心中があったにしろ、なかったにしろ、かつて佐世と貞次郎に、二人にしか入り込むことが出来ない時があったのは間違いないと、はっきり感じ取った

つまをめとらば

本表紙
今日、お前と出逢えたということだ。これぞ縁というものだろう」
 そういっても、貸すのは本ではなく家作だ。話だけで決められるはずもなく、それなら、ともかくこの足で家作を見てみるか、と持ちかけると、おう、それがよいと二つ返事で応じて、下谷稲荷裏へ向かった。御山から下谷稲荷までは、ま、山内の御堂から御堂―移るほどの道のりにすぎない。

 下谷は一年を通して賑わっているが、やはり、花見の季節はもう下谷全体が沸き立つ。山内を覆い尽くす桜の生気が御山の坂を伝わって袴腰(はかまごし)から広小路へ、不忍池へ、山下へと広がり、仏店(ほとけだな)や肴店(さかなだな)、提灯店(ちょうちんだな)といった路地の隅々まで嘗(な)め尽くす。誰もその華やぎから逃れる事はできない。

 貞次郎も、御山を車坂門であとにして、浅草へ抜ける広徳寺前の通りに分け入り、下谷稲荷に着くまでのあいだずっと、やはり下谷はよいな、と晴れやかな声で繰り返した。そして、柾(まさき)の生垣に囲まれた百七十坪ほどのささやかな省吾の屋敷の門をくぐって、家作の濡れ縁に腰掛けると、目を輝かせて言った。
「随分新しいではないか」
「地貸しをしていた儒者が、三年前に建てたのだ。門下生が急に増えたらしくて、ここでは手狭になり、先月、他へ移った。で、上物を買い取ったというわけだ」
「まだ木の香りまでするようだ」
 そう言って、春の光を躰いっぱい吸わせるように伸びをする。

「気に入ったか」
「ああ、気に入った。俺は決めたぞ」
 いきなり、きっぱり告げた。
「なかをたしかめなくてよいのか」
「無用だ。いつから入れる?少々あわただしいが、明日からでもよいか」
 それにつけても急な申し出に、省吾が戸惑いつつも、こっちは明日からでもかまわんが、と答えると、貞次郎は、実はな、と言ってからつづけた。うららかな陽気に、唇もゆるんでようだった。
「この齢になってなんだがな、世帯を持とうと思っているのだ」
「まことか」
 省吾の知る限り、貞次郎が嫁を娶ったことはない。顔を会わせなかったここ十年は知らぬが、八年前に養子を取ったということは、少なくともそのときまではやはり独り身を通していたのだろう。醸す雰囲気からはその後も縁づいたとは思えぬし、もしも、この家作が新居になるとすれば、貞次郎は五十六にして初婚ということになる。

「まだ、決めたわけではないのだがな。ま、よしんばそうなっても、祝言など表立ったことをするつもりもない。人別だけは入れて、二人で静かに暮らしていければそれでよいと思っている。つまりは、そういう含みもあるわけだが、よいか」
「むろん、なんの問題もない」

 答えながら、省吾は、ほんとうにそうなればよいと思っていた。
 実は、犬桜を見上げる貞次郎と出くわした時から、ずっと似たようなことばかり考えていたのだ。
 貞次郎のいまの暮らしがつつがなく、なんの憂いもないものであってくれればよいが、と。
 言葉通り、よい伴侶を得て、貞次郎が穏やかな晩年を手に入れてくれれば、積年の胸のつかえも下りようというものだった。

 省吾は貞次郎に借りがある。たぶん、二つ借りがある。 
 たぶん、と言うのは、ひとつははっきりしているが、もうひとつのほうは、ほんとうに借りになったのかどうか、定かでないという事だ。風の便りに耳に届いて、その真贋はたしかめぬまま今日に至っている。

 はっきりしているほうの借りは、子供時分のいじめである。
 世に出るために諸芸が大事ということで、当時ですら朝から日暮れまで、諸々の稽古で一日を埋める幕臣の子弟も珍しくなかったが、省吾たちはといえば、町場の子供たちに負けじとつるんで、下谷中を一団となって遊び回っていた。

 なにしろ、下谷は広小路といわず山下といわず、至る処に興行が立つ、年中が祭りのような土地だ。おまけに、目ぼしい路地へとはしり抜ければ、子供心にも浮き立った気分がつたわってくる。知らずに足は町へ向かって、門を出るとすぐに屋敷を忘れた。

 なかでも、絶好の遊び場となったのが、掃いて捨てるほどある寺や塔頭(たつちゅう)で、ありがたい菩薩な如来の像さえ遊具となった。いつの間にか餓鬼大将に収まった省吾が、いつの間にか使いぱ走しりに収まった貞次郎に、仏像の肩から飛び降りさせたり、御堂に閉じ込めたりしたことは数知れない。そのたびに貞次郎は盛大に泣いたが、その頃の省吾には、なんで泣いているのか分からなかった。

 もっとも、それから何年か経って、十歳を幾つか過ぎると、省吾はあっという間に背丈でも身幅でも貞次郎に追い抜かれ、その上、通い始めた剣道でも、四本に一本くらいしか取れないことを知らねばならなかった。時と共に、人も自分も変わるのだということを、最初に学んだのがあの頃だ。

 少年になった省吾はなんら変わらず、省吾がようゆく四本に一本をとると、掛け値なしの顔色で、やっぱり省ちゃんは強いなあ、と言うのだった。子供の頃といじめと、仕返しをされなかったことを合わせても省吾の借りだ。

 もうひとつの、定かではない借りの方は、時をずっと下り、二人が共に四十を過ぎて、貞次郎がまだ下谷にいた最後の頃のことで、語ると長くなる。
 元々の始まりは、佐世(さよ)という二十歳の娘が省吾の屋敷に下女の奉公に来たことだった。奉公人を斡旋する人宿の手代に連れられてきた佐世をひと目見たとき、屋敷の当主になっていた省吾は、これは断わらなければならないと思った。

 なにしろ佐世は、罪のない童女のような顔を、罪ではちきれそうな躰の上に乗せていたからである。首の上と下との落差はあまりにも大きく、いきなり目の当たりにすることになった省吾は、思わず自分が視姦(しかん)をしているような気にさせられ、知らずに目を逸らしたほどだった。

 当時、まだ作事下奉行(さくじしたぶぎょう)の御役目に就いていた省吾の屋敷には、中間(ちゅうげん)でもあり下男でもある一季奉行の男が二人いた。ただでさえ、奉公人どうしに、恋事は付き物だ。表向きは禁じられているのだが、お題目の最たるものであり、逆に、禁じられているからこその恋亊ともなる。もしも佐世を雇い入れれば、乾き切った枯れ野に火を放つようなものであることは明々に過ぎた。

 他人事でもなかった。あるいは奉公人どうしの恋亊以上に、屋敷の主と下女の恋亊もまた付き物であり、周りを見渡しただけで、下女と子をなした当主の名を幾つか挙げることができる。省吾がその一人にならない保証はなにもない。実際、佐世を目にした省吾は、一盗二婢(いっとうひ)とはこのことかと嘆(たん)じたものだ。

