夫婦でも親子でも人間が二者関係を長続きさせる最大の方法は「抑圧することである」とフロイトも言っている。不快なことは水に流さないと、長続きはできない。
「結婚していない人」で、「自分は結婚しても離婚する」と予想する人に、NHKがその理由を聞いている。

本表紙 小倉千加子著
ピンクバラ浮気・不倫はとても自己愛的な行動である。自分の快感を追い求め自身の心と体の在り様を知り、何を欲しているのか、何処をどうして欲しいのかをパートナーに互い伝えあって実践できれば満足し合えるよう!

結婚の才能小倉千加子

はじめに

「もちろん女の子はいつも『何か』を求めています。でもその『何か』が分からないので、堂々巡りをしているのです。手に入れたい仕事や夢ですら。それが『何か』に相応しいのかどうか分からない。『結婚』は自分を変えるチャンスのようですが、結婚する時にも、この結婚は私の『何か』なのだろうと迷ってますよ。それに、結婚してもまだ『何か』を求めて堂々めぐりをするんですね。結婚して子どもが11人いる人とか、いるじゃないですか。あれは『何か』を求めることを諦めたかったんですよ。それでもまだ『何か』を求めて、堂々めぐりをするんですよ。女の人はいつになったら、自分の『何か』が分かるんでしょうか?」

 女子学生というのは、話す時にはいつも一瀉千里(いっしゃせんり)に話すものである。
 人間「何か」が分かるのは死ぬ5秒前なのだという話を、どこかの本で私は読んだ。が、5秒前に「何か」が分かるのは男性の方なのだろう。女性には男性よりも早く「何か」が分かっていて、自分がそれを求めてきたことを知っているのだから。男性は「男性神話」のせいで、迷妄から醒めるのに時間がかかる。

「結婚が続いた秘訣何ですか?」と、金婚式を迎えた夫婦を対象に銀行がする調査がある。結果はいつも同じである。第一位は「忍耐」。他の回答を引き離してブッちぎりの一位であり、夫側も妻側も同じである。「忍耐」が結婚を継続させる。

 夫婦でも親子でも人間が二者関係を長続きさせる最大の方法は「抑圧することである」とフロイトも言っている。不快なことは水に流さないと、長続きはできない。
「結婚していない人」で、「自分は結婚しても離婚する」と予想する人に、NHKがその理由を聞いている。
「恋愛は長続きしないから」

 フロイトによれば「恋愛」とは催眠状態のことである。二人という集団内でかかる催眠。理性的思考が緩み、想像が現実味を帯びる。相手の言うとおりに行動する。「暗示」にかかっている。しかも幸福なのである。

 結婚は永久就職ではないが、半永久催眠であるはずだった。が、催眠は醒めてしまう。
 催眠から覚めた二人がまじまじと相手の顔を見ながら毎日食事をしろと要求される。身体は家にいても、心は彼方にいる人がいる。
「恋愛」は終わるが、「結婚」は終わらない。

 長い催眠不在の時間を、どうやって埋めればいいのかという、多分全員が感じている問題を誰も公には口にしない。「抑制」されているからである。
 が、現実には中年の男女は夜と触ると恋愛の話をしている。みな催眠にかかりたいのだ。催眠術師が周囲にいない。

 自分が催眠をかけにいくために、粉を40人にかけたが誰一人引っかかってはこない。このまま朽ち果てたくはない。もう一花咲かせたい。そういう気合で生きている男性がいる。本心では大抵はそう思っている。

 なぜ昔は恋愛できたのに、今になって恋愛と遭遇できないのだろう。
「恋愛」には敏感期がある。若い人の方がかかりやすい。心が柔軟だからである。
 しかし、自分の子どもが誰かと恋愛しているのかどうかをイマドキの親は質問することができない。子どもに嫌われたくないからである。

 晩婚化なので、子どもははやく結婚してほしい。だが、親が子どもに結婚相手を薦めると、その結婚に親は責任を取らねばならない。たとえ子どもが選んだ結婚相手であっても親は文句を言うことを控える。子どもに嫌われたくないからである。それに、子どもは親のもう一つの自分なので、もう一つの自分がやっていることによって、「自分という幻想」が崩されるのを見るのが怖いのである。自分が自分に幻滅したくないのである。しかし、「自分という幻想」が完成してしまった人には恋愛は難しい。ピカソのように相手に応じて自分の世界観を変えられるような人にしか、恋愛はできない。ピカソには、技術はあっても自分はないのだ。

