【広告】男と女というのは、実は結婚した時から飽きる方向にしか向かって行かない。いくら好きだからと言って、年中すき焼き食わされたら、誰だって飽きます。夫婦関係を永遠に繋ぎとめておくために、多種多様な戦術を利用する。そうした戦術の大きな基盤の一つとなるのは、配偶者がもともとどんな欲求を抱いていたかという点だろう。
配偶者の欲求を満たす、そして例えば愛情とセックスによって繋ぎとめられるのが理想だが、大概の男女はオーガィズムの奥義をほとんど知っていないという実情がある。
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戦後の日本人はひたすら、和から脱出しようとした。戦争に敗れて、今までの日本を否定し戦勝国のアメリカに追いつくことを一心に求めたからである。
しかし、この10年ほど”和”の復権が甚だしい。
着物ブームといわれて久しく、花火大会の浴衣率は毎年、恐ろしい勢いで上がっており、結婚式も教会でのウエディングドレススタイルから、和風の角隠しや綿帽子スタイルでの神前結婚式が人気急上昇中だという。ヘルシー志向やロハス的な考え方の浸透で和食も見直され、「朝はトーストとサラダ」というより、「やっぱり納豆とみそ汁にご飯でしょ」という方がおしゃれで知的に感じられる今日この頃なのである。
前後、60年かけて、やっと和が持つ、負の記号が解消されたのであると言って良い。
寺山修司が『青少年のための家出入門』にて、中島みゆきが「ファイト!」で、大江健三郎が『万延元年のフットボール』にと、手塚治虫が『奇子(あやこ)』で描いた、貧しさと保守、閉塞感の権化だった田舎の風景はどんどん都市化している。タタミにふとん、コタツ、どてら、下駄履き、日本酒の宴会、ポットン便所などなど、非近代的なダサイものの象徴だった”和”は、ことごとく買い換えや世代交代のたびに目の前から消えていった。
たとえ田舎のおばあちゃんの家に行っても、そこに在るのは都会とあまり変わらない空間やアイテムばかり。映画化もされた漫画、『天然コケッコ―』(くらもちふさこ)は、過疎の村に東京からイケメン中学生が転校してくる話だが、そこに描かれている和の伝統も無ければコンプレックスもあんまり無い田舎の風景は今、一番リアリティーを持ってそのあたりの状況を伝えてくれる。
かつて、ナチスドイツを彷彿させるコスチュームを着た日本人の人気歌手が、国際世論からクレームを付けられたことがあったが、否定的な側面を意識されず負の記憶がない文化アイテムはたやすくファッションになりえる。
「こんなキレイでカッコいいものが私たちの文化なら、充分アイデンティティになる」
という、お調子者の多幸感が今の日本人の和モノブームを支配していると言ってよい。
確かに和の伝統は素晴らしいものだ。しかし、家同士の不自由な関係や因習がついてまわる角隠しや白無垢が嫌で、教会でのウェディング結婚式を選んできた日本人の感覚はあながち間違っているとは言えないのだ。
お稽古事とヒエラルキーの頂点は、和モノ
女性は性分とも言えるほどのお稽古ごとが好きであるが、ここも和ジャンル人気が高くなってきている。
着物のセルフ着付けは女性に聞くと、ほとんどがぜひ習ってみたいと言うし、ワインスクールに行くのと同じ、いやそれ以上のカッコいい教養が茶道であり華道なのだ。
かつて必死で舶来文化を取り入れようとした教養熱とエネルギーが、今、どーっと和方面に来ている感じがある。ちなみにその中においての一番人気は茶道だ。芸事と言っても人に芸を見せるエンターテインメントではなく、大人になってから始めても問題ないものであるし、日本料理も着物も骨董も和の極みはすべて茶道が関係しているだけに教養としての重さが違う。女性だけではなく、男性からも熱い視線を送られている和モノのお稽古ごとの一番人気だ。
関西の雄であり、幼稚園から大学まで一貫教育を誇る同志社の中学、高校を出た女性に話を聞いたことがあるのだが、お嬢様たちが学ぶ同志社女子高校の中で、名家出身で頭も良い美人女子たちの集うクラブ活動は、なんと茶道部なのだという。東京の慶応や学習院ではそういった話を聞いたことがないので、さすがに京都の特殊事情であるが、今の女性の茶道への希求は、真のハイソサエティーへの嗅覚がなせる業とも言える。
