酒井あゆみ著
第三 マドカ<身長・フリーサイズT165 B85 W58 H87>37歳
東京都出身。弟1人。高校在学中から、プロのスノーボーダーとして活動。卒業後、大会出場費捻出のために乱交クラブへ。その後、ヘルス嬢に転身。客の男性と結婚3児の母。
稼いだ金は結局あぶく銭。私はそれをしたいことに使ってのこさなかったから、よかったと思っている。
彼女は、私がヘルスに紹介したい。それまで「乱交クラブ」で働いていた女性だった。
彼女はプロのスノーボーダーだった。しかし、プロとは名ばかりで、活動費は全て自前だった。そのお金を稼ぐために、彼女は自分の身元がバレない仕事をと、アングラ風俗を雑誌で探して働いていた。それが乱交クラブだった。マンションの一部屋に数人の女性を置き、男性客が来たら単独、または数人で相手する。女の子の手取りは本場アリで一日五千円。何人の客についても、それは変わらなかった。
マドカ(三十七歳)は、タレントの梨花に似ていて、適度に日焼けした健康的な肌に身長・一六五センチ、バスト八五センチ(Dカップ)、ウエスト五八センチ、ヒップ八十七センチとスタイルも抜群だった。だから、渋谷系のギャル服がよく似合う。しかも性格が明るく、人懐っこい。当然ながら、彼女はその乱交クラブでは一番の売れっ子になり、一日十数人の男性を相手にしていた。
私はその話を聞いて開いた口がふさがらなかった。なんという悪条件の仕事だ。まぁ、よっぽど好き者で、一時期流行ったハプニング・バーの常連のように「数人の男性にシテもらいたい~」という願望を持つ女性か、「一般の風俗店みたいに不安定な収入より、金額は少なくても日当で確実にもらえる方がいい」という考えの女性には向く仕事だろう。しかし、彼女はとてもそういうタイプには見えなかった。
だから話を聞いていて、私は思わず言ってしまった。
「他の店に行ったらもっと稼げるよ」
御法度だった。なぜなら、別の場所に行ったからといって、そこが稼げる保証はどこにもない。以前、店を紹介してくれと頼まれて数店舗を紹介したはいいが「稼げない!」と女の子からクレームがきて、紹介した店側からは「あんなワガママな子は初めてだ!」と文句をいわれた。つまり、こちらは善意で仲介しても裏目に出てしまうことの方が多い。
その人のためにとしたつもりが、お互いのストレスの元になってしまうケースが多かった。働くのも人間、使うのも人間、店に来るのも人間。相性があるのは当然で、第三者がすすめても必ず合うものではない。そのことに途中で気づき、時間も労力もムダになるので、私はそういう紹介を辞めていた。なのにマドカには、つい言ってしまった。
「え? どこですか? 稼げるんだったら紹介してください!」
私は心の中で舌打ちして、自分で自分を叱った。いったいいくつになったら、同じ誤ちを何度繰り返したら私のお節介は治るのだろうか。
彼女との出会いは他の女の子とは違った。
約十年前、雑誌の求人広告を見て問い合わせしてきた子だった。その当時、私は経営していたAVプロダクションの仕事で、週刊誌の素人モデル派遣をライターと兼業して続けていた。ライターとしては初心者だった私の生活は、そのモデル派遣業のギャラが支えてくれていた。しかし、当時は現在のように脱ぐ女性が少なく、しかも、バレる確率が高い週刊誌のモデルをしてくれる子などいないに等しかった。
それでも、月に四人は見つけ出さなくてはいけない。あっという間にそれまで持っていた人脈での人材発掘は途切れ、私は寝る間も惜しんで新たな人脈づくりに駆けずり回っていた。しか、その苦労はまったく報われず、期限が迫ってくるのにもかかわらず人材は見つからなかった。
駄目もとで「モデル募集!」と、雑誌の広告に載せてみた。その雑誌は今でいう「出会い系サイト」のようなもので、素人の個人が書き込み広告を無料で掲載できた。「友人募集!」やら「バンドのメンバーが足りないので探してます!」などの募集が並んでいる中に、私が投稿して女の子を募集した。
