国連機関トップ中国攻撃
国連の専門機関 本部 主な役割、事務方トップ(就任時期)
国際食糧農業機関(FAO)ローマ、食糧確保や栄養士水準向上で飢餓解放、屈冬玉(チュー・ドンュー)(19年8月)
国際民間航空機関(ICAO)、モントリオール、民間航空の安全運航や各国協力推進、柳芳(リゥ・ファン)(15年8月)
国際電気通信連合(ITU)、ジュネーブ、電気通信分野の国際秩序の形成、趙厚麟(ジャオ・ホウリン)(15年1月)
国連工業開発機関(UNIDO)、ウイーン、途上国で産業開発の促進、李勇(リー・ヨン) (13年6月)
世界知的所有権機関(WIPO)、ジュネーブ、世界的な知的財産権の保護を促進、<3月に選挙>
出身者続々 日米が危機感
【ニューヨーク=橋本潤也、ジュネーブ=杉野健太郎】
世界知的所有権機関(WIPO) 特許や商標など知的財産権の保護を目的として1970年に設立された。本部はスイスのジュネーブ。契約手続きや技術取引を巡る当事国間の紛争について、中立的な立場で解決を支援する仕組みを提供している。
中国出身者が国連の専門機関でトップに就く例が相次ぎ、米国や日本などが危機感を強めている。中立性を軽視し、中国の国益を優先する言動が目立つためだ。計15機関のうちに既に4機関でトップを占め、ジュネーブに本部がある世界知的所有権機関(WIPO)で2020年3月に行われる事務局長選挙でも、中国の女性が有力候補に取り沙汰される。
「知財」も照準
WIPOは知的財産の保護を促進する機関で、次期事務局長(任期6年)は3月4~5日、83か国の投票で選ばれる。中国、シンガポール、カザフスタン、ガーナ、コロンビア、ペルーの6か国が候補を立てているが、中でも、2009年から事務次長を務める中国の王彬頽(ワンピンイン)氏が有力候補だ。米国では、その適格性を問題視する声が強い。産業スパイなどを利用した知的財産権侵害への中国政府の関与を批判してきた共和、民主党両党の連邦議員は昨年12月、王氏の就任阻止を求める連名の書簡をトランプ大統領に提出した。
米紙ワシントン・ポストのコラムニスト、ジョシュ・ロギン氏は、王氏が勝てば、世界の知的情報が中国政府に流れかねず、「銀行頭取に銀行強盗を選ぶようなものだ」と警告する。
日本政府は特許庁出身の男性候補の擁立を決めていたが、今月に取り下げた。関係筋は「(中国に)勝てる候補を日米欧などで協力して担いだ方が良いと結論に達した」と明かす。
シンガポールの候補を念頭に置いているとみられる。水面下の多数派工作が投票直前まで続きそうだ。
中立性より「国益」重視
日米などが王氏の当選を懸念するのは、中国出身者がトップに就いた国連の専門機関で、中国の主張に沿った方針転換などが起きているからだ。中国政府の民間航空機当局出身の柳芳(リュウファン)が15年に事務局長となった国際民間航空機関(ICAO)では、翌16年9月の総会で3年前の前回し異なり、台湾が招待されなかった。台湾の孤立を図る中国の意向が反映されたのは明らかだ。
電気通信分野での各国の協調を担う国際電気通信連合(ITU)では、事務総長の趙厚麟(ジャオ・ホウリン)がITUと習近平の巨大経済圏構想「一帯一路」との連携強化の必要性を公言している。
中国の習近平政権は「多国間主義」を表向き掲げつつ、米国主導の国際秩序を一方的に変えようとしている。国連機関のトップの座の獲得もその一環だ。米トランプ政権の自国第一主義は中国に追い風となる。米ヘリテージ財団シニアフェローのブレット・シェイファー氏は、「ICAOや中国人幹部が中国の国益を重視する点だ」と指摘する。
国連機関への中国の影響力は、新型コロナウィルスを巡っても垣間見えた。世界保健機関(WHO)のテドロス事務総長は、感染が拡大する中で中国政策を手放しで称賛し、物議を醸した。中国の経済支援に頼るエチオピアの外相の松岡洋右などを務めた経歴が背景にあるとの見方がくすぶる。令和2年3月22日読売新聞朝刊
「反日」恋愛ドラマ