小唄や三味線、能狂言、書道、日本舞踊など、和モノジャンルには「やってみたい」と思わせるものが目白押しだが、やはりハードルは少し高い。言うまでもなく、こういった和モノのお稽古ごとはお弟子さんが定期的に通って、色濃い師弟関係を結ばなければならないという家元制度(当然、金がかかる)が今なお存在し、やはりちょっと面倒くさのだ。
「自分の都合に合わせて、いつ行ってもそれが出来る」というのはスポーツクラブをはじめ、今の習い事の主流なのである。ならば、漢方薬屋が薬膳料理の講習会を開いたりするように、たとえば、花屋が月見の季節に「お月見の時の季節の花の生け方」をショットで教えたりするような、縛りのないお稽古ごとのスタイルがあればいいのに、と思う。
お茶も別段、習わなくても、お客として茶席を楽しみたいという要望の方が圧倒的に多いのは、とも思うので、有料でもいいから、そういう体験が出来るレストラン・イベントなどは今後、大いにウケる可能性がある。
インターネットありきの着物ブーム
女性における”和モノ”への熱い希求のその先には、着物、京都、外国人視線などのワードが浮かび上がってくる。
まずは着物。ここ数年、年代を問わず、20代から上は70代の女性までが、シックな着物姿で外出しているのをよく街中で見かけるようになった。花火大会での浴衣は、神宮花火大会で若い娘のだいたい80パーセントの着用率だし、結婚式の披露宴会場でもドレスに混じって必ず着物姿がちらほらする。ナイトクラビングといった夜遊びシーンでも着物のドレスアップは珍しくない。
着物はそれこそ、明治維新から滅びの道をひた走っており、大塚末子、宇野千代という斯界の御所が何度か着物の復権を試みてはいるが、それは実を結ぶことはなかった。現在、70歳代の女性にしても戦後に青春を過ごしているので、着物の日常生活で着ている人というのは稀であり、完全に日常着としての着物の文化は廃れたいって言っていい。
成人式に振り袖を着て、後は時々夏に浴衣を着る以外、一生着物を着ることはないというのが日本の女性と着物との常識的なつきあい方なのだ。
着物は世界でも独特な民族衣装だという。廃れたと言っても、晴れ着としてのパワーは充分あるし、伝統的な柄とともに時代の空気をグラフィカルに取り入れたものも流通していて、ちゃんと有効なマーケットをキープしてもいる。
アーティストがオリジナルで図案を考え、高価な値段でファッションとして取引される民族衣装というものは、世界でも類を見ない大変に珍しいものだ。それを支えたのはもちろん女性たちであり、自分が着る日常着ではないにしろ、メディアで女優や歌手が披露する艶やかな着物スタイルや、着物にまつわる日本女性の美のストーリーに対して、いつも憧れの目を保ち続けていたからこそ、着物は存在し続けているのである。
問題はソフトの方にあった。いつの間にか着付けは、専門学院に行って習わなければならない大変なものになっていたし、買おうとしても、一般の呉服屋では洋服のように気軽にウィンドショッピングや試着が出来るはずもない。何と言っても着物の値段は高額すぎるし、店員のオジサンやオバサンたちも、おっかない。
このハードルを一気に越えさせたのは、インターネットと古着屋の存在であった。今、周囲で着物好きと自他ともに認める女性のそのきっかけを尋ねると、ほとんどがヤフオクことヤフーオークションでの着物入手と古着屋との出会いと答える。
「ヤフオクやり始めの頃、何となしに和装のページに飛んで見たら、1000円とかで仕立て上がりの訪問着を落札できた。それをきっかけでハマりました。それからは古着の着物屋をのぞいて買い足していったんです。着付けの仕方も最初は美容院でやってもらったけど、ホームページで調べたら着付けを教えてくれる親切なサイトがあったのでそこで自習の末に、自分で着られるようになった」というパターンである。
着物を手に入れたら、今度はそれを着てどこかに出向きたいと思うものだが、その欲求に対してもインターネットは多大な貢献をしている。ホームページやブログでの呼びかけや、ミクシィのコミュニティーで着物愛好家たちが集まり、同好の士のオフ会がいろんな場所にて開催されるようになっているようだ。
