
渡辺淳一著
この章では、
男性の精神と?、
さらにその行動から性の実態まで、
さまざまな角度から考察し、描写された
文章が集められている。
女性に比べて男性はバラツキが少なく、
いわゆる型にはめやすいが、
反面、男性は意外に自らの内面をさらさず、
本音がみえにくい。
ここではその隠された心の内側に踏み込み、
男を理解するうえで参考になると思われるものが、
中心になっている。
1 少年の性
(132)母恋い
男性は常に潜在的意識のなかで、母を求めている。現実に似ていようがいまいが、心の底では、「母なるもの」へ、憧れと安らぎを抱いている。
考えてみるとそれは当然で、この世に生を受けてから、物心つき、自立していくまで、最も身近にいて子供を守り、世話をするのは母親だから、その影響を色濃く受けるのはむしろ当然である。
とくに幼くして母を失い、想像の中で母を美化し、肥大化した子供ほど、母恋いの思いは深い。いわゆる「瞼の母」で、源氏はその典型といってもいいだろう。
―源氏に愛された女たち
(133)無垢の裏側
異性のせいか、母親が男の子を見る目は優しく、少年を純粋で無垢なものだと思い込んでいる。
しかし少年はそんなに純粋でもない。無垢とみえるのは無知の裏返しで、知恵さえつけばいつでも悪いことをする。もし大きくなっても純粋で無垢であれば、その子は知恵がつかぬまま育ったか。よほどの悪知恵に長けた演技者のいずれかである。
―影絵
(134)葛藤始まりの
男の子は中学一、二年生ともなれば、性は生きていくうえで欠かせない重要なテーマとなり、ここからいよいよ、自らの内なる性欲と葛藤する激動の時代が始まるのです。
この時期、男はいずれも自分の内側にとんでもない荒くれた性欲が潜んでいることを、ある日突然実感することになります。
―男というもの
(135)二つの戦い
はっきりいって、若い男の子にとって受験勉強は、学問への戦いであるとともに、性欲との戦いでもある。
ここから先は私の体験であるとともに、かつての友人達、さらに最近のごく親しい若者に確かめたことがあるが、十代の男が終日、机に向かって勉強することは、かなり過酷な作業である。いや見方によっては、刑罰といってもいい。
その理由は、勉強というあまり面白くもないものを延々と付き合わねばならぬ鬱陶(うっとう)しさとともに、肉体の内側からふつふつとしてわき起きる欲情を、必死に抑え続けねばならないという、苦役をともなうからである。
―風のように・忘れてばかり
(136)男の序列
よく母親たちか「どうして、あんな悪い人とつきあうの」と、息子を非難しますが、それは感覚の違いで、お母さんにとって「悪い人」は、息子にとっては「偉い人」であることが多いのです。このあたりは女性である母親には分かりにくい感覚かもしれませんが、男にとっては、ことの善悪とは別に、より強く、より逞しく、より大胆不敵であることが、相手を屈服させ、従わせる条件でもあるのです。
男性だけに通用するこの種の序列は根強く残り、大人になっても引きずることが多いのです。
―男というもの
少年の股間には、自分で抑制のきかぬもう一人の男が潜んでいて、これの制御にエネルギーの大半を費やしている。
2 男の成長
(137)男だって微妙
女の?(からだ)は微妙だというが、男の?も微妙である。
セックスに関しても、ただ若く体力があればいいというわけでもない。肉体の強さもさることながら、精神力なものも微妙に影響する。
たとえば、いかに体力があり余っても、不安や心配ごとがあるとスムーズにいかないし、女体に対する自信のなさや怯(おび)えが、男のものを萎(な)えさせることにもなる。
―桜の樹の下で
(138)初体験
もはや伸夫は完全に冷静さを失っていた。どうすればいいかもわからぬまま、欲望のおもむくままに突きすすむ。
ただ咲子のなかに入るとき、「これで男になるのだ‥‥」という思いが一瞬、頭の端を横切った。
それは、いままで本で読んだり、考えていたことよりはるかに短く呆気(あっけ)なかった。
