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私の人生なんだかいいじゃんって思ってた。でも、子どもに申し訳ないなって思うようになったの。

本表紙 酒井あゆみ著

第六 愛<身長・フリーサイズ>T155 B88 W60 H87 24歳
 愛知県出身。子どものころ両親が離婚し、母親、兄と暮らす。高校を一年で中退。友達に誘われて援助交際を始め、その後キャバクラ、AV、イメクラ、デリヘルスを経験。合コンで知り合った男性と結婚。1児の母。

 私の人生なんだかいいじゃんって思ってた。でも、子どもに申し訳ないなって思うようになったの。

 愛(二十四歳)は一ヶ月前、子供を産んだ。
 旦那はIT関連会社社長で東京港区の中心地に住まいを持つ。いわゆる「玉の輿」に乗った女性だ。セレブの仲間入りした彼女は、約一年前までイメクラで働いていた。
 出産のため、実家の名古屋に里帰りしている彼女に私は会うことができた。彼女を紹介してくれた私の旧知の女の子によると、旦那は風俗関係の人と妻が合うのを極端に嫌がっているので、都内では難しいと言われていたからだ。旦那に内緒で取材の打ち合わせを電話でした。
「子供を親に預けられる方が気が楽だから」
 私は子供同席でも構わないと言ったのだが、彼女は一人で会いたいと言った。そして、私が名古屋には土地勘がなく、取材場所を探すのに手こずっていると伝えると、彼女は実家近くの個室があるレストランを指定してくれた。

 私にはありがたかったが、怖かった。いくら個室とはいえ、彼女の地元だ。親戚や知り合いに話を聞かれる恐れはないのだろうか。

「あ、大丈夫ですよ。私、友達とか親とかに今までのことをみんな言っていますから」
 あっけらかんと愛はそう言い放った。私は肩をすくめ、「あ、そうなの?」とだけ言った。
 仕方ない。私は後でトラブルになったらなったで腹を決め、新幹線に飛び乗った。

 名古屋駅を降り、在来線に乗り換える、そして、三十分ほどで教えてもらった駅に着いた。そこは無人駅だった。そこからタクシーに乗り、現地のレストランに行く予定だった。しかし、タクシーは呼ばないと来ないらしく、しかもその日に限って混んでいた。トタン屋根の鳥小屋のようなタクシー乗り場に貼ってあった配車の番号に電話してみると、一番早くて二十分後だと言われた。私の前に一組の老夫婦が待っていた。

交通手段が他にない私は、「鳥小屋」にあったパイプ椅子に座って待つことにした。バッグから煙草を取り出そうとしたら「禁煙」の文字が見えた。新幹線はあいにく喫煙車両が満席で、在来線に乗っても当然のごとく喫えなかった。しかも、到着予定よりも一時間は早く出たはずだったのだが、電車の事故やなんだかんだでギリギリの時間になってしまい、一服どころではなかった。遠方取材になると私は縁に見放される。いつも、このようなことが立て続けに起きる。諦めて外に出た。

 そこはセレブのイメージとはかけ離れた。のんびりした田舎町だった。自分の実家の福島を思い出した。田舎はどこも同じようなにおいがする。裸電球が一つ灯してあるだけの駅の改札前には、制服を着た高校生の男女が地べたに座って話をしていた。

 私は時計に一度目をやった。約束の夕方の六時を過ぎていた。待合室の裏側に回った。出産したばかりの愛の前では煙草は喫えないだろう。気を落ち着かせるためにも一本喫っておきたかった。取材前の緊張を少しでも和らげるための、私なりの精神安定剤。バッグから携帯灰皿を取り出し、煙草に火をつけた。深く吸い込んでは吐いた。三本目の煙草を吸い終わるころ、タクシーの灯りが見えた。

 レストランの名前を言うと、運転手は短く返事をした。すぐに着いてしまった。ワンメーターの場所だった。
 その店で彼女は待ってくれていた。

「こんな遠くまで来ていただいてありがとうございます」
 そう言って、黒く長い髪の毛を掻き上げながら笑った。身長一五五センチと小柄でスリムな体形ながらも、胸は豊かだ。小さい顔に大きな目が印象的で、コロコロと人懐っこい笑い方をする。ただ、一目で美容整形した顔だと分かった。

