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主婦も売春婦と一緒。身体を一人に売って生活しているか、沢山の人に売って生活しているかの違い。

本表紙 酒井あゆみ著
めぐみ<身長・フリーサイズ>T155 B90 W65 H90 40歳。
 東京都出身。兄弟なし。3歳の時、父親が愛人と駆け落ち。16歳で20歳上のバンドマンと結婚。女児が生まれるが、その子どもを連れて夫と母親が失踪。水商売からSMクラブへ。4度目の結婚を機にいったん風俗をあがるが、母親を養うためにヘルスへ。

 主婦も売春婦と一緒。身体を一人に売って生活しているか、沢山の人に売って生活しているかの違い。

 その日、学校から家に帰ってきたら誰もいなかった。
「最初は不思議に思わなかったんです。旦那とお母さんが子供をあやすために、よく外に出掛けてたりしてたから、『三人で散歩にでも行っているのかな』って。でも、いつまで経っても帰ってこなくて。それで三日ぐらいしてからかな? さすがに、トロくてバカな私でも『ちょっと待て。これは何かがおかしいぞ!?』って思った。何の変化もないと思っていた部屋の中で、通帳とかそういう大事なものだけがなくなっているのに気づいたの。当時、携帯もポケットベルもなかったから、どうやって連絡をつけていいのかわからなくて」

 めぐみ(四十歳)は十六歳の時、ライブハウスで知り合った三十六歳のバンドマンと結婚をして、東京の武蔵小金井に住んでいた。そして、大学に行きながら二十歳で女の子を出産。母親に子どもを預け、医者を目指して学校に通っていたある日、自分の旦那と母親が、子供を連れて蒸発した。生まれて八ヶ月目のことだった。

 彼女の家庭の変化を、部屋の大家がすぐに感づいた。子供が生まれたばかりでにぎやかだったのに、火が消えたかのようにピタリと静かになった。その変わりぶりは明らかだった。彼女は隠しきれなかった。自分の焦りもあった。

「帰ってきていないんです。三人がどこに行っちゃったのか分からなくて、私なりに困ってたんですよね」
 正直に言った。すると、大家は、
「世帯主の旦那さんが居ないんだったらすぐに出て行ってくれないかな。契約違反だから」
 まだ若い、学生だった彼女一人では家賃を払う能力がないと判断したのだろう。彼女の実家は所沢にあることを大家は契約の時に知っていたので、そこに戻ればいいと勝手に判断したのかもしれない。頭が混乱したままの彼女は、それに従うことしかできなかった。

「荷物? 全部捨てた。バッグ一つ持って出た。通帳とかみんなもっていかれてなかったから、お金も泊る所もなくて。しょうがないから新宿まで出て二十四時間やっている喫茶店に二日いたの。そこでコーヒー一杯ででず―っと考えていた。『どうしよう。部屋を確保しなくちゃ疲れて死んじゃう』って切羽詰まってた」

 大学のこともあった。医師になることが目標だったので、どうしても途中で辞めたくなかったのだ。やがて彼女の頭の中に名案が浮かんだ。

「寮がある所に就職すればいいんだ!」
 それから彼女は、上野にあるキャバクラで働き始めた。その店の寮は、あるにはあった。しかし、各部屋はカーテンで区切られているだけ。「個室完備」とは名ばかりのものだった。彼女に与えられた部屋には他の女の子の荷物が散乱している。二段ベッドの上段で、それで彼女はやっと一息つけた。すぐに眠りに落ちた。

 めぐみは新宿で雀荘とスナックを経営する父親と、タイピストをしていた母親との間に一人っ子として生まれた。そして三歳の時、父親が雇っていたホステスと駆け落ちしたことがきっかけで両親は離婚した。