 そのとき、省吾は多少なりとも冷静でいられたのは、別に人格者だからというわけでもなんでもない。ちょうど三度目の妻の紀江(のりえ)と離縁をしたばかりで、その理不尽な後始末に悩まされていたからであり、もしもそうでなければ、二つ返事で雇い入れたにちがいない。

 ともあれ、省吾は断った。本心を押し殺して、断りの言葉を並べた。すると、とたんに佐世の垂れ気味の大きな目に涙が湧いた。そして、朝露が葉を転がる音があるとすればかくやと思える声で、どうぞ、お願いいたします、使ってくださいませ、と言ったのだった。その声を聞けば、もう省吾も堪えようもなかった。

 それからの深堀の屋敷は、はっきりと佐世を軸に回っていった。
 一年限りの一季奉公で、やる気のなさを隠さなかった二人の男は、躰のさばきにはっきりとめりはりが出て、とりわけ佐世と同じ齢頃の弥𠮷(やきち)は顔つきまでしゃんとなった。
 元服を終えて間もない深堀家の惣領の辰三はにわかに色気づいて、己の見てくれを気にするようになったし、用事にかこつけて屋敷に立ち寄る男の親類や知人も急に増えた。

 一人だけ関わりなかろうと想っていた飯炊きの銀婆さんさえ、張り合うわけでもあるまいが、心持ち背筋を伸びたように見えた。
 幸か不幸か、省吾だけは離縁の後始末が尾を引いて、それどこではなかった。
 離縁の理由は、省吾よりも十八歳下の紀江の不義で、御定法どおりに処そうとすれば、相手もろとも成敗しなければならなかった。女仇討ち、である。
 省吾にしても、そうしたい気持ちが全くないわけではなかったが、人の命を二つ取るほどのことでもなかろうという理(ことわり)のほうがまさって、そこを堪えた。
 堪えて目をつぶり、去り状に必ず入れなければならない離縁の理由にも、「不義」とも「不埒(ふらち)」とも書かなかった。紀江の今後の支障にならぬよう、「互いの縁はこれなく」という、しごく穏便な文句をしたためた。堪えるからには半端(はんぱ)に堪えるのではなく、己を御(ぎよ)し切らねばならぬと戒めた。

 ともあれ、それで始末がついた、と思ったのは省吾だけだった。
 紀江の実家が、輿入れのときに持参してきた土産金の二十両の返還を求めてきたのである。
 たしかに離縁に至ったとき土産金を返すのは道理である。しかし、妻の不義による離縁では、例がない。慰謝料として相殺されるのが常である。
 それに、省吾は二十両を深堀の家の活計(たつき)に使った覚えがない。土産金には手を付けずにそのまま紀江に預けた。どこをどうやっても、返す謂われは見当たらない。
 見当がつかないが、省吾は応じた。事情を知る者は馬鹿かと口を揃えたが、土産金を返したくないがために、妻の不義に見て見ぬふりをしたと思われては、己の一分が立たなかったのである。

 とはいえ、家に二十両はなかった。十両もなかった。結果として、分割しての返済を頼まざるをえなかった。それからは分割の時期とその間の利子をどうするかの交渉事になって、いやが上にも煩わしさが募り、つくづくうんざりとした。

 男と女の、厄介であるが人臭くはある問題が、すぐに乾き切った金銭の問題にすり替わるのを学んで、笑顔のひとつにも値札が下がっているような気にさせられ、女への興味そのものを失いかけていた。
 いかに佐世が、省吾の周りをひらひらと蝶のように舞っても、色香に迷う余裕は全くなかったのである。
 だから省吾は独り、佐世という極上の蜜に群がる蜂たちの様子を遠くから観ていた。
 当時の省吾の目には、その蜜にたっぷりと毒が溶けて見えた。喜んでその毒を嘗めようとする男を止めるべくもないし、それもまたひとつの人生であるのだろうと思うことにしたが、ともあれ、最初の妻だった幾(いく)との子である。跡取りの辰三だけは蜜に近づきすぎぬよう、注意を払いつつ日々を送っていた。

 そんなとき、長じてからずっと縁遠くなっていた貞次郎がなにかの用で屋敷を訪ねてきて、省吾は少しほっとした。ようやく、佐世との絡みで気を遣わずに済む人間と話が出来ると思ったのである。貞次郎は若い頃から女嫌いで通っていて、いくらけしかけても一向に近づこうとしなかった。
「俺のような御勤めを長くやっていれば、そんな気にはなれなくなる」
 ある日、なんで世帯を持とうとしないのだ、と問うた省吾に、貞次郎が言ったことがある。
「女が可愛いなどとは、とうてい思えなくなるのだ」

 貞次郎はずっと、広敷添番(ひろしきそえばん)を務めていた。大奥の玄関ともいうべき広敷にあって、なかへの用がうる御老中らの腰の物を預かり、外への用がある御年寄をはじめとする御女中たちの供をする。
「俺たちのような下僚には、大奥の女たちは素顔をさらけ出す。まるで、そこに俺がいないように振る舞う。その変わり身にも、また素顔にもげんなりとするが、もっと耐え難いのは、同じ広敷添番の同僚たちだ。口を開けば、俺は誰それの年寄や中臈(ちゅうろう)に気に入られているという類の自慢話になる。それも、聞けば、他愛ないものばかりだ。いつもより長く日和の話をしてくれたとか、家族のことを尋ねてくれたことか、そんな些細なことで一喜一憂する。大の男が、それしか話すことがないかのようだ。俺もいずれああなるのかと思うと、ぞっとする」

 案の定、貞次郎は、佐世が茶を運んできて、北の壁際の霜をも一瞬で溶かすような笑顔を向けられ、あの朝露の転がる声で、いらっしゃいませ、と言われても、顔色ひとつ変えなかった。省吾はその様子を見て、若い貞次郎と再会した気になったものだった。

 子供の頃は毎日のようにつるんでも、然るべき齢になって御役目に就けば、そっちの交わりのほうが優先する。省吾と貞次郎も例外ではなく、同じ下谷とはいっても屋敷が少なからず離れていることもあって、ずっと疎遠(そえ)になっていた。けれど、そこが幼馴染で、長年の時の隔たりも、ひょんな調子でたちどころに消え失せる。省吾はあらためて、変わらぬ友を発見したような気がして、だから、そのあとに貞次郎が二度、三度と、所用のついでに屋敷に立ち寄っても、佐世と結びつけずに済ますことができた。

 そのように、深堀の屋敷に流れる時がぎこちなく進んで、佐世の引き起こした波が行って還(かえ)ってを幾度か繰り返し、ようやく落ち着きかけた頃に事件は起こった。
 佐世と中間の弥𠮷が、心中を図ったのである。
 なんで、そういう流れになったのは分からない。
 ふつうに考えれば、佐世を巻き込んだ弥𠮷の無理心中と思えるが、ほとんど無傷と言っても良かった佐世はなにも語らず、深々と腹に短刀を刺した弥𠮷は二日二晩、悶え苦しんでから逝った。近年、評判を取っている紅毛外科(こうもうげか)の医者を呼び、できる限りのことをやったのだが、どうにもならなかった。

