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女子修道院の食堂のテーブルには赤いチェックのクロスが敷かれて、小瓶に花が生けてある。歓は食堂に入る度に、男子修道院よりも家庭的なものを感じて懐古的な感傷に浸される。女性らしい配慮に満ちた空間はまるで実家のようだ。
紡を抱いた比紗也がシスターたちと笑顔で喋っていた。足元には荷物を詰めた鞄が置かれていた。
「あの、比紗也さん」 おずおずと声を掛けると、比紗也は振り返った。その目はすでに自分を見ていなかった。彼女の心はもう新しい生活へと向いている。そう感じた瞬間、どさっと肩の荷が下りたように感じた。役目が終わったことを悟った。
「本当にありがとうございました。こんなにお世話になってしまって」
と比紗也は頭を下げた。その礼儀正しさに淡い痛みを覚える。親密な時は過ぎたのだ。
それでも
「こちらこそ、少しでもお役に立てたなら嬉しいです。またいつでも困ったことがあったら、何でも言ってください」
と言葉を返しながら目を伏せると、見た事もなかった東北の風景が映り込んだ。自分がこの人と仙台に行っていたらどうなっていのだろう、と一瞬だけ夢想したものの、すでに打ち消す。修道院ほど守られていて平穏な場所はない。それでも出ていくということは、彼女はより強い希望を見つけたのだ。自分の選択は正しかった。
比紗也の荷物を持って玄関まで見送りに出た。薄曇りで肌寒かった。紡が、猫がいると花壇に隠れていた三毛猫を追って飛び出した、そこに車がやって来て比紗也が、危ない、と叫ぶと同時に緩やかに停車した。運転席のドアが開く。
薄手のダウンジャケットを羽織った真田の笑顔がいくぶん無防備に見えた。
「迎えに来て轢いたら、洒落にならないぞ」
と笑いながら、猫を撫でようとする紡の頭に手を置いた。
振り返った紡が真田さんだー、と懐こい声を上げる、比紗也が困ったように笑って、自分を見た。歓はその瞬間、呆然となった。
昔、児童養護施設にボランティアで通っていたときに、子供たちが自分を責めたことがあった。
「如月先生は僕たちに興味ないでしょう」
自分が紡に名前を呼ばれたことはほとんどなかった。比紗也だけに強い関心を抱き、幸福になってほしいと願っていたことを痛感していると
「すいません。荷物いいですか?」
と比紗也に言われ、別れを惜しみながらも手渡した。
彼女はそのまま紡を連れて後部座席に乗り込んだ。真新しいチャイルドシートが備え付けられている。真田が、お世話になりました、と二人の保護者のように言った。
何があったのだろう。と歓はぼんやりと考えた。仙台でいったい彼はどんな魔法を使ったのか。
車が走り出す。穏やかに微笑んで見送ろうとしたが、風に冷やされた頬は強張ったまま動かない。
おれをおいていくな。
心の叫びが喉元までこみ上げ、また胸の奥に沈み込んだ。
父も親友も、心を許した女性も今はもう傍にはいない。
そして今日からまた自分以外の誰かを愛している者のために尽くすのだ。
☆
打ち合わせを終えた真田がオフィスに戻ると、数人の若い社員たちが残って作業をしていた。
皆に声をかけてから、冷蔵庫にしまった日本酒を何本か取り出す。事務の若い女性が駆け寄ってきて、スカートから伸びた黒タイツの足を曲げて屈みながら
「社長、私がやりますから」 と人数分のグラスを引き取った。ありがとう。と笑って任せてから、社員たちを会議室に呼んだ。
テーブルにずらりと並んだ日本酒の一升瓶を見た社員たちは興味深そうにラベルを眺めて、かっこいいですね、これ美味しそうだな、口々に言い合った。
「興味があったら飲んでみて」
とグラスに注ぎ、自ら乾き物の袋を破って紙皿に盛った。一番若いわりには酒好きの社員がグラスに口をつけてすぐに
