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第12 相手の「自由」をどう考えるべきか

本表紙 亀山早苗著

相手の「自由」をどう考えるべきか

 男女関係というのは、一対一(一夫一妻)を意味するモノガミーがすべてで、それ以外の自由恋愛や複婚するポリガミーな人は、みな糾弾されるべきだろうか。もちろん、現代においては、多くの国家が一対一の関係を推進しているし、一夫一妻制を敷いている、それは為政者が、国を統治するために効率的だからだ。

だが、一対一の関係をずっと続けていくのは、人間の生理や心理ら、本当にあっていることなのだろうか。

 私の心の中にも、「ひとりの人とずっと寄り添って生きていく」という考え方は理想として存在する。だが、それはあくまでも、「理想」だ。現実はそうはいかない。結婚している人と付き合ってしまうこともあるかもしれないし、付き合っている相手が、浮気している可能性だって否定できない。もちろん、自分が浮気するかの性だってある。

 恋人同士が、「カップルそれぞれ自由」をどうとらえているのか、興味がわいてきて、いろいろなカップルに訊ねてみた。

 その結果、わかったのは、やはりお互いに相手の行動をかなり規制したがっているということだ。男女ともに、

「自分は簡単に浮気しないが、相手はスケベで節操がないから、気を付けなければいけない」
 と思っている。それゆえに、相手の行動を監視したり、規制しがちなのだ。

 特に男は「男の生理は女性と違うから」という言い訳を隠れ蓑に、「彼女と他の男とつきあうのは許せない。男はしょうがないけど」と言う。

 女性の方は、男が言う、その「男の生理」という言い訳にまるめ込まれているのか、
「彼が、よそであれこれ不埒なことをしたとしても、男だからしょうがない。私に分からないようにしてくれればいい」

 という気持ちを持っている。

 現実問題として、他の女性に深入りしない男性の多くは、「恋人や妻がいるのに浮気すると、面倒なのは分かっているから」と言う。恋人がいるのに、他の女性と食事をし、お酒を飲み、そしてセックスをする。

次なる逢瀬はどうするのか。彼女と、かち合わないようにしなくちゃいけない。結婚している人は特に、妻にばれないように、細心の注意を払わなくてはいけない。疑われると面倒なことになる。自分も、精神的にも肉体的にもストレスがかかる。

 そのあたりをうまく使い分けれる男性なら、「きちんと」二股をかけることもできるのだろうが、多くの男性たちは、彼女に詰問されると、目が泳いでばれてしまう。

それならもうしないとかというと、またもやせっせと合コンに顔を出していたりするのだから、男というのは懲りない動物だ。それが、女性や社会に許されてきたという経緯は、見逃せないのだが。

 ただ、よほどの女好き、セックス好きでない限り、たくさんの秘め事は抱えてはいられないだろうと思う。自由を謳歌しようと思えば思うほど、身辺に面倒なことが増えていくものだ。自由には大きな責任が伴うものだから、当然といえば当然である。

女が他の男とつきあうとき

 そう考えると、案外、女性の方がしれっと浮気しているかの性もある。特に最近は、
「セックスしているからといって恋人とは限らない」
 という認識が蔓延しているから、セックスは一部の女性にとって、非常にハードルの低いものとなっている。

 その一方で、保守的な女性も非常に多いのだが、それでも浮気してしまう人はいる。女性の浮気がパートナーにばれにくいのは、男が、「彼女は自分のもの」と思い込んでいて、彼女が浮気するなどとは夢にも思っていないということが、ひとつの原因だ。

 女性の側からいえば、簡単には他の異性と寝ない分、いざ浮気をするときには確信犯になるから、なかなか男には見破れられないという特徴がある。

 しかも女性は自分の中で、相手をきちんと選別する。今付き合っている彼では物足りない部分、今の彼が持っていない面を持っている人と浮気するケースが多い。

 男性はとりあえず好なら口説いたりするので、案外、パートナーと浮気相手が似ていたりすることがあるのだが、女性には、そういうことはあり得ない。自分の心の中にぽっかり開いた、パートナーが埋めてくれない穴を、埋めてくれる人を求める傾向がある。

その上、女性は嘘がうまい。うまいというよりは、嘘をついているうちに、嘘か現実かわからなくなってしまうところがある。

 男の嘘が、点を必死で繋げていくような心もとないものに対して、女性は最初から筋書きがきちんとしているのだ。そのドラマの中に入ってしまえば、アドリブにも柔軟に対応できるから。

男のように、ひとつついた嘘を次にフォローしようとして、かえって露見してしまうということがない。

 私は「女」としてまだ通用する?