 御定法では、心中は重い罪である。たとえ不義の間柄ではなくとも、心中をすれば密通の科人(とがにん)として処罰される。生き残っても死罪、そうでなくも非人手下(ひにんてか)だ。今回の始末を御番所に預ければ。あるいは取り調べによって心中の真相が明らかになるかもしれないが、しかし、それは佐世の酷い定めと引き換えなのだった。

 だから、省吾は町方には届けず、己の手限りで処することにした。武家屋敷の垣根内においては、当主が奉公人の非違(ひい)を弾正(だんじょう)する。己の妻の不義を咎めなかった者が、奉公人の心中を責めてよいわけがない。省吾は佐世を罪に問わず、奉公を解いて、出てきた川越の在方に帰すことにした。

 貞次郎に、定かではない借りができたとすれば、これからだ。
 屋敷から佐世の姿が消えるとともに、男たちの姿が消えて行った。そのなかに、貞次郎もいた。
 省吾と貞次郎の関わりは、再び、子供の頃に近しかった四十男のそれに戻り、日々の雑事に貞次郎の名が埋もれかけた頃、佐世が郷(さと)に帰っていないという噂が届いた。
 そして、佐世がその後も江戸にいて、こんどは貞次郎と心中を図ったという噂がつづいた。どちらにも命に別条はなく、屋敷内の一件だったので、なかったものとして始末されたことだった。
 最初は、埒(らち)もないと思った。
 よりによって、あの貞次郎が相対死の片割れになるはずもないではないか。おまけに、相手は佐世ときている。
 噂とは元々、そういう無責任極まるものであると分かっていても腹立たしく、耳に入らなかったことにしなければならいと己に諭した。

 しかしそのうちに、そういうこともなくはないような気がし出した。
 佐世の顔と躰の落差はあまりに分かりやすく、逆に、浮世離れしていると言えなくもない。現(うつつ)の女というよりも、草紙のなかの女のようでである。ずっと女と縁がなかった、というよりも現の女との縁を拒んできた貞次郎には、むしろ、近しさを感じやすかったのではなかろうか。

 一方、佐世にしても、女への執着を見せない貞次郎にほっとできたはずだ。とりわけ、あのような事件を起こしたあとである。もしも近づくとすれば、男を意識させない男を選ぶかもしれない。

 考えるほどに、省吾の胸の内で噂は噂でなくなり、そして、もしも、噂が本当だとしたら、その一因は自分にもあるのではと思った。
 自分が佐世に責めを問うて、その身を自由にしなかったら、間違いなく、そういう事にはならなかった。
 貞次郎の屋敷まで出向いて真偽を確かめるべきか否か、省吾は迷った。
 いま貞次郎がどういう状態にあるのか、常に気に懸かっていた。が、知るのが怖くもあった。もしも、そこに男と女の深みに通じる口が開いていたとしたら、そのお膳立てをしたのは自分なのである。

 一方で、ああする以外にどんな手立てがあっただろう、という思いもあった。ならば、佐世を御番所に差し出せばよかったのか。それはそれで、ありえんだろう。いまでも同じ状況になったら、きっと同じ判断をするに違いない。

 ちょうど、紀江の土産金の分割返済の二回目が迫っていた時期だった。金策に走り回らなければならない事にかこつけて、頭から貞次郎を消した。自分も諸々に煩わされていて、それ何処ではないのだと思うことにした。
 そうこうしているあいだに、貞次郎の姿は下谷から消えたのだった。

犬桜の下で出逢ってから五日目に、貞次郎は越して来た。
 明日にも移ってくるような口ぶりだったが、明日ではなかった。
 女と一緒に入ると匂わせてもいたが。貞次郎一人だった。
 傍らに目をやって、世帯を持つつもりの女の姿はなかった。
 尋ねようかとも思ったが、ま、それはおいおい、と思い直した。あれはなしになった、とい類の返事を、いきなり聞きたくなかった。
 すぐに目についたのは、大量の本だった。
「御成道裏の店は、床店と変わらぬ造りなのでな」
 貞次郎は言った。
「ぜんぶはとても置き切れんのだ」
 思わず、省吾は積まれた本の一冊を手に取った。
 しっかりと学問を伝える、物之本だった。
 実は、省吾は、いまの生業を通じて、貸本屋とも縁がある。だから、貞次郎が貸本屋をやっていると聞いたときは、なんの疑問も持たずに地本の類と了解してしまったのだが、それは単なる自分の思い込みと分かった。

 手にした本は、五巻揃えの一巻で、表紙に刷られた「算法天生法指南(さんぽうてんしょうしなん)」の文字からすると、算学の本らしい。指の腹に少し埃(ほこり)がついて、省吾は、いまの、五十六歳の貞次郎の実に初めて触れた気がした。

 犬桜の枝を見上げる貞次郎は、どこか写し絵のように見えた。
 言葉を交わして近況を述べ合い、肩を並べて下谷稲荷裏へ向かう路すがらも、その想いは拭い切れず、そうと語ればまるで生霊になってしまうが、ほんとうの貞次郎が動かしているような気がした。

 けれど、算学の本に触れた指を鼻に持っていくと、しっかりと埃臭くああ、この本の片付けをしている男はたしかに貞次郎なのだと思うことが出来た。こいつは写し絵でもなんでもない。生身の男だ。
「算学の本が多いな」
 これからは立ち入った話を聞いて行こうと思いながら、省吾は言った。
「ああ、ま、算学の貸本屋ということにはなっておる。算学だけ、というわけにはいかないがな。それでは商売にならん」
 本の山に目を向けたまま答える貞次郎に、省吾はつづけて問うた。
「お前も算学をやるのか」
 この前、店にある本は、好きが嵩じて知らぬ間に集まった、と言っていた。ならば、貞次郎が嵩じるほどに好きなものは、算学ということになる。
「うん、まあ、名もない流派ではあるが、一応、師範ではある」

「ほう」
 算学には流派があり、家元制度を取っていることくらいは知っていた。貞次郎は謙遜しているが、師範というからには、昨日や今日の余技ではなく、研鑽を積んできたということなのだろう。
「いつからやっていたのだ」
「そうだな‥‥」
 貞次郎は初めて本から目を離して、遠くを見るようにしながら続けた。
「広敷添番の御役目に就いてほどなくだから、もうかれこれ三十年にはなろう」
「そんなにか」
 ならば、二十代も半ばに始めたということではないか。しかし、いくら記憶をたどっても、算学をやる貞次郎は浮かび上がってこなかった。
「また、なんで、算学だったのだ」
「きれいに言えば、あの魑魅魍魎(ちみもうりょう)の巣から、いちばん遠い処に行きたかった、という事になるのだろうがな‥‥」
 眼はまた、本の山に戻っていた。
「しかしまあ、本音は、とにかくやってみたかった、というところだろう。また、ちょうどその頃、うちの流派と算学の主流派とのあいだで大論争が始まってな。なにやら、面白うそうでもあったのだ」
「ほお」
 算学でも、そういうことがあるのだと思いつつ、省吾はつづけた。
「門外漢の俺が聞いていても、どんな論争だったのかは、とんと分からんのであろうな」
「そうではあるが、そうでもない。論点は算学の問題であるようでいて、実のところは人としての感情の問題だった。だから、おまえでも分からなくはないが、ありきたりの話だ」