予想外にかなりの数の問い合わせがきた。しかし、大半が勘違いしている女性ばかりで、断ることが多かった。その中で彼女はまともそうに思えた。応対が「普通」だったからだ。私は彼女会うことにした。
彼女は時間通りに来てくれた。お互いに顔を合わせた途端、彼女は微笑んだ。その笑顔から、とても素直そうな印象を受けた。私は近くにある喫茶店に彼女を誘った。そして、初対面にもかかわらず、時間を忘れて話をしたと思う。私と同年代という共通点もあったからかもしれない。そして彼女は、自分はプロのスノーボーダーとして活動していて、周りには内緒で「副業」をしていることを教えてくれた。私は渋谷でヘルス店をしている知人に彼女を紹介した。
私の懸念をよそに、マドカはその店で開花した。すぐにナンバーワンクラスになり、雑誌にも出た。
そして一年もしないうちに辞めた。店に来たお客さんと結婚をしたのだった。私はびっくりした。同じプロ仲間の男性と五年間の遠距離恋愛をしていると聞いていたからだ。
「その人はなんか、心の距離も感じていた頃だったんです。やっぱり、寂しい時に側にいてくれないから。それに、一度妊娠して産もうと思ったら『父親になる自信がない』って言われて、泣く泣く堕ろしたんです。そんな時に今の彼が店に友達を連れてきたんです。一回目は何とも思わなかった。それから半年後くらいに一人でお店に来た、それからですね。意識し始めたのは」
その当時、遠距離恋愛をしている男性の他に、彼女には付き合っていた男性が二人いた。知り合いを通じて不倫関係の男と、お店に来た客だった。不倫の男とはセックスフレンド止まりで、客は彼女の方が一目惚れした相手だった。
「酒井さんに黙っててごめんね」
そう言って、彼女はペロッと小さく舌を出した。私は何のことか分からなかった。
「一緒に病院へ行ってくれたでしょう? 産婦人科。あれ、二度目の中絶で、あの時堕ろしたのは、その客だった男の子供だったの」
私は顔をこわばらせた。病院に付き合ったとき、私は何も聞かなかった。勝手に遠距離恋愛している男性が相手だと思っていたからだ。それに、堕ろす子供の父親が誰なのかを聞いたとしても、私の興味を満たすことでしかない。彼女の救いにも、何にもならない。
その一目惚れした客とは三回しか会わなかった。他に数人の女性と付き合っていた男性だったからだ。でも、彼女はそれでもかまわないと思うほど、彼が好きだった。
「彼が仕事で海外に行くって言ってたのを聞いたの。だから、余計に妊娠したことを言えなくて。でも、できたって分かったすぐに『これはひとりで処置しなくちゃ』って思いましたね。そう、私っていつも自分一人で解決しなくちゃって思っちゃうんです。長女だからですかね」
東京都内の海に近い街で、土木作業員の父親とレジのパートをしている母親の元に彼女は長女として生まれた。三歳下の弟もいる。両親が朝早く夜遅い仕事をしていたためか、彼女たちは近くに住んでいる祖父のところで育てられた。
「基本的には親に甘えた記憶がないですね。でも、私はお爺ちゃん子だったから、親なんかいなくてもよかったんです。全然平気だった。だから、すっごいワガママで泣き虫で無鉄砲な子でしたね」
クラスでは活発な性格と運動神経抜群なリーダー的存在で、小中高と公立の学校に進んだ。そして、高校の時に趣味としてやっていたスノーボードのプロから知人を介して誘いを受けだ。彼女はその話に飛びついた。大会があると地方遠征にも出かけていた。入賞していた時期もあったという。
高校を卒業し、ガソリンスタンドでバイトをしながら、大会があるとたびたび出場していた。私と彼女が何度目かに会った時、彼女のスポンサーだという会社のTシャツを数点貰ったことがあった。スポーツ疎い私でもみたことのあるブランドだった。