 無理を言っているのはこちらなので、お礼を言われる立場ではない。風俗を辞めた後に連絡を取りたくないという女性は多かった。好き好んで過去を振り向きたくないのは当たり前のこと。しかも、愛の場合は、せっかく玉の輿に乗れたのに、それを壊す原因にもなりかねないのだ。しかし、彼女は取材を受けると承諾してくれた。

 私は彼女に倍以上、何度も頭を下げた。到着して三十分後、やっとメニューを見た。自分の財布と相談しながら。コースメニューの中にある二番目に高いものを注文した。

 愛とは初対面だった。彼女を紹介してくれた女の子の話を一通りすませ、私はおずおずと本題に移った。すると、彼女は「ああ」と低い声を出した後、ゆっくり話し始めた。

「今までの全部、自分の意志というのがなかった。みんな周りの友達に誘われてやったの」
 彼女は、高校生の時に援助交際から始め、キャバクラ、ヘルス、AVと道を辿ってきた。いつも抵抗はなかった。

「援助交際の時も、友達に誘われたときに『あの子ができちゃうんだったら私でも簡単に‥‥』って、そんな感じだった。一番最初は二万? ぐらいだったかな? それでも『お~! ラッキー!』ぐらいしかなかった。友達から『もっと高いことを言えば、もっと出すよ』って教えてもらって、どんどん吹っ掛けていったの。最後にはフェラだけで一万円って客に言われても、『これじゃ足りない!』って言っていましたね」

 高校は一年の一学期で辞めていた。しかし、エンコーの時は「現役高校生」を売りにしていた。始めて半年くらい経ってから、母親に怪しまれた。まだバレてはいなかった。

「なんか、お小遣いもあげていないのに羽振りが良すぎたからじゃないですかね。カラオケに頻?に行ったり、洋服をバンバン買ってたりしたから。客と待ち合わせしているときに限ってポケベルが鳴るんです。『電話入れろ、母』って。もう、そのタイミングが絶妙すぎて怖かった。母子家庭だったから血のつながりが濃くて、離れていてもピンとくるんでしょうかね? (笑) だから、あんまりヤバいことはできないなって思ったんです」

 愛が小学校に上がる頃、両親は離婚していた。名古屋の中心部から少し離れた町にあるアパートの一室で、看護婦をする母親と三歳上の兄と彼女の三人で暮らしていた。小さい頃から父親のいない不自由さを感じたことはなかったという。

「物を買い与えて黙らせてきた感じですよね。母親は夜勤とかすっごい忙しくて、家にあんまりいなかったから、せめて欲しいものは買ってあげて私達の寂しい気持ちを満たしてあげようとしたんだと思います。今、母親は『それが間違っていた』って言うけれど、自分的にはいつも買ってもらえたから、その方がよかったと思っている」

 高校の入学式の後、すぐに彼ができた。その彼に走ってしまい、高校に行くのがかったるくなった。母親に『行かないんなら早く辞めて』と言われたので、「じゃ、辞める」と、あっさり中退してしまった。

「無職だとロクなことはしない。辞めてもいいから普通に仕事しろって言われたから、近所の工場で働き始めたの。その当時はやりたいこともなかったし、何でもよかったから。でも、すぐに悪知恵が働いちゃって年をごまかして夜はスナックでバイトをした」

 それから一年半は、昼は工場で働き、夜はスナックでバイト生活を続けた。そして、十八歳になって、愛は上京した。なぜその年になるまで待ったのだろうか。

「みんな高校卒業して大学とか専門学校とか東京に行くのがその歳だったから。目標ができたんです。ずっと買ってたファッション雑誌の広告を見てヘアメイクアーティストになりたいて。だから、東京にある専門学校に行くことにしたんです」

 新宿の近くにある専門学校の寮に入った。マンション一棟が寮になっていて、家賃は月に八万円。親からの仕送りは十万円だった。すぐにお金が無くなってしまい、彼女は新宿のキャバクラでバイトを始めた。

「同じ歳の子がほとんどで、どうしてもブランド物とか洋服とか欲しくなるんじゃないですか。それに、ヘアメイクの勉強するにも練習するにも、道具が必要だから、月に十万円じゃ全然足りなかった。工場やスナックで働いてた時の給料? そんなのないですよ(笑)。みんな遊びに使っちゃってた」

