亀山早苗著
セックスは男がリードするもの?
相手のシグナルを読めない男たちは
前章でも書いたように、どんなセックスにも嫉妬と葛藤が伴う。男女のカップルであっても、同性カップルであっても、それは変わらないのではないだろうか。ただ、同性カップルがお互いの性感やそこにまつわる感情を分かり合えるのに比べて、やはり異性のカップルには誤解や思い込みがつきまとう。
さらに、同性同士よりもセックスについて話し合いにくいという気持ちもあって、葛藤は、より大きくなるような気がする。
もちろん、「男はこういうもの」「女はこういうもの」という従来の「男女のあり方」に納得しているカップルなら、とりたてて問題は起こらないかもしれない。
ところが、今は、女性側のセックスに対する意識がかなり変化している。内心では、彼とのセックスが面白くないと思っている女性たちも多い。だが、それをきちんと言葉にして言えない女性はまだまだたくさんいるし、男性も、女性が積極的に、セックスについて話すのをよしとしない。
どうやら男性は、女性が性欲を伝えると、自分が責められているように感じるらしい。それはとりもなおさず、セックスにおいては男がすべての主導権を握り、女性はそれを享受するべきという図式があるからではないだろうか。
セックスにおいて、思い込みや誤解が多ければ多いほど、そこには軋轢(あつれき)や葛藤が生じていくはずだ。
中島絵里香さん(三十四歳)は、こんな経験をしたと、苦笑しながら話してくれた。
「一年ほど前、ホテルでふたりきりになったのに、なかなか手を出してこない男性がいたんです。彼とは、友だち関係だったんですが、酔って、ついホテルに行ってしまった。私は彼のことを気に入っていたので、深い関係になってもいいと思っていました。それなのに、彼は、あれこれ理由をつけて、部屋の中をうろうろしている。
私はその状況に耐えられなくなって、彼が着替えを始めたときに、後ろからいきなり、彼の下着を下してしまったんです。私の意図としては、そこで少し緊張感をほぐして、彼が、『何をやってんだよ!』と笑ってくれれば、その後の展開が、彼にとっては楽になると思った。
そう考えた末の行動だったんです。でも彼は、私をどんと突き飛ばして、『そんなに男に飢えているのか』と叫ぶなり。バスルームに、こもってしまったんです」
絵里香さんはしばらく待ったが、彼は出てこない。三十分ほどして、彼女はバスルームのドアーをノックした。
「私もバスルームを使いたいんだけど、って、妙に敬語を使ったりして。そうしたら、彼は出てきて、無言のままベッドに潜り込んでしまった。私がお風呂に入って出てきても、彼はベッドの中で丸くなっているだけ。翌朝、起きたら、彼はいなかった、というオチがつくんですけど」
もちろん、彼との関係はそれっきり。翌日、絵里香さんが彼の携帯電話に電話をかけてみると、電話は着信拒否されていたようだという。彼女にとって、それは相当ショックだった。
「『男に飢えているのか』という言葉には、けっこう傷ついてしまいましたね。三ヶ月くらいは、誰にも言えなかった。ようやく傷が癒えてから、別の男友だちにその話をしたら、
『男っていうものは、やっぱり自分がリードしなくちゃいけないと思っているから、そういうことをされると傷つくんだよ。傷ついたから、とっさに向こうも、あなたを傷つけるような言葉を吐いたんだと思う』と真顔で諭されました。
相手は私より年下だったから、分かるような気はするんですが、その日、深い関係になることは暗黙の了解だと思っていたんですよね。なんたって、ふたりで泊まったのだから、しかも。『泊っていかない?』と言い出したのは、彼のほうなんですから」
おそらく、彼はどうやって手を出して、どうやってセックスに持ち込むのか、段取りを一生懸命考えていのだろう。ただ、絵里香さんが言うように、その段取りでは、すべてが暗黙の了解ではないのだろうか。
ふたりきりで部屋にいるのだから、後はなるようにしかならないはずなのに、そこから何時間もだらだらと時間が過ぎていけば、女性だって性欲が萎えてしまう。ちなみに彼の下半身は別人格だったらしく、準備万端だったと絵里香さんは証言する。それなのに、その先に進まなかったのはなぜなのか。
「いやあ、そういう女性の気持ちはわかるけど、僕はその男の気持ちがよくわかるなあ」
大きく頷きながらそう言うのは、角野聡さん(三十七歳)だ。
