女29歳は生き方微妙どき はらたいら =著=
恋愛の四つの形
スタンダールは、恋愛の形を四つに分けている。
一、 情熱恋愛 二、趣味恋愛 三、肉体恋愛 四、虚栄恋愛
情熱恋愛と肉体恋愛は、貧苦的理解しやすい。きわめてオーソドックスな形が情熱恋愛。
こい焦がれて、身をやきつくすという純文学的世界の恋愛である。
閉じ込められた火が、一番強く燃え上がる。
情熱恋愛
禁じられた恋ほど、激しく男と女を結びつけるわけで、これが情熱恋愛の代表選手。「情熱は理性を征服する」というくらいで、日常生活を完全に飛び越えてしまうほどの、魅力と激しさを秘めている。
すぐに不倫の恋を連想される読者も多いと思うが、不倫に限定する必要はない。
寝ても醒めても忘れられない、相思相愛の男と女が演じる恋と考えていただければよい。
その結果として、結婚があってもいいし、失恋するのもまた一興。
とにかく、一生に一度くらいは、どなたにも情熱恋愛を経験して頂きたい。そうでないと人間がわからない。ナイーブな心のヒダが揺れるさまを、体験的に知っているのと、知らないとでは、大きな違いである。
さて近ごろの若い女の子たちは、情熱恋愛をしているのだろうか?
どうも、はた目で見ていても怪しいものが多い。一歩間違えば、肉体恋愛の単独志向なんてことにもなりかねない。
肉体恋愛
肉体恋愛とは、言うならば、ハード・ポルノ的世界の恋愛だ。ともかくひたすら快楽追及。
横須賀や沖縄の米軍基地周辺をウロウロして「どれにしょうかな?」などと、米兵を物色するギャルたちが肉体恋愛の代表選手。
世にも恐ろしい覚醒剤的形である。
虚栄恋愛
つぎは虚栄恋愛、タレント志向の女たちによって、しばしば演じられる。有名人といっしょにいることが大満足。自分も有名人になったような錯覚を楽しみ、本当の愛情との区別が、本人も自覚できない恋愛が虚栄恋愛なのだ。
ゲーテは言った。
「虚栄は軽薄な美人にもっともふさわしい」
そして最後に残ったのが、趣味恋愛。これがちょっとややこしい。今まで述べた三つ「情熱、肉体、虚栄」のどれにも当たらない形を、趣味恋愛と考えたほうがよそうだ。
趣味恋愛
「趣味は?」と聞かれて「恋愛よ」。どうにも始末の悪いイメージである。
四つの恋愛が出そろったところで思うのだが、もしも一人の女性が、一度に四つともやっているなんてことはありえるのか?
ちょっと想像しただけでも、めまいのしそうな話で、そんなスーパーウーマンがいたら、ぜひ一度お目にかかって話を伺いたいものだ。
しかし、二つぐらいの組み合わせなら、あちこちに転がっていそうな気がする。
肉体恋愛と虚栄恋愛を同時進行でやってのける女性がいても不思議じゃない。ひと昔前なら、ドン・ファンとかプレーボーイとか、このパターンは男の独占物だったが、いまやギャルたちに奪われてしまった格好である。
情熱恋愛と肉体恋愛との組み合わせの可能性は、相手を盾にして、論理的には成立しないはずなのだが、一方で誰かを真剣に愛しながら、他方では快感を追及する女。
やはり、いるかもしれないそして最後に、一人の男にこの四つのすべてを一度に求められた場合。
それを考えると、男は、ミノケガヨダツ思いである。
してはいけない恋愛の仕方
食事のマナー。そう聞くとすぐに、フランス料理やナイフとフォークを連想するが、和食にも、ちゃんとそれなりのマナーというものがある。箸の使い方ひとつをとってみても、なかなかどうして複雑な決まりがある。
やってはいけない箸の使い方なら、まず、“迷い箸”どのおかずをとろうかな? 箸をフラフラさせること。
“刺し箸”は、箸をフォークに見立てて、食べ物を刺すこと。
好物の豆腐がまだ味噌汁の底に残っているんじゃないかと、箸でかき回すのは“探り箸”。
箸を二本そろえてスプーンのような使い方をするのが“横箸”食器をチンチンとたたく“たたき箸”。
とまあ、言われてみればあたり前の事ばかりだが、禁止事項がずいぶんあるものだ。しかし、それらは長い日本人と箸との付き合いの中から生まれてきたものだから、ああ、なるほどとうなずける。
迷い恋愛
そこで、やっていけない箸の使い方を、してはいけない恋愛の仕方に応用してみたい。
“迷い恋愛”は、どの男にしようかな、年がら年中色目を使うこと。貧相である。
刺し恋愛
“刺し恋愛”は、惚れたはれたのあとで、刀傷沙汰に及ぶ悲劇的な恋愛。双方とも危険が伴う。
よく好きな男を完全管理したがる女がいるが、そういうタイプが演じる恋愛を“探り恋愛”と呼ぶ。なぜならば、男のいくところは何処でもついて回り、男の周囲をかき乱しては快感を覚える。
たたき恋愛
“たたき恋愛”は、男に愛情を強要したり、プレゼントを強要する女が演じる恋愛。
横恋愛
最近はやりのオフィス・ラブは“横恋愛”。
ねぶり恋愛
そして最後に、男を散々なめ回して、味も素っ気もなくなったら、すぐにポイする“ねぶり恋愛”。
マナーを大切に。
いい女は適度に“故障”する