複数の中国のアイドルが出演した恋愛ドラマ「約会専家(デート請負人)」を見ていた際、飛び出したせりふに思わず耳を疑った。男性の主人公が複数の若い女性に、「海馬(タツノオトシゴ)は馬ではない。鯨魚(クジラ)は魚ではない。では日本人は?」と尋ね、笑いを誘ったのだ。
「日本人は人ではない」とでも言いたいらしい。いまどき、こんな差別的発言が公然と電波に乗って流れることにあぜんとした。
中国のテレビ番組はすべて共産党の宣伝部門の厳しいチェックを受けており少しでも政府批判のシーンがあればすぐに削除される。問題のせりふが残ったのは、当局があえて見逃したか、あるいは、わざわざ入れさせた可能性もある。
旧日本兵が中国の市民を虐殺する日中戦争をテーマとした反日ドラマが多く作られているが、ストーリーの陳腐さと、血なまぐさい場面が多いことから若者に敬遠され、あまり視聴率が取れなくなったという。
政権の求心力を高めるために、どうしても日本という仮想敵がほしい習近平指導部が、青春ドラマを通じて日本人への憎しみを植え付けようとしたのかもしれない。中国国民の対日感情が悪化した本当の理由は、尖閣諸島や靖国の問題より、こうしたところにあるのではないか。 (矢板明夫)
阿比留瑠比の極言御免
過去の歴史をどう捉え、位置づけるかは、その国が置かれた国際環境や立場によってそれぞれ異なる。スリランカのウィクラマシンハ首相が6日、安倍晋三首相と会談した際の挨拶を通じ、そんな当たり前のことを改めて考えた。この言葉からである。
自己規制の政府
「日本は20世紀初頭のアジアにおける国際的な動き、ナショナリズムの動きについて多くの国の希望を与えたと思う」
これは具体的な事例は名指していないものの、8月14日に発表された安倍首相談話の次の部分に呼応していると感じた。
「日露戦争」(1904~05、筆者注)は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました」
この部分に韓国メディアは不満や意義を表明したし、ロシアにとっては不本意な記述かもしれないが、紛れもない事実である。
当時、16歳だったインド建国の父、ネールは自伝にこう記している。
「日本の戦勝は私の熱狂を沸き立たせ、新しいニュースを見るため毎日、新聞を待ち焦がれた。私の頭はナショナリスチックの意識でいっぱいになった。インドをヨーロッパの隷属(れいぞく)から、アジアをヨーロッパの隷属から救い出すことに思いをはせた」
また、中国革命の父、孫文も日本での講演でこのように強調している。
「この戦争の影響がすぐ全アジアに伝わりますとアジアの全民族は、大きな驚きと喜びを感じ、とても大きな希望を抱いた。(中略)日本がロシアに勝って以来アジアの全民族は、ヨーロッパをうち破ることを考えるようになり独立運動がおこりました」
ところが、こんなに明白な歴史の一面の真実であっても、「これまで政府関係文書には書けなかった」(政府高官)というのが日本の言語空間の実情である。
政府は戦勝国を刺激すまいと卑屈になり、多くのメディアは連合国軍総司令部(GHQ)による厳しい検閲の後遺症からか自己規制して指摘してこなかった。
たとえそれが客観的事実であろうと、過去の日本を評価したり肯定したりする内容は、国民には決して伝えてはならないタブーか何かであるように、である。
憤(いきどお)った元首相
冒頭紹介したウィクラマシンハ首相の言葉も、本誌を含め在京各紙の翌日付朝刊で取り上げている記事は見当たらなかった。相手が中国や韓国ならば、報道官レベルの歴史認識をめぐる対日批判にも過敏に反応するのに、奇妙な話だ。
あるいは、中韓以外は眼中になく、特に注目すべき言葉と判断しなかっただけかもしれない。
ただ、このようなメディアの一定方向だけ向く体質を目の当たりにするとき、いつも思い出す一文がある。それはA級戦犯容疑者とされていた岸信介元首相が昭和23年11月、極東国際軍事裁判(東京裁判)で被告全員無罪を主張したインド代表のパール判事の判決文(意見書)について、日本タイムス以外の新聞がまともに取り上げなかったことに憤った言葉だ。
