
著者=亀山早苗=
「仕事人間の妻に不満」が募ってくる日々
仕事人間の妻に不満が募ってくる日々
これまでも再三にわたって、家庭ある男性と独身女性がつきあったケースを見てはきた。だが不倫の恋としていちばん多い状況でもあるので、またもや例を挙げてみたい。
大変今っぽい話だし、これからは妻も恋人もこのように強く生きるべきなのかもしれないと思う。
小泉義和さん(三十八歳)は、現在、再婚した妻(三十二歳)と、妻の実家近くのアパートで暮らしている。彼は資格を目指して勉強中、生活は妻がスナック勤めをして支えている。近く、妻の両親が出資してくれて、店をもつ予定だ。
二年前、彼女との関係が元で妻と離婚した。
「当時、僕は都内のある会社に勤めていました。業種はいえませんが、大手の企業です。
妻とは同期で、入社してからずっと同期の仲間としてよく一緒に行動していました。
二年くらいしてからふたりでつきあうようになって、入社五年目に結婚しました。ふたりとも二十七歳でした。
当分の間は子供を作らず、お互いに仕事で自分を磨いていこうと一致しました。
たまたま妻の方が忙しい部署にいたので、甘い結婚生活というよりは、多忙な仕事人の同居生活という感じでした。
元の妻は、社内でもキレ者として通ってたんです。実際よく働いていました。
家事は決して得意じゃなかったけど、休みの日には僕の好きな和食を作ってくれる優しさがあった。
僕自身、そんな彼女をとても愛していたんです。オーバーワーク気味なのが気にはなっていましたが、だからこそよけい彼女の支えになりたいと思っていました。
結婚して二年ほどたち、長期的にお互いの年齢などを考えると、そろそろ子供の事も話し合っていかなくちゃいけないと思っているとき、彼女がある大きなプロジェクトのチーフに抜擢されたんです。
『一年ほど本当に多忙な日々が続く、休日もとれるかどうかわからないようなことになる。
だけど私はこの機会に自分を懸(か)けてみたい』と彼女は言いました。
自分を試してみたい、ここが踏ん張りどころだと彼女は考えたんでしょうね。
そういう彼女がきらきらと輝いて見えたので、僕も賛成したのです。
『協力する』と答えました。実際、彼女のそれからの仕事ぶりはすさまじかった。
休日も月に一、二度あるかどうかという状態でした。それでも彼女自身はやる気満々で、毎日が充実しているようでしたね。
一方、僕のほうは協力するとは言ったものの、だんだん『こういう生活に意味があるのかな』という気になっていったんです。
想像していた生活と、それが現実になったのとは違うんですよ。
彼女より早く帰って、家で食事を作ってひとりで食べて、気づくともう夜中。彼女は深夜に帰って来て入浴してばたんと倒れるように寝てしまう。ふたりで旅行するなんていうことはおろか、会話する時間もほとんどないような日々です。
時期が来れば、もっと彼女にも時間ができるとはわかっているんだけれど、毎日一緒に暮らしているのにコミュニケーションもろくに取れないというのはやはり想像以上につらかった。
恥ずかしい話ですが、正直言って僕は寂しかった。
これが恋愛だったら、月に一、二度のデートでも我慢できたかもしれません。
相手も気を遣って、会えなくても電話してくるくらいの配慮はするでしょう。
でも妻は、結婚している、僕はどこにもいかないという安心感からか、ほとんど家庭を顧(かえり)みることはなかった。
毎日、帰るところが同じという共同生活の結婚だからこそ、僕自身はだんだん不満が募っていったんです」
自立した妻と、控えめな女性との出会いで揺れる男心
「彼女が多忙になって半年目くらいかな、僕の部署に中途入社の女性が入ってきた。
一応、僕が先輩として仕事を教えていたんですが、彼女は芯はしっかりしているけど控えめというちょっと古風な女性でしたね、一緒に仕事をしているうちに少しずつ惹かれていきました。
妻は平日は夕食を家で取らなくなっていたから、独身の彼女と一緒に食事に行く機会も増えて…。
でもまさか恋愛関係になるとは思わなかった。そんなことはしてはいけないと思っていたし、自分がするはずもないと思っていた。
だって結婚して三年もたっていなかったんですよ。それに僕は妻を愛している、愛していこうと決意していたんですから。
半年くらいそんな状況が続きました。
妻の仕事も一段落するかと思っていたら、なんとプロジェクトの仕事が延びて、あと半年ほど超多忙の日々が続くという。それを妻から聞かされたとき、全身の力が抜けていくようにがっくりきちゃったんですよ。
