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第九 三章今ひとたびの、めぐりあい

本表紙 沖藤典子 著

縁結びのビール

 夏の台風の近いことを予告するような、昼下がりの風が吹いていた。その蒸し暑い湿った空気をかきわけて、私は東京・五反田駅前のとあるビルを探していた。

 そのビルはすぐ分かった。歩いてほんの二、三分、何人かの初老の男たちがビルに入っていく。多分この人たちは今日の出席者なのだろう、どういうわけか気恥ずかしい想いで、エレベーターに乗った。誰もが無言のまま、階を示すボタンを見上げている。

 ドアが開いてエレベーターを降りると、すぐ目の前に白い布をかけた受付があった。

 その後ろの壁際に取材を手伝ってくれるIさんが待っていた。彼女はいつも、何かきっと決意しているような目をしているのだが、今日その光が一層きつい。

「無限の会に取材にいって、素敵な人に出会ってしまったらどうしょう」
 これが二人の最大の心配事だった。あとになってみれば、よくもまあ厚かましくも図々しいと思うのだが、二人はいくつになってもこの自惚れから足が洗えない。

「お待たせしてしまったかしら」 
 二人は、緊張と期待の目を交わし合った。
「無限の会、第七七回懇親会会場」
 会場の入り口に案内板が出ている。

 無限の会は本部を京都に置き、全国に二〇支部がある。その日は関東ブロックの集まりだった。ブロックの代表の高橋耕治氏に挨拶を済ませて会場に入ると、よくきいた冷房が頬を打った。熱を冷ましなさいとよと言われているようだ。シャンデリアが六つ、華やかな光を放っている。

 もうすでに四、五〇人の男女が集まっていて、しきりに名簿を眺めている。
 名簿には出席者の番号と氏名。居住の県名と趣味が載っている。男性六二名、女性四九名。後ろのほうに、紹介方法が書いてある。

1、 親睦会に出て相手を探します。

 イ「親睦会」親睦会に出席して多くの方と話し合いその中で自分に合う人を見出すこと。
 ロ「カード閲覧」親睦会で話した方のなかから、三名までカード閲覧の申し込みができます。
 ハ「一名申し込み」閲覧の結果一名を選び、正式見合いを申し込みができます。
 ニ「相手に連絡」申し込まれた場合事務局より相手の方に連絡し、意思を確認します。
 ホ「申込者連絡」相手の結果を申込み者に、事務局より連絡します。
 ヘ「正式見合い」双方日時を調整し、事務局にて改めて正式見合いをします。

 Iさんは、二四の番号をつけた紳士を捕まえて、さっそく質問を始めた。名簿で確か
めると、六四歳、埼玉県、趣味は旅行、民謡、釣り、一度リタイヤしたけど、また勤め
に出ている、そんな感じの人だった。

「もう何回ぐらいここにきているんですか」
「私は古いですよ。旅行にも行きましたね」
 最後のページに、これからの親睦会予定と会津への一泊旅行のお知らせがある。二次
会の参加申込書もついている。催し物はいろいろあるらしい。

「あら、旅行もあるんですね。十一月ですか。私も同行してみようかしら」
 Iさんのなみなみならぬ関心の深さが伺える。
 話をしている間も次々に人が集まり、チラチラと男性の視線を感じる。男性は背広姿
が多いが、カッターシャツにズボンというラフな格好の人もいる。女性はサマーウール
のスーツをぴしっと決めたキャリア・ウーマンふうの人や、黒の絽の着物の人がいるが、
花柄のワンピースが多い、真珠のネックレス。やっぱりみんなお洒落をしてきている。

会場は奥に金?風、中央に料理を乗せたテーブルがあって、壁際には人数分の椅子が
置いてある。受付を済ませた人は、椅子に座って視線のやり場に困っているかのように、名簿を眺めている。

二四番氏のように古顔の人も多いからしく、やあ、やあと同窓会のようにおしゃべりしているものもいる。それはだいたいが男性同士だ。女性は何となくうつむきかげんで、群れをつくらない。キロキロ会場を見渡しているのは私くらいのものだ。その私に二四番氏はいった。