「あ、これ、かなり美味しいですね。社長」
と驚いたように言った。ほかの社員たちも、コクはあるけど綺麗な味ですね、などと言い合った。
「仙台の知り合いとあっちに行く用事があって、帰りにいくつかの蔵を回って来たんだ。郡山の方まで酒蔵を見学したりして。これだけ丁寧なお酒を米から作って、検査も全部やってクリアして、それでも出荷量が落ちていると話を聞いて、ちょっと何かできないかと思って」
社員たちはふむふむと真剣な表情になった。先ほど声を上げた若い社員が口を開く。
「俺も正直、東北の応援はしたいです。父方の親戚が会津若松にいるんで」
「ただ社長、震災直後は復興ムードでイベントも盛況でしたけど。今、逆にちょっと厳しいですよね」
真田はグラスを手にしながら、米の上品な甘みを舌の上で転がしながら頷いた。
「俺もちょっと手が出しにくいとは思てた。だから実際にみて対話することで納得した部分もある。まあ、ほかの企画も立て込んでるから、少しずつでもアイデアあればと思って」
社員たちは暫く考え込んでいた。それでもグラスに酒を注ぎながら
「たしかに、僕たちも飲んだら分かります。すごく丁寧に作ってる味だって。直接、対話っていいですね。今も下手なことを言うと風評被害で悪者扱いですけど、これはどうなんだってがんがん訊ける雰囲気あるほうが、結果的に不安から解消されるわけで。消費者も下手に責められるんだったら、いっそかかわらずにスルーってなっちゃうんじゃないですか」マイナスをゼロにするんじゃなくて、プラスするくらいの勢いが欲しいですよね。ブランド的なものをなにか作れないですかね。日本人はやっぱりブランドと期間限定がお好きじゃないですか」
「だった美少女いてほしいです! 取り敢えず可愛いは無敵だし」
「酒なのに美少女は不味いでしょう」
などと言い合う社員たちと笑っていた真田は掛け時計を見た。
「悪い。そろそろ俺は帰るよ。残った酒、良かったら飲んでいっていいから」
「お疲れ様です! これからどちらかで会食ですか」
いや、と真田はドアノブに手を掛けて首を振った。
「明日の朝一でデイズニーなんだ」
全員が、若い女だ、という顔をしたのを真田は見ないふりして、おつかれさん、と冗談めかしてドアを閉めた。
朝早く出発した車の中で眠っている紡が目を覚ますと
「え、あ、お城だよ!」
と窓に貼りつて高速道路を見ながら声を上げた。紡の隣に座っていた比紗也もつられてたように窓の外を見た。
カラフルなお城と様々なアトラクション。学生時代にデートで一度見に来たきりのテーマパークは、真田の実際の記憶よりもテレビの印象の方が鮮明なくらいだった。
広大な駐車場に車を停めると、真田は紡を抱きかかえてチャイルドシートから降ろした。
入場すると、家族連れやカップルや友達同士のグループでぎっしりと埋め尽くされていた。キャラクターグッズが陳列された店や甘い香りの漂うフードスタンド。魅力的なアトラクションに吸い込まれていく人たちの足取りは一様に軽い
「ママ、かぼちゃ!」
と紡が指さす。いたるとこに目のくりぬかれたお化けかぼちゃが飾られている。仮装したお客もちらほらいる。ハロウィンが近いのか、と思っていると、紡と比紗也が店内へ吸い込まれるように入って行った。
「こら、土産は帰りだろう」
と真田は指摘した。
混雑した店内で二人を捜していると、背後から、つんつん、と腕を突っかれた。そこか、と振り返ると
「真田さん。耳」
「みみ」
と親子そろってキャラクターのカチューシャを耳に付けていた。真田はあきれて笑った。
シャボン玉出る銃の玩具を買ってもらって紡は地図を見て、ジャングルを探検したい、と長蛇の列に怯まずに進んでいった。
紡はおもちゃの箱を差し出して、開けて、と頼んだ。遊べるようにしてやると大人しく順番を待ちながらふわふわシャボン玉を飛ばしていた。しばらく会わない間にずいぶん縦に伸びた紡を眺める。まだまだ幼いが、数ヶ月前に比べてだいぶ男子らしくなった。
