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平常心のコツ
第三章 自分の弱さに素直でいるから、心が安らぐ
みんなの心の中で、ありがとうと言ってくれる」と信じてみる
◆誰も感謝の言葉を言ってくれなくても、大丈夫
ある若い女性の悩みは、「誰からも、ありがとうと感謝の言葉をかけてもらえないこと」だと言います。
彼女は子育てをしながら働いています。
ご主人の食事の支度もします。家の掃除や洗濯など家事もこなします。
目が回るほど忙しい日々ですが、彼女は精一杯頑張っています。
しかし、頑張っても、頑張っても、誰も「ありがとう」という感謝の言葉をかけてくれないと言います。
職場の上司は、仕事の文句は言いますが、「ありがとう。あなたがいて助かる」と言ってくれません。夫も、これまで一度も「よくやってくれて、ありがとう」と言う言葉をかけてくれたことはないと言います。
彼女は時々「何のために自分は頑張っているのだろう」と虚(むな)しくなり、何もかも放り出してしまいたい気持にかられてしまうと言います。
状況は違うかもしれませんが、この彼女のように「がんばっても感謝してもらえない」ということで心を乱している人は、他にも多くいるように思います。
このケースでは、確かに虚しい感情になるでしょう。
落ち込みもするでしょうし、怒りを感じることもあるでしょう。
泣きたくなったり、すべてを放り出してしまいたい気持ちにもなるでしょう。
様々な意味で、精神状態が乱れます。
一つの策ですが、「言葉では言ってくれないが、心の中では必ず自分に感対処謝してくれているはずだ」と信じてみてはどうかと思います。
とくに日本人は感謝の言葉を伝えるのが下手な人が多いようです。実際、心の中で感謝しながらも、それを言葉として表せない人も多いようです。
「心の中では感謝してくれている」と信じるだけでも、安心感が生まれるでしょう。
心を乱しながら頑張るよりも、安心してがんばっていくほうがいいと思います。
時に弱音を言える人のほうが、心安らかでいられる
◆弱音を言えば、心が楽になる
ある女性は負けず嫌いの性格です。
彼女は大手企業で働いていますが、そんな負けず嫌いな性格を発揮して、人一倍がばっています。その甲斐もあって、「彼女は有能な社員だ」と周囲からも一目おかれる存在となっています。
そんな彼女は最近、「弱音が言えない」ということで悩んでいます。
時には、仕事に関して弱音を言いたくなる時もあります。しかし、「弱音を言えば周囲から『やっぱり女だから、ひとに甘えたとこがある。弱音を言えば、誰か助けてくれるとでも思っているのか』などと思われてしまう」ということが怖くて弱音を言えないのです。
ですから、いつも肩肘(かたひじ)を張って強がった態度を見せています。
しかし、そんな強がった生き方がストレスとなって、最近心が乱れがちだと言います。
突然泣き出したくなったり、何もかも放り出して逃げ出したくなったりすることもあるそうです。
さて、「強がって生きている人」には、この彼女のような心境に陥っている人も少なくないのではないでしょうか。
男性にも、「この女性の気持ちはよくわかる」と言う人が多いようです。
そういう場合、時には弱音を言ってもいいと思います。いや、弱音を言った方がいいと思います。その方が楽になります。ちょっとしたことで心を乱すことなく、平常心を保っていくのにもいい結果をもたらすのです。
もし、職場の人を相手に弱音を言うのに抵抗感を感じるというのであれば、友人や家族に弱音を言うのもいいでしょう。
「弱音を言う」とは、言い方を変えれば「ありのままの素直な自分に戻る」と言うことだと思います。ありのままの自分に戻ることで、肩肘張ってがんばって生きてきて溜まった疲れが心から外れ、その結果、気持ちがスッと楽になり、心の乱れも正常になっていくのです。
緊張する状況では、自己暗示で気持ちを落ち着ける
◆緊張している時は、自己暗示の言葉が効く
会社の会議の席で、役員を前にして発表する時。
パーティの席で司会をつとめる時。
大勢の前で立ってスピーチをする時。
このような、普通であればガチガチに緊張してしまうような場面で心を落ち着け、平常心で事に当たるためのコツに「自己暗示」があります。
「大丈夫、大丈夫、上手くいくに決まっている」
「私は自信がある。私は自信に満ちている」
「私は落ち着いている。余裕しゃくしゃくだ」
このようなポジティブな言葉を自分自身に言い聞かせるのです。
心からそのように信じて、疑いを持たずに自分に言い聞かせるのがポイントです。
本番直前に、深呼吸をしながら静かに瞑想にふけるようにして、自己暗示の言葉を自分に言い聞かせるのがいいでしょう。
自己暗示をすることで、平常心を乱すことなく、実力を出し切ることができると思います。
脳学者の専門家は、「人間の脳は暗示にかかりやすい」という報告をしています。
これは、いい意味でも、悪い意味でも、人は暗示にかかりやすいということです。
本番の直前に、「失敗するんじゃないか。みんなの前で恥をかくことになるんじゃないか」と心配ばっかりしている人は、悪い意味で暗示にかかってしまいます。
そのために心が動揺し、本当に失敗して恥をかいてしまうのです。
そうならば、いい意味で自己暗示をかけるようにすればいいのです。
そうすれば、悪い暗示にかかるのと同様に、簡単にいい意味でも暗示にかかってしまうでしょう。
人前に立って平常心でいられる人の共通した心境とは?
