彼女の夫は新婚当初から「中折れ」の状態だったという。では、この「中折れ」とは何かというと、セックスをしているときに、最初はちゃんとペニスが勃起する。そして挿入するわけだが、途中でそのペニスが萎(な)えてしまう。これを「中折れ」と呼ぶそうだ。
赤バラ性の問題、更年期よる性交痛・性機能不全・中折れ、性戯下手によるセックスレスは当サイト製品で解決できるが。パートナーの言動・行動から発した忌々しいできごとからの嫌悪感からのセフレは修復不可能である

南洋の島でアバンチュール

本表紙 工藤美代子 著

夫のある身で出会った二十五歳年下の青年

 彼女と知り合ったのは、ほんの偶然からだった。日本からそれほど遠くはない、ある南の島に滞在したとき、ホテルのエレベーターの中で、その彼女、洋子さんと一緒になった。

 私は最初、洋子さんを現地の人だと思った。それほど日本人離れしていた容貌だったのである。

 何度かエレベーターの中やコーヒーショップで出くわすうちに目礼を交わすようになり、ある日、「あたし、このホテルはもう明日が最後なんですよ」と彼女が言ったので、初めて日本人だと分かった。

「日本にお帰りになるんですか?」と聞いたら、「いいえ、もう帰らないんです。ずっとここに住むつもりです」といって、傍らに立っている青年の手を握り、「彼と一緒に」と嬉しそうに付け加えた。

 ここで、彼女と出会った南の島の名前を書くことができないのが残念だ。しかし、その島の日本人社会は限られた人口しかいない。だから絶対に地名を出さないという条件で洋子さんは取材に応じてくれた。

そうじゃないと、すぐに彼女の身元がわかってしまい、地元の日本人に好奇の目で見られるからだという。

 とにかく私はたまたま五日間ほど滞在したその南の島で、洋子さんは数奇な運命をたどった女性と知り合いになり、彼女の身の上話を聞かせてもらうチャンスに恵まれた。
 初めはホテルのコーヒーショップでお茶を飲みながら、半分くらいは普通の世間話をした。
 洋子さんは関西出身で、現在は五十三歳である。短大を卒業して近所の薬局に勤めていた。そこへ営業に来た製薬会社の男性と恋愛して結婚した。今から三十年ほど昔のことだ。所帯を持ったのは大阪だった。

「自分でもいうのも変やけどいい奥さんやったと思う。料理も掃除も得意だし、始末して頭金をこしらえて、マイホームも買うたし、まあ普通の主婦やったんや」

 その洋子さんが五十歳のときに友人に誘われて南の島に旅行に行った。それまで海外旅行をしたことはあったが、いつも夫が一緒だった。年末年始とかゴールデンウィークとか夫が会社を休めるときに二人でヨーロッパやアメリカを旅した。

 子供がいないためもあって、夫を置いて自分だけ旅行に行く気にはなれなかった。
 
 初めて、短大時代の親友で独身の女性と二人で旅をしたのは、夫も業者仲間と慰労会があって、タイにゴルフ旅行に出かけて留守だったからだ。
 このとき、ガイド兼運転手として現れたのがケニー君だった。
「彼、いくつやと思う?」

 洋子さんに尋ねられて私は首をかしげた。実は彼の名前もケニーではなくて現地の名前なのだが、それを書くと島の場所が特定できてしまう恐れがあるために、ここではケニー君としておく。

「三十歳くらいですか?」と答えると、「あの子なあ、まだ二十八歳やで」とちょっと得意そうに洋子さんが言った」

 すると二人の年齢差は二十五歳ということになる。息子といってもいい年齢だ。
「ケニーの親が反対するんで、ちょっと揉めたんやけど、ようやく諦めはったみたいや」

 洋子さんはバッグから煙草を取り出して、おいしそうに一服すると、明日は二人の新居となる家に移るのだと語った。

 私は実は今、熟年離婚の取材をしているのだが、もう少し詳しい話を聞かせてほしいと彼女に頼んだ。初めは難色を示していた洋子さんだったが、絶対に身元が分からないように書くからと説得すると、その夜、二時間ほど時間を空けてる約束してくれた。