 時給千五百円の新宿のキャバクラで働き始めて、すぐに彼女はヘコんだ。
「やっぱり、指名上位クラスの『お局様』が怖くって。『私がナンバーワンなのよ』って鼻にかけてて、いや~な感じだった。フロアーで他の女の子と比べられるのがすごい嫌で辛くて。田舎者の私はすぐに無理だなぁって。そう思ったら、風俗やらなんやらの情報がすぐに入ってきて、寮だから、女の子の情報ネットワークがすごかったんですよ。『あの子はあそこのキャバ。あの子は風俗で』とかね。どんどん話がエスカレートしていって、クラスの女の子はほとんどがキャバか風俗って、おかしくなっていった(笑)。友達が風俗の面接に行くって言うからついて行ったの。そこで『あなたもやってみれば?』ってなったの」

 彼女は自分のルックスに過剰なコンプレックスを抱いていた。私は首を傾けた。二十代前半の歳相応で魅力的なルックスなのに、どこに不満があるか分からない。小学校の時から「愛人顔」と言われ続けた私はどうなるのだろうか。まあ「ないものねだり」は誰もが持つ性分ではあるが。愛は、男にルックスのことで酷いことを言われた経験もなかった。しかし、彼女は自分の顔が嫌いだった。たった、それだけの理由だった。だから、その誘いに乗った。

愛と友達はイメージクラブの面接に行った。
「友達が面接用紙を書いているときに、お店の人から『君もとりあえず書いてみて。働かなくてもいいから』って」

 風俗店の常套手段だ。そう言って、女の子の意志が固まらないまま、「体験入店」と称してお客をつける。お金を手に入れさせる。そうやって風俗業界の波に乗せるのだ。

 店が悪いのではない。友達の付き添いとはいえ、店の面接に来ている時点で興味があるのだ。それなのに、あと一歩が踏み出せない。働くのはこの友達。私はこういう仕事をするような女じゃないのよ」という安っぽいプライドが邪魔するのだ。しかし、お金への欲は人一倍ある。そういう心情を、風俗店の店員は見逃さない。いや、彼女たちのプライドを溶かして、背中を押す役割。あえて恨まれ役を買って出ているのだ。

 レストランの店員が、料理を持って「失礼しま―す」と、部屋にズカズカと入ってくる。私はその度に話題を反らすのだか、彼女は気に留める様子もなく話し続けていた。

「どうせ私は可愛くないから、水商売は無理。でも、お金は欲しいし。どうせエンコーしてたんだから、私でも大丈夫かなって。すっごくマイナーでいい加減な店っぽかったから、逆に細々とやれるからいいかなと思った。それに、個室だから、他の女の子と比べられることもないしね」

 結局、彼女はその店で友達と一緒に働き始めた。一日三万の稼ぎになった。しかし、半年も経たないうちに友達が渋谷の店に移ろうと言ってきた。そこはマスコミにデカデカと登場している有名店だった。彼女はその話を断った。

「何か、その店に行ったら、本格的な風俗嬢になりそうだったから抵抗が強かったの。今更なんだけど(笑)」

 しかし、結局彼女の友だちについていった。
「一日やるのも百日やるのも一緒じゃんって腹が据わっちゃったの。案外いけるかもって思っちゃった」
 しかし、愛はその店を三ヶ月もしないうちに辞めてしまう。
「すっごいコキ使う店だったの。風邪引いても休ませてくれなかった。だからその頃、別の店にスカウトされて、そっちに行っちゃった」

 同じ渋谷にある他店に、友達と一緒に移った。なぜいつも友達と一緒なのだろうかと私には不思議だった。

「だって、ああいうのって一人じゃ心細いじゃないですか」
 いつも一人で店を探し、働いていた私には彼女の気持ちがよく分からなかった。知らない女だからこそ、お客を取られても悔しくない。友達だったら、親しいからこそ、憎しみも倍増してしまうのではないだろうか。

