著者=亀山早苗=
「うまく不倫できる男」は、手間を惜しまない男
ある程度、恋に慣れている男たちは、最低限のルールを自分に課していることが多い。たとえば外泊しない、彼女と旅行はしない、写真は撮らない。手紙など証拠になりそうなものは家には持ち込まない。最近は携帯電話で連絡を取り合うカップルが多いが、着信履歴は消す、携帯電話のメールを削除する、というようにかなり細やかに気を遣っている。
それもこれも、妻にばれたら、外で自由に恋愛することが出来なくなると分かっているからだ。めんどうなことは避けるに限る、というのが彼らの考え方が基本だ。
携帯電話の普及が、不倫の増加に拍車をかけたと私は思っている。直接、相手が出ると分かっている携帯電話はじつに不倫向き。
しかし便利なものには盲点がある。携帯電話から不倫が妻にばれるケースも多いようだ。だから調べられても大丈夫なようにするには、彼女の名前を男名前にしたり、発信履歴や着信履歴を消したり、と手間がかかる。その手間を惜しまないような男が、うまく不倫できると言ったら言い過ぎだろうか。
男性自身は気づかなくても、衣服に口紅がついていた、化粧の匂いがする、背広に髪の毛がついているなど、些細なところから発覚することが多い。
彼女が使っている香水が、妻のとは違うため、
「僕はこの香りが好きなんだ。お願い、これつけて」
と、妻の使いつけの香水を彼女にプレゼントした男性がいる。こういうときには、その男性のキャラクターが大きくものを言う。
「ひょっとして、奥さんと同じ香水をつけさせられているのかしら」
彼女がそんな疑念を抱いたとしても、それをうまく躱(かわ)せる術が必要となる。つまり、なんとなく人としての愛嬌がある男性というのは、女性も意地悪なことを言いにくくなるものなのだ。どこまでも愛嬌で突っ走る男性は、意外と女性には憎まれない。
妻のほかにしょっちゅう、恋人がいるくせになぜかもめたという話を聞かない知人がいる。彼は四十代に入ったばかり。どこか憎めない男である。
「つきあっているときはその人のことをしか考えない。家庭の話も一切しない。ただ、最初から、結婚と恋愛とは別だと考えているということだけは恋人にはっきり言っておくんだ。あとはけっこうべったりとつきあう。他人の目を気にして、彼女の家にしか行かないということはない。
会社の同僚たちと会いそうな店でも食事をするし、会えば、『僕の大事な人』と紹介する。そこまでおおっぴらにすると、かえって妙に噂もされないですむんだよね。抱き合っているところを見られない限り、僕は平気だと思う。変な小細工をしない方がいいんじゃないかな、妻にも彼女にも、周りの人間に対しても」
この人はもともと心がオープンなのだろう。変な罪悪感がないから、彼女もつきあっていて伸び伸びと出来る。だから彼に対して特に不満を抱かない。不満を抱いたとしても言えばなだめてくれる。女性がヒステリックにならずにすむのだ。
不倫をしてヒステリックになる女性は、もともとがそういう性格なのだとは限らない。彼の言動によって、女性が追い詰められていき、ヒステリックにならざるを得なくなることもあるのだと思う。たとえ不倫であっても、二人の間の事は何でも言えるという安心感があれば、女性もそんなに追い詰められなくてすむ。だから結果として、「いい恋愛」で終わることが多いのだ。
女性とのつきあいを無理なく自然にできることが重要なのだろう。女性に対してかまえたり居丈高(いたけだか)になったり、逆に卑屈になったりすると、女性の神経を逆なですることになる。もう十年近く前になるだろうか、『危険な情事』というアメリカ映画があつた。男は一夜限りの関係と思い、女はそこに愛を見出し、そのずれが女性を凶暴にしていくというストリーリーだった。
「情事には気をつけよう」「女は怖い」という男性の声を多く聞いたものだったが、あの映画で女性が放った一言が忘れられない。彼との情事で彼女が妊娠したという設定なのだが、冷たくあしらう彼に、
「あなたの子供を産む女なのよ。もっと敬意を払ったら?」
