上手な愛し方とは二人の男女を永続的な幸福にみちびくものでありましょう。そのための知恵や技術は人から教わってすぐわかるものではありますまい。各人が、自分で考え、判断し、自分たちの恋愛の環境に適応して創りあげていかねばなりません。
けれども一般的にいって、「上手な愛し方」から見ると、結婚前に肉体を結び合うことは、ある危険を恋人たちにもたらすものです。
何故なら、いかに愛し合っても、ある秩序の外で肉欲はやはり感覚的なものである以上、それは重ねれば、疲労や幻滅や寂しさがやってくるものです。
愛情の量だけ信じて、この炎に身を任せるのは容易でしょうが、それが終わってしまえば、あとは何も残りません。
結婚とは、やはり肉欲にその正しい価値と意味とを与えてくれるものです。
少なくとも肉欲が本質的もっている孤独感や疲労や幻滅を防ぐか少なくしてくれる大きなブレーキとなるものなのです。他人の祝福の裡(うち)に男性には父性を、女性には母性をやがて与えてくる可能性となるのです。それは肉欲を孤立させません。
使命と意味とを与えてくれるのです。恋愛や婚約中の愛情の楽しさとは常に相手をまだ完全に所有していない所にあります。
相手のなかにまだ未知な部分が残っていることが大切です。奇妙なことのようですが、若い男性にとっては、愛する女性をまだ隅々まで知らなければ知らないだけ、彼の好奇心や想像力は増すものです。
そして恋愛中の魅力というものは、この好奇心や想像力を多くの場合、要素とします。
もし彼があなたの肉体の隅々まで知ってしまえば、この好奇心や想像力は減るものです。
勿論、真の愛情とは、たんに、この好奇心や想像力だけ刺激するものではありません。
けれどもそれが二人の愛情をより楽しくさせるなら、これらの要素を利用することは決して不純な恋愛ではありません。かえってそれは「上手な愛し方」なのであります。
のみならず――考えてもごらんなさい。結婚の日に貴方と彼とが、何一つとして与えるべき新鮮なものをもっていなかったら、どうでしょう。
二人がはじめてその日未知の扉を開くのでなければ、どんなに寂しいことでしょう。
技術的にいっても、これは実に下手な新生活です。
肉の結びつきを恋愛中にすることはやさしいことです。けれども、それを抑えることの方が二人の心に困難にうち克つ勇気や力を選ぶべきです。
それが、本当の若さというものです。恋愛中にはできるだけ肉体の純潔をおまもりなさい。
だか、それは決して、肉への恐怖感や嫌悪感から生まれた純潔感ではなく、やがてその肉の愛情を最も正しく、たのしくするための必要な準備と技術としてでもあります。
ぼくは、極端な純潔主義の陥り易い危険を書きました。そして今度は趣旨を変えて、純潔の必要性を述べました。
読者の中にはふしぎに思われる方があるかも知れません。
けれどもよく論理をたどってくだされば、きっとわかって下さると存じます。
ぼくはこのような純潔感が一概に悪いと申しあげているのではありません。
けれどもそこには意志や知性が欠けています。ただ女性としての生理による恐怖感から生まれている以上、それは、肉体を支配し、それに秩序を与えるものではありません。
極端にいえば肉体に逆に引きずられた受け身の純潔感です。
これに対して、新しい純潔感とは、肉や肉欲を徒(いてず)らに嫌悪したり怖れたりすることではなく、それに正当な価値を与え、それを未来にむすびつけるものです。
その意味と使命とを認識しようとするものです。そういう意味で新しい純潔とは、肉体を精神や知恵によって支配することです。
純潔とは肉体を精神によって支配することとぼくは書きました。そうです。そういう意味からも今度は、純潔とは今までの古い考えのようにたんに処女であるか、ないとかによって決められるものではないといえるでしょう。
ぼくは先ほど、結婚まではできうる限り、純潔であることが望ましいと申しました。
それは――もう皆さまもはっきりわかって下さいましたように――人間の知恵が肉欲や肉体を支配するから意味があるのです。
純潔というものは、生まれつき与えられるものでなく、自分から創り出していくものでしょう。生まれつき与えられたものを守るだけなら古い純潔感でこと足ります。
けれども、未来に向かって、幸福に向かって、自分たちの愛情をみごとに実らせるように知恵と理性を働かすことが、本当の意味での純潔感だともいえるでしょう。
ですから、もし、既になにかのことで肉体の純潔を失われている方も、決して悲観されたり、絶望されたりする必要は毛頭ありません。
純潔とは自分で創り出すものである以上、貴方はその気持ちさえあれば、今日からでも純潔になれるのであります。
最後にお断りしておきますが、ぼくのこの文章は純潔を、愛情をもち合った二人の男女の場合に限定して書きました。
愛情もないのに結び合う男女関係が、もっとも非純潔であることは、若い皆さまに今更申し上げる必要もないと存じます。
つづく エロスについて