「プロとはいえ、下っ端だから、なんの恩恵も受けないんですよ。こういう雑貨物は会社の倉庫に行けばタダで貰えるくらいで(笑)。テレビとかに出ているスター選手は別ですけど、私のような末端だとスポーツだけでは生活、できないですよね。仕事をしながら練習して大会に出てってという。多分、他の種目でもそういう選手の方が大半ですよ。だから、実家から離れられなかったんです。大会の遠征費も自腹でしたからね」
その後、工場の事務員として働くようになっても大会の遠征費も自分がバイトして捻出していた。しかし、ある大会に、どうしても出場したかったのにお金が足りなかった。それで探したのが新聞の三行広告で見つけた「女性募集」の一行だった。何もわからず面接に行くと、そこは乱交クラブ。日当で即金でもらえたことが、その時の彼女には大きな魅力に感じられた。
「抵抗はめちゃめちゃありました。でも、日当五千円っていうのがその時の私には大金に思えたんですよ。しかも出勤日、出勤時間は自由で、お客さんが来ても来なくてももらえるって店の人が言ったから。それまで時給八百円で働いてたんで、私(笑)。風俗の知識が全くなかったんですからね。当時は今みたいに求人雑誌も出ていなかったし、風俗雑誌の存在すら知らなかったんですよ」
マドカは十六歳の時に二歳年上の先輩と初体験をすませてから、付き合っている男性の他に遊ぶ男性も常に多数いた。マドカの顔、スタイル、明るい性格を放っておく男性方が少ないだろう。彼女も「男性と遊ぶ方が女の子と遊ぶより楽しかった」ち言っていた。
「だからと言うわけじゃないけど、男性には抵抗がなかった。みんな優しくて、性関係で怖い思いとか、したことがなかったから。でも、やっぱり、プライべートと仕事では違いました。お金が介在すると、男の人は別の生き物に見えました。でも、乱交の時は他の女の子もいたから、役割分担とかあって、嫌なことはあまりなかったですね。男の客の態度よりも、他の女の子のセックスを初めて目の前で見たので、そっちの方に驚きました。生で他人のエッチを見たこと、なかったから(笑)」、
その乱交クラブに勤め始めて、三ヶ月ぐらい経ってから私と雑誌をきっかけ知り合った。そして、渋谷のヘルスで働き始めた。
「ヘルスでは個室の狭さに驚きましたね。ドアーを開けたらベッドしかないし、通路を縦に並んで歩くしかできなくて。そして、お客さんが一人ついてもらえる金額の多さと、お客がつかないと収入がゼロっていう厳しさにビックリした。だって、せっかく店に来ても収入にならないなんて時間の無駄じゃないですか。だから私、すっごい一生懸命働きましたよ。お金を頂くんだから、どんな仕事でも一生懸命するのが当たり前だと思ってましたね」
働き始めて半年後、今の旦那さんとヘルスの個室で出会った。
「今思うと、タイミングだったんでしょうね。子供を堕ろして『男なんか!』とか『私ってかわいそう。私の子供がかわいそう』って思いが頭の中でグルグル回ってた時期でもあるし、ヘコんでて寂しかった。そんな時、彼がすっごくよく見えたんです。人当たりがいいというか、愛想がいいというか。だから、お店の個室の中でエッチまでしちゃった(笑)。
もちろん、バレないように静かに(笑)。今だからこんなことを言えますけどね。私はやっちゃいけないことをやっちゃったから。でも、抑えきれなかった。彼としちゃった後に電話番号を交換したんです。それで電話をかけて。その時の声がめちゃめちゃ優しかったんですよ。それがすっごく嬉しかったのを覚えてる」
私もそうだった。ヘルスのお客だった前の彼に一目惚れしたのも、私が自暴自棄な状態にいたときだった。あんなに嫌だった本番産業であるホテトルの仕事をし始めた時期でもあった。男という生き物が信じられなかった。なのに、彼だけは違って見えた。私を救ってくれる人だとすら思った。そして付き合い始め、一緒に住み、それが確信に変わった。風俗嬢とお客のカップルという、お決まりのパターンがまた一つ生まれた。
