
亀山早苗著
はじめに
最近、四〇代、五〇代で結婚する人たちが増えている。それまで機会がなくて独身だった人もいれば、再婚同士という人もいる。いずれも、このままひとりでいるのは寂しいから、毎日をもっと心豊かに過ごそうとしたいからという理由で、気が合うという原点に立ち戻って結婚していく。
中年と言われる年代で結婚した人たちは、みな、「穏やかな生活を本当に幸せだと思う」と顔をほころばせる。ひとりでいつづける「孤独感」は、年齢とともに苦痛になっていくものだからだろう。
一方で、結婚生活を続けてはいても、はたから見て、「この人たちはなぜ、夫婦でいつづけるのだろう」と感じさせる男女もいる。もちろん、夫婦のことは夫婦しか分からない。どんなありようも否定するつもりはないのだが、私の心の中では「謎」がどんどん膨らんでいった。
お互いに外に恋人が居て、それが薄々わかっているのに、しかも経済的にはどちらも独立しているのに、離婚の気配さえない夫婦もいる。もはや会話さえないのかというと、どうもそうではないらしい。ただ、男女関係はいっさいない。それなら別れて友だちでいた方がすっきりするのではないかと思うが、そうもいかないのが現実だという。
離婚するには「顔も見たくない」「同じ部屋の空気が吸えない」というほどの嫌悪感が必要なのかもしれない。そうでない限り、人は「離婚」という、いろいろな意味で事務的精神的手続きの煩雑なものには取り組もうとしないのではないだろうか。
第一章 「夫婦関係」に変化あり
○○セックス抜きの友だち夫婦
セックスレスが正面切って取りざたされるようになったのは、二十一世紀に入ってからではないだろうか。実際、厚生労働省の研究班がセックスレスについての調査に乗り出ししたのは二〇〇一年になってから。一〇代から四〇代までの夫婦を対象にした統計で、当時、セックスレスは二八パーセントだった。それが二〇〇八年は三十六・五パーセントにのぼっている。
他の民間企業がとっている統計でも。日本人は年間四十八回ほどで、とにかくセックスの回数が少ないことで有名だ。そして、現実に私の身近にいる男性たちは、その少ない回数に対しても「こんなにしていないだろう、普通」言い放つのである。
夫婦の四割が、一ヶ月以上、まったくセックスしていないという現状。きちんととした統計はないものの、雑誌などで見る限り、恋人のいる二〇代、三〇代の独身男女でさえ、会うたびにセックスする人などという人はまれで、三ヶ月も付き合えば、「セックスなんて、ごくたまにでいい」と言い始める始末だ。
こういう状況に対して、知人である美穂さん(四二歳)は、事もなげに言う。
「私も結婚して一五年たつけど、いつセックスしたかしら、という状態ですよ。ここ数年はしたことないような気がする。今、子供が一三歳と一〇歳。いつ起きてくるか分からないから、夜中は気になってできないし」
住宅事情、子供のことなどをセックスレスに上げる男女は多い。もちろん、それも大きな原因のひとつなのだろうが、最近、よく聞くのは、女性たちからの「夫を男として見られないというセリフだ。
セックスレスが叫ばれだしたころは、夫が「妻を女性として見られない」と、よく取り上げられた。妻側はその気があるのに、夫に女として見てもらえない。家庭に入った妻たちは、どこか哀しい存在に見えていた。だが、実際に私が話を聞いてみると、もちろん「夫にその気がない」人も多いが、同じように「夫を男として見ることができない」女性も激増している実感がある。
厚生省の統計では、セックスレスになっている原因として、順位は違うものの、男女とも「仕事で疲れている」「子供ができてから、なんとなく」「面倒くさい」という理由がベストスリーだ。しかし、その根源にあるのは、「配偶者を異性として感じられない」「配偶者が相手だと性的に興奮できない」という問題ではないだろうか。
セックスレスが話題にのぼると、「女はやっぱりセックスをしていないとダメよね。男に求められているから女として輝けるだと思う」と言う女性もいるが、セックスのあるなしで、女として「輝いているかどうか」をはかるのはおかしいと、個人的には思う。
求められてなんぼという考え方は、どうしても「女性の主体性」が感じられないので、個人的には好きでない。ただ、今の時代であっても、「やっぱり女は男次第」「女は求められてこそきれいでいられる」と言う女性が多いというのも事実である。
しなければしないで、どうということはないという意見も多いのだが、一方で、個人的には、セックスというものは、男女関係には欠かせないものだという気はするのだ。
歳を取ればできなくなるんだから、としたり顔で言う人もいるけれど、できるのにしないのと、できないからしないのとは違う。セックスは挿入のみならず、スキンシップ全般を含むと考えるなら、せっかく男女でありながら、愛情表現や確認の行為をしないのはなぜなのか。
「夫婦はセックスだけで成り立っているわけではない」
これは真実だと思う。家庭は社会の最小単位で、セックスなんかしなくても、夫婦はともに家庭を築くという同じ目標を持っている。嫌でも絆は強い。だから生々しいことなど必要ないと断定する既婚者もいる。
しかし、夫婦は男女でもある。人間は動物と違って、繁殖期を過ぎても性欲を持っているものだ。だから異性と一緒に住んでいて、性欲を駆使しないのはおかしいともいえるではないか。それなのに。なぜセックスを必要しない人たちがこれほど増えているのだろう。
家族だから、身内だから、今さら恥ずかしくてできない、というのは彼ら彼女らの本音なのだろうか。私の疑問はますます深くなっていく。
第2 専業主婦でも家事は分担?
