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姉はアンダーグランドな世界で、着実にカリスマになっていた。
あらゆる巻貝を作り、絵を描き、現場には、スプレーでぐるぐるとした模様を描いた。サインのつもりだろう。そのマークのおかげで、姉は「ウズマキ」と呼ばれた。今まで僕を散々いろんなことに巻き込んで来た姉だ、その名前はぴったりだった。
ウズマキの残す巻貝は、どれも精緻なものだった。完成された造形物なら分かるが、どうしてこんな絵を残すことが出来るのか。皆不思議がった。でも姉たちはいつのまにかそれをやってのけた。
グラフィティの類の犯罪だ。姉たちは、警察の目をかいくぐって、様々な巻貝を残した。いつしか造形物は盗まれるようになり、オークションで高値で売買されるようになった。あるときは5万円、あるときは20万円。最終的に50万円を超えたときは、ネットを見ていた僕の手が震えた。
だがこの騒動は、まだ水面下で行われていただけだった。
ワイドショーやニュースでは、芸能人の結婚や六本木ヒルズのオープンなど、浮かれたニュースに隠れて、ウズマキの字もなかった。でも、姉は確実に有名人だった。どうしてか。
僕が数年前にやっと手を染めたインターネットが、怒涛の勢いで広がっていたのだ。その広がり方は、何かに似ていた。何に似ているかを考えている間に、それはさらに広がって、結局僕の思考能力を奪った。
姉はネットという箱の中で様々な論争を巻き起こし、どんどん祭り上げられた。
『UZUMAKI』というタイトルのスレッドには、ウズマキは誰かという論争(バクシー、バスキアなどの名に交じって、現代の写楽だという書き込みを見た時は、吐気を覚えた)から罵詈雑言(ばりぞうごん)まで、様々な書き込みがされた。
そしてある日、僕はとうとう見てしまったのだった。
『ウズマキは神だ』
たった一言の世迷言だったし、それを一蹴するコメントたちに、たちまち埋もれていた。
だが僕は忘れなかった。あのときの悪夢が、はっきりと甦った。
サトラコヲモンサマである。
現に姉の周りには、すでにたくさんのシンパが出来ていた。彼らは姉がまさか神とは思ってはいなかっただろう。だが、おそらく彼らの中で、姉の存在はとても大きなものになっているに違いなかった。姉が彼らに報酬を渡すことなどは、到底出来ないはずだった。つまり心から姉を信奉している者たちが、姉の周りに集まっているのだ。
こうなると、いつか姉が崩壊することは目に見えていた。
何故なら、姉は神ではないからだ。
姉の傍にはもう、矢田のおばちゃんはいなかった。つまり、姉を助ける人はいなかった。
姉は30歳だった。傷付きやすい10代の少女ではなかったが、姉のある部分で、10代の少女より傷つきやすいことを、僕は知っていた。
姉の事に心煩わせるあまり、僕は段々やつれていった。元々細かった僕だから、誰にも気づかれることはないと思っていたが、時折人に「瘦せたね」と言われるようになった。それに加えて、ストレスから煙草の量が増え、僕は不吉な咳をするようになった。
そんな僕の変化に、恋人である紗智子が、気付かないわけがなかった。
「歩、忙しいの?」
紗智子は、石垣島から帰って来たところだった。旅の特集号で、撮影しに行っていたのだ。紗智子は、よくこうやって遠征をした。そして、自分の家に帰る前に、僕の家に来てくれることが、僕は嬉しかった。
「なんで?」
「だって、すごい疲れているから」
紗智子は、日に焼けていた。こんな風にかまわず日に焼けてくる紗智子が、僕は好きだった。
「いや、大丈夫」
正直僕は、紗智子に言おうかどうか迷っていた。
姉の事は誰にも言うまいと誓っていた僕だったが、日に日に「カリスマ」になってゆく事実を前にして、心の負担は限界に来ていた。僕は姉の事を話して、楽になりたかった。
今思えば、どうして鴻上を飲みに誘わなかったのだろうと、悔やまれる。大学を卒業して、フリーのライターとして働いていても、僕は鴻上と連絡を取っていた。鴻上は卒業してから、やはり就職をせず、アルバイトをしていた。池尻にあるレストランだったが、ときどき美大のヌードモデルなんかもやっているようだった。
鴻上なら、姉の事を言ってもこさら驚かず、親身に話を聞いてくれたはずだ。そして僕のことだけでなく、姉の事も心配してくれただろう。いらぬ好奇心などなしに、心から姉の身を案じてくれるだろう。鴻上は、そういう奴だった。優しい奴だった。
でも、僕は新しい世界にいた。
僕の下には、著名人へのインタビューや紀行、新譜のレビューや映画評、様々な依頼が来ていた。つまり僕は売れっ子のライターで、出会うべき人はたくさんいた。
そしてそのとき、僕は紗智子のことが好きだった。とても。紗智子も、昌と同じように、じめじめした嫉妬をするような性格ではなかったが、僕は紗智子にいらぬ心配を掛けたくなかった。
「本当? なんか、悩んでるんじゃないの? 遠慮しないで言ってね。言いたくなかったら、言いたくなった時でいいから」
紗智子は、優しかった。
「ね?」
紗智子の眩しい笑顔に、僕はほろりときた。それが失敗だった。結局僕は紗智子に、姉の事を話してしまった、姉がウズマキであること、ウズマキを作る巻貝のこと。
紗智子は、手入れしようとしていたカメラを持ったまま、真剣に僕の話を聞いていた。時々小さく頷いたが、僕は紗智子の反応を、もはやしっかり見てはいなかった。とにかく、誰かに話したかった、僕が小さい頃からどれほど姉に振り回されてきたか、姉の影響下から逃れるため、どれほど努力したか。そして結局、出家した父のこと、祖母の死後すぐさま再婚した母の事まで、すっかり話してしまった。
全部話し終えたときは、夜が更けていた。
紗智子は、しばらく黙って、僕のことを見つめていた。そして静かに、
「よく話してくれたね」
そう言った。
「辛かったね」
その言葉で、僕は泣きそうになった。
紗智子は、僕が一番言ってほしい言葉を言ってくれた、姉や家族の件に関して、僕は解決策を求めていなかった。ただ、圷家で一番辛かったのは僕だと、全世界で一番我慢したのは僕だったのだと、誰かに認めてほしかった。
「あなたにも何か出来たんじゃない?」などは論外だったし、「お姉さんにも事情があるのよ」などは、癪に障った。
「辛かったね」
それ以上に、今この場にふさわしい言葉はなかった。
紗智子は女神だ。僕は思った。
僕のことを、誰よりも分かってくれている。僕はほとんど、紗智子にプロポーズしてしまいそうな勢いだった。そのとき初めて、自分が結婚してもいい年齢なのだと思いに至った。頭の中では、紗智子とお洒落な家に住み、ふたりでクリエイティブな仕事にまい進してゆく生活が、ゆるい映像となって流れた。僕らは幸せだった。
「紗智子、ありがとう」
僕はそれから、紗智子が入れてくれた風呂に入り、泊まって行った彼女と優しいセックスをして、安らかな眠りについた。話してよかったと、心から思った。僕は紗智子と自分の間に、新たな強い絆が出来たような気がしていた。
だが、次の朝、コーヒーを淹れた僕に、紗智子はこう切り出したのだった。
「お姉さんに会えないかな?」
紗智子は、僕より随分早く起きていた。テーブルに座って、ずっと考えていたようだった。
「え?」
「歩のお姉さん、東京に住んでいるんでしょう?」
「‥‥そうだけど」
「私、会えないかな?」
紗智子が何を言っているのか、始めは分からなかった。僕は紗智子にコーヒーの入ったマグカップを手渡し、紗智子の前に座った。
「お姉さんに、会いたいの」
僕はその瞬間はまだ、紗智子が僕のことを気遣って言っているのだと、希望的観測を持っていた。今まで散々僕を振り回して来た姉に、「これ以上歩を振り回さないでほしい。活動を自粛してほしい」と、訴えに行ってくれるつもりでいるのだと。でも、紗智子の表情を見ていると、そうではないことが分かった。紗智子の目は、ギラギラと光っていた。
「会いたいって‥‥、なんで?」
おそるおそる訊いた僕に、紗智子は身を乗り出した。
「お姉さんの写真を、撮りたいの」
僕はそのとき咄嗟に、マグカップを見た。つまり僕は、昌と別れた時の事を思い出していた。僕は紗智子のその一言で、瞬間別れを決意するほど傷ついたのだ(マグカップは、紗智子と一緒にベルリンへ取材に行ったときに、お揃いで買ったものだった。僕はどうやら、恋人とお揃いのマグカップを購入するのが好きらしい)。
「写真って‥‥」
「心配しないで。ウズマキの正体、みたいなゴシップ的に写真じゃないの。私の写真だよ。わかるでしょ? 人生で傷ついた女性が、芸術という表現方法を見つけて、新しい人生を歩んでいる、その姿を撮りたいの」
僕はじっと、自分の淹れたコーヒーを見ていた。それは、綺麗な栗色だった。コーヒーが好きと言いながら、僕はミルクと砂糖をたくさん入れないと飲めなかった。砂糖を入れるたび、姉の声が甦ったが、僕はそれを無視して、砂糖を消費し続けた。
「ね、歩?」
紗智子は、僕の手を取った。細い指は、カメラマンのそれとは思えなかった。でも紗智子は、写真を撮っていた。数千枚、数万枚の写真を撮っていた。どの写真も美しかったが、正直僕は、紗智子の写真がいいと思ったことは、一度もなかった。というより、写真の良さをどこに見出していいのか、分からなかった。編集者が褒めた写真を褒め、けなした写真をけなした。僕なんて、そんなものだった。
「私を信じて。私の写真を信じて」
僕はもちろん、紗智子の申し出を断った。だが紗智子は、諦めなかった。手を替え品を替え、僕を説得しにかかった。
「歩は、お姉さんと向き合う必要がある」
「お姉さんも、堂々と姿を現すことで、やっと落ち着いて、過去と向き合うことが出来るかもしれない」
いろいろなことを言っていたが、とにかく、結局は「写真を撮らせろ」の一点張りだった(それにしても女性というものは「向き合う」という言葉をどうしてこんなに好きなのだろうか)。
紗智子の目は澄んでいた。北欧の湖みたいに、濁りのない綺麗な色をしていた。でも、だからこそ怖かった。紗智子の澄んだ野心が怖かった。自分の想いを押し通そうとする気迫が怖かった。
そうだ、つまり紗智子はね僕の母みたいな目をしているのだった。
それに気づいた瞬間、僕はカップを床に落としていた。わざとだった。
僕と紗智子は、それでも数ヶ月付き合いを続けた。紗智子からメールが来たし、僕もそれに返した。でも、やはり前のようにはいかなかった。僕が紗智子に対する不信感は消えず、紗智子もそれを分かっていた。そして、結局は自分の芸術への意欲を汲まない僕に苛立っていた。
僕には、はっきり分かっていた。
紗智子は、僕の姉を撮影することで、ステップアップしたかったのだ。
紗智子は美人だったし、愛想も良く、そこそこの腕も体力もあったから、仕事は引きも切らずやってきた。でも、紗智子自身、自分の実力は、その容姿と愛想もそこそこの腕と体力にだけあるということに、気づいていた。
普通のカメラマンだったら、それは十分すぎる資質だ。だが紗智子は、普通のカメラマンではなかった、野心に燃えたカメラマンだった。
紗智子は、いわゆる芸術的な名声を欲しがっていた。カメラマンではなくも「写真家」と呼ばれたかった、そんな紗智子に、僕の姉の名を出すと、僕が不機嫌になった。そして不機嫌になった僕を見て、紗智子も不機嫌になった。芸術に理解がない僕を、女である自分が積極的に活動することを良しとしない、旧時代的な男だとなじった。僕はいろいろ限界だった。
紗智子と別れたとき、僕はそれでも、佐智子に愛情を感じていた。
優しかった佐智子、頭が良く、美しく、僕を心から愛してくれていた佐智子を、自分の胸の中で温め続けた。だが、そんな紗智子のことを、結局心から憎む事になった。
佐智子は、別れた後、僕も世話になっているある編集者に、自分の計画を持ちかけたのだ。
「ウズマキを私に撮影させてくれませんか?」
それだけならまだ良かった。佐智子は、その編集者に、ウズマキが僕の姉であることを伝えたのだった。
編集者から僕に連絡が来た。
「今橋君から、お姉さんに撮影の依頼をしてくれないだろうか」
僕は、当然それを断った。恐ろしかったのは、それでも佐智子が姉とコンタクトを取った事だった。
不幸なことにも姉は一度取材を受けていた、僕が断った、あの小さなページだ。それを探し出した編集者と紗智子は、そのときのライターに連絡を取り、結局姉とコンタクトを取るに至った。そして、あろうことか、僕の名前を出して、撮影の説得をしたのだった。
「あの人、歩の恋人だって言ってたわよ」
後に姉が、そう言っていた。そのときはもちろん、僕と佐智子は別れていた。つまり、佐智子は僕の名前を利用したのだ。
僕は佐智子の野心と、目的のためなら愛していた恋人を簡単に売ってしまう精神性に恐怖を覚えた。あのとき、僕ははっきり女性に絶望した。僕の女性との付き合い方は中学生のとき、有島(ありしま)のときからいびつではあったが、それがここにきて、決定的なものになった。僕は女の人を信じることが出来なくなった。
「恋人のお姉さんにお会いできて光栄ですって、言っていたわよ」
姉は結局、佐智子に数百枚の写真を撮らせた。
そして雑誌に、10ページ(!)の特集として掲載されたのである。
『UZUMAKI、その渦に触れる』というタイトルで掲載されたそのページで、姉は素顔をさらした。
大きな巻貝の横に立つ、坊主頭の姉は、痩せた体に、男物のスーツを来ていた。肩パットが入った、一見してフランケンシュタインみたいに見えるスーツだ。お尻のところに、例の尻尾が縫い付けてある。スーツの下は、何も着ていなかった。
ちらりと見える肌は、骨が剝き出しなった痛々しいものだった。こけた頬や落ちくぼんだ目と相まって、姉の姿は、とても不吉だった。
雑誌は発売されるや、その写真は(ネットの世界で)大きな反響を得た。
佐智子はそれから「傷ついた女性の再生」を撮る事をライフワークとするに至り、一方の姉は、ただただ罵詈雑言にさらされることになった。
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姉はどうして、雑誌に出てしまったのだろうか。
謎の存在ウズマキとして、地下世界のカリスマでいることに物足りなさを感じたのか。それとも、それは僕が一番考えたくないことだったが、佐智子が僕の恋人であるということで、心を動かされたのだろうか。
もしそうであったら、姉がまた崩壊してしまったのは、僕のせいだ。
言い訳がましいが、僕だって、姉に連絡を取る事を試みた。というより、佐智子とはもう別れたということ、佐智子は姉を利用して写真家として名を成したいという事を、姉に告げたのだ。でも、それを聞いた姉は、こう言ったのだ。
「歩。別れたからって、愛していた人のことを悪くいうものじゃないわよ」
姉の声は、どこか生き生きしていた。
誰あろうこの自分を撮影したい、そう熱心に言ってくれる人がいることに興奮していたのだろうし、そして元であっても、僕の恋人が姉である自分に会いたがっていることを、嬉しく思ったのだろう。
姉は強固な意志をもった母の子であったが、同時に、あの底抜けに優しい父の子でもあった。写真を撮られることを当然とし、決して「次は私が撮るわ」とは言わなかった母、そして、自分に関わる人すべてを許し、阿保のように援助した父。ふたりの血が姉の中で交じり合い、そしてその血によって、姉は傷つけられることになったのだ。
ネットの書き込みは、凄まじいものなっていた。
たった一度の登場で、ここまで叩かれる人物も珍しかった。それだけ姉の登場はセンセーションだったのだし、叩き甲斐があったのだろう。無記名の書き込みは、後から後から湧いて来た。インターネットの広がりを、何かに似ていると思っていた僕だったが、書き込みの文字を見続けるうち、気づいた。
これは、イナゴの襲来に似ているのだ。
いやイナゴでも蝙蝠(こうもり)でも、なんでもいい。とにかく生物が大量発生して、村や森をまるごと食べ尽くすさまに、それは似ているのだった。
姉は、ネットを見てしまった。ようだった。
シンパの誰かが告げ口をしたのかもしれないし、姉に直接的な何らかの被害があったのかもしれない。紆余曲折を知ろうとは思わないが、とにかく大切なことは、姉が、再び傷ついたことだ。
ネットの罵詈雑言は、姉の作品、つまり巻貝に関することよりも、ほとんどが姉の容姿のことだった。つまり「ブス」「キモイ」に始まる、便所の落書き的なつまらないやつだ。「アーティスト」として、姉はそんなことを気にするべきではなかった。いや、もしかしたら気にしていなかったのかもしれなかった。「カリスマ気取り」も、「素人がのこのこ出てきやがって」も、いつだって孤独のアーティストだった姉にとっては、ちょっとしたスパイスにしかならないはずだった。
だが姉は、見てしまったのだ。
あまたあるつまらない罵詈雑言の中に、ある言葉を。
ご神木。
正確には、「ご神木にしかみえない」だったのだし、それはもしかしたら一万歩くらい譲って、姉の孤高さ、神々しさを指して言った事かも知れなかった。
「ご神木」
でも姉は、ただの30歳ではなかった。あの姉だった。
ウズマキではなく貴子だった。
姉は簡単に幼い頃に戻る事が出来た。そして戻るついでに、自身が抱えてきた様々なトラウマ的なものを、ご丁寧にすべて引っ張り出すことが出来た。今まで自分へ発せられてきた残酷な言葉、投げつけられた嘲笑の仕草。自らを神と崇(あが)められた視線が、一瞬で忌むべき存在を見るものに変わる瞬間を。
そのうえ、今は姉ひとりだった。
父は山寺にこもっていたし、弟である僕は、何の役にも立たなかった。母は助けを求める事など、姉はハナから思いつかなかった。
ウズマキは活動をやめた。
恐ろしいほどに、あっさりしたものだった。村がイナゴに食いつくされるよりもたやすく、姉という木は倒れた。姉にとっては、「ご神木」という言葉は、まるで崩壊の呪文のようだった。
佐智子や編集者は、姉のケアをしなかった。撮るだけ撮って、さらけ出すだけさらけ出しておいて、後は放り出した。撮影を了承したのは姉だったし、姉はもう大人だった。それはあまりにも残酷なやり方だった。
姉は放っておかれた。
たくさんいたシンパも、ひとり、またひとりと、姉の下を去った。巻貝を一切作らなくなった姉と長くいる者はいなかった。巻貝がなければ、姉はただの人なのだ。
姉はまた、家から出なくなった。
巻貝の吸引力は、姉をこちら側にとどめておくことは出来なかった。そして、とても重要なことに、サトラコヲモンサマは、もういなかった、チャトラ猫の肛門は、東京でもそこらじゅうに溢れていたが、もう姉の心を救うことは出来なかった。だってそれは、ただのチャトラ猫の、ただの肛門なのだから。
だが、そんな姉を救う人がいた。いっだって、姉を救うのは、あの人だった。
矢田のおばちゃんだ。
だが、今回の救い方は、幾分トリッキーだった。
何故って、おばちゃんは、死んでいたのだから、おばちゃんはなんと、死してなお、姉を救ったのである。
おばちゃんの遺体を発見したのは、おばちゃんを訪ねてきた夏枝おばさんだった。おばさんは、大切な人の遺体を最初に発見する運命にあるらしい。おばちゃんの死因は、図らずも祖母と同じ心筋梗塞だった。つまり急死だ。
おばちゃんは炬燵(こたつ)に入ったまま、動かなくなっていた。細く開いた台所の窓から、野良猫たちが家に入っていた。冷たくなったおばちゃんを温めるかのように、周りで囲箱を組んでいたそうだ。夏枝おばさんは、しばらくその風景を、感心して眺めていた。
「凄かったで、なんか、お釈迦さんが死んだときみたいやった」
おばさんはもちろん、お釈迦様が死んだときに、側にいたわけではなかった。でもおばさんは、絶対に嘘を言う人ではなかった。おばさんがそう思ったのなら、その景色はきっとそうだったのだ。矢田のおばちゃんは、お釈迦様が入滅するときのように、神々しく死んだのだ。
祖母が死んで1年も経たないうち、僕はまた葬式に参加するために、帰郷しなければならなくなった。恐る恐る連絡すると、姉もついて来た。僕は正直、姉の精神はこれで、完全に崩壊するものと思っていた。サトラコヲモンサマを失い、再び「ご神木」と傷つけられ、今、矢田のおばちゃんを失ったのだ。
姉は新幹線の中でただ静かにしていた。その静けさが怖かった。伸びてきた髪の毛が、みっともなく突っ立って、姉は男みたいだった。それでも姉は、外に出て来た。おばちゃんに会うために、こちら側に出て来たのだ。おばちゃんの力は、こんなにも遠くまで、しかも死して後も及んでいるのだ。
僕等姉弟は、実家に寄らず、祖母の家に泊まる事にした。
僕らの家は、母と小佐田さんの新婚の場になっていたからだ。あの母も、どこか申し訳なさを感じていたに違いない。そして矢田のおばちゃんを慕っていた僕らの心の痛みを、母なりに及んだのだろう。