 しかし、彼女は例外ではない。昨今の若い女性は「親には嘘をつきたくないから」と、あらかじめ話していたり、友達と一緒面接に行って働いたりする。結局黙認する親も親だが、友達も友達だ。中には姉妹で行動する女性もいる。それがイマドキの若い女性には普通のことなのだろう。風俗が『仕事の一種』だという感覚になっていることの現れでもあるのだ。

 それから彼女は友達と二人で店を転々とした。スカウトされたり求人誌を見たりしては、条件の良いところ、良いところへと移っていった。何店舗目かのイメクラ店に入ると、そこにはAV女優と兼業していた子が何人かいた。ビデオ一本出ればギャラはは十万と聞いて、彼女は飛びついた。風俗で十万を稼ぐ時もあったが、波が激しかった。一日二万もいかない日もあった。だから、確実にもらえるお金というのは魅力だった。

 聞けば聞くほど、風俗からAV、ソープへと流れていった私の経歴とそっくりだった。だがら、彼女の気持ちはよく理解できた。だか、AVに入って最初に立ちはだかる壁は、「親バレ」だった。

「最初は気にしましたよ。親とか友達とか風俗のことをちゃんと話している人たちはいいけど、それ以外の子たちにはバレたくないなって。過去は綺麗でありたいなっていうか、田舎の友達は嫌だなって。でも、バレるのとバレないのがあるって教えてもらって、バレないような奴だったら大丈夫だろうと考えたの。それなのに私、その時には風俗雑誌にバンバン出ちゃつてたんですよ。AV出るより風俗雑誌の方がバレそうに思ったけど、そういう雑誌ってコンビニとか普通に置いてあるじゃないですか。でも、取材を受けると、店に一万五千円もらえたから受けちゃった(笑)」

 最初はロリコン系の雑誌のグラビアの仕事から始めた。そして、二十〜三十本のAVねVシネマにも数本出た。

「Vシネマの方が好きでしたね。ギャラがすっごく安いのに、AVと内容は大差はないんですけれど、私はそれを選んでいましたね。なんでかなあ。AVだと直接的なエッチものじゃないですか。現場の雰囲気も。Vシネマだと、ちゃんと芝居があって女優気分になれるから」

 仕事の選び方も同じだった。なぜか、私は懐かしくうれしい気持ちになった。あの時は無我夢中に必死に生きていた気がする。愛の話を聞いているうちに、心はあの時の自分に戻りたくて仕方なかった。

 愛はイメクラ嬢をしながらAV女優をし、時にはデリヘルに勤めていても、学校はちゃんと卒業した。そして、有名ブランド化粧品会社の本社に就職が決まった。それなのに、彼女はその話を蹴ってしまったのだった。

「就職しても、そのブランド独自の勉強からスタートだったんですよ。もう散々勉強したのに、またかよ! って感じで『もう就職しなくてもいいや!』ってなっちゃったんです。風俗でお金稼げるしって」

 ブランド会社を振って、彼女は稼ぎのいいデリヘルをメインにして働いていた。そこの店員と彼女は付き合っていた。しかし、その店は未成年を使っていることが当局に知られ、摘発されてしまった。彼も逮捕された。彼女が結婚する前の出来事だった。

「その人は半分ヒモ状態になっちゃってて。三年くらい付き合っていたかな。捕まってシャバに出てきた後も振り込み詐欺とか裏街道まっしぐらな人で。でも私は、すっごく好きで結婚したかった。捕まっても手紙、毎日書いてて。でも、その人は恋愛と結婚は別だっていう人だったの。それでも好きだったんだけれど、突然感じ方が変わって、『この人もいいや、他の人を見てみよう』ってなったんです。それで友達に誘われて合コンに行ったんです。そこで知り合ったのが、旦那」

 彼女は昔から結婚願望が強かった。十四歳で初体験をすませて、十六歳で初めて妊娠した時、産みたいと願ったが諦めた。その後、三回中絶した時も、彼女は産むことを望んでいた。しかし、いつも彼側の反対で堕ろしていた。

「旦那は最初からすっごい真っ直ぐな人だった‥‥。というか、全然タイプじゃなかったのね(笑)。フツーの三十歳のオジさんだったし、顔も漫画のキャラクターに似てるぐらい全然イケてないし」