 そのとき、別の本の山が崩れ、雪崩落ちた本が周りの山をも壊して、貞次郎はそっちのほうへ躰を向けた。
「そのときはまたどっちの流派も選べたのだろう。なんて、その主流派の方ではなかったのだ」
「そりゃあ、喧嘩に加勢するなら、弱い方と決まっているだろう」
 両手を動かしながらも、即答に答えた。
「それにその時はまだ勘だがな。算学の論点で言えば、うちの家元のほうが相手よりも正しい気がした。今になって見ると、それは間違っていなかった」
 貞次郎はもう写し絵どころではなく、ずっしりとした重みをもって、そこにいた。
「おまえがさっき手にしていた『算法天生指南』な」
 貞次郎はつづけた。
「ああ」
「うちの家元が書いたものだ。名著と言っていい。小手先を改めたのではなく、これまでの枠組みを変えた、おそらく、後世の算学史に残るだろう」
 声が澄んで聞こえた。
「算学は楽しいか」
「ああ、楽しい、浮き世を忘れる」
「やはり、問題を解けたときが気持ちよいのか」
「解くのも気持ちよいが、もっと気持ちが突き抜ける。何と言ったらよいのか、見上げる空とな、己が一つになれた気がするのだ」
「空と、一つにな‥‥」
 そうと話を聞いてくれば、算学は貸本屋の世過ぎなどではなく、貞次郎という男の骨組を組んでいるのではないかと、省吾は思った。

 なのに、自分が算学と向き合う貞次郎をまったく知らなかったのが意外だった。
 たしかにも貞次郎と毎日のように顔を合わせていたのは、せいぜい十四、五の頃までだ。二十歳くらいまでは、それでも折に触れて会う機会もあったが、二十代も半ばを折り返してからは、滅多に言葉を交わすこともなくなった。

 だから、知らなくても無理もないとは言える。しかし、そうはいっても、まったく没交渉というわけではなかった。とりわけ、佐世が屋敷にいた頃などは、幾度となく訪ねてきていたのだ。知らなくてもおかしくはないが、知っていたっておかしくはない。
「ところで、俺は昔、おまえが算学をやっていることを聞いていたか」
 貞次郎が話さなかったのか。あるいは、聞いても耳に入らなかったのか。単に忘れてしまったのか‥‥。

「さあな。話した気もするし、話さなかったようでもあるし。いまとなっては分からん」
 貞次郎は本の山をつくり直して、手をぱんぱんと払った、積み上げるついでに、並べ替えもしたようだが、むろん、どういう順序なのかは分からなかった。
「俺はお前の事をなにも知らなかった、ということだな」
 目の前の貞次郎は、並べ替えられた本の山のようだった。以前と同じようでいて、まったく変わっている。
「お互い様だ」
 省吾に顔を向けて、貞次郎は言った。
「俺も、お前の事を何も知らん」
 そしてつづけた。
「お前俺を知らん以上に、俺はおまえを知らん。いま、なにをしているのか、何でそう言う仕儀に至ったのか。俺はいまそれを語ったが、お前はまだなにも語っておらん」
「たしかに、その通りだ」
 言われれば、犬桜の下で会ってから、聞くばかりだった。問わなければ話さぬ癖が、身に付いている。
「話す気はあるか」
「別に隠すつもりはない。自分の方から人に話すほどの事はないと思っているだけのことだ。問われれば、話す」
「そうか、では聞こう」
 貞次郎はおもむろに言った。
「いま、何をしておる」

 問われれば話す、と言ったものの、いざ話そうとすると唇が重くなる。
 小禄幕臣の身の上など、誰も関心がない。問われ馴れていないのだ。
 一度本気で問われたと思えたことがあって、その気になって語りだしたら、話のとっかかりに入る間もなく迷惑げな顔をされた。そんな記憶が唇を重くする。
 いまの生業になってからは、少しずつ問われる機会も増えてきたが、それは相手も仕事だからだろう。仕事となれば語りもするが、仕事抜きだと、どう語ってよいか分からない。はて、どうしたものか、話すとしたらなにから話すか‥‥思案する省吾に、貞次郎は言った。
「その前に、ひと息入れようと」

 問うが早いか、すっと立ち上がる。
 つかつかと、四月に替わったばかりの陽が降り注ぐ濡れ縁に足を運び、庭に顔を向けて座した。
 釣られて省吾も濡れ縁に行き、並んで腰を下ろす。
 きっと、面と向かわぬほうが話しやすいという配慮なのだろう。
 こんなにも細かいことに気のつく男だったのかと思いつつ、省吾は唇を動かした。貞次郎の心配りが、口を軽くした。
「俺の嫁運がわるいのは、承知しておるか」
「大体はな」
 その曖昧な答え方さえ意外だった。ほとんど、何も知らないものと思っていた。
「まともに死に別れることができたのは、最初の妻の幾だけだ。俺が二十六、幾が十八で一緒になって、翌年、惣領の辰三が生まれた。ああ、辰三はいま徒目付をやっていて、ここからも遠くない下谷箪笥町の組屋敷で暮らしておる」
「そうかあの辰三がな」
「俺の話は長くなりがちだが、こんな語り方でよいか。おまえに、いまなにをしているのかを尋ねられたのは承知しているが、そもそもから入らないと、うまく説明しづらいのだ。しかし、まどろこしいようなら、話を急ぐことにするが」
「おまえの話しやすい話し方でよい」
「ならば、つづけさせてもらうが、幾とは三十のときに風病で逝かれるまで十二年を共にした。というと、幾とだけは真っ当に連れ添う事ができたようだが、決してそうとも言えんのだ。辰三の二年後にできた次男の竹松を四歳のときに麻疹(はしか)に奪われてな。

その頃から幾の様子がおかしくなって、やたらと物を買うようになった。それも、地元の松坂屋はおろか、日本橋駿河町の三井呉服店でもお得意様扱いされる始末だ。しかし、それで気持ちが癒されるならと、俺は幾の好きにさせておいた」

 目は、真向かいの梅の木に預けている。梅は花期を終えて、実を肥らせつつある。小禄幕臣の庭は、見る庭ではない。収穫するための庭である。

「ちょうどその頃、俺は作事下奉行に就いてな、知っての通り、作事下奉行は下吏(かり)ではあるが、余禄の大きい御役目だ。それで、最初のうちはなんとなった。しかし、そのうち余禄なんぞまったく追いつかなくなった。仕方なくこっちから出入りの者たちの賂(まいない)を強いるようになって、あげくは決まりの借金地獄だ。あのとき俺は四十の手前だったと思うが、五十六になったいまでもそのときの借金を払いつづけている」

「いや、借金はまだいいのだ。辛かったのは賂だ。それまではあってはならぬことと自戒しておったので、初めて自分が求めたときは、胃の当たりが硬く縮まって、ぎゅっという音が聞こえそうだった。繰り返すうちに血を吐いてな。こいつはダメだと思って止めてから借金は膨れ上がったが、血は吐かなかった。こんな話で、退屈ではないか」

