夜の夫婦生活での性の不一致・不満は話し合ってもなかなか解決することができずにセックスレス・セックスレス夫婦というふうに常態化する。愛しているかけがえのない家族・子どもがいても別れてしまう場合が多いのです。トップ写真

恋愛が挫折という気持ちを生むとき

本表紙 著者=亀山早苗=

ピンクバラ「恋愛が挫折」という気持ちを生むとき

 多くの男性たちが、不倫の恋をしたあと、いろいろ感慨(かんがい)にふけっている。
 恋をすることで新たな自分の一面を見出すのだろう。
 男性たちは女性に比べて、自分の内面や他人の感情について考える機会があまりないから、初めての試練なのかもしれない。

「結婚して一年たつかたたないかのうちに、運命の女性と言えるような人に巡り合ってしまったんです。
 ところが彼女は、僕が結婚しているからという理由で、どうしても深い関係になろうとしない。
 『好きだけど、関係を持ってしまったらずるずるといってしまう。私は不倫はしたくない』というのが理由。

 だけど一緒に食事はするし、キスまではするんですよ。僕にとっては生殺し状態です。もちろん離婚も考えたけど、妻は妊娠中だったし、そう簡単に離婚はできない。

 でも彼女が欲しいという気持ちは高まるばかり、悶々としているうちに、彼女は僕と別れて違う男性とつき合い始めました。
 肉体的な関係にならなかっただけに、未練が強くてどうしょうもなかった。僕にとってはおおきな挫折となってしまい、三年ほどたった今でも傷が痛むこともあります」

 坂井正道さん(三十一歳)のつらい思い出だ。家庭を持っている自分自身は、ある意味で動きが取れない。だが“彼女が欲しい”というのはブレーキをかけることができない強い気持ちだ。それが叶えられなかったとき、恋愛は挫折となる。

「恋愛が挫折と言う気持ちを生むなんて初めて知りました。それまでは、恋愛は楽しければいいんだ、というイメージが強かった。
 当時、僕は『セックスさえしなければ不倫にはならないのか。キスはいいのか』と彼女を責めたりしたけど、そういうことは人それぞれ考えが違うんだなということもわかった。

 男って、案外、そういう理不尽な意見は切り捨てるところがあるから、人には色々な考え方、感じ方があるということだけは身に染みました。
 あの挫折感を払拭(ふっしょく)するには、彼女以上に好きになれる女性と恋愛しないといけないのかなあ。でも結婚している男にとって、恋愛するのは本当に大変だと痛感しています」

ピンクバラ男性が情緒的に柔軟に変われるのは、「恋愛」だけ?

 男性は社会的な生き物であることを要求され続け、本人もそれが当たり前だと思うようになる。
 そのために感情を極力抑えつける。その結果、自分の感情の揺れさえ把握できなくなったり、感情を表現することができなくなったりする男性は多い。

 だから恋愛すると、突然、今まで抑え込んでいた生身の自分を剥(む)き出しにされ、目の前に突きつけられたような気分になるのだろう。
 そうやって噴き出た自分の感情をどうやって受け入れ、認めていくかが、男の年齢や立場にとらわれず、「いい男」になっていくかどうかの条件なのではないだろうか。

 男女を問わず、魅力的な人間というのは、理性と感情がとても豊かで、その出し方のバランスがとれている人だと思う。
 それに常にバランスがいいということではなく、ときには感情を押し殺して理性的にものごとを処理し、また別の時には理性など吹っ飛んで感情的になれる。
 そういう心のふり幅の大きな人こそが魅力的ではないだろうか。

 社会的な生き物である男性は、常に理性で対処すのがいいことだと自分で思い込んでいる。だが、恋愛においては理性で処理しきれないことが多すぎる。相手の感情も自分の感情も、恋愛自体の変化の中では理性では整理できない、真剣になればなるほど、男性自身、感情的になっていく。男性が情緒的に柔軟に変われるのは、恋愛だけなのかもしれない。

ピンクバラ親友の妻との出会い

恋愛がもたらす影響というのは想像以上に大きいことがある。それを指摘するのは、高野一郎さん(四十二歳)だ。「強烈な悦びだったけど、それ以上に強烈な後悔がある」恋愛をした彼は、今も辛くてたまらないという。

 彼には、学生時代からのつきあいの大親友、小林さんがいた。ラグビー部でともに苦楽を味わった仲で、一生の友人と堅く誓い合った友だ、就職してお互い地方や海外に転勤になり、結婚して家族を持ち、めったに会うことはなくなった。それでも年に一、二度、時間を見つけて会うと、学生時代に戻れるような関係だった。

 高野さんは三十代半ばで都内にマンションを購入。もちろん小林さんにも住所と電話番号を知らせた。

 当時、彼は家族共に海外駐在だったから、会社宛てにはがきを出した。それから三ヶ月ほどたったある日、彼から電話がかかってきた。帰国し、しばらくは東京勤務になる。会社の借り上げマンションにすむことになったのだが、その住所が高野さんの新しいマンションに近いというのだ。
「調べて歩いたら十分かかるかどうかという距離でした。