毎月第二土曜日、午後三時に銀座和光前集合という決め事だけの「きものde銀座」という、ネット上ありきの着物愛好家たちの自主発生イベントもある。ネット上では今、様々なインディーズブランドが、ショップを展開しているが、着物の世界もまったく同様。オリジナルの着物や和装小物をちょっとだけ作って売る「ネット呉服屋」が様々に立ち上がり、それなりに顧客を増やしている。
洒落たデッドストックのカーテン生地を長羽織にしてみたり、レース地をエリに付けて楽しんだり、規則にがんじがらめで堅苦しくしかも高価な既存の呉服屋周辺では有り得ない、自由な発想の新しい着物がそこには展開されているのだ。
着物のモテ作用は日本のDNAか
ちょっとしたドレスアップウェアとして、公の場所に着物を着ていってその時の体験から着物にハマる人も多い。
「知り合いの女性が結婚してイギリスに行ってしまうので、そのお別れパーティーに頑張って着物を着ていったら、みんなから誉められて気分が良かった。特にあんなに男性にウケるとは思いませんでしたね。最初は、銀座のママが来た! なんて茶化されたけれど、明らかに目つきが違う。知らない人とやたらと目が合うし、合ったら合ったで、似合いますね、なんて声をかけてくるし」
と言ったのは、30代の単行本編集者のKさん。彼女に限らず、着物にモテの効果を見出す女性は多い。
私にも面白い体験がある。私は「美人寿司」という出張寿司パフォーマンスをやっているのだが、あるアパレル関係カップルの結婚パーティーで寿司を握ったとき、女子大生ふたりをお手伝い要員として動員したことがあった。握り手の私は日本髪カッラと着物といういつものスタイル、お手伝いギャルたちは着物に割烹着という古き良き若妻スタイルで立ち働かせていた。彼女たちのルックスは10人並みで別段可愛くもない。しかし、裏ハラ系のピアスを入れればタトウーもオーケーというストリートファッションのイケメンおしゃれ番長たちが彼女たちの周りに寄って来て、その場を離れないのである。
「へー、君たち普段は何をやってんのぉ〜」
どうやら彼らは、割烹着スタイルにとってもなく惹きつけられているらしい。「何それ。ヘンなエプロン。でも、可愛いね」などと言ってニヤついている男どもは、割烹着自体も、ましてや味の素「ほんだし」のCMに出ていた割烹着を着た日本の母、池内淳子のイメージも知らないだろう。
そんな、男どもの血を騒がせてしまう、恐るべしニッポンのDNA。生活様式からは”和”は消えたが、美意識には未だそれが色濃く残っているのだろうか?
コムデギャルソンはセクシーとは程遠いファッションとされているが、そんな話題が出たときに反論したのは現代美術館の雄、村上隆だった。
「ギャルソンは実際、エロいよ。日本の女の子って身体が貧弱でしょ。ギャルソンの服はその欠点を隠して、逆に手首とか足首、鎖骨なんかをキレイに見せることに計算が行き届いている。あれは、実際のところ、モテ服なんだよ」
彼はまだ日本の現代美術界で仲間とワイワイやっていた頃の飲み会で放った至言である。そう、着物もまったく同じで、手首や首筋、襟足などの女性のパーツをキレイに見せ、セクシーに見せることにかけては最高の衣装なのだ。しかも、ドレスアップの時の効果は歴然で、日本女性が洋服でドレスアップしたときには、それこそ、叶姉妹ぐらいの肉体がないと迫力が出ないが、着物の方は扁平胸に寸胴の方が逆に似合うという利点もある。
新規参入した着物の愛好家には現在、ふたつの潮流がある。ひとつは前述した、ドレスアップの新発見方向、晴れ着に連なるどちらかと言えば正統派。もうひとつはよりディープで日常にも着物を着ることを旨とし、古着や手作りにも手を出すオタク派。後者はライフスタイルそのものも着物を中心した”和”のアイテムを揃えることが多く、ゴスロリの女性がライフスタイルのすべてをそれに固めるのと同様のディープなアプローチが見られる。
社会的スタンダードからはちょっと外れてしまう、という不思議ちゃんタイプの女性の居場所であって、着物や和の世界はそれが日本の伝統だけに、安定的に存在することは間違いがない。