◆上手くやろうと思わないから、落ち着いていられる
「たくさんの人が集まる中で話をするという状況になると、ガチガチに緊張してしまう」という人がいます。
平常心を保つことが出来なくなって、自分でも何を話しているのかわからない、といった状態になってしまうのです。
緊張してしまう原因には、主に二つあるのではないでしょうか。
一つには、「堂々とした態度で、立派に話をしなければならない」という思いです。
そして、もう一つには、この思いの裏返しの感情として、「大勢の人の見ている前で恥をかくようなことはしたくない」という思いです。
この二つの思いのために、自分で自分にプレッシャーをかけてしまうことから、ガチガチに緊張してしまうのではないでしょうか。
しかし、ガチガチに緊張した状態になってしまえば、「堂々とした態度で、立派な話をする」ことなどできません。
また、結局は「大勢の見ている前で恥をかく」ことになってしまうのです。
だったら初めから「堂々とした態度で、立派な話をする」ことなど望まないほうがいいのです。
「恥をかきたくない」と思うのではなく、もっと大らかな気持ちで「ちょっとぐらい恥をかいてもいい」という心構えでいることです。
そのほうが緊張感は和らぐのではないでしょうか。
大勢の人も前で話をする状況で平常心でいられる人は、じつは「自信がある人」ではないと思います。
「話が上手い人」でもないと思います。
むしろ、初めから「上手く話そう。立派には話そう」などと思っていない人ではないかと思います。
ですから無用に自分にプレッシャーをかけることなく、平常心でいられるのです。
せっかちな上司の言葉に乗せられないほうがいい
◆「急ぐ」よりも「結果を出す」を優先する
ある若手の営業職の男性社員は、せっかちな上司に心を乱されることがしばしばあると言います。とにかく「早く結果がでないのか」と、うるさいそうです。
上司からそのように突かれると、本人も仕方なく取引先のもとへ電話を入れて、「先日ご提案した件ですが、ご検討の結果は出ましたでしょうか。
できれば早い答えをいただければ、ありがたいのですが」と電話をいれることになります。
すると相手から今度は、「そんなにせっつかないでくださいよ。上司の許可を得てから、会議にかけてOKを取らなければならないのですから、ある程度時間がかかります」と言い返されることになります。
せっついたのが原因で取引先の印象を悪くして、上手くいきそうだった商談がご破算になってしまうこともあるそうです。
さて、彼の上司に限らず、どこの会社の上司も「せっかち」という点では共通した性格を持っているのではないでしょうか。
上司というものは、とかく、すぐに結果を得たいのです。
おそらくその上司自身が、そのまた上司である会社の役員から「早く結果を出せ」「まだ結果は出ないのか」と言われているのかもしれません。
言ってみれば、「早く結果を出せ」「まだ結果は出ないのか」という、あらゆる上司に共通した口ぐせのようなものだと思います。
部下とすれば、ここで次のように考えてみたらどうかと思います。
大切なのは「早く」ではなく「結果を出す」ことのほうだと思います。
急いで慌てるあまり「結果が出ない」のでは困ります。
ならば「結果を出す」ことを第一に優先して、上司の「早く」すぐに」という言葉に振り回されない方がいいと思います。
「結果を出す」ために、もし時間がかかるなら、上司の言葉は軽く聞き流しておいて、じっくり仕事を進めるほうがいいでしょう。
結果さえ出せれば、上司はもう文句は言わないと思います。
投資に失敗した時に、やってはいけないことは?