 彼女はいつも男性と付き合うときはルックスを重視していた。ジャニーズ事務所にいてもおかしくない男、渋谷で歩いていても誰もが振り返るような男、時には有名なミュージシャンに似ている男、などなど。だが、それらの男たちは付き合い始めるとヒモになっていた。

しかもどの男も「働かない、女癖が悪い、暴力を振るう」の三拍子がいつも揃っていた。そういう男を引き寄せ、立派なヒモにしてしまう才能まで、私と彼女は共通点を持っていた(私は彼女ほど面食いではないと思っているが‥‥)

「でも旦那は、お金持っているし、車持っているし、遊びに連れていってもらえるかな? って思った。実際、一緒に遊びにいっても、全然安全な人で。というか、私が全くそういう関係になる気がなかったの。だから『こいつに私の仕事のことを言っても害はないだろう』って思って言っちゃったの」

 ある日、何度目かの彼とのドライブの時、彼女はつい、ぼやいた。
「『ああ、仕事行きたくないなあ』って言ったら、『行かなければいいんじゃん』って。『でも、お金ないもん!』って言ったら。家賃とか生活費の全部を面倒見てあげるよって言ってくれたんです。それでも信じられなかったんだけど、それから毎月、手渡しでお金貰っていた(笑)」

 驚くことはまだある。そうなっても、その時まで彼とは身体の関係はなかったという。
「本当ですよ! 信じてください! タイプじゃなかったし、付き合う気なんかサラサラなかった。相手に気を持たせないために、わざと自己中心的なわがままに振る舞ってたんです。私なりのガードの仕方っていうか。その『悪い性格』が彼にヒットしちゃったみたいなんです(笑)。しばらくしたら『結婚を前提に付き合ってください』って言われて。それでもまだ私は付き合う気がなかったから、断る口実として『実は私、整形してるし』ってまで言っちゃったんです」

 彼女が友達に誘われて、というのではなく、自分の意志で初めてやったのが美容整形だった。
「歌手の浜崎あゆみが大好きなんです。今でも追っかけしてる。ああいう顔になりたかったんです。芸能人イコール整形ってイメージがあって、ずっと整形したくて仕方なかった」

 男性にモテたかったわけではない。
「女性から『あの子、可愛ね』とか『カッコいい』って言われたかったんです。それに、男にモテる女の子って男に媚売っているように見えるし、男好きするファッションでいたら母親に『尻がる女』って言われたことがあったの。だから、男性にモテることはすごく悪いことだって思ってました」

 最近、彼女のようなことを言う子が目立つ。以前は男にモテたいために成形する女性が大半だった。しかし、事情が変わってきた。異性よりも、同性にモテるのがカッコいいという感覚なのだ。

 若い頃は私も異性にモテたくて整形したくて仕方なかった。しかし、いくら整形しても自分が求める顔には私の土台では無理と言われ続けた。美容整形をはしごした答えは同じだった。だから、私はあきらめた。それから数年の月日が私に図々しさを与えてくれて、モテないと分かって諦めて開き直った。そんな今の私に、愛たちの世代の気持ちはあまり理解できない。

「もう、コンプレックスの裏返しですよ。自分の顔が嫌いで嫌いで。それでテレビで、整形やメイク、スタイリングをする番組に自分から応募したんです」

 私が風俗嬢時代からAV女優を経て、AVプロダクションを経営していた時まで、周りには整形している子がごまんといた。そんな環境にいたせいか、元の顔、土台に合った整形かどうかがだいたい察しがついてしまう。整形後の顔を見て、一瞬で成功か失敗かが分かった。私は、成形前の愛の顔の方がよかったのではと感じた。

「そうなんですよ。AVの仕事、すっごく減っちゃったんです。前はロリ系だったのに。今度は人妻とかアダルトな感じのしかこなくなっちゃって」

 成形話をしても、彼は諦めなかった。見た目ではなく、性格で好きになったと言った。
「古い話、松田聖子じゃないけど、『ビビッ』と、来たらしいんですね。私はまったくなにも感じなかったけど。でも、そんなこと言われて『この人、いい人じゃん!』って思い始めてその気になっていったんです。それで彼の家で一緒に住み始めたんですけど、私のひとり暮らしの部屋も残しておいたんです。だって、どうなるか分からないし不安だったから、家賃? 彼に出してもらっていました」