「遊園地に行こう、て真田さんら言われてびっひりした」
と比紗也が言った。
「せっかく美容室の定休日にあわせて紡も休ませたんだからさ、たまには遠出もいいと思って」
「ありがとう。こんなところに自分が来るとは思わなかった」
としみじみ漏らしながら、比紗也は列の先を見つめていた。水上を船の乗り物がずんと滑り込んできて、ずらりと乗客が降りてくる。
船に乗り込んだ紡は終始緊張したようにジャングルの向こうを見据えていた。巨大な象やワニが出てくるたびにびっくりしてしがみ付きながらも、最後は
「ママ、すごく楽しかったね」
比紗也と手をつなぎながら興奮したように言った。
昼食事のレストランはほとんど席が埋まっていた。ようやく空いたテーブルに着き、比紗也が紡のホットケーキを切り分けてている間に、真田は二人分の温かい紅茶とオムライスを運んで
「ほら、君はたしかコーヒー飲めなかったよな」
と言うと、彼女はこくんと頷いた。
紡が口の端にクリームを付けていることに気付いて、紙ナップキンを抜き取ると
「真田さん。なんだか優しくなったみたい」
と比紗也がスプーンを握って呟いた。子供三人連れた母親が通り過ぎようとして、比紗也の椅子にぶつかった。びっくりしたように肩を縮めた比紗也を見て、大丈夫か、と尋ねてから
「優しくなったのは、まあ、君に鍛えられたおかげだけど」
と冗談めかしたが、比紗也が心外だと言わんばかりにふくれっ面をしたので、すぐに言葉を正して
「正直‥‥男だって好きと言われたら安心するよ」
と打ち明けた。比紗也は急に照れるように目を伏せた。
紡が不思議そうに、どうしたの、と尋ねたので
「紡のママは普段意地を張っていたけど、意外と可愛いっていう話を」
と言った途端、比紗也が丸めた紙ナップキンを投げて来た。紡が面白がって真似をしたので、比紗也は慌てたように床に落ちた紙ナップキンを拾った。真田はその姿を見て笑った。
日が暮れてからパレードを見るために人混みの中へと戻った。
真田は紡を高く抱き上げて、見やすいようにしてやった。パレードの最終の花火が始まるまで感動したように目を輝かせていた紡は、破裂音が響く中で疲れたのか寝入ってしまった。
連れてきて良かった、と思いながら
「俺がおぶって車まで運ぶよ」
と真田が言うと、比紗也が三人分のお土産のビニール袋とバッグを持った。
ゲートへと向かう人々は、夢を見終えた後というよりは、夢が叶った後のように高揚しているようだった。
車に戻った真田は、比紗也の目が涙に濡れていることに気付いた。
驚いて暗がりで顔を覗き込み
「なにか嫌な事でもあったか?」
と訊いた。比紗也は首を振ってから、真田の背中の紡の方を見て言った。
「紡がまるで」
「まるで?」
「普通の、家の子供みたいだから」
「そうか」
と真田は呟いた。
帰りには比紗也が助手席に座った。運転に専念しようした矢先に、腕を突かれて
「真田さん。耳」
とまた耳付きカチューシャをした比紗也を見て、噴出した。
信号で停止した直後、左手を伸ばして頭を撫でた。紡ほどはないにせよ、小さな頭の感触は。さすがに美容師だけあって髪は柔らかく艶がある。
「そう言えば君はどうして美容師に?」
と真田はふたたび車を走らせながら訊いた。
「母親が居なかったから、子供の頃から雑誌を見て、自分の髪を結ったり前髪を切ったりしてて、友達が上手だねと褒められたから、そのまま自然に」
「そうか。思えば女親がいないと大変なことだよな。だから君は意外と生活力があるんだな」
「でも修道院にいたから、料理の腕は鈍ってるかも。三食昼寝付きみたいな感じだったもん」
「俺も頑張るよ」
「あ、真田さんの手料理はおいしかったね」
と笑うと、小さい前歯が覗いた」