「父親の顔なんて全然覚えていない。でも、唯一記憶があるのが、空港に飛行機を見に連れて行ってもらったこと。すごっく大きな体をした、優しい感じの男だったと思う」

 それを機に母やの実家がある所沢に行った。その家は昔から、赤線地区で遊郭を経営していた女系家族だったという。その名残がめぐみが行った時もあり、部屋だけは沢山あった。その一部を他人に賃貸し、残りの部屋を母親の両親、姉弟六人が使っていた。

 父親がいなくても叔父に溺愛されていた彼女は、何不自由なく育った。しかし、その叔父は彼女が小学六年生の時に他界した。母親の一番下の弟が実家の事業を継いだ。それ以降、彼女の環境が激変した。

「その叔父さんの嫁さんがすっごいキッい人で。その夫婦の間に子供が二人いたんですけど、当然、その子たちだけしか可愛がらなかったですね。それはいいとして、ご飯を食べるのに私は交ぜてもらえなかったんです。それでみんな食べ終わったら『ほら、あんたも食べて』って出されたのが残飯。お母さん、その時前の会社に戻っていたから、朝早く出て夜遅かったんです。だから、私のことはその嫁さんに任せっきりだったの。お母さんに? 
う―ん。それはまぁ、言わなかった。『我慢しなくちゃいけないんだろうな』って。心配かけたくなかったし。私、中途半端に大人だったんですよ」

 めぐみは肩をすくめ、目を細めて笑った。彼女はとても小さい顔をしていて、身長は一五五センチと小柄だが、バスト九〇(Eカップ)、ウエスト六五、ヒップ九〇と、グラマラスな体つきをしている。タレントの小倉優子似のいわゆるロリ系の顔立ちに、外ハネさせたセミロング。デニムのミニスカに、淡い色のカットソーを好んで着ている。そんな外見に似合わず、彼女の口からちょくちょく、はすっぱな言葉が飛び出し、きつい煙草を立て続けに吹かす。

「でも、まぁ、そんな環境ですから自然にひねくれますわね」
 そう言って煙草をもみ消した。

 中学のころから煙草、お酒、万引き、非行少女を絵に描いたような日々を送っていた。そして、ある時彼女は外国の音楽に目覚めた。バンド活動を始めたのだ。その流れが私と同じ、しかも音楽の趣味も一緒だった。だから、なぜか彼女のことが憎めなかった。

 彼女とは人の紹介で知り合った。二度目の電話の時から、彼女は私を親友扱いにした。
「ちょっと聞いてくださいよ~!」
 と電話してきては、三、四時間は一方的に喋りまくる。その間、少しでも彼女がしたことに意見を言うと烈火のごとく怒るのだ。そして、電話に出られないでいると、出るまでかけ続ける子だった。人付き合いの苦手な私には、ちょっと迷惑だった。少し話しをしただけで、誰でも「友達」だという感覚になってしまう性格らしい。

 結局、彼女のことは四回取材した。この八年間で風俗への出入りを繰り返しているからだ。その都度、なぜか雑誌の企画が上手く彼女に当てはまり、取材となった。私は渋々だった。こういうことを、こちらの取材に協力してもらっている相手に言うのは大変申し訳ないと分かっているのだが、彼女はいつも虚言じみていた。毎回いうことが違っていた。彼女が話をするとステージ、つまり前回までの話の前提がコロコロ変わる。「実は~だったんだ」という訂正の量が、加速的に増えていった。

 めぐみは頭の中で、こんな自分像を描いていた。
 私は裕福で由緒ある家系のお嬢様なのに、不幸な道を歩かされている。だから裏街道を歩いている。それは簡単。堕落すればいいだけのこと。あとは自己満足に浸ればいい。家族のためにアウトローな世界を選んだ私は、悲劇の主人公。

 だからこそ、いつも彼女は、
「こーんなすごい人生を歩んでいる女は他にいないですよ!」
胸を張って豪語する。

 とはいえ、人の言うことの全ての真偽を見極めるのは不可能だ。なぜなら、その全てを知っているのは、経験した本人しかいないのだから。そして、嘘も時にはその人の「真実」の一部に他ならない。嘘をついてきたからこそ、生きてこられた面もあるのだろう。

