失恋したという自覚もなく、男を振ったとする気持ちもないままに自然に別れてしまう、これが彼女の二〇代だった。田舎のこととて、結婚相手になる若い男だって、そう多くない。

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商品について

第2愛さずにはいきられない

本表紙 沖藤典子 著

愛さずにはいきられない

仕事帰りの山野桂子さん(仮名)と都内のホテルのロビーで待ち合わせたのは、
夏の陽ざかりがようやく陰り始めた時刻だった。目印の私の黒い夏帽子に、彼女から声をかけてくれて、ホテル内の喫茶店に落ち着いた。

「最初の結婚の話、嫌じゃないですか」
「いえ、ちっとも」
 彼女は東北の小さな田舎町に生まれ育った。三人姉妹の長女。彼女には継がねばならない家業があった。最初の結婚は三〇歳の時、三三歳で離婚した。

「三〇歳で結婚するまで、恋愛の経験はなかったんですか」
「恋愛はしました。でも、家を継がなくてはならなかったものですから。それを思うと相手ができても二の足を踏んでしまうし、そうなると、相手が本当に好きなのかわからなくなってしまう。いろんな人と付き合いましたけど、これが恋愛なのかなあっていつも不思議な思いを持っていました」

 相手に家業のことを言うことができなかった。婿養子にして家業を継がせる。これが親の希望だ。恋愛した相手に今の職業を変え、姓を変えてほしいとは、切り出せない。そうこうしているうちに、気持ちが醒めていく。失恋したという自覚もなく、男を振ったとする気持ちもないままに自然に別れてしまう、これが彼女の二〇代だった。田舎のこととて、結婚相手になる若い男だって、そう多くない。

「結婚なんてしなくたっていいやと思っていたんです。そうしたら話を持ってきた人がいて、じゃ見合いしようと・・・・・」

 その男性と結婚したいと思ったわけではなかったが、婿養子でもいいと言ってくれた。それに何より親が喜んだ。

「恋愛しても、これだ、と思う人もいなくて、そこに見合いの話がきて、それに乗ったという感じなんですね」

「そうです」
「愛のない結婚‥‥」
「あとになって考えてみれば打算がありましたね。お互いに。なんで結婚したのかなあ‥‥。田舎で保守的なところだったから‥‥。そんな出発だったから、うまくいかなくて当然なんでしょうね」

「三人姉妹の長女ということで、責任感とか義務感とかが強かったんでしょうね」
「小さい時から我慢することに馴れていて。何もかも自分で背負って耐えてしまうんです。うまく自分の気持ちを表現できないところがあって。

心の底を洗いざらい喋れるようになったのは、今の彼に会ってからです。だから前の夫が気に入らないことが多かったと思いますよ。

お嫁さんがよくやるように、彼も何回か実家に帰っていましたから。私の親と同居でしたし、私たちは形だけの夫婦で、心が通じ合っているかしらなんて思うゆとりもなかったですね」

 彼女の心の中には、少し傾きかかった家業を継いでくれて、盛り立ててくれれば、家も安泰、親も喜ぶ、そういう外面的条件を求めるものがあった。

見合いで、心から好きだと思ったわけでもなく、この人と結婚したいと思ったわけでもなく、世間の習慣だから結婚して身を落ち着けよう。

三〇歳という年齢にも追われていたかもしれない。結婚してしまえば、相手のいいところも分かってきて、うまくいくに違いない。まさに『馬には乗ってみよ、人には添うてみよ』という諺(ことわざ)の嘘をみる思いだ。

山野さんは結婚して間もなく、この人とはダメだと思うようになった。遊び好きで仕事嫌い、賭けごと大好き。養子であることをひがむ。卑屈で横暴な人でしたと彼女はいった。

「それでも離婚とまでは考えなかったんです。何事もないようにやって行けばいい、家が立ち直ればそれでいいやって‥‥。体面とかもあって」

 うまくいっていなかった結婚。

 そこに男が現れた。汚い服を着て、アカにまみれたみすぼらしい男。アルバイトで彼女の家にやってきた独身の男。その出会いが、夫との別れのエネルギーとなった。

「じゃ、別れてから今の人と出会ったのではなくて、出会ったことが別れになったんですね」

「はい。もし彼が現れなかったら、ずるずると死んだように生きていたと思います。四〇歳になったら死のうと思っていました。希望が全くなくて」

 彼はある時、あんたが好きだと言った。その言葉が引き金になった。ためらい、逡巡(しゅんじゅん)、そして拒否。しかし、胸の中に打ち込まれた鋭い何かが、どんどん光を放ち始める。もう耐えられない。出会いから半年が経っていた。

