんな彼との恋愛に疲れ切ったあなたが、元の恋人に頼ってしまったのは当然のことですし、間違った判断ではなかったと思います。元の恋人の力を借りたとはいえ、それだけ愛している彼に別れを告げることができたあなたは立派です。
でも、そんなあなたの必死の決断さえ、彼は台無しにしてしまいました。「お前の存在がこんなに大きくなるとは思わなかった」「飯も食えない。俺は別れたくない」…彼は、あなたを失って初めて、あなたの存在の大きさに気づいたことのように言っていますが、それは単純に昨日まで傍にあったものがなくなった喪失感に耐えられなかっただけの話です。
あんなに熱烈に自分に向いていたあなたの心が、自分から離れていってしまうのがいやだという、本当に自分本位な独占欲を露にしただけなのです。そして、それでも突き放すあなたを引き止めるためなら、手段を選ばない。
誓ってもいいですが。彼が「本気で」自殺や離婚を考えたことなどただの一度もなかったことは明らかです。ここであなたが最後まで彼を突き放すことができなかったのは残念でなりません。
ここで終わっていれば、あなたが「彼の子供さえできなければ」などとうところまで追いつめられることはなかったのですら。
もちろん、あなたの行動が軽率でなかったとは言いません。けれど、いくらあなたが「子供さえできれば」と考えたとしても、彼があなたのことを考えてきちんと避妊するようなまともな男性だったら、あなたの願望は実現していないのです。
「彼は私の考えにショックを受けた」などと被害者ぶった挙句、まだ若く、「お金も心構えもない」あなたに「自分で決めるように」などと責任放棄している。
その後も「手術の間手を握っていてくれた」「手術代も用意してくれた」などとあなたはどこまでも彼を好意的にとらえていますが、こんな場面でちょっと優しくするぐらいのことは、本当に誰でもできます。これが彼の愛情なんて決して思わないでください。彼があなたに本物の愛情を持っているなら、あなたはこんなつらい場面さえ知らずにすんだのですから。
この恋は、最初から最後まで、あなたひとりの強い愛情で成り立っているのです。「いずれ奥さんに私と子供のことを話すでしょう」というあなたの確信がどこから生まれているのかわかりませんが、この先彼が自分から行動を起こすことなど何ひとつないでしょう。
もし彼が離婚することがあったとしたら、それは彼の意志でなく、奥さんに捨てられてあなたのところに逃げ込んでくるという形しかありません。
「彼のことを考えたら私は彼の前からいなくなるべき」ではなく、あなたのことを考えたら彼があなたの前からいなくなるべき、なのです。
つづく
どうせ私は野良猫でしかないのです