「之は各新聞社の卑屈か非国民的意図に出(いでい)ずるものである。之等の腰抜(こしぬけ)共は宜しくパール判事の前に愧死(きし)すべきである」(『獄中記』)
「愧死」とは、恥ずかしさのあまり死ぬことを意味する。そんな目に遭いたくなので自戒したい。
(論説委員兼政治部編集委員)阿比留瑠比の極言御免
いっそ受賞してくれたら、中国の意図と狙いがはっきりして分かり易かったのに、と残念極まりない。村山富市元首相が最終選考まで候補として残ったものの、健康上の理由で辞退したという今年度の「孔子平和賞」のことである。
この賞は、ノーベル平和賞に対抗し、「中国の価値観で世界平和に貢献した人物」に贈られる。これまであのロシアのプーチン大統領やキューバのフィデル・カストロ前国家評議議長らが受賞しており、今年は腐敗と独裁で悪名高いジンバブエのムカベ大統領の受賞が決まった。
資格は十分
要は、そのときどきで中国にとって都合のいい人物に与えられる賞であり、村山氏にはその栄誉を授かる資格が十分あった。例えば、国会で安全保障関連法案の審議中だった今年8月14日のフジテレビ番組ではこう中国を擁護している。
「日本が戦争をしないと言っているのに、日本に攻めてくるなんてことはありえない」
まるで、信号があるから事故が起きる。家に鍵をかけないと宣言したら泥棒は入らない、と信じているかのような珍妙な理屈だ。
このときは、同番組に出演していた石原慎太郎元東京都知事が即、「ナンセンスだ。やめてもらえないかなバカな議論は、現実は現実としてみないといけない。中国は誰が見たって脅威じゃないか」と切って捨てていた。
だが、村山氏の言葉はこの場のただの思いつきではない。同様の見解をあちこちで繰り返している。今年6月の記者会見では「中国は戦争なんてことは全然考えていません」と代弁し、昨年5月の明治大での講演でもこう強調した。
「中国側が私たちに言うのは『中国は覇権を求めない』『どんなことがあっても話し合いで解決したい』と、それは当然だ」
「戦争をしないと宣言して丸裸になっている日本を、どこが攻めてくるか。そんなことはありえない。自信を持っていい」
村山氏はおそらく、中国に武力で併合されたチベットやウイグル、内モンゴルの受難などまともに考えたことがないのだろう。今回の安全保障関連法をめぐる議論を見ていて強く感じたことは、左派・リベラル派の一定数の人は、日本さえ何もしないでじっとおとなししていれば、世界平和は保たれると本気で信じていることの驚きだった。
稀有(けう)な存在
「平和を愛する諸国民の公正と信義」なる絵空事を広めた憲法前文の害毒は、残念ながら日本社会を深くむしばんでいる。
そしてその代表者が首相まで務めた村山氏であり、尖閣諸島(沖縄県石垣市)のみならず、沖縄本島への野心も隠さない中国にとって、これほどありがたい存在は稀有であろう。
中国が、そうした利用価値の高い人物を表彰してさらに取り込もうとしたことは、同様に使い勝手がいい鳩山由紀夫元首相も過去に孔子平和賞の候補とされたことも明らかである。
結局、村山氏は受賞しなかったためこの件はそれほど話題にならなかった。だが、仮に受賞していれば、中国の思惑とは裏腹に中国の対外工作の手口がもっと注目されていたはずだ。
また、どういう人物が中国の手駒とされているのかも、国民の目に分かり易く映じただろう。返すがえすも村山氏の受賞辞退が惜しまれるところだ。
(論説委員兼政治部編集委員) 015年10月15日
産経抄 ドイツ人のイメージといえば、真面目、勤勉、現実的といった言葉が思い浮かぶ。ところが長く読売新聞のベルリン特派員を務めた三好範英(のりひで)さんは、「夢見る人」と表現する。現実を直視するより、目的や夢を先行させる傾向が、強いというのだ(『ドイツリスク』光文社信書)