「前の主人がパチンコにいって留守のとき、胸がドキドキしてきて、自分の気持ちに嘘がつけないと‥‥、彼のところへいったんです」
 固くなっていた心が溶けた。

 なんという大きな安心だろう。安心。安心。そんな安心があって‥‥。
「生き返りました。魂が‥‥」

「魂。素敵ですね」
 思わず私が言うと、彼女はにっこり微笑んだ。

 その日も山野さんは地味な服装だった。ベージュのTシャツ。化粧気もアクセサリーもない。これは、外側の物は一切要らないという彼女の心の表現なのだろうか。目鼻立ちのくっきりした丸顔に細い身体、タレントの誰かに似ていると思ったけれど、名前が思い浮かばない。

「家業が上手くいっていない時でしたから、これではいけないと思って、はじめはヨリを戻そうともしました。話し合いもしました。だけど家にヤクザのような人を連れてきて脅しにかかったり、夜中に自分の女房、似ても焼いてもいいんだなんてわめいたり、親もいたし、辛かったですね」

「あなたの方から離婚を?」
「ええ、そうです。申し訳なかったと思っていますけど、だんだん別れたい、その一心になってしまって」

 現在、日本の離婚の九割は協議離婚だといわれている。そして女性の側からの申し立てによるものが圧倒的に多い。女が男を捨てる時代ともいわれているゆえんだ。

 平成元年の司法統計年報によれば、女性の離婚申し立て理由の第一位は、性格が合わない(三三パーセント)。二位が暴力をふるう(三二パーセント)、三位精神的な虐待(二二パーセント)、四位夫の異性関係(二一パーセント)、五位夫が生活費を渡さない(一八パーセント)。

「夫は身勝手だと怒りました。でも、私、今の人のことは絶対に伏せました。私の好きな人がすぐに側にいたんですけど、夫は気が付かないんですね。そういう人でもあったんです」

「ご両親は? そのとき」
「ものすごく怒りました。でも、何よりも自分の身の安全を考えたようです。離婚なんてとんでもない、親もしないことをしてくれると。私には親も大事、好きな彼のことも大事、辛い想いでした」

「家業の方は」
「数年後に閉じることになりました。それはもういいんです」
 親のため、家業のために良かれと思ってした結婚。それは完全に裏目に出た。

「つらい決断でした。でも私、彼に会ったから、決断できるようになったんです。何もかも話しました。私のこと分かってほしい、今まで抑えに抑えていたものを全部吐き出して、自分を取り戻したっていうか‥‥。前の人とも感謝して別れられたんです」

「でも大変だったでしょう。家財の分配とか、精神的にとか」
「ええ、それはもう…‥。でも、別れたい一心でしたから」


 離婚問題が決着した後、彼女は家を出た
 彼の実家は埼玉にあり、彼はそちらに移って別の仕事を始めていた。紙袋三つだけ持って、彼女はそこに行く。生まれ育った土地も、家も、親も捨てた。それは多分、彼女が生まれて初めて恋をし、自分の責任で生きることを知ったからだろう。初めての結婚と離婚は、彼女が生き返るための悲しい予定表であった。

「前の人のこと、傷つけたと思っています。だから仮名にしてほしいんです。もしこのことを知ったら、もっと傷つけることになりますから」

 この本の取材に応じてくれた人たちは、全員が仮名である。仮名を条件で会ってくれた人、実名でいいと言いながらあとで仮名にしてくれと頼んできた人、一組だけ実名でもよいといったカップルがある。私の夫の友人夫婦である。

「僕は何もやましいことがないですから、どうぞ実名でも結構ですよ」
 夫に相談したところ、彼は言下にいった。

「前の奥さんのことも考えなくちゃいけないよ。別れたとはいえ、その奥さんは彼の姓を名乗っているんだから。彼が再婚したことは知っているだろうけど、この事実に触れたらいい気持ちはしない」

 私はさんざん悩んだ末、彼のせっかくの申し出を断って仮名にすることにした。
 仮名にしてほしいと希望するほとんどは、やっぱり別れた相手への配慮である。子供もいるし、孫もいるから‥‥、といった人がいる。だからといって、夫の友人が決して配慮がなかったわけではない。

彼には、男の正義感というべきのものがあって、再婚をどうして仮名にしなければならならないのか、離婚にしろ再婚にしろ、誰にでも起こり得るごく当たり前のこと、隠し立てすることは何もない、僕は正々堂々と生きている、その自身が言わしめたことだと思う。それを十分承知したうえで、私は夫の言に従った。さて――。

「その彼は今、どうしていますか」

 捨てられた男はその後、どう人生を立て直しただろうか。
「さあ。どうしているでしょうね」
「アルバムはどうしました? 結婚式のときのものとかは」
「全部捨てました。一人で撮ったきれいな花嫁衣装の写真も、全部燃やしました。どうして燃やしてしまったのかしら。‥‥未練でしょうか。独身時代のは持ってきましたけど」

