女性に比べて、男の嫉妬はもっとあっさりしているのかといえば、そんなことはない。実は、男の方がずっと嫉妬深いのではないだろうか。

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第6 男の嫉妬はもっと複雑なもの

本表紙 亀山早苗著

男の嫉妬はもっと複雑なもの

 女性に比べて、男の嫉妬はもっとあっさりしているのかといえば、そんなことはない。実は、男の方がずっと嫉妬深いのではないだろうか。嫉妬する男など『女々しい』と思われてきた歴史が長いから、表に出さないようにしているだけだ。

だが、最近では、嫉妬を抑えきれない男性も増えている。ときどき、離婚した妻を、元夫が殺害するという痛ましい事件があるが、それを見ると、男の嫉妬深さがわかる。別れた夫を妻が殺すという事件は、聞いたことがない。

 歌舞伎に、『籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)』という芝居がある。上州の百姓である次郎左衛門が、江戸のみやげにと新吉原へ行き、八ッ橋という女郎を見初めてしまう。だが、結局、次郎左衛門は彼女に裏切られ、満座の中愛想づかしをされる。

それを根に持ってた次郎左衛門は、籠釣瓶という名刀で、八ッ橋初め多くの人を殺してしまうのである。「花魁、そいつぁちと、つれなかろうぜ」という次郎左衛門のセリフで有名なこの芝居だが、驚くの、次郎左衛門は八ッ橋に愛想づかしをされたあと、

いったん田舎に戻り、四ヶ月後に改めて江戸へ出てきて彼女を殺害しているということだ。四ヶ月間、どんなに悩み苦しんだのだろう。その結末が殺人なのかと思うと、男の嫉妬深さに恐れ入る。

 多くの失恋は、四ヶ月もあれば、自然と癒えてくるものではないだろうか。そう考えると、次郎左衛門が八ッ橋を殺したのは、自身の純粋な嫉妬というよりは、満座の中で恥をかかされた、「プライド」の問題かもしれないと思える。男の嫉妬には、「男の沽券」やら「プライド」やらが、絡むものかもしれない。

女に浮気を告白されたとき

 実際、女性の浮気によって苦しんだことのある男性に話を聞くことができた。佐々木義和さん(三十五歳)がその人。同い年のパートナー、渡辺美智子さんと四年前、結婚した。籍は入れていない事実婚カップルだ。籍を入れなかったのは、法律に縛られず、お互いの気持ちだけでつながっていたいと思ったからだという。

 佐々木さんは、「僕たちは『痴人の愛』なんですよ」といった。谷崎潤一郎の名作『痴人の愛』に自分たちをなぞらえていたのだが、彼らの場合は、美智子さんが、「セックスに対して、非常に開放的な女性」だったことが、問題だった。

「彼女とは事実婚ですが、ちゃんと結婚パーティを開いた、公の関係です。つきあっているときから、彼女が、セックスの面で非常にオープンな女性であるということは分かっていました。

ただ、一緒に暮らそうとい話になったとき、彼女から、『私が心身ともに愛しているのはあなただけど、あなたひとりだけで、ずっと暮らしていけるかどうか自信がない』と告白されました。

つきあっていたのは二年ほどですが、今だから言うけど、その間、他の男と寝たことがある、と。それを聞かされたときは、目の前が真っ暗になりました。真っ先に感じたのが、『オレはバカにされていたのか』という思い。

まさにプライドをずたずたにされた。裏切られていた、という怒りもあった。だけど彼女は、『違う。これは裏切りじゃないの』と言うわけです。彼女の気持ちを理解したくて、毎日のように議論しました。

お互い本音をぶつけあった数ヶ月だったと思う。その結果、僕なりに分かったのは、彼女が全面的に信頼しているのは僕だけなんだけど、ときどき、ふいっと浮気してしまう可能性があるということ。

彼女は『いい男』と思うと自分を止められない、と言うんです。彼女とは同じ会社なんですが、仕事では非常に優秀な人です。精力的で粘り強くて。僕とは部署が違いましたが、つきあっている当時、彼女は社内のプロジェクトチームのリーダーとして活躍していたんです。

同い年でも、僕は彼女を非常に尊敬していました。仕事では遣り手、でも恋人としてすごくかわいいところがあるし、セックスの相性もいいし、何より一緒にいて楽しい。気が合うんですね。だから彼女を手放したくなかって」