これが大人達が執拗に求め、憧れるほど素敵で心地よいことなのか。長いあいだ夢みて来たことはこれだったのか。終えてから振り返ると、意外とつまらない、他愛のないことのようでもある。
―影絵
(139)男の開眼
開眼という言葉は男性にもあてはまる。ここでも女性の場合と同じく、男性が童貞を失った瞬間が開眼なのではない。童貞の喪失など、処女の喪失より、さらにさらに小さな問題である。
それより男が驚き慌てるのは、女性もセックスが好きで、結構好色なのだと知った時である。多くの性的に未熟な男性は、男が求めるから、女は仕方なく性交をしているのだと思っている。そして女性にセックスなぞ求めず、淡白を装っておれば、彼女らは満足しているのだと思い込んでいる。
だがこれが男の側からみた一人合点だということが、ある日突然、それこそ目の鱗が落ちたようにわかってくる。
セックスの最中に卑猥(ひわい)なことを求め、喜んでそれに関わり合っていくのは、男だけでなく、女も同様である。いや同じどころか、実は女の方が強く求めている。
これを知った瞬間、男は脳天をまっ二つに割られたような衝撃を受ける。
―あの人のおかげ
(140)悪女の魅力
いずれにせよ、男は若くて純粋なときに、かえって奔放で淫(みだ)らな、いわゆる悪女に憧れることが多い。
この心理は男の子が常に未知で不可思議なことに好奇心を燃やすように、奔放で淫らな悪女は、青年にとっては、やがて進んでいかねばならない未知の社会に似て、好奇心をそそる対象なのである。この場合、自分と相手の隔たりが大きいほど、憧れは一層強まっていく。
―シネマティク恋愛論
(141)堕落への憧れ
「いけない」と百も承知で、そのなかに入っていく。
どうして、そんなに危ういことをするのか、自分でもわからない。
だが強いていえば、一種の堕落への憧れとでもいうべきものかもしれない。このままでは自分が駄目になると思いながら、そのなかに墜ちていく。
もしかすると、この憧れは、男みんな心に秘めているのかもしれない。いけないと言われると、ますますそこに行ってみたくなる。一種の恐いもの見たさとでもいうべきかもしれない。
―桜の樹の下で
(142)男を殺すひとこと
妙なたとえかもしれないが、男を殺すには刃物はいらない。それよりその男と関わり合った何人かの女性が次々に、「あなたはつまらない」と言うだけでいい。
男は、というより、男の性は表面の猛々(たけだけ)しさとは別に、内実はメンタルで、傷つき易い性なのである。
―マイセンチメンタルジャーニイ
(143)性的敗北の不安
一般に男は自ら求めて性的な関わりをもつことが多いので、自分が女性に快楽を教え、与えているという意識を常に抱いています。したがって単に射精するだけではもの足りず、それに加えて、愛する女性に性的な悦びを与えながら、自分の虜にしていく過程に、もうひとつの悦びを見出していく。
要するに、男という性は女をエクスタシイに導いて、はじめて性的充実感を得るという、いささか欲張りで厄介(やっかい)な生き物でもあるのです。
だから彼女が他の男によって、自分が与えるのより大きな悦びを得たとしたら…‥それは男とって大きな敗北です。なぜなら、ことさらに性に執着する男として、その存在価値を根底から否定されたと同じだからです。
この不安を常に持っているからこそ、男は女性の過去にこだわり、結婚するなら、自分と出会うまで処女であった女性であってほしいと願い、求めるのです。
こう見てくると、男の処女願望は男の性のデリケートさというより、未熟な男の自己中心的な願望の所産ということが分かってきます。
―男というもの
(144)女性の好み
若いころ、男が一人の女性を好きになると、年を取っても、そのタイプの女性を追い続けることが多い。
女性の男性へ好みが、ときに信じられないほど変わるのに比べと。男の女性への好は安定しているというか、ブレは小さい。
―源氏に愛された女たち