 ふと私は、山形が生んだ詩人、真壁仁の詩の一節を思い出す。
  ひとつをうしなうことなしに
  別個の風景にははいってはいけない
  大きな喪失にたえてのみ
  あたらしい世界がひらける
  ・・・・・・・
 彼女は、自分を偽った過去を全部灰にした。一人だけの花嫁姿すら燃やした。
 その煙は、大きな喪失のあとにやってきた、あたらしい世界を示すものであろう。灰の中から彼女は立ち上がった。過去を燃やすことは、未来に向けて立ち上がるために、どうしてもやらなければならない儀式でもあった。

「彼はあなたより一歳年上だから、三四か五でしょう。その年でアルバイトだったということは、定職についていなかったということですね、そういうのは不安ではなかったですか」

「それは親もいいました。あんなやつって。苦労するって。私はまったく、そんなこと思いもしませんでした」

 彼は夢の大きな男なのだと山野さんは語った。今は定職についているが、それもやがて辞めるつもりだ。今の仕事は夢を実現させるための仮のものに過ぎない。男の生涯をかけた夢のために必要なお金を、二人で働いて蓄えている。

「それはどんな夢?」
「〇〇書かないでほしいんです」
 彼女は具体的に教えるのを迷っているようだった。多分それをやっている人が日本では少ないのだろう。何を作っているのかを書かれればあの人だとすぐに分かる。それは困る、だからといって、いい加減に紹介されてしまうのはいささかプライドが傷つく。そんな感じだった。彼女にとっては夫の夢は宝石なのだ。

「とにかくその夢の実現のために、二人で働いているんですね」
「田舎の生活で、自給自足の日々ですから、わずかなお金でやっていけるんです。私の収入でお母さんと三人で食べています。彼の収入は貯金して」

 山野さんは紙袋の中からジャンバーを取り出した。ダークグリーンの薄地の夏物だ。
「ここに来る前、時間があったんで、バザールにいってきたんです。これ、百円なんです。新品で買えば五、六千円はします」

「へぇ、安い。百円だなんて、嘘みたい」
「これで十分なんです。つつましくやっていければ、食べることには困りません」
「あなたは高卒ですよね。彼は中卒だって言いましたね、そういう学歴の差って気になりませんか」

「とんでもない。いろんな人が居るから、中には学歴の高い男がいいっていう人もいるでしょうけど、全くそういうことっておかしい。勉強って学校だけでするものじゃないですね。

彼は物凄い勉強家で、莫大な読書量です。とてもじゃないないけど私はついていけない。それも歴史、科学、文学、あらゆるジャンルですね。彼の学びの態度を見ていますので、学歴なんて私にはゴミみたいなもんです」

 最近、女性の理想の結婚条件は、三高っていうでしょう、私がそういうと、彼女は何ですかそれ、と聞いてきた。学歴が高くて、背が高くて、収入が高いことだというと、ばかばかしいわと呟いた。彼女は、その三高とはまったく一八〇度違う地平に立っている。

「経済力とか社会的地位とか、そういう物差しはまったくないのね」
「ありません」
「その意味でも、最初の結婚とは違うのね」
「そうなんです。何もかも違います。最初の結婚は打算ばかりで‥‥。その虚しさを知っただけ、いい勉強したのだと思いますけど」

「打算を度外視した結果には、夫婦の真実があると」
「それがなかったら、何も生まれません。信頼っていうか、それが」
 彼女は勢いよく、私の言葉にかぶさるようにいった。
「違うわよ」

 突然大きな声が響いた。驚いて目を上げると、私たちの隣の席にいる若い娘が、話に夢中になっている。私たちの会話を聞いているわけでもないのに、あまりにもタイミングよく飛び出したその言葉に、思わず二人は苦笑した。

「違わないですね」
 その言葉を引き取って彼女はいった。
「それが夫婦の基本ですね」
「それと、失礼かもしれないけど、彼は三四歳まで独身で、女性関係がどうなっているのかが気になりませんでした? 聞きました?」

「聞きました。好きな人がいたらしいんですけど、精神的なものが合わなかったらしくて、結婚まで進まなかったらしいです。若い時は自信がなかったっていってました。本当にこの人精神的に幸せにできるかって‥‥。

やりたい勉強もあるし、遊び歩くようなことはなかったようです。でも一応は恋愛したらしいですけどね。二、三人はいたらしいですよ。その中の一人にパンツをプレゼントされて、後でそのパンツを返せと言われたって」

「へえ、パンツ」
「パンツなんです」
 私たちは、そのあまりに意外なプレゼントに思わず笑いだした。
「で、返したのかしら」
「まさか」
「でも、パンツを返せっていうのは、相当な執念ですよ、これは」
「私と会う前の人はミチコさんっていたんだそうです。なんでもいいますね、正直に」
「不愉快でした?」