◆最たる例が、脱原発の決定である。メルケル政権は、福島第一原発事故をうけて、2022年までに国内の全原発を廃止する「エネルギー転換」に踏み切った。4年以上経過した今、電気料金の値上がりに対する不満と、実現性への疑念の声が国内に広がっているという
◆「夢見る人」たちは、中東やアフリカの内戦を逃れて、欧州に殺到する人たちに寛容だった。政府は難民を積極的に受け入れ、国民の多くも支持していた。ところがこの1年間で流入が100万人を超えるに至って、さすがに世論の風向きが変わってきた
◆昨年の大晦日、西部ケルンで起きた集団女性暴行事件に、ドイツ国民はさらに大きな衝撃を受けている。容疑者の多くが難民申請者や不法滞在者だったからだ。難民を装うって、テロリストが紛れ込む可能性も、ますます高まっている。三好さんの本の副題になっている「『夢見る政治』が引き起こす混乱」が、まさに現実となってしまった
◆憲法9条さえ守っていれば、平和は保たれる。日本にもこんな「夢」を見続ける、メディアや文化人が少なくない。先日核実験を強行した北朝鮮について、「リアルの危険があるわけではない」と昨年11月のテレビ番組で言い切った政治家もいた
◆そういえば、近隣諸国への戦争保障問題から脱原発まで、ことあるごとに「ドイツを見習え」と主張するのも、この人たちである。 2016/01/12日
湯浅博の世界読解
中国の「腕力経済」抑制
環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の大筋合意を聞いて、「まとまらなかったときのリスクを回避できた」との思いが強い。各国の利害が対立したまま暗礁に乗り上げれば、貿易ルールは「現状変更勢力」である中国の主導によって、恣意的で腕力がすべての苛酷な世界に陥る可能性があった。
環太平洋の国々をTPPに結束させたのは、当の中国であることの皮肉に留意すべきだろう。1989年に「貿易自由化」を掲げてアジア太平洋経済協力会議(APEC)が創設され、その後の新貿易交渉ドーハ・ラウンドは知的所有権の厳格化を拒絶する中国が障害になった。TPPは大国の抵抗に嫌気した小国が先導する形で、米国、ついで日本、カナダが加わった。そして交渉は何度も漂流する。
交渉が座礁してしまえば、「世界の貿易ルールは巨大市場がつくる」との定理に従って、中国が自国の不透明なルールを拡大しかねない。彼らがやがて米国を抜いて世界一位の経済力になれば、巨大国有企業の力でこれまでの“経済論理”を破壊する。
日本が敗退したインドネシア新幹線ビジネスの悪夢は、その典型例であろう。日本政府筋によれば、当面の不利益は覚悟のうえで、「将来のインドネシア経済を独占する狙い」と勘ぐっている。
建設する側の中国が、数千億円を持参する事業費丸抱えで受注した。まずは腕力で相手市場を抱え込み、資金繰りが悪化すれば工事中断のリスクまでの責任を負わない。巨大国有企業は市場の需要ではなく、政治上の要請に応えがちなのである。
国際金融の分野ではすでに、アジアインフラ投資銀行(AIIB)を中国主導で創設しているから、いざとなれば各国からかき集めた資金を恣意的に流すこともありうるだろう。何より、中国はAIIBの最大出資国であり、総裁は中国人であり、事実上の拒否権まで持っている。
米国のラッセル国務長官補が南シナ海の領有権問題で述べたように、経済の攻防でも「ここに天使はいない」のかもしれない。中国の行動と規範は、他の国々とは質が異なる。南シナ海を例にとると、中国による強引な埋め立ては地域の安全保障を脅かし、国際的な制度やルールを破壊しかねない。
だが、増殖する中国に対しては、参加国数と結束力の乗数で対抗できる。TPPは交渉12カ国の国内総生産(GDP)が計3100兆円、世界全体の40%に及び、人口は8億人を超えて欧州連合(EU)を上回る。TPPの合意は、破壊力をもつガリバー経済に対して、主に自由、法の支配、人権など共通の価値観をもつ「現状維持勢力」が一定の歯止めをかけたという構図である。