 道を外れていても、やることはしっかりやるタイプだった、めぐみ。
「グレてても学校に行かなくても、勉強だけはしてた。でも、その努力をしている姿は見られたくないの。蔭でこっそり頑張って、『なんでこんな問題、分からないの?』って、クラスの子を密かに見下すのが好きだったんです。ホントにひねくれてますよねぇ(笑)」

 その言葉通り、十六歳で初体験の相手だった二十歳年上の男性と結婚しても、高校をちゃんと卒業して希望の大学にストレートで入ったのだった。

「あの実家を出たかったのもあったけど、母親がいつも私に言ってたのにね、『あんたがいると私は自由になれないんだ! 再婚できないんだ!』って。だから、私が『結婚する』って言った時も、清々した顔で『勝手にすれば』の一言だった。私は彼と一緒にいたかったから、それでよかったんだけどね。友達がいなかったから私はいつも一人だったし、それが普通だったんだけど、やっぱりどこか寂しかったんだろうね」
 
 そして、その実母に、自分の夫と自分が産んだ子供を盗られた。母親とめぐみの夫は同世代だった。

 上野のキャバクラで働いていたが、めぐみは半年もしないうちに銀座のクラブに引き抜かれた。そこはきちんとした部屋を用意してくれて、日給四万円を保証してくれた。

 その店の従業員がSMクラブを経営していた。そこに彼女は誘われた。風俗の存在を知っていたが、SMのような業種があるとは知らなかった。その従業員とすぐに恋仲になった彼女は、銀座のクラブに勤めながらSMクラブで働いた。

 抵抗はなかった。とにかく、お金が欲しかった。大学の学費も高かったが、一人で生きていくために貯金がしたかったのだ。自分を守ってくれるのは自分、そしてお金しかなかった。守ってくれるはずの母親に裏切られ、SMクラブの彼は所詮は他人だ。唯一、可愛がってくれた叔父は、もうこの世にはいない。

「SMって当時はホントに紳士の遊びというか、お客さんは地位も名誉もある、上流社会の人しかいなかった。だから、今みたいに『私、風俗で働いてるんだ!』っていう感覚がなかったですね。お金のためって度胸が据わってたし、お客さんも紳士的な人が多かったの。それから私、すっごいバブリーな生活してた。実際、バブルな時代だったしね。広い部屋を自分で借りて、好きな家具を揃えて、車も買って。電車に乗るなんて、あの頃はなかったな―」

 彼はすぐに彼女のヒモになった。彼女は銀座とSMクラブの掛け持ちが辛くなったので、銀座を辞め、SMクラブ一本で働き始めた。彼は彼女が仕事に行く時の送り迎えしかない生活を送っていた。なのに、そんな男と彼女は二度目の結婚をする。

「大学も卒業して、臨床検査技師の資格を取って、結婚してやっと落ち着くはずだったのに、それでもず―っと裏街道だったのよ。旦那が働いてくなってさ。そのうち私、ブチ切れて別れちゃった」

 それから彼女はSM嬢をしながら、そこそこ来たお客と三度目の結婚をする。その男もすぐに働なくなってしまい、生活は彼女が支えていた。

「なんか私、結局、ロクデナシが好きみたい。母性本能が強いらしく、『私が居ないと、この人、駄目になる』ってなっちゃうんですよ」
  結婚する度に彼女は旦那のために風俗を辞めた。しかし、すぐに生活に困り、復帰してしまった。そして貯金ができると、昼間の仕事をしたりもした。しかし、
「なんか、昼間の人たち、私が夜の匂いがするみたいで、変な目で見るんですよ」

