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比紗也と紡が朝の廊下を歩いていると、二ノ宮シスターがやって来た。瘦せた体つきに鋭い目からは想像もつかないくらい綺麗な声で
「比紗也さん、今日も良い一日を、紡くん、おはよう」
と言いながら紡の頭を撫でた。二ノ宮シスターの手の平は皺だらけで大きい。比紗也は、おはようございます、と頭を下げる。
「これからお洗濯に?」
彼女は、比紗也が抱えた青いプラスチックのカゴを見た。
「はい。午前中の内に済ませちゃおうと思って。午後から土砂降りになるみたいですよ」
「そうですか。紡くんもお手伝い?」
「ママ洗濯が終わったら、林で石を探すんだよ。この前は、熊の石を見つけたよ」
紡のポケットから宝物の石を取り出した。石の両端が耳のようにぴんと尖っていて、たしかに熊に似ている。
「それなら、おばあちゃんと石を探しに行こうか。ママが休憩できるように」
比紗也は、悪いですから、と恐縮したものの、二ノ宮シスターは静かな笑みを浮かべた。
「女子修道院とは言っても、年寄りばかりですから。若い方がいるだけで活気が出て、建物全体が明るくなりますよ」
そう告げると、彼女は紡の手を引いて裏の雑木林へと出かけて行った。
女子修道院に来て二日目の朝、紡の手を引いて食堂に入った比紗也をシスターたちは不思議そうな顔をして見ていた。
緊張しながら椅子の背に手を掛けたとき、席を立って近づいて来たのが二ノ宮シスターだった。
細かな皺がたくさん刻み込まれた顔や手の甲には厳しさが滲んでいる気がして、比紗也は身構えた。逃げた母親しか知らない比紗也にとって年上の女性は得体が知れなかった。
二ノ宮シスターまず紡をじっと見ると、次に比紗也へと視線を移した。黒いベールがよく似合う尖った輪郭と薄い唇につい見入っていたら「如月神父様から事情はうかがいました。二人とも歓迎いたします」
と告げられた。ひそやかなのに濁ったところがない滑舌は美しかった。比紗也は慌てて頭を下げかけた。
柔らかな羽が頭にかぶさってきたように感じた。上目遣いに見ると同時に二ノ宮シスターが額から手を離して
「神様のご加護がありますように」
と告げた。それから紡にむかって小さく微笑んだ。正しさという緊張感を纏いながらも優しさがこもっていた。それ以来、二ノ宮シスターはさりげなく比紗也たちを気遣ってくれるのだった。
心の中で感謝しながら、洗濯機置き場へと向かった。ひっそりと陰った室内の洗濯機を回す。高い窓の向こうから鳥の鳴き声がする。
裏口から庭へと出て、屋根のついたウッドデッキで洗濯物を干す。涼しい秋風が吹いた。比紗也の片脚に絡まるようにしてシトンボが旋回すると、青空へと飛んで行った。
そばのベンチに腰掛けて、青空を仰ぐ。
この小さな修道院に来てから二週間近く経った。自然の多い敷地にある建物は古い学校のようでどこか懐かしい。食事の用意から紡の世話までサポートしてくれるシスターたちのおかげで、比紗也は出産以来、初めて心安らかな日々を送っていた。
いつの間にか、小さく歌を口ずさんでいた。体が前後してベンチが軋む。故郷を離れてから歌うことを忘れていた。
火の気配を感じて振り返ると、歓が立っていた。昨日比紗也が男子修道院を訪問して髪を切ったので、額と耳がすっきりと出ている。いっそう若い青年のように見えた。
「おはようございます、比紗也さん。お昼から人と会う約束があるので、早めに出て様子を見に来ました」
「本当に、何もかもありがとうございます」
頭を下げると、歓は控えめに首を振った。ベンチのとなり座ろうともせずに礼儀正しい距離を保ったままで。真田と対峙したときの激しさが幻のようだった。
林の中を二人で散歩していると、比紗也はまるで実の兄といえるような錯覚を抱いた。心の距離は以前よりも近くなっていた。
「どうして如月さんはこんなに親切にしてくださるんですか?」
