女房とは円満離婚をしたんですよ。一人息子が大学を卒業したので、まあこれでお互い責任を果たしたという感じでしたね。なにしろ女房は高校時代の同級生で、お互いに気持ちもよくわかっているし、自然解消といったところです。

第五章“円満離婚”と思いこんでいる夫の能天気

本表紙 工藤美代子 著

「妻とは、お互いに責任を果たしたという感じでしたね」

 東北地方のある都市で、沙織さんに会った。彼女は四十九歳で、昨年七月に離婚したばかりだ。その沙織さんを私に紹介してくれたのは、彼女の前夫だった卓也さんである。

 私と卓也さんとは、もう十年近い付き合いだ。彼の職業は書けないが、東京である企業に勤めている。卓也さんが離婚した話は彼の口から直接聞いた。

「女房とは円満離婚をしたんですよ。一人息子が大学を卒業したので、まあこれでお互い責任を果たしたという感じでしたね。なにしろ女房は高校時代の同級生で、お互いに気持ちもよくわかっているし、自然解消といったところですか。

もし、熟年離婚した女性の話を聞きたかったら、沙織に会ってみたらどうですか? 
彼女は誠実に答えてくれると思いますよ。工藤さんとなら、きっと気が合いますよ」

 卓也さんは別れた妻を私に紹介することに、何の躊躇もしなかった。それは二人が喧嘩別れをしたのではなくて、よく理解し合って、別々の人生を選択したのだという自信に裏付けされていたからだろう。

 そういう熟年離婚があってもいいなあと私は思った。なにも憎み合ったり罵り合ったりするばかりが離婚ではない。というわけで、私は沙織さんを訪ねるために今年の三月、彼女の住む北国の町へと向かった。

 約束のレストランに現れた沙織さんは、背がスラリと高くて細面の美人だった。ただ、どことなく寂しげな雰囲気が漂うのは、切れ長の一重まぶたのためかなと最初は思った。

「工藤さん、卓也がつい最近、再婚したのをご存知じですか?」
 のっけに聞かれて、返事に詰まった。交際している女性がいるとは知っていたが、再婚したとは聞いていなかった。

「いえ、それはちょっと」と答えると、「別に、私がどうこうということじゃないんですけどね」といって、沙織さんは微笑んだ。

 私は自分の来訪の目的を告げた。卓也さんとの離婚の経緯や今の心境を話してほしい。彼の語ったところによると、きわめて円満に離婚したそうだがと言うと、沙織さんの瞳がキラリと光った。

「離婚なんて、どれも一緒ですよ。嬉しくて仕方ないのは結婚するときだけですけど。離婚のときはやはり傷が残ります。円満にというのは、ただ自分でその傷をかばうだけです」

「傷ですか?」
「ええ。傷つかなかったらおかしいでしょう。でも、卓也のほうは違うかもしれません。彼は好きな女性がいて、その人と一緒になるために私と別れたんですから」

 思いがけない沙織さんの言葉だった。卓也さんは、二人でよく話しあったうえで、より良い生活を求めて結婚を解消したのだと語っていた。しかし真相はもう少し複雑らしい。

 新しい恋人ができた夫は、きれいごとを並べたてた

 私は卓也さんの説明を思い返していた。沙織さんは自分が育った町の中学で教員をしている。卓也さんもその町に本社のある企業に勤めていた。

ところが、五年ほど前に卓也さんは東京支社勤務を命じられた。ここでとんとん拍子に出世をして、とうとう支社長になってしまった。そうなると、また六、七年は東京を離れられない。

 一方、沙織さんは両親も親族も、今住んでいる町にいる。彼女の職場もそこにあるわけだ。だから一緒に東京で暮らすことはできない。

というか、彼女が自分のキャリアを捨てるのを拒絶した。当然ながら別居結婚となった。それでも初めは数年で本社に戻るつもりだったので、我慢したが、どうやらそうもいかなくなった。

 お互いにすれ違う生活に終止符を打とうと、どちらからでもなく言い出して、離婚が成立した。卓也さんのほうが収入が多いので、沙織さんと息子が住んでいた家を沙織さんにあげた。