性に目覚め、女性を知り、それに溺れ、自信を得ていくことが男の成長である。いいかえると、男はそれだけ性にこだわる性的ないきものである。
3 男の浮気
(145)花を求めて
男にはこの種の浮気心はたえずある。特定の愛する女性が居ながら。もう一方で、別の女性へ憧れる。事情さえ許せば、そのまま別の女性へのめり込むこともある。
まことに節操もなく飛び歩く。花を求めて空中を飛び回る蝶(ちょう)のような、当てのなさだが、考えてみると、これこそ男の業そのものかもしれない。
―化身
(146)あんな女
よく夫の浮気相手を知った妻が、「あんな女のどこがいいの?」と著しく自尊心をきずつけられて詰め寄ることがありますが、それは少し意味が違うのです。詭弁(きべん)に聞こえるかもしれませんが、妻よりその女性の方がいいのではなく、妻との関係では得られない緊張感が、その女性の間にあるから燃えた、と考えるべきでしょう。
―男というもの
(147)脈打つ愛
源氏は浮気をしながらも紫の上のことを忘れず、絶えず心配りをし、懸命の言い訳を繰り返す。その失いたくないと思う心がまさしく愛の証でもある。
むろん、そんな虫のいい話は許せないと、女性たちは反撥するが、男が浮気したからといってすぐ、「もうあの人は私を愛していない」とか、「もう彼とのあいだは終わった」などと、悲観的にとらえることはない。
たしかに現実には許せない浮気を重ねても、男の愛がなお深く、脈々と息づいていることがある。その一歩奥の愛を見逃すと、せっかく得た愛(いとお)しい男性を自分から追いやり、突き離すことになりかねない。
―源氏に愛された女たち
(148)妻以外の女性
穏やかだが退屈な結婚生活に飽きたころ、ほとんどの夫たちの目は、外の女性に向けられます。このような男の八割はチャンスさえあれば浮気をすると思っていたほうがよく、残りの一割は珍しく妻とうまくいっていて浮気する気さえおきない男で、他の一割は浮気する勇気もない不能に近い男かもしれません。
その証拠に男同士のあいだでは、「浮気は悪い」といった感覚はあまりなく、友人などが浮気をしたと聞くと、羨(うらや)ましがり嫉妬することはあっても、しなかった自分はよかったなどと思う男は、きわめて少ないはずです。つまり雄という生きものは、常に浮気に憧れ、それがかなう夢をどこかで描いているものです。
むろん最近は女性も浮気に憧れ、夫以外の男性と付き合う例も増えているようですが、数からいえば、まだまだ夫が遊んでいる例のほうが多いと思われます。
―男というもの
(149)愛人に注ぐ愛
男は愛人には具体的な保障を与えてはいないが、かわりに妻の何十倍におよぶ、優しさや親切や寛大さや、情熱的な愛を捧げていると思い、実際、そのように実行していることが多い。
もっとも、この愛の認識はあくまで個人的なことで、妻に与えているものは法的に保障された妻の座として、はっきり見えるのに対して、愛人が得ているものは極めてプライベートで精神的なものであるだけに、見えづらいといってもいいでしょう。
しかし多くの男たちは、妻に与えている保障と同じくらい、あるいはそれ以上に、愛人に与えている精神的・肉体的な貢献も大きいと思います。両者を比較すると同じくらいか、むしろ、現実の大変さからいうと、愛人に与えているもののほうが大きいのに、どうしてそんなに不満を訴えるのか。これが浮気している男だけに通用する理屈でもあるのです。
―男というもの
(150)愛するエネルギー
一人の女を好きになることは、こんなにも疲れるものなのか。(中略)それにして、昔はこんな面倒なことをよくやったものである。
どうやら一つの恋愛をすることは、一つの大仕事をするより疲れるものらしい。
年齢をとり、恋ができなくなるのは、分別がつくとか馬鹿らしくなる、ということより、根本的にエネルギー自体が枯渇(こかつ)してしまうことにあるらしい。
―北都物語
しかるべき経済力と自由度とチャンスがあれば、ほとんどの男は浮気する。もししない男がいれば、ごくごく稀な愛妻家か、女性に迫る勇気まではない、精神的な不能者である。