マドカは私とは違った。彼女はちゃんと結婚して、今は三人の子供もいる。しかし、それに至るまで、彼女にもさまざまな出来事があった。
当時、彼には長年一緒に住んでいる彼女がいた。その話を最初に聞いた瞬間、私は付き合うことに反対した。
「でも、一緒に住んでいるだけで彼女にも彼がいるって。セックスも、もう何年もシテないって。同棲というよりは同居。お互い好き勝手やっているし、お互いに出ていくお金がないから一緒にいるだって。彼女? 水商売の人」
そういう話をごまんと聞いていた私はますます心配になった。それをすぐに察したのか、彼女は私の懸念を振り払うように勢いく話し続けた。
「仕事が休みの時はいつも一緒なんですよ」
そんな言葉で私の顔色が変わるはずもない。
「どこに泊まるの? ラブホテル?」
「うん。朝から車で何処かに遊びに行って、夜はホテル。それと二人で部屋を借りるために彼、夜も仕事を始めたんです。だから、この状況は長く続かないと思いますよ」
私の顔色は変わらなかった。しかし、付き合い始めたばかりの女の子にとやかく言ったところでどうなる物でもない。もし、何かあってつき合いが終わった時に愚痴の一つでも聞いてやるのが私の役割だと思い、それ以上言わなかった。実は、私の彼の浮気についての愚痴を彼女には山ほど聞いてもらっていた。そんな私だったから、お返しは話を聞くことぐらいしかなかった。
それから一年も経たないうちに、彼女から、
「実家に帰りました」
との連絡がきた。私は肩を落とした。やっぱり、別れてしまったか‥‥。
「子供ができたんです。正式に籍も入れました。子供生まれても二人とも働くなくちゃ生活できないから、人に預けるより親のところが一番安心かなって」
その話を聞いて、私は閉じかけた目を開いた。よかった。彼女は彼とちゃんと一緒の道を歩き始めたのだ。
さらに二年後、夫婦は彼女の実家を出て、部屋を借りた。そこがたまたま私の家の近くだった。彼女は子供を連れて私の家に遊びに来てくれた。
私は相変わらず客だった男と付き合っていたが、その彼が沖縄で喫茶店を始め、東京との往復の日々だった。私が家で独りの時が多かったので、余計に彼女の訪問は嬉しかった。彼女は今勤めているという会社の制服のまま、私の家に来た。右手で、やっと歩き出した子どもの手を握っていた。私の頬はさらに緩んだ。順調なようだった。
「全然順調じゃないっすよ! 日々、別れようという気持ちとの葛藤ですよ。だって‥‥」
自分たちの部屋を借りたら、旦那は暴力を振るうようになったという。私の顔はこわばった。マドカは幸せなはずだったのでは…‥
「私が水商売してた時からその傾向はあったんです。どうしてもお客とアフター(営業時間後の店外デート)で付き合わなくちゃならない時ってあるんじゃないですか。すごく言われたのが『水商売の客じゃなくて風俗の客じゃないのか!』とか『客とヤッてるんだろう!』って。いくら違うって言ってもなかなか信じてくれなくて。自分がお客だったか。他の客ともスルんだろうって思っていたんだろうね。最後には『だったら同伴するな!』って言われて。私、ノルマがある店にいたからどうしようもなくて。それで口論の末、手が出て。もう、彼の被害妄想が酷くてがんじがらめで一時期、私、実家にも行けなかったの。『前に付き合ってたところに行くんだろう!』って。携帯をもってて、一時間ごとに連絡を入れてくるのに、それでも心配だったみたい」
ソファに座っていられない子供をあやしながら、彼女は淡々と言った。はらはらしているのは私だけに見えた。
「でも、今はだいぶ落ち着きましたよ。私が水商売じゃなくて昼間の仕事で生活できるようになったからじゃないですかね。彼、ずっと母子家庭で育ったから、好き勝手生きて来た人。だから、反抗する私が不思議で仕方なかったんだと思いますよ。女に手を上げたの、私が初めてだったみたいで、殴った後自分で驚いてましたもん」