「気遣い無用だ」
「二度目の豊(とよ)については、ほとんど語ることがない」
 省吾は腹を括って、再び話し出した。どうやら、貞次郎は座興(ざきょう)ではないようだ。ここまで話したからには、もう、行けるところまで行くしかないだろう。

「幾と死別してから一年後に嫁を貰ったのだが、屋敷に入るなり躰の具合がよくないと言って寝込んでな。あげく三日の後には家に戻ってしまった。それっきり音沙汰がないので、十日も経った頃に実家に問い合わせてみると、父親が、このまま離縁してくれ、と言う。なにやら狐につままれたようだが、無理やり戻してもしかたなかろうということで応じた」

「さきもそうだが、諦めがよい」
「そうかな」
「諦めがよい、というよりも、揉め事が嫌なのかもしれん。というよりも、穏やかなのが好きなのだろう。目の前がごたごたするくらいなら、進んで退く」

「言われてみれば、確かにそのようだ。事なかれ、ということだな」
 省吾も薄々、何かにつけて退いてしまう己の性癖は意識していた。子供の頃は悪童だったはずなのに、長じて気づいてみたら、とにかく騒動を避けるようになっていた。いまでは、元々そういう質だったのだろう思っている。

「事なかれ、ということは、争いを避けるということだろう。結構ではないか」
 決して取り成すようではなく、貞次郎が言った。
「公では事なかれなのに、私になると、とたんに争いを好む者は多い。みんながみんな、おまえのように、私においても事なかれになれば、世の中、いつでも平穏ということだ」

「本心か」
「ああ、本心だ」
 妻たちからは一様に優柔不断と責められた、振り返ってみれば、幾も紀江も決して折れない質だった。言い分は決まって、私は間違っていない、というもので、彼女たちから見て間違っている者には容赦がなかった。豊については輪郭をつかむ前に戻ってしまったので、よくは分からないが、三日で戻ったということは、やはり折れない質なのだろう。ま、三人の妻にしてみれば、自分はずいぶんと物足りなかったに違いない。

「三度目の紀江とも生き別れだが、離縁の理由は言えん」
 ともあれ、省吾は話をつづけた。
「ほお」
 貞次郎は事情を知っているような、知っていないような顔をした。たとえ知っていようと、自分の口から言うべきではなかった」
「もう、十年以上も経っているぞ」
「年月の問題ではない。一度、言わんと決めたからには言わん」
「そうか」
 目尻が微笑んで見えた。
「ま、理由はともかく、紀江との離縁でも俺は借金をすることになった。幾の借金の返済が終わらぬうちに、新たな借金が積み上がった」
「厄介だ」
「で、俺は愚痴をこぼした。俺は事なかれではあるが、愚痴だけはこぼさぬのを己の突っかい棒としてきたのだが、おそらくは長じてから初めて愚痴をこぼした」
「たしかに、お前の愚痴は聞いたことが無い」
「相手は、おそらく、おまえも知っていると思う。山下の五条天神裏の花屋久次郎だ」
「花久(はなきゅう)。星運堂(せいうんどう)か」
「ああ」
 貞次郎は少しだけ驚いたようだった。星運堂は江戸でも名を知られた書肆(しょし)で、その店主が花屋久次郎、略して花久だった。いまは二代目花久、菅裏(かんり)が、明和二年から切れ目なく編まれている川柳の撰集『俳風柳多留(はいふうやなぎだる)』の版元をつづけている。
「愚痴をこぼさぬ代わりに、俺は川柳を詠んだ。おまえの算学ほど、始めたのは早くはない。幾と一緒になって、しばらくしてからだ」
 あの頃は、妻とはいえ、他家の者が一人でも家に入ると、どうでもないことが、しばしばも大層な事になることを、日々、学んでいた。
「争いを避けるために封じた毒を、ぜんぶ川柳という器に投げ入れていたというところかもしれん」
「由緒正しい川柳だ」
 貞次郎は言った。
「川柳の要諦(ようてい)は滑稽(こっけい)ではない。毒だ」
「その毒が、二代花久の目にとまったらしくてな。五条天神裏へ出入りするようになった。で、そうこうするうちに、初めての愚痴をこぼすことができる間柄、になったというわけだ」
「菅裏はどう言った?」
「五条天神は菅原道真公を祀(ま)っている。星運堂はその裏にあるので、二代花久は菅裏と号したのだった。
「毒を金に換えたらどうだ。と言った。川柳では金にならぬが、戯作(げさく)ならば金になるとな」
「なるほど」
「で、俺は言われるとおりにした。これが、お前への問いへんの答だ」
「つまり、いまおまえは戯作を書いているということか」
「そのとおりだ。ついこの間まで、戯作で飯は喰えなかった。が、曲亭馬琴(きょくていばきん)ががんばって、戯作を金になる生業に変えてくれた。十年前に家督を辰三に譲って、以来、戯作者として暮らしておる」
「筆名はなんという?」
「誰が言うか」
 きっぱりと、省吾は言った。
「言わんのか」
「当たり前だ。生身の俺を知る者に、あんな芥溜(ごみため)を覗かれてたまるか」
 貞次郎が、芥溜か、それはよいな、と言って、からからと笑った。

 それから半月が経っても、貞次郎が世帯を持とうと思っている女は姿を見せなかった。

でも、省吾はもう、女が現れるのを心待ちにしなかった。
 一人で本を整理し、算学の問題づくりに頭をひねる貞次郎は十分に満ち足りているように見えた。
 もはや、十年以上も前の定かではない借りを、気にかける必要はなさそうだ。
 やはり、あの佐世との心中は、噂の域を出なかったのかもしれない。
 あるいは、たとえ、なにかがあったとしても、もう貞次郎のなかで収まりがついているのは明らかと思えた。
 だから、穏やかな晩年を過ごすのに、女の助けを借りなければならない、という事もなさそうだった。
 それに、貞次郎との二人暮らしの日が重なるにつれて、省吾も、自分がなにをいちばん欲していたのかに気づいていった。
 それは、つまり、貞次郎が言った平穏だった。平らかであり、穏やかである、という事だった。
 自分が何を好むかは、ほんとうに好むと出逢って初めて分かる。省吾も、本当の平穏を知って。それが自分にとって何より大事と気づいたのだった。そして、その最も大事なものを得るために、貞次郎という相方が要ることに気づいた。

 三人の妻といるときは、平穏とは無縁だった。常に、彼女たちなりの正しさに、付き合わなければならなかった。どちらかが折れないとしたら、省吾が折れるしかなかった。なにしろ、彼女たちは、間違っていないのである。
 息子の辰三と二人の時も、平穏でいられるわけがなかった。まだ、男という生き物の脆(もろ)さの自覚もなく、脆さを補う術も知らない若い男とために、常に気を配らなければならなかった。

ひとり暮らしになったときに、ようやく一人になれたと思い、諸々の煩わしさから解き放されたことを喜んだが、それは束の間で、すぐに孤独が目の前に居座った。静謐(せいひつ)ではあったが、平穏ではなかった。
 百七十坪の敷地の、母屋と家作の距離で、爺二人で暮らしてみて初めて、本当の平穏を知った。
 男と暮らすということは、こんなにも平らかで、穏やかかなのかと思った。
 むろん、男なら誰でもいいはずもない。しかし、穏やかな暮らしを共に送るための最良の男と、穏やかな暮らしを共に送るための最良の女のどちらを選ぶとすれば、自分は間違いなく、最良の男のほうを選ぶだろうと思う。