◆「損を取り返してやる」と考えない
投資は賭けのようなものです。成功して儲かることもあれば、失敗してや金を失ってしまうこともあるでしょう。
いや、どちらかと言うと、失敗する時のほうが多いのかもしれません。
ただし、「儲かることばかりではない。失敗することも多い」と頭で分かっていながらも、いざ投資に失敗して大切な金を失ったときは、当事者とすれば強い精神的なショックを受けてしまうようです。
人と会いたくなくなるほど落ち込んでしまったり、投資会社の担当者に八つ当たりしてしまったり、といった状態になる人もいます。
ある男性も、投資で失敗してお金を損した経験があると言います。
その時、彼は大きなショックを受けました。精神的にちょっとおかしくなるほど混乱してしまったそうです。
そんな精神状態で彼が考えたことは、「新しい投資をして、損を取り返したい」ということでした。
しかし、その新しい投資にあえなく失敗し、さらにお金を失うことになりました。
そんな彼は、「投資に失敗した時には精神的に混乱している。正常な判断力を失っている。そんな状態で『損を取り返したい』と新たな投資にお金をつぎ込んでも、失敗を重ねる結果になるに決まっている。
一度失敗した時には、平常心が戻るまで新たな投資を控えて静かにしているほうがいいのかもしれない」と言っていました。
まさに彼の言う通りではないでしょうか。
「損を取り返したい」と言う気持ちになるのは分かりますが、失敗した時こそ「静かにしている」のが一番の得策だと思います。
野生の動物は身体に傷を受けた時、その傷が治るまで動き回ることをやめ、じっと静かにしているそうでする。
人間の場合、「精神的な傷」を受けた時は、その「精神的な傷」が癒(い)えるまで静かにしているのがいいのではないでしょうか。
欲をセーブすることは、健全な平常心を保つことにつながる
◆欲で正常な判断力を狂わさないようにする
「欲」は、人の心を惑わす大きな要因の一つです。
「もっとお金が欲しい」という欲に惑わされて、リスクの大きな投資や事業に手を出して失敗し財産を失ってしまう、という人もいるでしょう。
「ぜいたくな生活をして、友人たちに自慢したい」という欲にかられて、相手の人格をよく見極めないまま金持ちの男性と結婚し、後になって後悔している、という女性もいるかもしれません。
「名誉が欲しい」という欲にかられて名誉を得たのはいいものの、そのためにズルい方法を用いていたことが発覚して、かえって世間の笑い者になってしまった、という人もいるかもしれません。
このように欲は、平常心で冷静に考えれば決してしないようなことを、その人にさせてしまいます。
正常な判断力を奪い、「していいこと」「してはいけないこと」の区別が出来なくしてしまうのです。
その意味では、欲張りになることは注意しなければならないと思います。
人によっては、「欲は生きることの原動力だ。欲がなければ、人は生きていけない」と言う人もいます。
確かに、そういう側面もあるのかもしれません。
「お金が欲しい」「いい生活をしたい」「名誉を得たい」と思うことが、がんばる意欲をもたらしてくれることもあるでしょう。
しかし、やはり欲を張り執着しすぎるのは、その本人の人生に悪い影響をもたらすことが多いように思います。
大切なのは、欲をゼロにするといことではなく、欲を上手にコントロールしていくことでしょう。
それが健全な平常心を保っていくコツにつながります。
外見よりも、中身を大切にするほうが、安らかに生きていける
◆「人の目」よりも「自分の内面」を大切に
ある人が興味深い話をしていました。
「家の中にある家具などは粗末な安物でも構わない。しかし、家の外見は立派に見えるほうがいい」と言うのです。
これは人間の見栄から出る言葉なのでしょう。
「家の中」は他人の目には見えません。お客さんを招き入れる場合は別でしょうが、そんなことをしなければ誰の目にも触れません。
ですから、自分が不自由なく暮らせるのであれば、家具として高価なものなど揃っていなくても構わないそうです。
しかし「家の外観」は、たくさんの人の目にさらされます。
ですから、他人を「凄い立派な家だ」と憧れさせるようなものにしたいと思うようです。
つまり、その人は「外観の良さを見せびらかして、人を羨ましい気持ちにさせて、満足を得たい」という考えです。
