教会では信心深く、家の中では鬼のような女。何かの本でこんな記述があった。そこで考えた、はらたいら流の手に負えぬ女の定義とは、目と耳をふさいで口だけあけている女、この定義は我ながらなかなかのもとだと自負している。トップ画像赤バラ煌きを失った性生活は性の不一致となりセックスレスになる人も多い、新たな刺激・心地よさ付与し、特許取得ソフトノーブルは避妊法としても優れ。タブー視されがちな性生活、性の不一致の悩みを改善しセックスレス夫婦になるのを防いでくれます。

10――そのひと言が嫌われる

本表紙女29歳は生き方微妙どき はらたいら =著=

ピンクバラ10――そのひと言が嫌われる
 見えない、聞かない、しゃべりすぎ

手に負えない女、町の人には愛想が良く、教会では信心深く、家の中では鬼のような女。
 何かの本でこんな記述があった。
 そこで考えた、はらたいら流の手に負えぬ女の定義とは、目と耳をふさいで口だけあけている女、この定義は我ながらなかなかのもとだと自負している。
 だってもしこんな女が存在したら、これは相当に手強いはずだ。
 客観的な事実、社会の流れをとにかく見ない、第三者の意見、友人の意見、友人の忠告は全て聞かない。
 それでいて、文句ばかりは天下一品。
 この見ない、聞かない、文句を言う女に対して、男は一体どんな対抗手段を講じることができるのだろうか。
 
 その女の非を責めても、説得工作に乗り出しても聞かないのだから、効果は何も期待できない。いい女を見せつければ、少しは変わるかと思っても、見ないのだから、どうしょうもない。
 自分の頭のなかにあるものだけを信じて、すべてそれを基準に動き、文句を言う。
 まったくのお手上げである。

 しかしこままでは男として耐え難い。何とか腹の虫を押さえ、留飲を下げる方法はないものか。
 そんなことを思いあぐねていた時に、ある言葉にぶつかった。
「女は一分ごとに歳をとっていく」
 これだ。
 女は歳を取ることをもっとも恐れる。相手が聞こうが聞くまいが、シワの一本一本を目の前で数えてやればいい。一時間に60本、一日に1440本もの仕返しができる。

 実に妙案‥‥だが、あまりにも根暗な方法である。それでは、次の手段を考え始めてしまうわけだが、やはり勝ち目はないのだろうか。
 外ヅラのいい奥さんと別れた旦那は悲劇である。誰もが「あんないい奥さんを‥‥」と世間の非難を一斉に受けてしまう。
 もしそこで奥さんが「悪いのは私です」とやったら、対抗手段はもうこの世には存在しない。

中身のない喫茶店会話

 東京の、とある無名女子大生三人の喫茶店での会話である。
「暇ね、なんか運動しない」
「テニスやろうか」
「コート借りられる? 難しわよ」
「じゃ、水泳がいいわ。泳ごう泳ごう」
「どこに行こうか。ホテルのプールがいい」
「でも、料金が高いわよ」
「それならさ、どこかのスポーツクラブがいいんじゃない。原宿あたりの」
「そうね、いつも何やろうか話してばかりだからさ、スポーツクラブの会員になっちゃえばいいんじゃない」
「うん、私も賛成」
「でも、原宿のクラブなんて入会金だけで何十万円もかかるわよ」
「エッ、そんなにするの」
「千葉に、入会金五万円のクラブがあるけど」
「千葉じゃねえ」
「原宿とえらい差だわ」
「どうせ泳ぐなら、かっこよく泳ぎたいじゃん」
「じゃ、アルバイトでもする?」
「まずは、お金だからね」
「あたし、ハウスマヌカンがいいな」
 という調子で、彼女たちの話し合いは、どこでアルバイトをするかで、再び頓挫、何も決まらずじまいで、赤坂の喫茶店を出て行ったのである。