 恋人と同棲しているのに、他の男性とときどき寝てしまうという三十代の女性は、恋人に浮気がばれたことはないという。

「たとえば帰りが遅くなったとき、『会社の先輩たちに誘われて飲んできちゃった』ことにしようと決めるとします。そうしたら、帰り道で、その筋書は、頭の中でできている。私は今、先輩たちと飲んだ帰りなんだ、とすぐに気持ちを切り替えることができるんです。

切り替えるというか、思いこむことができるというか。彼に何を言われたら、前に先輩たちと飲んだ時ときの話を小出しにする。『○○先輩がこんなことを言ってね』と、具体的例もだす。実際、先輩たちと飲み会があった日の気分になれるんですよね」

 彼女が、なぜ他の男性と寝てしまうかというと、「女でいたいから」だそうだ。
 恋人とは四年間、一緒に暮らしている。結婚という形にはこだわらないが、もはやふたりの関係の実態は、長年連れ添った夫婦のそれに近い。家族愛や友情に近い感覚になっているそうだ。そうなると、当然、刺激や興奮がなくなり、セックスもマンネリ化していく。
 
「彼が刺激的でなくなった分、ふたりでいるときの居心地はとてもいいんです。まるで兄妹か家族みたい。私は他の男性からどういう女に見られているのだろう。

果たして女として通用するのか、という思いもあるんですよ。だからときどき、浮気をしてみて、『女を取り戻している』という感じですね」

 浮気した男が言うセリフに近いが、女性たちの中には最近、こうやって割り切って浮気する人が増えている。

女は常に「女でいたい」と願っている・たとえ恋人や夫がいても、年齢を経るごとに「自分は女として通用するのだろうか」という不安が大きくなる。

 四十代になると、その不安は焦燥感に変わっていく。だから、自分を女として扱ってくれ、圧倒的なセックの快感を共有できる男がいると、恋人や夫とは別に、離したくないと思ってしまう。

私自身、四十代になって、性的な意味で成熟が外見の若さを上回ってしまったと感じるとき、どこかもの哀しい気がすることがある。

セックスフレンドは必要か

 ある雑誌のアンケートで、二十代から三十代のOLの三人にひとりは、セックスフレンドがいるという結果が出ていた。非常に驚かされる結果だ。

 恋愛関係にある相手には、どうしても遠慮が働いて、言いたいことの半分しかいえない、という悩みをよく聞く。その一方で、セックスフレンドのいる人が、三人にひとりは。おそらく、恋愛についてもセックスについても、非常に奔放な人と、保守的な人の二極化が進んでいるのではないだろうか。

 セフレ(セックスフレンドのこ)がいる女性たちは、付き合っている彼とは「安定した居心地のいい関係」を結び、セフレとは快楽を追及しているのだろうか。彼女たちは、本当にそれらの関係を、それでよしとしているのだろうか。

 セフレとは何のこだわりもなく、セックスだけを通じた関係を築き上げているのだろうか。確かにここ数年、実感として、女性たちの性意識が激変しているのを感じとってきた。

もちろん、恋人さえいれば他の男性には目がいかない、いったとしても実際に関係をもつなどという「裏切り行為」はできないという人もいるだろうが、おしなべて、女性たちは、セックスについて以前よりは、正直になろう、なりたいと思っているようだ。


 複数の男性とセックスの関係を持つことが必ずしもいいというわけではない。善悪の問題ではなく、自らセックスをより貪欲に楽しもうという女性が、増えてきているという事実が存在するだけだ。

 だが、その裏には、女性たちがそれだけ自分の行動に責任をとれるようになってきた、と言えるのだろう。そして、言い換えれば、女性もまた、男性と同じように、社会的な生き物になりつつある気がしてならない。