 せっかく検査技師の資格を活かした薬局に勤め先が決まっても、すぐに辞めてしまった。
 風俗店で働くの疲れ、お客で喫茶店の経営者だった四十五歳の男性と四度目の結婚をした。風俗を引退し、旦那が経営する喫茶店で働いていた頃、あの母親が突然、訪ねてきた。男に捨てられたのだという。お金もない。仕事もない、住むところもない、と泣きついてきたのだった。

 めぐみは母親の生活費のために、また風俗に復帰した。彼女が三十二歳の時だ。
「母親が一人で生きていけるお金を作ろう、それしかなかった。母親、心臓が悪いんですよ。でも、一緒に住むのは御免だったから」

 私は頷きながらも、呆れた顔をしてしまった。どうして自分の旦那と子供を奪った女のためにそう思えるんだろうか。

「よく私の前に来れたなって正直思いましたよ。でも、たった一人の肉親だから」
 そう言われる、私は何も言えなかった。ほとほと彼女のお人好しには呆れるしかなかった。
「母親のために稼ごうと思ったのはいいけれど、実際、どこで働いていいのか分からなくって。SMの仕事も時代とともに変化して、なんか違う仕事になったから。お客が金持ちばかりじゃなくて一般の人が大半になったせいか、バック(収入)も安くなったうえに、お客の要求は厳しくなったし、SMというよりはヘルスを少しハードにした感じになってたの」

 仕方なくめぐみはヘルス店の面接に行った。裸になるのは嫌だったが、自分の年齢を考えると働ける場所があるだけでありたがった。

 彼女はその店でブレイクした。ちょうど「人妻ヘルス」というのがブランドになった頃で、その店は先駆けとして頭角を現してきたのだった。雑誌などに顔を出せる人妻が少なかった時代、顔を露出できて、さらに過激なサービスが彼女の売りだった。そんなめぐみにマスコミは飛びつき、風俗雑誌はもちろん、一般週刊誌のグラビアも飾った。彼女の収入は月に百万を超えた。

月に三十日出勤して、しかもオープン・ラスト(昼十二時から夜十二時まで)で働いて、それを二年間続けたのだという。信じられない働きぶりに私は驚いた。事実とすればすごい。業界に長く身を置く私も、聞いたことのない出勤数だ。

「だって、生理だろうが体調が悪かろうが店が休ませてくれなかったんですよ。私も稼げるうちに稼ぎたかったし。しかも私、異常なくらい体が丈夫なんですよ(笑)。そこまで酷使されても、性病一つ、風邪一つ、引きませんでしたから」

 当時の話し出すと、恍惚とした表情になるめぐみ。時代の波に乗れたのもあるだろうが、なぜそんなに売れたのだろうか。

「私、変態キャラだったんですよ。『私、エッチが好きでオチンチンが大好きでたまらない』ってキャラ。ヘルスなのに、即尺(男性のペニスを洗わずにそのまま口に含むこと。高級ソープ店が主にするサービス)するのがウケたと思います。初めての頃、私は講習してもらった通りやっていただけなんです。稼げないって講習してくれた店長に怒って言ったら、『ババァが普通のことをやって稼ごうと思わないことだな!』って言われた。もう、その時は怒ったけど、今は感謝してる。

そこから工夫して頑張って、私が他のヘルス嬢とサービスが違うって気づかれたのはずいぶん後ですよ。実際、稼がせてもらったから、店長の言葉はありがたかった」
 三千万を母親に、親子の手切れ金代わりに渡した。そして、彼女は風俗を辞めた。今度は本当に最後と思いながら。

 それから三年半ぶりに彼女から電話がかかってきた。業界に復帰したというで、何かの雑誌で店の宣伝をしてくれと言うのだ。当時、風俗関係の雑誌や新聞に連載ペースを持っていなかった私は断った。しかし、めぐみはとにかく店に来てくれと、しつこかった。

「カリスマ風俗嬢・めぐみが三年半ぶりに復帰! ていうやつをやってくださいよぉ。お願いします」

 そう彼女から自ら企画を立ててくれたのだが、正直な話、そんな企画はどこの雑誌でも乗ってくれるはずがなかった。実際、マスコミのプロである編集者が誰一人として彼女のことを知らなかったし、知っていても忘れ去られるほどの存在でしかなかった。