GDPで中国に抜かれた日本は、軍事力を背景とした巨大市場の前に声を失う。だからこそ、米国に「アジア回帰」を促し、TPの合意で国際ルールを確立し、集団的自衛権の限定容認で日米同盟の絆を強化した。
「現状維持勢力」の雄である米国と「現状変更勢力」の中国との米中首脳会談は、いかに価値観のミゾが深いかを示し、将来にわたって戦略的な競争が続いていくことを予感させた。TPPの加盟国をさらに増やせば、「変更勢力」が破壊勢力にならないように中国を抑制する力になろう。
015年10月7日産経新聞(東京特派員)
中国に「歴史の直視」迫る時機
「中国の習近平政権は『歴史』の利用で日本を叩いて悪者とし、日米同盟を骨抜きにすることを主要な対外戦略としている。歴史に関しては中国こそが全世界でも最大の悪用者なのだ」
米国歴代政権の国務、国防両省の高官として東アジアを担当したランディ・シュライバー氏がワシントンでの10月の演説で明言した。
同氏が所長を務める安全保障研究機関「プロジェクト2049研究所」などが開いた中国の対外戦略についての討論会だった。
日本にとって対外関係では「歴史」という言葉が今また重くのしかかってきた。今月初めの日中韓首脳会談の共同宣言で「歴史を直視して」と、うたわれた。9月末の国連総会では習主席が演説で抗日戦争勝利の歴史を「日本の軍国主義」という語に力を籠めながら、いやというほど語った。中国政府の代表たちは国連では「日本軍の化学兵器の残虐性」を叫び、「日本の核兵器開発の危険」に声を荒らげる。英国在住の中国大使は安倍政権を「ハリー・ポッター」の邪悪な魔法使いにまでなぞらえた。
この種の反日キャンペーンの過熱にさすがに英誌「エコノミスト」が今年8月に巻頭社説で「日本の悪魔化は危険」と逆に中国を批判した。日本を現代の悪魔のように描くのは不当であり「中国こそアジア制覇の野望のために歴史を捻じ曲げ、日本の弱化に利用している」と非難した。
だが日本では中国からの歴史問題糾弾となると、うなだれてしまう向きも多い。米国の一部でも日本側の歴史認識への批判的な視線は存在する。
この点、シュライバー氏の見解は明快だった。同氏はまず習主席がまれにしかない国連演説で抗日戦争の歴史に最も多くの言葉と精力とを割いた事実は中国が歴史利用の日本糾弾を当面の最大の対外戦略としていることの証明だと強調した。そのうえで同氏は語った。
「中国は歴史といっても1931年から45年までの出来事だけをきわめて選別的に提示し、その後の70年間の日本がかかわる歴史はすべて抹殺する。日本の国際貢献、平和主義、対中友好などはみごとに消し去るのだ」
「中国の歴史悪用は戦争の悪のイメージを情緒的に現在の日本にリンクさせ、国際社会や米国に向けて日本はなお軍国主義志向があり、パートナーとして頼りにならないというふうに印象づける」
「中国はその宣伝を日本側で中国と親しく頻繁に訪中する一部の著名な元政治家らに同調させ、日本国民一般に訴える。だがこの10年間、防衛費をほとんど増やしていない日本が軍国主義のはずはなく、訴えは虚偽なのだ」
シュライバー氏はそして「歴史の直視」に関連して中国ほど歴史を踏みにじる国はないと強調するのだった。
「中国は大躍進、文化大革命、天安門事件での自国政府の残虐行為の歴史は教科書や博物館でみな改竄(かいざん)や隠蔽(いんぺい)している。朝鮮戦争など対外軍事行動の歴史も同様だ」
やはり日本は中国にこそ「歴史の直視」を迫る時機だといえよう。2015/11/15日
古森義久(ワシントン駐在客員特派員)
緯度経度 中国が進める対外工作 古森義久
中国当局が米国や日本、の内部でひそかに実行する影響工作に注意せよ―米側の専門家たちが中国の対外謀略への警告を発し、有効な対策の必要性を強調した。
ワシントンの2大手研究機関「ヘリテージ財団」と「プロジェクト2049研究所」が10月に共催した「影響作戦=中国の東アジアや同盟諸国への政治戦争」と題するシンポジウムで議論が展開された。日本にも直接かかわる重大な課題だといえよう。