 人が恋愛する時、相手との出会いとマッチングには無数の序列組み合わせがある。
「つきあって1週間で別れました」という子どもはザラにいるが、1週間で「つきあった」ことになるということが大人には分からない。「つきあう」という経験の内容が劇的に変化しているのは、「恋愛」という感情自体が変容しているからである。

 努力して相手の性格やセンスを変えるくらいなら、相手を替える方がましである。
「恋愛はするが、恋人はいらない」と言う人がいる。
「恋愛」という体験は好きだ。が、オフになると一人でいたい。恋愛とは食事とベッドを共にすることである。が、それが終わったら自分の部屋で眠りたい。「恋人」から、「恋」だけを抽出し「人」という余計なものは捨てたい。恋人に生活体の持つ属性など一切求めない。アラジンの魔法のランプがあれば、恋人が欲しい時に突如出現し、要らないときは即座に消してくれる。「恋愛」は抽象化と断片化を加速させている。恋愛嗜癖(しへき)である。

 しかし、「結婚」は具体で綜合の仕事である。しかも3K(きつい・汚い・危険)の仕事である。
 「結婚」するには才能がいるのである。

 理想の結婚 予想の結婚

 結婚しようとする人には、就職がそうであるように、理想の結婚イメージが存在する。大学生に、自分の「理想の結婚と予想の結婚」を書いてもらったことがある。
「理想の結婚を書いたあとに、予想できる現実の結婚を書くのです」と言ったら、「理想の結婚でないなら、結婚することに何の意味があるのでしょう?」と質問しに来た学生がいた。
 その作品の中から紹介する。

《女子高生のハナコの理想の結婚》
 〇 夫プロフィール
30歳(3歳年上)の健康成人男性。176㎝、73㎏、O型。曾祖母がモナコ人。実家は目黒区にある200坪の純和風建て。沖縄の離島にプライベートビーチつきの別荘を親が持っている。窪塚洋介似。大物政治家の次男で、父の政策秘書をしている。
趣味はスキューバダイビング、テニス。特技は、中川家の礼二のモノマネ。好きなテレビ番組は「タモリ俱楽部」。
性格は明るく、前向き、一途、努力家、家族思い、正義感が強い、情熱家、行動力がある。白のポルシェ所有。

〇 結婚式
私は27歳、夫30歳。4月の大安の日。快晴。身内だけを招いて結婚式を挙げる。
八芳園で披露宴。職場の人、恩師などの目上の方を招きして披露宴を開く。
プラチナストリート沿いのレストランを貸し切って、友人主催の結婚祝いパーティ。
ウェディングドレスはChica Hanashimaでオーダーメイド。結婚指輪はハリー・ウィンストンの1粒ダイヤ(1カラット)が埋め込んであるもの。ダイヤがリングからはみ出ていないデザインのもの。
新婚旅行はモルディブへ1週間。1日1本ずつ、3ダイブつき。
新居は、広尾駅まで徒歩5分以内の夫の祖母名義の新築マンション(3LDK・茶色のレンガ造り)の3階。

〇 私自身の結婚生活
27歳 (4月下旬)結婚。日本銀行の副総裁秘書は続ける。
30歳 (7月中旬)長女「夏凛(かりん)」出産。私は週一回エステに通う。
31歳 職場復帰、フォルクス・ワーゲンのビートル(紺)を購入。
34歳 夫が参議院議員選挙に初出馬するため退職。夫、与党公認候補として無事初当選。
35歳 長男「海琉(かいる)」出産。
36歳 お手伝いさんを一人雇い始める。
37歳 (五月中旬)次男「譲慈(じょうじ)」出産。
*子どもは幼稚園から3人とも、最寄りのインターナショナルスクールに入れる。子どもたちが小学校に上がると、馬をそれぞれ1頭ずつプレゼントする、軽井沢の馬舎に預ける。私と夫とも一頭ずつ持っている。