「女の人はくる人がよく変わるんですよ。二、三回休むと知らない顔になっています」
「お相手が決まるんでしょうかしら」
「さあ。どうなんでしょうな。今日は京都から和多田先生がくるって聞いたんで、楽しみにしているんですよ。先生の話は、気がびしっと引き締まります」

 和多田先生とは、無限の会の会長の和多田峯一氏のことである。本会の設立は昭和五六年、ちょうど丸九年が経った。現在会員は九〇〇〇人、累計会員は四万人を超えた。この間に九六七組がゴールインした。会則を守らず除名したのも一二〇〇人ぐらいいるそうだ。

 入会金五〇〇〇円、月会費一五〇〇円、入会には戸籍抄本と住民票がいる。入会資格のある年齢は、男性四五歳以上、女性は四〇歳以上。ほかにカードといわれる略歴。親睦会の会費五五〇〇円。

 開催の時間がきて、高橋耕治氏がマイクの前に立った。開会挨拶のあと、
「これから交流会を始めます。男性が外側に、女性が内側に輪をつくってください。一分間ずつ話してもらいます。どんなことをしゃべって、まんべんなくおつきあいしてください。恥ずかしがってそっぽを向かないように。目的はお相手を探すということですので、よろしくお願いします。

 みんなが立ち上がって、周囲を伺うようにしながら、大きな輪をつくった。
「男性の方、隣の人と手をつないで、もっと輪を大きくしてください」
「女の人は、回れ右してください」

 二重の輪ができて、男性と女性が向き合う形になった。三〇名くらいの男性は、前に立つ女性がいない。今日は女性のほうが出席者は少ない。

 ピーッと笛が鳴った。
「さあ、向き合っている人とお話ししてください。どんなことでも結構です」
 話し声が一斉に湧きあがった、男性も女性も名簿を片手に、番号と名前を確かめながら話すことになる。一〇〇人以上の人間が一斉に話し出したので、その輪にいる者には、何を喋っているのかは聞こえない。

 一分経って、またピーッと笛が鳴った。
「女の人、左に一人ずれてください」
 スーツをピシッと決めたかっこいいキャリア・ウーマンふうの人も、おばさんのような人も、奥様ふうにおっとりとした人も、一人ずれて相手が変わった。また、話し声が湧き上がる。

一分経ってまたピーッと笛。また話し声。こうやって一人一分ずつ話す。前に立つ女性がいないと心配していた男性の前にも、女性が立ち始めた。こうすれば、あぶれることはないわけだ。

 一人一分で印象を見定めるというのは難しいだろうなと思う。名簿からの情報は、年齢と趣味のみ。その人の背後にある膨大な半生は隠されたままだ。ここは勘を研ぎ澄ませないと、大物を逃してしまう。だけど、まず、年齢と趣味から見合いが始まるというのは、いかにも中・高年者の集いらしい。

 見合いというものをしたことがないし、こういう集団見合いを取材するのも初めてだが、とにかく最初は大雑把なところから、広く浅くいろんな人に接してみることが大切なのだろう。

二重の輪になって、女と男が向き合う、そして何でもとにかく喋ってみる。相手を探す努力の第一歩は、喋ることかもしれない。恋愛は饒舌から始まり、結婚は沈黙に終わる。あるいは、恋愛は饒舌を生み、結婚は沈黙を生む、いや饒舌の結婚もあるだろうけど。

 初めはおずおずという感じだった会場も、時間が経つにつれて、大変な喧騒になってきた。名簿と名札を見比べながら、話す方も話される方も興奮状態だ。女性が動く分だけ、積極的になるようで、話しかけるのは女性のように見える。

 もし私があの輪の中にいたとしたら、どんな気持ちでいるだろう。とにかく話さなきゃと必死でいるに違いない。私なら何を話すだろう。一人一分という時間に脅迫されて、モゴモゴしているうちに、次の人にいってしまいそうだ。

ここはしっかりと、尋ねるべき”ひとこと”を用意しておかないと、気後れしてしまう。いきなり収入とかお子さんは? とか尋ねるのも変だし、学歴なんか聞くのはもってのほかだし、だけどそういうことも、無関心でいられないだろうし、