〇気遣いする男たち
〇夫たちの言い分
〇現代の男のプライド
第3 二章 女性たちの「離婚しない理由」
時代は流れ、離婚はそれほど珍しいことではなくなった。結婚前に仕事をしたことのある女性たちが多いため、専業主婦からもう一度、社会に戻ることにも抵抗はない。年収は減っても、夫と一緒にいるほうが精神衛生上、よろしくない。それはひいては、子供の精神にも影響を及ぼすと考える。借金、暴力、浮気。この三つがやまないようであれば、誰もが離婚を勧める時代になっている。
〇愛想をつかしてはいるけれど
〇セックスなし、子どもなし
寝室は別で、一度もセックスしていない。夫が無理に迫ってきたこともない。結婚して二十年近くたつが、「あの夜」以来、身体触れ合うことも、キスしたこともないという。
「私、セックスそのものは嫌いなわけじゃないと思う。だけど、子どもができたら、と考えると、その不安が快感を凌駕してしまうんです。結婚して一年目はそれなりにしたけど、私は心から自分を解放して楽しんだことはなかった。夫は薄々、それを感じ取っていたでしょうね。だからそれ以降は。迫ったりしなかったんだと思います」
彩花さんがそこまで子どもを嫌悪するのは、やはり自分が「親に愛されなかった」という記憶があるからだろう。「子どもの理不尽さが許せない」と珍しく、激しい口調で言った。ただ、子どもは理不尽なものだ。
〇夫とのほどよい距離感
楽しまなきゃソン、楽しんだ者勝ち、ということは、結局、「楽しめない人生」を知っているから言えることなのだろうと推測できる。自分から楽しもうとしなければ、また気持ちがどんどん落ち込む方向に行くことが分かっている。だからあえて「楽しもう」と自分に言い聞かせているのかもしれない。
何時間にもわたって話をし、何度もメールのやりとりを交わしたが、彼女は「恋」とか「男女の愛情」とか、そういう言葉を一切使わなかった。人を恋するとか、「どうしようもないほど好き」という感覚がよくわからないと言い切った。
もちろん、夫婦関係に恋だの愛だのという甘い感覚が不必要な場合もあることはよくわかっている。夫婦から「男女」を差し引いても、夫婦は立派に成立する。私自身は、そこにある種の違和感を覚え、その違和感が肥大していって離婚に至った。
だが、世間では、「夫婦」は「夫婦」というものであって。「男女」とは違うという感覚があることも知ってはいる。何がなんでも夫婦イコール男女であらねばならないというわけではない。
セックスの関係はないというだけで、夫婦の親密度を測ることはできない。彼女の労働意欲や人脈の作り方、資格などを考えると、もちろんひとりになっても十分生活していけるはずだ。
彼女は心のどこかで強烈にそれを望みながらも、やはり「離婚はできない」と考えている。なぜなら、夫との生活がイコール社会生活だから。そしてその社会生活を失ったら、彼女は「自分がまっとうな人間ではなくなっていく」と思っているから。
第4 週末は不倫相手と‥‥
結婚前には数回、セックスの関係があった。ところが結婚してアメリカに行き、気づいたらセックスしないまま一年がたっていた。お互い環境に慣れるのが大変だったとはいえ、さすがの彼女も『これはヘンだ』と思ったらしい。
「一年たったとき、『私たちっておかしくない?』と言ったんです。でも夫は『そうお?』という感じで流しました。私は自分から誘うわけにもいかなくて、おかいなあ、ヘンだなあと思いながらも、あと一年たってしまったんですよ」
二年後、ふたりは日本に戻った。それぞれに組織に戻り。今度は仕事に忙殺される日々が始まった。
「本当に忙しくて、平日はふたりで夕食を一緒にとるなんていうのも、絶対無理な日々でしたね。ただ、週末には一緒に出かけたりもしていたし、仲が悪いわけではなかったんです。
でもふと気づいたら、三十歳間近。私は子供が欲しいと思っていたから、思いきって『子供が欲しいし、こういうのは夫婦としておかしいと思う』と言ったんです。すると夫は、もう逃げられないと思ったのか、話し合いに応じてくれました。彼の言い分としては、『仕事は忙しいけど、楽しくてたまらない。できれば仕事一筋の人生を送りたい。子供が居たら仕事が没頭できない』と。セックスは実は好きじゃないと言っていました。
少なくとも、彼は子供を欲しいと思っていない、セックスも好きではない。仕事第一にして、たまに息抜きができればいいという生活を求めている。彼女にはそれだけが分かった。
「でも、私には私の感情がある。そう言ったら、『僕はきみのことが大好きだよ』って、大好きだということとセックスすることは、彼の中では別の話かもしれません」
ところが三十五歳のとき、彼女は恋に落ちてしまった。相手は妻子持ち、しかも外国人。仕事で年に数回、日本に出張に来るビジネスマンだった。
「仕事帰りに一杯飲んで帰ろうとホテルのバーに寄ったら、彼がいて‥‥。英語で話しかけられたので、英語で答えたら、いつの間にか話が弾んでいたんです。彼、そのホテルに泊まっていて、そのまま部屋で飲み直そうと誘われて、なぜか行っちゃったんですね。いつもだったら、そんな軽率なことはしないのに」
九年ぶりのセックスで、彼女は燃えた。相手が「今思えば。けっこう手練れだった」せいもある。身体がよじれていくようなしびれた快感の中で、彼女はひたすらうれしくてたまらなかったという。
「先のことなんて考えもしなかった。この人と関係を続けるとか、先がどうなるとか、どうでもよかった。ただ、あの快感に浸っているだけで幸せでしたね」
