差し込み文書
早育の中高校生カップルの性
セックスすると、相手のことが好きになる。最初はためらいながらセックスして、次第にためらいがなくなっていって、それと共にどんどん好きになる。ためらいがなくなった先には惰性があって、惰性になると関係もセックスも惰性になる。それで好きなのかどうなのか分からなくなって、早育の中高校生カップルは浮気や些細な喧嘩がきっかけで別れる。
恋愛の先に心も躰も満たされる楽しい快感を得られその先に結婚であるという甘い考えは非常に危険である。夫をいくら愛していた妻でも子が産まれると母性に変化する。夫が父性に変化しないことに妻は失望しつつ、恋愛時と同じ態度でセックス快感を求め続ける夫にやんわりと拒否しつつそれは結婚の義務と諦め、早く終われと演技する。或いは逆の場合もあり二人が心から淫蕩し満足し合えず次第に不機嫌さ増していき浮気・不倫というセックスレスの原因が発生する。
「生出しOK、危険日前後に温
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比紗也を直接訪ねる勇気は、真田にはやっぱりなかった。
比紗也はいないと聞いていた日曜日の夕方に美容院を訪れると、店長だけかが出迎えてくれた。
「真田さん、どうも、いらっしゃい。あいにく比紗也は休みですけど」
と笑顔で案内される。店の掃除をしているのは、年老いているが洒落た帽子をかぶった男性だった。あれが店長の父親だろうか、と思いながら、シャンプー台の椅子に腰掛ける。散髪されている間も、ゲイか‥‥という思いは頭の中を巡っていた。黒いシャツ越しの上腕二頭筋が逞しい。会計を済ませるときに、真田は追い切って小声で切り出した。
「すいません、店ってもう終わりですか?」
店長が驚いたように、はい? と訊き返したので、慌てて付け加えた。
「じつは比紗也のことで気掛かりな事があって。もし良かったら時間があるときに飲みにでも」
「‥‥あー、なるほど了解です。ちょっと駅前のドトールで待ってもらえます? 店片付けて、たぶん三十分くらいで行けると思うんで」
と言われたので、真田はほっとした。
指定されたドトールにいると、暫くしてからやってきた店長がこのあたりはいい店がないから河岸を変えようと言って駅へと向かった。
電車で移動して、新大久保駅を降りて細い道を歩いていた店長が
「俺のこと比紗也に聞きましたよね?」
と切り出した。まさかゲイの話ですか、と訊き返すわけにもいかずに黙っていたら
「真田さんが心配しているみたいだから、話していいって言ったんですよ」
と言われたので
「そうですか」
とほっとして相槌を打った。
新宿二丁目でも連れて行かれるのかと思ったら、店長はごく普通のショツトバーの扉を押した、青と黄緑の看板電装の看板が若者センスだと思った。
もっともカウンターにいたバーテンダーの青年が「わーっ、荒井さん、お久しぶりです!」
とシェイカー片手に甲高い声をあげたので、やっぱりそっち系の店が、と真田は脱力した。
「そっちらの男性は荒井さんの彼氏さん? 彼氏?」
「違うって。スタッフの女の子のこれ」
と指を立てた仕草に店長の年齢を感じつつ、真田はどうもと挨拶した。どちらかといえば美形の部類に入る若者は口を尖らせると
「えーっ。いい男なのに残念。どうせその女ってビッチなんでしょう」
と吐き捨てるように言った。
「知らないって。俺がやったわけではないんだから」
「ですよねー!」
笑い合う二人を真田は半ば諦めつつ、カウンター席に腰を下ろした。
頼んだマティーニは真っ直ぐ喉に落ちて切り味が良く、甘えたところがなかった。意外と腕がいいな、と感心してグラスを置く。
「美味しいでしょう。慎吾君、バーテンダーの大会で準優勝してるんだよ」
店長の台詞に、真田は、へえ、と相槌を打つ。仕事になるかもしれない、ととっさに思い、名刺を出して渡すと
「もー。名刺を出す仕草まで男前」