「俺もわりと一人暮らしが長いから」
「でも同棲してたでしょう?」
「ずっと、じゃないよ。さすがにそろそろ親もお見合いの話持って来たりするし」
高速を流れていく光を横目で見ながら、お見合い、と比紗也が呟いたので
「あのさ」
と真田は勇気を出して切り出した。振り向くと同時に頭のてっぺんの黒い耳が揺れた。
「うちの親に、話してもいいかな」
「おや?」
と比紗也は真顔で訊き返した。
「うん。家に君らがいること。ほら、二人の問題だったら焦ることないと思うけど、紡がいるなら、これから頼る可能性だってあるし。うちの母親は専業主婦だし、父親も定年迎えて暇してるし、いつまでも荒井さんのご両親に任せるっていうのもアレだろう」
と話している最中、相槌が聴こえないので不安になって比紗也の顔色をうかがった。
比紗也は眠り込んでいた。真田はひどく拍子抜けして、おい、と言いかけた口を噤んだ。テーマパーク内を子連れで一日中歩き回ったのだ。自分だってさすがに足が重たいくらいなのだから。
まあいい、と真田は考えた。これからはまた毎日一緒だ、晩酌でもして、色んなことを少しずつ話して。ああ、わりと大きな箱でのイベントを任されるのだった。企画に目を通してて、実務は若いやつに修業を兼ねてやらせるとしても、予算の交渉は俺がやらないと‥‥とはいえ経営者なのだからそれなりに融通はきく。寒くなったら二人を温泉にでも連れて行こうか。
そんな事を考えながら首都高から見下ろす東京の夜景は美しかった。
マンションの駐車場に着くと同時に、紡がうーんと目を覚ましたので、そのまま寝かせれば二人きりの時間が持てると踏んでいた真田は少々がっかりした。
「どうして花火終わっちゃったの。帰りたくなかった」
紡は目を擦りながら泣きそうな声を出した。お土産あるでしょう、と比紗也が諭して手をつなぐ。真田は荷物を片手にオーロックを外してエントランスに入った。管理人の女性が帰宅して、マンション内は静まり返っていた。
ぐずる紡を宥めながら、エレベーターで上がる。そういえば、
と唐突に思い出した。結局、家に侵入したのは誰だったのだろう。本当に物取り狙いの空き巣だったのだろうか。
エレベーターの扉が開いて、廊下を歩き出したとき、黒い影がふらりと前に立ちはだかった。
こちらに向かってきた手に握られものがナイフだと気付いた瞬間、黒い影が駆けて来た。すれ違いざまに比紗也がぐっと潰れたような声をあげた。
真田は寒気と鳥肌を同時に覚えて、視線を向けた。紡が凍り付いている。
立ち尽くす比紗也の左手から血が滴っていた。
「比紗也‥‥誰だ?」
と怒鳴って振り返った瞬間、逃げて行く影が足を止めた。
「だ、れ」
振り返ったのは紺色のダッフルコートを着た若い女だった。髪を振り乱しているものの、丸っこい目鼻立ちや体つきには親しみやすささえ感じる――心臓が凍り付いた。
目の前のドアが開き、パジャマ姿の中年夫婦が比紗也を見て、どうしたの、と声を上げた。急いで
「救急車を呼んでくださいっ」
と頼んでから、比紗也に駆け寄る。血が指先を伝わって流れて落ちていた。比紗也は呆然としたように傷口を押さえて言葉をなくしていた。紡が訊いた。
「ねえ、ママ。なんで血が出ているの」
「比紗也も紡も動くな」
と制して顔を上げる。それから真田は恐る恐る呼びかけた。
「博子、か」
それは、一年近く前に同棲を解消してから、ろくに思い出すこともなかったもと恋人だった。
博子は床に崩れ折れると、だれ、とひとりごとのようにくり返した。別れ際に自分を責めたときの台詞が蘇る。
幸弘君って。本当につき合っているだけなんだね。
それはいつか人を愛せるようになるための苦言ではなく。永遠に変わるなという呪詛(じゅそ)であり願いだったことに今さら気付いた。