 長女にはバレエとピアノ。長男には能とヴァイオリン、次男には水泳とテニスを習わせる。
40歳(3月上旬)自由が丘まで徒歩5分以内のところに150坪、6LDKの家を建てる。6台入る駐車場、15mの温水プール、ビリヤード台つき。
(7月上旬)夫が衆議院議員選挙に出馬。小選挙区でトップ当選を果たす。
45歳 政治家の妻として夫を支えながら、途上国の児童教育支援団体(NPO)を立ち上げ、精力的に活動する。
 (9月上旬)長女がバレエ留学のためモナコへ立つ。
モナコの親戚の家でホームスティする。

《女子学生カナの理想の結婚》

 早ければ大学卒業と同時、遅くても25歳までには結婚したい。収入はいざというときに私が仕事をしなくとも、家庭をまわしていける程度あると嬉しいです。老後のことも心配なので、経済観念があり計画的に貯金ができる人だと、お金を使うのが嫌いで貯金が趣味のような私との相乗効果で鬼に金棒です。もしも専業主婦になったら、毎日きちんと家事をこなし、お風呂と食事を完璧に準備して夫の帰りを待ちたいです。夫は仕事をおろそかにしないけれども、家庭をしっかり顧みてくれて、育児・家事にも協力的な人だと理想中の理想です。きちんと必要なことは連絡してくれて性格も浮き沈みが異常に激しくなく、理由もなく怒ったりしない人がいいと思っています。お酒はお付き合い程度で、煙草は吸わないというのが望ましいです。

 また、私は一人っ子で独身の叔母も二人おり、将来必要に応じて介護するべき対象が大勢いるため、夫は次男以降で将来ご両親の介護をになう中心人物でないとさらに有難いです。

《予想の結婚》
 しかし、私は今現在お付き合いしている方と別れかかっているのですが、首の皮一枚で繋がっていてこのまま行くと仮定すると、それは私の理想とかなりかけ離れることになります。
 まず相手の学歴・年齢・身長は、G大学卒業・24歳・172㎝と私の理想通りですが、彼は家電量販店の販売員(月収20万ほど)をしており、ヒラの販売員から主任、店長代理、店長と昇進できたとしても収入はあまり変わらない業界にいるので、出産前後以外は私がフルタイムで働かないと家庭が成り立たないことが予想されます。

 それに彼は趣味の車にお金をつぎ込んでしまうので、いつまでたってもお金がたまることはなく、お付き合いしている今の段階でも頻繫に音信不通になるような人なので、結婚後家庭を顧みるようになるとは到底思えません。兄弟はお兄ちゃんが一人いるので次男以降という条件は満たしています。

 彼には「私はキスをすると妊娠し、それ以上のことをするとショックで流産する体質」と言い含めてあり、一応了解してくれてはいるのですが、「俺は将来できちゃった婚をすると思う」といつも言っているのでその点も若干心配しています。

 彼と別れたとしても、卒業までに結婚してくれる人と出会える時間は残されているとも思えず、私が志望している就職先はあまり収入面で好待遇ともいえない業界なので、職場結婚をすると仮定するとその他の条件も満たした結婚ができると思えません。

 そもそも私自身が滅多に男性を好きになれない性格なので、この頃は条件を白紙にしたとしても結婚することが不可能な気がして絶望的になっています。条件を満たす結婚を待っているうちにどんどん時間だけが過ぎ、気がついたら25歳も超えて焦り始め、結局妥協した結婚をして「人生こんなもんか‥‥」とため息をつく日がくるようで恐ろしいです。

 花嫁のアルバイト

 医師であり弁護士であり弁理士でもある人を知っている。
 都内に一戸建ての広い家を持ち、外車も3台所有している。
「30代でものすごく仕事のできる女性でね。結婚相手を募集中なんです」
 すると、女子学生は私に必ずこう質問してくる。
「弁理士…‥って何ですか?」
 中年以上の男性はこう質問してくる。
「その人は、3つの資格のうちどの仕事で食べているんですか?」
 女子学生と中年男性は、弁理士という職業を知っているか否かで線引きできる。一般的に、性別と年齢の相乗効果が世間知というものである。
 が、こと結婚になると話は違う。
「結婚のスタートというのは何だと思いますか?」
「結婚届を出すことではないんですか?」
中年男性はそう答える。日頃から役所とのつきあいと闘いが多いので、紙切れ一枚の重さを男性は熟知しているのだろう。
しかし、結婚とは婚姻届を出して始まるものではない。
前章のことで確認しておくと、私が書いてほしいと指示したのは「理想の結婚と予想の結婚」である。その事を意識して書いてある。妄想の思いのたけを文章にしている。しかしその例のように、多くの女子学生が詳しく書いてきたのは「理想の結婚式」である。自分を戯画化することにかけて、日本人は韓国人や中国人留学生の到底及ぶところではない。
もちろん、結婚式は結婚をスタートするセレモニーなのだから重要である。が、男子学生で「理想の結婚式」というものを書いてきた者は皆無である。結婚とは、男性にとっては区役所に行くことであり、女性にとっては結婚式場に行くことである。