4 男の欲望
(151)死闘の原動力
「男があくせく働くのは、とどのつまり、いい女を捕まえて、自分のものにするためで、これは自然界のすべてに共通する。オスは懸命に餌を獲り、邪魔になる相手を倒して、最後に得ようとするのはメスの体と愛情だ。それが欲しいばかりに飽きもせず延々と死闘をくり返す」
―失楽園
(152)飢えた獣
そう、男の愛は食欲に近い。男の女への優しさは、性欲を満たすためのカモフラージュにすぎない。
満たされるまで、男は親切のかぎりを尽くし、満腹したら途端に掌(てのひら)を返したように冷淡なる。
―シネマティク恋愛論
(153)いつも考えている
男たちはみないつも考えているんです。どうやって嫌みなく女を誘うか‥‥。それはもう、みんな知恵を絞っているわけで。だから恋愛をすると、絶対に頭がよくなるね(笑)。
―「本の旅人」(林真理子さんとの対談より)
(154)性的魅力
たかが性的に魅力がなかっただけで、と首をかしげる人も多いかもしれないが、男女の結びつきにおいて、性の問題は大きく深い。
とくに男にとって、魅力のない秘所をもった女性と交わり、愛し合うことは性における快楽は薄く、常に欲求不満が残るだけに気が重い。さらにそれを強要されたら逃げ出したくなるのは、性的に魅力のない男性と関係せねばならい女性の苦痛を考えれば、容易に想像がつくだろう。
ここで改めて記しておくが、男とて、女性の外見さえよければいいというものではない。それに加えて、性格や雰囲気とともに、肉体的な問題も大きく影響する。
いや、男は勝手ないい分と聞こえるかもしれないが、なまじっかな外見より、こちらのほうが重要でさえある。
―源氏に愛された女たち
(155)男の野心
過去に親しかった男性や同窓会で再会した男性が「ひさしぶりに会おう」などと連絡してくるのは、あからさまにしないにしても、性的関係をもちたいという下心がないとはいいきれません。女性のほうは、なんとなく懐かしいくらいの気持ちで会いに行くでしょうが、男性の心の裏には、性的関係を持ちたいという野心が潜んでいることが多いものです。
したがって会うことには応じたのに、性的関係を許す気がないと知った場合は、急速に冷たくなり、ときには、気だけ持たされてと逆に恨まれることになりかねません。
むろんすべてがそうだというわけでもありませんが、男の優しさの裏側には、その種の願望が潜んでいることが多いので、女性のほうも余計な誤解を招かないように気を付けるべきでしよう。
―男いうもの
(156)油断できない
女性の妊娠可能な年限にくらべて、男性のそれははるかに長くて、十四、十五歳から、人によっては六十から七十代でも妊娠させる能力を持っている。
もちろんこれは個人差があるが、相手の女性はいずれも二十代の若いケースが圧倒的に多いようである。
要するに、オスはいくつになっても自分に油断できない、ということである。
―新釈・びょうき辞典
懸命に働き、地位を得て金を得る。その目的はただひとつ、女にもてて、素敵な女性を自分のものにすることで、原点を探れば、自然界のオスがしていることとなんら変わりはない。
5 男の夢
(157)夢のなかみ
正直いって男が女に抱く夢のほとんどは、性に関わる淫(みだ)らで妖(あや)しい夢である。
―講演録より
(158)さらなる刺激
愛の刺激は、ひとつを体験するとそれが当たり前になり、さらに次の強い刺激が欲しくなる。
―失楽園
(159)闇の中へ
指と秘所を遮(さえぎ)る衣類があるからこそ、指はさらに大胆に動き、梓も安んじて成すにまかせているのかもしれない。そのまま指は一段と精緻(せいち)に動き、やがて股間が軽く汗ばむ気配を感じるとともに、梓が軽く身をよじる。
素早く滝野が盗み見すると、梓は顔を窓に向けたまま目を閉じ、口だけ軽く開いている。
たしかに梓はいま感じている。その瞬間を逃さぬよう、指先をさらに深く沈めると、どこからともなく梓の手が伸びてきて、滝野の指をしかと抑えてつぶやく。