彼はくねりつつも、仕事内容に興味を持ってくれたのか
「僕、高木慎吾って言いますー。高校を中退してすぐにお酒の勉強を始めて、以前は六本木のWZっていうお店に五年勤めていて。そこから独立して三年なんで、まだまだ勉強させてもらってる身なんですけど」
と謙虚に自己紹介した。
「いやいや、大したもんですよ。WZさんは私も知ってます。なにかあれば、ぜひご相談させてください」
と真田は言った。それから店長に視線を戻すと
「比紗也、仕事には来ていますよね。変わりないですか?」
と慎重に訊いた。
彼は綺麗に髭の揃った顎をさすりながら、口を開いた。
「正直、最近は妙に穏やかなんですよね。だから俺、てっきり真田さんと上手くいってんるんだと思ってたんですよ」
「穏やか?」
と真田は訊き返した。
「そう。時間に追われている感じがしないっていうか。うちの親に紡の面倒見て欲しいって頼むこともないし。それで事情を聴いたら、なんか知り合った神父さんの厚意で、たまにはボランティアで行った教会絡みの施設に住んでいるみたいで」
「それは俺も聞きました」
と嘘ではないが本当でもない答えを返す。
「やっぱり慈悲深いですね、教会って。でもちょっと心配なんですよ。比紗也って、聖職者も堕落させそうなところあるでしょう。ビッチなのに変に生真面目な感じが」
「あー…・やっぱり、荒井さんもそう思いますか」
と真田はグラスに指を添えまま呟く。
慎吾が割り込んできて、それは撲滅すべきビッチよ、と言い切った。
「前の仕事が水商売なのは別に珍しくないけど、要領いいんだか悪いんだかわからないですよねえ、あいつ、うちのお客でもいましたよ、ストーカーみたいの。彼が凄んだら退散したけど」
真田は頷きながら、比紗也がこの店長の店に勤めたことはつくづく幸運だったと実感した。
「でも真田さんモテるでしょう。余裕ある独身の四十近い男なんて珍しいですもん」
真田は、いやあ、と曖昧に首を振ってから、続けた。
「正直、相手はいてもふられ事もが多くて。なんで大抵の女とやると重くなるか怒るかの二択なんでしょうね。同意の上なのに。向こうから誘ってきたときだって」
店長は意外そうに、ふん、と呟いた。
「真田さんって意外とマッチですね。女はやると、もれなく恋愛病にかかるんだって。病気なのに放っておかれたら怒るでしょう。女にしか感染しない病だと思えばいいんですよ。理屈じゃなく」
と言ったので、真田はグラスから口を離して店長の顔を見た。
「え、なになに。俺、もしかして今いいこと言いました?」
はしゃぐ店長に、曖昧に礼を言いながら、心の中でひとりごちる。たしかにオネエではないが男と女の両方を分かっている人だな、と。
「だいたい真田さん、知っています? 前に居たスタッフの子がすっげー赤裸々で、俺、色々聞かされたんですけど。女が男に対して、セックスが上手いと思う条件一条件」
「え、なんですか?」
と真田は思わず訊き返した。
「痛くないこと、なんですよ」
「え、それだけ?」
「そう、べつに普通だと思うんじゃないですか。でも全然いないんだって、そんな男。俺は女の身体に触るのとかあり得ないけれど、でももし好きになったとしても、そんな話を聞いたら、やるの怖いですよね」
真田はグラスを持ち上げながら、俺は大丈夫だよな、と念のために振り返った。
「荒井さんって、そういえば比紗也とはどうやって出会ったんです?」
「面接ですよ。最初は雇うつもりなかったけど」
と店長の手をひらひらと振った。
「店の求人見た比紗也が昼休みに訪ねてきて。シングルマザーで風邪ひいても子供を預かってくれる実家もないし、日曜日は休みが欲しいとか言うし。面白くなさそうなわりには男受けだけ良さそうで、いけ好かないし」
と言われて、真田は苦笑した。
「だけど、うちの店名のことで」
「え、ああ。なんだっけ」
「『ジェーン』ですよ! 忘れないでくださいよ、もう」
と肩を叩かれる。真田は内心、場末のスナックみたいな名前だな、と思った。