おばちゃんの葬式にはもうたくさんの、本当にたくさんの人が来た。
おばちゃんに経済的支援を受けた人、おばちゃんに名付けてもらった子供、おばちゃんに諭されて更生したヤクザ、おばちゃんが仲人を務めた夫婦。おばちゃんのゴッドファーザー的行為を知っていた僕らでさえ、その数には驚くしかなかった。とても老いた女性の葬式の参列者数ではなかった。
姉は、葬式の間も静かにしていた。暴れる事はなかったし、慟哭(どうこく)することもなかった。
じっとおばちゃんの遺影を見つめていた。その姿だけでは、崩壊の予感は感じられなかった。だが僕は、姉が途中、ふらふらと葬儀場を出るのを目撃していた。姉へ向けられる皆の好奇の目は、祖母の葬式ほどではなかった。それ以上に、矢田のおばちゃんが死んだこと自体が事件だった。だから姉は、静かにその場を後にすることが出来た。
僕はこっそり姉の跡をつけた。姉が何をするのではないか、つまり死にまつわる何らかの行為に手を染めるのではないかと怖れていたのだったし、そうでなくても、ここまで追い詰められた姉が何をしでかすか分からなかった。
姉は墓場を通り過ぎた。何匹かの猫が勝手に墓石に乗っていたが、姉が通ると、ひらりと飛び降り、まるで姉を先導するかのように、姉の前を歩いた。そしてまた、新たな墓石に飛び乗って、姉をじっと見ていた。何匹も、何匹もが、それを繰り返した。その不思議な光景を見ながら、僕は姉が、おばちゃんの家に向かっているのだろうと確信していた。姉の足取りは、確固たるものだった。
おばちゃんの家には、相変わらずたくさんの猫がいた。
中に、チャトラの猫もいた。例のチャトラ猫かは僕には分からなかったか、そいつは中でもとびっきり普通の猫だった。姉はそのとき、僕がついてきているに気付いた、僕をじっと見て、でも何も言わなかった。
家には、鍵がかかっていなかった。
姉はまるで、勝手知ったる我が家のように、扉を開け、中に入った。家の中にも、数匹の猫がいた。おばちゃんの不在の家は、でもやっぱりおばちゃんの気配が濃厚に漂っていて、どう考えても「おばちゃんの家」だった。僕らが長らく親しんだ、あのおばちゃんの家だった。
姉がこの家に足を踏み入れたのはサトラコヲモンサマの崩壊以来だ。僕は姉の後ろで、ものすごく緊張しながら、姉の動向を見守っていた。
姉は、しばらく立ったまま部屋を見ていた。
どこか一点を見つめていたが、後ろからでも、それが以前、サトラコヲモンサマの祭壇があった場所だと分かった。その瞬間姉の中で、様々な、本当に様々なものが去来していたはずだ。僕には計り知れないほどの何かに圧倒され、姉はただ立っているしかなかったのに違いない。
「ニャア」
一匹の三毛猫が鳴いた。その声を合図にしたかのように、姉は動き出した。
姉は祭壇があった場所まで進み、そこにあった棚の扉を開けた。まるで、姉自身の部屋のように、姉はどこに何がある、すべて分かっているみたいだった。そして確かに、姉は分かっていたのだと思う。姉は開けた扉の中には、シンプルな木の箱が入っていた。まるで魔法のようなその展開に、僕は静かに興奮していた。
姉は、存外あっさり箱を取り出し、もっとあっさりと、箱を開けてしまった。僕が見ていても、お構いなしだった。
箱の中には、二通の手紙が入っていた。一通には「遺言書」そしてもう一通には「貴子」と書かれてあった。僕はそのとき、姉に強烈に嫉妬した。姉ほどではなかったが、僕も矢田のおばちゃんが好きだった。おばちゃんも、僕を好きだったはずだった。でもおばちゃんは、死してなお、姉の気づかい、姉にだけ言葉を残そうとしているのだ。「貴子」と書かれた封筒は、僕には眩しかった。とても。
姉は、そんなドラマティックなシチュエーションに、何もひるんでいなかった。おそらくこれは、姉とおばちゃんの間で、予め決られていたのだろう。おばちゃんが、姉を部屋から出させるに至ったある日かもしれないし、もっと前からのことなのかもしれなかった。イナゴの来襲だけでへこたれるような人間には、とても見えなかった。
姉が「貴子」と書いた手紙を開くと、そこにはおばちゃんの男らしい字があった。
『見つけた場合はこの手紙と遺言書を破棄すること。見付けていない場合は、遺言書を誰か大人に見せること(夏枝が望ましい)』
それだけだった。
別れの挨拶も、感傷的な言葉も、一切なかった。
僕は正直、ガッカリしてしまったのは。もっとドラマティックな何かが。そこには書かれているはずだと。思っていたからだ。だがすぐに、これがとてもおばちゃんらしいやり方なのだと思い直した。おばちゃんは、とことんまで男前だった。未練たらしく、だらだら言葉を残すようなことはなかっただろうし、そうすることで、姉自身も未練たらしくなることを、良しとしなかったのだろう。
姉は静かに、文字を追っていた。自分の中で、おばちゃんの言葉を咀嚼(そしゃく)しているように見えた。「見つけた場合」とはどういうことか、そして「見付けない場合」は何を意味しているのか、はかりかねているようにも思ったが、同時に、途方もない深度でそのことを理解しているようにも見えた。
僕はもちろん、あの言葉を思い出していた。
「自分で、自分を信じるものを見つけなあかん」
サトラコヲモンサマに代わるもの、自分だけが信じられるものを見つけろと、あの日おばちゃんは姉に言ったのだ。そして姉の、宗教的希求の旅が始まったのだ。
姉は、しばらくそのままでいた。
姉が「見付けていない」ことは、僕にも分かっていた。姉は、姉なりに何かを信じようとしてきた。あるいはイスラム教のモスクだったかもしれないし、あるいは出家しようとしていた父だったかもしれないし、あるいは自ら作った巻貝だったかもしれない。でも姉は、そのどれも、姉の物には出来なかった。何故なら姉は今、こんなにも傷ついているのだ。
僕は姉と共に、そこにじっとしていた。動けなかった。僕が行動を起こしたら、それがきっかけで、姉から何かが溢れてしまうかも知れないと思った。そしてそれは、きっとここであってはならなかった。
姉は紙を撫でた。その紙は、おそらく「サトラコヲモンサマ」と書かれていたあの紙と、同じものだった。あの素っ気ない、白い紙。だがそこに、おばちゃんの力強い字が描かれると、それは驚くほど力を持つのだった。
『(夏枝が望ましい)』
おばちゃんの驚くべき力の証拠に、そのとき部屋の扉を開けたのは、誰であろう、夏枝おばさんだった。僕は息を呑んだ。もう十分大人であるはずの姉に、「大人に見せること」と書いたおばちゃんは、もしかしたら生前から、この場面を予感していたのではないだろうか。
「貴子ちゃん」
おばちゃんは、戸口でそう言った。僕がいる事に気づき、僕に笑顔を向けたが、すぐに姉を見た。僕はそのときも、年甲斐もなく嫉妬した。皆が、いや正確には、僕が愛する皆が、姉ばかりを気に掛ける、この状況に。
「これ」
姉は「遺言書」と書かれた手紙を、おばさんに渡した。おばさんは、少しそのままでいたが、やはり分かっていたという風に、それを手に取った。そして立ったまま、封を切った。
僕は、その「遺言書」こそ、おばちゃんからのメッセージが書かれているのではないかと期待した、姉やおばさんや、そして願わくば僕に宛て、感傷的な別れの言葉が書かれているのではないかと。だが、その遺言書も、やはり、あっさりとしたものだった。
遺産の分配方法(おばちゃんの資産は、莫大なものになっていた。こんな家に住み続けていたにも拘らず)、葬儀後の段取り、そして最後に、こう書いてあった。
『遺骨は散骨を望む。今橋貴子によってなされること』
僕は、姉を、今度こそはっきりと見た。
姉は、まるで深海にいる生き物のように、ひっそりとしていた。何かに驚いているようにも見えなかったし、何かを理解しているようにも見えなかった。ただ、そこにいた。その静かな佇まいは、まるでそこいら中にいる、猫のようだった。
遺言書には、続きがあった。
『散骨の際、この紙を持ってゆく事』
それは、恐ろしく黄ばんでいた。触るとぼろぼろ崩そうなほど古く、だから透明のクリアファイルに入れられていた。まるで、古代の謎の文書みたいに見えたが、よく見るとそれは、辞書の1ページ、どうやら、「す」のページのようだった。
何故「どうやら」と思ったかというと、そのページが、墨でべったりと塗りつぶされていたからだ。ある言葉を除いて。
『すくいぬし』
思わずおばさんを見ると、おばさんは黙って、紙を見つめていた。表情に乏しいおばさんだったが、その目の奥に、はっきりと驚きが現れていた。僕はおばさんの目を見て、それで、おばさんがこのことを知っている事が分かった。
『すくいぬし』
墨は乾き、背後にあった「す」の文字たちを、薄く映していた。「すく」、「すぐき」「すぐさま」。
「おばさん、これ」
僕がそう言うと、おばさんは僕と、そして姉を見た。
「何か知ってるん?」
おばさんは、わずかにうなずいた。そして、うなずいてから、初めて言葉を思い出したように、
「知ってる」
小さい声で言った。
「何なん、これ」
おばさんはもちろん、話してくれた。
それは矢田のおばちゃんの、ある恋にまつわる話だった。
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おばちゃんは、1928年、神戸で生まれた。
夏枝おばさん曰(いわ)く、おばちゃんは裕福な家の出で、当時では大変珍しいことに、バイオリンを習っていたというお嬢様だったらしい。兄弟もたくさんいたし、両親も健在だったが、おばちゃんが何人兄弟の何番目で、両親がどんな人だったかは、一度も聞いたことがないそうだ。
おばちゃん以外の家族はすべて、1945年6月の神戸大空襲で亡くなった。それが関係しているかどうか分からなかったが、とにかくおばちゃんから家族の話を聞いたことはなかった。
空襲のとき、おばちゃんは17歳だった。
おばちゃんはたまたま出かけていて、家に居なかった。その間に、家は爆撃でやられた。
「えっと、そう、びっくりしたって。全部なくなってて」
夏枝おばさんの話し方は、どこかおぼつかなかった。その理由は僕にも分かった。
おばさんは、おばあちゃんに聞いた通りにことを話しているのだ。
おばちゃんは、誰かに話している時、決して口を挟まなかった。話が支離滅裂でも、それどういう事? と訊くことはしなかったと、中途半端なところで話が終わっても、続きを促すことはなかった。おばさんは聞いたことを、そのまま伝える人だった(伝えることすら珍しかった。おばさんはとことん受け身の人だったから)。
矢田のおばちゃんがどんな風に話したかも、僕は想像する事が出来た。おばちゃんは、いろんなものを端折る人だった。それが必然のときもあったし、そうでもない時もあったが、おばちゃんの生い立ちに関しては、前者の理由からだろう。思い出を端折らなければ話せない。大変な時代を、おばちゃんはいきてきたのだ。
とにかく家族もろとも家を失い、それでもおばちゃんは生きた。17歳の少女にとっては、あまりにも過酷な青春時代だ。
爆撃を受けて2ヶ月後、おばちゃんは焼土で終戦を迎えた。
それからどうやって生計を立てたのか、いや生計を立てたという言葉では甘かった。どうやって生き延びたのか、おばちゃんはそこも端折った。夏枝おばさんは当時何をしていたか訊くような人ではなかったし、もしそこに僕がいても、訊くことは出来なかっただろう。当人でないおばさんに話を聞いているはずの僕でも相槌を打ったものか、何度も迷ったのだ。
「それでな、刺青の人と会うたんやて」
「刺青の人」は、ある日おばちゃんの前に現れた。その人は、背中に大きな弁天様を背負っていたそうだ。
「それで、あ、おばちやんな、家が焼かれた日に、辞書を拾ってたんやって」
おばちゃんは、話すのが決して上手ではなかった。何度も戻り、沈黙し、手探りで再現していた。真摯なその態度はおばちゃんへの敬意でもあったのだろうし、おばさん自身が持っている資質であった。
遡って爆撃直後、おばちゃんは焦土を歩き回っていた。
自分の家のものは何も残っていなかったが、一冊の辞書を見つけた。一面焼け野原であった場所で、紙で出来た辞書が残っていることを奇跡のように思ったおばちゃんは、それを大事に取っておいた。
そしてまた、刺青の人に戻る。
だが次の瞬間には、刺青の人はおばちゃんへの下を去らねばならない。その言葉と言葉の間、時間にしてほんの数秒の間、おばちゃんと刺青の人の恋があった。いいや、おそらく恋という言葉はふたりの関係を言い当てていない。恋というにはあまりに拙く、そしてまた恋というには足りない何らかのものだ。
別れ際、おばちゃんは大切にしていた辞書を、「私だと思ってください」と、刺青の人に渡したそうだ。すると刺青の人は、こんな大切なものを貰うことは出来ません、と言った。
「おばちゃんな、じゃあこの中の1ページだけを私に下さい、て言うたんやて」
この頃になると、夏枝おばさんはだいぶ、饒舌になってきていた。
「あなたが選んだ言葉を、私のものにしたい、て」
おばちゃんは、刺青の人に、目をつむらせた。そして自分は辞書のページをパラパラやりながら、ここと思うところで声を出してくれ、と言った。
「ここ」
刺青の人は、存外早く、そう言った。
止まったページは「す」のページだった。ページは、三段組みになっていた。
「うえ、なか、した。どこですか?」
「なか」
「右からいくつですか」
「みっつ」
そこに在ったのが『すくいぬし』という言葉だった。
『すくいぬし』
その言葉は、おばちゃんにとって、どれほど大切なものになっただろう。
家と家族を焼かれ、何もかも失ったおばちゃんが焦土で会ったその人が選んだ「すくいぬし」という言葉は。
おばちゃんはそのページを切り取り、大切にしまった。そして辞書を刺青の人に渡し、ふたりは別れた。おばちゃんは、18歳になっていた。
おそらくそれから二度と会わなかったのだろうと、夏枝おばさんは言った。
「おばさんは、その話いつ聞いたん?」
「18のとき」
おばさんは静かに言った。
矢田のおばちゃんはきっと、この話を夏枝おばさんにしかしなかったのだろう。僕はそう、直感で思った。矢田のおばちゃんは、自身が未来を生きていく糧を得た18歳と、同じ年齢になった夏枝おばさんに、ひっそりと、この物語を告げたのだ。
矢田のおばちゃんと夏枝おばさんに血は繋がっていなかったが(そもそも、矢田のおばちゃんと血がつながっている人は、この世界にいないのだった)、それでもおばちゃんが、話をする相手を夏枝おばさんに決めたことは、僕にはなんとなく理解できた。
饒舌でないからこそ、聞いた話を、そのまま吸収してしまうからこそ、夏枝おばさんには話をしたくなった。気の利いた答えも、熱心な反応もいらない、ただ聞いてほしいと思うとき、夏枝おばさんは最高の話し相手だった。そして僕は、
「なっちゃんの浮いた話って、一個も聞いたことないわ」
そう話していた、母と好美おばさんの言葉を思い出していた。
おばさんが一生独身でいようと決意した(のかは分からないが)のがもし18歳であったなら、そのときこそ、この話をするときだと、矢田のおばちゃんは思ったのではないだろうか。何より芸術を愛し、静かに生きる今橋夏枝に。
姉が手にしたクリアファイルには、ボロボロになった「す」のページがあった。数十年経て、すっかりダメージを受けた奇跡の辞書の、残りのページは恐らくもう消滅してしまったのだろう。知る術もなかった。僕はそう思った。何故だか僕は、刺青の人は、おばちゃんと別れてすぐ、死んだような気がしていた、そして夏枝おばさんも、姉も、そう思っているのだろうと、思っていた。
「すくいぬし」
それ以外の言葉を、おばちゃんが塗りつぶしたのは、おそらくその言葉の純度を保ちたかったからだろう。おばちゃんは終戦後数十年、その言葉と共に生きてきた。その言葉を信じ、背中に、同じ弁天様を背負って。
僕は、物語の壮大さに圧倒されていた。おばちゃんが若い、十代の娘であったことを想像出来なかったし、たった一度会った誰かの言葉の為に、一生ひとりで生き続けることを選んだおばちゃんのひたむきさに、体を引き裂かれるような思いがした。
僕らはしばらく黙っていた。今度は、猫も静かだった。だが、姉は今度は、猫の声を必要としなかった。
「行く」
姉はいつだって、決意をすれば、すぐに行動に移す人だった。
おばちゃんの莫大な遺産の一部は、なんと、僕の懐にも入って来た。父の時と同様、それは驚くべき金額だった。おばちゃんが僕のことを考えてくれたことが嬉しかったが、それ以上に額の大きさに驚いて、僕は泣くことが出来なかった。
葬儀が速やかに行われた後、おばちゃんの骨の一部は、遺言通り姉に預けられた(姉はそれを、青いタッパウェアに入れた)。
母は姉たちの一連の行動を、気色の悪いものを見るように見ていたが、何も言わなかった。母の隣には、小佐田さんが寄り添い、ふたりはまるで長年連れ添った夫婦のようだった。悲しくなるくらい、しっくりと馴染んでいた。
おばちゃんは、「散骨すること」としか書いていなかった。どこに、とは、一言も書いてなかった。でも、おばちゃんから貰った多額の金を使って、姉は世界を巡ることにした。
おばちゃんの遺言を読んでから旅立つまでに、1ヶ月も要さなかった。姉は社会と関わっていなかったし、誰かにさよならを告げる必要もなかった。姉はまったく身軽だった。バックパックに納まるだけのものを持ち、その一番奥には、クリアファイルに入った「すくいぬし」と、おばちゃんの遺灰が入ったダッパーがあった。「すくいぬし」は、たちまちにして姉の「すくいぬし」になった。他のお守りは、全く必要たなかった。まるでカイロへ転校した小学生のときのように颯爽(さっそう)と、姉は日本を去った。
姉のシンパはどうするのだろうと不安になったが、それは僕が心配することではなかった。実際、それは杞憂(きゆう)だった。
ウズマキがいなくなっても、シンパたちは新しい何かを見つけていた。ウズマキに代わる何かを。その証拠に、姉がいなくなってほどなくして、ウズマキに関する罵詈雑言はなりを潜め、半年後にはウズマキを覚えている人もいなくなった。イナゴは去ったのだ。次の村に行ったのか、その次の村に行ったのだろう。イナゴはいつだって、何かに飢えているから。
ウズマキが僕の姉だったということも、僕が心配したよりは話題にならなかった。それどころか、そもそも知っている人はほとんどいなかった。
僕は、おそらく佐智子が、ウズマキと僕の関係を知られたくなかったからだろうと思っていた。元恋人である僕を利用してウズマキの写真を撮ったなんて、きっといい噂にはならないはずだ。佐智子は今や写真家として、様々な媒体で「傷ついた過去から前進した女性」を撮り続けていた。僕は雑誌で佐智子の名を見つけるたび、苦々しい想いをかみ殺した。佐智子の成功が妬ましかった。
僕の下には、相変わらず仕事が引きも切らなかった。
著名人のインタビュー、本や新譜のレビュー、海外の旅行記や身辺雑記。始めた頃は、文字のひとつひとつを慈しみ、自分の文章が掲載された雑誌を飽きるまで読み、そのいちいちに胸を躍らせていたものだった。だが、その仕事が段々ルーティンになってくると、どこかで仕事をこなすようになってしまった。どれほど著名人な人と会おうが、どれほどのページをもらおうが、佐智子がやっている仕事と自分を比べてしまって、決して満足することは出来なかった。じゃあ自分自身が何をしたいのか、考える間もなく仕事が来て、結局またこなすように文章を書き、掲載された雑誌を、見もしなかった。
僕は自分の言葉に、「すくいぬし」以上のものを見つけることが、出来なかった。
あるいはそれは、当然のことなのかもしれない。おばちゃんが経験した出来事、そこで出会った言葉に敵(かな)うものを、僕の体から絞り出すことなど、出来るはずもなかった。
でも僕は、やはり打ちのめされていた。
僕にはあれほど切実に、言葉を欲することは出来なかった。自分の書く言葉が、この世界で何か意義のあるものだとは、到底思えなくなった。
僕の言葉はただの言葉で、それ以上でもそれ以下でもなかった。
ある日気がついたら、僕は30歳になっていた。
信じられなかった。
僕は相変わらずあの2DKの家に住み、同じような仕事をしていた「すくいぬし」以上の言葉を見つけることが出来ず、でも矢田のおばちゃんも使っていたはずの同じ言葉で、文章を発信し続けていた。誰に届いているのか、そして僕自身、誰に届けたいのかさえ分からないまま、日々はとにかく、過ぎていった。
全く変わらない生活の中で変わったのは、僕の容姿だった。
甘いマスク、すらりとした体、つるりと健康的な皮膚、佐智子がその容姿や愛想で仕事を得ていたように、僕のこの容姿も、どこかで役に立っていたに違いなかった。僕に初めて会った女性の編集者はどこか嬉しそうだったし、あからさまに誘われたことも、何度かあった。でも僕にとって、30年間つきあった自分の体は、自分の体以外の何ものでもなかった。それどころか、極力自分の容姿のことを考えないようにしていた。容姿で得をしていると思われるのが、嫌だった。