「まあ、焦らんでも、これからはなんぼでもケニーと一緒におれるんやから、ええわ」微笑んだ。

 実は私は別の取材でその島を訪れていたのだが、急遽(きゅうき)、頭を切り替えて、洋子さんが離婚に至った経緯を聞くことになった。

思えば、よく彼女は見ず知らずの私を信用して、あそこまで話をしてくれたものである。その点には感謝しているが、洋子さんの心の中にも、誰かに思いのたけをしゃべりたいという欲求があったのかもしれない。

 称賛の言葉に酔い、激しく燃えて

 ホテルのバーに午後九時ごろに現れた彼女はすでに、ずいぶん酔っていた。ピンクのノースリーブのワンピースがなめまかしかった。髪も明るい茶色に染めて、一見するとポリネシアンの女性のようだ。

 三年前に知り合ったケニー君は、洋子さんに一目惚れをしたそうだ。こんな美しい人は見たことがないと言って、彼女を称賛した。身長が一メートル五十センチで、体重が六十八キロの洋子さんは、自分を称賛してくれるケニー君の言葉に感動した。

「だって、あんた、別嬪(べっぴん)やなんて、もう何十年も言われたことあらへんもの。そりゃ嬉しいわ」

 しかし、このときは女友だちと一緒だったので、何もせずに帰った。一か月後に、洋子さんはたった一人でケニー君に会いたさに南の島へ行った。一週間の滞在だった。そこで初めて二人は結ばれて、激しく燃えた。

 だが彼女だって五十歳を過ぎた身だ。いくら若い青年とのセックスが楽しくても、家庭を捨てるつもりは毛頭なかった。年に二、三回くらい夫に嘘をついて、ケニー君に会いにくればよいと考えていた。

「でもねえ、やっぱり運命やわ。これは神様が仕組んだ運命やと思う」
 洋子さんが、たばこを吸いながら言った。

 ケニー君と別れて日本に帰って二週間ほどしたとき、実家の母親が心筋梗塞で急死したのである。父親はすでに他界している。
 一人っ子洋子さんは、実家の財産を相続した。不動産を売却し、相続税を払っても、彼女の手元には七千万円以上の大金が残ると知った。

「チャンスだ」と洋子さんは思った。神様が与えてくれたチャンスだ。ケニー君の住む島では四百万円もあれば立派な家が建つ、そこにケニー君を住まわせて、自分が一ヶ月に一回くらい通う。

どうせ歳の差があるのだから続くのは四、五年だろう。その間にうんと楽しんで、最後には家を彼にあげればいい。

 頭の中では、そんな設計図ができていたのだが、ここて、はたと困ったのが夫の存在だった。夫だって、やがて気が付くだろう。妻が南の島に定期的に通っていれば、そこに何かあると。

「さて、どっちを取るかって、考えて、もう一度、ケニーに会いに来たら、彼はすっかり本気で結婚しようって言ってくれた」

 その言葉で洋子さんの腹は決まったという。日本にいても、誰が自分みたいなデブのおばさんに本気で惚れてくれるだろう。しかも二十五歳も年下の男の子だ。

 新婚当初から「中折れ」でセックスレスの日々

「その気持ちはわかりますけれど、やはりご主人に対してはお気の毒だという思いはありませんでしたか? ご主人にしてみれば、突然、妻から離婚をいい渡されるわけですから、さぞやびっくりなさったでしょう?」

 私は彼女を非難するつもりはなかったが、やはり夫である男性への同情は禁じえなかった。おそらくは六十歳近いはずの洋子さんの夫は、ずいぶんと狼狽(ろうばい)したことだろう。

「主人ねえ」といったきり、洋子さんはしばらく黙り込んでいた。さまざまな思い出が彼女の脳裏を駆け巡っている様子が見て取れた。

 私はそっと彼女のグラスに赤ワインを注ぎ足した。そして、洋子さんが次の言葉を発すのを待っていた。

「おかしいんやわ。結婚したばかりの新婚のときからそうやった。あれじゃ子供はできへんのも当たり前や」

 首を激しく振って。洋子さんはワインを一気に飲み干した。
「工藤さん、中折れって知ってはる?」
「はあ?」と私は聞き返した。初めて聞く言葉だった。すると洋子さんが説明してくれた。