また、「家」ばかりでなく、「自分」に対しても、見栄の強い人は外観だけを立派に見せようとします。
本を読んだり、人の話を聞いて、自分の人間性を深めようとする努力などしません。なぜなら「人間性の深さ」というものは、他人の目に映るものではないからです。
そんなことよりも、見栄の強い人は、高級な車を乗りまわしたり、高価なものを着飾って外観の立派さを見せようとします。
しかし、このような見栄は、心の平静と安らぎを乱すだけではないでしょうか。
いつも、人の目ばかり気にして、自分の心を惑わせながら生きていかなければならないからです。
むしろ「自分の内面」を大切にしていくほうが、心の平静と安らぎを得られると思います。
「他人の苦労は見えないもの」と知っておく
◆心が狭い人の言葉に振り回されない
ある女性は、友人から次のように言われてショックを受けたと言います。
「あなたって苦労がなくていいね。気楽でいいね。羨ましい」と。
彼女は反論したい気持ちで一杯になりました。
「私だって、たくさん苦労している。気楽に生きているわけじゃない。どうしてそれを分かってくれないのだろう。私の事を良く知らないくせに、『苦労がない』なんていい加減なことを言わないでほしい」と。
この女性に限らず、身近な人から「あなたは苦労がない。気楽だ」ということを言われて、ショックを受けたという人は多いのではないでしょうか。
ある若い男性は、職場の上司から「おまえは気楽でいいな。管理職の私は苦労が多くて大変なんだよ」と言われてショックを受けたと言います。
「部下にだって苦労は多い。いや現場で日々色々なトラブルに見舞われている僕のほうが、デスクでの事務的な仕事が中心の管理職よりも、よほど苦労が多い。なぜそれがわからないのか」と言い返したくなったと言います。
じつは、これは人の意識の一つの特徴ではないかと思います。
人は「自分の苦労」は、よく見えます。
しかし、「他人の苦労」は見えにくいのです。
「自分がどれだけ苦労しているか」という点について意識が向きますが、「他人がどれだけ苦労しているか」ということには意識があまり向かないのです。
ですから、言い換えれば、そんなことをいう人の言葉などあまり意識することはありません。
他人の苦労を察することのできない人は、それだけ心の狭い人なのでしょう。
「心が狭いから、そんなことを言うのだろう。自分はあんな心の狭い人間にならないように注意しょう」と、自分は冷静に相手を見ていればいいのです。
そうすれば心を乱されずにすみます。
「激しく言い争ったからこそ、本音でつきあえる友人になれる」と考える
◆本音でつき合うから、仲良くなれる
ちょっとした意見の相違や、気持ちのすれ違いから友人と言い争った経験がある、という経験を誰でも持っているのではないでしょうか。
もちろん、人と言い争えばシコリが残ります。
それまでは気軽に連絡を取り合っていた友人に、電話やメールもしづらくなります。
そのまま友人との付き合いがプツリと切れてしまう場合もあるでしょう。
しかし、どんなに激しく言い争ったとしても、翌日から何事もなかったようにケロリとした顔で、これまで通りに仲のいい態度で接してきてくれる人もいます。
いわば、心理的なシコリを残さないタイプです。
このタイプの人に共通するのは、人と言い争うことを必ずしもネガティブに捉えていない、ということです。
このタイプの人たちは、むしろ、「言い争いをしたことで、お互いに本音をさらけ出すことができた。本音で話せて自分は気持ちがスッキリしたし、きっと相手もスッキリしただろう。
これでお互いの関係がもっと深いものになる」と言うふうな考え方に立つのです。
ですから、いくら言い争っても、「あの人はもう会いたくない。顔も見たくない」と言う気持ちにはなりません。
これまで通り、変わりなく、平常心でつき合っていけるのです。
いや、むしろ以前よりも親しみを増して相手とつき合っていけるようになるのです。
「雨降って地固まる」ということわざがあります。
「トラブルを経験することで、かえって地盤が強固になる」という意味ですが、人間関係にもそういう現象があるのではないでしょうか。
また、そう考えるとで、言い争いをしたことで相手との友情が折れてしまうのではなく、その友情をいっそう発展させていくことが出来るのです。
第四章 鈍感に生きていく方が幸せになれる
みんなの前で怒鳴られた時の対処の仕方とは?