本当にみんな何を喋っているのだろう。あとで、話題のビッグ3は趣味・家族関係・健康なのだと聞いたのだが。

 そうだ、私なら、これでいこう。

「お料理は何が得意ですか。洗濯は週に何回していますか。お掃除は好きですか」
 男の家事能力で迫る。これに決めた。せっかく再婚するなら、家事のできない男なんてまっぴらごめんだ。女と男の究極の助け合いといえば、家事に尽きる。

私なんかはこの会に入る資格なしだというのに、自分も輪の中に居るような気になって、”家事・親父”を探そうと決意を固めた。自分と同世代の女たちが結婚相手を探している現場を目の当たりにして、私もじっとはしていられない気分だ。私はひどく後れを取ってしまっているのではないか。

 自分が尋ねるべきキーワードが決まるとひどく安心して、外の空気を吸うために会場の外に出た。もはや冷房が効きすぎている状態ではなく、逆に熱気が渦巻いている。一〇〇人の人が発する熱というのは、まことにすごい。結婚はやっぱり、人生最大の熱源体なのだろう。

 会場の入り口で、和多田会長に会った。
「みなさんすごい熱気ですね」
「こうやれば、みんな喋るんです。こうでもしないと、喋らんのですわ」
「そうなんですか」
「自由に喋ってくださいというと、遠慮するか恥ずかしいのか、この年代の人たちっていうのは男女交際を知らないのか、とにかくうまくいかんのです。無理やりでも喋ってもらわないと」

「発足して丸九年、この会もすっかり定着しましたね。まとまったのが九六七組と伺いましたけど、年にだいたい一〇〇組ですもの、驚きました」

 こんなに相手を求める中・高年の人たちがいて、こういう努力をして、約四日に一組がまとまっていく。これはやっぱり驚き以外の何ものでもない。

「なかには、この会を悪用する奴もいましてね」
「そういう人、いるんですか」
「弟が弁護士をしていて、資産が一億あるとか、ウマイ話を持ち掛けるんですが、みんな嘘なんですわ。こういう奴がいるから、用心しないと」

 女をひっかけにくる悪い男、女なら誰でもいい、嘘でもなんでも利用できるものは全部利用して、女を手に入れたい。人生経験を積んで、それなりの見識のあるはずの男が、何と情けない。中・高年といってもいろいろなんだ。これはやっぱり用心しないと。

「どういうタイプのカップルが、決まるようですか」
「澄ましている人はまずダメですな。お父さん顔、お母さん顔の、よく喋る人がいいみたいです」

「生活の歴史がにじみ出ている顔というわけですね」

 膨大な半生の決算が黒字となった顔。安心できる顔。顔はやっぱり履歴書 であるということだ。若い結婚と違って、中・高年の結婚は安心がいちばん。親しみやすい”親男親女”。私やIさんのようなトゲトゲしい顔つきは、早めに諦めたほうがよさそうだ。

 この会で知り合ってゴールインするまでには、交際六ヶ月、いろいろ整理に六ヶ月、一年はかけるようにアドバイスをしているそうだ。電撃結婚は、やっぱり中・高年には向かないらしい。慎重に、慎重に。

 一分ごとに六二回、ピーッと笛が鳴って約一時間。一分のスピーチが終わった。男と女と交互になって、壁際の椅子に座るように指示があった。

 和多田会長がマイクの前に立った。激しい勢いで、挨拶が始まった。ごく普通の話である。

「無限の会も丸九年が終わって、中・高年者の結婚も社会的承認が得られるようになりました。しかし、まだこの会を悪用しようとする不心得者がいます。お遊びでくる人は、シルバーに行ってください」

 シルバーとは、高齢者向けの結婚相談所のことだ。何十万円という入会金を取るのだそうだ。あたかもその入会金の高さによって、いい人が決まりますよとでもいうように。

「お金で飾りたい人はそっちの方にいってくれたほうがいいってくれたほうがいい。この会はお金を目的とする結婚産業ではありません。皆さん方の自主的な活動を助ける組織であり、二人で楽しく人生を燃焼したいと思う人がくるところです。

 ルールを守らない人もまだまだいます。絶対に自分の電話番号を教えないこと、女性同士でも慎んでください。女性に電話番号を教えて、その人が男性に教えて、非常に迷惑をこうむった人もいるのです。