 彼女と別れたくなかった。だが、過去に浮気したことがあるというのは、彼にとってショックだった。しかも、今後も、自分は浮気する可能性があるかもしれない、と彼女は言う。佐々木さんは、自分の精神がもたないのではないかという恐怖感さえ覚えたという。それでも、ふたりは一緒になった。結婚パーティも開いた。

「結局、僕は彼女のありのままに受け入れるしかなかった。ただし、僕は条件を出したんです。浮気したら、一部始終を知らせてくれないと嫌だ、と。僕も妙な申し出をしたと思うんだけど、知らないところでされるのは耐えられなかった。

僕にとっては決死の覚悟でした。ただ、どう考えても、彼女以上のパートナーがいるとは思えなかったんです。自分の全ての価値観を覆して、それでもなお一緒にいたい女性だったということなんですよね」

 こういう関係は、あまりにも特殊すぎるのだろうか。こういう関係を続けて来た有名人夫婦が、かつて日本にいたではないか。芸術家岡本太郎の母として有名な、歌人で作家の岡本かの子と、その夫で画家の岡本一平夫婦だ。気にいった男性がいると、すぐに家に連れてきてしまう。

 特に話題になったのは、かの子が痔の手術を受けたあと担当医になった、大学病院の医師。その医師が、かの子を拒んでいると感じたとき、彼女は病院に押しかけ、
「医者が、患者の要求を聞くのは当然のこと。あの医者を出せ」
 と。受付で騒ぎ立てという。医師はそれでもかの子を敬遠していたのだが、夫である一平に頼まれて、かの子に会うようになる。会っているうちに、かの子の魅力にとりつかれて離れられなくなり、とうとう一平夫婦の家に同居、かの子が亡くなるまで、その関係は続いた。

 かの子は、息子が生まれてしばらくたってからは、夫の一平とはセックスの関係を持たなかったが、愛人とは関係を持っていたという。一平はそれを知らなかったという説もあるものの、真偽のほどは分からない。

 一平が、かの子の要求を聞くようになったのは、若いとき、自らの浮気で、かの子の精神状態を不安定にさせてしまったことへの贖罪(しょくざい)の気持ちかららしい。それにしても、妻の気に入った男性に自ら会いに行き、家に来るように説得したとき、一平はどんな気持ちだったのか。

妻の願望をかなえてやりたいという気持ちがあったとしても、「オレだけではダメなのか」という複雑な心理もあったはずだ。愛人側にも、複雑な思いがあっただろう。だが、結局、彼らの葛藤を上回る魅力とバイタリティが、かの子にはあったのだろう。

だからこそ、男たちは自分たちで、かの子を守ろうと彼女を幸せにしよう、と共通の意識をもてたのではないだろうか。

 佐々木さんも、ときどき、非常に孤独な気分に襲われることがあるという。
「僕とはいい関係だと、彼女自身も思っているし、そう言ってもくれる。それなのにときどき、ふっとよそに目が行く。結婚してからも、実は彼女がため息ばかりついて、『恋しちゃったの』と言ったことが二度ほどあります。最初の彼とは一度セックスをしただけで続かなかった、と。

そのあとの人とも深い関係になったけど、やはり二、三回で終わったようです。彼女自身、付き合いを続ける気はあまりないんですよね。好きだと思うと、何もしないでいるわけにはいかなくなるみたいなんですよね。僕自身、彼女に『すべてを話してほしい』と言った手前、怒るに怒れないんだけど、やはり嫉妬しますよ。

オレは彼女にとって何なんだ、と思った。今でも『ふたりだけの関係』をどうしても彼女が受け入れてくれないのか、と思うことがあります」

浮気を公認させた女

 私は佐々木さんに頼み込み、パートナーの美智子さんに、会わせてもらうことにした。
 美智子さんは、人を惹きつける華やかな魅力を湛えた女性だった。

仕事帰りの彼女は、チャコールグレーのスーツをきりりと着こなし、いかにも「できる女」というタイプ。知的な色気があるからもてるだろうし、何でも積極的に行動しそうに見える。だが、他の男との関係をパートナーに認めさせるというのは、いったいどういうことだろうか。話し始めると、美智子さんは自分の心の奥を見せてくれた。

「特定のパートナーがいて、彼とのセックスにも、彼との生活にも満足している。それだけでいいだろう、と人は思うでしょう。でも私はずっとそういう生活が続くと、息が詰まってくるんです。