着物は今後、日常着に戻ることはない。その上であえて着物という衣服を着、それを中心に日常をデザインするという、いわば”着物”という生き方を目指すこともできる。
吉川晃司や小泉今日子の作詞家として有名な麻生圭子は、数年前に東京を捨て、京都の町屋に引っ越した。今では着物で生活し和モノに囲まれた日常を送っており、その折々をエッセイなど書いているが、彼女のフォロワーは今後増えていきそうな気配がある。ライフスタイルそのものが人にうらやましがられる、というのは、女性が最も好む生き方だから。
京都という和モノ総本山ブランド
田舎ではなく、ましては都会でもなく、”和”が残っているところとして、特に近頃、その人気を確固たるものとしている場所は京都である。観光地としての京都は昔から女性に人気があったのだが、今の京都人気は少しディープに突っ込んだ形だ。京都のネイティブ的過ごし方はもちろん、一見さんお断りや舞妓遊びなど、昔ならそれなりの地位と権力あるオヤジでしか体験できなかったアイテムにまで興味が及んでいるところに特徴がある。
特に舞妓遊びは、ちょっと小金を持った負け犬さんたちが熱望するアイテムで、同じような年代の男性がお小遣いを持ち寄ってお座敷遊びをする、というような話は聞いたことが無いのに、その辺の女同士で実行した、という話は周囲でチラホラ聞く。セレブ、女王、ヒメなどのタイトルが付く、リッチ系女性のブログをサーフィンしてみると、この京都舞妓遊びがステイタスのように語られていることが多い。
すでに一般女性の間では、海外の一流ホテルやレストランなぞはそれほどハードルが高くない。実際に行ったことはなくともお金をちょっと貯めれば誰でも経験できるし、その内情はメディアがさんざん伝えているからだ。それよりも、舞妓遊びをはじめとして、一見さんお断りのディープ京都は特権的なネットワークを持っていないと、そこで遊ぶことはできないわけで、よりステイタス感があり、威張りが利くというわけだ。
もともと、京都は女の都である。
商人や職人が多く生活する京都において、女性は重要な働き手でもある。職人気質の無口な夫を、愛想がよく社交好きな女将さんが支えるという二人三脚の家業の伝統が綿々と続く土地柄だ。有名な京のおばんざいなどはもちろん家庭で作るものであるが、錦小路の総菜屋なども日常的に大活躍し、料理店の仕出しも生活の中に溶け込んでいる。
要するに今の働くお母さんが、デパ地下総菜をガーッと食卓に並べるようなものだ。それに対して、江戸の女は武家社会の女であり、外に出て活動する男と帰るべき家を守る裏方の存在だ。それは今の専業主婦の形に近く、企業に仕えるホワイトカラーの都市である東京でのスタンダードな女性像のひとつになっている。
祇園で遊ぶと、お茶屋バーの女将に置屋のおかあさんなど、歳を取っても現役で仕事をし、それぞれ魅力的な女性がたくさん立ち現れる。彼女たちはサービス業を生業としているプロなのだが、プロゆえに客である女性の扱いも見事なものだ。その自立した女っぷりは、自腹や自身のネットワークで遊びに来た女性との間に、何か、共通の連帯感のようなものも生まれて、働く女性にとってたいそう居心地のいい空気を醸し出してくることが多い。
京都を研究し尽くして成功したブランドがある、サントリーのお茶「伊右衛門」は、何と言っても宮沢りえの起用が素晴らしかった。天才肌で世間知らずな伊右衛門はんを支える名マネージャー役というのがあの妻の役どころである。もちろん、愛する夫に尽くしてはいるが、あの凛とした佇(たたず)まいと着物の着こなしぶりは彼女が福寿園のカンバンを支えるために駆使しているプロの手腕を象徴するあまりある。
宮沢りえ本人のこれまでの決して平坦ではない生き様と姿形の清らかさのギャップは理想の京女を象徴しており、「伊右衛門」はそれにあやかる、カルチャードリンクのようにすら思えてしまう。
手みやげ文化、華やかな和菓子、お香、小物雑貨、都おどりなど、京都が得意とする、華やかで可愛らしい世界はすべて女性モード。おまけに京都出身の女性によると、京都の女性は性に対してのタブーがあまりないのだという。「教習所の教官とやっちゃった」というようなことが、女子高生の武勇伝としてはんなり語られるところなんぞは、まさに女の都の面目躍如!