この会場だけのつき合い、それ以外は事務局を通してきちんとやること。人の中傷も非常に多いけれど、そんなヒマがあったら、相手を探すことにもっと一生懸命になったほうがいい」

 これはまるで、会の説明というよりも訓示である。思春期の高校生を前にした校長先生の親心。二四番氏が和多田会長の話を聞くと気が引き締まりますと言うのもうなずける。

 会場から小さな笑い声があがって、しきりにメモをとつている女性もいる。会費も安いことだし、遊び心でくる男もいるとなると、これは何回も何回もいって、注意を呼びかける必要があるのだろう。

「男性もうかつな行動を慎むことです。これは、七二歳の男性と六一歳の女性の例ですが、事務局で見合いをした後、男がホテルに誘った。何もしないからホテルに行こうと。そしたその女性が、あの人はすぐホテルに誘う男だ、いっても何もしないんだって。

どうせホテルにいくんなら何かしたらどうだ、って言いふらしたんです。男性も、その女性がお喋りで不幸でしたね。だけど、きちんとルールを踏まないからこういうことになるんです。この男性は会を辞めましたが、すぐホテルに誘う自体が非常識なんです。

この会はあくまでも、ルールを踏んで幸せになる会ですから、そこんとこをわきまえてください。男性の中には、申し込めば女性は受けるものだと自分勝手に決め込んでいる人もいます。断られてしょげ返っている。ここでの話は、社交辞令だと知ることです」

 再び笑い声が起こった。
 注意はまだ続く。どの女性にも”僕のカード”を見に行ってくださいと言う男性。望みが高くて、カードを見たとたんに断る女性。

 考えてみれば、ここに集まった男女は、結婚相手を探すということだけが共通項で、後はまったく見知らぬ不特定多数と言ってもいいような集まりだ。だから、いろいろ欲望が渦巻いている。

遊び心や財産やホテルや、よほど用心していないと、会に入ったこと自体が裏目に出てしまう。注意が厳しくなるのも、過去九年の実積の重みというものだろう。会長は悪の芽を踏み潰す。

「皆さん方も、早く相手が決まったと、事務局に報告できるように頑張ってください。それが事務局のやりがいでもあるんです」

 スピーチが終わって、乾杯。ビールの大ジョッキが運ばれ、料理が運び込まれる。乾杯の音頭をとったのは、その日一番の名札をもらった男女一人ずつ、お互いの健闘を期待して!

 見ていると急にカップルが出来上がるというものではないようだ。やっぱり男は男で固まっているし、女は女同士で小皿をとったり箸を渡したりしている。

 私が近づいていくと、心なしか女性の何人かは顔を背けるような気がする。最初に高橋代表より、今日は取材の人が二人来ていると紹介されていたので、私が何のためにここにいるか、みんな知っている。

取材ということで警戒するのか、それとも感情的に反発するものがあるのか。いいわね、あなたは相手を探さなくてすんで。この気持ち、あなたなんかに何が分かるのさ。でも、こっちは、相手を探せる状況にいる人を、心底羨ましいがつているんだけど。とにかく、避ける人には近づかないようにしよう。

 その点、男性はあっけからんとしている。楽しそうにしゃべり合っている男性もいる。
「楽しそうですね」
「楽しいからダメなのよ。こんな”野郎”と楽しがっていちゃ、いつまでも見つけられない」
「再婚ですか」
「二度女房を亡くしてね。三度目」
「再婚をうまくやるコツは何ですか」
「そりゃ、前の女房の親戚と切れることですよ。これが難しい。子供が居るならなおさら」

 この言葉は、のちのち私の取材を助けてくれた。義理家族というものの知恵の第一歩を、この男性から教えてもらった。

 男たちはじつに親切で、料理を皿にとってくれたり、ビールの心配をしてくれる。自分のもと奥さんにもこうしたのかしら、まったくよその知らない女にはマメマメしいんだから。

 マイクで呼び出しが始まった。こういう仕組みになっているのか、この会に来て初めて得心がいった。自分がもっと話したい人の番号を事務局に告げる。そうすると、マイクで呼び出してくれるのだ。男性が呼び出すだけでない。

女性も男性を呼び出す。二人で空いた席を見つけて話し合う。これでよしとなったら、紹介方法の”ロ、カード閲覧”で身上書をみるわけだ。無限の会の紹介方法がようやく分かった。呼ばれた方は必ず呼んだ人に会う。周りの人も、別に冷やかすふうでもなく、みな、淡々としている。