「う…‥ん。編集者に相談してみるね。保証はできないけど、話をするくらいなら」
「お願いしますよ。この店、まだまだ無名だから、私の力で有名にしてあげたいんです」
「そうだね…‥。私も自分の取材に協力してもらうんだから、頑張ってやってくれる雑誌とか探してみるよ」

 彼女に取材をして記事にはしたが、結局ボツになった。どこも扱ってくれなかったのだ。すぐにまた、彼女から私の携帯に連絡が入った。めぐみは烈火のごとく怒り狂った。
「この私が復帰したのよ! あんたの力量が足りないからよ!」
 ということを遠まわしに言った。確かに、私の力不足もあろうが、それが当時の彼女の売り込む限界だった。それでも、会話の最後の方で彼女は落ち着いてきたらしく、
「何でもやりますから、なんか話があったら回してくださいよ! マジで」
 と言った。私は胸をなでおろした。

「それでさぁ、聞いてくださいよぉ! ここの従業員、全然使えなくて。しかも私の写真、ボラなんですよ! 他の女の子はちゃんとライティング使って、修正も入れてるきれいな写真なのに。なんでこんな扱いにされるんですかね?」

 彼女の取材をすると、お決まりの話になった。二言目には「私をバカにして!」やら「プライドが許さない!」「使えない従業員のくせに!」なのだ。だから、彼女取材はいつも無意味に長くなる。

 私も、うんうんと頷いているだけなのが悪いのだろうが、いつも哀しくなってくるのだ。ツッコミを入れる気すらなくなる。こんなに文句を言いながらも、なぜ、この子は風俗で働き続けているんだろうか。彼女は取材する度に、そう思う。自己顕示欲が強すぎて、現実を受け入れられないのだろう。めぐみは風俗に依存している女性の典型だった。

「風俗は即金になる」
「私は昔、この世界で通用してた。でも、今は店と従業員が仕事できなくて稼げないし、他に行っても面接で落とされる。バカだから見る目がないんだよ」

 風俗という仕事に依存している女の子が決まって言うセリフだった。どの仕事をするにもプライドを持つことは大切だ。しかし、時にはそれが強すぎて、彼女たちは魅力を半減させる。男性客にも伝わるのだろう。
「私は物じゃない!」

 と、そういう手合いの彼女たちは声を荒げて言うが、実は、客を「物」として見ているのは彼女たちの方だった。自分の「プライド」を満たすため、そして、自分の「懐(ふところ)を満たすため。接客業として不可欠な「お客を満足させるのが仕事」というプロ意識が、すっぱり抜けているのだ。初心に戻れない、とはよく言ったもので、働く年月が長いとそうなってしまう面もある。それとも、そんな彼女たちの性格がもともとそういう傾向なのだろうか。

 めぐみは、私の指摘を真っ向から否定した。
「私は違います! そこら辺の好き者の女と一緒にしないでくださいよ!」
 怒りを露(あらわ)にしながら、今にも泣き出しそうな目をした。私はそれ以上、何も言わなかった。
 女だったら誰でも「自分が一番でありたい」という気持ちをどこかに持っているものだろう。自分には価値があるという、ほのかな自信がなければ外に出ることすらためらう。実際、彼女はある店舗のナンバーワンに一年弱なった。その実積があるから、なおさらだ。そんな一時期ではなく、ナンバーワンを何年もい続けなければ、狭い風俗業界の中でも噂すらならない。残るのは本人の記憶の中でしかない。

 別な見方をすれば、彼女はある意味まだ風俗に染まっていない、と私は思える時がある。風俗に入ると、自己評価が急激に下がるが普通だ。思い切って飛び込んで裸になったのに自分が想像していたように売れないと、女のプライドがズタズタになる。そして、物事を捻じ曲げてみるようになってしまう。それが、「スレた女」にさせてしまう。