 男性が社会的な生き物であることはよく知られているが、それゆえに、どこかでストレスを発散しなければならなかった。

女性はもともとストレスに強いと言われているし、社会に進出するのが遅かったために、今までは、男性と同じような社会的なストレスにさらされることはなかった。

 ところが、女性が働くことが当たり前の世の中になり、その言動もまた、どんどん社会化されてきた。社会においては、女性は男性より、さらに強いストレスにさらされることが珍しくない。なんといっても、どんな社会もまだまだ男が牛耳っていて、男の理論で働いていることが多いのだから。

 そしてまた、そこで無意識のように、がんばってしまう女性たちもまた、多いのだ。だからこそ、社会的な自分と、プライベートな自分を分ける必要が、女性たちに出てきてしまったのではないだろうか。

 仕事をしているときの自分、恋人がいるときの自分は、ひょっとしたらあくまでも「社会的な存在」なのかもしれない。さして「自分がどう思われているのか」と考えないですむセックスフレンドとだけは、自分の本能のままに振る舞うことができる。そういった内情があるのではないだろうか。

複数の異性とつきあってバランスをとる 
 セックスフレンドがいるという。三十代前半のOL、松坂玲子さんは、恋人とセックスフレンドとは、付き合い方がまったく違うという。

「三年付き合っている彼がいますが、彼とは食事したり映画を観に行ったり、お互い休暇がとれれば、旅行に行ったりします、仲はいいんですよ。だけど彼は、あんまりセックスが濃厚じゃないんですよね。

付き合いだしたころから、セックスは月に一度あればいいほう。それが唯一の不満なんです。セフレとは半年ほど前に、ネットの出会い系サイトで知り合ったんです。十歳年上の既婚者です。何度かメールでやり取りして会ってみたら、けっこういい人だった。

会ったその日に、ホテルにいってしまいました。その時のセックスがすごくよくて、また会うことになって‥‥。とにかく前戯は念入りに、時間をかけてくれるんです。

私は前戯が大好きなので、前戯だけで何度もオーガズムに達してしまう。年齢がいっている分、ガツガツしない感じもします。私をイカせることが目的、といつも言ってくれる。その人には、安心して自分の快楽を任せられるという感じがするんです。

どんなに乱れてもいいと思える。だけど、恋人だとやっぱり遠慮しちゃうんですよね。前に恋人が途中で萎えちゃったことがあって、そのときは『私じゃもうダメなのかしら』ってけっこう真剣に悩みましたもん。

セフレに対しては、そういう気遣いをする必要がないから、気が楽なんです。こっちがいろいろしてあげれば、それだけで喜んでしてくれるし。前に、すごく気合を入れて、恋人にフェラチオしてあげたことがあったんだけど、

「うまくなった。どっかで他の男にしているんじゃないだろうな』っていわれて、すごく傷ついたんです。そのころはそんなことはしていなかったのに。純粋にセックスを楽しめるのは、圧倒的にセフレですね」

 キリッとした目が印象的な玲子さんは、意志が強そうだ。だが、笑うとその目尻が下がって、とても人懐っこい感じになる。男性からは、いかにももてそうなタイプだ。

 セフレを、本気で好きになってしまうことはないのだろうか。女性は浮気ではなく本気になってしまうから、複数の異性とは付き合えないといわれてきたものだが。

「セフレはセフレで好きですよ。でも現実生活の中で、恋人同士のようなデートはできない。映画や旅行に行くなんて、ありえないですね。せいぜい、食事をするくらいかなあ。でも、食事もしないでホテルに直行する方が多い。

ホテルの部屋で世間話はするし、案外、恋人に話せないことも話したりするけど、やっぱり『彼』といのとは、ちょっと違うんですよね。恋人との関係は、日常生活にセックスがくっついてくるような気がする。だからセックスが日常化して、つまらなくなるのかもしれません。

でもセフレは、文字通りセックスが目的だから、ふたりの関係って、すごくはっきりしているんですよ。お互いにどこまで快楽を与えられるか、受け取れるか、というのが、ふたりの最大かつ唯一の目的だから。