「いいえ、私も自信家ですね、大丈夫だって思うんです。人のこと言えないですね、私も夫があったんだから」

「里のご両親はいくつになられましたか」
「六五と六六です」
「まだ若いんだ」
「私が長女ですから」
「今はまだお元気なんでしょうけど、年取ったらどうします?」

「見捨てられませんね、彼の母は七〇歳ですけど働いていますし、何とかなるでしょう。家族ですから放って置くわけにもいきません」

「ご両親が彼のことを認めたのはいつごろですか」
「埼玉に出てきて一年くらい経った時かな」
「きっかけは」
「親が認める認めないというのも、ずるいんですよ。自分たちの安全が脅かされないと分かったときですね。私たちが安定してきて、野菜とかいろいろなもの持って行ってあげられるようになった、認め始めましたね」

「親のエゴイズムにずいぶん傷ついてきた感じですね」
 これをエゴイズムといって、いいのかどうか、親には親の言い分があるのだろうと思いながら私は言った。だがしかし、この世に生を受けてから離婚に至るまでの三三年間、彼女は家、家業、親、長女、こうしたしがらみの中で苦しんできたのは確かだった。

 今なお、こうした足枷(あしかせ)に苦しんでいる女はたくさんいるはずだ。親は親の世代の価値観で、娘を拘束する。拘禁しながら幸せを願って依存する。親とは矛盾した存在だ。

私も人の親として、その面がないと言えば嘘になるし、一人娘として育てられた過去には、彼女も似たような親への恨みを抱いたこともある。子の立場に立った時と、親の立場になった今とでは、感じ方が違う。この変節が、女たちの不幸を再生産してきたともいえる。彼女はその悪循環を絶ち切った。

 そうです、ずいぶん傷つけられました、そういって、彼女は遠くを見る目をした。それでもなお彼女は、親の老いは背負わなくてはならないと考えている。家族なんだからと――。

 女の優しさ、男への愛、家族の絆、いろいろな愛を背負って、彼女は生きようとしている。

「彼の写真を持ってきたんです。見てもらおうと思って」
 山野さんはハンドバックから、カラー写真を取り出した。四人が写っている写真の一人を指さして、この人といった。

「前はもっとガリガリに?せていたんですけど、最近ふっくらしてきて」
 いかつい感じの、強面の男が写っていた。

 カメラの焦点をぐっと睨んでいて、怒っているかのようだ。無愛想な男で、人からなかなか理解してもらえないと彼女はいったが、確かにそんな感じだ。身体全体に、肉体を使って働いてきた人の強靭(きょうじん)さがみなぎっている。

「素敵ですね」
 お世辞ではなかったが、ただ少し意外な気がした。女をして結婚を捨てさせ、魂が生き返ったといわしめる男は、ロバート・レッドフォードのような男と思っていた。しかし彼はロバートではなかった。少なくともその風貌は‥‥。心の柔軟さや精神の美男はカメラには写らないのかもしれない。

「この後ろに立っている二人はどなた?」
「実家の両親です。今は頻?に行き来してますから」

 古いイエ制度の桎梏(しっこく)を乗り越えて和解した四人、そんな感じの写真だった。親にとっての”いい子”を捨てきったとき、和議が成立したと信じたい。

「それで、あなたは再婚、向こうは初婚。この夫初婚・妻再婚っていうパターンが徐々に増えてはきているんですけど、気になりませんか」

「私も最初は気にしました。向こうも気になると思ったんですけど、気にならないって」
「彼の言うことが本当だと思いますか」

「態度がずっと変わらないから、本当だと思います。私、こっちに来て一年間は、親のことを思ってグチグチと悩んでいたんです。私の気持ちとしてはこっちに居たい、親のことを考えると親のところに行きたい、その気持ちの板挟みで。そしたら彼が、君の気持ちはこっちにあるのが分かったから。親のところへ行きなさいって。そのとき、本当に思ったんです」

 結婚や離婚、再婚といっても、社会の約束事に過ぎない。役所に届けるのかどうかの違い。もしずっと届けを出さないでいれば、当然ながら結婚も離婚も再婚もない。密かな重婚、家庭内離婚、届けない再婚、これらのことを考えると、私は何が結婚で、何が離婚で、何が再婚なのか、分からなくなる。

 彼は初婚だとはいえ、パンツ事件にみるように、れっきとした性経験者だ。その意味では彼も再婚であり、相手が再婚だということを気にすること自体、おかしなことだ。だけど世の中は、このおかしなことを気にしている。再婚者を好奇の目で見る。わざわざそんな女を女房にしなくたってと。

「そういう世間の目、感じます?」
「全然。第一、そういう再婚のことなんて、自分でも忘れてますもの。私にとっては、再婚であれ、再々婚であれ、この人とは初めての結婚です。彼から大きな影響を受けて、決断できるようになって、現実を直視して生きることを学んだんです。そして、彼と夢を共有するっていうか、‥…愛せずには生きられないんです。人は」