「やめて‥‥」
瞬間、電車は長いトンネルに入り、淫らな二人はそのままトンネルを驀進する轟音と、車窓を埋める闇の中にとりこまれる。
―かりそめ
(160)男冥利
いま目の前に並んでいる二人の女性を、自分は知っている。それも名前とか顔といった表面だけでなく、もっと女の奥深いところまで見届けている。
たとえば二人だけになったときに、母の菊乃がどんな声を洩らし、どんな表情をして乱れるか。そして涼子の白い陶器のような肢体(したい)や、芽生えはじめた感覚の鋭さも。
それらは、二人が遊佐だけに見せた秘密であり、遊佐だけが?で知った実感である。
その秘密は、どんなに親しい親娘同士でも、知ることはできない。
さらに会話を続ける二人を見ながら、遊佐は自分が彼女らを操っているような錯覚にとらわれた。
二人を手玉に取るというわけではないが、二人が自分通してつながっている。
一瞬、遊佐は「男冥利(みょうり)」という言葉を思い出した。
もしそういうものがあるとしたら、いまこの状態が、まさしくそれに違いない。
―桜の樹の下で
(161)孔雀の夢
伊織は白日夢を見ていた。
眼前に霞がベッドに手をついて男を受け入れている。通夜のために着てきた着物の裾は腰までまくり上げられ、その下から二本の肢が見える。夕暮れが近づいた部屋はカーテンで閉ざされ、仄暗(ほのくら)いなかで、白く浮き出たお臀(しり)が前後に揺れる。
以前、伊織はこれと同じ情景を想像したことがあった。美しくて慎しやかな女に、この体位を強要する。初めのうち女は拒絶し、何とか逃げだそうとするが、執拗に迫られるうちに、女は羞恥心に震え、顔を突っ伏せながら受け入れる。初めはおずおずながら、やがてその被虐の体位と快楽にたまらず自ら燃えだして下半身をうち震わせる。
そんな情景を眼下に見下ろせたら男冥利につきる。おそらく無数の男のなかで、生涯に一度でもその快楽を体験したものは何人ぐらいか。一パーセントか、あるいはそれにも満たぬかもしれない。これこそまさしく男の夢に違いない。どんな真面目な男でも、いかに慇懃(いんぎん)な男でも、一度はそうしたセックスを夢み、憧れる。
―ひとひらの雪
(162)溺れる二人
このごろの梓は、自分の方から燃えてきて、滝野の体に唇を這(は)わせ、男性自身を眺めて弄(もてあそ)び、自ら欲しい形を求めて迫ってくる。
たしかに最近の梓は、助平としかいいようのない燃え方をする。
外見はそんな気配もかけらもないが、二人だけになると、想像もつかないほど、激しく妖しく乱れだす。
だが滝野はその梓の、秘めた助平さを、なによりも愛している。
男と女が究極を求めて溺れいくのはただひとつ、目をおうばかりの助平という名の色事である。
―かりそめ
(163)親密な仲
ともに乱れて果てると、乱れた分だけ、二人のあいだはまた近づく。むろんその気持ちのなかには、あれほどの姿態を見せ合った仲だからという甘えと開き直りもある。
―失楽園
地位も権力も名声も、それぞれに夢見るが、その奥で男がさらに夢見ているのは、最愛の女性と淫らなかぎりを尽くした性の饗宴である。
6 男の本音
(164)遊びと結婚
遊びならともかく、結婚ということになると、男は途端に堅実になり、保守的になる。
―源氏に愛された女たち
(165)踏みきるとき
男が結婚へ踏み出すのは、必ずしも相手の女性を愛しているのではなく、他にいろいろ精神的、、社会的な必要性に迫られて決断するというわけです。
したがって、つきあっている男性から「結婚しよう」といわれたたとき、「彼は私のことを愛しているから、結婚を望んでいるのだ」と単純に考えず、その他のいろいろな理由も含まれているのだと、少々割り引いて考えた方が無難かもしれません。
もちろんだからといって、そういう態度を打算的とか功利的だと責めるべきではなく、結婚というのは、そうした現実を踏まえたうえで繰り広げられる約束事だと考えるべきでしょう。