だがここにきて、僕の体に劇的な変化が生じた。
髪の毛が、抜け始めたのだ。
最初は、排水口に溜まっている髪の毛が、ちょっと目立つ程度だった。僕の髪は真っ黒だったし、それが集まると、確かに大量に抜けているように見えるな、と思うにとどまっていた。だが、それが日ごとに増えて行った。
そしてとうとう朝起きると、枕に、ぎょっとするくらいの髪の毛が落ちているようになった。僕は慌てて育毛剤を買った。僕はそのとき、何人目かの(適当な)恋人がいたが、彼女が家に来る時は育毛剤を隠した。必死で育毛しているところなど、絶対に知られたくなかった。いつしか隠すのが面倒になって、彼女を家に呼ばなくなり、もちろんそれだけが原因ではなかったが、やがて別れた。
育毛剤だけでなく、マッサージ、頭を叩く固いブラシ、頭皮に電流を流す機械に至るまで、様々なことをやったが、髪は抜け続けた。まるで毛根が一斉に死んだみたいだった。そしてある日、前髪をあげると、「あ」と声が出るほど、額が後退していた、鳥肌が立った。
容姿においては、盤石の安定感を保っていた僕だった。小さい頃から、会う人会う人に「可愛い」と言われ続けた。中学高校では、女の子に騒がれた。大学での放蕩(ほうとう)も、僕だから許されたようなものだったし、仕事で会う人にも、いつも褒められた。そしてその容姿に対して、歪んだ劣等感を持っていた僕が、まさにその容姿によって、痛めつけられようとしていた。
一度薄くなると、頭髪は突然どん後退した。後ろや横の髪で補おうとすると、おかしな分け目がついた。此処まで薄くなると、この甘いマスクは、かえって邪魔になった。
僕の顔は若々しく、二十代半ばにも、ときには前半にも見られた。男らしい顔になら坊主も似合っただろうし、もともと醜い姿であったなら、ハゲをネタにすることも出来ただろう。でも僕は、そうではなかった。
ある日、とうとう思い立って、僕は発毛クリニックに行く事にした。
インターネットで予約し、意を決して出かけた。
クリニックは、新宿の小さな雑居ビルの五階にあった。同じビルの7階に、「脱毛専門のエステ」が入っていた。かたや毛を生やしたがり、かたや毛を抜きたがる人間が同じ建物の中にいる。こんな皮肉があるだろうか。僕は誰にも会わないことを願いながら、エレベーターのボタンを押した。
一階に着いたエレベーターが開いたとき、中から若い女の子がふたり出て来た。
はっとするほど短いパンツを穿き、音がしそうなほど分厚い睫毛(まつげ)をつけていた。僕がふたりを避けると、ふたりは僕のことをちらりと見ていった。
かつて、僕が女の子に見られた時、それは大抵、好意からくるものだった。コンビニの店員が僕の顔を見て赤らめることもあったし、喫茶店で本を読んでいた僕に、ウエトレスが電話番号の書かれた紙をそっと置いていったこともあった。
だがそのふたりは、しばらく歩いてから、こう言ったのだった。
「あいつ絶対5階でしょ」
頭から冷水を浴びせられたような気分だった。ふたりは、けたたましい笑い声を上げながら、遠ざかって行ったが、僕はその場から、動けなかった。待ちきれなくなったエレベーターが閉じて、また上階に上がって行った。1,2、と上昇してゆくエレベーターの表示を見ながら、僕は懸命に泣くのを堪えていた。そしてエレベーターが7階に止まったのを見て、走り出した。
クリニックの予約を反故にして、僕は家に戻った。このまま一生、外に出たくなかった。
自分にこんな未来が待っているなんて、思いもしなかった。
僕は帽子をかぶるようになった。
ニットキャップ、ベースボールキャップ、ハット、あらゆる帽子を買った。外で買うことは出来なかった。
「ハゲを隠しにきた」
そう言われるような気がした。僕は結局、ネットに頼った。ネットは、僕のような人間には優しかった。僕は帽子だけではなく、あらゆるものをネットで買うようになった。服、靴、飲料水や洗剤まで。なるべく、外に出たくなかった。
やむなく仕事に行かなければいけないときは、一番深い帽子をかぶった。だが、その帽子をかぶった。だが、その帽子を室内で脱げない自分を恥じた。編集者や取材相手が、
「こいつハゲてるからだ」
そう嘲笑っているような気がした。
それは苦しい劣等感となった。歪んでいない、まっすぐな、まがうかたくな劣等感だった。
僕は猫背になった。そして、言葉が口の中でこもるようになり、相手の目をきちんと見る事が出来なくなった。劣等感が自身の印象を変えてしまうことを、僕は30歳になって初めて知った。ずっと仕事をしていた編集者たちは、僕に会うたび、
「最近元気がないですね」
と言った。その言葉はそのまま僕の中で僕への嘲笑になった。それは僕の頭髪そのものに対する揶揄(やゆ)だったし、それを帽子で隠している僕への自意識への嘲りでもあった。
僕は変わってしまった。
46
コーヒーを飲みたくなったので、台所へ行った。
壁に掛けてた時計は、3時27分を指していた。換気扇をつけっ放しにしている台所は真っ暗で、でも僕は、電気を点けずにコンロまで辿り着くことが出来た。もうここには、8年も住んでいるのだ。何がどこにあるか、目を瞑っていても分かった。
流しの上の蛍光灯だけ点けて、やかんに水を入れた。
蛍光灯が切れかけている。パチパチと点滅する青白い光の中、やかんに水がのろのろと溜まっていく。一人分だから、そんなに量は要らないのに、いつも3人分ほど入れてしまう。以前なら、翌日冷たくなっている残ったお湯を、観葉植物にやっていた。でも、今僕の家に、植物の類はない、数年前は、うねうねと幹を伸ばしたクワズイモと、床にレースのような影を作ったシェフレラがあった。でも世話を怠っているうちにふたつとも枯れてしまった。今ではベランダに古びた鉢だけが置いてある。
どこで買ったか、誰に貰ったのかいまいち思い出せない紺色のマグカップに粉末コーヒーと粉末ミルクの粉、そして白砂糖をたくさん入れて、沸いたお湯を注いだ。台所の棚には、コーヒーグラインダーとフィルターがあるが、ここ数年コーヒーを豆から挽いたことがない。スプーンで適当にかき回し、そのスプーンを流しへ投げた。
カシン、という乾いた音がした。
僕はその音を聞いて、しばらく動きを止めた。それは、生活の、つまらない音だった。でもその音は、しばらく僕の体に残った。
一昨日、33歳になった。
僕は相変わらず同じコーポに住み、同じ仕事をしていた。頭髪は3年前に比べて変わっていないようにも見えたし、悪くなっているようにも見えた。どちらにしても薄いという事だけは確かだった。
コーヒーを飲みながら、原稿を書いた。
アイドルの会報誌のインタビューだ。アイドルといっても、テレビに出るようなアイドルではなかった。ここ数年で異様に増えてきた、いわゆる地下アイドルといわれるアイドルだ。締切は明日、つまり日付が変わった今日だ。原稿用紙にして、3枚の仕事。
パソコンのキーを打った。カチ、カチというキーの音が、部屋に響いた。先ほどのスプーンの音ほど、それは僕の心を打たなかった。
原稿を書き上げ、送信してから、歯を磨かず眠り、目が覚めると、昼を過ぎていた。
枕元にあるスマートフォンを惰性で手に取った。メールを調べると、「久留島澄江(くるしますみえ)」から一件入っていた。
『昨日は連絡くれたのにごめんね! 入稿が手間取って返事できなかったよ。仕事はどう?』
受信時間は、朝の6時24分だった。
返信せず、そのままインターネットからパソコンに届いたメールを開いた、数通の迷惑メールと、先週入稿した原稿のゲラが編集者から一通、知らないメールアドレスからも一通来ていた。僕はそれを開かなかった。スマートフォンを枕元に置き、布団を被った、予定は一日、何も入っていなかった。
いつから、と考えることはある。
いつから僕はこうなってしまったのだろう、と。
頭髪が抜け始めたときからだったかもしれないし、昔の恋人が姉を撮影したときからだったかもしれない。でもそれを考えている間、大抵気分が悪くなって、僕は考えるのを止めてしまった。
出版不況、という言葉を聞いていた。もしかしたら、僕がフリーのライターになり始めたときから、聞いていた言葉かも知れなかった。でも、その言葉と、僕は無関係に生きてきた。僕が社会に出た頃は、と言わず不況だったし、テレビでもたびたび「不景気」という言葉を聞いてきた。
それでも僕には仕事があった。きちんとした就職活動をせずにクリエイティブな仕事にありつき、日本中、世界中の著名なアーティストと会った。僕のいる場所は、経済というものとは関係がないと思っていた。いや、そう思いすらしなかった。僕はまったく自然に仕事を受け、たくさんの人と会い、自分の今が揺らぐなんて、露ほども疑わなかった。
だが33歳の僕は、平日、もはや何曜日だかほとんどわからない週のいつかを、一日眠って過ごそうとしているのだ。
カルチャー誌の廃刊が続いたのが原因だった。経費の削減のためにライターを兼業する編集者が増えて来たのも原因だった。でも結局、こうやって眠っている僕に、きっとすべて原因があるのだった。
廃刊が続いたとはいえ、カルチャー誌はまだ存続していた。編集者がライター業を兼任していたって、その人にしか書けない文章を書く人には、仕事が来ている。
僕の仕事に、皆が魅力を感じなくなったのだ。
それは、自分でも自覚していた。僕の文章は、ただ次の言葉を埋めるためだけの文章だった。どう読まれるかを考えるのは、ライターにとって大事なことだ。だが僕は、どう読まれるか、だけを考えるようになっていた。「自分がこう書きたい」と思う文章が、まったく浮かばなかった。
読み手のことだけを考えて文章を書くのは、あるいはプロフェッショナルの仕事かもしれないが、それがつまらないのであれば、それはただの媒体のための文章だ。可もなく不可もなく、僕らしさもなく、つまり今橋歩その人に頼む理由がなければ、当然代替えが利く。
僕が担当していたページは、若い連中が書くことになった。
一読して、こちらが赤面してしまうほどやる気に溢れた、瑞々しい文章は、でもかつて、僕も経験したものだった。拙いところがたくさんあったが、少なくとも書き手が溢れんばかりの愛情と、頑なな責任感を持っている文章だった。
フリーランスのライターを、生涯続けてゆくのは難しいと、若い頃言われた事があった。
「自分にしか書けない専門分野を作っておいた方がいい」
とも。そのときの僕は若かった。若くて、魅力的で、文章に対する愛に溢れていた。言葉を繋いでゆくことが、楽しくて仕方なかった、その人が言うことを、自分のこととして受け止めることが出来なかった。
でも今、僕は、専門分野になるような何ものにも魅力を持たせられないまま,来た仕事を細々とこなしているのだ。
夕方に起きた。
やはり惰性でスマートフォンを見ると、誰からのメールも入っていなかった。「久留島澄江」からも。
澄江は、僕の恋人だ。
僕よりふたつ上の35歳、駅やコンビニなどに置いている。OL向けのフリーペーパーを作る編集部にいる。フリーペーパーといえども母体はしっかりした企業だから、澄江は優秀なのだと思う。初めて会ったのは大人数の飲み会だったが、注文の仕方や、皆へのケアは、確かに仕事が出来る人のそれだった。
澄江にはその飲み会で電話番号を訊かれ、何度も連絡をもらった。結局恋人同士になったとき、
「あの飲み会、実は私と歩君を逢わせるためだったらしいよ」
そう嬉しそうに言われた、その言葉を聞いて、僕は羞恥で叫びそうになった。まんまと皆の策略に乗ってしまった自分が嫌だったし、そもそも、澄江と僕がお似合いだと思われたことが屈辱だった。
澄江はいい人だった。
社外でも評判が良かったし、体から滲み出る優しいオーラのようなものが、周囲にいる人を安心させた。
でも、いい女ではなかった。
丸い顔と丸い目に愛嬌があったが、その愛嬌が澄江をおばちゃんぽく見せていた。太っているわけではないのだが、背中が丸く、手足もずんぐりとしているので、どことなく野暮ったく、だからハキハキした話し方とギャップがあった。
僕にとっていい女は、例えば昌だったし、例えば佐智子だった。線が細くて、目がぱちっちりとしていて、化粧をしなくても一見して美しい顔だと分かる人。結局僕はふたりと、ほとんど憎むようになって別れたのだったが、それからの数年、僕の付き合う恋人は、段々ランクが下がっていった。最低な事を言っているのは分かっている。でもそう思うのだから仕方なかった。そして、それは自分のランクが下がっているからだということも分かっていた。薄毛の、ほとんどフリーターのような仕事をしている33歳の男。
澄江はいい人だ。人間的に信頼できるし、優しいし、仕事を一生懸命頑張っている。でも、昔の僕なら。そう思ってしまうのも確かだった。昔の僕だったら澄江とは絶対に付き合っていなかった。そして、そんな風に思う自分が惨めだった。
僕の頭に沿って、枕が沈んでいた。起きたら、また枕元に散っている髪の毛を、見ないといけないだろう。だから起きたくなかった。返信をしなくても、澄江からは連絡がくるはずだ。僕はそう思っていた。
付き合って1年になるが、澄江はまことにかいがいしかった。丸い体をちょこまかと動かして僕の部屋を掃除してくれ、料理の腕も確かで、気まぐれな僕の性欲を待ち望んでくれてもいた(どちらかというと、澄江は性欲が強かった)。
僕はぬるい泥沼に体をつけているような気分だった。
昌といたときや、佐智子といたときのような、優越感に浸ることは出来なかったが、澄江といると、すべてを肯定されているような安心感があった。僕の母とは全く違うタイプだったが、もしかしたら母親といると、こういう気持ちになるのだろうと、思ったりもした。つまり僕は、澄江に恋をしていなかった。
罪悪感から、スマートフォンを手に取った。
手に取った瞬間、ブルブルと震えた。本当の母から、メールが来ていた。
『元気?』
母はもう還暦を迎えていたが、年甲斐もなく、メールには絵文字を多用した。以前帰省したときに見た携帯には、若い女が付けるようなストラップがジャラジャラと付けられていた。
母は、小佐田さんと2年前に別れた。
詳しくは訊かなかったが、夏枝おばさん曰く、小佐田さんが別れた娘さんの、高校の入学式に行こうとしたことが、喧嘩の火種になったらしかった。
母は、小佐田さんが自分より前の家族を優先することを良しとしなかった。
だが小佐田さんにとって、娘は娘だ。
母との再婚も、母の急な決心によるものだったし、前の家族には強い罪悪感を持っていたのだと思う。母は、そんな小佐田さんのことを、ことごとくなじった。今の生活に集中すべきだと糾弾した。
母が、恐ろしいパワーを持つ女だということは、身をもって知っているし、数回会っただけの小佐田さんが、父と同じように、気の優しい、徹底的な受けの人であることも分かっていた。小佐田さんのことを思うと、関係ない筈なのに、僕は胸が傷んだ。だから母が小佐田さんと別れたと聞いたとき、僕は正直ほっとした。
息子として、母に幸せになってもらいたいと思うのは当然のことだったが、母の場合、「幸せになる」という意志があまりにも強すぎた。母の強固な意志を巻き込み、特に小佐田さんのような優しい人を傷つけるのだ。
僕は母に、ひとりの幸せな女性である前に、常識的な社会人出会ってほしかった。
だがそもそも、母は社会に参加したことがほとんどなかった。だから僕の願いは、到底かなうはずもなかった。
母はその後、また数ヶ月のだらしない日々を過ごした、そして凝りもせず、恋人を見つけて来た。その年齢の女性にすれば、驚異的なことだった。
今のところ小佐田さんとのように再婚するに至った人はいないので、母なりに節度を保っているのだろう。それでも、母は二度の結婚だけで諦める人ではないと思っていた。
母にとって二度の離婚は自慢できるものではなかったが、思いがけずよい事につながるきっかけにもなった。
好美おばさんが、頻繫に遊びに来るようになったのだ。
治夫おじさんの自殺未遂騒動以来、世間に頭を下げるように暮らして来た好美おばさんだったが、それと同時に、好美おばさんの尊大さと、何かと人を下に見る性質を、奪うことにもなった。
治夫おじさんの借金を一緒になって返したくれた父に、好美おばさんはとりわけ感謝したが、父は早々に出家していたので、自然とお礼を言うのは僕の母に、ということになった。母には感謝される権利は微塵もなかった。だが父は、母の元夫だ。好美おばさんはことあるごとに、母に連絡を取り、感謝を口にするようになった。
その態度を見て、好美おばさんと、どこかで張り合っているようなところがあった母も、ある意味鎧を脱いだ。母と好美おばさんは、かつてのように、仲睦まじく過ごすようになった。その和やかな会合には、当然、夏枝おばさんも同席した。つまり今橋家の三姉妹が、今また結束したのである。
『今日は3人でチゲ鍋で~す』
『好美おばさんと夏枝おばさんと、夏物の服を見に行きました』
添付されてくる写真で、3人は顔を寄せ合って笑っていた。
母からのメールには、たまに『彼女出来たの?』だとか、もっと直接的に、『結婚の予定は?』などと言うものもあった。
僕はそのたび、曖昧なメールを返して、返答を避けた。33歳、結婚してもおかしくない年齢だということは、考えたくもなかった。そして澄江が、結婚を望んでいることも、考えたくなかった。
「結婚はいいんだけど、子供は欲しいかも」
いつか、冗談ぽくそう言った澄江の顔を、僕は見ることが出来なかった。
僕は、あらゆる事から逃げていた。
仕事がなくなったらのなら、売り込みをするべきだった。それ以前に、自分の技術を磨いたり、積極的な意欲を見せるべきだった。澄江が自分の恋人であるなら、彼女の未来を考える必要があった。彼女は35歳なのだ。もし責任を負えないのであれば、きっぱりと別れを告げるべきだった。
だが僕は、そのどれからも逃げていた。
自分で動くことが、こんなに困難であるとは、思わなかった。ずっと受け身だった僕にとって、何かを自ら為すことの重さは、背負いきれるものではなかった。
布団の中に潜り込んでいれば、嫌な現実と目を合わさずに済んだ。だがその代わり。現実は何も変わらなかった。こうやっていても、キラキラした素晴らしい何かが、僕の所に下りてくるわけでもなかった。僕はじっと、シーツの折り目を見ているだけだった。
その時、スマートフォンにメールの着信があった。
開くと、急遽の仕事依頼だった。パソコンのメールでは間に合わないと思ったのだろう。取材は明日、若手の芸人のインタビューだった。明日も、特に予定はなかった。
こうやって眠っていても、来る仕事がある、そう思って、僕は少し笑った。悲しかった。
47
指定されたのは、小さな事務所だった。
ここ数年、芸人の取材は多いが、聞いたこともない事務所だった。
芸人の名前は「てぃらみす」昨日依頼されてから、一応ネットにあげられた動画を見てみた。茶色い全身タイツを着て、顔を茶色と白に塗り(つまりティラミスの色だ)、とにかくティラミスを誉め捲れという、意味の分からない芸だった。だがその意味の分からなさが、じわじわと人気を集めているらしい。
媒体はイベントなどに配られる100円の小さな冊子だ。編集者は付き添わず、すべてを僕が仕切る。今日は写真を撮らなくてもいいが、普段は僕がカメラを持ってくる。それでも、ギャラは信じられないくらい安かった。
仕事は仕事だ。憂鬱な気持ちを抑えつけ、事務所に入った。
薄暗い部屋、雑多なデスクの片隅に、辛うじてソファが置いてあった。そこに男が背を向けて座っていた。事務所の人間だろうか、若い女が、
「わざわざありがとうございます」
そう言って、頭を下げた。促され、ソファに近づくと、男が立ち上がり、こちらを振り返った。
「よろしくお願いします」
深々と頭を下げた男は、僕には見覚えがあった。強烈な既視感に、ちょっと眩暈(めまい)を覚えるほどだったが、僕はてぃらみすという男など、知っているはずもなかった。でも、男が顔をあげた瞬間、僕は声を出していた。
「須玖」
男は、僕の顔を暫く不思議そうに見つめていた。そして、破顔した。
「今橋!」
信じられなかった。須玖が、僕の目の前に立っていた。
須玖は、ちっとも変わっていなかった。彫りの深い綺麗な顔、猫背だが均整のとれた体。そしてどうしても、頭髪に目がいってしまう自分が嫌だった。須玖の髪は、ふさふさと立派だった。真っ黒い髪が、「待ちきれない」とでも言いたげな感じで生えていた。
僕は思わず、自分のキャップに手をやった。こんな帽子、高校のときに被ったことなどなかった。誰であろう須玖に、変わったと言われるのは怖かった。でも須玖は、
「今橋。ほんまに、懐かしいなぁ!」