「比紗也が店内で話している最中にBGM聴いて、あ、サザンだから『ジェーン』なんですね、て気付いてくれたんですよ。なにを隠そう昔、桑田さんが監督した映画から取った名前なんです。くるくる風車廻っているPVって覚えていません?」
「あ、いや、俺はどっちかといえば洋楽派でしたから」
「そっかー。とにかく比紗也の世代でそんなの良く知っていたな、て盛り上あって。それで採用」「は、それで!?」
「だってあの店って俺の趣味でやっているようなもんじゃないですか。朝か晩までサザン聴かされるんですよ、知らなかったり好きじゃなかったら耐えられないでしょう」
偏っているんだか冷静なんだか分からん、と真田は呆れた。それから本題を思い出し
「荒井さん」
と名前を呼んだ。店長は軽く動揺したように見えた。真田は勘良く察して困惑した。どうやら惚れるツボを無駄に突いたらしい。
「いや、あの」
と咳払いして、再び口を開く。
「じつはお願いがあって、比紗也の父親から連絡があったから、あいつはいないって言ってもらえませんか?」
てっきり過剰に反応されるかと思っていた。けれど店長は表情を消すと、グラスの中身を飲み干して、それなんですよね、と漏らした。
「俺も誰かに言いたかったんですよ。さっきの話なんですけど、じつは比紗也の父親なんですよ。ストーカーやっていたの」
「…え?」
「わざと混んでいる時間帯に来て、延々ソファーで愚痴ったりね。店の外で酒飲みながら待ってたり。堪りかねて比紗也に訊いたら、警察でもなんでも呼んでいいって言うから、俺が出て行って怒鳴り合いですよ。でも意外と気が小さくて、それ以来、二度と来ていませんけどね」
「荒井さんは、なんていうか本当に面倒見のいい方ですね」
と真田はしみじみ言った。
「俺だって堂々と正しい事を説けるような人間じゃないですしね。うちの親だって、比紗也が来てから目に見えて楽しそうだし。俺みたいなのが、比紗也みたいな事情を抱えた人間の世話してやらなかったら、誰も」
「もーっ、荒井さん、超いい人なんだから。それで前の男にもお金貸してあげちゃって、この薄幸体質!」
慎吾の茶々で、二人は我に返って苦笑した。
店長は割り勘にしようと言ったが、こちらが誘ったから、と真田は飲み代を奢った。終電を過ぎてから来る常連たちを待つと言うので、真田だけが一足早く店を出た。
新大久保の薄暗い路地裏を歩いていると、足元がふらついた。公園の奥には段ボールハウスに住む男達の影。瘦せた白猫が塀を飛び乗って、素早く消えた。
マンションのエレベーターを降りて、鍵を開けようとした時、ふと違和感を覚えた。
強くドアノブを引く。鍵を使っていないのに、あっけなくドアが開いた。
靴を脱いで、慎重に廊下を進んで、リビングの扉を開けて明かりをつけた真田は身を強張らせた。
床には服や食器が散らばっていた。乱雑に投げたのか、半分くらい壊れていた。室内を見回す。犯人が潜んでいるかもしれない。カウンターキッチンの上の空き瓶を素早く摑み、家の中を探った。自分の部屋もゲストルームも同様に荒らされていたが、誰かいる気配はなかった。少しずつ肩の緊張を解きながら警察に電話をかけて、手が止まった、泥棒にしては、通帳も不動産関係の重要書類もすべて揃っている。
空き巣じゃないとしたら。
過去に家の鍵を持ってコピーできる人間は。
とつさに浮かんだのは比紗也ではなく、その父親の顔だった。
やっぱり比紗也を直接訪ねれば良かったと後悔しながらも、気味が悪いことには変わりなく、数分考えたのちに警察に通報した。
警察に状況を説明し、一人になって部屋を片付け終える頃には夜が明けようしていた。カーテンの隙間から漏れる朝焼けは異様なほど美しかった。少し休むだけのつもりだった真田はそのまま気を失うように眠り込んでしまった。
つづく
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