と比紗也は足元を見つめながら尋ねた。ずっと訊いてはいけない気がしていたのだ。
「比紗也さんは、僕を救ってくれた恩人ですから。それに、教えてもらったんです」
「なにを?」
「聖という学生時代の同級生に、信仰の意味をです。僕と彼は寮のルームメイトでした。比紗也さんを迎えに行った日、大阪のシンポジュウムで彼と十数年ぶりに再会したんです」
☆
広い会場でも、体大きくて端正な顔立ちの聖は目立っていた。隅にいた歓のもとへと近寄ってきて
「歓。久しぶり。まったく変わってないな」
と気さくに肩を叩いた。お互いの背広姿がやけに照れくさく、歓は苦笑しながら、ひさしぶり、と答えた。
シンポジュウム後の立食パーティで歓と聖はサンドイッチを摘まみながら、近況を報告し合った。
「歓はさすがに優秀だっただけあるな。若手の司祭の中でも一番期待されているって聞いたぞ」
「そんな。君こそ准教授なんて」
「肩書だけは立派だけど、うちの大学は給料が少なくて大変だよ。しょっちゅう奥さんに文句を言われているよ」
聖は笑うと、ふいに真顔になった。
「しかし妙なもんだな。あの頃の俺の眼には、じつは歓が誰よりも神を信じていないように見えたから。だけど結婚してみて気づいたよ。それでいいんだって」
聖がハムサンドを頬張りながら言ってのけたので、歓は驚いて訊き返した。
「それでいい、て、どういう」
「なあ、神は本当に心から俺たちを信じ切って貰いたいと思うか?」
その質問を受けた歓の胸に懐かしさが込み上げてきた。思春期の少年たちを閉じ込めた汗臭い寮生活が鮮やかに蘇る。聖の問いはいっだって唐突でユニークだった。
「思うよ」
「だったら、何であんなに俺たちを試す? 神のやっていることはさ、女性と一緒なんだよ。試す、疑われたら怒る、罰する。唐突に無償の愛情を与えまくる。全面的に肯定するほど、つらい試練を与えてくれる。あれはさ、究極、神様と恋愛しているんだ」
聖の言っている事は、歓には解せなかった。そもそも神と人間同士の恋愛を同列に扱うのは基本的に誤りだと指摘すると
「そんなことはないよ。神は自分に似せた人間を作ったんだろう。だったら人間同士の恋愛はいわば神と人の愛の模倣だ。神はな、信じてほしいわけでないんだよ。ただ、こう言ってるんだ。つねに自分を見ろ、と。疑いすぎたって信じすぎたって、相手を見ている事にはならない。それは女性の根源的な欲望とよく似てるよ」
「それなら、疑いながら信じ続けることが、神の真の意に沿うことだっていうのか?」
すると聖は歓に向き直った。
「歓、一度でいいから生身の人間と死ぬ気で向き合ってみるといいよ。べつに自分が結婚して子供まで持ったから言うんじゃなくて、お前には現実感がないんだ。昔から」
歓は不快と動揺の入り混じった気持ちを抑えて、聖を見上げた。
「疑いながらも逃げずに司祭になったおまえは誰よりも神に向き合っているよ。だから、ちょっとくらい好き勝手やったって平気だ。その好き勝手さえも導かれるんだから」
「聖が司祭にならなかったのも導かれたから、か」
聖はビールを飲み干して、俺も落第したんだよ、とことなげに言った。
「俺たちはおまえよりも楽に生きているようでいて、でも悔しいんだぞ。皆、あの頃はそれぞれに真剣に神を信じてたんだから。二度と来ない青春みたいに、信仰の時期があった。だけど諦めざるを得なかった。お前だけだよ、終わらない祈りの中にいられるのは。それは羨ましいことだけど、結局、生きることは今この瞬間しかできないから」
歓の頭の中に無数に浮かんだ反論は、口から出ることなかった。代わりに、助けを、と呟いていた。
「今、助けを求めている女性が居て、だけど僕は彼女ことを何も知らないし、危険なことに加担するかもしれないし、第一、変に期待してしまう自分がなんだか恐ろしくて」
聖はきょとんとして、なに言ってるんだ、と遮った。