私も殴られていた。別れてはいつも縒りを戻した。そして、しばらくしてまた殴られて、その繰り返しの年月だった。そうなっていった一因としてあるのは、出会いの場所が風俗店だったからだと思う。お互い時間を重ねても、相手への不安、相手を信じ切れないという自分を消せなかったからではないだろうか。彼が何人かの女性と浮気を重ねても、私は別れないでいた。それ以上に、他の男性と付き合う自信がなかった。自分の過去を知られた時の反応が怖かったからだ。
彼女にいつか言おうと思ったことがあった。しかし、悩んでなかなか言えなかった。
「あの時、店を紹介した私ってどうだったんだろうっていつも思うのね」
私はぽつりと言った。
「なんのこと?」
彼女は首を傾けた。
「店を紹介したこと」
「なんで? あんないい店紹介してもらって、すっごく酒井さんには感謝しているのに!」
「ありがとう、でもね、『なんてことしているの!』って言って辞めさせるのが、本当にその人のことを思ってることじゃないかなって」
「そうかなぁ‥‥。確かにそうかもしれないけど、私が自ら欲してたことだったし。あの時、ああ言ってくれたことに感謝してる。だから私は後悔しないで仕事ができたんだと思っている。だって、あのままだったら、私、今頃どうなっていたか分からない。よかったなって心底思っている。だって、あの店に行かなかったら、旦那とも逢っていないし、この子もいなかったかもしれないし」
部屋を走り回っていた子供が猫とじゃれ合った。猫が鳴いた。同時に子供が「きゃあ!」と笑った。
その声を聞いて、思わず私は、その場に崩れ落ちそうになった。長年、胸につかえていたものが一度に取れた気がした。
「あの仕事やって私はすっごい自信がついたの。自分でやったんだって達成感かな。親にも迷惑かけず、自分のやりたいことやれたからいいんですよ。他の仕事ってちょっと違うじゃないですか。会社があって、与えられた仕事をこなしてればお金がもらえる。でも、風俗は自分が努力しなくちゃお金がもらえない。
店で他の女の子が『指名がない!』って、ぶーたれてた時も『お前の努力が足りないからだろう!』って思って見ていましたから。高いお金をもらうんだから、当たり前だと思っていましたね。仕事で手を抜くのが大嫌いだったから、そうしただけなんだけど。風俗も立派な仕事の種類の一つなんだから。本当はスノボで稼げたらよかったんですけどね」
彼女は風俗に誇りを持っていた。仲のよい友達にも働いていたことを隠してなかった。
「ただ、できればあの当時の自分は編集でカットしたいな(笑)。もう、しょうがないんだけどね」
私は聞こえないふりしたかった。だが、その理由を聞きたかった。
「あの時の自分が嫌いなの?」
「う~ん、トータルでみたら自分は好きですし、旦那とも逢っちゃつているわけだから。でも…‥」
私は黙っていた。しかし、彼女は話しを微妙にそらした。
「自分の中でもただの職業の一つ。ただの出会いの場所としか思っていない。よく店の女の子の子同士で『死ぬまで親に言えないよね』って言ってますよね。ずっと周りの人に対して不安を抱えながら生きていかなくちゃいけないんだって。いつ、どこでどんなことでバレるかわからないから。だから、大半の女の子は恋愛に億劫になってました。
でもそんなこと言っていたら普通の世界で生きていけない。まして、スパッと割り切って結婚なんてできないでしょう? 人生って死んでみなくちゃ結局、よかったのか悪かったのか、分からないじゃないですか。結構、私は幸せな部類にいるんじゃないですかねぇ。あれだけハチャメチャなことをしてきたわりには、確かにいろんな問題はあるけれど、まあまあ幸せじゃないかと思います。そんな時があったから今の自分があるわけで。そこをカットしたら今と全然違う自分がいるんじゃないですかね。失敗しなくちゃ分からないのが人間だと思うし」