―男というもの
(166)手綱さばき
「しかし、初めから甘やかすのも考えものだぞ。女はAを与えるとBを、Bを与えるとCをというように、欲張りで、果てしないからな」
たしかに経済的な面はもちろん、性においても、女の欲望は次々にエスカレートしていく。それをどのあたりでとどめて満足させるかのか。そのあたりの手綱さばきが、女の付き合っていくときの要点かもしれない。
―化身
(167)妻へのプライド
男は常に自分が一番でいたいと願うもので、とくに妻に対しては自分が優位でいないと気がすまない。妻にするなら素直で従順な女性がいいというのもそのためですし、できれば妻には家に居てもらいたいという思うもの、妻を家庭に閉じ込めておくほうが自分が一番になりやすいからです。子供っぽいといえばそれまでですが、自信のない男に限ってプライドが高く、自分が傷つくことを恐れています。
―男というもの
(168)中高年の本音
独身女性とつきあっいる中年男性の大半は、恋も大切だけど、それと同じく、会社での地位や名誉も大切で、ときにはそれにこだわるあまり、せっかくの恋を断念することもないとはいえません。いいかえると、自分の社会的な立場を危うくしない範囲で女性と付き合いたい、というのが中年男の本音でもあるんです。
―男というもの
(169)プライドの裏
もともと男とは自尊心が強く、表面は突っ張っていながら、心の底では常に自分の意見を聞き入れ、励ましてくれる人を求めている。多少の美徳や知性の有無より、まず自分を立てて、従ってくれる人を待っている。
―源氏に愛された女たち
(170)結婚は終焉
結婚は青春の終焉(しゅうえん)である。
多かれ少なかれ、男は心の底ではそう思っている。
―男というもの
男は自尊心が強くプライドが高い生きもので、これを揺さぶられたときに最も反撥し、打ち砕かれてたときに最も深く落ちこむ。いいかえると、自尊心とプライドをくすぐれば、男を巧みに操ることもできる。
7 愛育する喜び
(171)変貌
男が女を愛する喜びの一つは、自分の力で女性を変えたことを実感することである。
―うたかた
(172)自分好み
一般に、男は愛育願望があり、これと目をつけた女性を、自分好みのタイプに育てたいと願っている。
―源氏に愛された女たち
(173)花開く
最愛の女性が性の悦びに目覚めていくのを確かめることほど、男にとって楽しく、誇らしいことはない。
初めは頑なで蕾のように稚かった?が、徐々に緊張を解き、柔軟さを増し、やがて大輪の花のように咲き匂う。その女として花開く過程に関わったということは、とりもなおさず、その女性のなかに深く、自分の存在が植え付けられた証しになる。少なくとも男はそう信じ、そのことに生き甲斐ともいうべき満点を覚える。
―失楽園
(174)駿馬を駆る馭者
だが絵梨子は、塔野に?を許しているのである。それも一度ならず数度、その度に絵梨子の体は確実に目覚めてきている。
初めの時は、少し辛そうに、ただ眼を閉じていただけだが、このごろは最後に近づくと自分のほうからしがみついてきて、小さな声すら洩らす。
あの乱れ方はたしかに自分が教えたものである。少しずつ、なだめすかしながら、じゃじゃ馬が女に変わっていく。生意気な口を利きながら、少女のような体が次第に目覚めていく。
その絵梨子の?を作り変えているのは自分だという自負が、塔野にはある。自分は美しい馬の馭者(ぎょしゃ)だと思い納得する。
―北都物語
(175)付加価値
もともと性の快楽そのものが薄い男達は、行為そのものより、それに関わるさまざまな反応のほうに関心を抱く。それは愛する女性の燃えていく姿であり。声であり、表情である。それらが万華鏡のように変化しながらゴール目指して駆けていく。それを知り、実感してこそ、男は初めて?と心と両面から満たされていく。
この求め方は、例えばさほど内容のないものにさまざまな付加価値をつけて、売りつける商法に似ているかもしれない。
―失楽園
(176)求める言葉