結婚式の理想を想像するのは女性であるか、あるいは女性性という心である。男性は王子になる方法を考えるのに忙しく、結婚式までは考えていない。王子になりさえすれば、結婚式などどうでもいいのだろう。
しかし、女性はセレモニーがなければ、台所にいるシンデレラのようなものである。王子の横に並んで結婚式を挙げ、「お姫様抱っこ」されてこそシンデレラなのである。

抽象が具体に変わる時

結婚は結婚式のさらに前もある。「理想の結婚」というテーマなのに、「理想のプロポーズ」から懇切丁寧に書いてきた学生がいる。
信用金庫の女性職員の横領事件というのが最近は少なくなったような気がするが、ホストクラブが出来たせいかもしれない。大金を横領する女性には男性がいる。結婚詐欺師が女性に横領させるのである。

男性は結婚を匂わせながら最初は松坂牛のステーキをデートで食べさせてくれる(昔はステーキが一番高級だった)。しかし、2回目のデートからはラーメンになり、3回目も4回目もラーメンだったというような、横領事件の容疑者の食べ物に関する怨みがましい供述によって、男性の正体が暴露されていく。
「本当にこの男性と結婚していいのか?」と女性側が不信を募らせていくのは、横領女だけではない。デートでご馳走される食べ物は、自分という抽象が具体に置き換えられたものである。
 自分はラーメン程度の女なのか。

 プロポーズは彼が自分のためにどれだけサプライズを考えてくれたかを享受する一種の演劇と化している。既に、誕生日やクリスマスで経験済みのことである。
 女性は、金持ちの男性と結婚したいのではない。金持ちで、ケチでない男性と結婚したいのである。

「資本蓄積制」の下で金満家になった男性の中には、「どうして金持ちの僕に嫁が来ないのだ」と怒りを抱えている。
「それはお前がケチだからなんだよ」と、家族が教えてやることができないのは、家族ぐるみでケチだからである。ケチだから蓄財ができた。しゃれた消費の仕方が分からないので、幅2間の引き戸の玄関であっても、他人から家族の中に招き入れるドアがない。

 冒頭で紹介した、医者で弁理士の女性は、腐るほどお金があるかといって自分が男性にお金を使うつもりはない。理想の結婚相手は、デートの日に彼女を見た瞬間、「ダメじゃないか! その服にこんな靴を履くなんて」と、襟首をつかんでシューズ・ショップに彼女を引きずって行き、「あの靴だ!」と指さして靴を選び、もちろん自分のお金で買ってくれる人なのだという。「靴フェチ・フェチ」である。

 愛情とは、相手のために百万の言葉ではなく、五万のお金を使う事である。
「ロストジェネレーション」を除けば、そういうピン・ポイントな消費の才能のある男性が結婚できる。金払いのよさと「テイスト」(眼識)は「結婚の才能」の中に確実に含まれている。

 男性は職業を持ったうえで、「プロポーズ企画能力」を持ち、「消費の品格」を備えていなければ、結婚はできない。クリスマスは彼氏とお泊りし、プレゼントされる日だと「アンアン」が女性に教えたのは、1983年である。贅沢は素敵だ。一旦知った以上、忘却することはできない。そこに、少子化と格差社会である。

 プロポーズの前には「理想の出会い」がある。「合コン」では出会いたくない。「東大」のサークルで、「偶然」会いたい。女子学生はそう考える。
「理想の結婚」を聞くと、出会いからして「妄想」が入っている。「理想」-「予想」=「妄想」である。妄想さえしていれば、自己は常に理想の中にいられる。

 しかし、出会い→つきあい→家族への紹介→プロポーズ→結婚式→新居の選択。そのすべてに男性は「合格」していかなければならない。進化における「性淘汰」の仕組みは、委曲をつくして説明しても、これで完璧というものはない。