彼女が私に気を遣っているのが分かった。今でも風俗業に関わっている私への配慮だ。
「もう一度戻りたいって気持ちはある?」
「それはないですね」
きっぱりと言い放った。
「それは旦那に対して、子どもに対しての裏切りになっちゃうから。男は裏切れるけど、家族は裏切れないですよ、それに、年齢的にも、外見的にもねぇ」
「でも、今は人妻とかのジャンルもあるし‥‥」
思わず私の口から出てしまった。彼女は子供を産んで母親になってもスタイルは相変わらずいいし、性格は前よりも角が取れてますます女性としてきれいになっていた。現役に復帰しても、まだまだ商品として通用する。だから思わず、口から出てしまった。
そういう自分が嫌になる。なぜ、幸せに暮らしている女性を捕まえて。また自分がいる世界に呼び戻そうとするのか。
「水商売だったらあれだけ、風俗は、無理」
私の中の葛藤を察したのか、彼女はそう言って微笑んだ。
「今でもちょっと不安になりますよ。雑誌に出てたから、何かの拍子に旦那の家族にバレちゃうんじゃないかって。一時期、AVやっていた子が辞めた後に勝手に映像を使われて裁判になったのあったじゃないですか。そういうのを聞いて、心配してた。でも、本当にちょっと頭の中をよぎったぐらい」
「風俗で働いて、お金をためられたの?」
今更ながら私は聞いた。
「ううん。全然! 全部使っちゃった。最初はプロの大会のためだったけど、途中から普段の生活に使うため、ちょっと贅沢するために働いていたから。それはそれで別によかった。残ったのは自分の達成感。本当なの。それで十分」
彼女のその言葉を聞いて少しだけ哀しくなったが、嬉しさの方が大きくなった。彼女が少しでもそう思っているのだったら、私がしたことは無駄ではなかったのだろうから。
「ただ、後輩(笑)ってわけじゃないけど、今、働いている子に言いたいことはある。やっぱり、目標が達成できたら、スパッと辞めてほしいな。金銭感覚が壊れる前に。貯金とかしてお金に執着してたら辞められない仕事だと思う。結局はあぶく銭をだと分かってほしい。いくら貯めても、所詮すぐに消えてしまうってこと。
私はそのあぶく銭を、したいことに使って残さなかったからよかったと思っている。今でも店で知り合った友達は風俗を辞められないでいる。お金と風俗って仕事に執着しちゃってるんだよね。そういう子って、振り返って冷静に考えても遅いんだよね。確実に失っているのってあると思うから。でも、その世界にいると気づけないと思うの」
私は彼女と目を合わせることができなかった。彼女は今、まっすぐに生きているという自信に溢れている。一方、私は直接的でないにせよ、まだこの世界にいる。だからこそ、彼女のような言葉は私には言えない。
「でも、そういう考えを待たせてくれたのが風俗なんだよね。だから、本当にいいとも悪いとも言えない。微妙。今はそう言ってるけど、この先、夫婦関係、家庭関係が乾いて自分も乾いてきたら分からない。ただ、今の時点での気持ちしか今はないでしょ?」
「でも、みんなそうじゃない? 風俗やって辞めた子は、そういう気持ちをみんな抱えてると思う。というか、そういう気持ちを持っている人が私は人間ぽくて好きだな」
「そうですよね。よかったぁ!」
やっと二人で笑えた。
彼女との距離を感じ始めたのは、その時だった。
共鳴し合ったはずだったが、私は感じた。彼女はもう、この業界に戻ってくることはないだろう。そして話をすることさえも。
つづく
第四 めぐみ<身長・フリーサイズ>T155 B90 W65 H90 40歳。
東京都出身。兄弟なし。3歳の時、父親が愛人と駆け落ち。16歳で20歳上のバンドマンと結婚。女児が生まれるが、その子どもを連れて夫と母親が失踪。水商売からSMクラブへ。4度目の結婚を機にいったん風俗をあがるが、母親を養うためにヘルスへ。