「女性は、『今どき、男がリードしてセックスに持ち込まなければいけないと考える必要はない』と思っているんでしょう。もちろん、女性側から、『エッチするのはOKよ』というサインは、ほしいんです。
でも、具体的にどう攻めるかは、男にイニシアチブを握らせてほしいんですよね。きっと部屋に入ったら、女性のほうに、『早くしようよ』っていう雰囲気があって、男は引いちゃったんでしょう。そういう微妙な雰囲気というか、微妙な殺気を感じ取ると、男って下半身は準備できていても、心は準備できない。
むしろ気持ちだけが萎えていくんですよ。そんなときに、いきなり下着を下ろされたら、まるで襲われたような気分になると思う。そういう男の繊細さをわかってほしいんだけどなあ」
角野さんは、まじめに、懇願するように訴えた。しかし、彼がなかなか手を出してこないから、弾みをつけてあげただけではないか、と私は絵里香さんの擁護をした。
「それでも」
角野さんは、天を仰いで呟く。
「彼はきっと、切なかったのだろうなあ。下着を下ろされたとき、下半身がその気になっているのも彼女に見られたわけでしょう? そんな切ないことってないですよ」
それでも私は、やはり絵里香さんを擁護したい。彼女はホテルに行く段階で、すでにOKのサインを出しているのだから、部屋に入ったら、すぐにでも抱きしめるのが男たるものの役割ではないか。
セックスに至る道のりで、お互いのサインを読めないほど、寂しいものはない。たとえば知らないもの同士でも、目が合った瞬間、相手が自分を欲していると感じたら、こちらからも当然、サインを送るものだ。眼は心の窓。相手の欲望を察知し、こちらの欲望を伝える。そういうことがあるから、ロマンチックな一夜の関係と言うのは成立するわけだ。
すべての一夜の関係が、必死の言葉の攻防の末に起こるものではないだろう。一夜の関係に限って言えば、男が女を口説いて口説きまくって、というケースもあるだろうが、目が合った瞬間すべてを察して、というのもなかなか素敵ではないだろうか。
現実的には相手が危険人物ではないか、性感染症の問題は、といろいろ気になることが出てくるが、少なくとも目が合った瞬間、お互いの欲望を察知し合うということはあり得る。
男と女は「暗黙の了解」が大切
一夜の関係に限らず、セックスは男がリードしなければいけない、という思い込みは、男女ともに、持っているようだ。だがそもそも、男が言い出して女が承諾する、というのは、形式上のことではないだろうか。そのときすでに、女性は「勝負下着」を身につけていたりするのだから。
つきあっている仲であれば、そろそろ深い関係になるかどうかは、お互いの「暗黙の了解」があるはずだ。それを見越して、女性はとっておきの下着を身につけているのだ。だが、女性がその気でいるにもかかわらず、男性が言い出せなかったら?
あるいは、男性は、あと数回デートしてからと思っているのに、女性はもうそろそろ深い関係になりたいと望んでいるとしたら?
そんなケースでは、女性から誘うしかないのではないか。何の意思表示もしないまま、家に帰ってから、「彼が誘ってこないのは私に魅力がないからだろうか」と悩むくらいなら、食事のあとのお酒の席で、彼の太ももをそっと手を這わせてみればいい。
セックスしたいという意思表示は、言葉に頼らなくてもできる。自分から意思表示をするとなると、男に慣れた女なのではないか、欲求不満な女なのではないかと思われるかもしれないという心配がよぎるだろう。
だが、もはや「何も知らない純情な女」を気取る必要があるのだろうか?
日本の男の幼稚さは、世界的に有名だ。若い女性がもてはやされるのは、その顕著な例だろう。若さに価値があると思っているのは、大人の女だと太刀打ちできないという、男の心理の表れではないだろうか。
ヨーロッパでは、男性が女性に年齢を聞くことはまずあり得ないという。年齢など関係なく、
「相手が何を考えているか」「どういう人間か」「自分にとってセックスアピールがあるかどうか」が問題となると、ヨーロッパに住む女友だちは、口をそろえて言う。
だから男は生涯、「男」であり続けようと努力するし、女も、シワがあろうが、自分に自信を持って堂々と「女」であり続けている。
日本では、ある程度の年齢になったら、「恋愛」や「色事」を引退しなくちゃいけないような風潮がある。わび、さび、枯れるということには日本的な美意識があるが、こと男女の関係においては、枯れる必要はない。男女であり続けないのは、成熟した社会ではないという気がしてならない。
女も欲求を素直に出していいものか?