 心から受け入れた男。彼は、彼女の白紙にしみ込んだ男性なのだ。この人とは初めての結婚、人間を変えてくれた結婚。愛せずには生きられない。

「それだけ惚れていれば、聞きにくい質問でけど夫婦生活も充実したものが…‥」
「ありません」
「え?」
 思わず飛び出した私の驚きの声に、二人は吹き出した。ありません、それ。
「彼とですよ」
「この四、五年性的なものはありません」
「でも‥‥、最初はあったんでしょ。本質的な、前の人では得られないようなものが」
「身も心もとろけ合うような、軽くなるような‥‥」 
そうだろうと思う。素晴らしいものが。

「そういうこと一度体験しないで一生を終えるんじゃね。でも、それがどうして亡くなったんですか」

「初めは私も嫌われたのかと思ったんです。実際嫌われたこともあったんです。親のことを思って、暗い顔してて、そのうち彼もだんだん喋らなくなって、私、聞いたのね、私のこと嫌いになったのって。でも、そうじゃないって言うんです。

そんなにセックスって大事かなあって、それよりも心が大事だって。その一方で夢精して汚すこともあるんです。朝どうしたのって聞くと、夢見たって。だから機能っていうかそれはあると思うんだけど、実際にそういうことしなくったっていいって。彼はどうも、そういう体質みたいなんです。そりや、手をつないだり、そういう接触ってあるけど」

「それで不満はありませんか」
「だってね、しょうがないですよね。相手がその気にならないんだから。百パーセント、何もかも求めるのは難しいですね。彼は私に浮気して来いって冗談めかして言いますけど、ほかの人としてみたっていいもんじゃないですしね。

欲しいものを全部手にすることはできないってことかしら。精力絶倫の人もいるけど、そうでない人もいるっていうことですし」

「それによって別れたいとか、夫婦のきずなが切れるっていうことは、ありえないのね」
「ないですね。近所の奥さんと話していると、それがなかったら夫婦ではないような言い方をするけれど、そうでもないんですね。

初めは『なんで、なんて』って思ったけど、その『なんで』が分かったら、不満じゃないんですよね。性生活がなくなったのは三六歳のとき。結婚して一年くらいでしたね、激しかったのは」

 京王プラザホテル地階の居酒屋――。

「えっ?」
 大谷さんも、私が思わず出したときと同じように驚きの声をあげた。
「ないって、あなた、本当?」
「本当です。なくなってもう五年くらい経つかしら」

 私はまずい話題になったなと思った。
「子供さんいるの?」
 と、大谷さんが聞いたとき。ううん。だって私たち、あれ、ないからと山野さんが答えたことから、大谷さんの驚きの声があがったのだった。

「だって、あなたまだ若いじゃない。信じられない。夫婦にとってセックスって、ものすごく大事だと思う。私のところなんて、いまだにべたべたしているわよ」

「そりや、スキンシップはあります。だけど、セックスなくたって、夫婦は夫婦なんです」
「失礼だけど、ご主人浮気しているとか」
「うーん、それはないでしょうね、体質だと思う」
「まあ、いろんなタイプの夫婦があっていいわけだから。でもあなたよくそれで我慢できる」

「夫婦って、もっと精神的なもののような気がするのね。体のことより、心と心の結びつきとか、信頼とか、そういうもののほうが大切だと。よくね、性が不満だということを離婚理由にするっていう話聞くけど、それは嘘だと思うの。私はお互いの気持ち、心の底の底、それを追求したいのね、愛情を頼りにしているから、お互い浮気とか、そういうことはないと思っているんですよね」

 離婚理由の第一位に上げられる性格の不一致というのは、性の不一致だと聞いたことがある。しかし、山野さんは性は夫婦にとって、それほど大切なものではないと言う。

 山野さんへの取材が終わったとき、場所を変えて入った中華料理店で、私はしみじみと言ったものだった。

「山野さんって、宗教的な感じがするわね」
「よく人からそう言われるんです。何か宗教やっているのって。でも、どことも関係ないんです。宗教なんてなくたって、心の問題は大事ですから」

 その時もそうだったが、この忘年会ででも、私はある種の痛ましさをもって彼女を見たことは確かだった。

 山野さんの最初の結婚は、家業を盛り返すための意に添わない結婚だった。そこには精神も肉体も満足させるものではなかった。魂の救いを感じて再婚した男とは、一年で終わった。性のない夫婦。なんて運命だ。これもまた再婚の現実だ。

 彼女の運命を決定づけるために、あれこれ言葉を変えて”精神”という理由を持ち出しているのではないだろうか。どこか修道尼のような雰囲気も、このことと無関係ではないのではないか。だがしかし、性の存在というものも、夫婦にとってどれだけ大切なものなのか、わかるようでいて分からない。

