閉経による卵巣からのホルモン分泌が減少することで性交痛を引き起こし、セックスレスになる人も多く性生活が崩壊する場合があったり、或いは更年期障害・不定愁訴によるうつ状態の人もいる。これらの症状を和らげ改善する方法を真剣に考えてみたい

子宮図

第W章 男と女のはざま

本表紙 渡辺淳一著
この章では、
男と女の違い、
とくに資質や心情、行動、
さらにセックスから結婚観の違いまで、
さまざまな面から観察し、描写された
文章が集められている。
むろん男と女は共通する面は多いが、
同様に異なる面も無数にある。
この根本的な違いを
まず知ることによって、
本当の意味で男と女は理解し、
許し合えるようになる。

1 資質の違い

(184)演技者と演出者
  男はやはり演技者であるより、演出者でありたい。大いなる役者であるより、秀れたプロデューサーになりたいと思う。
 だが女性のほとんどは。演出者であるより演技者であるほうを望む。
                         ―化身
(185)根くらべ
  男と女の闘いは、いってみれば我慢(がまん)くらべかもしれない。どちらかが耐えきれず、先に手を出した方が負けになる。
 だが総じて、こらえ性がないのは、男の方である。
 欲しいとなると、無性に欲しくなる。もう少し我慢すればいいものを、つい先に手を出して火傷をする。
                        ―化身
(186)ませている
  もともと男と女が同じ年齢の場合、女の方がませていることが多い。それは表面の態度だけでなく、人生の体験においても女は?で受け止めている分だけ、男よりたしかでリアリティがある。
                       ―メトレス 愛人
(187)浮気の弁明
  女が浮気をしたとき、男たちがするような理詰めの説明はしない。
「こんな遅くまで、なにをしていたのだ」と問い詰められても、あっさり頭を下げて
「遅くなって御免なさい」と謝るだけである。あるいは沈黙を守り続ける。
 それでもなお執拗(しつように)に男が問い詰めると、女は怨(うら)めし気な顔をして、最後には泣き出す。
「私を信じてくれないの…‥」
 涙とともに、そう訴えられては、さすがの男も追求する気力を失ってしまう。
 そのまま泣きじゃくっている女の姿を見ていると、これほど泣いているのだから、浮気はしていないだろうと思い込むというより、そう思いたくなってしまう。
 浮気の弁明として、理で説明する男と情で訴える女と、どちらが勝っているかは明白で、理はいつか露見するが、情は下手な理屈をいっていないぶんだけ、ばれる確率ははるかに低い。
                           ―うたかた
(188)優しい武器
  でも神様はよくしたもので、女には涙という優しい武器を与えた代わりに男には暴力という力とか、大声といった荒々しい武器を与えてくれたようです。
 どちらの武器がいいか、人それぞれ好みがあるでしょうが、単純に強さだけからいえば、大声や腕力の方が上のようです。
 でも、これは強いけど、核兵器のように、滅多に使えないところが難点です。小さな、ちょっとしたいさかいに、これは使用したくないのです。
 しかし涙ときたら、いつ、どこで、どのようなことにも使うことができます。物をねだってすねることから離婚調停の場まで、その出し方によって相手にかなりのダメージを与え、世間の同情もひきつけます。
                   ―わたしたちの女神たち
(189)オール・オア・ナッシング
  男って、自分の愛する相手以外にも優しいけど、女は違うでしょう。愛する人にはたしかに優しくても、そうじゃない人にはひじょうに冷淡で‥‥‥。男は優柔不断なグラデーションの性で、女は白黒がはっきりしているオール・オア・ナッシングの性。この二つがぶつかると、当然、オール・オア・ナッシングの方が迫力あって勝つことになる。
        ―「本の旅人」(林真理子さんとの対談より)
(190)男性優位の崩壊
  男が女に勝てないのは、何も今に始まったことではない。そんなことは人類の有史以来、すでにわかっていたことである。(中略)実際、男たち以前から、ある実感を込めて言っていたはずである。
「女房には、とても敵わないよ」
 かつて余裕を持っていっていた言葉が現実になりつつあるといって、いまさら慌てることはないだろう。
                 ―風のように・別れた理由
男は瞬発力は強いが、持続する力では女性に勝てない。待つ力も耐える力も弱いから、つい先に手を出し、最初に暴力をふるったのはあなただ、ということになり、まわりも同情し、気がつくと男はいつか女の軍門に下っている