〇身も心も恋して
「私は夫とセックスレスを経験して、とにかくセックスをしたい、快感を得たいと思っていたけど、実際にはセックスだけしていればいいというわけではなかったんです。どんなに激しいセックスでも満足できないものがある。勇二さんと関係を持って、これが恋愛というものなんだと生まれて初めてわかりました。
信頼している人、好きでたまらない人とセックスする楽しさは、かけがえのないものだと思うようになった。もちろん、外国人の彼とのことも後悔はしていませんが、いろいろなことを経て、ここまでたどり着いたんだと思います」
以来、六年がたつが、ここ数年、ふたりはアパートを借り、週末の拠点はそこになっている。金曜の夜にそこに「帰り」、土日は一緒に出かけたり、疲れているときはアパートでのんびり過ごしたり、日曜の夜に家庭に戻ることもあれば、月曜の朝、ふたりはそこからそれぞれ職場へ出かけることもある。いずれにせよ。ほぼ完全な二重生活だ。
はたから見ればそしてごく一般概念で考えれば、「こんな夫婦のありようはおかしい」と言えるかもしれない。だが、それでお互いの配偶者から文句が出ていない限り、第三者に何も言うことはできないし、実際、それぞれの配偶者を知らない私は、当事者ふたりを前にして「こういう関係があってもいいのではないか」と素直に感じてしまった。
一方、恋愛はとてもプライベートで、ふたりだけのことだ。結婚している者同士の恋愛は、社会的契約とは真逆に位置しているともいえる。こういう関係を批判できるのは、それぞれの配偶者だけ。真優美さんと友人関係にある私としては、彼女が女としての人生を楽しんでいることを応援していたい。
〇夫は夫、彼は彼
夫と一緒にいるとイライラする。だけど別れる気にはなれない。自分でさえなぜ一緒に居るのか分からない。そんな女性がいる。
夫は専門職に就いているが、時間的には彼女の仕事のほうが拘束時間が長い。それでも彼女は、夜中までやっているスーパーに寄って朝食の食材を買い、朝は早く起きて朝食を作った。「妻たる者がやるべきことはきちんとやる」と決めたからだ。
だが無理は続かない。三ヶ月ほどで、彼女は自ら課した「妻」という役割に、すでに疲れを感じるようになった。結婚して半年ほどたったころ、私は彼女から相談を受けたことがある。
「夫とのセックスが苦痛だ」
と。彼女に言わせれば、夫がとにかく「下手」なのだという。独身時代のことを考えれば、自分がセックス嫌いだとは思えない。下手な夫をどうしたらいいのか。
彼女の夫は実は超エリートである。ひょっとしたら、女性は彼女が初めてだったのかもしれない。超エリートで生きてきた三十歳にもなる男に、今さらセックスが下手だからなんとかしろ、うまくなれというのは無理なのではなかろうか。
ところが彼女はあきらめきれなかった。どこをどうされたら自分が感じるのか、彼に徹底的に教え込んだ。超エリートだから、教えればすぐにできるようにはなる。しかし、セックスは技術のみならず、感性の問題が大きい。
「教えた通りにしかできない。パターンでしか動けない。セックスの楽しさって、そういうものじゃないのに」
さらに一ヶ月ほどたったころ、彼女は嘆き、それからしばらくは荒れていた。買ったばかりのテレビに、夫のパソコンを投げつけてどちらも壊した。さらにウィークリーマンションへと家出をする。
二週間ほどひとりになって、彼女はまた自宅へと戻った。夫はにこやかに迎えてくれたという。テレビも、夫のパソコンも、もちろん新しくなっていた。それ以来、彼女はときどき、家出をしてひとりになる、という行動を繰り返している。夫は怒ったりしないのかと問うと、いつでも「平常心」なのだそうだ。
「あの人は、自分が決めたことはやり通すタイプなんだと思うんです。だから、私と結婚して一生、添い遂げると決めた以上、絶対に別れないと思う」
夫とのセックスに満足できない祥子さんだったが、不思議なことに浮気はしなかった。セックスだけ他で満足させてもいいんじゃないのと気軽に言ってみたことがあるが、彼女は「それだけはできない」といっていた。一度そうしたら、自分はとんでもない方向へ行ってしまうのではないかと恐れていた。
〇「恋」ではない関係‥‥
それなのに、結婚して一年半が経った頃、彼女は恋に落ちたという。相手にも恋人がいた。その恋人は、そもそも友人関係にあった彼に、祥子さん自身が紹介した相手だった。
自分が離婚する気などさらさらないのに、彼に恋人がいることが、どうしても我慢できなくなっていく。しかも「間抜けな話だけど、その彼女は私の友だちでもあるわけ」だから、苛立ちは募っていった。
ある日、外で別の女友だちと待ち合わせをしているとき、突然、不安感に襲われる。彼に恋人がいる、彼にとって自分はいちばんではないという思いが、恐怖感に近いものとなっていた。涙がとめどなくあふれ、人々が通り過ぎる街なかで、彼女は号泣した。
「誰かにはまると、辛い思いをする。こんな思いはしたくない。恋なんてしたくない」
強烈にそう思った。そして、その彼とはきっぱり別れる。その半年後。結婚して二年がたったとき、彼女は結婚式をとりおこなった。それもまた、自分自身への戒めだったのだという。
「この人と結婚したことを自分で確認するために、式を挙げたほうがいいかなあと思って」
