著者=亀山早苗=
妻は夫の「不倫」をどう見るか知りたい気持ちと知りたくない気持ち
ここで女性たちの意見を聞いてみたい。まず妻側の声。夫が他に女性がいたと知ったとき、妻はどう思うのか。なぜ怒りがわくのか。
夫が不倫したことに気づいていたという吉田美恵さん(四十八歳)は、三年前の当時を振り返る。
「若いとときからけっこう遊んでいた人ならいざ知らず、うちの夫は当時、四十六歳。それが急に挙動不審(きょどうふしん)になったんです。
以前なら、週末は家でごろごろしたり犬の散歩に行ったりするのを何よりも楽しみにしていた。そうやって週末は頭を空っぽにするからこそ、平日は仕事一筋になれるんだ、とよく言っていました。
だけどその夫が週末、出かけていくようになったんですよ。仕事が忙しくてと言っていましたが、どんなに忙しくても三ヶ月も週末のどちらかは外出するなんて、今までになかったことです。なんか変だとは思っていましたが、まさか女性がいるなんて思わなかった。いい年をして恋愛なんて、気持ちが悪いじゃないですか」
「妻は女でなくなる」現象
四十六歳といえば、男盛りではないだろうか。
妻には夫と男として写っていないらしい。
夫にとって妻は女でなくなるのと同じ現象である。
「疑わしいと思っていても、正直言って、夫に何が起こっているのかを知りたくなかった。
とりあえず平穏な家庭生活に波乱が起きるのは嫌でした。だけどあるとき、夫が外泊したんです。
これはショックでした。夫は『飲んで酔いつぶれて、同僚のところに泊めてもらった。
俺も酒に弱くなったな』と苦笑いしたんですが、明らかに顔が引きつっているんですよ。夫はお酒が強くめったに酔いませんが、たとえ酔っても外泊したことは一度もなかった。今回は何か私の知らないところでとんでもないことが起こっている。
真相を追求すべきか素知らぬふりをするべきか、ずいぶん悩みました」
だが、外泊に際しても美恵子さんは結局、何にも言わなかった。夫が家庭を壊そうとするはずがないと信じていたからだ。
だか、家庭さえ壊さなければそれでいいのか、という思いも妻にはあるだろう。
自分の立場が侮辱(ぶじょく)されていることへの怒り、なぜかわきおこる嫉妬などがないとは言い切れないはずだ。
「知りたい気持ちと知りたくない気持ちが、半分くらい、せめぎ合っていましたね。
だけどあるとき、夫の下着に口紅がついていたんです。ワイシャツに口紅ならまだしも、白い下着に口紅ですよ。
こればかりは私、目の前が暗くなるような気分でした。それまで我慢していたものが、その瞬間、ばちーんと弾けました」
帰宅した夫に、下着を差し出した。夫はうろたえ、目が宙を泳いだ。美恵子さんは夫に冷静に話すつもりだったが、目が泳いだ夫を見て、再びキレた。
「どんな人なの、若いの、若くないの、どこで知り合ったの、どうするつもりなに、彼女は美人なの、と自分でも脈略のないことを叫んで、夫に殴りかかってしまったんです。
私はふだんあまり大声を出す方でなし、娘たちがケンカしていても、『話せばわかるでしょう』といさめるタイプなんですね。
だから夫は突然、半狂乱になった私を見てびっくりしたみたい。はっと我に返ってようになって、私を抱きしめると、『オマエが心配するようなことは何もしていない』と言ったんです。
そういわれたって、下着に口紅がついているんですから、言い訳は立たない筈なのに、私は私で自分の感情を夫がしっかり受け止めてくれたことで、その瞬間は妙な安堵感があってただ泣くだけでした。
結局、うまく夫に白を切れたわけですよ」
ことがあって以来、夫が妻に歩み寄る
美恵子さんは自嘲的な言い方をするが、表情は穏やかだ。その後、夫は週末出かけていくのをやめた。そして、
「夫婦して運動不足で。ウォーキングを始めよう」
と言い出し、美恵子さんのシューズまで買ってきた。以来、一日おきに夫婦でウォーキングをするようになった。
「夫があの時期、本当に浮気をしていたのか、その人とどうなったのか、結局、まったくわからないんです。
今だってたまに遅く帰宅することもあります。疑おう思えば疑うことはできる。
だけど、あの事件以来、夫が私の気持ちを知ろうとするようになった。
それまではごく普通の夫婦だと思っていたけど、ふたりだけの会話というのは少なかったんですよ、今思えば。会話の内容も子供たちのこと、親戚つき合いのこと、あたりさわりにない日常的なことがほとんどで、夫婦それぞれ相手の気持ちに踏み込むような話はしていなかった。
だけどウォーキングしていると、顔をつき合わせず、同じ方向を向いて同じ方向を向いて歩きながら、なんとなく考えていると、この先のことなどを話せるんです。この時間があれば、それ以上は追及しなくてもいいかもしれない、と最近は思うようになりました。
でもどちらかが死ぬ間際には、あのときの真相を聞いてみたい気はしますね」
夫婦には、その夫婦でしかわからないものがある。私の友人の両親の話だが、夫の浮気がばれて妻は半狂乱になってしまった。
子供たちは離婚を勧めるが、妻は踏み切れない。
そうしているうちに、なぜかその夫婦、手をつないで歩くようになっていたとか。
子供たちは独立しているので、両親の間でどんな会話が交わされたか知らない。
母親に尋ねると、相変わらず父親の悪口しか言わない。
それなのに、子供たちのひとりが外で手をつないで歩く両親に遭遇(そうぐう)したのだそうだ。まさに夫婦とは謎である。
外で恋をした夫は、半狂乱になった妻を見て、何かを感じたのだろう。自分にとって大切なものは失いかけてみないとわからないものかもしれない。
妻が外で恋をした場合、ばれたら許す夫は少ないようだ。
女性は恋をすると、家庭と両立しにくく、つい性急に夫に離婚を迫ったりするために夫婦間が破局に陥り易いという側面もあるだろう。
だがこれも昨今は変化しつつある。外で恋をすることで、家族に優しく出来ると平然と言い放つ女性たちも一部に出て来ているのは確かだ。
つづく
妻たちの婚外恋愛に対する意識