◆いい意味で開き直って、気持ちを入れ替える
上司と二人しかいない個室で怒鳴られる時と、会議の席のような同僚たちが見ている前で怒鳴られる時とでは、部下の心境はまったく異なります。
上司と二人だけの状況で怒鳴られても、もちろんショックでしょうが、みんなの前で怒鳴られる場合と比べれば、はるかに冷静な気持ちで上司の言葉を受け入れられるでしょう。
精神的に辛いのは「同僚たちが見ている前で怒鳴られた時」です。
「みんなが見ている前では恥ずかしい」「これで同僚たちに軽蔑される」「顔を潰された」「プライドをメチャメチャに傷つけられた」といった様々な気持ちが渦巻いて、より辛い思いをしなければならなくなります。
このようなケースでは、次の二つのことを心がけるしかないと思います。
・下手な反論はしない。
・いい意味で、開き直る。
「同僚たちが見ている手前、このまま怒鳴られぱなしになっているわけにはいかない」と、上司に反論したり、口答えする人もいます。
これは上司の怒りに油を注ぐ結果になりやすいと思います。その上司はいっそう激しく怒鳴り散らしてくるでしょう。
むしろ、上司の怒りが静まるまで、こちらは静かに反省の態度を示しておく方が得策だと思います。
静かに反省する方が、上司の怒りは静まるのも早いでしょう。
その上で、内心では、いい意味で開き直ってしまうほうがいいと思います。
上司から怒鳴られたことをあまり深刻に考え込まずに、「こんな失敗、どうってことない。
誰だってするような失敗じゃないか。気にしない気にしない」と自分に言い聞かせて、深刻にならないように心がけるのがいいと思います。
いい意味で開き直れば、翌日から、普段と変わらない気持ちで仕事に打ち込めると思います。
「
鈍感になる力」が、心の平静さをもたらしてくれる
◆鈍感力が自分を救う
社会人になると「やりたくないことを、やらなければならない」ということを山のように経験しなければなりません。
職場では、たとえ「やりたくない仕事」であっても、会社の命令であればやらなければならないでしょう。
また、「こんなことをして意味もないのに」と気が進まないことであっても、それが取引先の要請であれば、やはりやらければなりません。
また、「こういう人はつき合いたくない」と思うような相手であっても、その人が何かの団体の同じ参加者であれば、やはり円満に付き合っていかなければなりません。
このようなケースで「やりたくないこと」に対して、気持ちを乱してしまう人もいます。
やる気をなくしたり、不満を言ったり、時にはその場から逃げ出すために会社を辞めたり、家を引っ越してしまう人もいるかもしれません。
しかし、いくら不満を言っても、どこへ逃げても、「やりたくないことを、やらなければならない」という現実の中で、平常心を保ちながら生きていくコツを身につけるほうがいいと思います。
そのための方法の一つが「鈍感になる」と言うことではないでしょうか。
ある意味、神経が細やかで敏感な人ほど、「やりたくないこと」に対して過剰に反応してしまいます。そのために「やりたくないことは、どうしてもやりたくない」という思いが、心に重くのしかかってきてしまうのです。
ですから「やりたい」とか「やりたくない」といった区別を、自分の中ではっきりつけないことです。それが、ここでいう「鈍感になる」という意味です。
「やりたくない」という思いは、その人の心の反応です。その反応する力を、いい意味で鈍感になることで、少し弱めてあげることが必要だと思います
聞きたくないことは、聞き流してしまつてもいい
◆時に聞き流してしまうのも悪くない
人から受ける注意やアドバイスといつたものには、基本的には、真剣に耳を傾けるほうがいいと思います。
人の言葉から気づかされること、勉強になることを学ぶことが多いからです。
しかし、時には、軽く受け流してしまうほうがいい場合もあると思います。
・事あるごとに何年も前の失敗を繰り返し持ち出してくる場合。
・同じ注意事項をしつこく何度も繰り返される場合。話が長すぎる場合。
・ただ単に感情的になって怒鳴り散らされているような場合。
・自分のために思って言っているのではなく、単にイチャモンをつけられているような場合。
・嫉妬心からものを言っている場合。
・その人自身がよく知らないようなことを
、知ったかぶりをしていい加減に言ってくる人の話を聞いているような場合。