それはまた、縛られていた自分への決別だったのかもしれない。式を挙げたのを機に、彼女は外に男を作るようになった。だが、「恋」ではない。
付き合っているかもしれないし、好きという気持ちもあるけれど、「相手にはまってしまう恋」ではない、と彼女は言う。一年ほどで五人の男とつきあった。セックスが合って、一緒にいて楽しければいいだけ。
「突然、すべてのタガが外れたんですよね。妻とはこうあるべし、という気持ちが、あの”はまってしまった”恋愛で吹き飛んでしまつた。相手にのめり込まなければ、それは恋愛でないし、恋愛でないのだから、夫への裏切りでもない。
第5 ひとりになるのが怖い
自宅住まいのまま結婚し、一人暮らしをしたことのない女性は少なくないだろう。
そうなると、たとえ熟年になってから離婚を望んでも、「ひとりになるのが怖い」という気持ちが生まれてくる可能性がある。
妻が夫に対して不信感を覚えるようになるのは、子育ての時期からと言われている。育児に対して協力的でない、何もかも妻に押し付けるといったような態度を夫に見せられた妻は、心に「恨みつらみ」を蓄積させていく。そして美代子さんのように、子どもの手が離れてから、それらの不満が一気に蘇ってくるのだ。
「あと三十年生きるとしても、このままでは後悔する。そう思って、四十五歳のとき、仕事に就いたんです。上の子はもう大学生でしたし、下も大学に受かったばかりだったから、ちょうどいいなと思って、夫には何も言わず、仕事が決まってから事後報告をしました。
夫はすでにある程度丸くなっていましたから、私をちらっと見て、『若くないんだから、身体に気をつけろよ』とは言ってくれけど、なぜ今ごろから仕事を始めるのか、それについては尋ねてはくれなかった。
いつもそうやって、私の思いや考えを聞こうとはしないんです。起こった事実を受け止めるだけ。それについて自分がどう思っているのかも、ほとんど話さない。だから、夫と一緒にいても気持ちが満たされないんです」
恋人関係にある男女は、お互いの気持ちを知りたがる。自分のことをどう思っているのか、あの時はああいったのはなぜか。好きでいてほしい、好きでいたいから、自分の気持ちを知ってほしい、相手の気持ちを知りたいといも願っている。それが夫婦になると、夫婦という堅牢な枠の中で、お互い安心するのか、気持ちなど確かめなくても日常生活が回っていくと分かってしまうのか、お互いの心にだんだん無関心になっていく。
よく考えればとても寂しいことなのに、日常の煩雑さは、心の機敏を見失わせていく。ある意味では、恋人時代のように神経質に相手のことを考えていたら、やっていけないほど、日常というのは面倒なことなのかもしれない。
気持ちだけではない。美代子さんは、三十代後半から、すでに夫とは肉体的な接触がまったくない。そこにもまた、小さからぬ恨みがある。
「忘れもしません、私が三十八歳のとき、ある日、あそがかゆくて、なんだか様子がおかしいので医者に行ったんです。そうしたら、今でいう性感染症でした。夫を問い詰めると、はっきりしたことは言わなかったけど、どうやらどこかで女性に誘われて、そういう関係を持ったようです。
夫もあわてて病院に行っていました。『本当にちょっとした間違いというか‥‥。ごめん』と素直に謝ってはいました。一ヶ月ほどたったころ、夫が誘ってきたんですけど。もう私、そんな気はなくなっていましたね。
『自分が何をしたか考えて』と言ったら、無理やりのしかかってきたんです。必死で抵抗して、夫をじっと穴が開くほどみつめたら、向こうが引き下がりました。それっきりです。今は娘の部屋が空いていたので、寝室も別にしています」
夫に借金があるわけでもない。言葉で打撃を受けたことはあるが、手を上げられたこともない。性感染症の一件はあるものの、浮気がひどくて困らされたわけでもない。特別ひどいことをされたわけでもないのだが、やはり美代子さんは、結婚生活が決して「楽しい」ものではなかったと振り返る。
どこかで自分だけが、我慢を重ねてきたという実感があるのだろう。半世紀を生きてきて、人生の終盤が視野に入ってくるこの時期、「このままでいいのだろうか」と思い込む女性は多い。
〇このままでいいのかと迷う日々
このまま夫一生を終わっていいのか。この数年、美代子さんずっとそれを自分自身に問い続けている。今の五十歳は若い。「もう一花咲かせたい」と思う人も多い。実際、私の知り合いでも、五十歳で離婚して、仕事をしながら恋愛を楽しみ、自分の人生を満喫している女性もいる。五十代とは思えないほど、若々しく生き生きとし、「まだまだ女を楽しみたいの」と言っていた。
吹っ切れてしまった人には、おそらく楽しい人生が待っている。だが、吹っ切りない人が多いのもまた世の常。美代子さん自身も、夫に負けず劣らず真面目な性格なのだろう。決断しかねているのだ。
誰にも縛られない生活は、誰にも必要とされなく生活かもしれない。自由の裏には、とんでもない孤独がある。うつとうしいと思いながらも、夫に必要とされる生活は、自分自身を生かす生活でもあるのだから。
ひとり暮らしをしたことのない美代子さんは、おそらくイメージがわかないのだろう。ひとりで暮らしていくことがどういうことか、実感がないのかもしれない
第6三章 男性たちの「離婚しない理由」
百組の夫婦がいれば、二百通りの「別れない理由」があるかもしれない。
〇婚外恋愛しても、妻を嫌いになれない
恋愛に慣れていない男性が、結婚後に恋にはまると、大変なことになる。