そう、嬉しそうに言うだけだった。
「お知り合いなんですか?」
若い女が、そう言うと、
「そうなんです。高校の時の、大親友です」
須玖がそう答えた。大親友、と言ってくれたことに、泣き出しそうになった。ずっと須玖に対して持っていた罪悪感のようなものが、ゆるゆると融け始めた。
「今橋、会えて嬉しいよ」
須玖は、昔のままの須玖だった。
落ち着いてから。僕は須玖がてぃらみすであることに、改めて驚愕(きょうがく)していた。あの、センスの魂のような人間だった須玖が、全身タイツに顔を塗って、よく分からない芸を、全力で披露してするのだ。聞きたい事が多すぎて、かえって僕は黙りがちになった。
インタビューとして失格の僕の代わりに、須玖はよく話した。それも、僕を驚かせた。須玖は、こんなにペラペラと話す人間ではなかった。いつだって人の話に耳を傾け、求められたら全力で思考し、最高に真摯な返事をしてくれる、そんな奴だった。
「とにかくティラミスの良さを言い続けたいねん」
「あの色味とか、服にしたいわ」
「まずもう、語感がいい!」
須玖が、芸人てぃらすみとしてインタビューに答えていることは、分かっていた。例えばブロフィールを訊くと、「ココアの父と生乳の母から生まれた」などと言ったし、時折訊いてもいないのに、てぃらすみのギャグ(それは只々「てぃらみす~!」と叫ぶだけのものだったが)を、挟んできた。目の前にいるのは、変わらない須玖だったが、同時に、まったく変わってしまった須玖だった。
なんとか取材を終え、それでも立ち去りたくなくてモゾモゾしていた僕に、須玖が、
「この後時間ないん?」
そう言ってくれたときは、だからホッとした。
僕には時間が腐るほどあったし、売れない芸人である須玖にも、たっぷりあるようだった。僕らふたりは、駅近くのコーヒーショップに入った。
カウンターでコーヒーを頼み、席に着いてから、僕は自分が緊張していることに気づいた。須玖と会うのは、15年ぶりなのだ。無理もなかった。
「今橋がライターの仕事をしてるなんてなあ! でも、すごい似合ってるょ」
僕は正直、今の僕を見てほしくなかった。数年前の僕、カルチャー誌のレビューをほとんど担当し、たくさんのアーティストに会っていた僕を見たら、須玖はとても喜んでくれただろうと思った。僕は須玖に言いたかった。レコード屋のポップを書くとき、須玖に教えてもらった知識がどれほど役立ったか、そして何より、震災後塞ぎ込んでいた須玖に、手を差し伸べられなかったことを、謝りたかった。
でも須玖は、
「今橋に会えるとはなあ!」
ずっと嬉しそうに笑っていた。
「俺こそ、須玖が芸人になるなんて、思ってもせんかった」
「はは、そやろなぁ。俺、暗かったしなぁ」
「暗くなんてないよ」
実際そうだった。須玖は、暗くなんてなかった。
寡黙で控えめではあったが、決して暗くはなかった。サッカー部員の馬鹿話を面白そうに聞き、ここぞというときに最高に笑える一言を言える、須玖はそんな奴だった。とにかくセンスがあった。だから、もし芸人になっていると知っても、驚かなかったかもしれなかった。でも、それは、センスのある芸人になることだった。あまり表情を変えず、ほとんど芸術的といっていいネタを繰り出し、文化人にも一目置かれるような、そんな芸人であったなら、須玖にぴったりだっただろう。でも須玖は、全身タイツを着て、顔を塗り、意味のない所で「てぃらみすー!」と、叫んでいるのだ。そんな未来が須玖に待っていたなんて、思いもしなかった。
「なんでなん?」
言ってから、軽蔑したような言い方になってしまうのではないかと思った。焦った。
「いや、あの、須玖が芸人になるなんて、思いもせんかったから、なんでなんかなって」
僕の必死のフォローを、でも須玖は、ちっとも気にしていない風だった。
「せやんな、驚くやんな」
返事を待っていた僕に、須玖はまっすぐに目を向けて、ああ、須玖の目だ、そう思った。僕が決して帽子を脱がないことなど、絶対に気にしない須玖。もし僕が帽子を脱いでも、何も言わないだろう。須玖は只々、人の目をきちんと見るだけなのだ。
「ティラミス」
「え?」
「ティラミスがきっかけやねん」
僕は噴出した。
「いやもう、これは取材と違うから。ほんまのこと教えてや」
僕がそういうと、須玖は少しだけ困った顔になった。
「いや、ほんまやねん、きっかけは。ティラミスやねん」
須玖は、真っ直ぐな目で、僕に話してくれた。
震災後、塞ぎ込んでいた須玖は、いよいよ悪くなった。裕福な家ではなかったため、働きに出たが、外部から入って来る情報に、いつも傷つけられていた。不景気による自殺、いじめ、理由なき殺人、そしてその被害者たちが、どうして自分ではないのかと、考え続けた。
須玖は、職を転々とした。
「工場の検品、害虫駆除、投薬実験もしたなぁ。とにかく、人に会いたくなった」
須玖は実家を出て、風呂なしのアパートで暮らしていた。食べるものにも事欠く生活だったそうだ。みるみる体重が落ち、頬がこけ、須玖いわく、
「骸骨みたいになってた」
職質を受ける以外は、誰かとコミュニケーションを取る事もせず、いつしか須玖は、自分が死ぬことばかりを考えていた。自分が死に選ばれることを。
「そんなとき、あれが起こってん」
あれ、と言われて、すぐに思い出せない自分が恥ずかしかった。
「ピルが崩れていっているのを見て、自分も崩れた」
須玖が言っているのは、アメリカの同時多発テロのことだった。
「何が怖かったかって、あの出来事が起こった背景を、自分が何も知らんかったことやねん。ものすごい映像の裏で、世界中で、どれだけの人が死んでいるのか、俺は何も知らんかった」
須玖は、まるでこの瞬間映像をみているかのように、苦しそうだった。須玖は、やはり変わっていなかった。他人の事を、それがたとえ国境をまたいだ遠い場所のことでも、自分の家族のことのように、心を痛めることが出来た。僕は須玖を前にして、再び恥じていた。
僕にとって世界で起こっていることは、ただ、ここ以外で起こっていること、だった。自分の生活に影響がないことを、僕は深く考えなかった。知ってしまうと苦しくなることから、僕は巧妙に逃げた。
「僕もう、死ぬのを待ってられへんくなってん」
須玖は自ら死のうと思った。いわれなく命を奪われる人がたくさん、本当にたくさんいる中で、自分なんて取るに足らない、役に立もしない存在なのだと、自分を恥じた。それは僕が感じていた羞恥心などとは、比べ物にならないものだろう。あるいは須玖の精神状態がほとんど崩壊しかけていることは確かだったが、でも須玖は、いつだって何かに寄り添う人だった。誰かを助けられない自分であれば、そんな自分はいらないと、そう思ってしまうのだ。
「死ぬと決めてから、遺書書いて。とにかく家族に悪いと思って」
それから須玖は、最後に美しいものを見てから死にたい、と考えた。須玖にとって美しいものはきっとたくさんあった。レコードに落ちる針の影、そこから奏でられる様々な音楽、油絵の筆の跡や、ページをめくるときの乾いた音。だが須玖は、
「富士山を見たかった」
最後に、富士山を見たいと思ったのだった。
「太宰の『富獄百景』って覚えている? なんか、急にそのことを思い出して。どうしても、富士山が見たかってん。太宰が見た富士山を」
太宰は、須玖の好きな作家のひとりだった。
「太宰って、暗いちゃうん?」
そう言った僕に、
「いや、最高に笑えるで!」
意外なことを教えてくれたのも、須玖だった。中でも須玖が好きだったのは、太宰の「富獄百景」だった。何度も何度も読み、いつだってビビッドに笑っていた。
あんなに笑って読んだ太宰を、須玖が最後に思い出したのは、少しわかる気がした。太宰はとても優しい作家だった。そしておそらく、その優しさゆえに死んだ作家だった。そういえば須玖はどこか、太宰に似ているのだった。
須玖は住んでいた大阪から、富士山まで歩くことを決めた、夏の盛り、野宿をしながら歩く須玖の体からは、異様な臭いがしたという。
「歩いているうちに、死にたいって気持ちもなくなるかと思ったんやけど」
須玖は、まっすぐ歩いた、死に向かって。全然減じない自分の意思に驚きながら、須玖は富士山を目指した。
いくらか持ってきた金は、途中で尽きた。どうせ死ぬのだから、餓死しても構わなかったが、富士山を見たかった、樹海で死のうと考えていたわけではなかった。とにかく富士山を見て、それからどうやって死ぬか決めようと思った。
そしてある日、須玖はとうとう、富士山を見た。
それは健やかで、あまりにも美しい富士山だった。稜線は穏やかに、どこまでも続いているように見えた。絵に描いたような晴れの日で、富士山の近くには、大きな入道雲が湧いていた。須玖は感動した、太宰が見た富士山を、自分もやっと見ることが出来た。そして今から、太宰のように死のう、そう思った。
そのとき、須玖にちょっとした魔が差した。
数日食べていなかった須玖の空腹は、限界に来ていた。何か食べて死にたいと、思ってしまった。でも須玖には、小銭しか残されていなかった。
かき集めると、198円あった。
それを握りしめ、近くにあったコンビニに入った。初めは、カップラーメンかおにぎりを買うつもりだった。でも、ふと見た冷蔵ケースにあった値札が、198円だった。自分の手持ちと、ちょうど同じ値段だ。運命を感じた須玖は、商品を手に取った。
それが、ティラミスだった。
須玖は、すぐそれを手にレジへと向かった。人生最後に食べるものとして、これ以上相応しい食べ物はないと思った。
レジの店員は、須玖の体から発せられる臭いに、怯んでいたようだった。その視線をものともせず、須玖はティラミスを手に入れた。
コンビニのパーキングから、富士山はとても綺麗に見えた。
須玖は車止めに腰を下ろし、おもむろにティラミスの蓋を開けた。上に乗ったココアが、風でふわりと舞い上がった。その香りが鼻孔をかすめた瞬間、須玖は猛烈に食べ始めた。
脳天を直撃するかのような甘さの後、少し苦いコーヒーの味が上がってきた。こんなに美味しい食べ物を食べたのは、生まれて初めてだった。須玖は泣いていた。ティラミスを食べたかった。もっと、もっと食べたかった。プラスチックのケースに舌を這わせ、残ったティラミスを綺麗に舐めつくした。まるで妖怪みたいだった。
「それで」
須玖は、そこまで話して、息を継いだ。
「それで?」
僕が促すと、須玖は恥ずかしそうに笑った。
「どうしても、もう一個食べたくて」
須玖は、居ても立っても居られなくなった。もう金は尽きてしまったが、なりふり構っていられなかった。須玖は店に戻り、恐怖に目を丸くした店員に、こう言ったのだ。
「どうかティラミスを食べさせてください」
須玖は真剣だった。あの幸せを、もう一度味わいたかった。甘いものが口の中を満たす幸せを、後もう一度だけ。
だが、バックヤードからこの様子を見ていた店員に通報され、須玖は警察に保護されたのだった。
「そのときは、もうとっくに死ぬ気をなくしててん」
須玖は、悪戯っ子のように頭を掻いていた。
「とにかく、ティラミスが食べたいって思った」
須玖はコーヒーを飲んだ。そういえばそのコーヒーにも、須玖はたくさんの砂糖とミルクを入れていた。須玖が甘いものを好むなんて、僕は知らなかった・
「太宰には悪いけどな。太宰やったら、俺みたいな奴のこと、こんな恰好悪い話を、面白く書いてくれるやろうな」
須玖はそう言って、話し止めた。まるで、すべての説明が終わった、とでも言うように、にっこり笑った。もちろん、須玖がそこからどうして芸人になったのか、その説明はまだだった。
でも、僕には分かった。
須玖は、自分を生かした、この世界に留めたティラミスに、感銘を受けたのだ。甘くて美味しい、ひとつのティラミスが、全く減じなかった須玖の「死にたい」という心を、融かしてしまったのだ。
須玖はきっとこの世界で一番くだらないことをしようと、そのとき思ったのではないだろうか。美しくなくてもいい。役に立てなくてもいい。
世界で一番馬鹿にされる、下らないことをやって、皆に笑ってもらおう。須玖は、そう思ったのだった。
「てぃらみすぅー!」
つまらない須玖のギャグは、これから生きるという、須玖の清潔な叫びだったのだ。
「なんか、俺ばっかり喋ったな。恥ずかしいわ」
須玖は、そう言って笑った。須玖の笑顔が、僕は好きだった。
「いや、聞かせてくれてありがとう」
須玖は、僕のことをじっと見ていた。須玖の目は、とろりと垂れたままだった。彫りの深い、痩せた顔は、キリストみたいにも見えた。
「それで? 今橋は、どうしてたん?」
僕は須玖を見た。自分でも、すがるような視線になっているのが分かった。僕は、須玖に何も答えられなかった。自分のことを、何も。
48
僕と須玖の友情は、再び復活した。
僕らには、高校生のときのように、いや、もしかしたら高校生のときよりも、有り余る時間があった。須玖は芸人活動だけでは食べて行けず、週4度ほど深夜の守衛のアルバイトをしていたが、それ以外はほとんど暇だった。
お互い金がなかったので、僕らはファミレスで会い、ドリンクバーで何時間も過ごした。いい年したおっさんが昼間から何やってるんだと思われるのではないかと、最初はびくびくしていた僕も、屈託のない須玖の前ではやがて、安心して笑うことが出来るようになった。
僕らはたくさん話した。
僕は須玖に、オッドで書いたポップのことや、今まで会ったアーティストの話をすることができた。もちろん、ディアンジェロのことも。須玖は「Brown Sugar」を聴いていた! 僕は初めて書いたポップのことを、須玖に話した。須玖はとても喜んでくれた。最近聴いた音楽のことや、読んだ本のこと(須玖は本を図書館で借りていた)、話しても話しても尽きなかった。
「金がなくても、意外と豊かやなぁって思うわ」
須玖は実際、豊かに見えた。
須玖は、たくさん持っていたレコードや本を、ほとんど手放していた。だが、新しい音楽や新しい物語には、金を介在しないで出会うことが出来るようだったし、その豊富な知識と変わらぬ芸術への愛で、須玖は誰より余裕のある男に見えた。ほとんど同じ洋服を来ていたが、綺麗に洗濯していて、清潔だった。須玖はまったく、平日の昼間にブラブラしている男にあるまじき気品を備えていた。
そういえば、須玖と最初に約束して会ったとき、一枚のレコードを持ってきた。
「これ、ずっと借りていた」
ニーナ・シモンだった。
僕たちは、ニーナの「Felineg Good」を一緒に聴いたあの日以来、会っていなかったのだった。懐かしさと胸の痛み、そして面映(おもば)ゆい気持ちがごちゃごちゃになって、僕はどんな顔をしていいか分からなかった。
「ほんま、ごめんな。ずっと持ってて」
僕はなんとか、首を横に振った。そして絞り出すように、
「これ、聴いてた?」
そう訊いた。
「聴いてたよ、ずっと」
そのとき僕の頭の中に、ニーナの声が響いた。低くて乾いていて、この上なく優しいニーナの声が。
新しい世界が始まる
最高の気分よ
僕たちには、新しい日々が待っていた。
僕たちは33歳の、薄毛のフリーターと売れない芸人だった。だが僕は、須玖に会ったことで、また新しい、思いがけない世界が目の前に広がるような気がした。須玖は僕にとって光だった。
話しても話しても、話足りなかった。だから須玖が、
「お姉さんは、元気?」
そう訊いて来たのは、僕たちが再開して5度目のこと、通算30時間を超えた邂逅(かいこう)を終えた後だった。
もちろん、僕は姉の事を話した。須玖には、なんだって話せた、矢田のおばちゃんのことを、青いタッパーウェアに入った骨の事を、おばちゃんの「すくいぬし」のことを。須玖は僕の話を、黙って聞いてくれた。穏やかな目は、まさに須玖のものだった。すべての人に優しい男の、美しい目だった。
話し終えた時、須玖は4杯目のアイスカフェオレを、僕は3杯目のコーヒーを飲んでいた。
「お姉さんらしいな」
須玖は、愛しいものの話をするときのように、目を細めた。そうだった。僕は須玖の前だけは、姉の事を恥じずに済んだのだ。僕は須玖の前にいるときだけ、まるであの今橋貴子が、どこにでもいる普通の姉のように、思うことが出来たのだった。
「お姉さん、もう散骨は終えたん?」
「そうみたいやねん」
姉は2年前に、散骨を終えたようだった。
旅に出て最初の数年間は、まったく音沙汰がなかった。母は心配し、こまめにテレビのニュースをチェックしたりしていたようだったが、姉がどこにいるのかは、誰にも分らなかったし、確かめようもなかった。
だが、夏枝おばさんはいつも、「大丈夫」だと言っていた。おばさんに静かにそう言われると、本当に「大丈夫」だと思えたし、実際姉は、大丈夫なのだった。
姉は、世界中を旅した。
マレーシア、タイ、カンボジア、オーストラリア、クロアチア、チェコ、スロバキア、ロシア、ドイツ、オランダ、フランス、スペイン、モロッコ、チュニジア、エチオピア、モンゴル、チベット、そしてドバイ、エジプト、イラン。
散骨が目的ではあったが、姉は気に入った街にしばらく滞在した。おばちゃんは姉に、「自分の信じるもの」を見つけろと言ったのだ。姉にはその使命もあった。
3年ほど経ったある日、夏枝おばさんから連絡があった。
「貴子ちゃんが、歩君のメールアドレスを知りたいんやって」
それから、姉から気まぐれにメールが来るようになった。その頃には、世界中にインターネットカフェが普及していた。
初め、件名は「貴子」だった。だがやがて、滞在している都市とその天気が記されるようになった。『ドブロブニク 曇り』『Pプラハ 雨』『アジスアベバ 晴れ』など、同じ都市名が数ヶ月続く時もあれば一度しか来ない時もあった。だが、姉からのメールで、少なくとも今どこらへんにいるのかは、分かるようになっていた。
メッセージは、素っ気なかった。
『イタリア人のマジシャンと知り合いました』
『こちらの人はウサギを好んで食べています』
でも、エジプトとイランに滞在していたときのメールは、幾分興奮しているのが分かった。
『フラット全然変わってない!!!!』
『ピラミッドはあいかわらず大きい!』
そして姉は、ある日、
『牧田さんに再会しました』
そう、メールを寄越した。件名は『サンフランシスコ 雨』。
僕は初め、「牧田さん」を思い出せなかった。姉が説明なしに「牧田さん」と書いているのであれば、それは僕も知っている誰かなのだろう、ということしか。
でも数分考えて、思い出した。
あの牧田さんだ。姉の初恋の人。
転入してきた姉に「素敵な服だね」と言い、姉と雛鳥みたいにくっついていた男の子。僕の脳裏には、牧田さんのノーブルな佇まい、すらりと伸びた背筋、それがはっきりと甦った。
『牧田さんに再会しました』
それから、件名の『サンフランシスコ』が変わる事はなかった。姉はつまり、もう2年ほどサンフランシスコに住んでいるのだ。
牧田さんが同性愛者であることは、姉も知っているはずだった。それが原因ではなかったが、姉の恋は無残にも破れたわけだが、牧田さんと再会後、その土地を離れないのはどういうわけだろう。姉からはそれから、たびたび、
『牧田さんとご飯食べた』
『牧田さんとヨガをした』
といった、牧田さんがらみのメールが来たが、その分面だけだと、姉が浮足立っているのか、そうでないかは分からなかった。ただ、その頻度から、姉の人生に再び牧田さんが登場し、そして姉にとって重要な地位を占めるようになったことだけは分かった。
「サンフランシスコに住んでいるってこと?」
「そうみたいやねん。もう2年くらい、件名が変わらへんから。気に入ったんやないかな」
須玖は背筋を伸ばして、奮発して頼んだティラミスを綺麗に食べていた。
「その牧田さんって人とは、どうやって再会できたん?」
「うーん、日本帰って来てからも、文通はしていたけど、たぶんSNSやないかな」
インターネットを介し、ソーシャルネットワークというものが、急速な勢いで広まっていた。実名で登録すると、古い友人がたちまち見つかり、そして世界中に友達が出来るというその代物に、僕はまだ手をつけていなかった。今の自分を、昔の友人に知られるのは嫌だったし、うっかり昔の恋人たちの近況を知るなんて、耐え難いことだった。昌や佐智子は、きっとまだこの業界で活躍しているに違いなかった。
それに、わざわざそんなものを頼らなくても、僕はこうやって、大事な友人に会えたのだ。
僕はSNSを知らなかった須玖に、自分でもよく知らないそれらの仕組みを簡単に説明した。須玖は「すごいなぁ」と言うだけで、一向に関心を持たなかった。そんな須玖を見て、僕は改めて須玖に再会できた奇跡を、しみじみ思った。
「今橋、さん?」
そのとき、声をかけられた。僕に、もうひとつの奇跡が起こったのだ。声のする方を見ると、
「あ」
そこに立っていたのは、なんと、鴻上だった。
「やっぱり今橋さんだ! えー、なんでですか?」