そのかわり一千万ほどあった預金は卓也さんがもらった。息子ももう自立しているので、何の問題もないという話だった。

「工藤さん、人間って、とくに中年過ぎたら、新しい恋人が現われない限り、離婚なんてなかなかしませんよ。卓也があなたにお話ししたのは表面のきれいごと。真相はもっとドロドロしてました。

でも、私は彼に何も言わずに別れたから、あの人は今でも、私が女のことには気づいていなかったと信じているんでしょう。おめでたい男ですね。まあ、そう思わせておけばいいけど」

 沙織さんの口調は、ずいぶんとシニカルなもので私は一瞬わが耳を疑った。沙織さんが、卓也さんを決して許していないのが、じんじんと伝わってくる。

そんな元妻の精神状態を卓也さんは全く知らないのだとしたらまさに「おめでたい男」だ。この二人の認識の相違はどこからきているのだろう。

 離婚に至るプロセスで、何かがあったに違いない。
「沙織さんはどうして離婚を同意なさったんですか?」と私は尋ねた。

「だって、仕方がなかったんです。自分の夫に愛人ができたときって、女は直感的にわかるものでしょう。工藤さんだって、そういう経験はおありでしょ?」

 こう聞かれて私は困った。実は恥ずかしい話だが、私は本当に鈍感で、恋人や夫が自分以外の女に心を移したことなんとなく察知したという記憶が皆無なのだ。実は二股をかけられていたと後からわかって、

すごく腹が立ったことは、もちろんあるのだが、交際している最中は全然わからなかった。その辺の勘が冴える人と冴えない人がいるのだろう。私は明らかに後者だ。

「本当に微妙なところなんだけど、私は卓也があの女と深い関係になったとき、すぐにわかりましたよ」

 沙織さんはぐいと顎をしゃくった。
「なぜ、わかったんですか?」

「それは、ちょっとプライベートな事柄なので、お話しするのは難しいですね」
「でも、教えていただけませんか? 熟年離婚した女性の本音を私は知りたいのです」
 しつこく私は頼んだ。

 沙織さんは黙っている。仕方ないので、とりとめもない世間話をしながら、食事をした。フレンチのフルコースがそろそろ終わりデザートが運ばれてくる頃だった。沙織さんは白ワインのシャブリを一本空けていた。彼女がお酒に強いとは卓也さんから聞いていたが、たしかに飲んでも顔色は変わらなかった。

 浮気に気付いたのは、ベッドでのちょっとした変化

「微妙な小さなことから、綻(ほころ)びがわかるのね」
 
 独り言のように沙織さんが呟いた。
「あの夜はいつもと同じだと私は思っていたの。いつも卓也が帰宅すると夜と」
 その当時、卓也さんは東京の仕事が忙しくて、一ヶ月に一回、自宅に帰るのがやっとだった。彼が帰ってきた夜は、夫婦は、セックスをするのが暗黙の了解になっていた。

 一昨年の九月末だったとう。月末の土曜日に自宅に戻った彼はリラックスした様子だった。親子三人の夕食が終わり、息子は自室に引きあげた。
 
 まず、卓也さんがお風呂に入り、その後に、沙織さんが入った。ネグリジェの下には何も着けずに、彼が先に横になって待っているベッドに滑り込んだ。

 いつものように卓也さんは妻を抱き寄せた。沙織さんはそっと夫のペニスに手を伸ばした。そのとき彼がブリーフを履いたままなのに気づいた。こんなことは初めてだった。ベッドに入ってくる沙織さんを全裸で待っているのが、もう何十年も続いている習慣だった。

 どうして、ブリーフ履いているのだろうと一瞬怪訝(けげん)に思ったが、沙織さんは「これ邪魔よ」と甘い声でいって夫のブリーフを脱がせた。それから手で優しくペニスを愛撫した。通常ならすぐ大きくなるペニスがなかなか勃起しない。

疲れているのかなと思った沙織さんは、今度は夫のペニスをそっと口に含んだ。ようやく固くなったところで、卓也さんもお返しに沙織さんの敏感な部分を愛撫すると思ったが、それをせずに一挙に挿入してきた。