「そういうときのために神を信じてるんだろう」
「え?」
「永遠の命がなんのためにある? 他人を救うためだろう」
「他人を?」
「そうだよ。死ぬのが恐いからじゃない。身を犠牲にして他人を救うためだ。だから歓、そんなのは迷う事じゃないよ。期待を裏切られるんだ。当たり前だ、皆、そうやって生きている。お前だけじゃない。それでも必死にやったら蟻一匹分くらいは報われるかもしれない。徒労だし理不尽だろう。だけど救いっていうのはそういうもんだ。蟻一匹のために永遠の命を使ってこいよ」
と聖は言うと、握手を求めた。歓は眩しいものを前にしたように手を出して、ありがとう、と告げた。
歓が語り終えても、比紗也はしばら黙り込んでいた。
「すいません。妙な話をしてしまって」
「いえ、ちっとも。私こそ、すっかり心配をかけてしまって」
歓はきっぱと言い切った。
「心配や不安を抱えているのは比紗也さんです。もし代われることができるのなら、その不安も心配も孤独も、すべて僕が肩代わりできたらいいのに。そんなことばかり日々考えています」
比紗也の視線は、いつしか歓の背後へと向けられていた。振り返ったものの、見慣れない林が広がっているだけだった。おせっかいなことを言ってしまった、と反省して口を噤む。
何かを探しているような横顔は、風で透き通って消えて行くようだった。長いスカートだけがはためいていた。
名前を呼ぼうとして、彼女が声もなく泣いていることに気付いた。
手を伸ばしかけて、自分は何をしようとしているのだ、と我に返る。遠くの空で雷鳴が響く。
「もう雨が来ますね」
比紗也は頬に伝う涙を拭うこともなく天を仰いだ、雨粒が一つ、また一つ落ちる。
「紡を呼びに行かないと濡れちゃう」
「大丈夫。さっきシスターと戻っていましたよ。十時のおやつをあげると言っていました。僕たちも戻りましょう」
と歓はズボンからハンカチを引っ張り出した。比紗也は礼を言いながらハンカチを受け取って素早く涙を拭うと、立ち上がった。
修道院のほうに戻ろうとしたら、教会の扉の前に女性が立っていた。ぞくっとして足が止まる。黒のワンピースにきつく縛った髪。その表情からはなにも読み取れない。
「すいません‥‥比紗也さんは、先に建物の中に」
「え?」
と比紗也が立ち止まった瞬間、彼女は歓を直視した。
「今日はきちんと話し合おうと思ってきました。その内容次第では、教会側に自訴することも考えています」
張りつめた声に比紗也もただならぬものを感じたようだった。
「ずっと庭のほうで話していましたね。楽しそうに。その方は信徒ですか? 同じ信徒として、私との話し合いにも応じていただけたら嬉しいですけど」
歓は赤面し、盗み聞き、と言いかけて
「立ち聞きはいかがなものかと」
と言い直したが彼女の逆鱗に触れるには十分すぎる表現だった。
「訊かれたら不味いような会話を教会の敷地内でされているなんて、さすがですね。その人のことも‥‥私みたいに傷つけるつもりですか?」
その台詞を聞いて、比紗也の顔色が変わった。歓はどうした良いか分からずに一歩後退した。雨が嫌がらせのように降り注ぎ、前髪を濡らして情けなく額に張り付かせた。
「覚えていますか? 夕暮が、血みたいに赤くて、暗い団地の廊下を追いかけて来た事を。鍵を開けて私の背後から押し入ってきて、ほとんど、ほとんど」
彼女の声が震えはじめる。怒りが悲しみに変わっていく。
「ほとんど、裸みたいな格好に‥‥そんな事をされたのは初めてだし、怖かった。それでも、あの台詞さえなかったら、犯されるよりも、ひどいことを、私に植え付けた。憶えてはいないと言わないでしょうね。あなたが言った言葉を」
『やっぱりやめた。こんなブスとじゃあ、やる気もしない』
あれは僕の言葉ではない、と歓は喉の奥でうめいた。
実際、そのときの歓は半ば朦朧としていて、どうやって家に帰ったかさえも定かではなかった。ゆるく肉のついた後輩の半裸と泣き顔を、罵倒に青ざめて震える姿を、薄いカーテン越しに見ていた感覚だけが残っている。