 これからは以前にもまして彼と家族ぐるみでつきあえる、と思うとうれしかった。
 引っ越してきた彼らは、早速、家族で遊びに来ました。
 当時、うちは五歳と三歳の女の子、彼のところは六歳の女の子がしました。子供たちは初対面ですっかり仲よくなりました。

 うちの妻は余り社交的でないタイプなんですが、彼の奥さんとは明るくて話し上手、さりげなく気遣いもしてくれて、彼らが帰ったあと、妻は彼の奥さんのことを『麻衣子さん』と名前を呼んで、『彼女となら仲良くなれそうだわ』と喜んでいました。

 それから月に一、二回は家族ぐるみで週末を過ごすようになったんです。みんなでキャンプや海にも行こうと盛り上がりました」
 三ヶ月ほどはそんな生活が続いた。高野さんの妻は、小林さんの妻の麻衣子さんとふたりでお茶を飲むようになっていた。
 高野さんは、妻に心を許せる友だちができたことをうれしく思う反面、少しだけ胸がざわつくような気持がしていたが、その頃はその正体が気づかなかったという。

ピンクバラ恋情へと変わって、激しく求めあうふたり

夏がきて、約束通り、二つの家族は二泊三日で海に出かけた。
 家族ごとに部屋をとったが、夕食を終えて子供たちが寝ても、ふたつの夫婦は四方山話に花を咲かせた。
「深夜になったようやくそれぞれの部屋に引き取りました。

 妻はふだんお酒を飲まないのですが、よほど楽しかったらしく、その晩は少し飲んでいた。それで横になるなり、もう熟睡していました。
 僕はなんだか寝つけなくて、そのリゾートホテルの屋上に出てみたんです。

 すぐ前はビーチ。月が煌々(こうこう)と照っていて、月に照らされている海面が明るく揺れている。
 幻想的な風景でした。『きれいですね』という低い声がしたのではっと我に返ると、小林さんの奥さんが立っていたんです。

 彼女の声は少しハスキーで落ち着いた感じ。その場の雰囲気にぴったりのいい声だなと思いました。
 それで思わず、『あなたの声もきれいですよ』と言ったんです。
 彼女はふふっと低く笑いました。どことなく怪しい雰囲気が漂(ただよ)っているような気がして、空気を変えようと、『小林は?』と尋ねました。
『よほど楽しかったんでしょう。今日はお酒が過ぎて完全にばたんキューです』『うちの妻もそうです』とふたりで笑い合いました。

 月に照らされた彼女の横顔は美しかった、その瞬間、僕は胸がざわついていたその正体に気づきました。
 僕は彼女に惹かれていたんです、気づいたことで僕はうろたえてしまった。彼女も少しは酔っていたんでしょう、僕の肩にすうっと頬を寄せてきたんです。
 どういう意味の行為だったのかわからない。月が我々を狂わせたのかもしれない。

 僕はじっとしていられなくなって、彼女を抱き寄せてキスしてしまった。彼女は最初、小さくイヤイヤするように首を振っていましたが、僕が彼女の髪を手で梳(す)くようにすると、ぐっと力を抜いてむしろ積極的になっていきました。

 彼女はだんだん感じてきてしまったのか、腰がくだけたようになって…。そこで僕は彼女を近くのベンチに座らせました」
 お互い三十代、肉体的にも脂が乗り切った時期である。この状態まで来たら、その先までなだれ込んでしまっても不思議はない。ふたりはそのベンチで、ものも言わずにむさぼるようにお互いを求め合った。しばらくして、彼は言った。
「最初に会ったときから、あなたのことが気になっていた」
「私も」
 彼女はか細い声で答えた。
 ふたりはそのままそれぞれの部屋に引き取った。高野さんが部屋に戻ると、妻は健康的な寝息をたてている。シャワーを浴びて妻と並んで横になったが、胸のざわつきは完全に恋情へと変わっていった。これからどうなるのか、どうしたらいいのか、このままじゃいけないという気持ちと、彼女とふたりで会う方法は今後あるのだろうか、と言う気持ちがせめぎあっていた。

 二日目の昼は何事なかったようにふるまった。彼女も彼と目を合わせようとしなかった。夜は、彼はまた屋上に行ってみた。その日も月がきれいだった。間もなく音もなく彼女が現れ、ふたりはまたお互い激しく求めあった。
「怖い」
 彼女が低くそう叫んだ瞬間、彼は果てた。
「水は低きに流れる、というけれど、その二度の関係で、僕も彼女もどうすることもできなくなってしまった。
 家族ぐるみのつきあいとは別に、月に一、二度はふたりだけで会っていました。

 彼女は平日の昼間、子供が学校に行っている間の数時間なら都合がつく、僕は営業なので、外回りをするふりをしてホテルで会う。
 一緒に外を歩いたことはありません。いつもホテルで会って、そのまま別々にホテルを出る。つらいんです。そういう関係。もっと一緒にいたい、一緒に出かけたいし、夜など声を聞きたいこともある。