 何か変だと沙織さんは感じたが、抵抗せずに夫を受け入れた。すると卓也さんはすごい勢いで往復運動を繰り返し、あっという間に果ててしまった。セックスを楽しむというよりも、射精だけが目的みたいだった。

 行為が終わると、なぜか卓也さんはふうとため息をついて、安心したように目を閉じた。沙織さんの肩に手をまわし、そのまま寝入ってしまった。

「あれが、いわゆる世にいうところの義マンっていうものだったのね。もちろん、私はその瞬間は気付かなかったですよ。ちょっとおかしいと思ったけど、セックスをしたという事実はあるわけだから、その意味では満足していたんです。

あっ、満足はしませんでしたね。してなかった。中途半端に火をつけられて、完全に燃焼しないで終わってしまったんですから、悶々としていました。夜中に眠れないまま考えていました。夫は変わった、小さなことだけど、以前とは確実に違っていまっている。それは女ができたからじゃないかって思いました」

 しかし、沙織さんは言葉に出して彼を問いただすことはしなかった。何の証拠もないのに問いただし、彼は夫としての務めを果たしたといえる。相手を追い詰めたくなかった。

 その翌月も卓也さんは帰郷した。そして沙織さんを抱いた。しかし、セックスの時間はどんどん短くなっていった。挿入すると、まるで慌てたように大急ぎで射精する。沙織さんは火照(ほて)った身体だけが取り残されて、眠れなかった。

「あの頃はいろいろなことを考えました。誰か他の男の人と寝てみようかとか、バイブレーターを買って自分でやってみようかとか。でも、よく考えてみると、私がセックスをしたいのは卓也とであって、他の男やバイブレーターじゃないんです。

卓也が好きなんです。だから、セックスをしてもらえるだけでも幸せだと思わなければいけないのだと自分に言い聞かせたりしました」

 時間が解決するかもしれないと、密かに希望を持った日もあった。自分の一言ですべてが壊れるのを極端に恐れた沙織さんは、何も気づかないふりをした。

 卓也さんもまた、月に一回の帰宅は欠かさなかったし、セックスも続けた。

「女っておかしいですよ。男の気持ちが醒めていくのがわかればわかるほど、セックスに執着するんです。私が必ずやるんだって決心していて、それは卓也も感じているから、お義理に私を抱くんです。

抱かれた後、以前だったら、もう一度お風呂場に行って、精液で汚れた部分を洗い流していたのに、卓也が義理でするようになってからは、彼の精液を洗い流すのも惜しい気持ちになるんです。

少しでも長い間、彼の精液を自分の体内にとどめておきたいんですね。馬鹿でしょ。でも、愛してくれる証と思いたかったんです。翌日、パンティーに白い液体が乾いて痕があるだけで嬉しかった」

 取り乱さないことがせめての意地だった

 沙織さんはうすらと涙を浮かべていた。誰の言葉だったか忘れたが、有名な西洋の作家が「男と女の間では、より多く愛した者が敗者である」といったのを読んだ憶えがある。

 沙織さんは夫を愛していた。だからこそ、何も言い出せなかったのだろう。そしてついに、卓也さんがどうしてもセックスできなくなる日が来た。ペニスが勃起しないのだ。どんなに沙織さんが努力してもだめだった。

「おかしいな。オレ更年期なのかなあ」
 と卓也さんは冗談でごまかそうとした。
「いいのよ。無理をしなくても」

 沙織さんは多くの意味を込めてそういった。もういいと思っていた。多分、夫の相手は自分より若い女なのだろう。その女とセックスをしてから、東京を発ったのかもしれない。もうたくさんだ。終わりにするときがきた。

別れ話は電話で始まった。東京へ戻った卓也さんから電話があり、そろそろ二人の老後についても考えてみようよと彼からソフトな口調で切り出した。

「そうねえと、私は答えて、もうお互いに努力は充分したのだし、別れた方がいいのかしらねと淡々と応じました」

 胸には万感の思いがあった。だが、それを吐き出したら自分が惨めになるだけと知っていた。それよりも、最後まで相手にとってはいい女でありたかった。取り乱さないのが、彼女の意地だった。