 性がなくなって悩んだ時期もあったようだ。それが彼の本質だと分かった時、彼女は夫をキリストにした。ひたすら精神の満足を追い求める尼僧の生活に彼女は入ったのだ。三〇代の女が、男と暮らしながら性がなかったために。

 もし再婚でなかったら、彼女はこんな割り切り方ができただろうか。

 結婚不適格者…‥、それを恐れるゆえに、精神の問題が重要になった。もしこれが、初めての結婚だったら、彼女は離婚を考えるのではないか。二度駄目だから”またか、の烙印”を回避するべく、”納得”の道を探そうとしている。

 しかし彼女は違うという。性なんか、夫婦にとって問題じゃない、あくまでも心だと。
 私の気持ちの中にも、痛ましいなという思いと、夫婦は精神的関係なのだからそれもいいとする思いと両方がある。どこかで彼女の言葉に納得しようとしている私がいる。

 官能は精神だと言った人がいた。

 精神のない官能なんて、獣と同じだ。だけど、官能のない精神、これはいったい何なのだろう。友情? 彼女は言った。

「よく中年の奥さんなんかが、私は性の奴隷ですっていうでしょ。ああいうの、私は絶対いや、私たちが、友だちのような夫婦でいられるのは、どっちもお互いの奴隷ではないからです」

 彼女の再婚は、性からも解放されることであった。”イエ”からの解放と同時に‥‥。
 ただひとつの救いなのは、最初の一年は、身も心もとろけあうような性があったと言ったことだ。人は、一年か二年、そういう時期があれば、あとはその残照でやっていけるものなのかしれない。私の納得する思いとは、ここにある。

 夫婦だっていつも煌めくようなセックスがあるものじゃない、五〇年も六〇年もそんな状態を望むなんて、それはおかしい。セックスは一年か二年、あとは性を越えた友情、そういう期待が私にもある。永遠に燃える情熱なんてないと思うがゆえに、一度だけそういうことがあれば満足しよう。その意味では、彼女の再婚は最高であった。彼女は、過去を捨てることで現在を掴んだ。

 大谷さんが、ため息をついていう。
「いろんな夫婦があるのね。だけど私は嫌だわ。いつまでも現役の女と男でありたいわ」
「それはそれでいいんですよ。私たちのような夫婦も夫婦だし、大谷さんのようなのも素敵だし」

「夫婦って、組み合わせで変わると思います?」
 Iさんが、二人の間に割って入った。

「わたしなんかよく、相手が変われば自分も変わるんじゃないか、あるいはもっと別の楽しみがあるんじゃないかという願望があったりするんですけど」

「さっきいったけど、前の人と今の人、三〇歳も年が違うでしょ。比較したこともないけど。比較しようがないじゃない。だからよく分かんない。でもやっぱり彼と一緒にいると、限りなくいい自分が出てくるって感じることがあるわね」と大谷さん。

「私は‥‥」
 山野さんがいった。
「私は、ものすごく今の主人から影響を受けたのね。けっして自分をごまかしてはいけないとか、いつも正直でいようとか、そういう感じ方をするようになったんですね」

「山野さんは取材の時とき、再婚は人生の再生だったと言っていましたものね」
「私にとって、彼は大きな存在だから。正式に籍を届けて六年になるけど、相手の欠点が見えないですね」

「この二人の場合は、再婚して本当に良かったんだわ。然るべき組み合わせに落ち着いたのね」

 私は大谷、山野の二人の目を注いだ。取材に応じてくれたのは、再婚に自信を持っているからだろうとは初めから思っていたけど、それを確認するのは、やはり嬉しい。大谷さんが熱っぽくいう。

「絶対にね、人は自分に合う人に巡り合うに違いないって思うの。初めての結婚でそういう巡り合いのあった人もいるだろうし、二度目、三度目でもうまくいかない人もいるだろうけど、人はいつか巡りあうわよ。だけど私、すごく腹が立つのは、さっきもいったけど、『結婚に失敗して』っていう周囲の無神経な目ね。一度目は一流、二度目は二流、三度目は三流、そういう見方ってあるじゃない」

「そうそう、そうですよ。一回目の離婚はバツイチっていってね」
 山野さんがその意見を引き継いだ。

「うちの親戚に、三三歳で子供を連れて別れた人がいるんです。もう一人、その年頃で未婚の人がいるんだけど、縁談がくる話くる話、みんなその未婚の人の方。女の価値っていうものが、初婚にあるみたい。