2 心情の違い

(191)理屈
  男の理屈が女には通用しないように、女の理屈も男には通じないかもしれない。
                      ―影絵
(192)異なる夢
  男も女もロマンティストで夢見ることは多いが、男は女に尽くす夢を見て、女は男に尽くされる夢を見る。
                       ―何処へ
(193)温度差
  男と女は求め合いながらも、その真剣度が違うときがある。
 男は軽い火遊びのつもりなのに、女が心から燃えているときがある。逆に女は軽い遊びのつもりでも、男が本気で追いかけてくるときもある。
                    ―シネマティク恋愛論
(194)豹変
  男は基本的に女を信じ切れないところがある。現実に愛されているとは知りながら、男は女に、いつ豹変(ひょうへん)するかもしれない不気味さを感じている。
                       ―うたかた
(195)自己陶酔者
  さよう、男はいい気な自己陶酔者なのである。
 日常、ロマンチックな雰囲気のかけらもなく働いているようで、その底には、おだてれば、いくらでも自己犠牲を重ねる甘いところがある。それを嘆く女もいるし、それを利用するしたたかな女もいる。
                    ―シネマティク恋愛論
(196)くり返し
  男も女も、みんな「人生のあとのまつり」をくり返しているんですよ。
 男だって、あの時ああしておけばよかった、と悔いているんですが、そのときは頭ではわかっていても行動をおこせない。頭と体が別々に割れちゃうというか。
      ―華麗なる年輪(吾妻徳穂さんとの対談より)
(197)毅然と未練
 「別れ」を通して男と女をくらべると、そこに男女の愛のありかたの差が見えてきます。すなわち女性の場合、愛が燃え上がったときの感情のうねりが激しく、それだけ心が離れたときはきっぱりと相手を切ることができるのに対して、男性は女性ほど激しく燃え上がることがなく、そのかわりいつまでも気持ちが燻(くすぶ)り続け、未練を残すのが一般的な傾向です。つまり女性は潔く毅然とした性であるのに対して、男は女々しくて未練がましい性といったところでしょうか。
                       ―男というもの
(198)生まれかわれなら
  男が即座に「また生まれかわるなら、やはり男になりたい」と答え、女が「また女に」と答えるときは、その男も女も、幸せなのである。
 反対に、男が「今度は女に」と答え、女が「今度は男に」と答える場合、その男女とも、あまり幸せとはいいかねる。
                   ―淑女紳士諸君
(199)男と女の錯覚
  男と女が互いに、「あの人の気持ちが分からない」と言い合うのは、相手が自分と同じものだと考えているところに、最大の原因がある。
                   ―解剖学的女性論
男は自分に酔う。自分と環境と、近視と遠視との二人では、愛について語っても意見が合わないのは無理もない。