最近はテレビでもステレオでも性能が良くなって、故障というものはほとんどない。
メードインジャパンは世界一の評判どおり、じつに高性能だ。
それだけ便利になったと言うべきだろうが、逆にモノに対して愛着を持つことも無くなった。
画面がパッと消えてしまったテレビの横っ面を、パシットと叩くと元に戻るなんてことを繰り返していると、古くなっても捨てがたい愛着を感じたものだ。
スタンダールの『赤と黒』にこんな言葉がある。
「女というものは始終どこかに故障のある機械みたいなものである」
意のままになったかと思うと、突然ガラリと態度が変わる。男にとっては疲れるが、女の気まぐれほど魅力的なことはない。
性能の悪いテレビも同じで、男は女のどこをつけば元に戻るか少しずつ要領が分かって来るのだが、せっかく横っ面を叩けばいいと分かっても、そのうち横っ面では反応しなくなる。
どこか別の所がおかしくなっているのだろう。男は再びあちこちをいじり出す。
テレビの構造が分からないのと同じように、男は女の構造も分らない。
一番困るのは、自分の手に負えないことが分かったとき、テレビなら電気屋さんを呼べばすむけれど、女の故障は、電気屋さんに代わる適当な相手が見つからないことである。
男はもう途方にくれるしかないんだけど、女のいいところは、テレビと違って、自分の方からヒョコッと直ってくれる場合があることだ。あの手この手を駆使して絶望したあとだけに、男は決定的な快感、感謝で胸がつまってしまうのだ。
結局、男にとっていい女というのは、適度に故故障をして、直るタイミングが抜群にいい女ということになるかもしれない。
無条件の愛、条件つきの愛
男の感覚からすると、自分が女から愛されるときには、なぜ自分のことを好きになったのかという理由を知りたいと思う。ところが女はそうではないらしい。アミエルという人がこんなことを言っている。
「女はなぜとか、何のためにとかいった理由なしに愛されることを望むものだ。彼女が彼女自身であるという理由によって愛されることを望むものだ」
要するに、貪欲なのである。
「僕は君のその聡明なところが好きなんだ」
と言われ女は、間違いなくその後で、ふと思う。
「私には女としての魅力がないのかしら」
「僕は君のその女らしいところが好きなんだ」
と言われた女は、こう思う。
「あの人は、私のことを誤解している。私はそんな女じゃない」
結局、何から何まで、全部ひっくるめて、「君のすべてが好きなんだ」と言われない限り、納得しないのである。そのくせ、
「どんな男性が好きですか」
なんて聞かれたときに、女たちは決まって、
「優しい人」
と来る。自分は男を好きになるときにはちゃんとした理由があるのだ。
しかも、その理由というのは、全部自分にこの人は何をしてくれるのかという発想が原点になっているから始末が悪い。
男にとって女は、じつに割に合わない存在である。女は男に無条件な愛を要求するくせに、自分は条件つきで男を愛そうというのだから、まったく図々しい。
「ひとは誰でも常に恋愛をしていなければならない、ということは誰も結婚してはいけないということだ」
好奇心と慈善心・ただで人間はつき合わない
「ニューヨークには、ただで何かをくれる人間はひとりもいません。彼らの場合、好奇心と慈善心が背中合わせになっているのです」
『O・ヘンリー傑作集』のなかに収められた一節である。ニューヨークの金持ちたちが、暇つぶしと好奇心を満足させるために、無料宿泊所行きの列に並んでいる男を自宅に連れて来て、食事と金を与え、そのかわり「なんでそれほど落ちぶれたのか」という身の上話を聞きたがることを指している。
無料宿泊所行きの男たちは、金持ちの好奇心を満足させてやるべく、落ちぶれた話をいくつも用意して、料理のメニューに応じて話の質を上げたり、下げたりするという。
サンドイッチとビール一杯なら、酒のせい。
ステーキと宿賃25セントなら、ウォール街で全財産をすって没落していった悲劇という具合だ。
金で好奇心を満足させようとするニューヨークの金持ち以上に、無料宿泊所行きの男たちは、したたかなのである。
下心と親切
さて、最近新宿の飲み屋で見かける男女のカップルだが、これとよく似た役割を男と女が演じている。
ニューヨークの金持ちの役は、中年の男、無料宿泊所行きの男の役は、OL風の女。中年男は、金にものをいわせて、ディナーで女はメニューによって、つき合い方を変えるのだ。
懐石料理やフランス料理のあとなら、ぐっとセクシーにすり寄ってやる。中華料理やイタリア料理のあとには、明るく楽しく振る舞ってやる。初めから赤チョウチンだと、たらふく食べて飲んですぐにサヨナラだ。
「中年男には、ただで何かをくれる人間はひとりもいません。彼らの場合、下心と親切が背中合わせになっているのです」
「若い女には、ただでつき合ってくれる人間はひとりもいません。彼女らの場合は、ぜいたくと愛情が背中合わせになっているのです」
つづく
ファッション志向もほどほどに