とくにうちの親戚は田舎だから、そういう古い地域とか、封建制とまではいかなくとも何かしきたりとかが厳しいところででは、女の再婚は難しいですよ」

「ずっと東京で生まれ育っていても、男の再婚には世の中甘いって思うことがあるわよ。貞女、二夫にまみえずってね」と大谷さん。

「でも、あなた方二人は、女たるもの二夫にまみえちゃいけないって思っていないでしょ」
「全然思っていないですよ」
 少し遅れて、山野さんが、

「私も思っていない。だけどうちの彼、冗談なんですけどね、あんた中古だからって、本当に冗談なんだけど、私の親戚の例の話を考えあわせてみると、結婚する女もモノみたいに、新しいのに価値があるのかなって思ったりしますね」

「それはひどいわ。中古だなんて、そんな言い方許せない」
 大谷さんが目をむいた。

「いくら冗談にしたって。うちでは、冗談であっても、そういうことは言わない。人に不快感を与えるような言い方、彼、すごく嫌がるもの」
「新車だって、当たりはずれあるわよね」

 岸田さんが、こんな言い方で場を取り作った。山野さんは夫をかばって、冗談なんですよとしきりに言う。

「山野さんだって自分が再婚だからと、引け目を感じているわけではないでしょう?」
「それはもう全然。ただね、世間一般にそういう目があるのね、それが嫌だなって」

 しかし、時代は今、確実に再婚に向かいつつある。私のその感じ方は、厚生省の人口動態統計を見ていて、より深くなった。しかもこの傾向をリードしているのは女だ。

 昭和二七年(一九五二年)から平成元年(一九八九年)までの三八年間の「初婚、再婚別にみた年次別婚姻件数及び総数に対する再婚の割合――夫・妻――」を見てみると、昭和二〇年代の後半、これは男も女も再婚が多かった。

昭和二七年では、夫一四・五パーセント、妻一〇・四パーセント、昭和二〇年代に再婚が多かったというのは、戦後直後であることを思えば納得がいく。それ以降、比率が徐々に減り始めて、昭和四〇年代では夫で八パーセント台、妻で六パーセント前後に落ちる。

 昭和五〇年代になって、再婚比率は徐々に上がり始める。平成元年では夫十三・六パーセント、妻一二・〇パーセント。妻が昭和二七年の比率まで上がったのは、昭和五九年である。

夫の方はまだ昭和二七年の比率までいっていないが、これはもう時間の問題だろう。ごく大雑把な見方だが、再婚の上昇については、女の方が男よりも一〇年早い感じがする。

 組み合わせを見ると、平成元年で、「夫・再婚、妻とも初婚」八一・四パーセント、「夫・初婚、妻・再婚」四・九パーセント、「夫・再婚、妻・初婚」六・六パーセント、「夫・妻ともに再婚」七・〇パーセント。つまり、平成元年に結婚したカップル約七一万組のうち、一八・五パーセントが再婚なのである。

 この組み合わせの中で、劇的な変化をしているのが大谷・山野組の「夫・初婚、妻・再婚」カップルである。この組み合わせは昭和五〇年ごろからじりじりと上昇しだした。平成元年では、全再婚の二六・五パーセント、つまり再婚者の四組に一組が大谷・山野式なのだ。この統計では年下かどうかまではわからないのだが、相手の男性は初婚で、しかも年下というケースは結構あるのだろうと思う。

 この原稿を書き始めて間もなくのころ、かつて勤めていた会社の友人から電話をもらったことがある。

「今、何書いているの」
「再婚なのよ。データをみていて驚いてしまった。夫・初婚、妻・再婚っていうケースがどんどん増えているのね。しかも取材した人の中には、相手が初婚で一〇歳も年下なんていう人が居るのよ」

「あらあなた、そんなの珍しくもないわよ。ほれうちの会社にKさんっていたでしょ、彼女だって相手は八歳年下で、夫は初婚、妻は再婚じゃない」

「ほんとだ。そういわれればそうだ」
「そのころ、あなたは会社にいたじゃない」
「そうだわ。みんなすごいショックだった。ぼくのところにいこうという彼と、帰っておいでいう旦那と、両方で腕を引っ張ったって、見て来たような話を聞いたわ。結局彼女は、新しい彼の方にいったのよね」

「それからTさんだって、G子ちゃんだって」
 まあ、あの人たちも。再婚したとは聞いていたが、夫は初婚で年下だったとは。
「Tさんなんて、あなたその目尻のしわが美しいっていわれたってよ」

 私の交際規範なんて、ほんとに狭いものなのだが、たちまち三人の知巳の名前が出てきて、すっかり驚いてしまった。三人とも、考えてみればチャーミングで才色兼備、これからは、女の価値というものも処女性なんかよりも、知恵や人格的なものが魅力になるとうことだ。

 私は電話の友人にいった。
「これからあなた、年下の男との再婚時代なのかもしれないわね。がんばんなさい」
「何いってんのよ。私なんか一度目まだだっていうのに」

「この仕事をするまでは、私、世はシングル志向なのかと思っていた。あなたみたいなキャリア・ウーマンが増えて、確実に晩婚化の傾向があるし、『結婚しないかもしれない症候群』という本もあるし。