 めぐみは頭の回転が速い人だ。しかし、その利点をプラスの方向に活かすことができないでいる。実は不器用で、その方法を見つられないのではないか。
 臨床検査技師として薬局で勤めた時でも、
「職場の人たちが私を汚い目で見る。ここは私には合わない」
 と、思い込む。ネガティブにしか思考回路が働かなくなってしまっているのだ。これは業界を経験してしまったために出る「風俗病」の症状の一つである。

 自分の気持ちの持ち方ひとつで周りの環境は変わる。私はそう思って生きてきた。確かに、彼女の半生、過酷な運命は、めぐみの持っている「なんで私だけこんなことに」という被害者的な考え方に深く関係していると思う。しかし、そんなことばかり思っていたら、いつまで経っても前に進むことはできない。

 もしかしたら風俗で働く一番のリスクが、これなのかもしれない。身体を壊すこともなく、昼間の仕事がバカバカしくてできなくなるとでもなく。だから、賢明な経験者たちが、「風俗はさっさと稼いで、さっさと辞めろ!」と口をそろえて言うのではないか。
 彼女は何をしても、何を食べても満足しない。

「この私が、なんでそんなことしなくちゃならないの?」
 これも取材中に頻?に出てめぐみの口癖だ。やはりプライドが高いからなのか、それとも圧倒的な勘違いなのか。私の境遇や風俗嬢時代に比べて、彼女はまだ恵まれている。僻みもあるかもしれないが、やはり彼女は自意識過剰にしか見えない。

 めぐみは、改めて言うがどう見ても裸業界特有の病にかかっていた。
 失笑してしまうが、私にもそういう部分がある。女だったら誰でも持っている。それを無意識かどうか、そんな「女」特有の病を表に出している彼女はある意味、素直なのかもしれない。

風俗嬢でも、そんな思いを抱えながら心に秘めるタイプもいる。いずれにせよ、めぐみの病気の矛先が、まだこっちの風俗業界の方に向いていてよかったとも思える。彼女の気性の激しさを思うと、いつ昼の世界の人を相手に犯罪者になってもおかしくないように見えた。もちろん、私にもそういうことが全くないとは言えない。

 私が空返事を繰り返していても、彼女は電話を切ろうとしなかった。今度は旦那の話になった。結局、別れてしまったらしい。

「もう旦那、働かなくなっちゃって、喫茶店は私一人で切り盛りしてたのね。それでも追いつかなくって最後にはお金が無くなり、借金するぐらいだったら私は風俗で働くって言ったのに、旦那が勝手に消費者金融で私名義でお金を借りて。それを返せなくて、保証人の母親まで電話がかかってきちゃったんだ。それで母親もビックリして『でも、ちゃんと代わりに払っておいたから』っていってくれたの。うん。すっごい嬉しかった。その時だけは『いいお母さんだ』って思ったね。

それでも他からの借金がすっごく膨れ上がって、それほとほと困っちゃって。一時期私、ちょっとの間(小部屋で十数分ほどセックスの相手をする風俗)にも行って、立ちんぼまでして、お金を作ったんです。でも、全然お金が追いつかなくて。果ては旦那が暴力を振るうようになって、それで耐えきれなくなって、別れたんです。

住んでた部屋が私名義だったから旦那に出て行ってもらって。その後、電話がかかってきて『サウナ泊まる金がない』っていうから、面倒くさいから今でも一日五千円払ってあげるんですよ」

「なんでそんな金払うのよ」
 私は呆れ半分、怒り半分で言った。
「そうなんだよね。でも、面倒くさいんだよね、断るのが。金で解決できるんだったら持っていけよ! みたいな感じなんだよね」
「人が良すぎだよ‥‥」
「そうなんだよね。他のお客さんも言われることがある。自分でも本当にバカだよなぁ、って思うもの」