 彼女の夫は新婚当初から「中折れ」の状態だったという。では、この「中折れ」とは何かというと、セックスをしているときに、最初はちゃんとペニスが勃起する。そして挿入するわけだが、途中でそのペニスが萎(な)えてしまう。これを「中折れ」と呼ぶそうだ。

 新婚初夜に洋子さんの夫はその状態になった。それは緊張しすぎたせいだと夫は弁解した。まだ若かった洋子さんはその言葉を素直に信じた。

 実は彼女は処女ではなかった。勤め先の薬局の主人と不倫関係にあった。その人の子ども身ごもったが、懇願されて堕胎した。それが深い傷となって心の底に残っていたので、いかにも誠実そうな男性がプロポーズしてくれたのを、すぐに受け入れた。不倫に疲れていたからだったという。

 それだけに夫の前では細心の注意を払った。自分が男を知り尽くしていると、相手に悟らせないためにも無邪気なふりをした。夫が上手くセックスできないのは彼が童貞で、経験不足だからに違いない。

やがて、その問題は解決するだろう。それまで優しく見守ってあげようと、いわばお姉さんのような気持ちで五歳年長の夫に接した。

 セックス以外では夫婦仲は順調だった。夫は堅物で、浮気もギャンブルもしない。それどこかお酒も飲まないし煙草も吸わない。

 趣味は日曜大工で、休みの日は嬉々として、庭の手入れや、家の修理をしてくれた。彼女もそれにこたえて、料理や掃除に励んだ。

「お宅は理想的なご夫婦ね」と友人たちに何度も言われた。洋子さん自身もそう信じていた。

 しかし、たった一つの問題があるとすれば、それはセックスだった、何年たっても、夫は完全に成功を終わらせることができない。いつも途中でペニスが柔らかくなってしまい射精にまで至らない。

 それが物足りないからといったら、自分がいかにも性欲の強い女だと思われるのではないかと洋子さんは恐れた。だから、彼を非難したことは一度もなかった。

「でもねえ、寒々しいもんやで。途中でタイヤの空気がすうーっと抜けてくようなもんや。いっつも中途半端で終わり。行けたことなんてあらへんわ」

「その男に捨てられたら、俺のところに戻ってこい」
 すでに女としての性の喜びを知っていた洋子さんは、初めの何年かは真剣に悩んだ。夫が持続できないのは自分にも責任があるからだろうと思ったのだ。

しかし、かつて不倫していたときは、相手の男性はちゃんと最後まで到達した。ときには、コンドームをつけるのが間に合わずに射精してしまったことも何度かあった。そのために彼女は妊娠したのだ。

 だから、自分の方に原因があるとは思えなかった。
 やがて洋子さんも夫も中年になり、二人の間には暗黙の諒解が成立した。もうセックスに関しては忘れよう。あたかもそんなものはこの世に存在しないかのようにして、二人は仲良く暮らした。

 だが、洋子さんの女性の部分はケニー君との出会いで目覚める結果となった。
「若いからすごいのよ。一日三回くらいは平気でけろっとしている。もっとも、こっちかて、長年溜めてきたエネルギーというもんがあるから、立派に相手はできるけど」と洋子さんは冗談めかした口調でいった。

 離婚を切り出されたとき、夫は妻の異変に気付いていたようだった。しかも、性的に妻を満足させられないことが、彼にとっては心理的な負担になっていたようだ。

 涙ながらに、妻にその点を詫びたという。もっと若い時に病院に行って治療するなりカウンセリングを受ければよかったと何度も繰り返した。

 洋子さんはもはや失われた時間は取り戻せないのだと夫にいった。残酷なようだが、真実を告げるのが、せめてのもの誠意だと思った。

差し込み文書
「『中折れ』『勃起不全』は当然ながら妻の性欲を満たさず欲求不満は募るばかり、性の欲求を満してあげる方法として、アダルトグッズ・バイブレーターなどを使うことも有効である。しかし、プラ製がほとんで違和感を覚え拒絶する人もいる。

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夫婦の一方に性的欲求があるかぎり、その欲求を満たしてあげることは、平和な夫婦生活を持続させていくには不可欠な要素である。=ソフトノーブル通販=」