〇あきらめきれない恋心
妻ともセックスの関係をもっているのに、彼は妻とのセックスを「生身の女とのセックス」と受け止めていないような節がある。
もしかしたら、多くの男たちは、そう思っているのかもしれないと、ふと思った。恋人とのセックスは、「生身の女、自分が情熱を傾けている恋愛の相手」としているもの。
妻とのセックスは「相手をきちんと女として見て、情熱をぶつけるもの」ではなく、「習慣として欠かせないもの」になっている可能性があるのではないだろうか。
どちらが上とか下とかいう問題ではなく、彼らの脳の中で、そんな切り替えがいつしかできてしまっているのかもしれない。
過去に大恋愛と自覚した恋をしたことがあるなら、もう少し諦観できるかもしれない。だが、彼にとっては生まれて初めての濃い思いだ。それでも「恋」は「恋」でしかないのか。あるいは「恋」は「日常の結婚生活」より、彼にとっては上なのかもしれない。
恋の強さの前に、人間の理性など役に立たない。
〇「家庭」になじめない
結婚したのは間違いだった。と話す男たちが少なくない。かつてもそう言う男たちはいたが、今、そう話す男たちの多くが「家庭になじめない」と言う。自分が作った家庭になじめないのは、どういう意味なのか、最初、私にはよくわからなかった。
妻はもうひとり、子どもを欲しがっているが、彼はなかなかその気になれず、はぐらかしている。妻にとって、子どもがふたりになったら、「家庭」は完成形となるというイメージがあるらしい。
「なんだかねえ、覚悟ないままに結婚してしまったツケが来ているのかなと思います。妻が嫌なわけじゃないのに、家に帰ろうとすると体が重くなるんです」
決定的な理由があるわけではない。だが、なんとなく家に帰るのに気が重い。そんな気持ちは、彼の話を聞いていると分からなくはないという気がしてきた。
男は、意外と「ひとりになれる場所」がないのだ。妻は、夫が出かけていけばひとりになれる。子どもがいても、幼稚園や小学校に入れば、少しは自分の時間がもてるようになる。
ところが、男たちは会社で気を遣い、ストレスまみれになり、家庭に戻ってくれば「父、夫」の役割を果たさなくてはいけない。あるいは、妻に「役割」を果たすことを強要されることもあるだろう。昔のように、お父さんは家で威張っていていい立場ではなくなっているのだ。
第7 別居生活は長いけれど
夫婦は基本的に同居しているものと一般的には思いがちだが、別居して夫婦関係を続けているカップルも、世の中にいる。もちろん、仕事の都合で別居しているだけで、お互い行き来があるとか、なかなか会えないが信頼関係はあると当事者が言うなら、それはとても羨ましいことだと思う。
お互い好きな仕事をしながら、相手を信頼し、味方でいられるなんて、とても素敵なことだと思う。
ただ、世の中はさまざまで、「どうして別居して、しかもこういう関係なのに、まだ夫婦でいるのだろう」と思うような二人もいる。関係性が膠着状態になっているとでも言うべきか。もしかしたら夫婦というのは、「話し合い」を避けてもやっていけるのかもしれない。
〇冷えた関係ではあるけれど
男性たちが離婚しない理由も、女性たち同様さまざまあるが、ひょっとしたら女性ほど真剣に「離婚」そのものを考えたことがないのかもしれない。結婚したら、そのまま「たいして何も考えずに」家庭は維持され、末は夫婦二人で旅行しながらのんびり暮らす、と無意識に思っている人が多いのではないだろうか。
女性たちは、その間、夫と密なコミュニケーションが取れないことで悩み、育児に非協力的な夫を恨み、それが積み重なって愛想を尽かすようになっていくことが少なくないのに。
実際、今は女性からの離婚申し出の方が夫からのそれより多いと聞く。
夫が妻に「離婚」を言い出すのは、外での恋愛に本気ではまったときだろう。
「妻に『離婚してほしい』と言ったら、『いいわよ』という返事が返ってくるものだと思っていたんですよ。ところがそうはいかなかった。『絶対に離婚しない』と言われて、少し驚きました」
男女が惹かれあうときは「好き」という感情以前に。もっと動物的な本能のどこかが強烈に刺激されるのではないかと私は思う。自分でも表現のしようがない不安にも似た高揚感、無条件に近づきたくなる、触りたくなる欲求、相手の何に惹かれているのかもわからない。いや、惹かれているのかもわからない。
そういうところですでに恋は始まっているのではないだろうか。そして、そういう恋は一気呵成になだれ込んでいく感覚で始まっていく。
男が妻を「同志」と言うとき、対等な意識よりむしろ「わがままを許してくれる母親的なもの」を感じているのではないかと私は思う。
○○ぎくしゃくしている夫婦関係
一方で、妻との関係もしっくりとはいかない。日常生活はごく普通に続いているが、妻は、あのとき「私はずっとあなたを愛していた。これからも変わらない」という言葉を発したとは思えないほど、淡々としている。
「彼女の行方分からなくなったこと、すべて自分が悪いと思っていることなどを、あのころ妻に話したんです。謝り倒して、もう一度、やり直してほしいとも言いました。
妻は短く『わかった』と言っただけ。その後、いっさいその話に触れようとはしない。だからといって、会話があるわけでもない。この件がばれるまでは、妻とはけっこう会話はあったんですよ。今は妻が話すのを避けているような気がしますね」
第8 四章それでも夫婦は続いていく!?