「男性が呼ぶのは、若い女性ばかりですよ」
 驚くほどの行動力でいろんな人と話し込んでいたIさんが、いつの間にか私のところに来て囁いた。その声にはいささか憮然としたものがある。

 名簿を見ても、女性のほうに若い人が多い。
 今日の出席で男性のいちばん若い人は四〇歳代が二人。最高齢者は七七歳が二人。六〇代が圧倒的に多い。平均年齢を計算してみるとちょうど六〇歳。女性は四三歳が一番若く、最高七〇歳、五〇代が圧倒的だ。平均年齢五十五歳.男六〇、女五十五が、この会の平均像というところか。

 この会は男性四五歳以上の人が対象だが、入会資格に達しない四三歳の男性もいる。これはIさんの情報によると、こういうことであるらしい。四〇歳を過ぎると、普通の結婚紹介所では相手にされない。しかも、人物本位で相手を探そうとなると、若い人向きのところではうまくいかない。若くもなければ老いてもいない人にとってはちょうどいい場がないのである。

 国の統計で再婚者の年齢をみても、再婚はやはり若い人のものだ。平成元年の人口動態統計では、男性の再婚は三〇代、女性の再婚は二〇代に集中している。いわゆる老婚と言われる五〇代以上の再婚を見ると、五〇代は男性で八・三パーセント、女性で三・五パーセント、六〇代は二・五パーセント、女性〇・六パーセント、七〇代になると男性〇・八パーセントに対し女性〇・〇七五パーセントしかない。

 実際には届ないものもあるにせよ、老婚が多くなったと言われてもまだこの程度、五〇代をすぎた女性の再婚は、男性の半分かそれ以下。私もまたIさん同様、男性の若い女好に憮然としてしまう。

 個別に見れば、大谷さんや私の友人のように、はるか年下の男再婚している女もいるが、まだまだ稀なケース、勲章ものなのだ。再婚にもやっぱり女は適齢期を意識しなければならないのか、一秒でも若いうちに。
で、老後の有配率を見たって、八五歳以上になると、男は四割が妻ありだが、女は四パーセンしか夫のある者はいない。より長生きする女の人生の険しさに加えて、男の若好。やっぱり女は損なのかなあと、ひがみぽい気持ちになってしまう。

 四三歳、今日の会で一番若い女性も番号を呼ばれて立ち上がっていった。しかし番号を呼ばれていくのは、男性も女性もそれほど多くはない。大方は、呼びもせず、呼ばれもせず、ビールを飲んで料理を食べている。

「あんた、何番?」
 驚いて目をあげると、私好みでない紳士が胸を覗き込んでいる。酒のせいか視線がねばっこくていやらしい。粗野な態度、思わずむっとくる。

「あの、私は取材で」
「なんだ、そうか」
 私はがっかりしてしまった。もっと素敵な人がたくさんいるのに、よりによって女好きな顔の品のない男が、集団見合いで女が傷つくとしたら、あの品物でも見るようないやらしい目つきだ。自棄になってタバコを吸っていると、

「僕はタバコを吸う女性は嫌いです」
 おじさんが私の隣に座った。
「すいません」
「消さんでもよろしい」
 番号と名簿を照らし合わせてみると、今日の最高齢者七七歳である。
「僕は和歌をつくります」
「はあ」
「ひとり生きよとささやくがごとく亡き人の、おもかげむなしき無限の崖に、どうですか」
「私、和歌のことはあんまり」
 正直なところ、あんまりうまい歌とは思えない。だけど、老いて一人になった男の愛感がしみじみと伝わってくる。

その孤独や不安は、私の想像を超えるものがあるのだろう。ひとりで生きよ。亡き妻のささやきのようなこの言葉には、彼の運命への諦めが込められているようにも思う。

「詩には宇宙感覚が大切なんですな。人間の命はすべてが宇宙の支配下にあります。その宇宙の原理をカントク、カントクって分かりますか、感ずる、そして得る、あの感覚ですよ、感得する心を人間はもたねばならんのです」