妻は仕事がとにかく楽しみで生き生きとしている。僕は僕で、我慢しているのがちょっとばかばかしくなってきて。それで彼女のほうにずるずると気持ちがいってしまったのかもしれません。
あるとき、酔って彼女を自宅へ送り届けようとしたら、『どこかで休みたい』と言われて、ホテルへ行ったんです。
その時点でも、妻を裏切るような気持はなかったけど、ベッドに横たわった彼女を見れば、こちらは健康な男なんだからむらむらときます。
妻とはその一年で数回しか交渉がなかったし。
彼女は性的には成熟していなかったけれど、かえってそれが愛しくなったのは事実です。自分が開発してやりたい、というような情熱がわいてしまって、かなり熱心に愛し合いました。
でもホテルを出たとき、一瞬、後悔の念がわきました。
すると彼女は僕の心を見透かしたように、『もうこれで私の事は忘れてくれてもいいです』と言うんですよ。
『私は小島さんのことがとても好きだったんです。思いが叶ったからもういいんです』って。
女性にこんなことを言われたら、突き放すわけにはいかないでしょう。いじらしくなって、『そんなことを言うなよ』と抱きしめてあげました。
そのままにしておいたら、彼女があまりにもかわいそうで。しっかりしているように見えても弱いところがあるんです。僕が守ってやらなくては、と強く思いました。
それから彼女との付き合いが始まったんです」
自立した妻と、控えめな彼女。こういうとき、男は自立した女性を選択しない。
妻のことを「支えてあげたい」と言っていた彼が、彼女に対しては「守ってあげたい」と言う。
支えるのは腕一本でも足りるが、守るのは全身全霊を懸けなければならない。
自立した女性が男性に縁遠くなるのは、男のプライドをくすぐることが上手でないからかもしれない。
どんな女性も生命力、ある種の潔(いさぎよ)さ、粘り強さというものにかけては、男性に勝っていると思う。
彼女のように控えめな女性こそ、実は柳のようにしなやかに強いものなのだ。むしろ妻のような女性は、ある日突然、ぼきんと折れてしまう可能性が高い。
同性なら自明の理であることが、男にはなかなか見抜けないらしい。
ふたりのつきあいは。だんだん会社の近い人間の知るところとなり、少しずつ噂が広まっていった。
ちょうどそのころ、彼の妻の仕事が一段落し、同時に妻は二週間の休暇をとった。
「『一緒に休暇を取って少し二人でのんびりとしない?』と言われたんです。
近くの温泉で二泊しました。妻は仕事で成果を出した自信からも一回り人間としても大きくなったような気がしましたね。
妻に対して、少しだけ気後れしたような、軽い違和感を覚えました。その時点で、僕は別れようなどとはまったく思いませんでした。
その後、妻が一週間ほど実家に戻りたいというので、『ゆっくりしておいで』と送り出したんです。
僕としては妻が留守のうちに、彼女との間をきれいにしておいたほうがいいと頭ではわかっていたし、そうするつもりでした。
多少の気後れはあるものの、それはおそらく僕自身のひがみみたいなものだから、と自分に言い聞かせました。それにその温泉旅行は、楽しくもあったんです。
妻は仕事の話はほとんどせず、僕と一緒に心からくつろいでいるように見えた。『仕事も楽しいけれど、たまにはこんなふうにあなたと一緒に息抜きもしなくちゃね』とチャーミング笑顔を見せていて…。
今ならまだ妻と向き合ってやっていける、とおもっていましたから、なんとか彼女との関係を終わらせようと決断して、彼女に会いました。
だけど彼女の顔を見ると、別れようなんて言えない。彼女は僕を見るとき、目がきらきら輝いていた、『本当に小島さんといると楽しい。この時間が私のすべてみたいな気がする』と言ってくれる。『一緒に息抜き』と言う妻より、僕に対して真摯(しんし)な感じなんですよ。そんな彼女を裏切れない。どうしょう、と思いながらも毎日のように彼女と会っていました」
妻の逆襲
「明後日妻が帰ってくるという日、僕は休みを取って車を出し、やはり有休をとった彼女とドライブに行きました。
彼女はお弁当を作って来てくれたんですが、それがとってもおいしくて。栄養士と調理師の免状を持っているから、『健康によくておいしいものを作るのは得意なんですよ』と笑っていました。
楽しい一日を過ごして帰りの国道沿いのホテルに寄りました。彼女の体はしなやかで、僕はついついのめりこんでしまう。
こういう言い方は品がよくないとはわかっていますが、回を重ねるごとに彼女が僕の体になじんでくるのがわかる。反応もどんどん増していく。これは男としてはうれしいことなんですよ。