「中国の影響力行使工作の米側の標的には3つのレベルがある。第1は中国が『古い友人』と呼ぶ、昔からの対中交流に関与してきた著名な元政府高官や財界人など、第2は現役に近い前外交官や前軍人、学者など、第3は民間の研究者を含むメディア関係層だ」
現在はプリンストン大学教授でブッシュ前政権では副大統領の国家安全保障担当次席補佐官だったアーロン・フリードバーグ氏が説明した。
米国への影響工作とは「第1、第2の標的には中国を米国と対等の大国として受け入れ、東アジアでの中国の支配的な拡大を黙認させ、あるいは抵抗を緩やかにする」旨の説得なのだという。第3のメディア関係層には「中国の台頭はあくまで平和的であり、国内問題に追われるため対外的にはそれほど強大になれない」というメッセージを送ることだった。この2つの発信内容には矛盾もあるが、標的が異なるから問題はないのだという。
元国防相中国部長のマーク・ストークス氏がこの中国の対外影響工作の主体は人民解放軍総政治部と共産党中央宣伝部だと説明した。「ソ連共産党や中国国民党の謀略工作の上に中国共産党独自の特色を加えた闘争方式だ」ともいう。
ヘリテージ財団中国研究部長のディーン・チェン氏は「この工作は中国自身が対外的な政治戦争と位置づけ、潜在敵の力を弱めるために事実を大きく曲げる虚偽情報を使い、敵の認識を中国に有利な方向へ変えていく」のだと報告した。
フリードバーグ氏は中国側がこの政治戦争の一環として流した「情報」として⓵2006年10月に北朝鮮が核実験を断行したことに当時の胡錦濤国家主席が「個人的に激怒している」という話②11年1月に当時のゲーツ米国防長官が訪中した際、中国軍が新型のステルス戦闘機の飛行実験をしたことを胡錦濤主席も「事前に知らせず驚いた」という話―の例などあげた。いずれも事実と異なる米側懐柔のための虚偽情報だったというのだ。
フリードバーグ氏は一連の政治戦争でのメディア工作についてもCCTV(中国中央テレビ)の米国版放映や米側メディア記者の中国駐在ビザの規制、米側メディア関係者の中国短期招請などについて詳述した。当然、米メディアで中国政府が好む情報が拡散されることに重点が置かれるという。
ストークス氏は中国側の軍と党によるこの対外政治戦争は実は台湾、日本、米国の順で資源や人材を多く投入しているのだと報告した。となると、中国の日本メディア関係層への働きかけも活発なはずだ。日本では中国当局と同じような意見を述べる多くの中国人識者が頻繁にメディアに登場するのはそのせいなのだろうか。 215/11/14日
(ワシントン駐在客員特派員)
産経抄
「歴史的な問題は追及するのに、なぜ現在進行形の人権侵害は追及しないのか」。
今年10月に来日して記者会見したラビア・カーディルさんは、国連に対してもっともな疑問を呈していた。「世界ウイグル会議」の議長として、中国から逃れた亡命ウイグル人を束ねる人物である。新疆ウイグル自治区での人権侵害は、どれほどひどいのか。カーディルさんは、月刊『正論』12月号で語っている。
夫は10年間刑務所に入り、カーディルさん自身も6年間投獄された後、米国に亡命した。現在中国では、4万人以上のウイグル人が、刑務所で暴行を受けているというから、すさまじい
◆弾圧が強化されるきっかけとなったのは、2001年9月11日の米中枢同時テロだった。国際社会が、イスラム原理主義組織の蛮行に注目するなか、ウイグル独立をめざす動きに、テロのレッテルを貼り付けるのに成功したのだ
◆「イスラム国」の台頭にともなって、テロとの戦いを理由に、締め付けをさらに強めようとしている。北京駐在のフランス週刊誌の女性記者が、そんな中国政府のウイグル政策を厳しく批判した ◆自治区で起きる騒乱は、政府の抑圧政策が原因であり、先月パリで起きた同時多発テロとは性格が違う、というのだ。この記事に反発した中国政府は、記者に対して、事実上の国外退去処分を通告した ◆テロリズムという言葉は、フランス革命のロベスピエールの恐慌政治の時に生まれた、政治目的のために、暴力を用いることだ。カーディルさんは、中国こそウイグル人に対して「国家テロ」を働いている。と主張する。 テロの本質を知るフランス人記者の指摘が正しいからこそ、中国政府は強硬手段を取らざるを得ないだろう。