恋人同士って案外とデートしている目的がはっきりしないでしょう? 逆にいうと、恋愛は、別に目的がなくても成立するんですよね。私は結婚したいわけでもないから、特にそう感じるのかもしれないけど。

セフレは目的がはっきりしているから、思いっ切り自分を解放して、深い快楽を得たら、その日は『じゃあね』ってさらりと別れられる。もちろん、恋人がいなくてセフレだけだったら、虚しいと思うんですよ。こういう言い方をしたらいけないんだけど、恋人がいるからセフレもあり、っていう感じですね」

 勝手な言い分かもしれないが、理屈は通っていると感心してしまった。
 玲子さんにとっては、もはやどちらもいないと、バランスがとれなくなってしまっているのだろう。もし、恋人が、セックスにおいて玲子さんの思い通りに刺激的で、何の不満もないとしたら、それでもセフレとの関係は続けるのだろうか。

「彼との関係で、セフレとしているようなセックスをするのは。無理だと思うんです。セフレとは、ホテルの駐車場や非常階段なんかでもしたことがあって、すごく刺激的な体験だった。

だけど、私自身が、それを彼としたいかと言われるとちょっと‥‥。彼とは、普通の関係でいたいんです。一緒にいるときは、まったりとした気分ですごしたい。だけど私の中には、もっと刺激を求めている部分もあって、それは他の人でないと満たせないと思う。だから、セフレが必要なんです。

でもセフレはセフレ。付き合い方が違うし、目的も違う。そうやって割り切っているから、セフレに恋愛感情を抱いて苦しくなるというようなことはないんです。自分の中では、完全に分けて考えています」

 他の男とつきあっている。単なる言い訳に聞こえるだろうか。彼女自身、今のセフレに会うまでは、恋人がいるのに他の男性とセックスする関係を続けるなんて、考えたこともなかったという。

だから、セフレとは最初にセックスしてしまったときは、肉体的には新鮮な快楽を得たものの、精神的には多少落ち込んだらしい。

「恋人がいながら浮気するというのは、初めてじゃないんです。だけどそれは、たいてい酔ったときに口説かれて、つい、勢いとなりゆきで、とか、自分自身に言い訳できる範囲だった。

一度きりの関係だったんです。だけど、今回は違う。自分の意思で出会い系にアクセスして、自分の意思でセフレと会ってるんですから。だから最初のころは、『恋人がいるのに私、何やってるんだろう』って思いました。だけど、セフレとの関係を断ち切れなかった。だって、あまりにもセックスが合うから」

 正直な女性だと思う。多くの女性が、「もしできるなら私もしたい」と感じるのではないだろうか。安心できる恋人と刺激的なセフレ、両方いるからこそ、生活はより充実するのは誰にとっても言えることだはないだろうか。

用途別に男とつきあう

 だが、聞いているうちに、現実的な疑問が生じてきた。セフレとの関係で、玲子さんの性感はかなり開発されたに違いない。恋人とのセックスのときに、その片鱗が見えたら、彼が疑うことはないのだろうか。

「彼とは月に一回くらいしかエッチしないし、全然、激しくないんですよ。だから、興奮度合いも少なくて、感じ方も少ない。私のフェラのテクニックなんかは、多少上達したと思うんですが、それも長く付き合っているから、と彼は解釈しているみたい。彼とのときは、私もかなり自重しています。

もともと彼とのセックスで、我を失うようなことはありませんから。それでも、彼に対して、不満はないんですよ。彼しかいなかったら不満に感じるとおもうんですけど、セフレがいるから、彼に対して不満を覚えなくてもすんでいる」

 もうひとつ、疑問があった。玲子さんにとって、セックスというのはそれほど大事なことなのだろうか。
「大事ですね」
 玲子さんは、間髪入れずに、きっぱりとそう言った。
「私自身、三十歳をすぎてから、自分の欲望にきちんと目を向けるようになりました。私はセックスが好きだし、自分の快楽にも興味がある。それを抑えなければならない理由は何もないんじゃないか、と。

じゃあ、恋人と別れればいい、と友だちに言われたこともあるんですが、彼のことは、人間として、とても好きなんです。ただ、唯一の不満がセックス。だったら、それを別の場所で、満足させるしか、ないような気がするんです。