日活ロマンポルノの名作『昼下がりの情事 古都曼陀羅』では、娘と義母と料亭の仲居が結託して、見合い相手の東京のエリートをオトす見事な女同士の連係プレーが見られるが、この自立した性のセンスは今の女性と相通じるものが大いにある。そんな水面下の魅力の効きもあって、京都という女の都の持つアイテムやブランドはカッコ良い”和”の最高峰として今後も輝き続けるだろ。
和の根底にあるセクシー
昨今の和モノ嗜好の中には、セクシャルな要素も潜んでいる。
一般的に活動的で外向的な洋に対して、和はおしとやか、静的というイメージがある。あけっぴろげに対してのチラリズムというか、いくら、倖田來末が全裸に近いコスチュームでセクシーを唱えても、陰影礼賛な和的セックス観は女性の心の中に綿々と続いているといってよい。
安野モヨコの人気漫画を蜷川実花が監督し、江戸時代の花魁(おいらん)を主人公にした映画『さくらん』は、遊郭を舞台にかなり際どい表現があったにもかかわらず、男性というよりも若い女性に大ヒットした。蜷川監督の面目躍如たる豪華でビビットな花魁の着物と白い肌との対比がゴージャスに美しく、セックスシーンを豪華に彩っていたが、女性が少なからず持っている娼婦性をファンタジーとして美しくみせることに、着物は大きく貢献しているのである。
さすがにああいった花魁着物は現実では無理、と思いきや、ナイトクラブなどのコスプレ風ドレスアップが許される場所では、襟をグッと広げて、しどけない着こなしの「花魁系着物」をみることがある。
銀座のママの着物の着こなし、というのはセクシーウェアとしての着物のありかたのお手本だ。そして、着物にハマる女性の多くがめざす境地は、お嬢様風でも若奥さん風でもなく、そういったセクシー銀ママ路線なのである。着付け教室のオバハン先生などが聞いたら、頭から湯気を出して怒りそうだが、水商売のクロウトっぽい着こなしをセクシーで粋とみなす視線が現在の若い女性にはあるのだ。
銀座のママの御用達美容室に銀座の「ロサ」という店があるが、着物の時はわざわざそこに出向く女性を私は数人知っている。そこでヘアを整え、銀ママ風に着物を装ったある知り合いは、実際、普段のジーンズ姿から想像もできないほどセクシーで、それを本人も充分に愉しんでいた。
とはいえ、銀ママの着物はオーソドックスな部類に入る。中森明菜が80年代に着物+ハイヒールで「DESIRE」を歌い、都はるみがツンツンヘアと過激振り袖で演歌を歌った時代は、「伝統から自由になる」ことが着物の生き残りだったが、そういう反逆精神はまだ、和モノにマイナスの記憶が張り付いていたからこそのもの。それが解消された現在、着物は伝統的な着こなしの方が価値が高くなっている。
今、激しく行われている和風温泉旅館のリノベーションで、重視されるポイントは、庭と露天風呂付き客室、というものだろう。女性が憧れる、彼氏と初お泊まりする時のシチュエーションの相当上位にそれは挙がっている。理由はもちろんセクシーだからで、「エッチまでの流れが、和風の方が萌える」というのは多くの女性の意見である。
購読者層は団塊世代オヤジだと思われる雑誌『日経 おとなのOFF』にはしょっちゅうこの手の宿が紹介されているが、歳を取って伝統回帰が始まるその世代がリラックスしてコトに当たれる和風旅館と、若い女性のセンスが見事に一致しているのが面白い。
日本のSM小説の巨匠、団鬼六は「蹴出(けだ)し」という言葉が一般にはもう通らない昨今のエロス事情を取り上げて、日本的な色気と情緒の壊滅を嘆いている。しかし、その言葉の指すところの意味はわからなくとも、和モノに潜むセクシャリティーは受け継がれ、逆にその部分が在るからこそ、和モノは今後も支持されていくだろうと思われる。
外来の和モノセンスで多くのブスが救われた