混乱のあまり半ば吐きかけたとき、突然、母親に似た声がした。
「謝りなさい」
振り向くと、比紗也が毅然とした揺るぎない口調でもう一度
「土下座でも何でもして謝りなさい、如月さん。彼女に」
と言った。その神聖な声の響きのせいか、不思議と責められているようには聞こえなかった。
「もう十分に逃げたでしょう。だから、もう逃げないで」
その瞬間、歓はぬかるんだ地面に両手を付けて頭を下げていた。
「本当に、取り返しのつかない事をしました。すべて僕のせいです。自分勝手な理由から、あなたを深く傷つけました」
「…‥ずっと、あの言葉のせいで男の人が恐くて、キスだってセックスだって、いつおまえみたいなブスって笑われて、突然、突き放されるかって」
「それは違います。あなたの容姿の問題ではありません。僕はあなたがあれほど暴力的なことをしたのにも拘わらず、そこまでの勇気はなかたのです。最低の臆病者です」
「嘘つかないでっ」
「嘘じゃ、ありません‥‥告白します。今でもあの光景を思い出すと、僕は」
唾を飲み込むと血の味がした。
「不純な気持ちに、なります」
地面は地獄のように暗く湿っていた。二人の女性たちは黙ったままだった。一秒一秒を拷問のように感じながらも、歓は言葉を続けた。
「そんな自分を蔑んで神に謝り続けていました。だけど、僕は間違っていました、謝る相手はあなただった。とにかく、あなたに一切の非は有りません。僕が弱くて卑劣な心の持ち主だったのです。そして異性に対する思春期の関心を捻じ曲がった形で行使したのです。だから、これから一生あなたに謝り続けます。僕は」
地面になにかがさどさっと倒れ込んできた。
顔を上げると、びしょ濡れになった彼女が放心したように膝をついていた。ワンピースの裾が汚れるのもかまわずに。ごく普通の女性が、自分の行為と言葉によって二十以上も時を止めていたことを改めて痛感した。
彼女と再会する前は、自己嫌悪に疲れて考えていたことがあった。さすがに僕のしたことなんて忘れて、結婚でもして幸せになってるんじゃないだろうか、強姦したわけじゃないのだし、と。
なんて甘かったのだろう。自分のこの罪を一生背負っていくのだと覚悟したとき
「もう、けっこうです」
と彼女は立ち上がった。驚いて見上げると、泥に汚れたストッキングの足が踵を返して
「訊きたかったことを…‥ぜんぶ、訊けましたから」
帰ろうとする彼女を引き止めたのは比紗也だった」
「その格好だと風邪をひきますから。そこの女子修道院だったら男性もいないし、ちょっと体を休めていってください」
と比紗也は丁寧に勧めてから
「如月さんは、今日はもうお帰り」
と背を向けた。歓は、でも、と言いかけた。
「気持ちを察してください。自分を傷つけた相手と向き合って喋るなんて、すごく勇気がいることです」
と言い切られて、すいません、と謝るしかなかった。
建物の中に連れ立っていく比紗也たちを歓は見送った。自分は比紗也から一生軽蔑されるのだろうと悟りながら。
頭の中の声はしなかった。雷鳴だけが暗い中庭に響いていた。
☆
会食中に鳴ったスマートフォンの番号に、真田は戸惑いを隠せなかった。
「真田君、どうしたの?」
築島が不思議そうに訊いた。適当なニットジャケットを羽織っているが、眼鏡で隠した素顔はかなりの美形で、そのかわりにオタクで気取ったところない築島に真田は好感を持っていた。頭いい人間特有の安定感があるのもいい。
品良く酢でしめた鯖を口に運ぶ。辛口の日本酒に生姜の爽やかな風味が重なる。
「真田君は相変わらずいい寿司屋知っているよね」
キリコと同じような台詞を、築島はにこにこと口にした。食道楽なところも共通点だ。
「どうですか、築島さん。最近は」
「パクり合いは前からだけど、ポリシーないのが増えたねー。真田君はどう。わりと好調に見えるけど。婚活系のイベント、けっこうやってるんでしょう」