3 行動の違い

(200)強いのは女
  さまざまな女性と深く付き合ってきた男たちは、すでに知っているはずだが、男の強さは見せかけだけで、本当に強いという意味では女のほうが上である。瞬発力だけでなく、生命力から性格、決断力など、総合的にみると女のほうが圧倒的に強い。くわえて一旦開き直ると、女性のほうがはるかに大胆で勇気がある。
                    ―淑女紳士諸君
(201)短距離と長距離
  男は百メートル走者で、女はマラソンランナーだから、恋愛の後半、そして結婚に至ると、男は徐々に負けはじめる。
       ―「本の旅人」(林真理子さんとの対談より)
(202)集中度
  日がな編み棒だけ動かして飽きない女性を見て、女は単純な作業しかできない、と見下す男がいるが、それは裏を返すと、男にはそういう単純作業をできない弱さがある、ということである。
 しかも女性は編み棒だけ動かしているように見えて、その実、心のなかでは一人の男を思い続けていたり、去っていった男への怨念を掻き立てていたり、激しい心の燃焼を繰り返していることがある。要するに精神力の集中度においては、女は男より数段すぐれている。
だから心霊術や催眠術にかかりやすいともいえる。
 そして自分を追いつめ、問い詰める厳しさも、男の比ではないだろう。
                   ―ふたりの余白
(203)決断
  一見、女はぐずぐずしているようにみえるが、それは買物や着るものの選択などの場合で、人生の大きな岐路などでは意外に大胆に決断する。もちろんそれまでには深刻に悩むのだろうが、一度決めると、もはや振り返りはしない。これに比べると男は買物のようなものは簡単に決めるが、仕事や生き方にかかわることについてはなかなか決断がつかず一度決めてからもまた迷い出す。
                     ―何処へ
男は短距離走者で、女はマラソンランナーである。当然のことながら、初めは男が先行するが、中盤から後半は確実に女が抜いて、ゴールでは男はかなり差をつけられて、負けている。

4 性の違い
(204)?と性
 女の?(からだ)はひ弱だが、その性は多彩で逞(たくま)しい。かわりに男の?は頑健だか、その性は直線的で脆弱(ぜいじゃく)である。
                         ―失楽園
(205)軽さの衝動
  浮気願望は男の性のありかたと切っても切れないものですが、その根底にあるのは男と女の生理の違いです。言うまでもなく男の性行為はペニスを勃起させ、射精することで終わります。放出するのと受け入れるという男女の違いは決定的で、ここに性に対するイメージの違いがはっきり現れてきてきます。すなわち放出、外へ撒(ま)き散らかすという感覚の安易さと、それを受け止めて、ときには妊(みごも)るかもしれないとう感覚の重さとはまったく別ものです。
                      ―男というもの
(206)開発される性
  要するに、男の性が初めから一人立ちしているのに対して、女のそれは、しかるべき男性に開発され、啓蒙(けいもう)されて、ようやく一人の成熟した女性となっていく。
                       ―失楽園
(207)無限と有限
  性に対する女のイメージは、無限で末広がりとでもいうか、セックスか妊娠、出産、育児と、ひとつの性行為がかぎりなく未来へ向けて拡大していく。それに対して男の場合は、セックスはそれだけで独立し、それも果てることで終わり、あとは萎(な)えて有限を実感するだけである。
                    ―夜に忍び込むもの
(208)ピエロ
  ベッドのなかでは男がいかに荒々しく振る舞っても、責めたことにはなりそうもない。初めのうちこそ男が責め苛(さいな)んでも、途中から、女はその責めに馴染(なじ)み、気がつくと快楽に身をゆだねている。
 小刻みに体を震わせながらのぼりつめていく妙子を見て、安芸は自分がオスというピエロになっていることに気がつく。
 もはやこれ以上、妙子を追いつめても、そこから先は妙子を悦ばせるだけである。女だけが悦びの坂をのぼりつめ、男の方は疲れ果てていくばかりである。
 だがそうと知りつつ、男はその頂に女を押し上げてることに全力を尽くす。そうすることでしか、男は自分の存在を相手に刻み込むことはできない。
                       ―うたかた
(209)海と小舟
  とやかくいっても、男と女という海の上で動き廻っている小舟にすぎない。怒り叫び、駆けて廻っても、所詮は女の海からは逃げられない。
 年歳をとっても若くても、女体には広大な海のように果てしなさとやわらかさがある。
                        ―化身
(210)理解しあえない溝
  恋し、愛していながら、男と女のあいだには理解し合えぬ溝がある。それは心というより、生理の原点からもたらされた溝ともいえる。そして愛の醒めどきに、それは一層深く、黒々と見えてくる。
                    ―シネマティク恋愛論
女の?はひ弱だが、性は多彩で逞しい。かわりに男の?は頑健だが、その性は直線的でぜいじゃくである。複雑な分だけ、女の性は導く男が必要だが、気が付くと、その男は女を悦ばせるだけの奉仕者となっている。