二十代のころには、私、ひとりの人にすべてを求めていたんです。だけど最近それをすると、お互いに負担が大きくなるのかもしれないなあと思い始めて‥‥。私は彼をすごく信頼しているけど、たとえば、仕事の愚痴をこぼすときは、やっぱり女友だちがいい。

そのほうが共感し合えると思うんですよ。彼も私も映画が好きなので、映画を観るなら彼とがいちばん楽しい。後でいろいろ意見を言いあうのもおもしろいし。みんな、女友だちと恋人は使い分けてると思うんですよ。

飲みに行くなら、恋人でなく、男友だちを誘うと言っている女性もいます。そのほうがこころおきなく酔って、言いたいことが言えるから。私もそうやって、目的に応じて付き合う人を分けている。それをさらに細分化していくと、刺激的なセックスはセフレがいちばんいいということになるんです」

 玲子さんの言うように、女友だちと盛り上がる話題を恋人との間でしようとしても、それは、ほとんど無理だ。男は細かな心理に共感するのが非常に下手。目的がはっきりしていない話は、あまり好まない。

女友だちと話しているように、話すこと自体が目的となると、「それで何が言いたいの?」と言われがちだ。仕事の愚痴でも言おうものなら「君も悪いんじゃない?」と冷静な意見を言われておわり、ということが少なくない。

コミュニケーションのとり方は男女で違う

 女友だちなら、「何それ、ひどーい」と一緒に怒ってくれるのに。男は、女性が愚痴やおしゃべりを始めると、相槌を打ちながらも右から左に聞き流すか、急に意見を言い始めるかどちらかだ。だから、過剰的に共感してもらおうとすると、逆に誤解を生じて、ケンカが勃発する。

 女性はよく、「ただ聞いてほしかっただけ」と言うが、男性にとっては、それが理解しづらいようだ。ただ聞くだけなら自分でなくてもいいだろう。と思ってしまう。

自分が話しかけられている限りは、何らかの意見を求められているに違いない、と思うのが男の考え方なのだから。だから本当に冷静な意見を聞きたいとか、アドバイスが欲しいというときは、男性に相談した方がいいのだろう。

 そういった男女の違いはわかっていないと、恋人に対して、延々と仕事の愚痴や友だちの噂話、家族の間で起こった些細な事件などを話してしまい、彼にはうるさがられるだけという結果になりやすい。

「どうして私の気持ちを分かってくれないの」
 と女性は嘆くが、それは話題の出し方や話し方自体が、男性には理解できていないということなのだ。「私の気持ち」をわからないのではなく、「ただ聞いて共感してほしい」という、女性一般の心理を、彼らが理解していないだけなのだ。それは、男女の心の大きな違いだ。

 ふたりの間に、何か問題が起こって話し合わなければならないとする。女性が筋道立てて冷静に話しているのに、もし、彼に「わからない」と言われたら、それはもう、「きみのことをわかろうという気持ちがない」と言われているのと同じだ。理屈でうまく感情を説明することができれば、その話に、男は積極的に応じるはずだから。

 男と女とでは、コミュニケーションのとり方が違うのだ。それがわかっていると、必然的に、女友だちとの話題と、恋人との話題は違ってくる。それと同じように、たとえば相手が自分と同じように音楽が好きなら、音楽の話をいくらでもできるし、スポーツが好きなら、スポーツの話題で盛り上がることができる。

 つまり、プライベートな関係の場合、特定の「ある人」とは、玲子さんが言うように、何かを介在させて付き合っていることが多いのだろう。

 恋人に対して、
「女友だちでもあってほしいし、趣味もすべて一致してほしいし、セックスも同じようなテンションでしてほしい」

 というのは、無理なのかもしれない。だからこそ、それぞれの分野で、もっと合う人と一緒にいた方が楽しいのはよくわかる。

 日常的に不満はないが、セックスにおいては、テンションや濃密さの趣味が合わない、というなら、それだけを他の人に振り分けるのはしかたないことではないか、と私は玲子さんの話を聞きながら感じていた。