 毎日、こんな話ばかりしているのだろか! ブランド大好き。行動力なし。女子大生の身分大好き。勉強意欲無し。旅行大好き。コンプレックスあり。情報誌大好き。思慮なし。スポーツ大好き。その能力なし。
 そんな印象ばかりが、目立つ女の子たちだった。

「あなただけに言うのよ」

古代心は、太陽に手を合わせた。海と大地の恵みに感謝し、人間の力をはるかに超越した自然の力に、神を感じていたのである。

 やがて彼らは、自然ばかりでなく、女体を崇め始める。考えてみれば、子どもを産むなんてことは、異常なことであり、古代の男たちが子宮の果てに神を見たとしても、なんら不思議はない。無から有を生じさせる子宮。
“ああ、偉大なる女たちに感謝”。

 子宮の機能が出産だけにかぎられていれば、男たちはひたすら女性を尊敬するところだが、この子宮というやつは、あまりにも影響力が強く、女体のあちこちにそれらしい特性を発揮してしまうからいけない。

 たとえば、女の口。典型的な例である。
「話題に困ったとき、友だちの秘密を暴露しない女は、まれである」
 女の口の暴露癖は、あきらかに子宮の影響を受けている。
 話題に困った女が「ところでさあ」と言ったら、まず間違いなく誰かの秘密を語り始める、そのときは決まってこう言う。
「あなただけに言うのよ」
 いったい何人に、これを繰り返したかわかっものではない。
 また、どこでそんな情報をつかんできたのか、友だちの事、上司の事、同僚の事など、とにかくよく知っている。一度入れた秘密は、出さねばならぬという信号が、子宮から発せられているに違いない。

 男は話題に困ったからと言って、日罪暴露はやらない。サラリーマンなら、たいがいは仕事の話、新聞の三面記事や政治らんからあたりの話でお茶を濁す。

 二人、三人で弾んでいた会話がピタリとやんだときの、あの何とも言えぬ白けた空気。その瞬間に、子宮が軽い痙攣でも起こすのだろうか。
 今日もまた、日本のあちこちで「とこでさあ」が連発されている。

「ウワーッ、美味しい」

のれんをくぐった瞬間、髪を短く刈った精悍(せいかん)な顔が「いらっしゃい」と、威勢のいい声をかけてくる。

 これが日本の寿司屋のイメージである。
 ニューヨークのように女の板さんが寿司を握るということはめったにない。そもそも女の体温は男より平均して高い。
 だから新鮮なネタが痛むから、女は寿司屋には向かないという。

 しかし冷凍魚ばかりの昨今では、そこまで神経を使う必要もあるまい。気の弱いピーターパンの男より、むしろ若い女の子のほうが威勢が良くて、よほど寿司屋らしいかもしれない。

しかし寿司屋に限らず、こと料理に関しては男の方が女より勝っている。
 世に一流と言われる板前やシェフは、きまって男である。嗅覚では負けても味覚で勝つ。 
 いずれ家庭でも、男が専門に料理を作る日がやって来るのではあるまいか。男と女の職分が初めから決まっているわけでないのだから‥‥。
 事実、赤道直下では、女が狩猟に出かけ、男が化粧して炊事をする島もある。
 
 さて、女の味覚を鈍らせている原因は何であろうか。
 ズバリ、喋りすぎだ。料理上手になるためには、美味しいものをたくさん食べ歩けというけれど、ただ食べているだけでは腕前は上がらない。

最近のOLは適当に裕福で、適当に暇があるから、食生活はずいぶん贅沢だが、「ウワーッ、美味しい」で終わってしまう。あとは口を動かしながら彼氏の話かファッションの話。何も考えない。
「このスパイス何かしら?」
 がない。
 いざ結婚となるとあわてて料理学校へ飛んでゆく。だから“ワタシ流”の料理が作れない。
「くれぐれも、喋りすぎには御用心を?」

 じっくり味わい考えながら食べることも、時には必要である。料理は頭で作るものだから‥‥。
“料理が作れるのに作らない女は最悪。料理が作れないのに、作りたがる女”。
 食べるほうの身になってもらいたい。
つづく 「わが家の恥なの」