結婚して妻の座に就くと、今度は独占欲が管理欲へと変わる。夫の言うことには「ハイハイ」と従う、良妻賢母型であっても、夫に従っている振りをしながら、実はものの見事に夫を操縦するという高等技術を身に着けている。 トップ画像赤バラきを失った性生活は性の不一致となりセックスレスになる人も多い、新たな刺激・心地よさ付与し、特許取得ソフトノーブルは避妊法としても優れ。タブー視されがちな性生活、性の不一致の悩みを改善しセックスレス夫婦になるのを防いでくれます。

“従っているふり”で見事に操縦 

本表紙女29歳は生き方微妙どき はらたいら =著=

ピンクバラ“従っているふり”で見事に操縦

イスラム教では、男は四人まで妻を持つことが許されているが、実際のところはどうなっているのだろうか。国民のほとんどがイスラム教徒であるエジプトあたりでは、二人くらいの奥さんを持ち、子どもが10人くらいいる男も珍しくないそうだ。

 ところが日本企業や欧米の企業に勤めるエリートサラリーマンとなると、ガラリと事情が変わる。とにかく彼らは忙しい。とてもじゃないが、二人、三人の奥さんをもらって、彼女たちに分け隔てなく愛を捧げ、奉仕する余裕は全くない。

 その結果、四人まで妻を持てるのに現実には一夫一妻制がほとんどだ。じゃあ、日本に一夫多妻を持ち込んだら、どうなるだろう。おそらくごく一部経済的余裕があり。かつ精力、気力が充実している男なら四人というワクいっぱいまで妻を娶るかもしれない。

 しかしほとんどの男は、一人で十分と考えるに違いない。女というのは若くて美しいときには独占欲が強く、結婚して妻の座に就くと、今度は独占欲が管理欲へと変わる。夫の言うことには「ハイハイ」と従う、良妻賢母型であっても、夫に従っている振りをしながら、実はものの見事に夫を操縦するという高等技術を身に着けている。

 夫の浮気に妻が腹を立てるのも、自分の管理から逸脱したために起こる腹立たしさであり、若い男女の三角関係とは、次元が違う。言ってみれば、チームワークを何より大切にする団体スポーツのチームのなかで、一人だけ勝手な行動をとるようなもので、愛だの嫉妬だのというものではない。

 それだけ管理欲の強い日本の女を四人も妻にする男は、アホとしか言いようがない。
 民法を改正しても、日本では、一夫多妻は絶対にブームにはならないだろう。

「産むなら女の子がいい」

男と女を産み分けるという話が、物議を呼んでいるようだが、なんてことはない、男女を産み分けるのではなくて、女を産む方法なのである。それに失敗すると男が生まれるというのだから、情けない。
 
 失敗して生まれた男の子が成長して、事の顛末を知ってしまったら、これは悲劇である。
「オレは失敗の産物か」
 これはどう考えても傷つく。しんし、失敗作でも決して悪い事ばかりじゃない。
 男女の産み分けどんどん盛んになってくると、必ず女の方が男より多くなる。 
何せ独身の女性に聞いても、若い奥さんに聞いても、どうせ生むのならみんな「女の子がいい」と答えるからである。

 可愛から、男の子よりは体が丈夫で育てやすいから、などなど理由はいくらでもある。
 彼女たちの意見では、誰と結婚しようが、もうすでに決定事情なのだ。
 年上の奥さんが大流行するように、甘えん坊の男は、結結婚後は奥さんの言いなりになってしまう。

 いま現在は、妊娠しても、男の子か女の子か、すぐには分からない。わからないから旦那も勝手に「俺は男がいい」なんて言っていられるが、将来は自分の希望すら口にできなくなるものだ。
「女の子にするからね」
 奥さんのひと言で、赤ちゃんの女に子と決定、旦那はひたすら科学の失敗を待つのみだ。
 かくして世の中は、右を向いても左を向いても女女女。失敗作の男は、それこそよりどりみどり。もてて、もててしよがないという、まことに男冥利に尽きる人生を送ることが出来るようになる。
 男女産み分け法で、最後に笑うのは、失敗作の男である。

