セックスより楽しいことはたくさんあると真顔で言う人たちが増えている。
一方で、セックスに関するハウトゥ本が、多くの人読まれている事実がある

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男と女‥‥セックスをめぐる五つの心理

本表紙 亀山早苗著

はじめに

 夫婦や恋人同士の間でのセックスレスが話題になって久しい。
 仕事柄(と個人的な趣味嗜好もあって)、これまでに数百人の男女から、セックスについての話を聞いてきたが、
「セックスより楽しいことはたくさんある」
 と真顔で言う人たちが増えている。

 一方で、セックスに関するハウトゥ本が、多くの人読まれている事実がある。
 年齢を問わず、携帯電話の出会い系サイトで知りあい、会ってすぐに深い関係になる男女もいる。

 一般の人たちがSMクラブに出入りしたり、相互にセックスを見せ合ったりするような店が繁盛しているとい話もある。

 特はここ数年、「セックスなんてしない人たち」と、「セックスを重視する人たち」「セックスを極めたい人たち」とに、二極化しているような気がしてならない。

 私が二十代前半だった二十年にくらべるとセックスは相当オープンになってきている。女性が結婚前にセックスすると、「傷もの」と呼ばれてしまっていたことなど、今の二十代にとっては、想像もつかないだろう。

 現代では、女性たちの間さえ、「セックスしたからといって『恋人』とは言えない」という認識がまかり通っているようだ。一昔前の、男の「逃げの論理」に近い。真面目な男性たちが、そんな女性に翻弄されているケースもたびたび耳にする。

 とはいえ、日本で、特に女性たちの間で、セックスは本当の意味でオープンなものになったのだろうか。

 確かに「会ってすぐにセックスをする」ことは多くなっただろう。だが、セックスについて自分の気持ちや意見を、パートナーにきちんと伝えることのできる女性がどのくらいいるのだろうか。

 また、自分の性欲を的確に把握し、その処理の方法を手に入れている女性がいったいどのくらいいるのだろう。

 もちろん、男性側も女性の体の心を知らないままに、セックスしているケースが多すぎる。週刊誌やアダルトビデオを鵜呑みにして、「女はこうすれば感じるはずだ」という思い込みだけで、性行為をしているような気がしてならない。

 アメリカのテレビドラマ「SEX AND THA CITY」が人気だ。日本でも、テレビ(WOWOWで放送)やビデオでみる女性も増え、大きな話題になっている。

 三十代のキャリアウーマン四人が、セックスについて赤裸々なトークを交わすのがこのドラマの大きな魅力だ。アメリカに十数年在住している女友だちに聞いたところ、「まさに私たちがふだん交わしている会話と同じ」として、人気が高いのだという。

 一方、日本では、「私たちが言えない本音を話してくれている」あるいは「へえ、こんなこともあるんだ」という未知への好奇心から話題を呼んでいるようだ。

 セックスは体と心、両方の快感を求めるものではないだろうか。心さえ満足すればいい、というのは欺瞞に過ぎないと思う。

 肉体を使った行為なのだから、精神だけの満足ではなく、肉体にも最上の快感を得たくなるはず。精神と肉体、両方が心地よくなければ、「満足感」にはほど遠い。そして、心と体がともに充足するためには、セックスにまつわる、自分自身と相手の「心と体のありよう」を知ることが、何よりも必要なのではないかと思う。

 女性たち、男性たちがセックスについてどう感じるのか、人にはどんな嗜好があって、それを満たすために彼らが何をしているのか、そして自分の嗜好や幻想が満たされとき、カップルのありようはどう変わるのか、あるいはセックスが「合わない」とカップルはどうなるのか、セックスをめぐる男女のありよう、それぞれの心理を徹底的に探ってみたい。

 だれもがもっと自分の気持ち、想像力、肉体、五感をフルに使って楽しむことができるようになればいいのに、と思う。

 自分自身の欲望や肉体をもっと詳しく認識すれば、きっと「めくるめく世界」が待っている。

 他人はどんなセックスをしているのか、自分の心の奥底に秘めた欲望をどうやって具現化させているのか。自分の中の「常識」の壁をどう打破しているか、そこに男女の違いはあるのか。

セックスは個人差の大きいものであるが、いろいろな人たちの話を聞くことで、現代という時代ならではのセックスの傾向、男女の心理を浮かび上がらせることができたら、と思う。

第一章 愛情
セックスで愛情は計れるのか?
男女それぞれがセックスに求めるもの

  セックスと愛情は、切っても切り離せない関係だ、常に一致する。そう言ったら、男性は首をかしげ、女性は大きくうなずく人が多いような気がする。

 つまり、男性は、「セックスと愛情を切り離す場合」がある。一方、女性は、「愛情がまず先にあって、セックスはそれについてくるもの」と解釈している傾向があるようだ。

 私も二十代半ばくらいまでは、「好きだからセックスするのであって、セックスしたいという欲望だけですることはない」と思い込んでいた。どんなときであっても、セックスと愛情とは必ず一致するものであると信じていたわけだ。