 卓也さんは冷静な態度に安堵(あんど)して、離婚の条件を並べた。何度かの交渉の末、決着がついた。

「ほんとは最後にもう一度だけ抱いてっていいたかったんですけど、言えませんでした。未練ですね」

 沙織さんは食後のコーヒーを飲み干した。
「東京にお帰りなったら、沙織は元気に暮らしているって卓也にいってください」というのが、彼女の最後の言葉だった。

 セックスの道具が有効だったり、仇となったり

「バイブレーターって、男のためにあるものだと思う?」

日差しが柔らかい五月の連休に、親友の恵美子さんが遊びに来てくれた。夫は実家の母親の病気見舞いに行って留守。女二人で、のんびりと出前のお寿司でも取ってお喋りをしようと、待ち構えていたら、村上開新堂のクッキーを手に恵美子さんが現れた。

オレンジ色のバジーレのパンツにデニムのジャケットを粋に着こなしている。テニスをしているためか、贅肉など全くついていない。

下高井戸の駅前広場で買ったおばあさん用のダボダボのズボンをはいて、メタボを隠している私とは大違いだ。これなら六十歳の恵美子さんにボーイフレンドが二人もいるのも納得できる。

「あなたねえ、世の中は確かに変わってきているわ」
 応接室に座ると同時に恵美子さんが口を開いた。

「また一組、熟年離婚したのよ。これには私もちょっと関わっちゃったものだから、大変だったのよね」

 まったく疲れたというふうに彼女はため息をついた。離婚話というのは当事者のみならず、周囲の人間をも消耗させる。

 恵美子さんの説明によると、離婚したカップルの、夫の方が彼女の従弟に当たるのだそうだ。それで、最初は夫から相談を受けていたのだが、途中から奥さんも相談にくるようになった。

なにしろ奥さんとも三十年近い付き合いがあるし、親戚でもあるから、つい親身になって二人の話を聞いてしまった。

 ところが両者の言い分はどこまで行っても平行線で、収拾がつかない。どうにも後味が悪い離婚騒動だったという。

「それにしても、原因は何だったのか?」
 私は興味津々で尋ねた。

「うーん、直接の原因はある物なんだけど、あなたみたいな幼稚な人に話しても、きっとわからないと思う」

 彼女は珍しく突き放すような言い方をする。私はちょっとむっとした。
「あなたねえ、いくら私が幼稚で教養がないかって、そんな言い方はないでしょ。もう私だって五十八歳なのよ。大概のことは驚かないわよ」

「そうかなあ。じゃあ聞くけど、あなたさあ、バイブレーターって、男のためにある物と思う? それとも女のため?」

 まったく思いがけない方向から質問の矢が飛んできて、私は?然(あぜん)とした。
「バイブレーター?」といったきり黙ってしまった。ちょっと待ってよ、バイブレーターという物は女性がオナニーをするときの道具だ。だとすると、女性のための物ともいえる。

 だいたい私はバイブレーターなる物には全く興味がない。変な話で恐縮だが、若い頃に生理のときタンポンを使用する友人がいた。あれがどうにも私には理解できなかった。

異物を膣に挿入するのは危険な感じして嫌だった。バイブレーターもそれと同じで、どうも怪我をしそうな気がする。ほんとはそんなことはないだろう。

精巧にできたバイブレーターがると雑誌などに書かれている。だから私の偏見にすぎないが、なにもバイブレーターなんか使わなくって、いいじゃないかという気持ちは常にある。

 自分自身の退職金を全部ほしいという妻の本心は

 そういったら、恵美子さんが笑った。
「ね、だから言ったじゃない。あなたは幼稚なんだって。ペニスがあれば、それで十分と信じているのよね。それはそれで結構だけど、世の中にはバイブレーターを楽しむ人たちもたくさんいるのよね。

ただ、私の認識も今回、ちょっと変わったの。これは、あくまでも男女の間でバイブレーターを使う場合の話なんだけど、つまりあれはペニスの代わりに、男が使うものと私は思っていたわけ。

たとえば、インポのおじいさんなかが、若い女を相手にするときに、バイブレーターを持ち出すというのは、わかりやすい例よね、それから、刺激を求めて、ペニスを挿入する前に、いわば前戯として、バイブレーターを使うケースもあるわよね。