だからケニー君のことも隠さずに話した。夫から財産分与をしてもらおうとは思っていなかったので。恋人ができた事実を隠す必要もないと考えていた。

 ケニー君は貧しくても、一生懸命働いて、洋子さん食べさせると約束してくれていた。その言葉を信じて、洋子さんは二人の愛の巣となる家を島に建てた。

夫は一週間ほど泣いていたが、最後には気持ちよく離婚届に判を押してくれた。そして洋子さんに言ったそうである。

 あんたは必ずいつか、その若い男に捨てられる。そうしたら、必ず俺のところに戻ってこい。オレは再婚しないでその日を待っているからと。

 洋子さんにも、将来のことは分からない。ただ、今、現在、ケニー君と一緒にいられるのは「人生最高の贅沢や」と思うのだそうだ。それを拒む理由は何もないと彼女は豪快に笑った。

 南の島の風は心地よくプールサイドにあるバーの空間を吹き抜けてゆく。午後十一時を回ったところ、ケニー君が彼女を迎えに現れた。褐色の肌に白い歯が光っている。手を握り合って、二人は私の視界から消えた。

 女性専門セックスカウンセリングの現場

 ふだん言えない本音を語れる「ささやきあいの会」

 最近、性欲というものについて考えてみた。男性には性欲があるが、女性にはないという人もいる。では、自分の場合はどうかというと、五十八歳の現在はともかく、三十代や四十代の頃はたしかにセックスしたいという欲望を感じたことがあった。

 しかし、それは相手が誰でもよいということではなかった。好きな人がいて、その人とセックスをしたという欲求だった。

 男性の場合は相手が誰であれ、とにかくセックスを求めるケースがある。だから風俗産業が成立しているのだろう。

 だが、女性にも男性と同じような種類の性欲があるのではないだろうか。そして、それが熟年離婚の原因となっていることはないだろうか。

 そのへんの事情を知りたくて、婦人科医師であり、池下レディースクリニック銀座の院長である池下育子先生にお話をうかがった。

 先生はセックスカウンセリングもしていらっしゃるので、実際に現場で女性たちの生の声を聴く機会も多い。

 まずは女優のように美しい先生に圧倒されてしまったが、語り口はあくまでも優しく、そして相手を安心させる包容力がある。この先生なら多くの女性が相談に訪れるのは当然だと納得した。

 先生によると、熟年離婚についての相談も、もちろん、最近は増えてきているという。
 あるとき、日曜日の午後にクリニックで「ささやきあいの会」というのを開催した。文字通り、女性たちがなかなか本音で語れない部分をささやきあいましょうという集まりだった。参加者は既婚者ばかりだった。

 その会に、五十三歳で、年金分割制度が実施される一年ほど前から、離婚する計画をたてていたという女性がいた。

 その女性を仮に京子さんとしよう。京子さんの夫に愛人がいて、その人との間に子供までできていた。しかも、京子さんとは何年もセックスレスの状態だった。

 離婚を決意したのだが「このまま女というものを通り過ぎてしまうのは、いかにも淋しい」という思いが京子さんにはあった。「自分は、母親はできるが女はできないのか」と、彼女は悩んだ。離婚するという現実は受け入れられる。しかし、やはり誰かからの温かいぬくもりがほしいと思った。

 そこで京子さんは、出会い系サイトで、十五歳年下の男性と知り合い、メールを交わすようになった。

 やがて、男性の方から、どうしても会いたいといってきた。彼女もその人に会いたかった。どうしたらいいのかと、その場にいる人たちに相談した。

 みんな口々に、絶対に会うのは止めたほうがいいといった。それは当然だった。相手の男性が、どのようなバックグランドの人かわからない以上、危険が大きすぎた。

 大反対の声の嵐の中で、池下先生はいった。

「そんなに会いたいなら、会いに行ってきたらいいじゃない。傷つくことはわかっているけど、会ってみたら。セックスしたらいいじゃない。でも病気だけは気を付けなければダメよ」

 先生は女でありたいという京子さんの切実な叫びが痛いほど理解できた。無理に止めても、彼女がどうしようもない絶望感を抱きかかえるだけだとわかっていた。

 そして、京子さんはその男性と会って、セックスをした。彼のことが好きになった。しかし、自分はこれから離婚の手続きを始めなければならない。もし裁判にでもなったら、若い男の存在は条件闘争の場合に不利になる。すっぱりと、京子さんは彼を思い切った。別れたのである。