 志村美希さん(三十六歳)は、家庭ある十歳年上の上司と、ここ半年ほど、恋愛関係に陥っている。妻という存在がいる男性を好きになってしまったゆえの悩みに、美希さんは今、苦しめられている。

「一週間から十日に一度くらい、彼がひとり暮らしの私の部屋にくるんです。そのとき必ずセックスしてしまう。私たちは体だけの関係なのかなあと悩んじゃうんですよね。週末は会えないし、電話したいときに掛けられるわけでもない。いてほしいときに、そばに居てくれない。

もちろん、彼に家庭があるということは、最初からわかっていたけど、私たちは、どんな絆があるんだろう、と考える肉体関係だけなのかもしれない、と落ちこんでしまって‥‥。

彼、『妻とはほとんど関係がない』と最初のころ、言っていたんですね。当時はそれがうれしかったんだけど、半年ほどたったころから、彼は家庭でセックスが満たされていないから、私で満たそうとしているんじゃないか、と思えてきて、もちろん、彼にそんなことは言えませんけど」

 美希さんは、暗い表情でそう言った。自分は彼のことを本気で好きだが、相手には家庭がある。精神は家庭で満たし、肉体は自分で満たそうとしているのではないか。これは、家庭のある男性とつきあっている独身女性が陥りやすい落とし穴かもしれない。

 では、同じような状況にいる男性たちは、どう考えているのだろう。彼女とはセックスだけ、と割り切っているだろうか、やはり、会社の部下である三十歳の女性とつきあって二年になる中野章二さん(三十八歳)は、やりきれない表情で、こう話してくれた。

「肉体関係を求めるなら、わざわざ部下と関係を持ったりしませんよね。風俗にでも行った方が、金で割り切れてすっきりする。女性とつきあうということは、家庭のある身にとっては、社会的立場がかかっているんですよ。

妻にばれた、もめごとが起こるのは目に見えている。会社に知れたら、飛ばされる可能性だってある。噂になるだけでも、自分の部内では仕事がやりにくくなるんです。そんな危険を冒してもつきあうのは、彼女を好きだから。

それなのに、もし彼女に、『私とは体だけの関係なんでしょ』と言われたら、かなりショックですね。僕の彼女も、以前、似たようなことを言ったことがあるんですよ。『私はなたの心の中で、どのくらいの位置を占めているの?』と。

そのときは、『特別な位置』と答えました、それは本音です。でも、もっと正直に言うと、僕にとっては、家庭も特別だし、仕事も特別な位置を占めている。もちろん、そのことは彼女には伏せておきましたけど。比べられるものではないことを分かってほしいですよね」

 いわゆる不倫の関係であっても、「恋愛」であれば、男性も、「体と心」が一致した関係を望んでいる。決して、常に切り離しているわけではないのだ。

 ただ、こういう関係は、付き合っている女性の立場、間に挟まる男の立場、どの立場でその関係を見るかで、分析は異なってくる。
 付き合っている立場の彼女が悩むのは、
「私と家庭、どちらが大事なの? 家庭に縛られていてもいいけど、心は全部、私にちょうだい。体だけの関係は嫌」
 という点。
 妻から見れば、
「家庭が特別だというのなら、どうして他の女性とつきあうの?」
 と考えるだろう。
 当の男性にしてみたら、
「家庭も大事だけど、彼女のことも好きになってしまったんだ」
 と、うつむくしかなくなる。
 そうなると、女性たちは疑問を抱く。
「男はどうして、一度にふたりを好きになれるの?」
 ただし、これは、女性たちの、「女は一度にふたりを好きになれないもの」という思い込みからきているように思う。

 実際に、妻であっても恋愛している人たちはたくさんいるし、ふたりの男性とつきあっている独身女性も多い。男性でも、絶対に浮気や不倫をしない人がいるように、それは個人差の範疇の問題だ。

男にとっての「風俗」とは?