なんか異常なことをしているという感じで興奮を高めるわけでしょ。これも十分考えられるわ」

「はあ。それにしても、普通の人はあんまり使わないんじゃないかな。ちょっと変態っぽい人だけだと思うけど」

「そこがあなたの未成熟なところね。バイブレーターは何も変態のための道具じゃないわよ。使い方さえ心得ていれば、大人の遊び道具としては、ごく一般的な道具だといえるわ」

 恵美子さんは、彼女もバイブレーターを使ったことがありそうな口ぶりで話す。そうか、大人は平気でバイブレーターを使っているのかと妙なところで感心した。世の中には自分の知らない世界があるのだ。

「それはともかく、従弟の智之さんが、離婚の相談に来たときに言ったのは、どうも妻に男がいるらしいということだったの。彼の妻は幸恵さんというんだけど、子供がいないから、ずっと市役所に勤めていて、今度五十五歳で早期退職することになったというの。

智之さんは電気関係の大手に勤めていて、同じ五十五歳だけど、もう役員。このままいけば定年後も顧問かなかで六十五歳くらいまで会社に残れるらしいわ。ともかく、去年の末に台湾に旅行に行ったんですって、

このときに幸恵さんが、二月で早期退職をするけど、退職金はすべて自分が使っていいかって、智之さんに聞いたのよ。急なことだったので、智之さんも『いいよ。好きなことをしなさい』って答えちゃったらしいの」

「あのさ、その退職金っていくらくらいなの?」
「私もよく聞かなかったけど、なんでも三千万くらいらしいわ」
「それってひと財産よね。私なんか死ぬまで、そんな大金は手にしないだろうなあ」 

「あなた他人のことを羨ましがってどうするのよ。しょうがないなあ。それより智之さんの気持ちを考えてみてよ。彼は確かに今は収入があるし、自分も定年になれば、まとまったお金が会社からもらえるわけだから、

妻の退職金をどうこうするつもりはなかったっていうの。でも、だんだん、どうして妻は退職金を自分で使いたいっていったんだろうっていう疑問がむくむくと湧いてきたのよ。それは当然よね」

「そうだわね。考えてみれば、夫が定年になった途端に、退職金を半分くださいといって別れる妻の例はよく聞くわよね。だけど、妻が自分自身の退職金は全部ほしいと切り出す話は聞いたことがないわ」

引き出しのなかのモノの定位置がずれていた

 私は我が家の夫が退職金をもらった日を思い出していた。大体どのくらいもらえるかはわかっていた。その運用は二人で相談して決めた。口に出して言わないが、退職金は夫婦二人の財産と言う感覚だった。それだけに、恵美子さんの従弟の智之さんの戸惑いも理解できる。

「今は自分の退職金を確保しておいて、後何年間して智之さんの退職金が入ったら、それを折半して自分と別れるつもりじゃないかって、智之さんは考えたのよ」

 相談された恵美子さんは、いかにも彼女らしい冷静な意見を述べた。
「奥さんに男がいるなら、なんとなくわかるでしょ。そういう気配はありますかって尋ねたのよ、そうしたら、確かにあるっていうの。ただね、その先が問題なのよ。あなたの頭で理解できるかなあ」

 恵美子さんは私の顔を覗き込む。よっぽど私をノータリンだと思っているらしい。
「ま、とにかく、説明するとだわね、二人はセックスをするときにはバイブレーターを使っていたというのよ。それが四、五年かららしいんだけど。

そのバイブレーターは寝室のタンスの一番上の引き出しの奥にしまってあって、当然二人しか知らない秘密よね、ところが、智之さんにいわせると、そのバイブレーターの位置が微妙に変わっているんですって。

自分が置いた場所から、ちょっとずれているらしいの。それで、もしかしたら、奥さんの幸恵さんが、自分の留守の間にそれを持ち出して、男と会っているんじゃないかって疑りはじめたのよ。といって確証があるわけじゃない。そこで彼は悩んで、あたしに相談に来たということ」

「ふーむ、けっこう濃ゆい話になってきたわね。それで、結局どうなったの?」
「あたしは、しばらく様子を見るようにていって、くれぐれも相手を追い詰めたらダメだからねって、いったの、そうしたら、一ヶ月ほどした頃、今度は幸恵さんから連絡があったのよ。相談があるって」