私っておかしいのかなあと思い始めたのは、三十歳になったころ。若い頃から、そういうことはあったんです。つきあっている男性がいるのに、旅先で知り合った男とすぐに寝ちゃったりして。罪悪感はなくて、浮気すると妙にすっきりして、自分のパートナーを好きだと再認識する。

二十代のころは、付き合っている人に嫌われたくないと思っていたから、相手の友達や知り合いとは絶対にそう言う関係になるまいと思っていました。旅先で浮気しても、相手には知らせませんでしたよ、もちろん。

ただ、よつちゃん(パートナーである佐々木さんのこと)と一緒に暮らそうということになったとき、これは隠しておけないと思ったんです。彼はすごく実直な人で、一対一の男女関係こそ真実だと思っているタイプ。

だから、私の告白には非常に驚いたと思います。一時期は別れようという話まで出ました。でも、私からしてみると、どうしても納得がいかなかった。最終的に別れを選択するのは仕方ないけど、もっと理解しようとしてほしい。半年以上かけて、話し合いました。それでもなかなか結論はでなかった」

 そんなあるとき、美智子さんは、佐々木さんと、あるパーティに出かけた。そこで彼女は、魅力的な外国人男性と知り合う。

「少し話しているうちに、彼がニヤリと笑って、『一緒にプライベートルームに行かないか』と言い出したんです。それが『トイレでセックスしよう』という意味だと、すぐ分かりました。だから私、よっちゃんに『トイレに来て』と、耳打ちしたんです。

彼は、私たちがセックスしている個室の隣に入って、一部始終を聞いていました。私にとって他の男性とのセックスは、そのときの衝動を満たすためのもので、彼を裏切る行為ではないのです。それを分かってほしかった。

セックスした人と、何度かデートしたとしても、長続きはしないです。肉体だけの関係に近いですから。私はそれを「恋しちゃった」という言い方で表現するけど、実際には精神的に相手にメロメロになってしまうことは、まずないんです。私は、それを非現実と割り切っている。そのことを、よっちゃんにわかってほしかったです」

 トイレの隣の個室で、自分の恋人が他の男とセックスしている。その息づかいを密かに聞いていた佐々木さんの心中は、いかなるものだったのだろう。

 ことが終わり、外国人はトイレを出ていった。美智子さんが洗面所で手を洗っていると、佐々木さんが突然出てきて、個室に美智子さんを引っ張り込み、そこで行為に及んだという。

「嫉妬が興奮を呼んだんでしょうね。彼は、あまり感情的にならないタイプだから、ちょっとびっくりしました。でも、そうやって、感情をむき出しにするよっちゃんに、惚れ直したのも事実。そのときの彼は本当に激しくて、狭いトイレの中で、あちこち体をぶつけたから、私はアザだらけになりました。

でも正直いうと、私は彼を嫉妬させたくて、そういうことをしているわけじゃないんです。嫉妬してくれれば、それはそれで嬉しいんだけど。『あの人としたい』と思うと自分を止められないところがある。そんなこと、必ずしもいいと思っているわけじゃありません。

実際に、大事なパートナーを傷つけているわけですから。でも、私はそうせずにはいられない。何かに突き動かされるような気分になってしまうんです。彼なら、分かってくるんじゃないかと、甘えた気持ちも私の中にあると思うんですけど」

自分たちが「よしとする」関係

 このカップルのありようは不思議な関係もあるものだと驚かされるだけだろうか。私の友人に、似たようなカップルが二組もいる。一組は結婚していて、もう一組は同棲中。二組とも、女性は外で恋をすると、いちいちパートナーに報告、恋が成就するためのアドバイスさえも求めるのだ。

だからといって、彼らが父と娘、兄と妹のような関係になっているわけではない。彼らは危ういながらも、緊張感ある男女関係を保っている。

 男たちは嫉妬しながらも、自分の中でその嫉妬心をなんとか転がしながら、彼女との関係を続けている。むしろ、その嫉妬心をスパイスに変えているようにも見える。

 当時のトイレ事件を、佐々木さんにも聞いてみた。

「トイレの個室で息を潜めていたら、隣で彼女の、すすり泣くようなよがり声が聞こえてきた。そのときはショックでしたよ、言葉にできないくらい。頭に血が上っちゃって、隣の個室に乗り込んでやろうかと思った。