 セフレを持つことを勧めるわけではない。もちろん、セックスについて彼と十分にお互いの嗜好を話し合うことは必要だが、だからといって、自分に合わせるよう、強要することもできない。

妥協はしても我慢はしない

 以前、セックスの回数と密度と時間帯が合わないといって、共働きの妻と離婚した男友だちがいた。ふたりはで会って三ヶ月後には入籍したスピード婚だった。一緒に生活してみてわかったのは、妻は、セックスに淡白だったということ。

セックスは週末の夜だけで充分、しかも早寝早起きタイプなので、深夜になる前にセックスを終わらせて、早く寝たいという。密度に関しても、濃厚なのは好みでなかった。

 結婚当初、妻は三十歳だったが、セックスの経験も豊富ではなく、「どんなセックスが好き?」と彼が聞いても、まったく答えられなかったという。彼が尋ねたら、妻はマスターベーションさえしたことがなかったそうだ。

 一方かれは、「エッチ大好き」というタイプ。当時、三十代半ばだったが、週に二、三回はしたい、時間があるときには濃厚にしたいし、ベッドの中でいちゃいちゃしているのも大好きという男性。

 だから、ふたりとも仕事が休みの週末、濃厚なセックスをしてもなおかつ翌朝はベッドからなかなか抜け出さずに、セックスしたり抱き合ったりしながら話をしたいと思っていた。ところが妻は、平日が忙しくて家事が滞りがちだから、週末はふたりで手分けして家事をどんどん片付けようと言う。それで何度も衝突していたのだ、ある日、とうとう妻は、彼を受け入れようとしなくなった。

「生理的にダメなの、あなたとはもうセックスできないと思う」
 と言われたという。

「夫婦なのに、『生理的にダメ』って言われて、すごく落ち込んだ。まるで汚いものでも見るような目で見られて。セックスが合わない女性と一緒に暮らすのは、とても大変なことだなあと、そのとき、実感したんだ」

 と、彼は嘆いていた。

 結局、彼は我慢できずに離婚を申し出た、長い間も揉めたものの、最終的に妻は離婚に合意。かれは、その三年後に再婚した。

「今回は、ばっちり合うんだよね、セックスの濃厚さも回数もテンションも。人にはいろいろな価値判断があるから、決めつけることはできないけど、僕は、セックスが合わないのに一緒にいるのはつらいものだと、改めて知りました」

 彼は、実生活でセックスが合わないという、彼にとっては大きな理由から離婚した。だが、もし子どもがいたら。あるいは彼自身が離婚する勇気が出なかったったら、どうしていただろう。

「うーん、たぶん、外で女性を見つけたかもしれないよね。本当はそういうことはしたくないけど、子どもがいて、妻とも別の点では折り合いが悪くなければ、あえて別れようとは思わないだろうね。家庭は家庭として、うまくやっていこうとすんじゃないかな。

僕らは子どもがいなかったし、お互い仕事をしていたから、揉めるよりは『一人になりたい』という気持ちが大きくなっていったけど、状況が違っていれば、結果も違っただろうという気はするよ」

 人は、妥協できても、我慢はできないのかもしれない。
 

私も人生の半ばをすぎて、「たかがセックス、されどセックス」というのは本当だなあと実感することが多くなった。仕事が忙しいと、セックスなどほとんど頭にない時期もある。

好きな人と会っても、精神的に余裕がなければ、セックスなどせずにのんびりしていたいと思うこともある。かと思うと、忙しいのに、性欲にがんじがらめになってしまうこともある。

本当に好きな人だからといって、必ずしもいつも極上の快楽を手に入れることは限らないし、今まで感じなかった人に、ふとセックスアピールを覚えることもある。

 不思議なことにだが、セックスというのはかなりお互いの精神状態が反映されるものだという気がする。とても愛おしいと思われているのもわかるし、感じさせようと頑張ってくれている気持ちもわかる。

気持ちの中に一点、おそらく私への不信感や憎悪に近い気持ちがあるときも、察することができる。どんなに言葉で取り繕っても、その人の心の深い部分が投影されるものだという気がする。だからといって、セックスが二人の関係のすべてではないということも、分かってはいるが。

つづく 第13 セックスとマスターベーションの関係