このような場合にまで「相手が言っていることには真剣に耳を傾けなければ」といった気持ちで相手の話につきあっていても、結局は何も得るものはありません。
むしろ感情を逆なでされて、相手の言葉に振り回されるだけです。
ただし、反論したり、こちらも感情的になって言い返すことも無益です。
激しい口論となって、いっそう気持ちを乱されてしまうでしょう。
ですから、このような場合には、聞いているふりをして軽く聞き流すというのが最もいい方法だと思います。
そうすることで、無用に自分の心を乱すことをしなくて済むでしょう。そして、平常心でたんたんと自分のやるべきことを奨めていけるのではないでしょうか。
人は様々な意見を述べてきます。その中には、真剣に自分のためを思って言ってくれる人もいれば、そうでない人もいます。
その見極めをよくつけておくことが大切です。
どんな噂話をされても、あまり気にしないこと
◆「周りの人は自分を正しく理解している」と信じる
職場や、友人たちの間で、いつの間にか自分自身に関する噂話が広まっていることに気づかされることがあります。
もちろん、「あの人は立派な人だ」とか「すばらしい活躍をしている」といった、いい噂話であればいいのです。
しかし、「あの人は悪いことをしている」だとか「何をやらせてもダメだ」といった悪い噂になると、気が気ではならなくなります。
しかし、その噂が「どうして私が、そんなことを言われなければならないのか」という、まったく身に覚えのない噂である場合には、精神的に激しく混乱させられることにもなります。
しかし、ここでそんない噂話を否定するために、ムキになって「私は悪いことなんてしていない」「なぜ私がダメ人間だなんて言われなければならなのか」などと騒ぎ立てるのは、かえって逆効果になる場合もあると思います。
ムキになって騒ぐ様子を見て、周りの人たちはどう思うでしょうか?
「噂が真実だから、あんなに慌てているんだ」というふうに受け取る人が少なからずいるのではないかと思います。
ですから、悪い噂は立てられていたとしても、平然と普段通りの生活をしていくように心がけるほうがいいと思います。
周りの人は、自分がどのような人間であるか、よく知ってくれているはずです。
「『悪い子としている』というが、あの人はそんな人じゃない、あの人ほど正義感が強い人はいない」
「『何をやらせてもダメ』と言う人もいるが、実際にはちゃんと立派な実績を残しているじゃないか」
このように、周りの人たちは自分の事を正しく理解してくれているはずだと信じることです。そうすれば心の動揺も静まるでしょう。
ウソには「善意のウソと、悪意のウソがある」と知っておく
◆ウソをついた相手の意図を理解する
ふだん親しくつきあっている相手から「ウソをつかれていた」と気づいたとき、その本人は怒りや悔しさといった感情に揺さぶられることになります。
しかし、ここで理解しておく方がいいことがあります。
それは、ひと口にウソと言っても、善意からのウソと、悪意からのウソという二種類があるということです。
もし、それが「善意のウソ」だと理解できれば、それほど動揺することもないでしょう。
ある女性は、当初「夫からウソをつかれた」と言って激しく怒っていました。
彼女の夫は、彼女が会社での仕事の様子を聞くと、「会社の業績は伸びているし、自分の仕事も上手くいっている」と話していたと言います。
しかし、ウソだったのです。実際には、会社は業績を落として外資系の投資会社に買収され、その影響で彼女の夫の社内での立場を危うくなっていた。というのです。
それを知って、彼女は「私は騙されていた」と、激しく怒りを感じたと言います。
しかし、彼女の夫は、だまそうと思ってそんなウソを言っていたのではなかったのです。
彼女に「余計な心配をさせたくない」という思いやりの気持ちから、彼はそのようなウソを言っていたのです。
つまり、善意のウソだったのです。
それを理解した時、彼女の怒りは静まりました。
そして、夫への愛情が以前よりも深まったと言います。
赤の他人からつかれるウソには「悪意のウソ」も多いのでしょうが、親しい相手からつかれるウソは「善意のウソ」がほとんどだと思います。
ですから家族や親友といった身近な人からのウソを言われたとわかった時には、まず相手がどのような意図でウソを言ったのかを考えてみるほうがいいでしょう。