「人の性格って簡単には直らないものね。私もずっとヒモがいたから人のことは偉そうに言えないからなぁ」
「そうなんっすよね~。でも、経済力さえあれば男要らずで女一人で生きていけるからさぁ。専業主婦の人とかよく旦那の文句言うじゃん? それでもその人に食わせてもらっているのは事実じゃん。そんな文句言えないと思うのね。そう言う人たちに限って私みたいな風俗嬢に偏見を持っているじゃん。それが私は気に食わない。やっていることはウチらと一緒じゃん。主婦も売春婦と一緒なんだから。身体を一人に売って生活してるか、沢山の人に売って生活してるかの違いなんだからさぁ」

 私は携帯電話の汗をそっと拭きながら、相槌を打っていた。声が途切れたかと思ったら、電話口から大きなため息が聞こえた。

「もう人間不信だよね。そうは言っても相手が居ないと人恋しいから、何もしなくていいから一緒に寝てくれる人が欲しいんだよね。父親が居なくなってから、そういう気持ちが強いのかもしれない。父親的な人が欲しいの。でも、いつもいつも駄目になっちゃう。人間ってこんなもんなんだね。今は夢も希望も持てなくなっちゃった。お店にいる方が気楽なんだ」

 彼女はいつも真剣に風俗を辞めたがっていた。しかしその都度、周りの環境、タイミングが彼女を風俗の世界へ呼び戻してしまう。それで渋々復帰してしまい、また働くハメになる。

 いや、私には、彼女自身がそうなる状況を呼び寄せているしか思えない。ほんとに辞めたかったら、どんなにダメ男でも何とかして働かせ、自分が風俗に行かなくてもいいようにするだろう。または、そういう男とさっさと別れてしまうのが術だろう。

 しかし、女性は加齢とともに、ある種の恐怖感を抱く。「もう相手が見つからない歳かもしれない」と。だから彼女は男と別れず、いつも自分で泥をかぶる。一度逃げられているから余計だ。相手への執着が強いので、次の相手が見つかるかのどうか分からないから不安と、今一緒にいる相手で我慢する方が手っ取り早く、解決の方法だと思ってしまうからだろう。女性は年齢とともに「自分は女である」という自信が持てなくなる。

 その恐怖心は分かる。三十代半ばの私だって偉そうには言えない。同じだ。しかし、彼女の思考はいつも果てしない螺旋階段をぐるぐる歩んでいるだけで、終着点が見えない。それもそのはずだ。実はいつも同じところを回っているだけで昇ってはいないのだから。いくら怖いからとはいえ、同じ場所にいては、同じことの繰り返しだ。そのことに気づいた私の場合は、元の彼との十二年間にピリオドを打った。

それから半年もしないうちに、彼女から連絡がきた。
「風俗を今回は本当に辞めて結婚しました」
 彼女の言葉を信じて、今回この本の取材をすることにした。今度が本当に本当の「最後」でありますように。

 話を聞いた。また風俗の客と結婚したという。
 嫌な予感がした。
 それから半月もしないうちに、彼女から連絡があった。ちょうど、彼女の原稿を書き終えるめどがついた頃だった。

「あれからいろいろあって、結局風俗に戻りました。旦那には内緒です。昼間、会社で事務をしていることになっています。私がこんな思いをしているのに、ヤツは『生活が楽になった』と喜んでいます。頭にきてブチ切れそうです」

 私の願いは泡と消えた。深く深く、ため息を一つだけついた。

つづく 第五 美雪<身長・フリーサイズ>T158 B87 W61 H88 28歳
 静岡県出身。妹1人。大学卒業後、ファッションの勉強のためにイタリア、アメリカ、韓国に短期留学。その費用を稼ぐためにヘルスに。その後、自分の興味からSMクラブに移る。一年間務めた後、現在は不動産会社で営業職に就く。

 女王様をね、やってみたかったんです。あと、変態にも興味があったの。