 共に暮らしてみれば、貞次郎はまさに、その最良の男だった。
 なによりも貞次郎もまた争いを好まなかった。
 おそらく、貞次郎にとって最も大事なのは、素晴らしい算学の問題をつくって、空と己が一つになることなのだろう。
 そのためには、諸々の雑事で、争ってなどいられないのに違いない。ほんとうに大事なものがあるから、そうでもないものはどうでいいのである。
 その見切りが、同居相手としてはうってつけだった。
 はっきりと、そうと気付くと、こんどは逆に、このまま女が現れず、しばらくはこの暮らしがつづいてくれたらよいと思った。

 ようやく訪れた真の平穏だった。むろん、いつまでもという訳にはゆかぬだろうが、いま終わってしまうのは避けられなかった。
 大川の川開きが月末に迫った五月半ばの夕、たまには神田川を越えてみるかと足を延ばしたが神田多町の居酒屋で、ところが、一緒になるつもりの女はどうなっているのだ、と貞次郎に尋ねたのは、そういう気持ちの現われだったのかもしれない。
「いざとなると、なかなか踏ん切ることができなくてな」
 燗徳利(かんとっくり)を傾けながら、貞次郎は言った。
「実は、お前のところの家作を借りたものも、そうすれば踏ん切りをつけられるのではないかと思ってのことだったのだ」
「ほお」
「とにかく一緒に暮らすことの出来る家を確保すれば、二人でそこに住もうという気にもなるかもしれんと思ったわけさ」
「なるほど」
 犬桜を見上げる貞次郎の横顔を思い出しつつ、鱸(すずき)の皮の湯引きを突ついた。その居酒屋は貞次郎が知っていた店で、釣り好きの店主が自分で釣った魚を出すことで評判を取っているようだった。たしかに湯引きは、いかにも鱸の皮らしくぷっくらとしていて、獲れ立てであることを伝えた。
「ところがな。暮らしてみれば、逆だった」
「逆‥‥」
「爺二人の暮らしが、居心地がよくてな。なかなか、女と暮らそうという気になれんのだ」
「そうか」
 やはり、平穏を好むという一点で、自分と貞次郎は繋がっているのだと省吾は思った。一点ではあるが、大きな一点だった。
「女との暮らしでは、こうはいかん。下谷稲荷裏に移ってからの、このひと月半、つらつらと考えていたのだが、もしも衆道(しゅうどう)の連中のように、同じ男をほんとうに好きになれるのであれば、それが最も幸せな二人なのかもしれん」
「初めて聞く説だ」

 男と暮らす平穏さは、かけがえのないものだった。とはいえ、男どうしが連れ合いになるというところまで考えが及ばなかった。及ばなかったが、違和感はなかった。それどころか、見て来なかったものが見えてきたような気さえした。
「どう思う?」
「いや、正直、そういうものかもしれん、と思わされた」
 省吾は箸を置いて言った。
「これまでは衆道と聞くだけで忌避(きひ)してきたが、そういう目を持ては、また別の姿も見えるかもしれん」

 開け放たれた引き戸の向こうを、白い尼姿が横切った、神田多町は職人の町であり、青物の町であり、そして、陽のあるうちに春をひさぐ比丘尼(びくに)が、夜の寝座(ねくら)にする町でもあった。そろそろ、家路をたどる白い尼姿が、通りに浮かび上がる頃合いだ。
「ただし、理解はできても、やはり、己のこととして考えることはできん。男を、連れ合いとして好きになるのは無理だ」
「まさに、そこだ」
 貞次郎は言った。
「あくまでも平穏を望むなら、男と暮らすのがいちばんだ。とはいえ。男を連れ合いにはできん。やはり、連れ添うとなれば、女を選ぶしかない。しかし、それで平穏を失うなら、なにも連れ添わずともよいのではないかと思ったりもする。で、俺のように、世帯を持とうとか持たないか、迷いつづけることになる。俺はどうしたらよいものかの」
 猪口(ちょこ)を干してから、貞次郎はつづけた。
「そうだ。おまえにひとつ頼みがある」
「頼み? なんだ」
「これから、品定めをしてくれんか」
「品定め…‥」
「俺が言った。世帯を持とうと思っているおる女だがな。この多町のすぐ隣りの銀(しろかね)町で、姉と二人で煮売屋(にうりや)をやっておるのだ。煮豆でも昆布でもなんでもよいから、買う振りをして会ってみてくれ」
「なんで俺が品定めをしなければならんのだ」
「いろいろ、ある」
 即座に、貞次郎は言った。
「まず、おまえと俺はおない齢で、同じ下谷に育った。長じて、大事にするものの多くが重なる。おまけに。その齢でずっと独り身だ。それも、めっきり淡白な独り身で、女っ気といえば、飯炊きの菅(すが)婆さんくらいしかない。そこらも、俺と同じだ。つまり、おまえしかおらんのだ」
「たしかに、それはその通りだろう。しかし、おまえがいちばん大事なものを見落としている」
 たしかに飲んでいないのに、もう酔いが回ったのかと思いつつ、省吾は言った。
「いくら、諸々が似ていても、俺はおまえではないということだ。おまえの代わりはできん」
「それは承知だ」
 しごくあっさりと、貞次郎は答えた。
「承知で、頼んでおる」
 その返事を聞いたとき、省吾は、はたと思い当たった。貞次郎は酔ったのではない。最初から、そのつもりだったのだ。
 今日の夕、たまには神田川を越えてみるか、と持ちかけて来たのは貞次郎だ。この話を切り出したときも、不意に思い当たった、という風でもなかった。
 つまり、初めから自分の女に合わせるつもりで、下谷を出たのだろう。だとすれば、もう、是非もなかった。
「会う事は会おう」
 憮然とした顔を崩さぬまま、省吾は言った。
「ただし、会っても、なにも言わんぞ。おまえの代わりをできんことに、変わりはない。その女について、ああだこうだ、は言えん。会うだけだ」
「もとより、言葉は求めていない」
 きっぱりと、貞次郎も言った。
「おまえの様子から読み取る」

 隣り町とはいっても、居酒屋は町境にあったらしく、銀町はほんの目の鼻の先だった。煮売屋とのあまりの近さからも、貞次郎が顔合わせをさせようとしたのは明らかに思えた。

 その短い路すがら、不意に、省吾は、ひょっとして‥‥と、思った。
 女というのは、佐世ではないのか。
 あれからも、ずっと、二人は繋がっていて、頃合を計っていたのではないか。
 あるいは、自分が犬桜の下で出逢ったように、ひょんなことから再会して、そういう事になったのではなかろうか。

 だからこそ、品定めをするのは、自分でなければならないのではないか。
 あまりにも荒唐無稽とは思ったが、一度、そう思うと、いくら打ち消そうとしても叶わなかった。
 予断を入れぬため、という名目で、貞次郎は女については一切を語らなかった。語ったのは、姉と二人で煮豆屋をやっていることだけで、齢も、風体も、生立ちも、名前すら口にしなかった。