善意のウソとわかれば、気持ちを荒立てることもありません。
「失敗した」のではなく、「成功のチャンスを得た」と考える
◆失敗から学ぶことも多くある
たった一つの失敗や挫折で、「やっぱり私には才能がない。これ以上がんばっても、才能のない私にはムリだ」と、あきらめてしまう人がいます。
たった一つの失敗や挫折で、「こんなに努力を続けるのはバカらしい、もうやめた」と、ヤケを起こしてしまう人もいます。
しかし、たった一つの失敗や挫折で、そのように心を乱して努力するのを止めてしまうのは残念なことではないでしょうか。
それまでがかばってきたことがすべて無駄になってしまうからです。
仕事でも、人生の上での夢でも、大きな事を成し遂げようと思えば、たくさんの失敗や挫折を経験しなければなりません。
初めから終わりまですんなりと上手くいくことなどめったにありません。
失敗や挫折を経験することがあっても、あくまでも平常心で努力を続けていくことが大切になってきます。
「失敗や挫折を経験することによって、より良い方法を見つけ出すための知識や情報が得られる」と考える。
「これが誰でもが通る道なのだ」と考え、失敗や挫折を深刻に考えないようにする。
「今回の失敗や挫折によって、精神的に強くなった。かえって生きる自信がわいてきた」と考える。
このような考え方に立っことで、失敗や挫折をネガティブに受け取らないための、むしろそれをポジティブにとらえることが出来れば、それによって心が乱れることなく、集中力、やる気、そして平常心を持続していくことができるでしょう。
相手の心の中を読みすぎると、自分の心が振り回される
◆深読みしないで、問いかけてみる
人は「他人の心の中を察する」という能力を持っています。
この能力は周りの人たちと仲よく共に暮らしていくために、とても大切な能力です。
たとえば、最近ちょっと元気がない人がいたしましょう。
そんな人の様子を見ていて、「何か悩み事があるのでは?」と相手の心の中を察することが出来るからこそ、優しい気持ちで「どうしたの? 私が力になれることがあれば、何でも言ってちょうだい」と話しかけられます。
そのようにして、人と人とは、お互いの心の中を察しあいながら絆を強くしていくのです。
ただし、相手の心の中を読みすぎない、ということに注意しておくほうがいいと思います。
相手の心の中を読みすぎると、そのために自分の心が振り回されてしまう、という事態になりがちなのです。
相手の心の中を読みすぎるタイプの人は、最近元気がない人は、最近元気がない人の様子を見て、
「何か悩み事があるのだろうか。もしかして私の事で悩んでいるのではないか? 私の事を『あんな不器用な人と一緒にいると、自分まで迷惑をこうむる。どうしたらいいんだろう』と思って悩んでいるのではないか?」
といった具合に、よけいな考えまで及んでしまいがちなのです。
こうなると自分自身のほうが、どんどん落ち込んで行ってしまうことにもなりかねません。
ですから、相手の心の中を察するにしても、「何か悩み事があるのではないか」というところで止めておく方がいいと思います。
その「何か」まで、自分の方で勝手に悪い方向に想像をめぐらさない方がいいと思います。
相手がなぜ落ち込んでいるのかは、やさしく相手に問いかけてあげればいいことだと思います。
将来のことを細かく予測しすぎると、心が不安になっていく
◆将来のことは、大雑把に考えておく
将来のこと、ある程度は、あらかじめ予測しておくことは大切です。
事前に「今年の年末頃には、このような危険が待ち受けているかもしれない」「このままの状態では、この先、にっちもさっちもいかなくなる」ということが予測できれば、今のうちに対処策を講じておくことが出来ます。
また、そのような事態に直面した時、平常心を失うことなく冷静に対処できるでしょう。
ただし、将来のことをあまり事細かく予測しすぎると、かえって心の乱れを生じさせる原因になりますから注意しましょう。
たとえば、「最近ちょっと体調が悪い」という状況があったとしましょう。
そこから、「ここのところ働きすぎだから、このままでは病気になってしまうかもしれない」と将来を予測して、「働きすぎに注意して、無理のないようにしょう」「残業をセーブして、家でゆっくり休むようにしよう」という対処策を講じるのであればいのです。