 結婚式のハードル

 私は物事を大袈裟に言っているのではない。
 結婚相手を家族に紹介すると、子どもの相手にふさわしいかどうかを決定するのは、女性側はママであり、男性側は祖母であることが多い。

 女性の「妄想」を実現させてくれる力を彼の祖母が持っているからである。「恋愛の才能」がいくらあっても、それと「結婚の才能」は別物である。子どもでも同様であろう。配偶者を亡くした親が、老後に自由恋愛している間は黙っているが、結婚すると言い出した途端、子どもたちは一斉に反対する。

 男性に恋愛の才能や品格があっても、結婚のハードルが越えられないケースがある。
 世の中にはいまやいろいろなアルバイトがある。
 ホテルの結婚式のフェアで花嫁役のバイトをしている学生がいる。
 何度、神父様の前で「はい、誓います」と言ったことか。おかげで神父様の誓約の言葉も暗記してしまった。
「あなたは、健やかなときも、そうでないときも、この人を愛し、敬い、慰め、助け、その命の限り固く節操を守ることを誓いますか?」

 新郎役が初めて会う人だったりあまり親しくない人であっても、ウェディングキスのふりをしたり、手をつないだりしてはいけないが、人見知りではないので苦にはならない。いつも笑顔を忘れないようにしているという。
 新婦役のバイトは不定期なので、その他に、レストランの接客や塾のマルつけのバイトもしている。

 しかし、模擬披露宴、ショーなどをして、数々のホテルで、たくさんのウェディングドレスやカラードレスを着ているうちに、自分の本当の結婚式の時に、初々しいがなくなるのではないかと想像すると怖い。そして、新郎がだれであれ、自分の結婚式を妄想してしまう。ホテルはどこで、どんな衣装を着て、披露宴はどうするかは頭の中で練りに練られてしまった。

 お台場にある某ホテルである。一日に15組も式を挙げるくらいの大人気のホテルである。海の見えるチャペルでは、窓には最初は白いスクリーンが降りているのだが、花嫁が入場する時にスクリーンが上がっていき、レインボーブリッジ、お台場の自由の女神、東京タワーが一望できる。特に夜景は最高である。バージンロードのガラスの下には水が流れていて、ライトアップされる。バイト仲間の一人は、感動して泣いたほどだ。だから、絶対にここすると決めている。

 結婚式に関して目が肥えてしまった結果、自分の結婚費用がものすごく高くつくことは分かっている。が、ホテルの支配人さんと仲良くなって名刺をもらい、自分の時は安くしてあげると言ってもらっている。でも、支配人さんは孫もいる年齢だ。いつまで支配人でいてくれるのだろう。大急ぎで自分磨きをしなければならない。

「シンデレラ婚」つまり「派手婚」を望む学生には、結婚したいのか、派手なセレモニーがしたいのか、当の本人にも分からないところでもある。多分後者なのだと思う。「私が25歳までに結婚したいのは、25歳を過ぎるとウェディングドレスが似合わないからです」という学生は大勢いる。「お姫様抱っこ」もあるから。太る事は絶対にできない。

 2007年、「インド・ヴォーグ」(VOGUE)が創刊された。マハラジャが、「吉兆」の料理を食していた。
 セレモニーと日本人の技術と企画力が結婚すれば、アジアの結婚は画一化するだろう。アジアを市場にした結婚産業は、成長産業である。

 結婚式という「妄想」を支えているのは、花婿の祖母である。結婚は両性の合意によってのみ行われるというのは、嘘なのである。結婚は「家」と「家」とがするもので、「妄想」を通して、大きな「家」と交換される欲望をアイロニーで語る女性と本気で語る女性、その二極分化が起こっている。もちろん「結婚の才能」は、欲望を本気で語る側に賦与されている。アイロニー派が結婚するにはよほどの戦略と妥協が要るだろう。