先日、とあるテレビ番組で、妻に先立たれた七十歳くらいの男性が、「夫婦の絆は、親子よりも強い」と涙ながらに話しているのを見て、胸を衝かれた。多くの夫婦が、いろいろなことを乗り越えて、相手に先立たれたときにそう感じるのかもしれない。
私はせっかく結婚したのに、しかも自分が追いかけ、結婚を迫り、嫌がる相手を説き伏せてようやく結婚したのに「夫婦関係」を築けなかった。家族も持てなかった。年齢を経るにつれて、それが自分のコンプレックスになり、ある種の欠落感にもつながっている。
○○ヘンな夫婦かもしれないけれど
自分なりの充実を図っていくと思えば、人はもっと気がラクになるのかもしれない。「ヘンな夫婦」と言われても、それを聞き流す余裕があれば、「自分たちならではの関係」と自負できるようになるのではないだろうか。
それぞれやりたいことがあるとか、結果的に子どもはいらないと考えたとかならともかく、結婚してすぐにセックスしなくなったという夫婦というのがいる。はたから見ると、なんとも不思議なかんじがしてならない。
とある飲食店で知り合った茂さん(四十三歳)は、結婚して十六年たつが、結婚以来セックスしていないと言っていた。最初は酔っ払いの戯れ言かと聞き流していたのだが、周りの人たちから話から察するに、そうではないらしい。あげく、彼はその店で知り合う女性を口説くことでも有名らしかった。
一目惚れして夏くらいから猛アプローチをかけて、その年の暮れには一緒に住んでいた。ただ、彼女が『入社一年もたたずに結婚するなんて恥ずかしい』と言ったので、結婚式は翌年の春にしました。
その結婚式の夜ですよ。『やつと式を挙げられたね』と近寄ったら、『相談がある』と。『私、セックスしたくないの』って、言ったんです。僕はものすごく驚きました。僕だって、別に絶倫というわけじゃないんだけど、ごく普通に性欲はありますからねえ。『したくない』と言われると傷つくし」
結婚して数年たって、お互いに「いて当然」という関係なっていればいざ知らず。結婚式の夜に新婦が言うセリフとは思えない。よほど訳があったのだろうか。たとえば、どうしても子供が欲しくないとか。
○○どうしてもセックスが好きになれない
その後、実はひょんなことから私は、茂さんの妻である美咲さん(四十歳)に会うことができた。茂さんが、偶然に出会ったと、私のことを妻に話し、たまたま私の本を読んで知っていた美咲さんがメールをくれたのだ。
「私、本当にセックスが好きになれないんです。特に理由はないんだけど、主人と同棲しているときも、セックスが楽しいと思ったことがなくて。その前の人もいたんですけど、やっぱりいいとは思えなかった。
自分がおかしいのではないかと思って、カウンセラーに相談に行きました。だけど理由が分からない。あるカウンセラーに『人間、食べ物とだって映画だって、好き嫌いはある。あなたはセックス嫌いに生まれてしまったんだと思えば、気が楽になるのでは?』と言われたんです。
「もし主人が、誰か本気で好きになった人がいて離婚してくれと言うなら、私は離婚しかないと思っています。いつ捨てられても仕方がない。セックスに応じられない私がいけないんですから、だけど、無理に応じていると、好きでもないことをさせられているという気持ちになるんです。私は主人を好きなのに、セックスのために嫌いになってしまいそうで・・・・」
「私誰にも言ったことがないんですけど、性感マッサージや出張ホストに何度かいったことがあるんです」
美咲さんの悩みは、相当深かったのだ。嫌いなものは嫌いなんだから仕方がないと、割り切っていたわけではなかった。
「ネットで調べて、この人ならと思う人にメールを出して。よく『オーガズムを感じない』という女性はいると雑誌で読んだりしたけど、私はそれ以前の問題。そもそも裸で抱き合うのもあまり好きじゃないんです。
手をつなぐのは好きなんだけど、そういうことを話して、何人かの人と会いました。ホテルに行って、マッサージしてもらったり手でやってもらったりしました。
技術があるから、気持ちよさはあるし、私、別に潔癖性ではないので嫌悪感があるわけでもない。だけど、別に積極的にしたくはないというか、できればしたくないという結論になっちゃうんですね。生理的に嫌いというほどでもないけれど、自分の中の性欲を意識したこともない。上手く説明できないんですけど」
彼女の場合、セックスという行為そのものが、どこか「嘘くさくて」たまらないのだという。自分が女として、女を主張して演技しなくてはいけないもの、自分自身に嫌気がさすらしい。彼女の気持ちを「わかった」とは言えないが、そういう人がいても不思議ではないと、私は、目の前の美咲さんを見ながら思っていた。
○○恋を夫に相談してしまう妻
夫婦が、母と息子、父と娘のような関係性になってしまうのは、それほど珍しいことではない。ただ、通常の親子でも、そんな相談はしないだろうと思われるのが、真砂子さん(三十四歳)と、隆夫さん(五十六歳)の再婚カップルの関係だ。