しかし、人によっては、将来のことをあまり事細かく予測しすぎる人がいます。
「最近ちょっと体調が悪い。このままでは病気になってしまうだろう。それもきっと重い病気だ。ガンになるのではないか? それとも末期のガンではないか?」といった具合に考えすぎてしまうのです。
このように考えすぎてしまうと、不安や恐怖から心が乱れ平常心で今やるべきことに集中できなくなります。
たとえ病院に行って検査を受けて「異常なし」の結果が出たとしても「医者が見落としているのではないか? やっぱりガンなのではないか?」と、悪い方悪い方へと想像力が流れていってしまうのです。
ですから、将来のことを考えておくのはいいのですが、一方で悪い方向へ感が過ぎないことに注意していくほうがいいと思います。
世の中の出来事を、すぐに自分の運命に結びつけない
◆「世の中は不景気でも、自分の人生は好景気」という場合もある
心理学に「予期不安」という言葉があります
。
これは、身の周りの出来事や現象を、自分の運命に結びつけて考える心理的な傾向を表す言葉です。
ポジティブな方向に結びつけるならいいのです。
しかし、ネガティブな方向へ結びつけてしまう傾向が強いタイプの人がいます。
そのために平常心を失ってしまうほど強い不安感が生じてしまいます。
たとえば、新聞に「景気が悪化している」という記事が載ったとしましょう。
その記事を読んで、予期不安の傾向の強い人は「景気が悪化している」→「うちの会社の業績も下がっているのではないか」→「そうなれば私はリストラされることになるのではないか」といった具合に、ネガティブな方向へと先読みをしていってしまいがちなのです。
そのために平常心を失って、自分の仕事に集中できなくなる事態にもなっていきます。そうなれば本当に自分の会社での立場が悪くなってきます。
このようなネガティブ志向の人は悪循環にはまってしまいます。
本来、「景気が悪化している」という問題と、「自分がリストラされる」ということは別個の問題であるはずです。
世間の景気が悪くても、やりがいのある仕事に打ち込み、会社の中で貴重な存在になっている人もたくさんいるはずです。
そもそも「景気が悪化している」からといって、「会社の業績が下がっている」とも限りません。悪い景気の中でも業績を上げている会社も多いでしょう。
それを無理矢理に関連付けて考えない方がいいのです。
もちろん世の中の動きには敏感であるべきでしょう。しかし、どこかで「世の中で起こることは世の中のこと、自分の人生は自分の人生」といった具合に、世の中にある程度距離感を置いておくほうがいいと思います。そのほうが平常心で生きていけます。
自分のブログを「荒らし」に中傷された時の対処法とは
◆時にネットの世界から離れてみる
自分のホームページを作成したり、またブログやフェイスブックといったソーシャルワークを利用している人も多いと思います。
このようなソーシャルワークは、インターネット上で未知の人と知り合ってコメントを交わすことができますから、刺激的で好奇心が触発されてることも多いようです。
しかし困ったことに、ネットの世界には時々、「荒らし」と呼ばれる人たちが出没します。相手の心を傷つけてやろうというような、あからさまに悪意ある悪口をコメントに書き残していくのです。
そして、見も知らずの人から寄せられる、思いがけない誹謗中傷のコメントに落ち込んで、日常生活にも支障をきたすようになる人もいるようです。
しかし一方で、どんなイヤなコメントを寄せられても、あまり悩まない人もいます。
悩まない人に共通しているのは「自分自身に起こったことを、ちょっと離れた地点から客観的な視点から眺められる」という能力を持っていることだと思います。
しかし客観的にみれば、その相手は自分の事をよく知りません。会ったこともなければ、直接話をしたこともない赤の他人なのです。
インターネットの世界で、たまたま自分のホームページやブログを見つけ出して、悪口のコメントを送ってきただけなのです。
ですから、その悪口はまったく的外れ、お門違いのものがほとんどなのです。
たしかにネット上で「荒らし」に誹謗中傷を受ければイヤな思いをするでしょう。
しかし、その悪口が的外れなものだと理解できれば、深く落ち込んで心を乱すこともないのではないでしょうか。
つづく
第五章