「まあ、それなりに利益は確保できますけど、正直、利益重視で人集めて箱の中身はかすかすみたいなの、俺の好じゃいないですよ。その手の企画もそろそろ飽和状態ですし」
「でも究極だれもくっつかなくても、真田君サイドは利益は変わらないわけだし」
「うーん。とはいえ客の満足度が低いのは自分の経営理念に反するので。結局、女子は特に『運命』と『必然』が必要なんですよね。結婚できればいいと言いつつ、”なんとかコン”の中で一番顔が好きだったとかじゃ駄目なんですよ」
と説明した頭の片隅には比紗也のことがあった。
「で、僕のところでその『運命』と『必然』を演出できないかと、いいかもねー。リアルなイベントと連動したアプリ。ゲーム性と恋愛の運命感ってわりと近いし。ただ出会い系のものはけっこう出ているから、どうやって個性出すかな」
真田はにこやかに築島のお猪口に日本酒を注いだ。追加で頼んだ寿司が来る前に、二度目の電話が鳴った。ふたたび番号を見ると。やっぱり比紗也からだ。
今さらなんだ、と呆れつつも、二週間経って怒りは薄れつつあった。誠心誠意謝るなら許してやってもいい、と考えつつも、内心では仕事が忙しくて女日照りなのだ。
正確には深夜のバーで二人ほど親しくなりかけた女がいたものの、中身のない会話にすぐに飽きてしまった。
築島が仕事の電話受けて店の外へと出たので、真田のスマートフォンを耳に当てた。かけ直す必要はなかった。留守電に吹き込まれメッセージにつかの間、混乱した。
『すいませえん。真田さんって方でしょうか、私。比紗也の父親です。娘がいつもお世話になりまして。突然ですいませんね。じつは娘が変な男にそそのかされまして、ちょっと前から、孫共々行方不明なんですよ。それで、なにか心当たりがあればと思いまして、お電話したんですが』
駅前の喫茶店に入って来たその男は白髪交じりの頭にワックスで固めていた。背広を着ているけれど仕事帰りだろうか、と真田は考えた。
店内はパータイムに切り替わっていて、照明を落としていた。そのせいか男の顔はひどく陰って見えた。
男は向かいの席に腰を下ろして
「どうも、すいませんね、わざわざ出てきていただいて」
どこか皮肉めいた笑みを浮かべた。鼻筋は高いが、目は陰険な印象を与えるほど細い。唇の血色だけがやけにいい。くたびれた中年というには瘦せすぎていて老人に近く、それでいて奇妙な不穏さを全身にまとっている。
「こちらこそ」
真田は一応頭を下げた。再び顔を見つめる。比紗也に似ている所は、なかった。本当に血はつながっていないんだなと実感した。
男はアイスコーヒーを頼んだ。店員が運んでくると、グラスを引き寄せながら笑った。
「比紗也に似ていないでしょう。私」
「ああ‥‥そう、ですね。でも、よく見ると輪郭が」
「あれはねえ、妻がほかの男との間に作った子ですから。十歳のときから一緒に暮らして、今はもう、実の娘同然ですけどね」
真田は、そうですか、とだけ相槌を打ってコーヒーを飲んだ。
「それでね。真田さん。二週間前だっかな、夜中に、比紗也の家に変な若い男が訪ねて来ましてね、比紗也を助けるんだ、て息巻いて、うちの娘をそそのかして連れて行っちゃったんですよ。携帯も財布も置いてねえ。私ももう呆然としてしまって」
「じゃあ、ずっと行方を捜されていたんですか?」
と真田は驚いた。濃いカフェインに散らされて酔いも覚めて行く。
「私は宮城から出て来たばかりで、比紗也の今の生活のことは知らないんですよ。それで娘の携帯ロックをようやく解除してね。真田さんに連絡したんです」
と言いながら、真田に向けて手のひらを差し出した。なぜか無数の傷が刻み込まれている。掌紋ではなく、たしかに傷だった。
真田はとっさに機転を利かせて
「そうですか。私も、じつはそこまで彼女とは古い知り合いではないので」