結果として、結婚できない男が増える。それはそれで、女と男の関係を平等にしていくうえで大いに結構と思っていたのね。ところが、こういう、今までの結婚のタブーを破るような、再婚が増えている。

男は再婚していいけど、女は二夫にまみえずで、一人の男を守るのがよろしい、しかも女は新しいのに限る、そう思われていたのが逆転してきて、年上の結婚経験者と結婚したがる男が増えるとなると、これは女にとって希望だわ。

この私だって、あなたのシワが美しいってくれる若い男が現れるかもしれない。きょうびの若い男もまんざら捨てたもんではないのね。

女を支配したいとか、若くて無知なのがいいなんて思わなくって、それなりの人生経験とか生活の知恵とか、ものの考え方とか、そういう内面的なものを求めるようになってきてる」

「少しずつだけどね、様変わりしてるわね。Tさんなんかも、彼のほうの親が反対したけど、押し切ったというし。シングルも、再婚も、離婚も、これまで結婚という枠組みからはみ出して白い眼で見られていたものが、市民権を得はじめたわね」

「そうなんですよね。それぞれに価値が認められてね。結婚の常識なんて、ふっ飛んでいる」

 このあとお互いの用件をしゃべりあって電話を切ったのだったが、興奮はなかなか冷めなかった。私の周りに三人も、年下の初婚の男と再婚した女がいたという事実は、時代が確実に変化しているという新たな証明ではないだろうか。

 私は改めて厚生省のデータを見てみた。都道府県別では、年下かどうかはともかく、「夫・初婚、妻・再婚」というタブーへの挑戦的再婚はどこが多くて、どこが少ないのだろう。比率を計算してみることにした。

 一位は沖縄県の六・八パーセント(全国平均四・九パーセント)、二位が青森県六・三、三位、高知県六・二、四位、北海道五。八、五位、東京都五・六パーセントとこれがビッグ5。

 一方少ないのは、奈良県三・〇。滋賀県三・三、同じく岐阜県三・三、富山県三・六、福井県三・八パーセントである。県民性に関する知識が十分でないので、分析はできないが、大雑把な印象では、東高西低。保守的と思われる地域ではこういう再婚はやっぱり少ない。

 十一大都市では、京都市の四・四パーセント以外はすべて全国平均を上まわり、最高は札幌市の六・一パーセント、いみじくも大谷、山野の両人が口を揃えたように、因習の強いところ、古い地域性の強いところでは、まだこういうタイプの結婚は少ないといえそうだ。

 しかし、女の価値は”初めて”にある、”二度目は二流”という考え方は、京都を除く大都市、及び関東、東北、沖縄、高知県などでは消え去りつつある。結婚の多様化、女の価値の新しい発見は徐々に進みつつある。結婚は、再婚も含めて地殻変動を起こしている。

 この忘年会のとき、ここまでは分かっていなかった。彼女たちは、再婚に引け目はないと言いながらも、まだそこはかなく偏見の目があると憤慨していたのだった。

 それもまた本当の気持ちであると思う。データのうえでは変化が芽生えているといえ、人々の意識が、突然に全員変化するものではない以上、彼女たちはそこはとなくイヤーな感じを受けているのも本当だろう。そこに山野さんの夫の中古発言である。大谷さんは、まだ唇をツンととがらせ、こだわっている。

「いくら冗談だって、そんなこと彼に言わせちゃいけないわよ」
「だけど、そういう言いにくいことも、さらっといい合う夫婦だっていうことですよね」

 Iさんがそういってとりなした。

 なぜ、大谷さんがそのことにこだわるか、分かるような気もする。彼女には、父の顔を知らないことで、傷ついてきた歴史がある。人が嫌がるようなことは絶対に言ってはならない、彼女は心の傷のうえに健全な思いやりの花を咲かせた。彼女を見ているとつくづく、人は不運によって不幸になるものではない、という証明を見た思いになる。

これほど心の健やかな人というも、少ないのではないか、肉体と精神とその両方でもって男を愛し、男から愛される、その明朗な貪欲さに私は圧倒される。

 彼女が最初に結婚した男は、二〇歳年上だった。今度は一〇歳年下。あまりにもダイナミックな移動だ。

「大谷さんの場合、最初の人がずいぶん年上だったということは、お父様がいらっしゃらなかったことと関係があるのかしら。父性愛的なものを求めるとか」
「いいえ」
 即座に彼女は答えた。

「まったく関係ないですね。だってあのときは。私が姉さん女房のように、何もかも背負って頑張ったんですもの。私の方が年上、気分的には。今は反対ね。だらんと甘えてしまって」

 私は、彼女に初めて会った夏の午後の日を思い出す。強い陽射しに目を細めながら、ゆっくり歩いてきた人…‥。

つづく 第3 愛情の引き出し