5 エロスの違い

(211)最高の死場所
 「こうしてなら、死ねるかもしれない」
 「こうして?」
「しっかり抱き合ったまま…‥」
 女の肌につつまれると、男はかぎりなく穏やかに、さして従順になる。そのまま、いつか母に抱かれている少年になり、胎児になり、その先は精液の一滴となって消えていく。
                   ―失楽園
(212)快楽を貧る
  本来、性感に関して男は熟するということがない。女性のように苦痛が快感になり、オルガズムを知るに至るという進歩の過程がない。男にとっては童貞を失って時も、青年期も老年期も、性感そのものに大して変わりはない。性の交渉で男が求めるものは女性の未知なる部分であり、性行為そのものより、そこに到達する手続きとか、その時、そしてその前後の女性の反応の仕方である。
 だが女性は違う。女性は相手の男性が、その瞬間、どのような取り乱し方をするかなどということには関心を示さない。そんなことへ目を向けないで自ら眼を閉じひたすら快感に浸ろうとする。性を熟知した女性には自ら快感を貧るといった感じすらある。
                    ―解剖学的女性論
(213)襤褸とシルク
  情事のきっかけはさまざまだが、最後は常に男が女の軍門に下る形でおわる。
 今度も、初めは男が全裸の女体を睥睨(へいげい)し、居丈高(いたけだか)に漲(みなぎ)っていたものが、結合し、駆動し、相手を揺さぶるうちに、自らも耐え切れず放出し、その瞬間から、雄々しいかった男という山はにわかに緊張を失い、瓦礫(がれき)のように女体の上に崩れ落ちていく。
 これを女の側から見れば、自らの上に君臨していた男が突然、死体となっておおいかぶさってきたに等しい。
 いずれにせよ、この瞬間から、男の?は一片の襤褸(らんる)となるのに反して、女の?は艶やかなシルクに変貌する。
                           ―失楽園
(214)変貌の境界線
  男から見ると、女性の?、とくにエクスタシイというのは、ある種の驚異であり、感動的な変貌です。そこまで忘我の境地になれるということ自体不思議ですが、エクスタシイを経ることによって女性が美しく、かつ柔軟に変化していくことは、女だけに与えられた特権のような気もします。
 それまで、肉体関係があってもどこか堅さやぎこちなさがあったが、エクスタシイを境に、女性の表情は急にやわらかく優しくなり、素直に親密感を表わし、献身的な愛を捧げてくれることもある。同時に、エクスタシイを得たことで女性としての自信もわくのか、どことなく余裕ができ、相手の男性に対して優しくなるだけでなく、周りのひとへもやわらかく接することができるようになってくる。
 こうした女性の変化を見ていると、つくづく女の性は奥が深く神秘的だと思い、改めて感動し、それに比べて、男の性はなんと単純なのだろうと思わずにいられません。
                     ―男というもの
(215)豊饒と虚脱
  それにしても、女がめくるめく快楽のきわみで死を夢見るのに比べて、男は沈み込むような虚脱感のなかで死にとり憑かれるとは、なんという大きな差であることか。
 これこそまさしく無限と有限の性の違いなのか、あるいは新しい生の誕生に加担する女と、射精で生殖に関するすべての仕事を終える男との差なのか。
                      ―失楽園
快楽の頂点で、女はこのまま死にたいと願い、男は射精のあとで、このまま死ぬかもしれないと怯える。