 だけど関係を続けるためには制約がだらけ。お互いの配偶者にばれたらすべて終わりですから。しかも僕は親友を裏切っているという大きな負い目があった。自分が何をしているのかわからないような状態でした。三ヶ月ほど立った頃、『最近、ため息をついていることが多いわね。

 疲れているんじゃない?』と妻に言われてどきっとしました。できるならすべて妻に打ち明けて重荷を下してしまいたい、と何度も思いましたね。だけどそんなこと、できるわけがありません」

ピンクバラ「友情も恋も失って」残ったのは「強烈な後悔

学生時代からの親友の妻、今では妻の友だちである女性の関係。木の実は、禁断であれはあるほど甘いのだろう。だが半年後、約束の時間に、麻衣子さんは現れなかった。代わりに現れたのは、親友である小林さんだった。

「『麻衣子は入院した』と小林は言いました。肋骨骨折、顔面打撲。つまり小林が麻衣子さんに暴力をふるったわけです。
 悪いのは俺だ。俺を殴ってくれ、と僕は叫んで小林につかみかかりました。だけど小林は僕よりずっとでっかいんです。突き飛ばされ、『絶交だ』と一言。それですべてが終わりました」

 彼は病院を調べて、麻衣子さんの見舞いに行った。だが麻衣子さんはあってくれなかった。その後、人づてにふたりが離婚したことを知った。娘さんは小林が引き取り、小林さんの母親が同居して面倒を見てくれているという。

「麻衣子さんの行方(ゆくえ)を知りたくて、共通の知り合いにいろいろ尋ねたんです。
 おそらく実家に帰ったのだろうということで、実家の住所を調べて手紙を出しましたが、返事はありません。一連のことは妻の知るところになりましたが、僕は一度だけの過ちだと妻に言い切りました。妻とはしばらくぎくしゃくしましたが、娘たちもいますから、今は表面上、何もなかったように暮らしています。
 だけど、彼女だけをひどい目にあわせて僕は妻や子供たちに囲まれてぬくぬくしている。

 これではいいはずがない。と今も身をよじるほどつらいんです。あれから六年以上たちますが、彼女の行方はわかりません、小林は今も独身だそうです。

 ヤツが、麻衣子さんの居場所を知っていて連絡をとってくれるのを願っているんですが。ここまで人を不幸に陥(おとしい)れて、僕だけ幸せになれるわけがない。何かの形で僕に報いがくるだろうとは覚悟しています」

 決して遊びでつきあったわけじゃない。止むにやまれぬ恋情で突っ走ってしまった。小林さんに見つかったとき、自分は離婚するべきだったのだろうか。
 でもそうしたら、何の罪もない妻子を傷つけただろう。あのとき、自分はどうすればよかったのか。考えて考えても答えは出てこない・
 傷ついた人が立ち直るまでに時間がかかる、だが、傷つけるほうも同じだ。彼はあの時点で、自分の人生が止まってしまったと感じている。

「妻や娘たちに申し訳ないけど、僕はもうだめです。生きる目的もないし、あとは義務と責任として生活費を運び続けるだけです。彼女の無事を確認できれば、少しは気持ちが変わるかもしれないけど。重い十字架です」

 あまりにも重い話に、私も何の言葉もかけられなかった。七年近くたった今も、彼の心は傷ついたままだ。
 友情も恋も失った。それだけならまだしも、一人の女性の人生そのものを奪ってしまった。しかも自分は傷つくことなく、普通の生活を送っている。

 そんな自分が許せない。何か自分にできることはなかったのか。今からでもできることはないのか。彼女が無事に、そしてできることならどこかで小さな幸せを見つけて暮らしていてほしい。
 彼は祈るような思いを片時も忘れないと言う。

「彼女の娘さんももう十三歳、中学生になっていると思います。僕は彼女から母親を奪ってもしまったんですよ」
 小さな声でそう言いながら、高野さんは目にうっすらと涙を浮かべた。何度涙を流してきたのだろう。

 たかが恋、されど恋、彼は短慮(たんりょ)だったと責めることはできない。止められない恋心を抱いてしまったことはどうしょうもないことだから。
 高野さんとの話は夜遅くまでかかった。だがその後、私はどうしてもまっすぐに帰る気にはなれず、喫茶店によってひとり、ゆっくりとコーヒーを飲んだ。
 周りの人を観察する。

 この中にも恋愛に苦しんでいる人たちがいるのだろう。みんな淡々と日常生活をこなしているように見えるけど、誰にも言えない恋に首までつかって身動きが取れなくなっている人もいるかもしれない。
 誰かを深く傷つけた後悔で懊悩(おうのう)している人もいるのだろうか。人が生きていくということは、それだけ大変なことなんだと改めて感じた。
 つづく 不倫の恋を終えた男たち