ほかの住人たちも廊下へと出て来た。騒然とした廊下で、博子は人目をはばかることなく
「誰、だれって‥‥幸弘君、私のことを誰って」
とくり返しながら泣きじゃくっていた。真田は比紗也に寄り添ったまま、もはや付き合っていたという実感すらも遠いもと恋人を見つめていた。
真田が病室に入った時、左手に包帯を巻かれた比紗也はベッドに腰掛けうつろな目で天井を仰いでいた。
かける言葉もない真田の背後から、場違いの声がして
「比紗也!っ ひどい目にあったな。元気出してな。そんな気分になれないと思うけどさ、紡はうちの親に任せて来たから」
まくし立てた店長は比紗也をそっと見ると、申し訳なさそうに小さく微笑んだ。血のついたセーターの代わりに彼女が今着ている紺色のトレーナーは店長が持って来てくれたものだった。
比紗也の弱々しい笑みにいっそう罪悪感を覚えた真田が
「本当に、申し訳ない。俺の至らない行動のせいで。荒井さんにもご迷惑をおかけして」
と頭を下げると、肩をぽんと軽く手を置かれて
「真田さんせいじゃないんです。もう一年近く前に別れた女の子でしょう。彼女の心の問題だったんだと思いますよ」
という言い方があまりにも優しかったので、かえって居たたまれなくなった。
比紗也も真田を責めることなく無言で俯いている。だけど内心では呆れかえっているに違いなかった。ようやくここまで辿り着いたのに、と悔しさが込み上げる。
幸福な遊園地のパレードの残像がまぶたにちらつくたびに、強烈な皮肉のように感じられて胃が強く締め付けられた。
「店長」
と比紗也が小声で言った。
「ん、どうした?」
「私の事。クビにしてください」
真田は二人の顔を交互に見た。
店長は顔色一つ変えることなく、こんな時に変なことを言いだすなって、と宥めた。
「縫ったとはいえ傷は浅かったんだろう。しばらく自宅で休んで通院すればすぐに治るって」
「でも美容師が手の怪我なんて、完治するまで使い物にならないしそんなに長く休むわけには」
「ちょっとその辺りは先生に詳しく訊いてくるから。とりあえず今は頭を空っぽしたほうがいいって。真田さん、ちょっと案内してもらえます? ついでに飲み物でも買ってくるから」
と言い残して店長が病室を出たので、真田もいそいで後を追った。
休憩スペースに向かった店長き無料のお茶をカップルに注ぐと、真田に手渡してから、自分もカップを手にしてソファーに腰を下ろした。
「荒井さん」
と真田は堪りかねて口火を切った。
「本当はお店の方、大変ですよね?」
彼は顔を上げると、さすがに疲労を滲ませた顔に笑みを浮かべてた。
「美容師の友達にヘルプ頼みますよ。あの怪我って治るのにどれくらいかかるんでしっけ?」
「抜糸には十日間くらいって言われました」
まじかー、と店長は声をだして宙を仰いだ。古い病院なのか壁紙は上の方が剝がれかけていて、一緒にそれを身上げた真田は暗澹(あんたん)とした気持ちになった。
「真田さん、その元カノとは本当に別れてたんですか?」
と訊かれて、真田ははっきり頷いた。疑われるのは当然だと思ったので、きちんとした説明を付け加えた。
「さっき警察からの電話で聞いた話だと、彼女‥‥博子は俺とよりを戻したい、て考えてみたいで。それでマンションの前でうろついていたときに、比紗也と紡と一緒にいるのを見て、俺が結婚しているのを隠して自分と付き合っていたと思い込んだみたいで。別居中だったけど妻子と復縁したんだ、騙されたんだ、と。それで証拠を探すために昔の合鍵を使って部屋を漁って、何も発見できなかったんで、今度は待ち伏せしている間にかっとなったのか‥‥いや、正直そこまで思い詰めるような女ではなかったし、なんでこんなことに」
「まあ、たまたま仕事とかで嫌な事が重なってたかもしれないですよ。それで精神状態悪かったとか。逆恨みには違いないですから、真田さん。あまり思い詰めたらだめですよ」