6 結婚観の違い

(216)微妙な影
  結婚が男にとっては、世間的に身を固めることであることに対して、女にとっては一人の男への愛に没頭することになる。
 この形と愛と、優先する順位が異なるところが、その後の二人の関係に微妙な影を落とすことになる。
                        ―講演録より
(217)恋愛と結婚
  一般に女性は男性に比べて、恋愛と結婚を別に考える意識が薄いかもしれません。
 いいかえる女性の場合、恋愛の延長線上に常に結婚があるといってもよく、極端にいうと初めて肉体関係を持ったその日から、女性はその男と結婚することを夢想することもあるようです。
 これに比べると男の愛はもう少し拡散的で、恋愛と結婚は必ずしもつながっているわけではなく、恋愛と恋愛と割り切っている場合が多く、このあたりの食い違いが男と女のあいだでトラブルが生じる、ひとつの原因なのかもしれません。
                     ―男というもの
(218)滲み出る疲れ
 「頭から離れることのできない」というのが、実は大変な負担で、これが積もり積もって疲れとなる。
 たとえば、同じ年齢で結婚している男と、していない男。この二人を比べると、圧倒的に結婚している男の方が老けて見える。服装が派手で、やることも大胆で、家庭なぞ顧みないようにみえても、既婚者には、どこか世帯をもっている疲れが滲(にじ)んでいる。
 同様に、子供をもっている女性は、子供のいない女性より、どこか老けてみえる。いかに仕事に没頭し、子供はお手伝いさんに任せきりでも、どこか母親である疲れが滲んでいる。
 この最大の理由は、頭の片隅に家庭のことや子供のことが残っていて、遅く帰ったり、家事をおろそかにすることに悪いというか、罪の意識を感じている。その申し訳ないという気持ちが積もり積もつて、なんともいえない疲れとなり、老けて見える原因となってくる。
                 ―風のように・忘れてばかり
(219)生きていく知恵
  考えてみると、本当に大事な問題を避けて通るのは、ある意味では人間の知恵かもしれません。少なくとも男たちが夫婦の問題に関して本質を避け、だんまりを決め込むのは、自分たちが夫婦でいる意味は何だろうなどと、本気で考えだし、本音ではぶつかりあうと決定的な亀裂が生まれる可能性があるからです。(中略)
 したがって、夫も妻も離婚するだけのエネルギーや勇気がない場合は、本質は避けて仮面を通すのは、生きていく知恵ともいえそうです。
 実際そのようにして続いる夫婦は少なくないはずで、そういう意味では仮面夫婦というのは、確信犯的な共犯関係ともいえるでしょう。
                   ―男というもの
(220)夫婦の形
  夫が浮気しているのに別れない妻、妻が浮気しているのに別れない夫、こうした夫婦が増えつつあるということは、見方を変えると、夫婦というのはその程度の愛情でやっていける、ということにもなります。
 それほど心が通いあわず、お互い付き合っている人が別にいたとしても、形としての夫婦は維持していける。つまりそれだけ現代の夫婦は空洞化している、と言ってもいいかもしれません。
                     ―男というもの
結婚に当たって、女は愛を優先し、男は形を優先する。いいかえると、女は好きな男性となければ結婚を続けられないが、男は多少好きでなくても、結婚と言う形は保つことができる。