 それから三ヶ月後、結婚した。そして一か月後、彼女は妊娠した。
「結婚するまでいろいろありましたよ。やっぱりすっごく好きじゃなかったわけだから、相手がお金を持っていても駄目なのかなって。だから、些細なことで『やっぱり自分の部屋に帰る!』ってことが何度もあった。でも、その度に旦那は『好きだから俺は別れる気がしない』って言ってくれて。そこで私もググッときちゃって、みたいな(笑)」

 ゴタゴタはあったが、無事、出産をすませた。旦那とも「子供」という共通の話題ができたからか喧嘩も全くしなくなった。しかし、彼女に引っかかっていることがまだあった。

「子供が生まれてから、今まで自分がやって来たことが否定的に見えて来たんです」
 時間が止まった。
 彼女はさっきまで溜めていた膿を、一気に吐き出すかのように話し続けた。息をちゃんとしているかどうか心配になるほどだった。運ばれてきた料理にはほとんど手を付けていない。並べられたままだった。

「今まで好き勝手に生きてきて、それを否定はしていない。私の人生なんだからいいじゃんって思っていた。でも、子どもに申し訳ないなって思うようになったの。私、自分の子供を産みたかったんだけど、子供嫌いだったんですよ、かなり、妊娠中も、やっぱり愛情をもてなくて、生まれたら施設に入れようと考えてたんです。そして、すぐに離婚して元彼と結婚しようと、そればっかり考えてた。でも、産んだら‥‥変わった。そんなことを考えてて、ごめんなさいねって子供に謝りました」

 意外だった。中絶を重ねていた頃は、あんなに子供を産みたいと願っていた愛が、実は子供嫌いだったとは。多分、子供を心の奥底ではその時その時の彼をつなぎ留めておく道具としてしか考えていなかったのだろう。私は、そうだった。

 話を聞いていると、彼女は育児が落ち着けば、また風俗やAVに戻ってしまうタイプに思えた。しかし、そんな彼女が実際に子供を産んでみて、考えが変わった。子供が嫌いな人でも、自分の子供は育てているうちに可愛と思うようになるという話はよく聞く。

「もちろん、すごく曖昧ですよね。この先、どうなるか分からないし。でも、AVは本当に後悔している。地元で昔付き合っていた人にバレて、母親にも親戚から『あの子、こんなことやってる』って連絡がきたし。母親は『あなたの母親は私だから。私は気にしない』って言ってくれて。微妙に後悔してます。なんでまともな道を歩けなかったんだろうって。真面目に生きてさえいれば、ちょっとは違う人生だったかなって思う」

 私がまだ業界にかかわっている人間だから、彼女は遠慮してはっきり言わなかった。しかし、言いたいことは十分に伝わってきた。風俗やAV時代を否定してしまったら、今までの人生の、あの数年間が空白になってしまう。今の自分がいなくなる。私も同じだった。二人の間に思い沈黙が続いた。

 私は自分の父親のことを思いだしていた。風俗雑誌に載っていた私を妹が見つけてしまい、両親に喋ってしまった。私は慌てて東京から福島の実家へ電話した。しかし、父親は怒りもせず、
「京子ちゃん(私の本名)の選んだことだから。ただ病気だけは、身体だけは気を付けてよ」とだけ言ってくれた。私は素直に謝れなかった。その時ほど、自分が嫌になったことはない。
 愛は、自分がやって来たことが周りにバレる前に母親には風俗、AVの仕事のこと全てを言っていた。やはり隠し事をしたくない、という気持ちからだ。

「でも、今は落ち込んでいる時間がない。過去を振り返っている時間がないというのかな。子供が寝ている時間に自分も寝ていないと睡眠時間がなくなるし、子供の顔を見てると明るい未来しか浮かばないんです。三歳くらいになったディズニーランドに一緒に行きたいな、とかそんなことばかりですよ」

 しかし、そうは言っても、あの業界でできた人脈は財産ではないのか。
「全部、旦那に切られましたね。私はそれで別に良かった。あの業界で、すごく仲よくなった子はいないんです。いたにはいたけど、ロクな子じゃなかった。お金を貸しても返ってこないし、お客さんのことは何とも思わなかったけど、同僚の女の子は、しんどかったですね。騙しだまされの世界だったから」