 それもまた、相手は佐世であるという想いを深めさせる。
 煮売家から店三軒ほど間をおいた斜向かいで、貞次郎から、あの左にいるほうだ。と送り出されときは。もう、ほとんど確信に変わって、己の胸の鼓動を感じつつ店先に立ち、煮豆を少し、と言った。
 愛想よく笑みを浮かべ、ありがとう存じます、という言葉とともに、煮豆を手渡した女は、しかし、佐世ではなかった。

 なんの含みもなく買い求めていたとしたら、記憶にとどまることのない女と映った。
 美人とか不美人とかいうことではなく、煮豆売で煮豆や昆布を商うという光景にすっかり馴染んでいて、違和感を伝えて来なかった。
 貞次郎の相手ということで、佐世ではなかったにせよ、場に収まり切らぬ何かを抱える女、を予期していただけに、意外ではあった。
 ひと言でいえば、女は、ふつう、ということになるのだろう。

 しかし、もしも、貞次郎が女に、佐世とはまったく逆の、ふつうを求めているとすれば、それは危ういのではないかとも思った。
 普通の女など、いない。
 振り返れば、幾も、豊も、紀江も、皆、普通だった。
 ごくごく普通の女に見えて、周りの風景に溶け込んでいた。
 それが、大きな借金を残して、輿入れ三日で家から消え、不義を働いた。
 そうでなくても、女は自分の感じ方に、絶対の信頼を置くことができる。
 女は、皆、特別だ。
 普通の女だから、普通に暮らすことができる、などというのはまやかしにすぎない。
 女が煮豆の包みを受け取ると、自分はいったいどんな顔つきをしているのだろうと思いつつ、煮売家から斜め向かいへ戻った。

 前言どおり、貞次郎の前に立っても、省吾は唇を結んで、なにも語らなかった。というよりも、語れなかった。
 貞次郎はそういう省吾に、ちらりと目を向けて言った。
「分かった」
 そして背中を向けた。
 そんな事があっあとも、二人の暮らしは以前と少しも変わらなかった。
 六月に入っても、貞次郎は家作に一人住み、本の山を整理し、算学の問題を練った。省吾もせっせと筆を動かし、毒を金に替えた。
 しかし、省吾の方は、己の変化を感じ取っていた。
 抱える毒が、薄まっているのだ。
 自ずと筆も、進みにくい。
 貞次郎との平穏な暮らしが原因であることは明らかと思えた。
 いまはまだ借金が残っており、つまりは毒の蓄えがあるが、おそらく、完済すれば、筆は止まるかもしれない。
 それはそれで、‥‥と、しかし、省吾は思った‥‥構わぬのではないか。
 戯作を書くために、生きているわけではない。戯作は生きて行くための手立てだ。
 生きていくのに、なによりも大事なものが平穏であるならが、借金を返し終えて筆が止まっても、それは善しとすべきだろう。
 そして、ふと思った。
 貞次郎はどうなのだろう‥‥。
 貞次郎もまた、初めは、広敷という毒を煮詰めた場から遠ざかるために算学を始めたのだろう。つまり、毒をたっぷりと蓄えこんでいたということだ。
 算学にも、毒は要るのだろうか。
 それとも、なによりも集中を求める算学の場合は、やはり毒は毒でしかなく、平穏がなによりも尊ばれるのだろうか。
 ま、いずれにせよ、借金がきれいになって筆が止まり、そのとき自分がどう思うのかについては、いまから考えても詮ないことだと思い直した。

 無事、完済成ったときに確かめればよいことで、それまで今の平穏を存分に享受しようと得心したある日、三年前から銀婆さんに代わって飯炊きを頼んでいる菅婆さんが書斎にやって来て、味噌の仕入れ先を替えていいか、と言った。

 なぜか、と聞くと、いま省吾が気に入っている味噌は、江戸甘味噌といって、甘みを出すために、普通より麴の量が多く、塩の量が少ないのだと言う。で、値が高い上に、日持ちが悪くて、夏を越えるのに難儀する。値が高いのは省吾の問題なのでとやかく言わないが、これからもっと暑くなると、黴(かび)も生えるし、腐りやすくもなる。そうなったら自分の責任になるので、できれば他の味噌に替えたいということだった。

 そうはいっても、いきなり仙台味噌や八丁味噌に替えるわけにはいないだろうし、ちょうどいま、江戸甘味噌に近い味で日持ちのする味噌を売りに来ている者があるので、その味噌に替えようと思っているのだが、どうだろうか、と、まあ、そういう趣旨のことをまくし立てた。

 いきなり、そう言われても、なにしろ味噌は味の要だから、はい、そうですか、というわけにはいかない。その味噌売りはまだいるのか、と尋ねると、まだいる、というので、ならば、味見をしてから決めると答えて、水屋へ向かった。廊下を進むとき、菅婆さんは、女ですよ、と言った。女なのに、この暑いさなか、味噌樽をいくつも積んだ大八車を引いて、やっぱり在方の人の芯が強いですねえ。

 水屋に着くと、菅婆さんが、旦那様ですよと言い、姉さん被りをした肥った女が、頭から手拭いを外してぺこりと頭を下げた。そして、言った。
「ご無沙汰しております」
 蓋の開いた味噌樽に目を落としていた省吾は、その声を聞いて思わず顔を上げた。
 朝露が葉を転がる音がるとすればかくやと思える声、だったのである。
 女に目を向けると、にこにこと笑ってこっちを見ている。
「佐世‥‥か」
 幾度も顔をたしかめつつ、省吾は言った。
「はい」
 女は答えた。
「以前にこちらに奉公へ上がっていた者ですって何度も伝えて、旦那様にご挨拶申し上げたいと言ったんですが、こちらがなかなか通してくれなくて」
 佐世が菅婆さんに顔を向け、菅婆さんがおぼつかぬ目で省吾を見た。
「でも、よかったあ、お目にかかれて」
 三十を過ぎた佐世は、すっかり変わっていて、すぐには見分けがつかなかった。
 顔はいまも童顔ではあったが、罪のない童女のようではなかった。
 罪ではちきれそうだった躰は、肉と脂ではちきれそうだった。

 男を惹きつけずにはおかなかった、首の上と下との落差は、すっかり消え失せていて、省吾は十年かそこらで人はこれほど変わるものかと思わされた。
「味噌を売っておるのか」
 我ながら、聞くまでもない事を聞いている、と思いつつ省吾は問うた。
「はい。川越の在で薩摩芋を作っているんですが、薩摩芋は冬の商いなので、夏に売る物がなくなります。川越から浅草橋の御米蔵まで、新河岸川を使って芋を運ぶ船もその分空くので、その空き使って味噌を売ってみようかと」

 佐世は口数も多くなっていた。屋敷にいた頃は、問われれば唇を動かさず、時には、問われても答えない事すらあった。そこが佐世の落差を、より大きなものに見せていたのだが、いまや佐世は堂々たる農婦であり、商売人だった。
「どうぞ、味見をしてみてください」
 促されて、舌に乗せて見ると、さほど感心したものではなかった。正直、これなら夏を越えにかろうと江戸甘味噌のままのほうがよいと思ったが、佐世からは、そうと切り出せぬ圧迫感を感じた。