と彼女は言うのだ。つまり、女性は彼と結婚できないことを失望するのではない。「ほんのひとときの慰(なぐさ)み者」であったことに対して腹を立て、そこから精神状態が不安定になっていくのだ。
被害者意識が強すぎる、女性だっていい思いをしたのだろう、という反対意見もあるだろう。もちろん、男女の関係はそのふたりの間ではどちらが被害者でどちらが加害者ということはあり得ない。映画の中でも、積極的に男を誘ったのは女だ。だか、彼が彼女と結婚する気はないとしても、もう少し手厚いケアをしていれば、彼女をそこまで追い詰めないですんでいたのではないだろうか。
同じ一夜限りの関係だったとしても、男が遊ぼうとしただけなのか、自分に魅力を感じて近づいてきたのか、女性はその微妙なところを嗅ぎ分ける。そこが女のプライドだ。そのプライドを踏みにじられたとき、女は悲しみ嘆き、それは怒りと憎悪に変わる。そのあたりを知り尽くしている男は、不倫をしても妻を含め、女性たちに許されてしまうのだろう。
「恋する」と、妻の生活は変わるか
訓練派としどろもどろ派
家庭のある男性が、他の女性と恋に落ちた場合、妻への接し方はどうなるのだろう。今までと同じなのか、あるいは意識的に優しく接するのだろうか。
「彼女と会ってきたら、必ずその晩、妻を抱く」
と断言した男性がいる。それを自分に課しているというから、はたから見ると少し滑稽(こっけい)な話である。
だが彼自身はもちろん大真面目。家庭の安寧(あんねい)を保つために、それは欠かせないというのだ。
「そういうときはどうしても帰宅が遅くなるから、帰ったらすぐにお風呂に入るのが鉄則だね。ときには彼女と会っていない日でも、帰宅してすぐお風呂、というパターンを作っておく必要があるけど。
うちの場合、僕が風呂から上がったらそろそろ妻が寝る支度に入っている。だから彼女の寝込みを襲うわけ。
うちは妻ともうまくいっているから、たぶん、疑われていないと思うけど。せっせとそうやって尽くしているわけだし、週末は家庭サービスも怠りないからね」
こういう男性は、やはり家庭での自分と、彼女と接しているときの自分との切り替えがうまいのだろう。そのあたりは意識的に訓練する必要があると、この男性は言う。
だか、自然であろうとすればするほど、不自然になるのも事実。私はあまり性善説をとらないが、人は案外、正直なものであるとは思っている。だから恋しているとき、妻にふっとはなさなくてもいいことを話してしまう男性がいるのだろう。
「彼女の家のシャワーが、手元でスイッチオンとオフができるタイプなんですよ。それは水の節約にもなるし、けっこう便利。妻が、『バスルームのシャワーを変えようとか。手元でスイッチを切り替えられるシャワーにすれば少し節約出来るだろう』と何気なくいってしまったんです。
妙な間があってから、妻は、『どうしてそんなことを知っているの?』って。
あとから考えれば、『雑誌かなんかで見たことあるんだよ』とさりげなく言えばよかったと思うんですが、そのときはへどもどしてしちゃって、『いや、ほら、同僚の〇〇、いるだろう。あいつんちがそういうのにしたとかて話を聞いたから』と。
『男同士でそんな話をするの、あなたたち』と言われて、ますますしまった、と焦って。
そうなるとムッと押し黙るしかないでしよう。妻の絡みつくような視線がかわせられませんね」
そう話してくれた男性がいるが、どうも男が妻の追及にしどろもどろになっている場面は想像すると微苦笑を禁じ得ない。
揺れる男心
シミュレーションを繰り返しても、堂々巡り
女としては彼女のほうが好き、だが妻は家の中心的存在で、自分の愛する子供の母親でもある。
家庭をうまく運営してきたパートナーである。そう感じたとき、男はどんなに情熱を傾ける恋人がいても、「離婚はしない」と思うらしい。
「妻を憎めたらラクなのに、と思ったことがあります」
森田裕一さん(四十七歳)と、ため息まじりにそう言った。現在、好きな女性がいる。
一年半にわたってつきあってきたが、どう考えても妻は離婚に応じそうにない。
だいたい、自分自身、別に妻を恨んでいるわけじゃないから、非のない相手に「離婚しよう」とは言いづらい。