現在、私たちが熱中する”和モノ”は実は外国経由で入って来たものも多い。浮世絵の昔から、海外に一度出て逆輸入されてこそ初めて価値が日本で認められというのは、欧米のお墨付きという権威主義に弱いニッポン人のホンネの心情。外国人視線の”和”がカッコ良いと思ってしまう感性が私たちには悲しいかな存在する。
わかりやすく言っちゃうと、デーブ・スペクターの奥さん、または、オノヨーコも世界的な文豪、ヘンリー・ミラーを虜にしたホキ徳田ということ。いずれも日本人の美の基準からは大きく外れるが(ゴメンなさい!)外国人男性の実力者からモーレツに愛された。そういうのもアリだよね、とニッポンの女性たちの気持ちをずいぶんと元気にしたことは事実なのだ。
年増、デブ、ブスはダメ、と、おのれを棚に上げて、非常に厳しい基準を押しつけてくる日本の男性に相対している日本女性は、気持ちの上ではいつも厳しい買い手市場にさらされている感がある。それが、ひとたび、外国に行くとモテモテというそのギャップに驚くことが非常に多い。
『キル・ビル』で凶暴な女子高校生キラーを演じた栗山千明、アカデミー賞助演女優賞にノミネートされた菊地凛子も踏襲した、おかっぱ頭に眼囲みアイライン化粧はもはや、宮崎アニメや北野武の映画と同様の文化輸出コンテンツに位置している。それまで自分を醜いアヒルの子だと思っていた日本人女性が、アチラではモテモテだった場合、そのスタイルを日本に持ち込み、堂々と輝く場合が少なくない。
知り合いの中にも、イタリアを行き来するファッションバイヤーがいるが、70キロ以上ある巨体をシックなプリントワンピースに包み、黒髪のロングヘアとネコの目のようにアイラインを入れた切れ長化粧はどう見ても、太ったお菊人形!、しかし、その自信とオーラゆえか、彼女の横には常にイケメンのボーイフレンドがはべっているのだ。
日本がダメなら外国があるさ。
結婚やパートナー獲得を本気で考えた場合、国際結婚という最終手段はまだまだ輝きを失っていない。トマス・ハリスの小説『ハンニバル・ライジング』の中には彼の地の貴族が惚れて娶った、美しく教養が高い紫夫人という日本人女性が出てくるが、未だに日本人女性のワールドスタンダードがそのあたりで止まっていてくれているならば、めっけものだ。
30歳越えだったり、転職を考えたりするときに、女性は必ずその選択肢の中に、海外留学や長期海外旅行を入れてくるが、そこには「もしかして、私も中村江里子になれるかも」という陰の野望も絶対に存在する。実はこの手の玉の輿話はかつてより可能性が高まっているようなのだ。
先日、知り合いの知り合いが、イギリスの貴族と結婚した。今、日本には多くの外国法人が入ってきており、彼女のお相手もそこで働くビジネスマンである。結婚式は日本でも行われ、その華やかさと花嫁のはしゃぎっぷりはもの凄かったらしく、「女にまだまだああいう、一発逆転劇があるんです」と未婚負け犬の友人はがっくり肩を落としていたっけ。
輝かしいキャリアを捨てて、フランスの名家バルト家に嫁いだ元・フジテレビアナウンサーの中村江里子に関しては、女性の反応は賛否両論にはっきり分かれる。特に否定派は「絶対に許せないッ」と感情的な反応をむき出しにする。ということは、彼女のライフストリーには女性の心をざわつかせる何らかのものがあることを意味する。それはずばり、”幸福な結婚”という日本では実現が困難になっている、古典的な女の花道を彼女が実現実行しているからなのだ。
そして、実際にそういう玉の輿に乗り、国際セレブになった日本人女性は一様に「日本文化の素晴らしさを世界に伝える」という使命感に燃えることになっている。それを考えると、和モノブームはひとつの夢の可能性に自分を磨く、無意識下の花嫁修業なのかもしれない。
つづく
4章ノスタルジー・ニッポンに遊ぶ女