 貞次郎とのことは定かではないにしても、佐世が奉公人の弥𠮷とこの屋敷で心中を図ったのは紛れもない事実だった。その事実を見事なまでに覆い尽くす顔の色に気圧(けお)されて、省吾は菅婆さんに顔を向け。首を縦に振った。けれど、佐世は、ひと樽の売上では不足のようだった。
「家作にも、どなたか入られるんですか」
 佐世は開け放たれた水屋の引き戸の向こうに目をやって言った。そこからは、家作が見えた。
「ああ」
「家作の方にもご挨拶してよろしいでしょうか」
川越から船を使って味噌を運んできたからには、とにかく大八車を空にして戻りたいということなのだろう。
「挨拶してもよいが‥‥」
 とはいえ、家作に暮らすのは貞次郎だった。心中の相手だったかもしれない男だった。許すにしても、家作の住人の名は告げなければならないと、省吾は思った。あるいは、その名前を聞けば、佐世も諦めるかもしれない。

「暮らしているのは、山脇貞次郎だぞ」
 省吾は佐世の顔を凝らした。ひと昔前ならまともに見られなかった顔を、なんのためらいもなく見ることが出来た。
「わあ、おなつかしい!」
 佐世は声を上げて、掛け値のない笑顔を見せた。

 挨拶したいという佐世の申し出を、断る事もできた、と思う。
 断らなかったのは、十年以上も前の定かではない昔の借りが、本当はどうであったのかを見極めたいという想いがあったのだろう。
 しかし、それだけではなく、三十をすぎた佐世の息づかいが伝わったとき、二人が会う会わないを、自分が決めてはいけないという、命令にも似た声が、己の中で響きもした。

 それは戯作者のはしくれの勘、と受け取ってもらっても構わない。
 本当の心中があったのか、あったとしたら、なにがどうなってそこに至ったのかは知る由もない。
 が、心中があったにしろ、なかったにしろ、かつて佐世と貞次郎に、二人にしか入り込むことが出来ない時があったのは間違いないと、はっきり感じ取った。
 ならば、その時の外にあった者が、再会の是非を決めてよいはずもなかった。

「山脇様はまだ算学をされているんでしょうか」
 家作へ向かう小路で、佐世は言った。
「貞次郎が算学に励んでいるのを知っておったのか」
 自分が何も知らなかったことを、省吾はあらためて思い起こした。
「はい、なかなか良い問題ができないと、ずいぶん骨を折っていらっしゃいました」
 佐世はなにも隠さなかった。話のつづきを聞きたかったが、小禄幕臣の庭はささやかで、すぐに家作の玄関に着いた。
「では、しっかり売ってこい」
 省吾はそう佐世に声をかけて、母屋に戻った。
 佐世が変わらぬ笑顔で辞去の挨拶を述べに来たのは、それから小半刻(こはんとき)を経たぬ頃で、随分早かった。

 省吾が売れたか、と問うてもいないのに、ひと樽求めていただけました、と言った。
 この界隈で、他に買っていただけそうな処の心当たりはございませんでしょうか、ともつづけた。菅婆さんに聞いてみろ、と省吾は答えた。けっこう、顔は広い。

 書斎に戻って、締め切りが迫っている仕事に嫌々ながらかかると、意外に筆が進んで、曲がれなかった筋の曲がり角を曲がる事ができた。想いもかけず捗(はかど)って、逆に、根を詰めすぎて疲れた。

 伸びをして濡れ縁に向かい。ゆっくりと腰を下ろして、そろそろ摘み取らなければならない梅の実に目をやった。去年は三斗以上も獲れて、方々に配った。
 ほどなく貞次郎がやって来て、並んで座り、そろそろ梅も摘み取らなければならんな、と言った。手伝ってくれるか、と問うと、むろんだ、と答えてから、つづけた。
「おまえとこの塩梅はどんな具合だ」
「梅一斗につき、塩二升五合といったところだ」
「少し甘いな」
「そうでもあるまい」
「それでは日持ちがせんだろう」
 梅の話はまだつづいた。
「三度の夏は越えられんぞ」
「越えられんか」 
 さすがにそれはない。
「ああ」
「味噌はどうだった」
 潮時だと、省吾は思った。
「おまえはどうだった」
 貞次郎はまだぐずった。
「俺の口には合わなかった」
「俺もだ」
「でも、ひと樽、買ったのだろう」
「おまえも買ってくれた、と言われた。買わんわけにはいかんだろう」
「そういう話だったのか」
「そういう話とは?」
「つまり、味噌の売り込みの話だ」
「ああ、そうだ。あらかたは味噌の話だった。あとは芋の話が出たかな」
「新河岸川の船の話はどうだ」
「それも出た」
 省吾はふーと息をついて、梅の木の隣の、サイカチの枝に目をやった。天婦羅にすると旨い若芽の季節は過ぎてしまったが、実がなれば痰を切る薬になる。
「冬は芋を、夏は味噌を運ぶそうだ」
 貞次郎は力なく、つづけた。省吾はサイカチから貞次郎の横顔に目を移して言った。
「算学の話はどうだ。しなかったのか」
「した」
 すっと貞次郎は答えた。
「したが、少しだけだった。俺は算学の話を少しではなくしたかったが、すぐに味噌の話に戻った。この界隈で、他に買っていただけそうな処の心当たりはございませんでしょうか、と聞かれた」
「そうか」
「大したもんだな」
 空を見上げて、貞次郎は言った。
「ああ、大したもんだ」
「どうやっても、かなわんな」
「ああ、かなわん」
「省吾」
 意を決したように、貞次郎は名を呼んだ。
「ああ」
「俺はここを出ていくことにしたよ」
「そうか」
 その日は梅雨の晴れ間で、天が抜けるような青かった。
「やはり、あの煮売屋の女と一緒に暮らすことにした」
「踏ん切り、ついたか」
「ああ、佐世と会って踏ん切りがついた。張り合っても歯が立たん、俺は女に頼ることにする。やはり、女に死に水を取ってもらう」
「決めたなら、是非もない」
「ここで女と暮らしても良いかと思ったのだがな。ここだと、未練が残る」
「なんの未練だ」
「一度は、爺二人でずっと暮らしていこうと思った未練だ。せっかく踏ん切ったのに、また、ずるずると尾を引きそうな気がする」
「そうかもしれん」
「おまえはどうする」
「さあ、どうするかな」
 少なくとも、これで、戯作を書きつづけることはできるだろう、と省吾は思った。
 それ以外のことは、なにも分からない。
 齢を重ねるにつれて、分かった事が増えたが、分からない事も増えた。分かっていたことが、分からなくなったりもする。
 でも、それが悪いとは思わないし、いやでもない。
「済まんな」
 ぽつりと貞次郎が言う。
「佐世に気圧(けおし)されたからこそ、男だけで暮らしていかなければならん、とも思ったのだが、俺にはその気概も力も足りん」
「なに、済まんことなどあるものか」
「やっぱり、省ちゃんは餓鬼大将で、俺は使いっ走しりだ」
 んなことは、ない。
 ぜんぜんない。
2015年7月 文藝春秋刊  青山文平著
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