 だが、男性が、愛情とは切り離してセックスできることも事実。多くの男性たちは、「愛情とセックスは別」というが、それは「愛情とセックスが一致しないこともある」という意味だ。つまり、男たちにとって、

「好きな女性とするセックス」
「性処理として、お金で割り切るセックス」
「そそる女性との、その場だけのセックス」
 は、すべて別個のものなのだ。ときに、
「そそる女性と、一回だけと思ってセックスしてみたら、それが恋愛に変わっていった」
「風俗で知り合った女性に恋してしまった」
 というふうに、いくつかが重なることはあるとしても、基本的には別のことと捉えている。

 このことは、性にまつわる男女の違いの中でも、もっとも大きいものではないだろうか。男性は、家庭の有無とか恋人の有無、仕事がうまくいっているかどうかなど、さまざまな状況の中で、セックスに対して求めるものが違ってくるようだ。

 まずは、つい風俗に行ってしまう男性の心理を考えてみたい。ソープランド、性感マッサージ、ヘルスといった風俗店に行くとき、永続的な愛情を求める男性はいない。そこでは、自分にとっていかに快適な環境で「放出」できるかが問題となる。

単純に、「気持ちよく放出したい」わけだ。そのための要素として「疑似恋愛」を求める男性もいるだろうし、女性の姿、あるいはテクニックのうまさを求める男性もいるだろう。

 風俗といっても、本番なしで手や口で放出させてもらうものが今の主流。低料金で、とにかく簡単に「射精」させることから、現代の風俗は、射精産業ともいわれている。ところが、ある男友達は、そうした最近の風俗について、こう言う。

「今どきの風俗に、疑似恋愛なんて求められないよ。まるで機械的なんだから。向こうは、とにかく早く射精させることが目的だからね、ベルトコンベアみたいに、さっさとしごいて、パッと出させてハイ、次ってなもんだよ。疑似恋愛を求めたい男性は。むしろキャバクラに行くんじゃないかな」

 高級ソープランドのように高いお金を払う店なら、今でも疑似恋愛の夢を見られるのかもしれないらしい。だが、一般的な「本番なし」のお手軽風俗店では、おちおち夢も見せてもらえないらしい。だから、疑似恋愛を求める男性たちは、むしろ、キャバクラへと流れていくというのだ。

 キャバクラは、もともとはキャバレーとクラブの中間と位置づけられている。女性はお酒のお代わりを作り、話し相手になるだけ。もっとも、最近は、男性の上に座って体を触らせるなどの過剰サービスを売りにしている店もあるようだが、

本来、男性を射精させるようなサービスはない。だが、ひょっとしたら自分の口説き方次第で、気に入った女性を落とせるかもしれない。そんなかすかな希望を抱けるところが、人気の秘訣らしい。

 もちろん、性感マッサージなどの風俗もあっても、人気が出るのは、「あたかも恋人のように振る舞ってくれる」女性だ。金で割り切っているはずの風俗にさえ、かすかな「何か」を期待している男たち。

そう考えると、男性はセックスに「ロマンチシズム」を求めるようだ。一方、女性は、セックスをただひたすら、「愛情」と直結させたがる傾向がある、と言い換えることができると思う。

風俗に対する男女の見解の違い

「ただ、どうして私という恋人がいるのに、風俗に行くのか、それが不思議でならないんです。彼は、『風俗に行くのは、浮気できない』と言い張るけれど、私はやっぱり裏切られているような気がしてならない。最初に彼が風俗に行っていると知ったときは、ものすごくショックでした」

 そう話してくれたのは、OLの田中宏惠さん(二十八歳)だ。宏惠さんが二歳年上の彼と一緒に住み始めて、二年が経つ。半年ほど前、彼の洋服のポケットから風俗店の割引券が出てきたとき、頭が真っ白になるほどの衝撃を受けたという。おそるおそる問い詰めると、彼は案外簡単に白状した。

「彼にとっては、『風俗はただの息抜き』なんだそうです。でも彼は、私以外の女性が手や口を使って刺激することで、興奮して射精しているわけですよね。彼がその女性を愛しているとは思わないけど、興奮するということは、相手を嫌いじゃないということでしょう。

そういうところに行くこと自体、私に飽きたという証拠じゃないかと思ってしまうんです。そうでなければ、私がいるのにどうしてそんなことができるのか…‥。

彼は、風俗と私とはまったく別だ、私とセックスしたくないわけではない、と言うんです。週に一度くらいは求めてきますけど、彼の風俗通いが判明してから、私は彼には触られるのが苦痛になってしまった。今では、あまり快感がないんです」

 宏惠さんは、セミロングのさらさらした髪をかき上げながらそう言った。今どき珍しく、髪も染めたことがないという。色白で、きめ細かい肌がとても綺麗な清楚な女性だ。その顔が、「彼への不信感」で顔が歪む。

 女性にとっては、「自分がいるのになぜ風俗で射精をするのか」ということは大問題だ。肉体の快感は、「愛する人との間のみで存在する」と思っている女性が多いためだ。だから、愛しているわけでないと言いながら、他の女性の手や口で射精してもらって喜んでいる男たちの意識を理解することが難しいのだろう。