セックスについての思い込みや神話によって、女性たちが葛藤を覚えさせられている場面はまだまだある。
「私、初めてセックスした人に、フェラチオをしたかったのです。彼のこと好きだったし、私はフェラチオ自体も好きだから。そうしたら、彼にふられてしまったんですよね」
井上景子さん(三十三歳)は、半分捨て鉢のように笑いながらそう言った。聞いた私も思わず笑った。相手も三十代の男性だったという。
彼とは、三ヶ月つきあい、キスだけの関係だった。もうそろそろ、と思ったが、彼はなかなか誘ってこない。景子さんは業を煮やして、デート帰りに酔ったふりをし、彼にひとり暮らしの家まで送ってもらった。いつもなら彼は部屋に入ってはこないのだが、その日は、ひとりでき歩けないくらい、酔っている芝居をした。
「私を寝かしつけて帰ろうとするから、『帰らないで』と叫んで、彼を押し倒したんですよ。彼も興奮したのか、ようやくそういう雰囲気になった。彼、とっても丁寧に愛撫してくれたんです。
すごく気持ちがよかった。だから私も、彼を気持ちよくさせたくて、体制を入れ替えて、彼のペニスに唇をはわせた。彼は『あっ』て、気持ちよさそうに呻き声をもらしたんですよ。
それなのに、次の瞬間、『やめろよ』と叫んで、また態勢を入れ替えて、いきなり挿入してきた。私にしてみたら、『何で?』という感じでした」
それから数日間、彼からの連絡は途絶えた。彼女が電話しても、留守番電話になっている。一週間後、彼からようやく電話がきたのだが、それは別れを告げる電話だった。
「いろいろ話したんですが、彼の言い分としては、『セックスに積極的な女性にはついていけない』と。『最初のエッチでフェラチオをされて、びっくりした』とも言っていました。えー、みんなしないのって、私の方がびっくりしましたけどね。
二十代前半の楚々とした女性ならわかるけど、お互いに、三十も超えてるんだから、最初から技を見せ合ってもいいじゃない、と私は思いました。
確かに、若い女性向け雑誌のセックスの記事には、最初からフェラチオしないほうがいいという内容がまことしやかに書かれている。遊んでいる女にみられるから、というのがその理由だ。
だが、景子さんの言うように、お互い三十歳も過ぎていれば、話は別だろう。彼はおそらく、女性に過大な幻想を抱き、自分の理想の女に、目の前の女性を当てはめたがるタイプではないだろうか。
「性の不一致は性格の不一致だから、彼とはたぶん別れた方がよかったと思うんですが、それ以来、ちょっと悩みましたね。私はセックスって、ある意味で『真っ向勝負』だと思っているんですよ。
フェラチオをする、しないで、『女らしさ』みたいなものを計られるなんて、どこかおかしい。相手を愛おしいと思うからこそ、性器に口を近づけるわけだから、その気持ちを汲んでほしいですよね。しかも、テクニックの出し惜しみは、相手に対して失礼だと思うんですよ」
景子さんの認識に、私は全面的に賛成するが、もちろん「そう思わない」という男女も多いだろう。ひょっとしたら、年齢には関係ないのかもしれない。
オーラルセックスに関しては好き嫌いがあるし、ふたりの間での好みもあるだろう。
もし、女性がどうしてもしたくないと思うならしなければいいし、フェラチオ大好きという人は最初からすればいい。
相手への思いやりとして、彼がされたがっているからしてあげようと思うならそれでいい。オーラルのみならず、セックスに関しては、すべての基本がそれだと思う。
つまり、セックスというのは、非常に個人的な問題なのだ。初回だからこういうことはしないほうがいい、したほうがいい、というような「共通認識」をもつことに、何の意味があるのだろう。
最初のセックスをつまらなくするだけではないのか。そういった、セックスに関する思い込みが多ければ多いほど、お互いの「個人としての魅力や人間性」を見誤る危険がある。
男が感じるプレッシャー
いざベッドの上でのことになると、男性は非常に緊張するようだ。
「まず、女性の髪などを撫でて、いい雰囲気を作る。彼女の反応を見ながら愛撫して、それがすんである程度、彼女が濡れているとわかったら挿入して、体位は二度くらい変えた方がいいのだろうか、いつ変えればいいのだろう、
彼女は本当に感じているのだろうか、ヤバイ、先にイッちゃいそうだなと本当にいろいろなことを考えながら、男は頑張っているんですよ。
つきあい始めた彼女と、ひょっとしたら明日あたりそういう関係になるかもしれないと思ったら、一晩中、真剣にシミュレーションしちゃいます」
これは二十代前半の男性の意見ではない。三十歳、川島義弘さんという男性の声だ。名前を聞けば誰で知っている有名企業につとめ、背も高くて感じのいい男性で、とてもモテそうなのに、ことセックスとなると、まったく自信がないと嘆く。だから、あるパターンでセックスするしかないという。