と励まそうとする店長を、真田は尊敬の念を込めて見返した。
たとえ街の小さな美容室とはいえ、目の前の男だって一国一城の主なのだ。比紗也の予約の客をどうするか悩んでいるのだろうし困ってるには違いないのに、誰も責めようとはしない姿勢に感動さえ覚えた。
「俺の周りには純粋な人間が多過ぎます。だから、時々ひどく自分の事が嫌になる。ようやく比紗也が信頼してくれたと思った矢先に、こんな」
店長にまた励まされるように肩を叩かれ、真田は恐縮して首を振った。
比紗也に差し入れるために冷たいお茶を買って病室へと戻った時には、すでにベッドは空だった。二人は慌てて看護師に訊いてまわったものの、てっきりトイレに行ったと思っていたという返事しかなかった。色な事を放り出したまま比紗也は消えてしまった。
☆
アパートの窓の明かりは消えていたけれど、遠慮がちにドアをノックすると、叩き返す音がした。
「比紗也、です」
「何だ。帰って来たのか。よう、お帰り」
とドアを開いた男は、寒さに蒼ざめて震えている比紗也の手を見て、面白そうに目を細めた。
「なんだよ。随分派手に怪我してんなあ。あれか、男にやられたのか」
「男の、女に」
と靴を脱ぎながら玄関を上がる。店長の実家へ紡を迎えに――そこで思考が止まった。少しでも現実的な事を考えると頭がおかしくなりそうだった。
室内はひどいことになっていた。埃とゴミだけで、物がないのはベッド代わりのマットレスの上くらい。どこかに死体でも隠しているかのような有様だった。
即席麺の空き袋を足で払ってどかしながら、比紗也はマットレスに倒れ込んだ。
「どうして戻ってきた」
と尋ねた男を、比紗也はおざなりに身上げた。
「いものことでしょう」
「そうね、俺だけがおまえの駄目なところを分かってやれるからなあ。だから、いつも逃げるわりには、ちゃんと戻ってくるもんな。お茶でも飲むか」
と男は珍しく湯を沸かして、ティバックで湯呑に紅茶を作った。
のろのろと起き上がる。両手で受け取りかけると、感覚の薄れいた傷が突然痛んで、比紗也は小さくうめいた。
「あらら、その手じゃ、なにもできないな、しばらく俺が世話してやろうか」
「いい」
と右で湯呑を受け取って首を振った。熱い紅茶は胃に染みた。
「比紗也」 名を呼ばれて、ちらっと顔色をうかがう。男は意外にも。続きを待っていたときにドアを激しくノックする音がした。
「おい、比紗也―っ」
と呼んだのは店長だった。
「比紗也、いるんだろう。帰ろう。一緒に」
と真田の声もした。反射的に身を竦める。帰る。女が待ち伏せしているような家に。一年も経って新しい女に復讐しに来る女などいるだろうか。別れていなかったとい疑念で頭の中でいっぱいになっていた。その女の影ばかりがちらつく男のもとに帰れるわけがない。
信じられない。
信じた瞬間に粉々にされた。何度も何度も。
となりの住人が出てくる気配がして、何時だと思ってるんだっ。と太い声で怒鳴っている。二人が恐縮して謝る声もした。けれど今度はインターホンが何度も押され、とうとう男はこめかみを掻くと、億劫そうに立ち上がった。
「布団の中でも隠れてろ」
と指示する男のネルシャツに包まれた背中を見て、比紗也はもはや敵も味方も善も悪も分からなくなっていた。あの背中に頼ればいいという誘惑で視界が濁っていく。
ようやく二人が帰ると、男はふうと息をついて同じ布団に潜りこんできた。
「今日はもう寝ろ。明日考えりゃいい。あの店長はそうとうお人好しだから、謝れば許してくれるだろう」
こんなときだけ心得たように優しく言い聞かせる男に抱き寄せられて、比紗也は体も心もバラバラになりかけながら子供のように頷いた。
つづく
11章 キーワード 嫌悪感、日曜のミサ、自尊心、自負、イエスの肖像画、女子修道院、レンガ造りの修道院、