 妻子はいるものの、ときどき風俗に行くことがあるという加藤忠志さん(三十六歳)は、そんな男性心理を弁護するように話してくれた。

「僕にとっては風俗は息抜き。愛情というものとは、まったく別次元なんですよ。女性には絶対に分かってもらえないと思うから、妻には、風俗に行ったなんて言いませんけど。たとえば、仕事がつまっていてすごく疲れているときとか、逆にその仕事が終わってほっとしたときとか、

あるいは会社でちょっと嫌なことがあったときとか、少しすっきりしたいなと思ったことがあるんですよね。働いている女性だって、足裏マッサージとかエステとかに行くでしょう? そういうものとほとんど同じですよ、行く動機は。

確かに性器は露出させるけど、そもそも性器を露出させること自体、女性と男性とでは意識が違うでしょうね。男のトイレを考えてみてくださいよ。ひょい見れば、隣の男の性器を見ることができるんですよ。

ということは自分も見られているわけ。もともと外に向かってできている分、中に隠れた性器をもつ女性とは、意識の上で違うんですよね。もちろん、ペニスの大きさなんかでコンプレックスを抱くこともあるけれど、

風俗だったら相手はプロなわけだし、露骨に『小さいわね』とは言われない。愛情がこもっているわけじゃなくても、刺激はしてくれる。それは自分がするのとは、気持ちよさが違うわけですよ。だからといって、妻への愛情が減るわけでもないんだけど」

 加藤さんは、言葉を選ぶように、考えこみながら男の心理を語ってくれた。
 身も蓋もない言い方かもしれないが、セックスは非常にメンタルなものであると同時に、物理的な刺激を必要ともするものだ。実は、このことは男女問わず同じだともいえる。

 たとえば、女性が自分でクリトリスを刺激する。想像の助けを借りたとしても、現実的には、物理的刺激が快感を生むともいえる。バイブレーターを使用してみたことのある人なら、もっとよくわかると思う。

人間の指ではできないような、細かく激しい動きをバイブがするからこそ。物理的にオーガズムに達することが可能になる。そう考えると、男性が風俗で刺激を受けたいと思う気持ちも、なんとなく理解できるような気がしてくる。

「知らない女性にやってもらう、というのが興奮と刺激を呼び覚まし、快感につながることも、もちろんありますよ。外で恋愛したいという気持ちもなくはないけど、子どものことなどを考えると、家庭に荒波は立てたくない、面倒だという気持ちが先に立つ。   だから風俗で、つかの間の快楽を得るわけです」

 加藤さんは、そう付け加えた。その「知らない女性」が可愛かったり、自分の好みであったりすれば、自然と興奮は高まる。

 ただ、世の中には、「絶対に風俗には行かない」「風俗は好きじゃない」という男性もいることはいる。なぜ行かないかというと、
「お金を出して射精することに抵抗がある」
「あくまでも恋愛感情があって、自分が相手をその気にさせないと、性的な関係にはなれないから」
「好きな女性でないと勃起しない」

 などなど、意見はさまざま。そういう男性たちは、「性処理のためのセックス」を嫌う。これは個人の好みと、セックスに対する価値観の問題となってくる。風俗というものは、男性たちの間でも、ある特殊な位置にあるようだから、風俗に行く男が必ずしも浮気性というわけでもなさそうだ。

 私はひとり暮らしだが、もし一緒に暮らしているパートナーがいると仮定して、彼が風俗店に行ったということが発覚したら、確かに、気分的には面白くないと思う。「いいから行っていらっしゃい」と送り出すつもりもない。だからといって、風俗に行くことが彼の趣味嗜好であるなら、やめろと強制することはできないというのも、わかっている。

 妥協点としては、わからないように行ってもらうしかないだろう。あるいは、逐一報告してもらったほうが、気持ちはすっきりするかもしれない。いずれにしろ、「風俗に行くような男とは付き合えない」と言えるほど、私は風俗通いする男性に嫌悪感はもっていない。だが、宏惠さんのように、

「どうしても嫌、彼が風俗に行っているとわかった時点で、触られても感じなくなった」
 という女性の心理も理解できる。

 自分は彼だけを見ているのだから、彼にも自分だけを見ていてほしい。自分だけを愛してほしい、というのが女性の恋愛心理。だから、他の女性に興奮して、射精してしまった男性を、「不潔」だと感じてしまうのだろう。

「ほんのちょっとした発散なんだからいいじゃない」
 と、簡単に片づけてしまってはいけない問題かもしれない。

 ただ、一般論でいえば、男にとって、風俗に行くことが、妻や恋人への愛情の増減とは無関係であるということだけはわかる。
 つづく 第2 セックスを回避したがる女たち
 仕事、育児、家事などに追われて、性的な欲求が全くなくなってしまった、と嘆く女性たちも多い。