鴻上は、髪を短く切って、少し瘦せていたが、相変わらずおかしな服を着て(ミュータントタートルズがプリントされたロングスカートに、白い男物のシャツを着ていた。残念ながら、例のコンバースとデレク・ジャーマン・タイプは身につけていなかった)、すぐに鴻上だと分かった。
「いや、そっちこそ、なんで?」
僕が驚いていると。
「私、半年前からこの近くに住んでいるんです!」
その日僕たちが集まっていたのは、須玖が住んでいる駅のファミレスだった。僕の沿線から、一度乗り換えをしたところにあった。
「そうなん、そうなんや」
鴻上とは、大学卒業後も、ちょこちょこ連絡を取っていた方だったが、やがて途絶えていた。
僕が恋人を遠慮したこともあるし、やはり今の自分を見せたくなかったのだ。
僕が帽子をかぶっていることを、鴻上は何も言わなかった。僕の隣に座った鴻上は、十代の奇抜な女の子がするような恰好をしていたが、もう32歳なのだった。ちらりと左手の薬指を見たが、指輪ははまっていなかった。
「あ、あのこれ、俺の大学の後輩」
須玖に紹介すると、須玖は穏やかに自己紹介した。須玖は、鴻上がおかしな恰好をしていることに、まったく頓着していなかった。鴻上も、ティラミスを綺麗に食べ終わった平日昼間の男を、胡散臭い目で見たりなどしなかった。
「初めまして」
SNS、そんなものがなくても、僕らまた、会ってしまったのだ。
49
僕の予想通り、鴻上は未婚だった。
僕たちが集まっているファミレスの、駅を挟んで反対側のパン屋でアルバイトをし、その近くのアパートで部屋を借りたらしかった。恋人はおらず、特にやりたいことも見つからないまま、鴻上はのらりくらりと暮らしていた。
「親にせっかく大学出してもらったのに、申し訳ないですよね」
そんな風に言ったが、鴻上は全然申し訳なさそうには見えなかった。
鴻上のアルバイトは早朝から昼までだったので、僕と須玖の集いに、鴻上も参加するようになった。須玖は来る人全て受け入れる人間だったし、鴻上にも、僕と須玖についてこられるだけの様々な知識があった。特に映画に関しては、僕達が知らない新しい作品や監督の話をしたりするので、須玖は喜んだ。鴻上は昨今の監督では断然キム・ギドクが素晴らしいと言い、須玖はアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥが好きだと言った。
とうとう須玖と鴻上はアルバイトの時間を、3人で会えるように調整するようにすらになった。須玖の芸人活動(めったになかったが)と、僕の仕事(これもどんどん減っていた)は相変わらず不規則だったが、須玖が居ない時は僕と鴻上で、僕が居ない時は、須玖と鴻上ふたりで遊んだ。
鴻上も、須玖と同じように、姉のことを訊いてくれた。
「お姉さん、お元気ですか?」
そしてやはり僕も、鴻上には姉のことを素直に話せるのだった。
「サンフランシスコにおるねん」
僕がいないとき、鴻上と須玖がどんな話をしているのか、全く分らなかった。だから鴻上の姉が自殺したこと、そして須玖がかって自殺しようとしたことを、お互い認識しているのかも、僕には分かっていなかった。でももちろん、そんなことはすぐにどうでも良くなった。僕は、須玖と鴻上という。ぬるくて優しい湯に浸かっているような気分だった。それは、恋人である澄江の存在とは、また違っていた。
澄江も優しかった、そしてぬるい湯のようだった。だが、澄江といると、自分がどうしても「落ちぶれた」、と思ってしまう。決して美しくない、年上の澄江に頼って暮らしている。33歳の薄毛の自分を、まざまざと思い知らされるのだった。
須玖と鴻上といると、僕は自分の黄金時代を、やすやすと思い出すことが出来た。僕が須玖といたとき、僕がどれほど輝いていたのかを、僕が鴻上といたとき、僕がどれほど女の子に騒がれていたかを、僕は現在の自分を無視して思い返すことが出来た。それがどれほど卑しい行為かは十分に分かっていたが、僕は現実の自分に散々痛めつけられていた。現実を見たくなかった。
僕には、輝かしい思い出の中にしか、自分の姿を認める勇気がなかったのだ。
だから段々、澄江と会う回数は減っていった。
澄江も忙しかった。来るメールは深夜から明け方になることもあったし、時には「2日寝ていません」というメールが来ることもあった。
出版不況で人件費を減らされ、ひとりひとりにかかる負担が増えているのだった。時々会う澄江は、目の下に濃い隈(くま)を作り、法令線をくっきりと浮かばせていた。朝の光で見ると、ちょっとぎょっとするくらい、年を取って見えた。
それでも時々僕を襲う、どろりとした性欲が邪魔だった。そしてそれに応えてくれる澄江のことを、お門違いに恨んだ。性交の後、背を向けて眠る僕に、澄江はしがみついて眠った。振りほどくほどの勇気はなかったが、澄江の湿った乳房が背骨に当たるのが嫌だった。澄江はいつも、鼾(いびき)をかいた。疲れているのだろうと分かってやりたかったが、やはりその声を、僕はみっともないと思った。
「今橋さんって、彼女さんいるんですか?」
だからある日、鴻上がそう訊いてきた時も、僕は、
「おらんよ」
そう嘘をついた。言った瞬間、澄江の顔が浮かんだが、訂正する気はなかった。
「そうなんですか。今橋さんっていっつも彼女いましたよね?」
「え、そうなん? 高校のときもめっちゃモテてたんなぁ」
ふたりにかかると、こうなのだった。僕はその瞬間、自分の薄くなった頭髪や、ほとんど迷惑メールばかり届くようになったから空っぽのパソコンのことを、忘れることが出来た。
迷惑メールに交じって、姉からだけは、気まぐれメールが届いていた。
『サンフランシスコ 晴れ』
もはや件名を見る必要はなかった。どうやら姉は、本格的にサンフランシスコに腰を落ち着けたようだった。ビザの問題はどうしているのだろうと思ったりもしたが、それは僕が考えることではないと、すぐに手放した。姉はどんどん、僕から遠い人になっていた。
だが、ある日姉から届いたメールで、僕は姉がどうやってビザを手に入れたかを知ったのだった。
『今度は夫と日本に行きます』
夫?
信じられなかった。姉が、結婚したのだ! あの姉が!
しかも『今度結婚します』ではない。姉は僕らには、何も告げず勝手に結婚していて、そして日本にやって来ると言っているのだ。
僕はパニックになった。
長らくメールには返信をしていなかったが(つまり姉が一方的な報告だった)、僕は思わず、
『いつ?』
そう、返信してしまった。自分でも、いつ結婚したのかを訊きたいのか、いつ帰って来るのかを訊きたいのか、分らなかった。姉は、後者の解釈を採用したのだろう、
『来月の4日』
そう返信してきた。メールが届いたのは、8月29日だった。つまり1週間後には、もう日本に戻っているということだ。慌てて打った僕の『帰国?』というメールに、姉は一言、『一時帰国』という返事を寄越した。ホッとしたが、それでパニックが落ち着いたかというと、そんなことはなかった。
僕はまず夏枝おばさんに連絡した。おばさんに連絡するのも、実は数年ぶりだった。僕はまったくおばさん不幸な甥っ子だった。でも僕は、変わってしまった自分を人にさらすことを、徹底的に避けていた。それが肉親であってもだ。母などは、僕の頭を見たら、無遠慮に「いや! 禿げいるやん!」、そんな風に言うのに違いないのだ。
数年のブランクをものとせず、おばさんは電話口で、
「聞いたよー。貴子ちゃん、良かったなぁ」
そう言って、笑った。相変わらず、恐ろしいくらい受け身なのだった。やり切れない想いを、僕はだから、須玖と鴻上にぶつけた。
「姉ちゃんが結婚しててん!」
須玖も鴻上も、いい奴だった。
「良かったなぁ」
そう言ってくれたその状況を、だから僕も予想は出来ていた。僕は、さらに相手もいつしたのかも知らないことを告げた。須玖は、
「なんかお姉さんらしいなぁ」
と言い、鴻上は、
「サンフランシスコって感じ」
と言った。結局この件はパニックになっているのは僕だけなのだ。そう思って、恥ずかしかった。だがもちろん、それは僕だけじゃなかった。
母だ。
母は、姉の結婚に腰を抜かすほど驚いた。娘の幸せを願うのが母親というものだが、今回のこの報告は、母を喜ばせより先に、只々驚かせた。姉の結婚の一方で、母は相変わらず落ち着かない生活をしていた。どんどん年老いてゆく自分が、誰にも庇護されずにひとりで生きていることを、母は信じられない事だと思っているようだった。
「ほんま、信じられへんわ!」
電話口でそう叫んだ母は、姉の事をそう言ったのだったが、僕はそれを、自分の現状について言ったことだと取った。
姉の急な帰国を受けて、僕も実家に帰らなければならなくなった。母がそうしろと強硬に言ってきたのだ。僕には逆らえる気力もなかったし、残ってやらなければならない仕事もなかった。頭髪の事は諦めた。いずれは母に見せなければいけない日も来るのだ。姉の急な帰国と結婚というトピックスの前では、僕の頭髪も霞むだろうと、僕は希望的観測を持った。
実家に現れた姉は、驚いたことに、髪を長く伸ばしていた。真っ黒でつやつやとした髪は、かつて母が自慢していた髪によく似ていた(母の髪は今では白髪が混じり、それを染めていたので、艶のない茶色をしていた)。
もっと驚いたことに、姉は女ものの服を着ていた。体にぴったりと沿う、シンプルなジャージーのワンピースだった。淡い黄色は、陽焼けした姉の素肌によく似合った。
そう、つまり姉は、すっかり女っぽくなっていたのだ。
ご神木と呼ばれていた体には、少し肉がついた。一般の女性からすると、まだまだ細かったが、どこか女性的な丸みがあった。
切れ長の目と実直そうな唇は、長い髪、すらりとした体と一緒に見せると、すらりとした体と一緒に見ると、アジアンビューティーといっても過言ではない雰囲気があった。少なくとも海外の、それも一部では「美しい」と呼ばれる部類に入るだろうと、僕は想った。
「歩、久しぶり」
何より、そう言って微笑んだ姉からは、よい生活をしている人間の余裕が滲み出ていた。僕はそれが、一番信じられなかった。
姉からはいつだって、「不穏」や「不安定」が分泌されていた。それらが周りに感染し、僕はいつも何かの元凶だった。
だが姉は今や、微笑んでいた。しっかりと口角を上げ、背筋を伸ばして、まるで安定という平らな石の上に、裸足で立っているようだった。
姉の隣には、信じられないほど白い肌をした、細い男の人が立っていた。頬はこけ、薄い唇はほとんど白かったが、大きな目には力があった。びっしり生えた睫毛や眉毛、頭髪や差し出された手に生えた毛にいたるまで、すべて綺麗な金色をしていた。
東欧の人だろかと思ったが、のちに訊いたら、ポーランドの血が入ったアメリカ人ということだった。
この人は、アイザックと名乗った。姉は彼の事を、「イサク」と呼んでいた。
僕はどこかで、姉の結婚相手は牧田さんなのではないかと思っていた。牧田さんと再会した、というメールが届いてから、姉はサンフランシスコに身を落ち着けたようだし、そもそも牧田さんは、姉の初恋の人だったのだ。だからアイザックを見たとき、僕は二重に驚いたのだった。
姉の変貌やその結婚相手をものともせず、静かに喜んでいたのは、夏枝おばさんだった。おばさんは驚くことに、アイザックのたどたどしい英語で会話していた。どこで勉強したのかと訊くと、長年海外の映画観て来たから、ある程度のことは分かるというのだった。まったくおばさんの能力たるや、計り知れなかった。
姉は、おばさんの後ろに立っていた母にまで、きちんと挨拶した。
「久しぶり」
母は、まるっきり小さな子供のように顔を赤らめ、もごもごと何か言った。まったく精彩を欠いていた。
姉夫婦(こんな言葉を使う日が来るとは!)は、実家に泊まることになった。それも、1ヶ月という長期滞在の予定だった。
以前姉のものだった部屋に泊まるということだったが、母は、何も支度をしていなかったが。だから僕と夏枝おばさんが、慌てて買い物に出かけ、アイザック用の敷布団とタオルケットを買って来なければいけなかった。
姉の部屋でおばさんと梱包を解いているときも、僕はぼんやりしていた。姉の変化にまだついていけなかったし、アイザックというあのティピカルな白人が、自分の義理の兄になったという実感もなかった。僕はただ、どうして帰って来たのだろうと、そればかり考えていた。
おばさんは、枕を新品のカバーに入れながら、珍しく僕に話しかけた。
「見つけたんやね。良かった」
おばさんが言ったのは、姉がパートナーを見つけたことだと想っていた。でも、違った。それは、姉が信じるものを見つけた、ということを意味していた。僕は、「すくいぬし」と書かれた、あのボロボロの紙を思い出した。
「何を?」
僕が言っても、夏江おばさんはニコニコしているだけだった。
もし姉が見つけた信じるものが、パートナーなのだったとしたら、そんなつまらないことはないと、僕は思った。姉の宗教的放浪が、そんな簡単なところに落ち着いたのであったなら、僕は姉を軽蔑するつもりだった。だが、姉は、パートナーを見つけた、というだけでは得られない、くっきりとした安らぎの只中にある人のようには見えた。
姉は、何を見つけたのだろうか。
階下から、姉と母の話す声が聞こえて来た、小さな声だったが、あのふたりの話している声を、何年ぶりに聞いただろうと、僕はぼんやり思っていた。
50
アイザックは、とても理知的で静かな、学者タイプの男だった。
サクラメントにある高校で歴史の臨時教員をしていたが、今は休職し、サンフランシスコの大学に通っていた。姉より6つ上の43歳。その年でまだ学ぼうとする意欲は、雰囲気から十分伝わって来た。
アイザックは、母が作った夕食を、静かに、でもとても美味しいそうに食べた。姉曰く、アイザックは日本食が大好きで、サンフランシスコの自宅でも、ほとんど日本食を作っているということだった。
母は、手巻き寿司を用意していた。
姉もアイザックもベジタリアンだった。そもそも姉は、日本にいた時から、肉をちっとも食べなかった。ふたりは海苔に不器用に酢飯を載せ、キュリやカンピョウ、キノコを甘く煮たものやアボカドを巻いて食べた。アイザックは、母の作ったひじきの煮物を、特に喜んで食べた。「ファンタスティック」と呟き、何度もおかわりするので、母もだんだん調子に取り戻してきた。
姉の急な帰郷もそして変貌に驚いたあまり、母の事をじっくり見るのを忘れてしまっていたが、母は昔のような輝きを失っていた。爪にマニキュアを塗っていなかったし、体の輪郭が緩くなったようだった。俯いて顎に肉がつき、仏頂面になると、法令線も目立った。今年還暦の母に、それくらいの老化は当たり前だったが、あの母の事だ、それはほとんど敗北と言っても良かった。
もしかしたらアイザックは、今橋家に入った久しぶりの男性なのかもしれなかった。いつだって母のやる気は、男性に向けて発揮されてきた。それがなくなった今、母はまただらしない時期をたゆんでいるのだろう。男性であるアイザックが、自分の作ったものを喜んで食べてくれたことで、母は久しぶりに満足したはずだった。
「お吸い物は?」
母の言うことは、姉が訳した、アイザックも、簡単な日本語なら話せるようだったが、母とコミュニケーションを取るには、まだまだ知識が足りなかった。アイザックは、
「アリガトウゴザイマス」
片言の日本語で、礼を言った。軽く頭を下げるそのやり方は、まるで謙虚な日本人みたいだった。
「彼がこんなに食べるのは久しぶり」
一方、そう言って肩をすくめて見せる姉は、アメリカ人そのものだった。浅黒い肌と、極端に細い目と体、まとっている雰囲気は、確かに日本人というよりはアジア人、それも、英語圏に住んでいる人に見えた。姉はもともと、日本人には馴染めないタイプの人間だったのだ。僕はしみじみとした思いで姉を見た。
「何?」
ただ、姉が僕を見るやり方は、昔の通りだった。まっすぐ僕の目を見て、決して逃さない、という顔をしていた。
「いや。まぁ」
僕はそんな風に曖昧な返事をして、母が持って来た吸い物をすすった。慌てたのか、上唇の粘膜がぺろりと剝がれた。
そういえば、誰もふたりの馴れ初めのようなものを訊かなかった。アイザックが日本語が苦手なことも原因だったか、やはり今橋家のそもそものいびつさによるところが大きかった。まず、母が姉に話しかけることはなかったし(驚いていたのもあるだろう)、雰囲気が変わったとはいえ、姉に気を遣ってあれこれ話すタイプではなかった。夏枝おばさんは、どこまでも受け身の人だったし、僕に至っては、なるべく姉には拘わらないように過ごして来た。
でも、今ならいけるような気がした。
姉の変貌は驚くべきものだった。つい最近までこの家で痩せ細り、体を洗わず、母に反抗ばかりしていた少女の面影はなかった。姉は成長したのだ。
「ふたりは、あの、どこで出会ったん?」
恐る恐る訊いた僕に、姉は、
「チベット」
即答した。サンフランシスコでの出会いではなかったことが意外だった。つまり姉は、牧田さんと再会する前に、すでにアイザックに会っていたのだ。
「じゃあ‥‥」
「4年前かな?」
母も、姉とアイザックの付き合いが思ったより長いことに、驚いたようだった。よねん、と、馬鹿みたいに呟いていた。いつだって鉄砲玉みたいな姉のことだ、おおかたアイザックと出会って数ヶ月ほどで結婚したのだろうと、思っていたのではあるまいか(僕もそうだった)。
「チベットで、どういう‥‥?」
僕は、自分で質問しておきながら、どうしてこんなにびくびくしているのか分らなかった。
姉が結婚した、しかも相手はきちんとしていて、優しそうな人だ、それは十分幸せなことなのに(報告がだいぶ遅れというサプライズはあったが)、こと相手があの今橋貴子であると、途端に警戒心が復活するのだった。
「寺院でバター彫刻を見ていたら、彼も同じものを見てたの」
姉は、説明が少なすぎた。それは矢田のおばちゃんを踏襲したものだった。ふたりは自らの意思で、端折るところを徹底的に端折った。
「アイザックも長期休暇を取ってチベットに来ていて。それで」
姉はそう言うと、夏枝おばさんが淹れてくれた麦茶を飲んだ。美味しい、という風に夏枝おばさんに微笑んで見せる仕草は、完全に大人のそれだった。つまり、昔の姉の面影は全くなかった。
「それで? 見つかった?」
夏枝おばさんだった。受け身のおばさんにとっては、とても珍しいことだった。しかも、姉の根幹にかかわる、そんな大切な質問を、こんなタイミングで軽々しく口にしてしまうなんて。僕も、質問の意味を知らない母でさえ、固唾を飲んで姉の答えを待った。
姉は、しばらく夏枝おばさんの顔を見つめていたが、やがて、にっこり笑った。
「見つけたわ」
姉は通算5本目の手巻き寿司を食べていた。僕が知っている姉では、考えられないことだった。
母は、完璧に緊張していたようだった。
翌日起きてきた僕を見て、
「いや、歩の頭!」
そう言った。つまり昨晩の食卓では、僕の頭に気付かなかったのだ。カッとなったが、僕は何も言わなかった。黙って洗面所に行き、心が落ち着くまで、ゆっくり歯を磨いた。やはり僕の容貌は「いや!」と呼ばれるほど変化しているのだ。僕は慣れ親しんだ実家で、思い切り傷ついていた。洗面所に落ちた毛を、水で流した。とても、惨めだった。
水道の蛇口が緩くなっていた。水道だけではなかった。まるで母の老化に寄り添うように、家も古くなっていた。必死に掃除したのであろうリビングは別にして、僕の部屋にはうっすら埃が積もり、窓ガラスも曇っていた。廊下は歩くとギシギシと音を立て、雨戸は思い切り力をこめないと閉まらなかった。年月が経つたのだ。
リビングに戻ると、母はぶしつけな視線で、じっと僕の頭を見ていた。腹が立つのでそちらも年を取ったのだからな、そう言いたかったが、言えないのが僕だった。
「そら、貴子も変わるわなぁ」
しみじみそう言った母は、明らかに僕の頭髪によって、過ぎ去った時間を思っているようだった。
「ふたりは?」
「散歩やって」
もうとっくに起きて、時差ボケをものともせず散歩に行ったらしい。暫くすると、玄関が開く音が聞こえた。続いて聞こえてきた姉の笑い声に、僕と母は、思わず目を合わせた。
幸せな妻が散歩から帰り笑うのは、普通の事だ。
だがこと姉となると話は違った。僕と母が顔を見合わせてしまうほど、姉の幸せな笑いは相容れないものだった。相容れないもののはずだった。
リビングに入って来た姉に、母は小さい声で「おかえり」と言った。どこか怯えているようにも見えた。姉はにこやかに笑い、隣にいたアイザックも、「タダイマ」と、片言の日本語で応じた。ふたりは汗をかいていた。走ったのか、と訊くと、
「ヨガ」
そう言って、姉はさっさと、風呂場に行ってしまった。
姉のカリフォルニア暮しがとても板についていることに、僕は思わず笑ってしまいそうになった。菜食、大学生の夫、そして(おそらく)日課のヨガとは!