と濁した。父親のことを語ろうとするとき、比紗也は途端に口が重くなる。わかる気がする。この男は危ない。同性の直感で察した。
真田にとって、目の前の男はあきらかに異物だった。にも拘らず同じ男だというだけで何となく理解できてしまうところに若干の罪悪感と嫌悪感を覚えた。
「真田さんは、どんなお仕事を?」
「僕はイベント系の仕事をしています」
「はあ、それはご立派だ」
「いやいや。徳永さんもお仕事帰りですよね」
「私はタクシー会社の面接だったんですよ。でもこのご時世、タクシー運転手になるのも大変ですねえ。もう田舎に帰ろうと思っていますよ」
「そうですか。比紗也さんのことは、なにか分かったらご連絡します」
「ありがとうございます。職場に訪ねていくのねえ、無断欠勤してたら不味いじゃないですか。父親まで現れて。大ごとになったらクビにでもなったら可哀想でしょう」
「そうですね、慎重にされたほうが」
と相槌を打ちながらも、真田は違和感を覚えた。二週間だぞ、と心の中で呟く。本当に失踪したと思っているなら、もっと比紗也心配すべきだ。
いくらいい歳した娘とはいえ、比紗也の父親の心配はどこかズレているように感じられた。もっとも、よその家庭などそんなものかもしれないと思った矢先に
「孫の保育園にだけは連絡したんですけどね。ずっと休んでるんですよ。それだけは、心配で。誰か面倒見られるような人間がそばにいるならいいですがね」
「紡が?」
と真田は思わず訊き返した。
「比紗也だって働かないと生活していけないでしょうからねえ。その間、どうしてるんだか。まあ、いざとなれば預けるって手はありますけど」
「預ける‥‥あ、もしかして徳永さんのご実家は関東なんですか?」
その瞬間、男は魂を抜かれたような顔をした、その奇妙な反応に真田は困惑した。
男は我に返ったように、ああ、と二、三度頷いた。
「預けるっていうのはそういう意味じゃないんですよ。ほら、例えば施設とか、都会は色々あるでしょう」
児童養護施設を真っ先に挙げたことに真田は憮然とした。祖父が簡単に孫を施設に預けろなどと言うのは普通のことなのか。自分の両親がそんな事を言い出したら人間性を疑うだろう。
比紗也の様子を、と真田は初めて強く思った。見に行かねばと。そして紡のことも。
あの神父が二人に危害を加えるとは思わないが、もはや真田は比紗也の周りにいる人間を、誰一人信じることが出来なくなっていた。唯一信用できそうなのはあの陽気なゲイの店長だけか。明日の朝には美容室に電話を入れようと真田こっそり決めて、男に適当に挨拶して席を立った。
上目遣いに見た男は愛想笑いをしたかと思うと
「今度ねえ、良かったら、真田さんのお仕事場に遊びに行かせてくださいよ。興味があるなあ、会社をやってらっしゃるなんてえ。このご時世、自営で懐の温かい男なんて大したもんだ。そんな方が比紗也のマトモにお付き合いしてくれて嬉しいですよ」
と言い出した、真田は変な汗が背中に滲むのを感じた。ぜひ、と振り払うようにおざなりに告げてから
「僕は比紗也さんを、友人として大事に思っているで」
比紗也とあらゆる方向を気を遣って無難な言葉でまとめた。
男は、はあはあ、と相槌を打った。急に真顔になって
「関係持った女をそんな風に言うのは男として感心しないなあ。真田さん」
唐突に厳しい声で言ったので、真田は動揺した。
「いえ、そういう意味では」「いい歳してと思われるかもしれませんけどねえ、大事な娘なんですから。二人のやりとりはすっかり読ませていただきましたよ。真田さんには大変お世話になったみたいで、ずいぶんおたくはうちの娘に、男としての関心があるようだ」
真田はかろうじて
「比紗也さんのことを魅力的な女性だとは思っています」
と答えると、男は真田が手にした伝票を奪い返すことはせずに一瞥しただけで、お礼も言わずに店の外へとふらついていた足取りで出て行った。
つづく
8章 キーワード 薄幸