 恋愛と結婚の間

 団塊の世代より下では、「結婚相手とどこで出会ったか」と聞かれると、「学校」か「職場」と答える人が、日本では一番多い。
 国会議員が国会議員と結婚するのも、芸能人が芸能人と結婚するのも、言ってみれば職場結婚である。
 戦後民主主義は、国民に学校と職場を提供することによって、「恋愛結婚」を普及させてきた。民主主義と恋愛結婚の幸福な結合である。人は日常生活の中でいちばん長く時間を過ごす人と恋愛をしてきたという事である。
 しかし、「新婚時代をまったく覚えていない」と言った中年の男性がいる。
 催眠術が解けると、催眠状態の自分を意識することができない。
 恋愛結婚では何よりも最初に「恋愛」という催眠にかからなければならない。昔の人(中年)は、催眠にかかると、あなたはこの人と結婚するという暗示を受けたのである。
 しかし、催眠状態で披露宴の席の配置を決める事は出来ない。そのことに、今の人は気づいている。

 自分の生活圏に相手を迎い入れ、家族が絡まってきて、互いにエゴの摺り合わせをしなければ、結婚はできない。そして、一人でいること、つまり最高の相手と恋愛をする妄想の自由は、そこで捨てなければならない。

 結婚とは、基本的には相手と一緒に暮らすことである。「恋愛は一瞬、結婚は一生」であるから、それができるかどうかを胸に当てて考える。
 今の大学生は、親の背中を見て育っているので、何が人間を結合させるかを知っている。人間性の悪についても、親の世代よりも深く知っている。
「おひとり様の老後も大変ですが、お二人様の老後も苦しいものです」という年賀状があった。
 高齢の専業主婦の自殺が増加している。ひたすら家族に尽くし生きてきた。子どもがいなくなった家に夫婦だけが残される。自分の人生はなんだったのかという絶望感は心と身体の病気も招く。

 ニューヨークの主婦

 ニューヨークでは主婦は夫のシャツのボタンもつけないと、村上龍の本に書いてあったのを読んだことがある。それなら誰がボタンを付けたのでしょうかと質問すると、
「靴の修理をする店でするのです」と、帰国子女が教えてくれた。
 ニューヨークの専業主婦はボタンつけではなくボランティアをしている。
 一回ニューヨークに転勤すると、妻は日本に帰りたくなくなり、夫だけが日本に帰って妻子はそのままニューヨークで生活する家族が増えているという。家事のアウトソーシング化が進むと、そう言う事も起こりうるだろう。

 女子学生がオーストラリアに短期留学し、庭でバーベキューをしてくれたホストファミリーのお父さんに憧れ、青い目の男性と結婚したがるのは、日本の社会があまりにも変わらないからである。
 が、夫の「日本への単身赴任」が増加するという事は、結婚という形式だけ踏んでいれば、内実はなくてもよいということであり、夫はそれで別に離婚はしない。
 単身で日本に帰ってきた夫や、所謂(いわゆる)「卒婚」された夫は、母親が健在だと、母親と暮らしている。親からすれば嫁と別居している息子と水入らずで暮らすのは嫌なことではない。子どもにしても、一旦結婚をして、子どもでき、30年も経てば、もう妻など要らないのである。法律上の妻は要るが、妻の家事への意志は、母親のそれには及ばない。母親はシャツのボタンもつけてくれるし、お客が来たからといってバーベキューをしてくれとも言わない。

 パーティに夫婦で行かねばならないという圧力は欧米のものであり、日本では昼はもちろんだが、夜も夫婦は、ともに別行動をしていたい。日本人男性が「結婚してよかったこと」というアンケートの一位に挙げるのは「子供を持てたこと」である(「SPA!」)。
 戸籍上は配偶者と子どもがいて、仕事があり、家には母親という家事随行者がいて、外に恋人がいる。中年の男性には、いや40代以上の女性にも、「結婚後」の理想の人生である。

 親の結婚が機能不全に陥っている場合、そのことを子どもはみんな知っている。親の結婚と離婚と再婚を通して。結婚の幸不幸を間近に見てきた大学生の結婚意識は、大人よりもずっと成熟している。

「恋愛=結婚」という図式通りに生きるのは地方のニートだけであり、東京の大学生は「できちゃった婚」を無計画な人生と見なしている。
「恋愛と結婚では、どちらが自由にできますか?」
 そう質問すると、大学生は男女とも3つの意見に分かれる。
 まず、「結婚の方が自由」という意見。
「恋愛は突然降ってくるので、選択の自由はありません。自由があるのは、別れるか否かを決める時と、結婚するか否かを決める時だけです」(男子)