残されたアイザックは、汗を拭きながら所在なさげにしていた。母は「コーヒー淹れようか」、そう誰に言うともなく言って、台所に引っ込んだので、僕らはふたりきりになった。気まずい思いで笑いかけると、アイザックはもっと気まずそうに笑い返した。まったくアメリカ人ぽっくないその感じは、僕をほっとさせた。
アイザックはシャワーを浴びる前にソファに座ることを「スイマセン」と詫びた。そして、コーヒーを持って来た母に「ドウモアリガトウゴザイマス」と、頭を下げた。僕らは無言でコーヒーをすすり、自分たちを唯一結びつける姉が来るのを待った。
僕は自分の考えに、また驚いていた。
僕等を結び付けるのが、あの姉だとは!
いつだってまわりをかき回し、ほとんど分解させてきた姉が登場すると、あろうことかリビングには安堵の空気が流れた。姉が来てくれて良かったと思うことは、かつてあっただろうか。僕はアイザックのマグカップを取ってコーヒーを飲む姉を、しげしげと眺めた。
アイザックが代わってシャワーを浴びに行くと、姉はアイザック座っていたソファに腰を下ろした。そして、心からくつろいだ様子で新聞をめくった。暫くすると夏枝おばさんもやってきて、一緒にコーヒーを飲むことになった。アイザックはよほど丁寧に体を洗う人なのか、シャワーなのになかなか出てこなかった。
僕らの雰囲気を察したのだろうか、姉は、
「イサクは清潔好きだから」
そう言った。
姉が話してくれて、なんとなくほっとした。母を見ると、同じくそう思っているようだった。
「なんでイサクって呼ぶん?」
母は恐る恐る、自分の本来の素直さを発揮し始めた。
「名前はアイザックなんやろう? あだ名?」
姉は、新聞から目をあげ、
「アイザックは英語名。イサクがなまってそうなったの」
そう言ったが、姉の説明では、母は分からないようだった。恥ずかしながら、僕だって分からなかった。
「イサクは、旧約聖書の創世記に出てくる人なの。英語ならアイザックで、ヘブライ語ならイッハク、アラビア語だってあるのよ、イスハーク」
ちらりと夏枝おばさんを見ると、おばさんはコーヒーの味に集中しているのか、誰のことも見ていなかった。
「彼はイサクって呼ばれるのを恥ずかしがるけど、でも、彼ユダヤ教徒だし、私はそう呼びたいの」
「ユダヤ教徒?」
母が思わず、といった感じで声を出した。母がでなければ、僕が出していたところだった。
「そうよ」
「ユダヤ教徒‥‥」
だが母には、それ以上の知識がないようだった。僕はといえば、ユダヤ、イコール、アンネ・フランクとい凡庸な考えしか浮かばなかった。恥ずかしくて、目を伏せたが、姉は気にせず続けた。
「私も改宗したの。ユダヤ教徒はユダヤ教徒としか結婚できないらしいから」
「かいしゅう」
母は今度こそ大きな声を出した。だが、怒っているのではなく、ただ驚いているのだということは分かった。
僕は、母が姉に怒ることはないだろうと思っていた。例えばアマゾン川流域で未知の部族に嫁いだと言われても、性転換した姉が(兄か?)現れても、母はもはや諦めをもって姉を見ているだけだろう。受け入れるのではない。かといって積極的に反対することもない。それほど姉は、ずっと何をしでかすか分からない子でありつづけたのだ。
「じゃあ、貴子ちゃんは、ユダヤ人なんやね」
思いがけず声を出したのは、夏枝おばさんだった。姉が帰国してからの夏枝おばさんには、驚かされっぱなしだった。ユダヤ教徒がイコールユダヤ人だなんて、僕は知らなかった。姉はアメリカ人と結婚して、アメリカ国籍を手に入れたのではなかったのか。
「そう、ユダヤ人」
母はもはや、訊き返しもしなかった。黙って姉を見つめていた。何を言われても驚かないと、決意した顔をしていた。それは、かつて幼かった姉が泣き叫ぼうが暴れようが、われ関せずを貫いていた母の顔だった。
「ユダヤ人」
代わりに声を出したのは、僕だった。
姉の宗教的放浪は、ユダヤ教で終わりを告げたのか。
幼い頃、あれだけ憧れたアンネ・フランクと同じユダヤ人。20世紀最大規模の大量殺戮で、たくさんの命を奪われたあのユダヤ人になることで?
僕は強く納得した一方で、でもどこかで強烈に腑に落ちていなかった。マイノリティでありたい姉にとって、マイノリティであるがゆえに迫害され、殺害されたユダヤ人になることは、これ以上ない終了であるように思えたが、矢田のおばちゃんが言った「信じるもの」は、既存の宗教ではなかったはずだった。
「面白いよね、私がユダヤ人になるなんて」
姉は、まったく軽やかだった。ユダヤ人であることの気負いも、微塵も感じられなかった。まるで隣の人からリンゴをもらって齧った。とでも言うように、姉は自分がユダヤ人になったことを笑うのだった、僕は混乱した。
姉は、何を信じるようになったのだろう。
アイザックがシャワーから戻って来た、上気した顔はピンク色に染まり、アイザックはいかにも清潔に見えた。
「Feline’good?」
姉が訊いた。
僕はその言葉で、夏枝おばさんにニーナのレコードを返していないことを思い出した。
「グッド」
思いがけず日本語的な発音で、アイザックが言った、姉はそれを聞いて笑った。笑っている姉は、完璧に幸せに見えた。
51
すぐに戻るつもりだった僕は、だが思いがけず長く、実家に留まることになった。
誰が望んだわけでもなかった。母が「いてくれ」と言ったのではなかったし、夏枝おばさんがそんなことを言うはずもなかった。僕は自分の意思で、残ったのだ。僕らはリビングに集まり、おかしな家族として、いびつな団欒を過ごした。
スマートフォンからパソコンのメールを見る限り、仕事の依頼はなかったし、あったとしても断ることなんの躊躇もいらないものだった。僕を待ってくれているのは、須玖と鴻上と澄江だけだった。
たった3人。
東京に出て15年経った僕を待っているのが、たった3人だなんて、泣けもしなかった。15年前の自分を思い返すと、まるで知らない誰かのようだった。逃げるように東京に出た僕だったが、それでも僕には輝かしい未来があった。僕のことを好きになる女の子なんてたやすく見つかったと、不況という言葉を気にしないでいられるほどに、僕のところには興味深い仕事が舞い込んだ。でもその輝かしい未来は、いつの間にかなくなった。僕は髪も、美しい女の子たちも、興味深い仕事も失ったのだ。
この15年で、僕はこんなに変わってしまった。
一方、同じように変わった姉だったが、その変化は僕のそれとは違った。決して、惨めなものではなかった。
姉には先ず、よく笑うようになった。僕やアイザックのように愛想笑いをすることはなかったが、笑いたことがあれば口を開けて笑い、ときにはジョークを言ったりもした。以前のように部屋にこもることはなく、いられるだけリビングにいて、僕や夏枝おばさん、そしてあの母と話をすることを望んだ。
ヨガはやはり、姉の日課だった。姉とアイザックは毎日朝早く起き、どこか外に行ってヨガをやって帰って来た。マットのようなものを持っていなかったので、どうしているのか訊くと、
「地面に直接触れる方が、大地のパワーを貰えるから」
とのことだった。
色白でヒョロヒョロと細いアイザックが、大地からパワーなるものをもらっているようには見えなかったがアイザックは驚くほどタフだった。何気なく聞いた話では、世界中で開催されているフルマラソンに出場しているらしいし、最近では数日走り続けるウルトラマラソンにも挑戦し始めたらしい。
菜食で力が出るのかと訊くと、アイザックは、
「ウルトラマラソンをやっている人間には、菜食主義者が多いんです」
そう言った。
「チベットで会ったときも、アイザックはネパールから数週間かけて歩いて来てたのよ」
姉はアイザックの骨ばった脚を、愛おしそうに見つめた。
姉がアイザックに会ったのはチベットの寺院だったと、初日に聞いていた。だが僕はそのとき、アイザックがユダヤ教徒であることを知らなかった。
「ユダヤ教徒って、他の寺院施設に行っていいん?」
アイザックを見ながら姉に訊くという、おかしなことになった。アイザックは日本語がわからないことを、申し訳なさそうにしていた。
「人によるわね。敬虔な人はダメだけど、アイザックはあんまり拘らないの」
「ユダヤ教徒がみんな敬虔なわけじゃないん?」
「ないわよ。ユダヤ教には613の戒律があるの。それを全部守るのは、現代では難しいわよね」
「613も?」
「そう。イスラエルで厳格に戒律を守っているシオニストもいるけど、アメリカでそれを守るのはなかなか難しいの。私たちのラビも、けっこうリベラルな人よ」
「ラビ?」
「うーんと、指導者っていうか」
「牧師みたいなもん?」
「まあ、そうね。そう」
「そのラビは、アイザックがチベット仏教寺院を参拝することを許すのん?」
「どうかしらね。でも、朝のヨガだって、私たち夏枝おばさんの神社の境内でしているの。神主さんもとてもいい人だし、アイザックが神社のことをビューティフルだって、喜んでた」
姉の言う「夏枝おばさんの神社」とは、おばさんが毎日参っている神社のことだろう。姉はかつて、自分が玉砂利を巻き散らしたり狛犬(こまいぬ)に乗ったり、暴虐の限りを尽くしていたあの神社で、今静かにヨガなんてしているのだ。神社の神様も、随分驚いていることだろう。
「ユダヤ教に関して、ただなんとなくユダヤ人が信じるもの、という程度の知識しか、持っていなかった。
そして僕が知っているユダヤ人といえば、あの悪名高いホローコーストで虐殺された人たち、アンネ・フランク、そして現在、イスラエルで何事かもめている人たちだった。僕はまったく、新聞を読まなかった。
姉はよどみなく話した。かつて姉がこんなに、饒舌に話すことはなかった。
姉はいつだって、言葉を発する前に何かをやらかした。壁中に鼠の尻尾が生えた巻貝を彫ることであれ、体を洗わず、部屋から出てこないことであれ、姉は何かを伝えるとき、言葉ではなく行動で表した。それが姉の言葉だったとしても、僕たちはそれが理解できなかったし、そのことで姉はますます、言葉を手放すようになった。姉はそれを手放すたびに、さらなる孤独に自分を追いやり、もはや皆と共通の言語を忘れてしまったように見えた。
だが今、僕の目の前で、姉は言葉を使っていた。忘れていた言葉を取り戻し、それを駆使して、僕に想いを告げていた。母があれだけ待ち望み、僕がまったく期待することを諦めてしまった言葉を、姉は自分なりのやり方でもそして大切なことに、とても静かに、紡いでいるのだった。
僕は自分が、姉の前でくつろいでいることに気づいていた。それは信じらないことだった。僕はずっと、姉と関わらないでおこうと決意して生きてきた、姉の前に出ると、最低限のことしか話さないようにしたし、姉の気に入ることもしなければ、姉の気に入らない事もしなかった。つまり僕は、姉の前で完全に気配を消していた。姉に僕を見ないことを望んだし、話しかけるなんて御免だった。だから姉の前でリラックスするなんてことは、考えた事もなかった。こんなふうにリビングのソファでくつろいで、姉と話しているなんて。
「じゃあ、アイザックと結婚するのに、そんなに抵抗はなかったんやな」
アイザックが日本語を理解しないことをいいことに、僕は姉に少し突っ込んだことまで訊いた。アイザックは僕らを見て、時折うなずいていたが、それは理解のうなずきではなく、分からないなりに聞いている事を示すためのものだった。
「そうね。それにそもそも」
姉はアイザックを見て微笑んだ。それはまさに微笑み、まがうかたなき微笑だった。アイザックもそれを見て、安心したように微笑み返した。
「アイザックは、ユダヤ教のいうところの神様を、いまいち信じ切れていないのよ、まだ」
「え?」
思わず、アイザックを見た。ばっちり目が合ったが、僕は珍しく、愛想笑いはしなかった。出来なかったのだ。
「どういうこと?」
「アイザックは、お母さんがユダヤ教徒でユダヤ人だったから、彼もそうなったんだけど、でも、彼のお母さんが信じるほどには『神様』というものを、信じられないの」
アイザックの目は、まるで宝石のようだった。ここまで澄んだ水色を、僕は見たことがなかった。
「それって、ユダヤ教徒って言えるん?」
「でも歩だって、うちの宗派のこと分かる?」
「えーっと‥‥仏教?」
「そんなんじゃ、信じるもクソもないわね」
姉は笑った。
「でもユダヤ教って、なんかもっとこう、厳しいのかと思っていたから」
恥ずかしくって、僕は意味もなく笑った。アイザックを見ると、彼も笑っていた。
「いろいろ解釈があるけど、私たちにとってユダヤ教は、生涯、神を探求し続ける宗教なの。神とは何かって。神と人間が対等であるという考え方もあるし、神様を信じすぎるなっていう説話もあるくらいなのよ」
「姉はそれから、僕の質問に答え続けた。スラスラと話すさまは、まるで姉の言うラビのようだったが、僕はラビを知らないのだった。
「それで、姉ちゃんは信じてるん?」
言ってから、姉の事を数年ぶり、いや、二十数年ぶりに「姉ちゃん」と言った事に気づいた。気づいてから、カァッと顔が赤くなった。こんなに自然に言えたことに感動してもいたし、あっさり防御を解いた自分が恥ずかしくもあった。それに何より、姉とこれだけ熱心に話している状況に、僕はやはり、心から驚いていた。
「私は、うーん、建前はね。ユダヤ教徒だし」
姉の回答は、思いがけないものだった。なんでもこれを決めたものは盲目的に信じ、信じたものを決して裏切ることなく、ときにはそれによって自身の心を病んでしまうほどだった姉が、夫の為とはいう、自ら改宗したユダヤ教の神を信じる事を、「建前」などと言っているのだ。
「私は元々菜食だったし、コーシャフードは体にいいから合ってるの。でも、ユダヤ教の神様がいるのか、いたとしても信じるのかって言われたら、分からない、はっきりと断言できない。何か大いなるものの力みたいなものは感じるけど、それがユダヤ教の神様なのかと言われると、まだ全然ぴんとこないのよ」
僕は驚いて、声が出なかった。
姉が、まともなことを言っている。それも、神様に関して。
姉はたやすく何かを「大いなるもの」にし、それに完全に、全身全霊で寄りかかってきた。その姉が、「大いなるもの」から距離を置き、ひとりで存在しているのだ。
「じゃあ」
「ん?」
僕はもう一度、アイザックを見た。そして、アイザックが日本語を理解していないことに改めて感謝した。
「姉ちゃんは、何を見つけた?」
僕は知りたかった。世界中を回って、あの宗教少女だった今橋貴子、不安定の権化だった少女が何を見つけたのかを、何が今の姉を、こんな安定のただ中に居させることが出来るのかを。
姉は、僕をじっと見た。浅黒い肌は滑らかに光り、見るからに健やかだった。姉の腕には女性らしからぬ筋肉の筋が入っていたが、それが姉を不思議と、美しく見せていた。
「歩、ヨガってやったことある?」
拍子抜けした。それは僕の期待していた返事では、もちろんなかった。僕は姉がふざけて僕をからかっているのかと思った。
「はあ?」
「真剣に。ヨガってやったことある?」
「ないよ、なんやねん」
わずかに苛立った僕に気を遣ったのか、アイザックが僕を見て、愛想笑いをした。
「ヨガって、いろんなポーズがあるでしょう。そのどれも、体の幹がしっかりしていないと出来ないの」
「それが信じることと何の関係があるん」
姉の目を見ると、それは鋭く光っていた、人をからかって笑うような目とは、まったく違った。
「バランスが大切なのよね。そのバランスを保つのにも、体の芯、その、幹のようなものがしっかりしていないとだめなの。体を貫く幹が」
姉は落ち着いていたが、熱心だった。時々助けを求めるようにアイザックを見たが、アイザックはもちろん、僕達が何を話しているのかは、分らなかったのだった。
「幹。私が見つけたのは、信じたのは、その幹みたいなものなの」
「幹?」
「そう」
僕は黙り込んだ。考えるためだったが、姉の言った言葉は、あまりに抽象的すぎて、僕には分らなかった。ただ、姉が真剣なこと、その「幹」というものが何なのか、姉だけははっきりと理解しているということだけは分かった。
「幹」
僕は馬鹿みたいに、そう繰り返すしかなかった。姉もしばらく黙って僕を見ていた。何か言って欲しそうに見えたが、僕に言えることは、何もなかった。
そのとき、テーブルに置いてあったスマートフォンが震えた。
ブー、ブーと大げさな音を立て、それは僕たちの静かな(まったく静かな)時間を切り裂いた。画面には澄江の名前があった。実家に戻って来てからも、澄江からは何度かメールをもらっていた、僕はおざなりな返事を返していたが、電話は初めてだった。いつもなら、きっと無視したと思う。だが、この空間で激しく主張する(そう、昔の姉のように)そいつを、なんとか黙らせたかった。それほど、この空間は穏やかだった。
「もしもし?」
澄江との会話は聞かれたくなかったので、僕はリビングを出た。階段を、三段上がったが、澄江は無言だった。その代わり、通話口から、ザザ、という雑音が聞こえた。
「もしもし?」
そのとき、雑音の向こう、まるではるかかなたから聞こえるように、澄江の声が漏れていた。
「え?」
訊き返したが、何を言っているのか分らなかった。イライラして切ろうとしたそのとき、僕は階段の途中で立ち止まることになった。心臓がドクン、と大きな音を立てた。電話を当てている左耳が、みるみる熱くなった。
電話の向こうかに聞こえてきたのは、澄江の叫んでいるような声だった。だが、叫んでいるのではなかった。
それは、澄江がセックスするときに立てる声だった。
52
地面に叩きつけられたような気がした。
僕は今、実家の13段ある階段の、6段目に立っているわけだが、そこから、完全に死ぬやり方、地面に叩きつけられたような、そんな気がした。でも僕は生きていて、スマートフォンに耳を当て、ただそこに立っているのだった。
何度も切ろうと思った。切るべきだった。
でも僕は、まったく動けなかった、それどころか、耳を澄ませていた。澄江の声は断続的に聞こえた。いつも澄江はそのとき、少し声が大きすぎるきらいがあった。それは、快楽によって出た声というよりは、まるで「がんばれ! がんばれ!」と励ましているような力強い声だった。
僕は澄江のその声を、もう1ヶ月ほど聞いていなかった。久しぶりに聞いた澄江の声は、相変わらず誰かを𠮟咤し、応援するように響に満ちていた。決して欲情しないその声を、このような状況で聞いていることが信じられなかった。
澄江の声の合間に、男の声も聞こえた。頭がチリチリと痛んだ。こめかみから流れる汗が、僕のスマートフォンを濡らしたが、どれだけ耳を澄ませても、男が何をいっているのかは最後まで分らなかった。
そう、僕は最後まで聞いたのだ。