ところが、深夜、帰宅すると、なんと家に妻がいたんです。一瞬、血の気がひけました。『どうしたんだよ』と言うと、『あなたこそどうしたのよ』と今まで聞いたことのないような冷たい声が返ってきました。
『会社に電話したら今日は休みだっていうじゃない。家も留守番電話になっている。気分が悪くて寝ているんじゃないかと思って、実家から慌てて帰ってきたのよ』
そう言われている間中、頭の中では何と言おうか必死で考えていました。車を使っているのはばれるに決まっている。とにかくひとりでいたことを強調しよう、と思い、
『ひとりでドライブしてたんだよ』
とりあえずそう言ったんですが、男が会社を休んでひとりでドライブってなんだか間抜けですよね。妻もそんな言葉は信じていなかったでしょう。すると次の瞬間、
『あなたの部署の丸山さんもあなたの恋人なの?』
妻はいきなり彼女の名前を出して切り込んできました。
妻はやり手の働く女です。妻だと思って甘く見たら、急につけこまれた。そんな気がしました。とっさにそう言われたって、すぐには言葉が出てきません。女性はすごい。逃げ道がないような突っ込み方をしてきます。
『いったい、なんだよ、やぶからぼうに』
と時間を稼ぎました。でも妻はじっと僕をみているだけ。どうやって白を切るか。妻は私をのぞき見むようにしながら近づいてきて、いきなり頭に顔を寄せ、
『あなた、変なシャンプーの匂いがするわ』
右ストレートパンチが入った、という感じです。あわわと口ごもっていると、
『噂は本当だったのね。丸山さんとつきあっているんでしょう。わかりました。離婚しましょう』
妻は冷静に言いました。まるで仕事をしているかのような口ぶりです。嫉妬するわけではなく、感情を爆発させるでもなく。
それがなんとなく腹立たしくて、『わかった』と僕も言ってしまったんです。離婚する気なんて、今の今までなかったのに。
翌朝、妻は言いました。
『丸山さんはひとり暮らしなんでしょう? あなたは今日からそちらに泊まってね。私は何処にも行くところがないから』
すでにボストンバッグに僕の身の周りのものがつめてありました。こんなに簡単に別れてしまっていいのだろうか。僕は面食らうばかりでした」
妻はその日のうちに、自分の上司と小島さんの上司に会って離婚の意志を告げる。
小島さんの不倫の噂は上司も知っていた。それをいいことに妻は逆襲に出る。
離婚して同じ会社にいるのは嫌だから、私は会社を辞めます、と。妻はすでに大きなプロジェクトで実績を上げている。会社にとって貴重な戦力だから、上司は当然、妻を引き止める。
そこで妻が言い放ったのは、「じゃあ、彼を辞めさせてください」という一言だった。
上司同士は、その上の役員まで巻き込んで話し合った。その結果、一週間もしないうちに小島さんはやんわりと自主退職を勧められることになった。
ことが大きくならないうちに、会社としてはカタをつけてしまいたかったのだろう。
「僕は妻がそんな談判をしているとは知らず、通常通り仕事をして、夜は彼女のところに転がり込んでいました。彼女は、『離婚するもしないもあなたの気持ち次第。私の事は気にしないで、自分のいいようにして』と言ってくれました。
離婚するしかないのかなという気持ちになっていきました。それでも、こんなに簡単に別れるのは何かが違う、あんなに愛し合って結婚したじゃないかと思っていた。そうしているうちに退職勧告でしょう。
上司に食い下がってなぜ僕が辞めなければいないのか聞きましたよ。今どき、不倫なんていう個人的な問題に会社が干渉してくるのも許せなかった。
すると上司が渋々、『君の奥さんが』と真相を話してくれたわけです。結局、会社は僕と妻を天秤にかけて、妻を取ったわけですよね。
僕は妻にも会社にも見捨てられた、社会的には妻より下だと引導(いんどう)を渡されたようなものです。ショックでした。話が役員にまで届いているのだから、会社を辞めて離婚をするしかありませんでした」
仕事のできる妻の逆襲。同性としてはちょっと胸のすくような話であるが、小島さんの立場なってみたら、あまりにも大きなツケを払わされているという気もする。
おそらく、妻は不器用な女性なのだろう。泣いたりすがったりすることが出来ず、仕事で培ったプライドが私生活にもそのまま反映されてしまう。
だが、自分自身にも照らし合わせて考えてみると、そのくらい突っ張って頑張っていないと、仕事をしていくのは難しいのかもしれない。
つづく
離婚、退職、再婚、不倫がもたらした思わぬ人生の変化 。