 この頃の若い風俗嬢の話を聞くと、よくこの手の例がある。時代なのだろうか。私の時代、店の同僚は「戦友」という感覚だった。すべてを許してくれる存在だった。だから、ごくたまにお金を貸したまま返ってこなかったり。そのまま連絡が途絶えると私はかなり落ち込んだ。しかし、この頃の女の子はそれをドライに考え、整理している。

「業界を上がると、今までの考えではいられないですよ。確かに共有できる考えはあった。お金が自分を守ってくれるとか、お金を持っているのが偉いとかね。でも、あがったら考え方が全く違ってきて、風俗時代と今とが、どんどん合わなくなっていくのが分かりましたね。風俗やっているときは物欲とかすごいじゃないですか。日銭が入るから。でも波もあるし、贅沢な物を買ったり、遊んだり、を続けることがお互いに苦しいから」
 
 そう言って、ひと呼吸おいて、彼女はまた喋りはじめた。
「本当はいい子が多いと思うんですよ。でも、環境がその子を変えちゃうんだと思う」
 言い終わって、愛はすっかり冷たくなった天ぷらに箸を伸ばした。

「実際、私も変わってた。彼といても『お金持ってる私が上! 私の方が稼いでいるのよ! 家のことぐらいやってよ!』って、とにかくツンツンしてた。なんでも自分が一番、じゃないけど、すべてが歪んで見えたっていうのもあるかな。ただ黙っているのよ! カッコつけて!」って深読みとすぎちゃってた」

 彼女があの業界にいて得たものはなんだったのだろうか。
「ちょっとの贅沢と、人が知らない知識を得ただけかなって、今は思う」
 彼女は働くの辞めて収入がなくなったが、旦那は自由なるお金を月々五十万以上は与えてくれている。そうなって、彼女から物欲が消えた。

「前はディオールが大好きで、いろいろ集めました。でも、今は欲しいものがなくなっちゃって、旦那の洋服とか買っちゃってますね。片親で育てられて、女でも働いて生活できるって思っていたから。それに付き合う男がみなヒモで私が食わせてたから、男に面倒をみてもらう感覚が分からなくて。だから、せめてって思って旦那のシャツとかを買うんですけど、怒られる。『お前のためのお金なんだから』って。今後は子供のために貯金しようと考えています」

 そう言って、氷が溶け切って水のように薄まったアイスティーを飲み干した。はっとして携帯の時計を見た。いい時間だった。

 彼女と、もっともっと話をしたかった。しかし子供を迎えに行く時間も、新幹線の終電も迫っていた。子供が落ち着いてきたら、東京で再開することを約束して別れた。その望みが叶う可能性は限りなく薄いが。

 二度と、あの業界で彼女と会うことがないように――。寂しいが、私はそう願う。
 彼女があの業界に入ったのは、大金を得ることによって独立した生活をし、男に自由を奪われない生き方をしたかったからだ。それが破滅と言われてもいい。家庭という偽物に囲まれて生きるよりずっと、いいと。

 しかし、旦那と知り合って考え方が戻った。もう後ろを見て刹那的に歩くのはやめた。子供の存在が彼女の身体に優しさを流し込んで、心も満たしてくれたのだろう。「過去」に支配されることなんかない。

 愛は大丈夫だろう。あの時間は、すっかり汚れたかもしれないが、まだ自分の中に、きれいな水も流れている。まだ、汚れ切ってはいない。
 そう。私も、失っていない。何も。

 あの業界をあがって、自分を支えて守ってくれたはずのお金が。元彼とともに消えてなくなった。それでもなんの見返りも求めずに私と接してくれる、気にかけてくれる人がいると知ったから。
 新幹線に飛び乗り、私は私の居場所、東京へ向かった。

つづく 第七 里歌<身長・フリーサイズ>T155 B87 W57 H87 21歳
 埼玉県出身。姉1人。高校在学中に援助交際を経験。卒業後はAV女優に。姉は短大卒業後、ヘルス嬢に。友人の紹介で知り合った彼と都内で同棲中。将来一緒にアロマショップを開くのが夢。

 しっかり稼いでさっさと辞める。それで、やりたい仕事をすればいい。