7 愛の違い

(221)主導権
  一般に恋は男が仕掛けて、女を口説くが、ともに燃え、愛が深まるにつれて、女のほうが主導権を握り、男を引きずる形になる。それは愛の流れの定石のようでもある。
               ―告白的女性論(「全集月報」)
(222)肉体関係
  ここをはっきりしておく必要があると思うんですが、ただ一度、肉体関係を持ったというだけでは、男の場合、必ずしも愛ではない。ある程度頻?につながると愛ですけどね。ところが女のほうは、一回とか二回と回数に関係なく、体を許すという時点において、すでにだいたい愛なんですね。
                    ―渡辺淳一クリニック
(223)収斂と拡散
  性において、男は一つの対象に収斂(しゅうれん)せず、時を見て広がっていくのに対して、女は本質的に一点に収斂する。この差があるかぎり、男と女の誤解は消えそうもない。
                       ―桜の樹の下で
(224)男と女の友情
 「しかし、お前たちの関係はわからんね。好きなのか嫌いなのか、恋人なのか過去の男なのか…‥」
 近岡は新しいオン・ザ・ロックをもらってから答えた。
「強いて言えば、友だちかな」
「しかし男と女のあいだには、好き嫌いだけで、友情は成立しないというのがお前の持論だろう」
 「ただ一つ、前に関係があった男と女のあいだのみ、例外的に友情が成立する」
                        ―秋冷え
(225)恋の醒めどき
  かつてあれほど恋し、愛し合った仲でも、歳月が経てばこのように諍(いさか)い、罵(ののし)り合い、まことに恋が醒(さ)めはじめた男と女の喧嘩ほど生々しく、すさまじいものはない。そして挙句(あげく)のはてには、「それでは別れようか」とまでいいだす。一瞬、その場の勢いで口走っただけだと思いながら、振り返ると、もしや本気ではなかったとも思う。
 だがいかに争い、傷つけあったところで、戦いの帰趨(きすう)はすでにみえていた。夫の寛が声高に叫び、相手を罵れば罵るほど言葉は空転し、最後は負け犬となっていく。
           ―君も雛罌栗(コクリコ)われも雛罌栗
(226)母と少年
  女と男が母親と少年という関係になったとき、女は大きな存在となって、男の不実を許すことができる。このことはまた、母と少年の関係をこそが、男と女のあいだを長続きさせる手段であることを、示唆してもいる。
 なぜなら、男と女の関係では、憎しみや嫌悪になるところが、母と少年との間では憐憫(れんびん)と同情に変わるからだある。
                    ―シネマティク恋愛論
男の「君が一番好き」という台詞は、他に二番や三番目も少し好きということの意味だが、女の「あなた一番好き」はほぼ一人を意味する。要するに、男の愛は比較級だが、女の愛は絶対級に近く、そのあたりが男と女の揉める原因でもある。

8 別れの違い

(227)醒めかた
  女性からみると、男ははるかに優柔不断である。「お前は嫌いだ、もう逢いたくない」といっておきながら、しばらくして女性から電話がかかってくると、またのこのこ出かけて行って、逢ったりする。いったん別れると決意したはずなのに、少し女に甘えられるとすぐ気を許す。(中略)
 女は一瞬一瞬、愛への集中度が強いだけに、いったん醒(さ)めたら、その醒め方また早い。それは女性の性格がきついというより、妊娠とか出産という役目を背負った性として、中途半端では生きていけない、必然の姿なのかもしれない。
                     ―ひとひらの雪
(228)オブラートが剥げる
 「とことん話し合ってみたけれど、あんな男(ひと)だとは思わなかった」
 「今度よく話してみたけど、俺とはまったく考えの違う女だった」
 男と女がお互いにいい合っても、そんなことは初めてからわかっていたことなのである。
 いや、わからなかったという人もいるだろうが、それは愛というオブラートで気づかなかっただけである。
 いいかえると、愛というオブラートが剥(は)げると、男と女はただの、わかり合えぬ他人同士、ということになる。
                 −風のように・別れた理由
(229)妥協の先
  男と女の関係は、所詮(しょせん)は妥協の積み重ねである。
 妥協して妥協して、最後にどちらかが妥協しきれなくなったとき別れに至る。
                 ―風のように・別れた理由
女は別れるまではおおいに迷うが、一度、別れると決めたら、もはや振り返りはしない。これに反して、男は別れるとは簡単にいうが、実際は容易に別れず、ただひとつ、男が毅然と別れるときは、後任がいるときにかぎられている。

つづく 第X章 愛の万華鏡