 力をこめて彼は宇宙感覚を解くのだけれど、その宇宙感覚で、相手を見つけるのは難しいんじゃないかな。第一私のところへ来て演説しているヒマに、番号を着けている人のところにいかなくちゃ。

 高橋代表がマイクに立った。

「女性の方、立ってください。右の壁際に座っている人と、左の壁際にしわっている人と、席を交換してください」

 だが、おしゃべりの声は止まらない。ぐずぐずと座り続けている人もいる。
「事務局の者がマイクを持ったら、おしゃべりを止めてください。まんべんなくいろんな人と話す、これが会のきまりです。今私は、右と左と席を交換してくださいといっているんです。指示を守れない人は、結婚してもうまくいきません」

 会場がしーんとなった。こわいねぇ、こわい会だねと言った人もいるらしく、散会の挨拶のなかで、和多田会長は、こういった。

「さっき、高橋さんが女性に移動してくださいといったとき、この会はこわい会やなあと言った人がいますが、そのとおりです。この会はこわい会なんです。それが嫌な人は辞めてくれてもいいんです。

どんなに話が弾んでいても、人がスピーチをしている間黙れないような人は、こちらも責任を持って紹介できませんから、こっちだって願い下げです。私たちは、皆さんが喜んでもらうことが喜びなんです。いいですか、指示を守れない、従えない、そういう人は辞めてください」

 この終わりの挨拶のなかでも、彼は、この会のあと、食事に誘われてもついていかないように、どうしても話をしたいと思ったらこのあとの二次会に来てほしい、たかがコーヒーぐらいと甘く考えないようにと、くどいほど念を押した。

 さきほど彼もいったように、この会の主流である男性六〇代というのは、男女のつき合いのイロハを知らない世代だ。女性の五〇代だって、分かっているようでいて分かっていないのが多いだろう。

つい人恋しさのあまりフラフラとついていって、あとで大変なことにならないように、何度も何度も注意しなければならない。”無限の会のこわい会”に徹しないと、縁結びのビールも、苦労が泡と消えてしまう。屋上屋を架す中・高年恋愛作法、和多田さんも大変だなあと思った。

 約四時間に及んだ懇親会が終わって外に出ると、どっと疲れが噴き出てきた。どこかに座りましょう、どこかに。ずっと座っていた取材だったのに座りたい。

「何だか、自分と同じ年代の人が結婚相手を探しに集まってきているかと思うと、気持ちが揺さぶられてしまって、興奮しちゃった」

 Iさんと二人、近くの喫茶店に飛び込んで座り込んだ、会場の熱気がまだ身体中にこびりついていて、それを追い払うがごとく口だけは勢いがいい。Iさんも興奮冷めやらぬ口調でいった。

「私もなんですよ。再婚相手を探す状況にいる人が幸せなのか、曲がりなりにも男と一緒に暮らしている自分が幸せなのか、その辺を計りかねて、羨ましいと思ったり、大変だなあと同情したり、整理がつかないのです」

「同じこと、私も会場の中で思いましたよ。本当にどっちがいいんだろうって」
 楽しさの可能性と見えない未来がある方がいいのか、楽しさの可能性はあまりないけど、見えている未来を持っている方がいいのか。Iさんが言う。

「だけどあのお互い値踏みするように視線、あれはつらいだろうなと思いましたわ。見られているっていう感じ、ちょっときついんじゃないかって」

「まさに男の視線ね。私なんかいやな感じの人に声をかけられて、がっくりしてしまった。私の値打ちはこの程度なのかなんて思ったり。その次は頑固そうなおじいさんだし、散々だったわ」

 だれか素敵な人が間違えて声をかけてくれて、それがきっかけでひょんなことになってなんて、甘い甘い。

「気になさることないですよ。いろんな人が居るんですから」
 Iさんに慰められて、少し気を取り直した。考えてみれば、しょげる理由なんて何もないのに。

「皆さんさり気なくしていらしたけど、やっぱり目は真剣でしたね。それと、おもしろい話を聞いたんだけど、男性の妻というものの意識が変わっていないって、女の人がいっていましたよ。やっぱり家事をしてくれる女が欲しがっているって。その意識のズレにがっかりして会を辞める人もいて当然だわ。男だって妻への意識を変えない限り、再婚難になる」