「よくできたと感心しました」と池下先生は語る。

 おそらく京子さんは、その男性とセックスすることで、自分が女であるという確認ができた。その作業のためのセックスだったのかもしれない。

「私は恋に恋していたのですね」と京子さんは後に自分の行動を分析していった。

 未完成婚などの悩みにバイブレーターの使い方も指導

 先生のクリニックを訪れるのは、性的な問題に直面している女性が少なくない。
「いわゆる未完成婚も多いんですよ」と先生は説明してくれる。

 未完成婚というのは、初めて聞く言葉だった。これは結婚していながら、一度も性交のない状態だというそうだ。もちろん、その理由は千差万別だろう。男女どちらに原因があるかもカップルによって違う。

しかし、厳然とした事実としてあるのは、処女と結婚し、未完成婚となってしまった場合、セックスの体験が全くないということである。

 ないままに年月が経ち、やがて中年になり、閉経を迎える。その前に、やはり女性として性の喜びを知りたいという願望が生まれてくる。これは性欲の一種と考えてもいいかもしれない。

 私が驚いたのは、池下先生のクリニックではそうした女性の相談に乗り、実地に指導もしているという話である。

「うちのクリニックではバイブレーターも用意しています。それの使い方も教えます。もう三個も購入した方もおられます」

 知的で美人の池下先生がいうと、特に不自然な感じがしない。確かにそういうケースがあっても当然だという気がしてくる。

 考えてみれば、私たちの熟年世代の女性たちには、パソコンも使えず、ネットからの情報も入手できない人がたくさんいる。そして性の悩みは、どんなに親しい友人にも相談しにくいものだ。

 だから先生のところでは、マスターベーションのやり方から始動する。なにしろ、生まれてこのかた男性に触られた経験がないという女性もいるのだ。そんな人は自分の身体のどこを触ったら感じるのかもよくわからない。つまり完全な処女である。

 そういう女性でも、煽(あお)ってもらいたい、そして鎮めてもらいたいという熱い思いは胸の底にある。自分で自分の身体を持て余しているともいえる。だからこそ、池下先生のクリニックの門を叩くのである。

 こりは奥の深い問題だと私は思った。つまの、未完成婚の場合、女性は自分の性欲に封印して生きなければならないのだ。世間でも、最近までは女は性欲がないものだという通念となっていたようだ。

 ところが先生にお話を伺うと、女性にもちゃんと性欲はある。しかも、それは何も若い時ばかりではない。熟年になっても、セックスをしたいという願望は衰えない、そこで、女性は苦しむわけである。

 逆に結婚生活が続いていれば、たとえセックスレスであっても、諦めがつくかもしれない。肩を寄せ合ったり、手を握り合ったりという行為からぬくもりを感じ、満足する夫婦もいる。

 だが、いざ、熟年離婚してみると、全く一人になって、このまま自分の女の部分は終わってしまうのかという焦りや哀しみを急に感じる。

 なかにはバイブレーターなどを使ったマスターベーションでは満足しない女性もいると先生はいう。本物の男性に抱かれたい、触ってもらいたいという切望である。

 もちろん、そうした女性たちに対応する組織や商売があることは私も知っている。
 たとえばキム・ミョンガン氏が主宰する「せい奉仕隊」なども、そのひとつだろう。

これについては拙著『快楽(けらく)』でも紹介したが、簡単にいってしまうと、セックスしたい女性に無料で相手をしてくれる男性たちがいるのである。
 ただし、キム氏へのコンサルタント料や食事代、ホテル代など費用は発生する。

 ここで紹介された奉仕隊の男性と結婚した女性もいると、以前にキム氏から聞いたことがある。だから、うまく機能すれば、それは問題の解決になるのだが、必ずしも、完全に満足する女性ばかりではない。

 マスターベーションより恋がしたい

 なぜなら、女性は単にセックスをしたいのではなくて恋がしたからである。これが、私が冒頭で書いた性欲という意味である。私は若いころから、ほんとうに男性にもてたことがなかった。いつも片思いの連続だったが、その密かに思いを寄せる男性に手紙を書いたり、電話をかける知恵さえもなかった。

ただ、ひたすらその人の面影ばかり追い求めていた。そんなとき、もし、その相手とセックスができたらどんなに幸せだろうと思った。これが、今考えると性欲というものだろう。

