著者=亀山早苗=
男が「嫉妬」という名の逆襲に出るとき
周りで家庭のある男性とつき合っている独身女性は多い。
女性が社会で働くことが当たり前になりつつある今、独身で三十路(みそじ)を越え、なお仕事を生活の中心に据えたい女性にとって、妙な言い方だが、家庭ある男性とのつきあいは“都合がいい”と言えなくともない。
いてほしいときにいない寂しさはあるだろうが、その寂しさに耐えられるなら、「生活を共にしなくてもいい関係」は、ある意味、「男女間関係のいいところ取」なのだ。結婚すると、共働きであっても、どうしても女性の方に生活の負担は大きくなる。
女性が男性よりずっと多忙だとか、ずっと収入が多いとなると話は変わって来るだろうが、通常は夫婦として、なぜか夫の仕事を優先させる傾向がある。
それなら結婚しなくてもいいや、と女性が思っても不思議はない。自分が働いていれば、結婚というシステムに加わることで得るメリットは何もない。税制上も社会上も。むしろそれ以外でデメリットばかりが目立つ。だから結婚しない女性が増えた。
だが、恋愛したくない女性は少ない。そこで家庭のある男性と恋に落ちる。女性はだいたいが精神年齢は男性より上と言われているから、同世代の恋愛は物足りないと思うのも、家庭ある年上の男性に走る要因かもしれない。
ところが、彼女たちは一様に言うのが、「家庭ある男の嫉妬深さ」だ。私自身は、残念ながら独身既婚かかわらず、嫉妬深い男とのつきあった試しがないから、実感としてよくわからないのだが、彼女たちが癖易(へきえき)しながらも別れないことを見ると、嫉妬深いのよさというのもあるのだろう。
家庭のある男は、なぜ独身女性とつきあうと嫉妬深くなるのか。
あるいは、嫉妬深い男が、たまたま不倫しやすいのか。これは謎である。
現在、“泥沼不倫中”と自ら言う、野口武さん(三十六歳)。彼の相手は三十三歳。つきあって約二年になるが、この一年ほど会うたびにケンカしているらしい。彼女の言い分としては、
「離婚すると言いながら、する気配がない。いつになったら結婚してくれるの」
が主なもの。
「彼女は独身の男とつき合っているようだ」
という疑いが拭(ぬぐ)いされないでいる。「オマエこそ不実ではないか」というわけだ。
不倫の恋で、男がもっとも犯しやすい過ちが、野口さんのように最初の段階で妻の悪口を口走ること。
「上手くいっていないだ。離婚しようと思っている」
これは本音の場合もあるが、それとて「男は点の言動」だから、その時は本気でも、実行に移すと限った話ではない。
離婚に向けて一直線となっているのなら、夫婦仲の悪さをわざわざ吹聴することもあるまい。どんなに男性が本気で言っているとしても、女性としては聞き流すのが賢明。
そこに一縷(いちる)の希望を見出してはいけない。
男も男だ。こういうことは言わない方がいいのに、つい口走ってしまい、あとで責められる。墓穴を掘っているようなものだ。
野口さんも結局、そのことで彼女から責め立てられている。責め立てられていることが続くと、男は開き直るか、急に逆襲に出るしかなくなる。
自分は帰る家があって、そこに待っている(本当は待っているかどうか別としても、形式上は)女性がいる。
法律で守られた相手である。彼はいきおい、彼女に対しては立場が弱くなる。そうなると開き直ろうにも開き直れない。そこで嫉妬という名の逆襲に出る。このままだと、彼女が本当に去って行ってしまうかもしれないという危機感があって、嫉妬は火柱を上げ始める。
嫉妬というのはおもしろいもので、一度、これに取りつかれると、どんどんエスカレートしていく。
自然と終息に向かうことはなく、どこまでも火柱は上がり続けるのだ、本人が疲弊するまで。
あるとき、野口さんが彼女のマンションに行くと、降りてきたエレベーターに若い男性が乗っていた。野口さんは、「ピンときた」という。彼女の家にいたに違いない、と。
実際、そうだったが、彼女は、単なる友達と言い張った。
「だけど単なる友達が、夜遅く、女性のひとり暮らしの部屋に行きますか? 彼女は二股かけているんですよ。それから僕はいてもたってもいられなくなって、彼女の行動を逐一(ちくいち)、知りたくなってしまったんです。
アフターファイブになると、ひっきりなしに彼女の携帯電話を鳴らす。彼女も負けていなくて、
「だったら早く離婚してよ」
と迫る。その繰り返しだ。ふたりにとって、今やバトルじたいが、愛情確認になってしまっている。この関係はどこに向かうのだろう。
「僕は実は結婚はこりごりなんです。妻と上手くいっていないのは本当の話。
妻は浪費家で、僕はほとほと疲れ切っている。
一時期は、妻の浪費を支えるために、夜も仕事をしていたくらいなんですから。
今は少し落ち着きましたが、決して家庭が上手くいっているわけではない。
だけど離婚となると、慰謝料だの子供の養育費だのとお金もかかる。
子どもかわいいから、別れるのは辛すぎるんです。
それを彼女は『あなたはもし私と再婚しても、子供の行事だの誕生日だのと、子供の所へ行くのでしょう。それは絶対に許さない』と言うんです」
お互いがお互いを独占したいと思っている。その点では一致しているのに、独占欲ゆえに苦しんでもいる。
結局、人を身も心も完全に独占することなどできないとどこかで分かっているのに、それを認めないから苦しむのではないだろうか。理性ではわかっていても、感情が迸(ほとばし)って理性を遮ってしまうのかもしれない。
「嫉妬」は自分自身の不信感から生まれる?
野口さんだけではない。嫉妬で苦しんでいる男性の多さに驚くほどだ。
ちょっと電話連絡がとれないと、すぐに女性の家に行ってしまう男性、相手の一週間のスケージュールを把握していないと気がすまない男性、女友達に会うというとゲンバに来てしまう男性‥‥。
どれもこれも家庭を持つ分別のある大人の男がする事とは思えない。
恋愛には独占欲や嫉妬がつきまとうものはあるけれども、それを抑えるのが大人の知恵というもの。
おそらく、過去に嫉妬に苦しめられた経験があまりなく、自分の嫉妬心を持てあましてしまうのだろう。
不倫相手の女性に対しては、なぜか嫉妬という根源的な感情をぶつけやすいという側面もあるのかもしれない。
客観的に考えると、「結婚している男性に、嫉妬する権利があるのか」と思うのだが、それは理屈。
自分が結婚しているからこそ。相手を信じられないともいえるのだろう。
その嫉妬は一見、相手への不信感にみえるが、実は自分自身への不信感ではないだろうか。
結婚生活を送りながら恋愛もしている。その自分の行動をうまく心の中で処理しきれない男性が、もやもやを嫉妬に変えて、相手の女性にぶつけているのではないか。
本来の愛情は、信頼の上に成立するもののはずだ。それがなぜか不倫の場合は、不信感の上にも恋愛が成立してしまう。
むしろ激しくぶつかりあうことで、お互いの情熱を確かめあっている傾向さえある。
だが、そこはお互いが激しく傷つく。その傷も、本人たちに甘美な傷であれば、はたがとやかく言うことでもないが…。
しかし、嫉妬しあうことで充実感を覚えるような恋愛が果たして楽しいものかどうか。障害があるがゆえに女性のみならず、男性さえ酔いやすい。
不倫の恋の落とし穴は、そんなところにあるのかもしれない。
つづく
第三章男が不倫の恋で得るもの、失うもの