一生を、ともに歩いていこうと決めた女性が、さっき知り合った男のペニスを簡単に咥えたり、自分の身体の中に受け入れたりしているのがわかるわけですから。男か出て行って、彼女が手を洗っているとき、僕は個室から出て鏡越しに彼女を見ました。

そのときは、かなり憎しみがありましたね。だけど、鏡を見て、改めてショックを受けた。彼女の顔がきらきらと輝いていて、すごくきれいだったから。悔しいわ嫉妬するわで、僕の気持ちはずたずただったんけど、その彼女の顔を見たら、憎しみが一転、欲求に変わってしまった。

とにかく、彼女が欲しくてたまらなくなったんです。それで、彼女を個室にひきずりこんで責め立てました。彼女が大声を出しそうになるので口にハンカチを突っこんで、ほとんどレイプ同然のやり方で。僕も彼女も非常に興奮しましたね。ただ、あとからぼくは、すっかり落ち込んでしまったんです。

自分の感情をうまく理性で説明できません。あんなに嫉妬して、嫌だという思いが沸き起こっていながら、彼女の顔を見たら、矢も楯もたまらず襲いかかってしまった。自分にそんな面があるなんて思わなかったから戸惑ったし、彼女にも、どう対処したらいいか分からなかった。

それから一週間ほど、彼女に会わずにいました。だけど、やっぱり僕は、彼女のことが好きなんですよね。彼女に会ってそう言ったら、『だれの心の中にも、自分では整理できない闇の部分があるんじゃないかしら』って、彼女が、ぽつりと言ったんです。

彼女も実は自分の性癖に戸惑いつつ、受け入れるしかないと思っているのかもしれないと感じました。それで、もうしばらく付き合ってみようかなと思ったんです」

 今も嫉妬が、ストレートに興奮と結びつくのか、と尋ねてみると、佐々木さんはしばらく考えながらようやく口を開いた。

「嫉妬はしているんだけど、あの頃のとは少し感覚が違ってきたような気がしますね。彼女は僕がパートナーだからこそ、自分を隠さずにさらけ出せると、いつも言ってくれるんです。

僕自身も、彼女が僕で物足りないから、他の男性とするわけではないと、実感してわかってきた。自分でも変だと思うんだけど、今では僕の方が、「あの男としてみたら?」なんて彼女にけしかけることもあります。

彼女が燃えるところが見たい、という気持ちが出てきてしまったんですね。自分でもこの変化は何だろうと思うんですが。彼女、燃えた後は本当にきれいなんですよ。もちろん、僕がいないときは彼女がだれかとしているときもあって、話を聞くとそれなりに興奮するですが、

やはり本音をいえば、僕の目の前でしてほしい。そのほうが安心なんです。こういう関係、他人から見たら変だと思うだろうし、彼女がただの淫乱な女だと受け止められることも多いと分かっています。

だけど、僕らの関係があって、それはふたりがわかっていればいいことですよね、僕がどうして、彼女の行為を受け入れているか? それは彼女という人間を、好きだからですね、やはり。

だからこそ、丸ごと受け止められる。僕にだけは、彼女の闇の部分も含めて、すべてを見せてほしい、僕なら受け止められるという気持ちがあるんです」

 話し始めたときから、話が終わるまで、佐々木さんは、「人にはわかってもらえないと思うけど」と。何度も言った。実感としてわからなくも、佐々木さんの気持ちを理解はできる。私も何度もそう答えた。

 佐々木さん自身は、他の女性とセックスすることはないという。なぜなら、「僕にはそういう趣味がないから」とさらり。

「彼女がしているから僕も、というのではちょっと幼稚でしょう? 彼女は彼女らしく、奔放に生きている。そこに彼女の魅力もある。それは僕がいちばんよくわかっている。だからこそ、僕は僕のスタンスで生きて生きながら、彼女の全てを受け入れようと思っているんです」

 男性が沽券だけのプライドだのというものを捨てれば、「相手を丸ごと受け入れよう」と、思えるのかもしれない。かえってそれは、男の器の大きさを示す話ともなり得る。一般的には、

「手に負えない女性を妻にしている、度量の大きな男」と受け止められるから、男は逆に、新しいプライドを手に入れられるのかもしれない。
つづく 第7 妻を他の男にゆだねる快感