「先生、私、今はお酒を全然飲まないんですけど、三十代のころはいつも一人で夜更けにウィスキーを飲んで、べろべろになって寝たものなんです。あれって性欲を紛らわしていてんですかねえ」

 私が尋ねると、先生は大輪の薔薇の花のように華やかな笑顔を浮かべて、
「そうなのよ、工藤さん、私も同じような経験がありますよ。クリニックの開業や離婚問題で、もう四十代の頃は大変だったんです。

だって、電車に乗っていても、目の前に立っている男性のズボンのジッパーを下ろしちゃうんじゃないかって、自分が恐かったくらいですもの。

頭の中は妄想で一杯で、だからよくお酒を飲みましたね、翌朝になると、あちこち痣(あざ)があるの。それって酔って身体をぶつけているからなのよね。まったく、それほど飲んでいましたね」

 こんなきれいな女性から、そんな言葉を聞くとは予想もしていなかったので、私は驚くと同時に嬉しくなった。

 なんだ、美人の先生も不美人の私も性欲という子に関していえば、同じような悩みを持っていたのだ。だとすると、それは普遍的な問題なのかもしれない。

「先生、あの頃、私はウィスキーと睡眠薬があれば、男なんかいなくったって生きていけると思っていました。今考えると、それは追い詰められていたんでしょうね」

「ああ、それ、私もすごくよくわかる。ハルシオンとお酒に頼っていた時代が確かにありました」

 そうかあ、こんなことを素直に話してくれる先生だから、クリニックには多くの患者が訪れるのだと私はつくづく思った。

 確かにウィスキーを散々飲んだ後で、最期の一杯をハルシオンと一緒に流し込む日々が私にはあった。思えば危険な行為なのだが、あの頃の寂寥(せきりょう)とした思いは今も忘れられない。

 だから熟年離婚を考えている最中だったり、すでにしてしまった人でも、激しい性欲に悩まされるのは当然なのだ。

 余命を知ったとたん毎晩のように求める夫

 ところが、世間の理解はまだそこまでいっていない。女性は閉経したら、もう性欲はないものだと思い込んでいる。ためしに、私は自宅に帰ってから、夫に尋ねてみた。

「ねえ、性欲についてどう思う?」
「えっ、性欲ねえ。そりゃあ若い頃は大変だったよ。でもねえ、あれは四十代に入ったらストンと落ちたね。まったくなくなったとはいわないけど、楽になったね。女性の場合? 

 さあ、よくわからないけど、女の人はあんまりないんじゃないの? 少なくとも男みたいに激しい性欲はないと思うよ」

「ふーん、そうなんだ」と答えて、私はあえてそれ以上は追及しなかったが、自分の夫も世の男性の常識的な認識として、女性には性欲がほとんどないと思い込んでいるのを知った。

 ただ、あながち夫の理解も的外れでもない部分もある。それは池下先生から聞いた、ある夫婦のことを思い出したからだ。

 その夫婦は、夫が六十歳らいのときに大腸がんと診断された。そうなると自分の余命もわかってくる。その男性は突然、毎晩のように妻の身体を求めるようになった。しかし、妻は閉経していて性交痛がひどい。思い余って先生のところに相談に来た。

 それはホルモン補充療法で解決する問題だった。このとき先生は思ったという。人間は死ぬかもしれないというときには、セックスをしたくなる動物らしいと。ただし、それは男性に限られるかもしれない。

「ね、工藤さん、最後の晩餐の後で、男の人はセックスをしたいのよ、女は御馳走を食べたらおわるけど」

 微笑みながらいった先生の言葉は今も私の脳裏に残っている。
 なるほど、男と女の違いはそこにあるのだともいえる。

 池下先生によると、人間には三つの性がある。男性、女性、そして妊娠する性。女性が閉経したからといって中性になるわけではない。あくまでも妊娠する性ではなくなったということであり、死ぬまで女性であり続けるのだ。

 そうならば、恋してもセックスをしもよいわけだし、性欲があって当たり前なのだ。
 私は池下先生から、女性の本質について教えられたような気がした。

 熟年離婚は女性という性の終わりではない。むしろ新しい喜びの始まりとなる可能性をはらんでいる。なにしろ私たち女性は平均で八十年以上の生命を生きる時代になっていのだから。

つづく 第四章 夫のメールを覗き見たことがありますか