曲がりなりにも自分の恋人である女性が、他の男と性交しているまさにその声を、最後まで聞いたのである。
それはもちろん、僕に変態的な悦びを与えるわけではなかった。僕はただ聞いていたのであり、それは限りなく聞かざるを得なかった状況だった。動けず、かといって叫ぶことも出来ず。僕は静かにそこにいた。そして、自分が傷ついているのかどうか、自分には分らなかった。ことを終えた澄江たちは、何か睦言を話しているようだった。盛り上がったあまり、自分のスマートフォンの発信ボタンを押してしまっていることなど、気づいていないのだろう。ふたりの声は甘く、低くむ、親密だった、その声音だけで、ふたりが柔らかな信頼関係にあることが分かった。
僕はここにきて初めて、嗜虐的(しぎゃくてき)な気持ちになった。澄江が気づくまで、じっとこのままでいてやろうと決めた。僕は意思によってスマートフォンを持ち続けることにしたが、でも、その嗜虐心は同時に、自分自身を苛めるためでもあった。
僕はおかしな興奮に包まれていた。
自分が日本一、いや、世界一惨めな男だと思った。そもそも僕は澄江のことを、そんなに好きではなかった。かつての恋人に比べ、いや、世間一般の女性の中でも、格段にレベルの低い女だと思っていた女に、こんなに見事に裏切られる自分を、僕はどこかのショウを見るような気持ちで眺めていた。僕の魂は僕の数十センチ上を浮遊し、今やわずかに震え出した僕を、嘲笑っているのだった。
「あれ?」
ガサガサ、と大きな音がした、そして、澄江の声が間近に聞こえた。
澄江が、気づいたのだ。
僕の心臓は、ドキンと高鳴った。それはおかしなことに、淡い恋心にも似た緊張だった。好きな女の子の家に電話して、思いがけず本人が出たような。僕はまったく、おかしなことになっていた。
「あれ、もしもし? もしもし?」
澄江は、狼狽していた。奥から、男の声が聞こえたが、澄江はそれを強く制したようだった。男の声は低く、くぐもっていた。
「もしもし? 歩君? 繋がってる?」
僕はそのときどうしたか。「そんなに好きでない」、「レベルの低い女」だと蔑んでいた恋人に裏切られた、33歳の薄毛の、ほとんど無職の僕は、どうしたか。
「はははははははは!」
笑ったのだった。
「え、歩君‥‥?」
「あはははははは!」
リビングから、姉が顔を出すほどの高笑いだった。僕は笑い、笑い、笑った。目尻に涙が滲んだ。立っていられなくなって、階段に座り込んだ。姉は僕の様子を見て、友人が、誰かとても仲が良くて、気心が知れていて、面白い奴が、最高の一言を言ったのだと思ったのだろう。肩をすくめて、リビングに戻った。
「歩君? もしもし?」
「はははは、最高やわ、最高!」
僕の笑いは、狂気じみてきた。自分でも思った。だが澄江は、もっと大きな危機感を持って、それをおかしいと思ったようだった。
「歩君? あの‥‥」
僕は澄江の顔が、真っ青になるところを想像した。そして、澄江と一緒にいる男があたふたと騒いでいるさまを。それとも、澄江は落ち着いてものだろうか。男も、僕の事など気にかけていないのだろう。僕のようなつまらない、社会的に何も持たない男の事など、その男は、歯牙にもかけないのだろうか。
「歩君、大丈夫? どうしたの?」
澄江の声は、完璧に優しかった、母親のような(僕の母ではない、世間一般の「母親」だ)、慈愛に満ちた声をしていた、その声で、僕は我に返った。握りしめていたスマートフォンを、ますます強く握った。
「そっちやん」
「…‥え?」
僕の、急に冷えた声に、澄江は怯んだようだった。僕も怯んだ。僕の声は老人のようでもあり、死を告げる死神のようでもあった。
「そっちやん、電話をかけてきたんは」
「‥‥歩君」
「何? 用事?」
「歩君」
「用事ないなら、切る」
「電話を切ってからも、しばらく階段に座っていた。浮遊していたもうひとの僕は、いつのまにか僕と一体になり、僕は再び、ひとりだった。裏切られた、という思いは不思議となかった。その代わり、「とうとうここまで来たか」という感慨があった。この15年間で、僕はあまりにも変わったが、そのなれの果てが、今もの瞬間であると思った。
僕が、ここまで来たのだ。
手にしていたスマートフォンが、何度も震えていた。澄江からだと、見なくても分かった。僕は澄江を無視し、かといって電源を切る事もせず、長い間階段に座っていた。
遅れて怒りがやって来たのは、明け方だった。
リビングに戻った僕は、姉たちと何事もなかったかのように会話をし、風呂に入り、本を数ページ読んでから、眠りについた。眠れないのではないだろうかと思っていたが、おもいがけずぐっすり、自分でも驚くほど深く眠った。
だが、明け方目が覚めたと同時に、猛烈な怒りが僕を襲った。
コケにされた。
騙された。
どの言葉も、足りなかった。僕は澄江にいわれのない暴力を受けたような気持ちだった。笑いながら殴られ、大切なものを奪われ、地面に臥(ふ)せったところを足蹴りされたような気分だった。怒りで叫び出しそうになるのを堪えながら、僕は静かに布団の中でスマートフォンを開いた。
数十件の着信と、七通のメールが入っていた。すべて澄江のものだった。枕元でこんなに震えていたはずなのに、すやすやと眠りこんでいたさっきまでの自分が、まるで信じられなかった。着信の履歴をすべて眺めてから、メールを開いた。
様々な言葉を連ねていたが、結局は、僕が何を聞いたのか分からないが、正直に話したい、とにかく会いたい、ということだった。最後のメールには、もし許してもらえるならば、大阪まで行く、と書いていた。ざまを見ろ、という気持ちになったのは、僕が澄江と別れるつもりだったからだし、少し気分が良かったのは、澄江が憔悴していることが分かったからだった。
奈落の底にも段はある。
僕は数センチに満たない高さの段をひとつ上り、なんとか澄江を下に見ようとした。僕が澄江に冷たく当たっていたのは確かだ。ここ最近は、澄江との約束より、須玖と鴻上との逢瀬を優先してきたし、澄江のメールを無視することもしばしばだった。それにそもそもの最初から、僕と澄江の関係は、一方的な澄江からの愛情で成り立っていた。
澄江は寂しかったのだ。寂しくて、自信がなくても、それで過ちを犯したのだ。
そして僕は、その過ちを許すつもりはなかった。
嫉妬からではない。そもそもの初めから、愛情がなかったからだ。
僕は、スマートフォンを手に取った、澄江に電話するつもりだった。電話に出た澄江に、静かにこう言おう。
「好きにならへんくてごめん」
それを想像すると、僕の体を包んでいた渦のような怒りは静まった。澄江に対する残酷な気持ちを育て、それでなんとか、自分を保っていた。
着信履歴を埋めている澄江の名前をタップした。呼び出し音が鳴った途端、澄江はすぐに出るのだろうと思っていた。澄江はおそらく、眠れずに過ごしているに違いなかった。僕からの電話を待ちわびているに、違いなかった。
だが、予想に反して、澄江は電話に出なかった。拍子抜けどころではなかった。3度ほどコール音を聞いたときには、まだ余裕があった。だが6度聞くとダメだった。一度鎮静した怒りが甦り、僕は結局澄江に、何度も電話をかけ続けることになった。
澄江が出たのは、4度目の電話だった。
「…‥しもし?」
澄江はあろうことか、眠そうな声を出した。
眠っていたのだ!
僕は怒りに任せて、叫びそうになった。卑猥な言葉、罵詈雑言、僕が知っているありとあらゆる汚い言葉を。だが、それをぐっとこらえた。僕には最後のプライドがあった。豆粒のように小さなプライドでも、僕を止めるのには、十分だった。
だがそのプライドも、澄江の一言で崩れた。
「歩君、ごめんね」
息を吞んだ。
僕が、謝られるなんて!
それは澄江に「可哀想」だと思われている事だ! 澄江より下の段にいるということだ!
僕は枕にパンチした。澄江に気づかれないように、肩で息をした。そして、出来うる限り静かな声で、こう言った。
「僕たちが、付き合ってたと思ってたん?」
それだけ言うのに、全身の力を振り絞った。この一瞬で、一気に年を取ったみたいだった。たわむれに枕を触ると、抜けた髪の毛が指に絡まり、僕は泣き出しそうになった。
「歩君」
「僕は付き合ってる気なかった」
髪を一本つまんで、窓にかざしてみた。はっきり見えなかった。僕の髪はそれほど細く、頼りないのだった」
「歩君」
澄江は、大きく息を吸った。
「いつまで、そうやっているつもりなの?」
思いがけない言葉に、僕は「あ」と呟いた。驚きの「あっ!」ではなかったし、威嚇の「あ?」でもなかった、僕はただ、口を開きながら音を出した。あ、と。
「歩君は、いつもそうだよね。そうだったよね」
澄江は、静かに、ゆっくりと話した。指先にあった髪の毛は、いつの間にか落ちていた。そうって?
そうだったって?
訊きたかったが、もちろん訊かなかった。言葉を発しようとしても、きっと「あ」以外出てこないだろうと、僕はわかっていた、そしてそれが、とてもみっともない事だという事も、僕は、それを、こんな形で現実のものにしたくなかった。
「いつまで、そうやっているつもりなの?」
澄江は泣いていた。静かに涙を流しているその様子を、僕は目の前でみているように、はっきり想像することが出来た、その景色を見た途端、僕は澄江への恋しさで、胸がちぎれそうになった。
澄江の丸い背中や、むちむちとしたふくらはぎ、少し嗄(か)れた声や、気を使っているときの黒目の動きや、細かな澄江の動作、ディテールのひとつひとつが、驚くほど鮮明に浮かんだ。
「す」
僕は「澄江」とは言えなかった。「す」と言ったまま黙り、そしてそれからはもう、一言も発しないでいようと決意していた。
澄江はしばらく泣いていた。それから、「今までありがとう」と言った。
ツー、という音が聞こえたときも、僕は電話が切られたことに気付いていなかった。
電話を切るべきは、僕のはずだった。泣きながらとりすがる澄江に別れを告げるのは、僕のはずだった。でも、そうではなかった。僕は切られたスマートフォンを握り締めながら、いつまでも呆然としているのだった。
いつまで、そうやってるつもりなの?
澄江が言った言葉が、いつまでも消えなかった。
そうって?
そうだって?
僕には分かっていた。僕だって、そう思っていた。自分はいつまでそうしているつもりなのだろうか。自ら為すことなく、人間関係を常に相手のせいにし、じっと何かを待つだけの、この生活を、いつまで続けるつもりなのだろうか。
でもそれを突き付けられると、苦しくなるのは分かっていた。苦しくなるのは分かっているから、僕はその質問から全力で逃げていた。
いつまでそうやってるつもりなに?
今だって逃げたかった。その言葉を窓の外に放り投げ、または踏みつぶし、知らないふりをして、朝まで眠っていたかった。
でも、それはいつまでも居座り続けた。部屋の薄暗さをものとせず、僕の枕元で、まるで発光しているように。
いつまで、そうやってるつもりなの?
53
驚くべきことに、姉とアイザックの朝のヨガに、母も同行するようになっていた。
それはまさに、歴史的瞬間だった。母、奈緒子と、娘、貴子が、一緒に何かをするなんて(それも、ヨガだ)!
もちろん初め、母は姉の誘いを渋った。母は、ヨガや菜食主義のようなものに、どうしても胡散臭さを感じてしまう性格のようだった。だが、たるんだお腹、滲むようになった輪郭を、自身でも分かっていたのだろう。「体が引き締まるわよ」の一言も強かったし、あの娘に誘われたことで、最後の母性を刺激されたようだった。
朝、3人がヨガから帰ってくると、母はちょっと見ていられないくらい汗をかいていた。
「こんなにきついとは思わんかったわ!」
そう言いながらも、母はどこか嬉しそうだった。
「でも、元々バランスがいいわよ」
姉は、母にそんな風に気遣いの言葉までかけられる人間になっていた。母は単純な人だった。そして、素直な人だった。姉のその一言に気を良くし、それから毎日3人で出かけるようになった。
姉は、僕の事もヨガに誘っていた。
もちろん断った。どこの世界に、近所の神社で姉夫婦と母と4人でヨガをやる男がいるのだ。無下に断った僕を、でも姉は、しつこく誘わなかった。
澄江のことがあってからも、僕はだらだらと実家にい続けていた。仕事は入っていなかったし、僕は家に金を入れる事もせず、母の作った豪勢な料理を(日ごとに豪勢さを増していた)を食べ、ヨガもランニングもしないものだから、太っていた。最悪だった。
僕を見かねた姉がある日。
「歩こう」
そう言ってこなかったら、僕の一日の歩数は、わずか30歩ほどだっただろう。正直姉と近所を歩くのは嫌だったが、さすがに体がなまっていた。
玄関を出て待っていたのは、姉だけだった。僕はてっきり、アイザックと3人であるものだと思っていた。姉ことを覚えている人が居たら嫌だったし、アイザックといると余計目立つだろうとから有難がったが、やはり僕は、姉と二人きりになることに危機感を覚えるのだった。ひるんだ僕に、
「行くよ」
姉は、有無を言わさなかった。
弾かれるように姉について行くと、姉は道を決めているのか、僕を見ることなく、スタスタスと歩いていった。夕方だった。昼間は暑かったが、日が翳って来ると、少し涼しくなってきた。姉は体にピッタリと沿うTシャツを着ていたが、それだけでは少し、肌寒そうに見えた。
もう秋になるのだ。
そう思うと、急に心細くなった。僕の誕生日までは、秋、冬、と、ふたつの季節を越す必要があったかず、それはあっという間であるように思った。誕生日が来るのが怖いなどと思ったことはなかった。でも33歳になることが怖かったし、34歳の僕は、35歳になることが怖いだろうと思った。
僕の前を歩く姉は、37歳だった。
姉は、37歳になり、きちんと生きているように見えた。伴侶を見つけ、母を気遣い、生活の基盤をしっかり持っていた。体にいいものを食べ、ヨガでバランスを取り、サンフランシスコの太陽の下で、健やかに暮らしていた。
姉に、そんな未来が待っているなんて思いもしなかった。そして僕に、こんな未来が待っているなんてことも。
サンフランシスコにもヨガにも興味はなかったが、姉と僕に関しては、現在の生活が僕がしているほうが自然なはずだった。頭も禿げず、サーフィンなんかして、引き締まった体をした僕の隣には、やはり健やかで、綺麗な女の人がいる。一方で姉は、40を目前にして仕事がなく、鬱々と暮らしているのだ。その方が、かつての僕と姉からすれば、納得できることだった。
何処でこうなったんだ?
僕はいつから、こんな風になってしまったんだ?
姉の後ろを歩きながら、僕はお門違いに、姉を恨み始めていた。
「歩、大丈夫なの?」
ふいに、姉が振り向いた。姉の背中を睨み付けていたところだったので、僕は驚いて、後ずさりしてしまった。
「何が?」
「生活よ」
姉がこれから、嫌な話をしようとしていることが分かった。
みている限り、どうやら僕が働いていないこと、頭も禿げ、体も太り、どんどん不健康になっていることを、姉は言いたいのに違いなかった。だからこそ急な散歩に僕を誘ったのだし、その散歩にアイザックを同伴しなかったのだ。先ほどまで、母に気遣いが出来る姉に感動していたというのに、僕は姉のその気遣いに苛立った。気遣いなどとは程遠かった人間の癖に、何を調子に乗っているんだ、そう思った。
「今はまあ、休憩ってとこだよ。出版は浮き沈み激しいんだし」
でも、こんな風に誤魔化さなければいけない自分が嫌だった。
「仕事の話じゃない」
「え?」
姉は、歩く速度を緩めなかった。
「歩、すごく揺れているように見えるわ」
「揺れてる?」
「そう、揺れてる。歩には芯がないの」
言っている事はいまいち分らなかったが、嫌なことを言われていることだけは分かった。僕は子供のように拗ね、黙り込んだ。姉にいわれたくなかった。僕の生活のどんなことも、散々僕たちに迷惑をかけてきた姉にだけは言われたくなった。「芯を持ちなさい。歩」
姉はひるまなかった。姉は怯む人ではなかった。不機嫌になった僕を前にしても姉は自分の意見をはっきり言った。
「芯ってなんやねん」
「自分だけが信じられるものよ。歩にはそれがない。それがないから、揺れてるのよ、すごく」
姉の静かな物言いに、僕は本格的に腹を立てた。
「違う」
そのとき、姉が向かっているのが、かつてサトラコヲモンサマがあった場所であることに気づいた。ネドコの跡地はとうとう売却され、大きなマンションが2棟建っていた。
「私がここに来ていたとき」
姉は、マンションの前で立ち止まった。平日の夕方、マンションは静かで、どこかで布団叩く、乾いた音だけがしていた。
「歩は私を避けていたでしょう?」
僕は黙っていた。姉は何の話をしようとしているのか分らなかったが、絶対に頷くまいと、固く決意だけしていた。
「私はそれが不思議だった。歩はいつも私を見ていて、私を怖がって、私を避けていた」
「不思議? そりゃそうやろ? 自分の姉が変な宗教にはまって、学校も行かんとおかしなことしてるんやで?」
「でもそれは私のことよ。歩のことじゃない」
「は? 何言ってんの?」
「私がやっている事は、歩がやっていることじゃないのよ」
姉はマンションを背に立っていた。西日が背中から当たって、姉の顔を影にしていた。
「あなたはいつだって、私と自分を比べていた」
思いがけなかった。
僕が姉と自分を比べていた?
何を言っているんだろう。僕はただ、おかしな姉に人生をめちゃくちゃにされたくないから、姉の動向を窺っていただけだ。そしていつしかそれも諦めて、僕は姉のことを僕の人生から抹殺してきたのだ。
「歩は、歩なのよ。他の誰でもない」
後ろから光を浴びて、姉はどこか神々しく見えた。そして僕には、その神々しさが鬱陶しかった。わざわざ呼び出して、お門違いなことを言い、あまつさえ僕を憐れんでいるような素振りを見せている姉を、憎んでいた。
「あんた、何言ってんの?」
僕は自分が出せる声の中で、一番冷たい声を出した。
「さっきから何言ってんの? 俺があんたと自分を比べてきた? 俺はあんたをずっと無視してきたんや、あんたなんておらんかったらええと思っていたよ。どこまで自分好きなん?
自分がそんなに注目に値する人間やと、未だに思ってるわけ? 芯がない? じゃああんたには芯があるわけ? サトラコヲモンサマやらイスラム教やら阿保くさい巻貝やら、ほんで今度はユダヤ教? どんだけ揺れてるん? あんたの言う芯って何?」
「歩」
「今まで散々俺らに迷惑かけて、めちゃくちゃな人生を送ってきて、ほんでちょっと結婚して落ち着いた途端、常識人気取り?」
「歩」
姉は悲しそうだった。その気配が、僕を余計苛立たせた。どうして僕が姉に、あの姉に、憐れまれなければならないのか?