真砂子さんは、明るくて楽しい女性。販売の仕事をしているが、彼女が接客すると、客は必ずリピーターになると言われるくらいだ。人付き合いもよく、会社の同僚たちと飲み会にいっても、別のグループからお呼びがかかるくらいモテるらしい。
お酒が大好きで、飲むとノリがよくなり、男性にも惚れっぽくなってしまう。そして、恋をしたと感じると、夫の隆夫さんに相談するのだという。
このふたりとは、たまたま知り合いに連れて行かれた、とあるカラオケスナックで知り合った。べたべたしながらデュエットしている姿がほほえましく、つい話しかけて、互いに離婚経験者で、再婚して五年になるとことを知った。妻は夫に甘えた口調で、「パパ」と呼ぶ。
でもねえ、目をウルウルさせながら、『好きな人ができちゃったの』と言われる僕の心境、けっこう複雑なのよ」
その日は、食事をしてカラオケに行って、楽しかったと帰って来たんですが、数日後、黙って遅くなったんですよ。帰って来たのは午前一時を回っていた。心配で何度も携帯に電話したのにつながらなくて。
ようやく帰って来たときは、ほっとして思わず抱きしめてしまったんです。すると彼女は『彼とキスしちゃったの』と。僕、それまで自分が嫉妬深いなんて考えたこともなかったんだけど、そのときは頭に血が上ってねえ。
思わず彼女を押し倒して、無理やりセックスをしてしまいました。彼女に『本当はエッチしたんだろう、彼はよかったのか』と言いながらしていると、やたらと興奮する。彼女を見ると、もう目の焦点が合っていなくて、やはりものすごく興奮している。
その恋はほどなく終わったみたいなんですが、それ以来、彼女は好きな人ができると、いろいろ相談にしてくるようになったんです」
「パパは、私にとって文字通り、父親であり、兄であり、恋人であり、親友であり‥‥。
すべての関係がパパとの間にあると思っているんです。だから外で恋したとき、自分の中だけでおさめておけなかった。私のことは全部知ってほしいから」
○○夫の不安と決断
○○それでも、ひとりよりふたり?
人間は本当につらいことはしないと、私は思っている。もちろん、DVの夫から逃げられないところまで追い詰められてしまった人は別だが、そこまでいなければ通常は「逃げる」ことができるはずだ。心身が崩壊するような危険を感じたら、どんな手段を使っても逃げた方がいいに決まっている。
あれから約二十年、我慢することはそれほどいい結果を招かないというのが一般的になったのかもしれない。
「それでも行動に移さなかったのは、結婚する時に、絶対離婚はしないと決めたからかなあ。離婚したら自分を裏切るような気持ちになって、自分を許せなくなると分かっているから」
一方で、早々と「夫婦の絆」定義づけて語ろうとする女性がいる。
「なんだかんだ言っても、男と女は一緒に暮らして同じものを食べて、初めて絆が生まれるんだと思う」
一歳年下のエリートの夫と結婚して十二年、自分の実家を二世帯住宅にして暮らし、本人も趣味が高じてアクセサリーの店まで開いてしまった。何もかもうまくいっているように見えていた。常に夫との絆も強調していた。夫と彼女の両親との仲も良好。この不景気な時代にあっても、年に一度の海外旅行は欠かさない。
そんな彼女が厳しい口調で「一緒に暮らしてナンボ」という発言をしたのには、突然、夫の浮気疑惑が降ってわいたからだ。後日、改めて話を聞かせてほしいと頼んだが、なかなかいい返事はもらえなかった。時間をかけて頼み続け、ようやく彼女に会うことができた。
彼女は喫茶店の席に落ち着くなり、開口一番、思い切ったようにこう言った。
「実はうち、ここ十年以上、セックスレスなんです」
いつも幸せを強調する彼女から、私はどことなく「無理」を感じ取っていた。本当に幸せな人は、それを強調する必要などないからだ。そして、彼女は不倫している男女にも厳しかったし、長く付き合って結婚しない人たちにも妙に冷たかった。
彼女にとっては、結婚こそが「愛情の証のすべて」なのだろう、そういう価値観をもっているのだろうと思っていたが、セックスレス発言で、すべての謎が解けたような気がした。
彼女はセックスレスであることを打ち明けて気がラクになったのか、今までの結婚生活を語りだした。
結婚当初、彼女たちは賃貸マンションに住んでいた。あまり壁が厚くなく、あるとき、隣のカップルの喘ぎ声が聞こえた。夫は露骨に嫌な顔をしたという。
「それからかな、あんまり夫がしなくなったのは。私も自分から迫るタイプじゃないから、少しずつ間遠くなっていきました。その後、自宅を二世帯住宅にして引っ越したんです。
頑丈に作ったから声が漏れるようなことはないんだけれど、やはり夫はしようしなかった。台所もお風呂も全部別にしたのに、夫はなぜかうちの母の料理が気に入って。結局、週末はほとんど親たちと一緒に過ごしています。
うちの夫、中学生のときに母親を亡くしているので、家庭的な雰囲気に飢えているんでしょうね。両親と夫と私で食事をしていると、なんだか夫と私は姉弟みたいになってしまって。今思えば、それもいけなかったと思います」