一方で、恋人は三十歳になったばかり。親と同居しており、つき合っている人がいるらしいのに一向に結婚の話が出ないため、関係を訝(いぶか)っているらしい。
「親がうるさくて嫌になっちゃう」
彼女がそういうたびに、森田さんも心が痛む。いっそ、家を出て別居し、彼女と同居してしまおうかと思うが、堅い職場のこと、子供たちのことを考えると、社会的に後ろ指を指されるような立場にはなりたくない。だが、このままでは彼女にも中途半端な立場を強いているだけで前進できない。
彼女は、「私はこのままでいい」と一応、口では言うが、友だちの結婚式に出た時のことを話す口ぶりはやはり羨(うらや)ましいそうだ。
結婚したくないとは思えない。
家に帰れば居心地が悪いわけでもない。妻とは友達感覚でいられるから、一緒にいるのが苦痛ではない。だからこそ、離婚という一言が口にできない。
森田さんは、そんな状況の中で、今、悶々(もんもん)としている。
「いずれはどちらかを選択しなくてはいけないとわかっているんです。
重婚が認められればいいなと真剣に思うこともありますが、そんなのはかなわぬ夢ですよね。
彼女が自分の気持ちをストレートに表現しないだけに、『きっと親やきょうだいに、結婚をせっつかれてつらい思いをしているんだろうな』と思う。
僕はたまに彼女と外泊してしまったりもするから、妻だって裏切られているかもしれないと薄々思いながらも、決定的な追及はしてこない。それはそれでつらいでしょう。
結局、僕がみんなを苦しめているんだなと思います。それがわかっていても、行動を起こせない。身動きが取れない状態ですね」
彼が動けば、ものごとは急速な変化を見せるだろう。
妻が怒って相手の女性を訴えるかもしれない、彼女の親が怒鳴り込んで来るかもしれない、彼女自身が耐えられずに去ってしまうかもしれない…。
結果、問題がこじれて、妻との間で離婚調停だの裁判だのということになるかもしれない。
両親の泥仕合を見て、思春期の息子と娘は、父親を恥ずかしいと思うのではないか。
彼らの心を傷を残しはしないか。そうまでしなくても、妻が悪いわけではないのだから、法律的に離婚が認められない可能性は高い。
その過程で自分も疲弊していく。その後、思い切って家を出たとしても、あるいは泥仕合の果てに妻が離婚を承諾してくれたとしても、恋人との新しい生活が楽しめるのだろうか。もし離婚が成立したとしても、慰謝料は、おそらく高くつくだろう。
そうやって森田さんは、何度もシミュレーションを繰り返してきた。
いつも最終的な結論は「そこまでいったら、彼女との新しい生活など楽しめない」ということだ。
今、望んでいるのは妻との友好関係を保ちながら、恋人を大事にすること。そのほうが現実的ではないか。
そう考えて、「振り出しに戻って」しまうという。
答えの出ない問題を考えるのはつらい。どこまでいっても堂々巡り。それでも考えざるを得ないから、「いっそ、妻を憎んだりできればラクなのに」と思ってしまうのだろう。
結婚して何年たっても、妻が恋人であれば理想的だ。だが、時間と共に関係は変わる。同時に、恋人であった時代の妻よりもっと好きな女性に巡り合ってしまう可能性もある。
ところが森田さん、ある友人にこんな話を聞いたそうだ。
その男性は他の女性が好きになって、妻と離婚した。
ところが恋人と再婚して間もなくうまくいかなくなり、破局。
しばらく独身生活を楽しもうと、ひとりで自由を謳歌していた。
新しい恋人もできた。しかし一年後、別れた妻にばったり再会。
そこで彼は、別れた妻を好きになってしまうのだ。そしてふたりは復縁した。
夫婦だからこそ、お互いのアラが目立ち、修復できなくなって離婚した。
だが、ひとりの男、ひとりの女として再開してみると、その魅力に気づいたのだろう。
特に彼の場合、新しい恋人がいたにもかかわらず、別れた妻の魅力のほうが大きかったというから、「夫婦」という枠、そこからくるもろもろのしがらみは、シンプルな“男女関係”には悪影響を及ぼすものかもしれない。
つづく
男の不覚