夜の夫婦生活での性の不一致・不満は話し合ってもなかなか解決することができずにセックスレス・セックスレス夫婦というふうに常態化する。愛しているかけがえのない家族・子どもがいても別れてしまう場合が多いのです。トップ写真

第五章 恋に幕が下りるとき

本表紙 著者=亀山早苗=

ピンクバラ「不倫の恋の結末」「不倫」だから結末は別れしかないとは限らない

 「不倫って、最終的には別れるとしかないんですね」
 以前、既婚男性との辛い恋をしいる女性が、深い吐息(といき)をつきながらそう言ったことがあった。
 彼女の性格上、その恋は終わらせたほうがいいような状態になっていたので、私も同意したのだが、実際には、不倫だからといって結末は別れしかないということにはならないと思う。

 離婚が増加の一途をたどる今、結婚している方が離婚、そしてつきあっている異性と再婚ということもありうるだろう。
 もちろん、別れという選択肢もある。そしてもう一つの選択肢は「続けていく」ということだ。
 人間には思いつめて、考えが煮詰まると、どうしても二者択一をしたくなる。
 一緒になるのか別れるのか、というように極端に走る。だが、もう一つの選択肢「続けていく」も重視したほうがいい。

 再三書いているが、私は男性にも女性にも、不倫を勧めているわけではない。
 だが、昔の人が言うように“恋は思案の外”なのだ。
 自制できないから始めてしまったこと。だったら、無理やり「別れるしかない」とばっさり切り捨てなくてもいいのではないか。いけるところまでいってみるのも一興、という気がしてならない。

 以前、「不倫は文化」と言って物議をかもした俳優がいた、実際、小説にしろ芝居にしろ、古今東西を問わず、不倫の恋は芸術のモチーフによく使かわれている。
 それだけドラマになりやすいわけだ。ということは、人間としての根源的な葛藤がすべて含まれているのが不倫の恋なのだろう。
 だから、「悩んで当たり前」なのだ。
 そう思えば、逆に腹が据わるかもしれない。大事なのは目の前の人との関係性だけ。なるべくはたの人に迷惑をかけず、ルールを犯さず、ひそやかに愛する人との関係を続けたところで、誰にそしりを受けるだろうか。
 
 配偶者のほかに好きな人ができたなら、さっさと別れて再婚したほうがいいという考え方もある。
 そのほうが自分自身にも相手にも、配偶者に対しても誠実である、と。アメリカなどはこうした考え方のもと、離婚が増え続けている。

 日本にもその波は多少あるけれど、まだまだ「夫婦は二世」、それだけ縁の深いものとする価値観も根強いし、なにより結婚は安定した生活で、激しい愛情を求め合う場ではないという考え方がある。
 どちらかというと、家庭の基本は親子の愛情にあり、夫婦の愛情ではない。
 その善し悪しはさておき、だからこそ離婚しずらいという現状がある。

 不倫の恋を続けていくことはお互いに強い精神力を要するだろう。だが、実際に、強い愛情と意志で、家庭以外の恋愛を十年以上、続けている男女もいる。彼らは結婚だけが愛情の証ではないと思っているし、一緒に住むこともむしろ純粋の愛情が失われていくことを恐れている。

 男女の愛に形が必要なのだろうか。結婚は法的な契約にすぎない。
 そこに魂を入れられるかどうかは本人たち次第だ。逆に言えば、法的な契約がなくても心が寄り添っていればそれでいい。

 あとは世間が認めるか認めないかかということだけ。それを気にしなければ、つまり、ふたりだけがわかっている、ふたりだけの世界を大事にしたい。という気持ちさえあれば続けていくことは可能だと思う。
 続けた先に何があるか? それは結婚しても同じこと。人はひとりで生まれて一人で死んでいく、という覚悟さえあれば何も怖くない。

ピンクバラ「不倫の恋」をして上手に終わらせられる男、終わらせられない男

恋がいい思い出になるかどうかは結末に重点がある
 いくら続けていきたくても、“別れ”が訪れることもある。

 別れるきっかけは、独身男女の恋愛とそう違いはなく、お互いに相手への愛情が薄れた場合がいちばん多い。
 だが不倫の場合、当然のことながら配偶者にばれそうになったりばれたりしたとき、あるいは社会的に問題が起こりそうなときなども別れの原因になる。

 第三者を巻き込みやすい恋愛だけに、実際、巻き込んだら取り返しのつかないことになることもある。
 だから、既婚男性などは周囲に不穏な空気を察すると、恋愛に及び腰になりやすい。

 恋がいい思い出になるかどうかは、結末に重点があると言っても過言ではない。長年、いい関係を保っていたとしても、最後にすったもんだしたり修羅場になったりしたら、立ち直るまで時間がかかる。

 個人的には、独身者同士なら何をしてもいいと思う。むしろ、お互いの納得の上できれいに別れるなどと言うのはまやかしさえ感じられる。最後に修羅場になった方があきらめもつきやすい。ところが、そんなふうに思っている私さえ、不倫の恋の場合は、多少違うだろうと考えざるを得ない。

 いろいろな恋を経てきた既婚の男たちは、
「別れが近づくと、相手が独身であるよりも人妻のほうが気がラク」
 と話す。もともとある種の割り切りの上に成り立っている関係だし、それぞれ家庭に戻りましょう、という納得しやすい理由がある。「五分と五分」というわけだ。

「だけど、相手が独身の女性の場合はそうはいかないんですよね」
 そう言うのは、山崎啓太さん(四十歳)だ。彼は昨年、三年に及ぶ不倫関係に終止符を打ったばかり。別れるまでに一年ほど要し、大変な目にあったという。