気持ちは分かる。だが、それこそが、「パターン」への落とし穴。そうやっているうちに、相手の反応を注意深く見ることを忘れてしまい、男性は自分のパターンにはまっていく。中には、自分のやり方に酔ってしまっているような男さえいる。
自分のやり方に固執するあまり、時と場合によって、あるいは相手によって柔軟に、セックススタイルを変化させることができなくなってしまう。
確かに通常のセックスの場合、男がペニスを挿入しなければ終わらないという形態上、どうしても男性がイニシアチブをとっているように見えるものだ。しかし、当事者として考えてみたら、どちらがリードしているかわからない。実は、男がリードしているように仕向けている女性も多いのではないだろうか。
体勢を入れ替えるときだって、女性が体を浮かすなり動くなりして、体位を替えたがっていることを男性に察知させるケースもあるだろう。
どちらがリードするというものではなく、阿吽の呼吸で、協力してお互いの快感を引き出そうとするのが、セックスの醍醐味ではないかと思うのだが。
最初のセックスで、お互い協力しあえたという感触があれば、「この人とは相性がいい」と感じられるのではないだろうか。
リードしなくちゃいけない、というプレッシャーに押しつぶされている男性は、とても多い。話を聞くと気の毒になるほどだ。
セックスを学ぶ場がない
先ほど川島さんはこうつぶやいた。
「男って、テクニックを学ぶ場がないんですよ。昔から、近所のおねえさんとか、あるいは赤線の女性なんかが仕込んでくれたのかもしれないけど、だから僕らは、アダルトビデオが正しいと思い込んじゃうのかもしれませんね。
僕も、ずっとアダルトビデオを見ていて、女性はあんなふうに、喘いだり悶えたりするものだと思っていたんです。最初にセックスしたのは、大学生のときだったんですが、同じクラスの女の子としてみたら、全然違ってた。でもそれは、彼女にも経験がないからだろうと思っていたんです。
ところがその後、誰としても、ビデオみたいな反応はなかなかしない。二十代後半になって、ビデオと現実はかなり違うと、実感するようになった。そうなると、じゃあ、自分がしていることは本当に正しいのか、これで女性は感じているのか、とどんどん自信がなくなっていって‥‥」
アダルトビデオでおこなわれているセックスが普通だと思っているため、顔に射精したがる男が多いという。以前は、若い女性たち四、五人に話を聞いたら、全員、「最初のエッチで、顔にかけたがった男がいた」と、困惑した表情で話していた。
顔に射精するのが異常だとは思わないが、射精するときは顔にかけるのが普通とだと思っていたら、大間違い、顔にかけられたあげく、精液が目に入り。結膜炎を患う女性が増えている、と医者に聞いたことがある。
そういった危険性を承諾の上で、男が「自分の嗜好を満たすために」やっているとは思えない。ただの無知なのだ。ビデオを、無条件で信じているのだろう。だからこそ、女性たちは、彼らにきちんと自分の感じるところを伝えていかなくてはいけないと思う。
前の彼女と、今回の彼女とは、感じるところが違う、感じたときの表現が違うとわかれば、男性たちも考えるようになるはずだ。
年上の女性とセックスの関係をもったことで、自分のやり方が間違っていると知ったという男性もいる。
「学生時代、家庭教師先の人妻とそういう関係になっちゃって…‥。そのとき、その人妻にいろいろ教えてもらいました。それまでは僕もアダルトビデオのイメージが強くて、男は、さっさと挿入して、がんがん動かなくてはいけないんだ、そうしないと女性は気持ちよくならないんだ、と信じているところがあったんです。
だけど、感じ方には個人差があるし、同じ女性でも、その日の気分によって優しくされたいときや多少乱暴にされたいときなど、いろいろある。
それは、人妻とつきあってみて、初めて知りました。彼女に言われたことは印象に残っているのは、もし反応が読めないのなら、愛撫しながら『もっと優しくする?』『強くする?』と聞いてみなさい、ということですね。
本当は反応ですべてを読めればいいんだけど、なかなかそうはいかない。それなら彼女の耳元でそっと呟きながら聞いてみろ、と。これは非常に参考になります」
安田賢一さん(三十五歳)は、そう言った、その人妻とつきあってから、彼はようやく、セックスというものを知った気がするという。
「こうすればいいんだ、と勝手に思っているのは非常に傲慢。お互いに、どうしたら気持ちいいかを伝え合う、それが大事なんだとわかりました。伝え合えないセックスは、寂しいですよね。伝え合えない関係だということなんですから」
その他にも、男性には、「セックスが下手だと思われたくない」「前の男と比較されたくない」など、いろいろなプレッシャーがあるようだ。かつて、女は処女がいいと豪語していた男性もいるが、あれは他の男と比較されたくないという気持ちの裏返しだろう。自信がない男ほど、そういうことを言うものだ。
つづく
第9 勃起への不安、ペニスの問題