「ドキドキ感が恋愛であり、色気のある男子はやっぱりモテるし、こっちも『カリソメの恋』と割り切っているので、短く、激しく、優越感と不安で心身が疲労困憊してしまう。
 その点、結婚はドキド感のない素朴系の相手になる」(女子)

 次に、「恋愛の方が自由」という意見。
「恋愛なら、多少疲れる相手でも、会っている時が楽しければよいという感じ。もしかしたら、アクセサリーみたいに考えているのかも。他人の評価も無意識に加味しているのかもしれない。でも、結婚は嫌なところも晒さなきゃならないから、自分にも相手にも寛容が必要で、恋愛のようには行かないと思います」(男子)

「結婚相手は、人生を共にする戦友。結婚は恋愛よりよほど厳しい選択」(女子)
「結婚している夫婦は、恋愛してはいない。イベントがなくとも、長く一緒にいられることを優先するので、生活に満足するためには経済力や社会的地位が必要となり、自由などありません」(女子)
「結婚は、一番気の合う友だちとするもの」(男子)
「恋愛は終わる。結婚は終わらない。どちらが自由でないか、明らかではないですか?」(女子)
「結婚は事業です。共同経営者として相手を選びます。リスクが大きくて、恋愛のようなゲームでは済まないですから」(男子)

 そして、「恋愛も結婚も自由ではない」という意見。
「恋愛した人と結婚したい。どちらも同じくらい本気でいたいと思うから。でも、そう考える限り理想は高くなり、恋愛すらできません」(女子)
「結婚=ぬかみそ臭い、汚い部分を共有するというイメージがあり、そういうものにまみれても一緒になりたいと思うと、恋愛にぬかみそ臭さを持ち込むことになり、恋愛した人と結婚することは不可能になります。何のために恋愛するのか分かりません。妄想のしすぎでも私は別に困りません」(女子)
「結婚はおろか、彼女のいない歴20年です。中・高とずっと男子校で、しかも寮だったので、制服とジャージしか着ていませんでした。私服を自分で選べないので、万に一つ恋愛できてもデートに行けません」(男子)

 偽装恋人

 結婚と才能は、恋愛の才能とは対照的なものである。
 恋愛とは相手に不安を与え、相手を奴隷にし、落としてしまえば。また次の獲物を狙うハンターになる「狩猟民族」になる事である。

 結婚とは相手に安心を与え、二人で種を蒔き、水をやり、収穫するという「農耕民族」になることである。
 現在、妻が「卒婚」と称して続々と別居しているのは、旧来の結婚役割を生涯続けることが不可能になってきているからである。それに結婚生活の寿命がここまで延びるとは、誰も思わなかったのだろう。

 にもかかわらず、女性誌の「恋愛特集」は、「恋愛=結婚」という図式をまだ謳い続けている。「恋人になれば結婚できる」と書いてあるからである。そのこと自体が現実と乖離している。
 優秀な男子学生は、「男を立てる」「おねだり上手」な女と、これからは結婚などしないのである。
 男性は女性と友情を結べる、自分と対等、もしくはそれ以上の女性をパートナーとして選ぶ時代に入っている。自分の彼女の「意識の量」の大きさに感動し、人間関係能力が高いことに感心している。

「自分たちには将来、年金がない」ことを早くから知っていた大学生と、「年金制度の破綻は許せない」と怒っている大人とでは、社会に対する甘え方が違うのである。
 女性誌は、結婚に至るため「偽装恋人」になる「自分磨き」をせよと言うが、そういう「自分磨き」をしていくと、やがて来る「おふたり様の老後」のつらさに潰されてしまうだろう。

 女性誌が長年に亘って流布してきた女性像に女子学生が疑問を抱くのは、先輩の中で一番理想的な、男子からも女子からも信頼される、リーダーシップがあり、フレンドリーで、カッコよく、女性誌のモデルとは似ても似つかぬ本物の「モデル」を見ているからである。

 日本が北欧型の国になるのか、アメリカ型の国になるのか、はたまたアジアの独自国になるのか、国民にはまだ将来のビジョンが提示されていないが、結婚について流される情報が旧来型の社会のそれであり、ためにする情報であることを大学生は知っている。
 年金や恋愛に依存するほど甘くはないということなのだ。
つづく  第2 新・結婚の条件
 恋愛結婚という言葉は、もはや死語である