「よかった?」
いまさらたしかめるまでもなく、つい少し前までの妙子の反応を思い返せば、おのずからわかることである。
だが、安芸は言葉でたしかめてみたい。男はそういうことで、満足を確かなものとする。
妙子はゆっくりと頷き、それから低くつぶやく。
「とっても‥‥」
男の性は、その一言を聞くために全身のエネルギーを費(つか)い果たし、滅びていくようなところがある。女のそうした言葉で、男はさらなる自信とその女性への愛着を深めていく。
―うたかた
強く力のある男は、多くのお金と時間を費して、若く稚い女性を自分好みに愛育する願望を抱く。なんと馬鹿なことをと呆れる女性もいるが、女はそういう無駄なことをしないところが、男との違いでもある。
8 男の弱点
(177)自己満足
男は一瞬の台詞に酔うときがある。自分一人でロマンチックな気分に浸り、酔うままに見境いもなく重大なことを引き受けて、あとで後悔する。
―何処へ
(178)男の見栄
「虚栄心」というと、すぐ「女の虚栄心」を思い出すが、「男の虚栄心」も馬鹿にならない。単純な強さからいえば、女のそれより男の虚栄心のほうが強いかもしれない。
ただ、男は見栄の表し方がいささか屈折していて、女性のように素直に、露骨に表さない。表向き、「男の意地」とか、「男の義理」といった言葉で誤魔化して、その実やっているのは、見栄の張り合いである。
―遠い過去 近い過去
(179)保守的
本来、男というのは臆病で保守的な生きもので、それだけに既存の生活を壊すことは容易にできない。
たとうば、妻に他に男性の影を感じても、直接問い詰めたり。怒鳴りちらすことはあまりない。めろん心の中では怒っているが、それを表にだして下手に肯定されては怖いという不安もある。子供が居たりすればなおのこと、離婚するまでの決心はつきかねる。
―告白的女性論(「全集月報」)
(180)妻の浮気
妻の浮気をはっきり知ったとき、夫たちのほとんどは間違いなく狼狽(ろうばい)し、口惜しさとともに怒るでしょう。ただここで面白いのは、その怒りの強さは、妻を愛していようがいまいが、あまり変わらないという点です。いいかえると、その怒りは、自分のプライドを傷つけられたことが、まず問題であるからです。
―男というもの
(181)引退の花道
「男はつらいよ」ではないが、男にはこの種の引退の花道がない。仕事に疲れ、生きていくのが辛くなっても、結婚という形で逃げるわけにはいかない。(中略)
もし、男たちも結婚という逃げ道があったら。なんと救われることか。
これも男尊女卑、男性社会で威張ってきた報い、などという女性もいるそうだが、これはなにも日本に限ったことではない。欧米でも、男は誰と結婚しても、たとえ大富豪の女性と結婚しても、某女史の夫として、家庭に入るわけにはいかない。
たとえ本人がその気で家庭に入ったとしても、まわりの人たちが認めてくれない。
このあたりは、社会制度の問題というより、男と女の生き方そのものに関わる、基本的な
違いと言った方がよさそうである。
要するに、女は、結婚した男と女になれるけど、男は永遠に結婚した女の男にはなり切れない。
―風のように(「週刊現代」)
(182)捨てられた男
どんな年齢の男にも純愛はあり、懸命に愛して捨てられることがあり、女のためにあらゆることを尽くしても一願だにされず、口惜し涙にくれている男たちがいることも事実である。
ただ彼らは大声で叫ばない。
なぜなら、叫んでも世間からなんの同情も得られず、逆に「馬鹿な男」と言われるだけであることを、知っているからである。
―淑女紳士諸君
(183)女ごときに
女一人ごときに振り廻されるから男なのである。女に逃げられても慌てふためかないようでは、男とはいえない。
―何処へ
男は根は保守的で、そのくせいっときの感情に酔って見栄を張り、いい恰好をしてみせる。要するに情に脆く、泣き虫なのだが、それを見せずに強がる分だけ、心も体も疲れて弱っている。
つづく
第W章 男と女のはざま