女が男に愛想を尽かすとき

コーヒー王国のブラジルでは、毎年五月から八月にかけてコーヒーが収穫されるが、1984年に、収穫量が前年に比べて五割も減ったことがある。

 コーヒーの値段は高騰した。一袋が63ドルだった前年に比べて、その6倍、372ドルにまで跳ね上がった。
 需給のバランスが大幅に崩れた結果だが、それは何も、コーヒーに限ったことではない。
 男と女もサンパウロのコーヒー豆にそっくりなのだ。旦那を見れば女房がわかる、女房を見れば旦那がわかる。というように、それなりの男と、それなりの女がくっつくのだ。

 互いに与え合うもののレベルも量も、似たようなものである。だから愛し合える。
 ところが五年十年と暮らしているうちに、どちらか一方だけ成長を遂げ、相手にウンザリしはじめる。

 ブラジルのコーヒーが干ばつのたびに、在庫を放出してバランスを修正してきたように、男と女も、成長したほうが我慢したり、愛情の目減りに歯止めをかけたりしながら、バランス修正しようとする。

 しかし、コーヒー豆の栽培から農園者がどんどん離れ始め、放出すべき在庫が尽きたように、男と女のバランスを修正にも、底をつくときがやってくる。

 最近の離婚を見ると、圧倒的に女が男に愛想を尽かすパターンが多い。だめな男豆の栽培からは、サッサと手を引く。男豆はそれでも高く売れればいいだろうと開き直る。

 しかし、喫茶店のコーヒー一杯の値上がりを考えると、男豆の将来は暗い。たかがコーヒー、されどコーヒーである。国際市場が大荒れの割には、現実生活への影響は少ない。

 女房に捨てられた男の影響力も、こんなものかもしれない。

ヘタすると“成田離婚”

“お産と二日酔いとは飽きない”と言われたのはひと昔前で、いまは“離婚と再婚は飽きない”というのが流行りだ。

「もう、イヤッ」と嘆き悲しむのはそのときばかりで、こりごりしたことなんてすぐに忘れてしまう。
 似たり寄ったりのレールを走り、同じょうに再婚、同じょうに絶望、それでも懲りない。いったいこの悪循環はどこからやってくるのかといえば、やはりスタートに問題がある。世の中の若い女性のなかには、“花嫁衣装”そのものに憧れている子が相当いる。大金をかけて用意した舞台に華やかに着飾って主役の座に収まることばかり考える。 

 中身がなければ、結婚式などというものは単なる浪費に過ぎない。
「結婚式とは夫婦が守れそうもないことを誓い、客の誰もがそれを守れないと思っている儀式」。ヘタをすると結婚式そのものが最高のブラックユーモアになってしまう。

 出だしがこれでは、その後の展開が悪環境に陥ってもやむをえを得ない。
 最近、結婚式場で困った問題が起きている。
 記念写真を取りに来ないカップルがかなり多いのである。

 写真代が法外に高いのではない。新婚旅行から帰ってきて写真が焼きあがるころには、もうカップルでなくなっているからである。
“成田離婚”の余波と呼ぶべき現象だ。旅行先でどんなトラブルがあったかは定かではないが、頼りない男像ばかりが目につくき、花嫁ツンツン、花婿は大きな荷物を引きずりながらションボリと税関を通り抜けていく。

 空港の職員には、「ああッ離婚だな」とすぐわかるらしい。
 これを人呼んで“成田離婚”この二人、間違いなく記念写真を式場に取に行くことは無いだろう。
 あまりにも安易に事を運びすぎる結果であって、同情の余地はない。
  つづく  8―こんな女(オバサン)になって欲しくない