逃げの姿勢に入った男と追う女

 相手は同じ会社の部下で十四歳年下の女性だった。
 彼自身が高校生時代に大好きだった初恋の人に面影が似ていることから、惹かれていった。
 彼女も彼を慕ってくれた。彼女には、いまどきの若い女性のように「上司においしいものをご馳走してもらって、セックスを楽しんで、割り切ってつきあおう」というちゃっかりしたところや打算がまるでなく、真面目で純粋な女性だった。

「だからこそ三年近くも続いてしまったんだと思います。最初の二年近くくらいは本当にうまくいっていた。だけど、彼女のお父さんが倒れて、余命いくばくもないというところから彼女が変わったんです。
 お父さんになんとか結婚の報告をしたい。
 そういう思いがあったんじゃないでしょうか、それをきっかけに、彼女は一気に結婚を意識するようになった。
 だけど僕がどういう立場かわかっているから、『結婚したい』と言えるような子じゃない。

 そもそも、つきあい初めから、『私は悪いことをしている』と自分を責めていたような女性なんです。
 だから、二十五歳を目前にしてお父さんが倒れて、自分に出来る親孝行は何だろうとまじめにつきとめてしまったらしい。彼女は親と同居していましたから、つきあい続けるのに僕も気を遣っていました。ただ、彼女が外泊できないといのは僕にとっても好都合だったけど。

 彼女が結婚を意識しているということに、僕は迂闊(うかつ)ながら気づきませんでした。なんとなく様子が変だとは思っていましたが、お父さんが倒れた心労のせいだろうと思っていたんです。
 ところがあるとき、ホテルでことをすませて、いい気分でくつろいでいると、彼女が突然、がぱっと起き上がって、『奥さんと別れて』と言い出した。

 晴天の霹靂(へきれき)でしたね、僕にとっては。セックスのあとで男に重大事項を迫るのはルール違反ですよね。
 こちらは無防備なんだから。何の心の準備もなかったところへいきなり言われたので、『いや、それは難しいな』と正直に言ってしまったんです。

 すると彼女は形相が変わりました。女性って怖いですね。あのときの彼女の顔を思い出すと、今でも気持ちが萎(な)えるくらい怖い。目が吊り上がってらんらんと輝き、顔面は蒼白。『だましたのね』と一言、言われました。
 だけど僕はそもそも離婚して結婚するなんて言ったことは無い。
 だけどまじめな彼女にしてみれば、黙って付き合っていればいつかはそういう日が来ると思っていたんでしょう。

『私は何のために今まで耐えてきたの?』『どうして離婚できないの?』と畳みかけられたんです。こうなったら僕の防御本能も厳しく働き出します」
 その場はなんとか彼女をなだめたものの、彼は“逃げどき”だと判断する。
 
これ以上、彼女にかかわっていたら、自分の生活が危うい。こういうときの男は、彼自身が言うように、まさに防御本能だけで行動する。なるべくなら「いい人」と思われたい、だからズルズルと関係を続けてしまう男たちも多い一方で、自分とその周囲に危険が迫ると察知するや、一目散に逃げる姿勢に入る男も少なくないのが現状だ。
 彼は急速に彼女と会うのを避け始めた。

 女性が大人であれば、逃げの姿勢に入った男を追いはしない。心の中で罵倒雑言(ばとうぞうごん)を浴びせかけたとしても、向き合って話し合おうとせずに逃げた男を追うのは女がすたる。
 そう考えられれば、修羅場にはならない。
 だが、彼女はそれほど大人ではなかった。二十代半ば、社会人としての経験もせいぜい三年の女性に、せつないくらいぎりぎりのところで保たれる大人の女のプライドを持てと言う方がむずかしい。

 彼女は逃げの姿勢を見せた彼を、条件反射のように迫った。会社では使用メールが送られてくる。「私はあなたが好き、いつまでも待っています」という内容のことを延々(えんえん)と書いてある。
 彼が残業をしてようやく会社の外に出ると、彼女が待っている。自宅の最寄りの駅にもいたことがある。
 だか、不思議なことに彼女がまったく話しかけてこないことだった。それが山崎さんにはなお怖かったという。

「近づいてきて泣いたり騒いだりしてくれば、まだ対処のしようがあるんですよ。だけど彼女はこっそりと後をつけてきたり、自宅の近くにひそかに立っていたりする。
 何度か僕から近づいて、『言いたいことがあるなら言ったらどう?』と話しかけたんだけど、彼女は何も言わずにじっと僕を見ているだけなんです。
 どう逃げているだけでは彼女に伝わらないと思ったので、あるとき、『もうつけまわさないでくれ』と叫んでしまった。彼女は悲しそうな目をして、黙って消えました」

 彼女を怒らせたらどうなるか、そのときはそこまで考えられなかったと山崎さんは言う。とりあえず彼女と関わりたくないという気持ちが強かった。
 同時に、一緒にいる時はあれだけお互い楽しかったのだから、別れたとしても彼女が逆襲に出るとは考えにくかったのだとか。このへんが男の甘いところかもしれない。
 数日後、彼は会社の組合から呼び出された。彼女が組合に、彼を「セクハラ」で訴えたのだった。

 彼は上司としての権限をちらつかせ、彼女に性的関係を強要したということになっていた。いきなり落とし穴に突き飛ばされたような気がしたと彼は言う。
 つづく 女性の心理がわかっていない男の身勝手