沖藤典子著
五十は生き方が多様に
あなたは今、どういきていますか。
子育てが終わって仕事探し、あるいはパートにでたところ、ボランティアや趣味活動に熱中している、親の介護中、働き盛りのキャリアウーマン、婚約中や離婚計画中の人だっているかもしれません。孫が生まれて、命のつながりを感じている人もいるでしょう。
その一方で、病に苦しんでいる方、親や夫の介護中の方もおられる‥‥。子どもとの関係で悩んでいる人、夫婦のすったもんだを嘆いている人もいるかもしれませんね。さまざまな思いを抱いて今日を生きる、明日へと生きていくことでしょう。
その人生の花模様は、どれ一つとっても同じではありませんね。
人生の中間点で
人生百年時代がもうそこまできています。五十歳というものは、人生の中間点であり、後半に向けて歩き出す時、人生の交差点でもあります。向かう道筋はさまざま、信号も青や赤
が点滅し、しばし行き先を見失うこともあるかもしれません。
もしあなたが今、そんな交差点に立って、つまりシニアスタート、そのスタートラインに立っていると思ったら、そしてそのことに、迷いや不安があったら、この本を読んで見てください。
この本に登場するさまざまな先輩たち、ちょっと前を行く先輩たち、つまりは”ちょい先”のエピソードを読んで、きっかけにしてほしい。とこう思うでしょう。
「未来は思うほど悪くない」
登場する人々は六十代、七十代が多く、あなたの十年、二十年先の姿です。元気に、あるいは悩みながらも日々の明るい生活を獲得している先輩たちです。平凡だけど誠実に、しかも磨かれた人生観を持つ人々です。
人生は後半がおもしろい
「人生は五十代からが本番、人生は後半がおもしろい」
今にして私は、こう実感しています。
しかし、そう思えるようになるまでが、大変でした。それというのも、四十代の終わりから五十代にかけての頃は、憂鬱のマントですっぽりと覆われているような状態だったからです。
なぜそんなに苦しかったかといえば、更年期障害が少し重かったことや、子どもが巣立った後の孤独感、仕事への不安などが主なものでしたが、理由は重層的で複雑に絡み合っていました。
夫婦関係もよくありませんでした。当時夫は働き盛り、夜遊び盛り、夕飯はいつも一人で食べる生活でした。子ども幼かった頃の喧騒が?のように寒々とした光景、夕飯になると涙がこぼれてなりません。
不安で淋しくて、先々が恐ろしく、身体が震えてくるんです。人生はこのまま過ぎていくものか、納得いかないままに老いていくのか、過去にあれこれを思い出しては後悔し、焦燥感ともつかぬ苛立ちともつかぬ、何か不思議なやりきれなさでいっぱいでした。とくに健康不安が大きかったように思います。
あれは人生の梅雨の時期
当時私の周囲には、年を取るのは悲しいこと、人生は下り坂、先々辛いことがたくさん待っているとでもいうような、否定的な未来を語る人が多かったと思います。私も知らず知らずのうちに、そういう先入観に染まり、行く末を悲観的に考えていたのでしょう。
でも私なりに、自分の心を励ます工夫はしていましたよ。たとえば、
「泣いてはならない。自分を励ますのは自分。一人の夕飯の時は、お刺身は『上』にしよう。美味しいものを食べよう」
ある時これを講演会で喋って、大ヒンシュクを買ってしまいましたが。じつはこのあと、「夫がいる時は、お刺身は『並』でいい」なんて、ついついと言ってしまったものですから‥‥。
試行錯誤、とくに失敗を重ねながら日々は過ぎていき、ある日ふと、子どもの頃のように明るく元気になっている自分を発見したのです。
あの憂鬱の日々は、人生後半のための梅雨のような時期でありました。空が晴れてみれば、日々は明るく元気。未来は悪くなかったのです。
五十代は大きなステップの年代
あれこれ嘆きながら、じつは五十代、いろいろなことをやっていました。仕事も結構やっていたし、娘たちを連れての海外旅行をしたり、社交ダンスでは”ご町内の舞姫”と名乗ってみたり、楽しいこともあったのです。六十代になるとさらに元気になって、友人も増え、仕事も結構あって、「なんだ。下り坂ではないじゃない」と思うことがたくさんありました。
渦中にいる時は、自分を客観的みられないんですね。不安だ、憂鬱だ、淋しいといいながら、活動していのですから。そしてその五十代が、六十代を支えることになったのです。
先入観に負けてはならない
このことは、こういうことではないでしょうか。
「先入観に負けてはならない」
「元気に機嫌よく生きていくには、工夫が大切だ」
平均寿命も延びました。男性が七十九・五五歳、女性は八十六・四四歳(二〇〇九年)。男性は世界第五位、女性は世界一連続二十五年だというではありませんか。百歳以上の人も、二〇一一年には四万七千七百五十六人となりました。その八割以上が女性です。
女性は男性より長生きです! 神様がくださったこの命を、活用しない手はありません。楽しいことを発見していきていきましょう! これを私は「楽天力」といっているのですが。
人生七掛け説というのがあります。現在五十歳のひとは三十五歳、六十歳の人は四十二歳、最近も若い友人が還暦と聞いてびっくり。今の六十歳を、一世紀前の六十歳でイメージしてはいけませんね。
七掛けとまではいかなくても、八掛けくらいで考えていきましょう。昔とスタイルが違うとか、体力や記憶力が衰えたとか、失ったものを嘆いていても、いいことはありません。むしろ、加齢で得たもの、判断力や調整能力に目を向けることの方が、ずっと大切です。年齢は人生をかけて得たものですから、収穫の方がずっと多いのです。
二〇一一年には、東日本大震災が
二〇一一年三月十一日は、突然の悲劇が東日本地域一帯を襲いました。たくさんの方々が亡くなりましたが、この不幸を乗り越えて復興していこうとする人々に、人間のすばらしさを見せていただきました。
五十代からもまた、人生復興の時ではないでしょうか。
新たな人生の扉を開ける時です。
人間とはありがたいもので、環境に慣れてきます。
淋しい生活もそれが普通のこととなれば、その後に驚くような開放感がなってきました。「子どもを待っている」と、電車の中で走りたくなる思いをしなくてもいい。いろいろ教えてくれます。負うた子から教えられるのは、大きな喜びです。日々のささやかな営みが、絆を深くしてくれていました。
「こういう喜びもあるのね!」
アメリカのフェミニストであった、ベティ・フリーダンはこういっています。
「老後は人生の最良の時」
彼女もまた、子どもの頃からの重圧や重荷から解放され、その解放感によって、古傷の痛みが和らぎ、さらに過去の重荷が取り払われたと書いてあります。驚くほど明るくなる時期として、中高年期を描いています。
洋の東西を問わず、老いる幸せがある!
これはまたなんという大きな励ましでしょう。まさに人生復興の時なのですね。
絆に感謝する、そんな時代の始まり
絆に感謝する、そんな時代の始まり
大震災は、「絆元年」でもありました。大きな不運の中で、「絆」のすばらしさも教えてもらいました。この教えに従い、周りの人々とのご縁に感謝し、小さな絆を結びつつ、人生後半の坂を登っていきましょう。
私は、今中年期になって、シニアスタート時点にいる方々にいいたいのです。
「老いの坂から見える風景は、楽しくておもしろいのよ」
だからこそ、
「元気よく、機嫌よく、絆を大切に生きていこう」
本書が、これからの人生へのエネルギーや生き方のヒントになれば幸いです。未来は思うほど悪くないのですから。
つづく
第一章 女五十代、人生の花道へ