そのころから年に一度は夫婦で海外旅行をしていたが、朝から歩き回って、夕食でお酒が入ると、夫は部屋に戻ってすぐ寝てしまう。これはいけないと南の島でのんびり過ごす旅行も計画したが、夫は昼間、海での遊びに専念。夜はやはり疲れて寝てしまう。
「二週間旅行しても、結局、一度もしない。ここ数年、私はすごく悶々とするようになりました」
昔に比べてセックスの情報も蔓延している。女性もセックスをしたいと言っている時代になっていることを、彼女は察知していた。周りの友達は、恋人がいてセックスライフを楽しんでいる。それなのに、私は夫に女として見てもらえず、性の歓びも知らない。女として負けている。彼女は焦った。
焦りは他人への厳しさを生んだ。結婚しない女を避難し、不倫をしている友人を罵倒した。自分は女だということを強調するために、月に二度は美容院とエステに通い、洋服もたびたび新調した。
「三年くらい前、思いきって夫に話したんです。私は子供が欲しい。と。本当は子ども云々よりセックスがしたかったのだけど、そうは言えなくて‥‥。すると夫は『オレ別に要らないけどなあ』って。彼にとっては、とにかく今が居心地いいし、仕事も思い切りできる。子どもがいたら、旅行だってできなくなるし、真顔で言う。
この人自身が、私の実家で子どもとして心地いい思いをしているんだなとよくわかりました。仕事では一人前だけど、ひとりの男と見ると、責任をもって家庭を築いていこうという覚悟ができていなかったのかもしれません」
セックスレスも、ここまで来ると重症だと感じざるを得なかった。彼女は少しずつ病んでいっている。そのときも、近くのテーブルにいた若い女性他に対して「化粧が下手ね、あの人」とか、「どうして若いのに、あんなに髪をばさばさにして平気なのかしら」と悪口が続いた。
第9 夫に恋人が。そのとき妻は‥‥
同い年の夫と結婚して十三年たつが、うち七年、夫には由香里さんという二つ年上の恋人がいる。妻が、夫の恋人の存在を知っているのだ。そいて、知っているだけではなかった。メールには、「私たちは三人で一年以上話し合って、誰もしないような決断をしました」と書いてあった。
「自分でもなぜかわからない。妙な勘なんです」
萌香さんの勘は、それだけではなかった。外泊の前から、夫の様子がどこヘンだった。
セックスはするが、キスの仕方が以前とは微妙に違う。ディープキスを嫌がっているような気がした。胸の触り方も「何か違う」と思っていた。
女の勘、妻の勘は鋭いものだ。何がどう、と言葉では言えなくても、長年、一緒に暮らした女性は必ず夫の変化に気づいている。
その後も、夫の帰りが遅くなることがあった。それほど頻繁ではなく、「パチンコした」「同僚と飲みに行った」と、言い訳は怪しいと感じる以前と同じだった。なのに、萌香さんは「この言い訳は本当のことではない」と勘づいていた。
ある日、また遅くなったとき、萌香さんの口からするりと言葉が出た。陽ちゃん、しんどいやろ。嘘つくのはやめとき。由香里さんとつきあっているんでしょ? 由香里さんに赤ちゃんできたの?」 萌香さんは言ってしまった
萌香さんの顔が緩む。陽介さんの写真を何葉も見せてもらったが、写真に写る彼は、いつもおどけた顔をしていて、たしかに憎めないタイプなのかもしれないと思わされた。
一年近く、三人は話し合いを続けた。そしてある日、由香里さんから萌香さんに手紙が届いた。念書のようなものだ。
「そこには五つの条件がありました。離婚してくれとは絶対言わない、二度と妊娠しない、陽介を外泊させない、週に一度だけ会社帰りにデートさせてほしい、月に一度、土曜日は朝から終電まで一緒に居させてほしい。
自分が守れなかったら、即刻別れます、という内容でした。
○○苦しんで苦しんで得た覚悟
私たち、阪神・淡路大震災にあっているんですよ。そのとき、気づいたら陽介が私の上に布団を二枚かぶせて、さらにその上に自分が乗っていてくれた。いざとなったら、この人は命を懸けて私を守ってくれるんだということが実感できたんです。
あの震災で、叔母も友人もなくしました。だからこそ明るくて生きなければ、今日を大事に生きなければと思うようになった。人はいつ死ぬんでしまうか分からない。私は彼が大好きだから、最後まで、彼の味方でいたいと思ったんです」
男ってヤツは、と嘆くのは簡単だ。だが、萌香さんのように魅力的な女性を、そこまで虜にさせるのだから、彼もやはり魅力的な男性なのだろう。
○○夫と恋人の破綻
女の不安は、男に伝わるものだ。たとえ言葉にしなくても、縋るような目や態度を、ある瞬間から、男はうっとうしく思うようになりがちだ。それに勘づいた女は、ますます不安になっていく。すでに悪循環に入り始めた関係‥‥。そのころ、由香里さんはたびたび萌香さんの家に来ていたという。ひとりで不安を抱えきれなくなっていたのだ。
○○第三の女の出現
おわり
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