「歩、あなたは、信じられるものを見付けなといけない」
僕は、鼻で笑った。
「ほら、それも矢田のおばちゃんの受け売りやん? あんたの意見やないやんか。あんたはいろんなものを簡単に信じ、人の意見をさも自分で考えたように言う。あんたこそ芯あるん? ヨガかなんか知らんけど、それで自分に芯があるなんて、阿保ちゃう?」
僕はそのとき、これ以上ないほど暴力的な気持ちだった。姉に殴りかかりたかった。だが心のどこかで、わずかに姉を怖れている自分もいた。それが嫌だった。だから僕はますます、大きな声を出すしかなかった。
「あんたが信じるものを見つけるために、俺らの家族がどれだけ嫌な思いをしたか。分かる? 父親が出家したんやぞ? それもあんたの芯のなせる業か?」
「あのふたりのことは、あのふたりしか分からない。私やあなたには関係ないのよ。あのふたりは、あのふたりの信じることのために生きている」
「は? じゃあ、芯がないのは俺だけって言いたいわけ?」
「お母さんもそうね、揺れてる。でも大丈夫だと思うわ、私、お母さんをサンフランシスコに誘うと思ってる」
「は?」
「私たちの家に来てもらいたいし、お母さんも、きっとしばらく日本を離れた方がいい」
「あんたな、よくそんなこと言えたな。今までの自分を覚えてんの? 何様気取り? あんたが俺のことなんて決めてもええん? あれなん、自分がずっとなりたかった神様に、なれたわけ?」
「ある意味ね、ある意味そうよ」
心臓が大きく鳴った。
姉は変わっていなかった。
やはり、狂った姉だった。何故なら今、自分のことを「神」だと言ったではないか。サトラコヲモンサマ、狂信的な信者たちを前にして、自ら神のように振る舞っていたあの頃と、姉は変わっていないではないか。
「歩。お母さんの話を聞きなさい、そして、お父さんにも、会いに行きなさい。あのふたりがどうして離れなければならなかったのか、あなたにも聞く権利がある。でもあなたは、ずっとそれを避けてきた。そうでしょう? あなたはいつも何かに怯えていた。特に私に、あなたは私ばかりを見てたわ。確かに私は、色々なものを信じた。そして傷つき、打ちのめされてきた。でもね、歩。私は少なくとも、信じようとしたのよ。あなたとは違う。何かを信じようとして来なかった。あなたは誰かと自分を比べて、ずっと揺れていたのよ」
でも今、目の前にいる姉からは、狂気など微塵も感じられなかった。僕をひたっと見つめ、静かに話をする姉は、やはりくっきりした穏やかさの中にある、どうしようもなく安定した人にしか見えなかった。
「この前、私に何を信じるようになったの? て、あなた訊いたわね、私はあのとき、体の幹の話しか出来なかった」
僕は地面にぺっと唾を吐いた。姉はそれを見ても、何も言わなかった。
「おばちゃんの骨を撒くために、私は世界中を回ったわ。これ以上行けないくらい、たくさんの国を廻った。相変わらず私は揺れていて、とても揺れていて、いつも苦しかった。おばちゃんがここにいないことが苦しかったし、ときどき自分は何をしているのか分からなくなった。
私はとても感じやすくなっていて、行く先々で泣いたの。ブータンで砂曼荼羅(すなまんだら)を作っている僧侶を見た。とても静かな眺めだった。私は泣いたの。ブータンでは、木でできた十字架に祈っている少女を見た。私はそのときも泣いた。
いつもいつも、そういう景色を見ると、私は泣いた。それが何の涙か分らなかった。ただ泣いたの。
そしていつしか、泣くこと、こうやって泣いていることが、何かの答えであるような気がしてきた。でもそれが何なのか、やっぱり分らなかった」
だいぶ日が翳って来た。姉の影は棒のように伸び、その影すらも、くっきりとした輪郭を保っていた。
「チベットで、アイザックと会ったの」
「なんでやん。結局男かよ。人任せやん。アイザックを信じるようになったって?」
「違う。聞いて」
姉は真剣だった。絶対に認めたくないことだった。僕は先ほどから、姉がどうやら、心から僕のことを思っているらしいということに気付いていた。姉は僕を愛していた。それ以上ないほど深く。
「ある寺院で、バター彫刻を見たの。バター彫刻って、素晴らしいの。本当に精巧で、美しいの。そして誰が創ったのか分からない。何故ならそれは、仏様に差し上げるものだからよ。
私はそこで泣いた。涙があとからあとから溢れて来て、止まらなかった。そのときに、アイザックに会ったの。アイザックは私の涙を見た。見ざるを得なかったのでしょう。だって私は立っている事すら出来なかった。座り込んで、ずっと泣いたの。そしたらアイザックが、こう言ったの。
『あなたはこの彫刻を見るためにやって来たんですね』
その言葉は半分間違っていたし、半分正しかった。私はこの彫刻を見るためにチベットに来たんじゃない。でも、来たのよ、私はここに来た。
分かる? 歩。
私がここに来なかったら、この彫刻を見ることはなかったし、私の涙はなかったのよ」
姉はまるで、今目の前にその彫刻があるみたいに、指を伸ばした。何かに触れようとしていた。そうしながら、でも、姉は真っ直ぐ立っていた。まったく揺れることなく。真っ直ぐに。
「私が、私を連れてきたのよ。今まで私が信じてきたものは、私がいたから信じたの。
分かる? 歩。
私の中に、それはあるの。『神様』という言葉は乱暴だし、言い当てていない。でも私の中に、それはいるのよ。私が、私である限り」
僕はうつむいた。姉を直視することが出来なかった。そうしていても尚。姉の気配だけは感じられた。恐ろしく濃厚な気配だけは、感じることが出来た。
「私が信じるものは、私が決めるわ」
僕の足元を、蟻が這っていた。黒いその体は、踏むとすぐ潰れるだろうと思った。
「だからね、歩」
僕は蟻を、じっと見ていた。
「あなたも、信じるものを見付けなさい。あなただけが信じられるものを。他の誰かと比べてはダメ。もちろん私とも、家族とも、友達ともよ。あなたはあなたなの。あなたは、あなたでしかないのよ」
僕は、姉を残し、歩き始めた。姉は怯まなかった。姉は、そこにいた。かつて自分が信じ、やがて鮮やかに捨てて去ったものの前で、じっと立っていた。
「あなたが信じるものを、誰かに決めさせてはいけないわ」
54
僕は逃げた。
姉から、実家から逃げた。
姉と話をした翌日、僕が荷物をまとめ、新幹線に飛び乗った。夏枝おばさんが毎日祈りを捧げていたあの神社で、母と姉がヨガをやっているその間に、僕は逃げたのだった。
新幹線に乗っているとき、母からメールが来た。僕は適当な言い訳を返した。母は何も疑わなかったようだったが、姉からの連絡はなかった。念のためにパソコンのメールも調べてみたが、そこにも数件の迷惑メールがあるだけだった。
姉は母を、サンフランシスコに連れて行くといっていた。ただの旅行には違いないが、僕は母に、姉の誘いを無下に断ってほしいと思っていた。一緒にヨガをやるようになったらといって、簡単にあの母と姉が、和解してほしくなかった、母に、姉を許してほしくなかった。ほんの数日前までは、姉と母の信じがたい邂逅(かいこう)に感動していた僕だったのに、今はそんなこと、まるで嘘みたいだった。
僕は姉を憎んだ。
そうしないと、自分を保っていられなかった。
姉からの愛を、恐ろしいほど感じたあの一瞬を、僕はなかったことにした。
姉はただ調子に乗っているのだ。散々な人生を送って来て、チベットかどこか知らないが、たまたま伴侶に逢い、馬鹿みたいな全能感に溢れているのだ。どうせアイザックに捨てられた後は、また姉の言うバランスを崩して、無茶苦茶になるに決まっている。
僕は再び、姉をブラックボックスに入れた。かつてそうしたように、姉を憎むことで、僕は正しい人でいられた。いや、今や姉だけではなかった、姉を簡単に許した母も、出家という名の下に僕らから逃亡した父も、僕を裏切った澄江も、かつての恋人たちも、僕に仕事を回さない出版社の人間も、僕にとっては、すべてが悪しき存在になり下がった。彼らだけが悪くて、僕は悪くないのだった。何も。僕は最初に目を瞑り、次に耳をふさいだ。
名古屋を通り過ぎたあたりで、またスマートフォンが震えた。
姉か、それとも澄江か、そう見当をつけたが、開いた先にあったのは、「須玖」の文字だった。すがるようにメールを開くと、
『今橋は、まだ実家におるん? お姉さんどうやった?』
それはスマートフォンに浮かんだ、デジタルの素っ気ない文字だった。だが、僕にとっては血肉の通った、このうえなく優しい言葉だった。
『はやく会いたい! 話したいことがいっぱいあるねん。鴻上さんも今橋に会いたいって言うてるで!』
まるで、神様から手紙が来たような気分だった。
僕は姉を嘲笑った。何が「自分の信じるもの」だ。友達もいなかった姉に、今の僕の気持ちは、決して分からないだろう。大切な友達に必要とされる、この気持ちを、僕はその瞬間、姉を嘲笑いながらも、ほとんど同時に、「信じるもの」を須玖に求めてしまっていた。そのことに気づかなかった。
須玖に会いたかった。須玖と鴻上の作る、あの緩やかで尖ったもののない世界に浸りたかった。早く。
今の僕には、もはや居場所はそこだけしかなかった。少なくとも僕はそう思っていた。金がなくて優雅に暮らしているふたりは、僕にとってよりどころだった。僕はふたりを強く求めた。まるで花に群がる虫のように。
東京に着いて、僕はすぐに須玖と鴻上に会いに行った。
ふたりは、きっといつものファミレスにいると見当をつけた。連絡をしないで行くことに、僕は意味を見出していた。約束せず、ふたりがいつもの場所にいることが、僕にとっても、重要なことだった。
果たしてそこに、ふたりはいた。
神の奇跡を目の当たりにしたかのような感銘を受けた。僕と須玖、そして鴻上は、深い所で、誰にも手の届かないところで、はっきりと繋がっている。そう思えた。
「あ、今橋!」
「今橋さん!」
須玖と鴻上、僕の姿を見つけると、嬉しそうに声を上げた。ふたりから、眩しい光が溢れているようだった。
「ただいま!」
僕の帰る場所だ。そう思った。もはや血のつながりだけが重要なわけではない、人は血縁がなくても家族になれるのだ。現に僕は今、実家に帰るよりも数倍穏やかな気持ちになっている。平日の昼間のファミリーレストランで、誰よりも優しい気持ちになっている。
「元気やったか?」
「うん、ふたりは?」
「元気やで」
「仕事ないのに?」
「はは、うるさいなぁ! 今橋さんもでしょ?」
心地よい軽口を叩いて、僕はやっと自分が自分になったような気分だった。まるで暑苦しい洋服を一枚一枚脱いでゆくみたいに、僕は僕をさらけ出したのだった。
「座って、座って」
席に座って初めて、僕はふたりがおかしな座り方をしていることに気づいた。4人席、向い合せではなく、隣り合って坐っているのだ。まるで僕を面接する面接官のように。でも、ふたちりはもちろん、僕がここに来ることは知らなかったから、僕が来る前からそうやって座っているのだった。
「何、変な座り方してるなぁ!」
そのとき僕は、まだそう屈託なく言うことが出来た。ふたりの間にある空気に気付かずにいられるほど、僕は無邪気だった。
「ご注文は?」
店員が注文を取りに来た時に、やっと、自分の心臓がどきどきというのが聞こえた。嫌な予感がした。ドリンクバー、と行ったとき、いつもはそんな風に思わないのに、店員が嫌な顔をしたように思った。平日の昼間から、いい大人が何ケチってるんだ、と。
店員が去り、向き直った僕に、
「はは、まぁ」
嬉しそうに笑ったのは、須玖だった。そして須玖を見て、愛おしそうに微笑んだのは、鴻上だった。そのふたりをみた途端、僕の不安は的中した。
「今橋さんにご報告があるんです」
嬉しそうな鴻上に、須玖はすべてを任せるつもりのようだった。僕は須玖を見て、鴻上を見た。言ってくれるな、そう思ったが、次の瞬間、鴻上はこう言った。
「私たち、お付き合いすることにしたんです!」
笑え、咄嗟にそう思った。
笑わなければ。笑え、笑え。
でも、僕の表情筋は、意に反して、まったく動かなかった。
「今橋のおかげや。なぁ?」
須玖は鴻上を見て、恥ずかしそうに笑った。いや、そのときだけではなかった。須玖は先ほどからずっと、笑っているのだった。このうえなく幸福な顔で、にこにこと笑っているのだった。
「そ」
そうなん、と言おうと思った。でも、言葉を発した途端、僕はむせた。
「あ!今橋さん、大丈夫ですか? 驚かせちゃった?」
「そらせやんなあ、急に。ごめんやで、今橋」
初め僕は本気でむせていたが、途中からは、わざとむせていた。自分が冷静になるまで、笑っている「おめでとう」「驚いたわ」と言えるまで、咳をし続けた。嘘の咳はでも、僕の涙腺を緩ませ、僕の目尻には涙が溜まった。
須玖が立ち上がって、ドリンクバーに行くのが見えた。きっちと僕の為に、飲み物を持って来てくれるのだろう。僕は須玖に感謝しつつ、同時に、このままここに戻って来てくれるなと思った。僕はまさに、パニックに陥っていた。
「大丈夫か?」
須玖にもらったお茶を飲み、僕はやっと静かになった。覚悟を決めた。
「びっくりしたわ!いつから?」
なるべく大きな声を出そうと思った。僕はまだ笑えていなかった。こわばった僕の表情を隠すためには、大きな声を出すしかなかった。
「えっと、1カ月前くらいかな?」
鴻上が嬉しそうに言った。1カ月前といえば、僕が実家に帰ってすぐの頃だ。ふたりは僕がいなくなってすぐに付き合ったのだ! まるで邪魔者が消えるのを待つみたいに!
「俺がいなくなってすぐやん」
冗談っぽく言ったつもりだった。ふたりが出来ているのは分らなかったが、僕の表情に、ふたりは頓着していなかった。
「いやぁ、本当に、今橋さんのおかげですよ!」
「ほんまやなぁ」
ふたりは、今や完璧にふたりの世界にいた。ふたりだけの、狂おしい世界に。そんなふたりに、僕の表情や心情を思いやるゆとりはなかった。ふたりにある空間はお互いで埋められ、きっと隙間がなかった。
僕は須玖の恋愛も、鴻上の恋愛も知らなかった。だが、愛情深いふたりが、誰かを真剣に愛したとき、どのようになるのかは想像出来た。きっとお互い、愛情を出し惜しみせず注ぐだろう。いつか自分が傷つくことや、裏切られることなど微塵も疑わず、今そこに在る愛情を、すべて与えるのだろう。ふたりは優しい人だった、本当に優しい人だった。
「いや、俺は‥‥」
そんなふたりがしあわせなることを、僕は祝福できなかった。僕の友達。僕の、大切な友達が、今目の前で幸せそうに笑っているのを、僕はどうしても、喜ぶことは出来なかった。
僕は今、帰るべき場所を失ったのだ。よりどころを、僕の信じるものを。
「今橋さんには頭が上がりませんよ!」
「だから、早く今橋に報告したかってん」
須玖は僕に会いたいわけではなかったのだ。僕にただ、自分の幸せを報告したかったのだ。僕が澄江に、あんな風に裏切られているときに、須玖は鴻上とよろしくやっていたのだ。
須玖と鴻上が、澄江のことは知らなかったことは関係なかった。僕は澄江のことを、ふたりにあえて隠してやっていたという気持ちだった。心地いい、穏やかな3人のバランスを保つために、色恋沙汰を持ち込むのは好ましくないと思ったからだと。
それが今、ふたりはよりによってその三角形の中で恋愛を初めた。
三角形の二つの点が繋がってしまったのなら、残りの点はそこにいることは出来ない。もはや三角形は崩壊し、残された点は、ただの点として、頼りなく浮遊するしかないのだ。
「俺、お邪魔やな?」
唇の端を上げたつもりだった。だが、きっと頬を歪ませただけだった。
「何言うてん。俺らはほんまに今橋に会いたかったんやで」
「そうですよ、本当にお礼が言いたくて。ありがとうございます!」
鴻上を見て、僕は、僕はハッとした。鴻上は、こんなに可愛かったか。
優しい、いい奴であったが、鴻上を「可愛い」と思ったことなどなかった。だが今、目の前にいる鴻上は、可愛かった。
咄嗟に浮かんだ言葉に、僕は声を上げそうになった。
僕は、鴻上のこと好きだった。
それは、全くおかしなことだった。そもそも、僕はそんなことを思った事などなかった。でも僕はもしかしたら、鴻上を好きにならないでいようと、思っていのかもしれなかった。
鴻上はいい奴だった。最高にいい奴で、話が出来て、何より優しかった。そんな鴻上に、男として惹かれることは危険だったし、そもそも僕は、鴻上を軽蔑していたのだった。鴻上の股のゆるさは、ほとんど海のように優しさのなせる業だったが、僕は鴻上のその行為を何より嫌悪し、まして自分の恋愛の対象になどは、しないようにしていた。
鴻上が自分の恋人であることなど、プライドが許さなかったのだ。
ちょうど澄江に裏切られることを許せなかったのと同じように。
僕はそのプライドを、誰にみせたいのだろう?
いったい誰に?
「あなたは誰かと自分を比べて、ずっと揺れていたのよ」
姉の声が聞こえた。咄嗟に息を吞んだ。おかしな吞み込みかたをしたから、耳の圧力がおかしくなった。須玖と鴻上が楽しそうに話す言葉が、まるで水の向こうから聞こえて来るようだった。そして今まさに僕は、魚と鳥が水と空に分けれたように、ふたりと隔たれているようだった。
「今橋に報告出来て良かったな」
そう言って鴻上を見つめる須玖は、幸せそうだった。本当に、幸せそうだった。
「ビッチやったことは知ってるん?」
最初、それが自分が発した言葉だと気づかなかった。隣の席の誰か、または遠い席の誰か、とにかく水の中にはいない誰かの発した声だと思った。
「鴻上は言うたん?」
でもそれは、僕の声だった。僕が発した声だった。大切な友人同士が幸せの絶頂にある中で発した、僕の言葉だった。
「鴻上が大学のとき、すごいビッチやったことは、須玖は知っとかんなあかんやんな?」
おぞましいことに、僕はそのときなって、初めて笑った。屈託なく口角を上げ、無邪気に笑ったのだった。自分が言ったことが、ふたりにどれほどの衝撃を与えるのかを十分承知致した上で、でも「これは冗談だよ」という風に装って、つまり僕は、誰より汚いことをしたのだった。
「はは、知ってたよ」
でも須玖は、笑った。僕は口角をあげたまま、固まっていた。
「俺はその言い方は嫌いやな。だからどう言ったらいいかわからんけど」
「なんで? ビッチ、いいじゃん」
鴻上も、屈託なかった。明るい光の中から、ふたりは決して出てこなかった。
「うーん、なんか失礼な気がするけどなぁ」
「いいんだよ、私がビッチでいいんだった。私がその呼び方が嫌いならだめだけど、私がいいんだからいいの。ほら、黒人が自分のことをニガーって言うでしょ?」
「それは自分のことを言うからええねんやん。多分『ブラザー』と呼べる人以外ニガーって呼ばれたら嫌やと思えで」
「何言っての、じゃああたしたちは、ブラザー以上じゃん!」
僕は、ふたりが作る信頼の空気の完璧さに、圧倒されていた。そして何より、自分の卑小さ、汚さに、打ちのめされていた。
大切な友人の幸福を喜ぶことが出来ず、あまつさえそれをぶち壊そうと、しかも、そんな意思はないのだと嘯(うそぶ)きながらそうしようとした僕に。
「ていうか今橋さん、止めてくださいよ! もし私が須玖さんに昔のことを言ってなかったらどうするところだったんですか!」
言いながら、鴻上は笑っていた。僕のおぞましい意図になど、まったく気づいていなかった。
「…‥はは、ごめん」
須玖を見ると、須玖も笑っていた。
須玖は、気にしていないのだ。鴻上の過去を。
友人である僕に「ビッチ」とさえ言われた自分の恋人のその過去を、恥じてはいないのだ。
全身を閃光のようなものが貫いた。
僕は鴻上が好きだった。はっきりそう思った。そして鴻上を、その評判によって好きにならないようにしていた。鴻上を恋人にしたその瞬間、まさに僕が放ったような一連の言葉を聞くのが怖くて、僕は目を瞑ったのだ。
須玖は、そんなこと気にしていなかった。
評判なんてどうでも良かった。過去なんてどうでも良かった。今ここにいる鴻上を愛せる須玖を、だから鴻上も愛したのだ。僕はそのとき何故か、鴻上が言った事を思い出していた。
「ものが増えるのが恥ずかしいんです」
なにも恐れず、何も恥じない鴻上が、唯一恥じたこと、ものが増えること。それはきっと「生き続ける意思」だったのだ。若くして死んだ姉を見て、鴻上は自分が生き続けることを恥じていた。それはまさに、須玖が震災の後、思っていたのと同じように。
だがこれから、鴻上はそれを恥じる事はないだろう。須玖がティラミスを見つけたように、鴻上は須玖を見つけた。生きる意思を持つことを、恥じずに生きて行く事を、決意したのだ。
「あなたは誰かと自分を比べて、ずっと揺れていたのよ」
僕の好意さえ、誰かに監視されたものだった。
みんなが見て羨ましがられるような女か、恥ずかしくない女か。
僕は鴻上を好きにならなかった。澄江を恋人にしていることを恥じた。誰かの言葉を怖れて、それを隠した。僕は自分の何も信じていなかった。僕は自分の周りにあるものばかりを信じた。その真理に寄り添い、おもねり、自分の感情を無視し続けた。
僕は、澄江が好きだった。なのに、自分の心に噓をついて、澄江を傷つけた。
そして今、僕は最愛の友人たちの幸せを、心から喜ぶことが出来なかった。それどころか、傷つけようとした。この上なく汚いやり方で、傷つけようとしたのだ。
「今橋?」
「ちょっとトイレ」
精一杯の笑顔を作った。そしてトイレに向かっている短い通路の途中で、もう泣いていた。僕は自分が嫌いだった。大嫌いだった。
つづく
第六章「あなたが信じるものを、誰かに決めさせてはいけないわ」