 恵美子さんは、すぐに夫婦間の問題だなとピンときた。そこに智之さんのためにも幸恵さんの本心を聞いておくのは悪くないと思って、彼女と会った。日曜日の午後に幸恵さんが恵美子さんのマンションを訪ねて来たのである。

 なかなか本題に入らなかったのだが、ようやく幸恵さんが話し始めた。「主人がバイブレーターのことを何か申し上げましたでしょ」というのだ。

 ああ、智之さんは、やっぱり妻を追い詰めてしまったなと恵美子さんは思った。恵美子さんが曖昧な返事をしいると、いっきに幸恵さんがしゃべりだした。

 実はバイブレーターは、彼女が考え出した苦肉の策なのだという。ホルモン補充療法はがんになる確率が高くなると聞いたことがあったので、やりたくなかった。そこでゼリーを性器に塗る方法を選びたいと思ったが、セックスをする前にゼリーを塗るのは、なんだかわざとらしくて恥ずかしい。だからバイブレーターにゼリーを塗って、ゆっくりと膣に挿入することにした。

それを智之さんが見ている前でやると、彼も興奮する。そのうち、幸恵さんがバイブレーターでしばらく挿入を繰り返すのを智之さんが見て楽しんだ後で、性行為を始めるというパターができた。

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道具を使って、一度はセックスが再燃したが

 まるで新婚時代のように二人はセックスに熱中した。その限りにおいて夫婦はうまくいっていたのだが、智之さんが幸恵さんを疑うようになった。バイブレーターを使うのが、上手になったのも怪しいと言い始めた、身に覚えのない幸恵さんは、腹が立って、それなら離婚しようと決心したというのだ。

 恵美子さんは、なぜ、そんな些細なことで幸恵さんが離婚をしようと思い立ったのか、そのへんが不思議だった。

「あたしは幸恵さんの告白に耳を傾けながら思ったの。彼女はまだ、何か隠していることがあるなって。それが何かはわからないけど、ただ、夫が嫉妬したからって、それだけで女は離婚したりしないわよ。

退職金の使い途についてだって、それとなく尋ねたけど、彼女は何も言わないのよ。へんでしょ。そう考えると、だいたいバイブレーターを使おと思いついたのは、ほんとうに幸恵さん一人の知恵だったのかしらっていう疑問も生まれてくるわ。

普通の女の人はやっぱりあなたみたいに、バイブレーターは特殊な物っていう意識が強いわよね。もしかして、男がいて、その男から教えてもらったと思えば納得がいくよね。それは後から智之さんもいっていたわ。初めから、いやに慣れた手つきだったって」

 バイブレーターが発端となって、夫婦の仲は一度は燃え上がったものの、急速に冷めてしまった。

「でもね、実はもっとショックな話があるのよ」と恵美子さんは言葉を続けた。
 彼女はどうもバイブレーターのことが気になって、自分と同じように独身で男友達のいる女性たちに、この件の話をしてみた、すると三人の女性が、

自分もバイブレーターは男性の目の前で挿入して見せて、それを前戯として遊ぶと答えたという。男性が使うのではなく女性が使うのである。これが今のセックスでは常識なのだといわれた。

 恵美子さんは、バイブレーターとはあくまで男性が自分のペニスの延長上にあるものとしてコントロールすると思い込んでいたので、まさに仰天してしまった。

「あなたみたいにセックスに疎い人には、初めから聞こうとは思わなかったけど、最近の熟年はセックスの形態も変わってきているのかも」と恵美子さんいって、考え込んでいた。

 つい先月、智之さんと幸恵さんは離婚した。なぜ離婚しなければならなかったのか、親戚はみんな首を捻った。恵美子さんだけは、最後まで二人の相談相手となって、なんとか離婚を思いとどまらせようと努力したが無駄だった。

お互いに意地になっているように見受けられた。そして、二人はそれぞれ違う場所で同じ言葉を口にしたのを恵美子さんは聞いた。
「いい人がいたら、なるべく早く再婚したいですよ」と。

つづく 第六章
 普通の母親が陥ったギャンブル依存症