2015/12/28日
正論 新たな勢力均衡の時代に備えよ
むき出しの暴力を前にして気の遠くなるような話だが、国際社会に求められるのはISと一線を画す交渉可能な当事者を特定し、停戦合意を模索し、諸勢力が宗教的寛容を受け入れることである。その先には新たな悲劇を生み出さないための難民の支援があり、経済を復興するための息の長い関与と援助が必要である。教育を通じて多様性を育み、無知と憎しみの連鎖を断ち切ることだ。
しかし、自国民がテロの犠牲に遭っているときに、民主国家が、そうした長期的な政治的意思を持続させることは難しいだろう。現に、各国では難民対策や移民政策への不満が高まり、ムスリム全般への風当たりも強まっている。
では今後、現実には何が起きるかといえば、米国主導の国際秩序から部分的に19世紀型の勢力均衡の形へと戻っていくということである。
◆「アメリカの平和」の終わり
もはや米欧露などの大国が特定のイデオロギーに基づいて世界を書き換えられる時代ではない。しかも、第二次世界大戦後の主要な国際問題において、初めて米国が問題解決の矢面に立つことを拒否している。オバマ大統領が「米国は世界の警察官でない」と宣言したことが象徴的に物語っている。問題を抱えつつ曲りなりにも存在してきた「アメリカの平和」の時代が終わろうとしている。
シリア問題においては、イランやサウジアラビアなど地域大国がそれなりに納得し、支えるだけの意思を持つ解決策が必要だ。残酷ないい方だが、諸勢力が戦いに疲れて妥協するまでは平和が訪れることはないだろう。
主要国が多極化する勢力均衡の世界では、まず力の論理に基づく現実があって、それに後付けで理屈がつけられていく。シリアで対立する諸勢力の代表を欧州に呼び、和平交渉が行われる様は、第一次大戦後に今日の中東を形成したプロセス彷彿(ほうふつ)させる。 現場でただ殺し合いを続けるよりは「まし」なのだが、目の前の平和のためには将来に残りそうな禍根をもあらかじめ受け入れる必要がある。 プーチン露大統領は権益保持のために、おそらくアサド一派の独裁政権をシリアの一部に維持するだろう。それは、当初から不完全さを前提とした世界である。
勢力均衡の世界を生き抜くには、対立する様々な利害関係者間の情報戦において優位に立ち、相手の立場から世界がどのよう見えているかを見極める想像力が必要だ。力による妥協を覆い隠し、それなりの「原則」として打ち出す発信力も必要になる。
◆東アジアに波及する秩序の変化
かつて日本は、勢力均衡の時代を生き抜くことに失敗している。情報収集能力、想像力、発信力は日本外交が今なお抱える課題でもある。国内に大きなムスリム社会を抱えていない日本は、中東での混乱に関して二次的な存在だ。だが、東アジアの問題に関しては当事者である。
中東の混乱が長引くほど各国は東アジアへの関心を低下させ、そこに割く資源を減らさざるを得ない。9・11テロ後の10年間に最も大きく変化したのは、米国が国力を低下させ、中国が超大国として台頭したことだった。イラク戦争の敗者はサダム・フセインだが、同時に傷を負った米国でもあったとすると、戦略的な勝者は誰だったのかという重要な問いが残る。
南シナ海問題に象徴される対立構造も重要な局面を迎えつつある。米国が中東の泥沼に足を取られて、戦略的な優先順位を見間違えないようにすることは同盟国である日本の重要な役割だ。中東の混乱は、国際秩序の変化といえる形で東アジアにも勢力均衡が出現することを想定しつつ、世界と向き合う時代がやってくる。
国際政治学者 三浦 瑠麗 2015/12/28日
つづく
うたかたの宝石箱 =満州文化物語=