「そうなんですよ。その一方では、パートナーシップを求めている男性もいるから、男の人もさまざまなんですね。話の合わない奥さんと、どうしても別れたくて、財産みんな上げて別れたっていう方もいましたよ。六二歳の方だけど」

「まあ、女の離婚願望はよく聞くし、うんざり離婚とか定年離婚とかいっているけど、男の人でも?」

「電話番号伺っておきましたから。この方のお話は聞くに値しますよ」
「これ、和多田さんに叱られそうね。Iさんがとんでもない悪女だったら、どうするのかしら」

 私はIさんに聞いたその人の電話番号を控えた。それが高原誠さんだった。
 この無限の会で知り合って再婚したカップルを、紹介してもらうよう頼んであったのだが、それは後日彼女の方に連絡が行くことになった。

「今日集まった人のうち、うまく結婚までいくのは、どのくらいいるのかしら」
「今すぐにでも結婚したいと思っている人と、まあ誰かいい人が居たらというのと、気持ちのレベルはいろいろのようですね」

「のんびりしている人もいたし。とくに話したい人もいなかった、番号呼ばれもしなかったっていう人は、気落ちしてしまうんじゃないかしらね」

「いい人が居ないってブツブツ言っている人もいましたよ」
「番号呼ばれた人って、女性も若かったけど、男性も若かったみたい。年輩の人は、男性も女性も慎重というか、気後れしているというか、それとも最初から諦めているのか、どうも積極的じゃないのね。

私にまとわりついた詩人のおじいちゃんなんかは、宇宙の生命とかを講釈するために来たみたいで、たんたんとしていたわよ」

「今日は特に女性が少なかったんだそうですよ。いつもはもっと多いんですって。夏休みだから、家族の用事とかで出られなかったみたいですね」

「私、とくに高齢期の人を見てて思ったんだけど、結婚相手が決まらなくてもいいみたいね。年ととると、異性と軽いお喋りとかする機会もないでしょう。おしゃれして出かける、ちょっとした社交の場、この会にきて、ほんの少し刺激があって、気持ちが華やぐ。そして元気になれる。

また何ヶ月か一人で暮らしていける。事務局にしたら努力が足りない、目的を間違えているというかもしれないけど、それでもいいような気がして」

 五〇代後半から六〇代、ひどく老いているわけでもないけど若くもない。老人福祉センターに通うほどでもないけれど、若者たちと付き合うのもしんどい、そういう中途の年齢の人たちが気軽に集える場所というのが、この日本にはないのである。

しかも、公民館でも、女は女の活動、男は男の活動と、自然に女も男もより集まるという場が皆無とはいわないが少ない。そのうえ、独り者となれば、生活の緊張や不安もあるだろう。そういうことを語り合う場も非常に少ない。

そのうえ、そこからくるストレスを何かの形で開放したい、そう思って仲間を求めている人もいるだろう。

「電話を悪用する人もいるというのはショックでしたね。それさえなければ、電話で安否を確認し合うネットワークがつくれるのに」

「事務局の気苦労っていのは大変なものでしょうね。現役時代の職業も千差万別だし、女の人もいろいろな生活状況の人もいるしで」

「和多田さんに、お父さん顔の人、お母さん顔の人か決まっていくって教えられて、ショックだったんだけど、顔は男も女も履歴書なんですね。素敵な方もいたわ、そういえば」

「あら、何番の方?」
「教えない。Iさんだっていたでしょ」
「私も教えない」

「私たちもまったくコレない面々だわ。和多田さんに叱られるわよ。こっぴどく」

 無限の会から、二組の老婚夫婦を紹介してくれる電話がIさんのところにあったのは、それから半月経ったころだった。

「一組は、同居していなくて、奥様が通っているケースです」
「まあ、通い婚。素敵じゃないですか。老いて通うなんて、二一世紀的だわ」
「もう一組は、ご主人が八〇歳で奥様は七五歳という方です。幸せで幸せっていう夫婦のようです」

 このときの情報はこれだけだったが、じつはこの二組は、現代の老婚の問題や老いの生き方など、まさに今日の状況を象徴するような夫婦であり、離婚・再婚を通して得た深い人生の輝きをもつ人々だったのである。

つづく 第十 羽かろき通い路