すでに本書で提案したいくつかのエクササイズを試してみて、勇気づけられるかもしれません。
自分のニーズを満たして欲しいというあなたの願望を夫に伝え、また聞いてもらい、協力してもらえる望みを高めておられるかもしれません。
と同時に、あなた自身がしなければならないことも沢山あります。
とういうことをすべきであるかを、本書では示しています。
夫を変えることは大変なことだと思われているでしょうか。しかし、考えてみれば、愛の関係を築き、維持していくのは決して優しくないということは、もうすでに経験を通して知っておられることですね。
ひと言、注意しておきましょう。
いろいろなプログラムをやるという作業を通して、「自分ばかりが一生懸命にやっている」という思いにふたたび捉われるかもしれません。しかし、そのような思いは、これまで感じていたものとは違って、決して不健全なものではありません。
ただし、おりおりに、自分の作業を振り返ることが必要でしょう。そして、自分だけでなく、夫自身がどの程度プログラムに参加し、成果を得たかということも吟味する必要もあるでしょう。あなたが一生懸命に努力する一方、夫は何もしていないというのでは問題です。
流行りの心理学に心を奪われ、まるで超人間的な努力をしているあなたを興味半分で眺めながら、心の中では、無駄なことだと思っているとしたなら、それこそ、あなたの努力が無駄になってしまうわけです。
そこで、何もかも自分でやってしまいたいという誘惑にかられた時には、夫にもやってもらわなければならないことを改めて思い起こすことです。
心を開いて、自分の気持ちを打つ明け、二人の問題を解決するために積極的に努力し、あなたのニーズに対して関心を持つなどといった事を、学び、実行する責任が夫にあることを自覚するのです。あなたは、伝え、教える役割を、夫は、聞き、学ぶという役割を果たさなければ、成果はえられません。
健全な相手を愛する技能を学び、身につけることで、双方共に自分の人生を〈救う〉のです。
夫に対して、自己主張せず、自分を失った女性のように振舞うのであれば、夫は自分の自我をコントロールする必要を感じず、わがままに振る舞うでしょう。
あなたの気持ちを共感的に理解する技能を学ぶ必要も感じないでしょう。
そして、結果的に、あなたとは深くかかわる冒険を避けてすませてしまうでしょう。夫の気紛れな言動を我慢し、何も言わずに、怒りを抑えているのであれば、夫は、間違いなくわがままな人間になってしまうのです。
自分の望む通りにならなければ腹が立つでしょう。
こうして、自分中心主義的な生き方を続ける結果、不安と敵意の虜になってしまうのも歴然としています。
ところで、
これまで、経験によって知っていたことが、近年の精神・身体的医学(心身医療)の臨床研究によって、科学的に実証されています。
たとえば、二百五十名の医師を二十五年間にわたって調査した研究によりますと、敵意が強い人の方が、そうでない人よりも六倍も多く心臓疾患を患っているということです。
また、敵意が多くの死の原因となっていることも明らかであると言われています。
さらに、ストレスが人間の生死にかかわることをご存知でしょうか? といって、ストレスが死をもたらすのではなく、ストレスに正しく対応しないことが死を招くのです。
別の言い方をすると、自分の内に籠もり、悩んでいるよりも、自分以外の者のことを考え、気づかいできるようになる方が、よっぽど健康的であるということです。
自分の世界にだけ没頭し、我を忘れた生き方をしている人は、自分の生命を早く失ってしまうのです。
残念なことですがそういう男性が多くいます。しかし、自分の生命を締めるようなことを止めるのに無力ではありません。その気になり、意志さえあれば、止められます。
自分の城から出ることを学び、また、ほんとうに人を愛するとはどういうことかを、実践しながら学んでいけばよろしいのです。
無意識や夢の分析など、精神分析という手法によって人間の深層心理を解明することに貢献したフロイド流の心理学か流行る社会(とくに、アメリカなど)では、心理学に対する偏見があります。
なにか精神的な世界のことのように思われたり、ベールで隠され秘め事のように受け取らいる面もあります。
精神医や心理学者は人の心を見通す不思議なパワーを持っていると信じている人も多いようです。
「私を精神分析をするのを止めてくれよ」などといった冗談交じりの言葉が、これらの人々の口から、日常の会話の中でも吐かれるようになっています。
しかし、1970年代の後半にかけて、心理学は、このような神秘のベールを脱ぎ、一つの科学の分野に成長し、もっとも親しみやすいものになったのです。
中でも、私たちの感情や行動は、私たちの思考によって左右されると鋭く認知心理学の理論の台頭によって、これまで袂を分かっていた科学と心理学の統合が可能となったといって良いでしょう。
こうして、心理学と他の科学、とくに生理学との共同作業によって、これまで明らかになかったことが、多く解明されるようになったのです。
たとえば、神経心理学(大脳生理学)の発達によって、人間の情緒活動の座(大脳皮質)が明らかになりました。
また、情緒的対応の仕方も男性と女性では違うことがわかりました。さらに、女性の大脳の活動は、男性よりも適応度が高いことも明らかになったと思われます。
また、心理・神経免疫学の発達によって、未解決のまま抑制されるストレスが疾病に対する抵抗力を弱めることも明らかになっています。
現に、
のようなもので、その主人公の意志によって無数の化学物質を分泌する機能を備えているわけです。このような新しい科学の知識によって、健康に生き、幸せに生きるためのノウ・ハウを知り得るようになったのです。
本書で紹介したプログラムやエクササイズは、このような近年の研究成果をふまえたものです。とくに、〈感受性の段階的減少法〉〈イメージ投影法〉などは、その代表的なものです。
このように、今日の心理学の効果の素晴らしさを受け容れる一方、人間の大脳はコンピューターではないことを自覚することも必要です。
たとえば、コンピューターは、間違いをよく起こすディスクを、新しいディスクと取り換えることは可能ですが、人間の脳はそう簡単にはいかないのです。(それが可能ならすてきですが)ですから、夫が何を考え、どのようなプロセスをするかを、あなたはコントロールすることはできないのです。
しかし、夫に対して、別のプログラムを提示する(夫がこれまでやってきた方法とは別の方法があることを提示する)方法を、あなたが学ぶことはできるのです。
それによって、夫の行動の選択の仕方が変わることを期待できるのです。
さらに、近年の心理学は、人間の精神(スピリチュアル)の世界にも目を向け、関心を注いでいることを知って欲しいと思います。人間の精神を宿す偉大な力を解明しようとさまざまな試みがなされています。
また、「なぜ、この世に生を受け、どこに向かっていくのか?」という私たちの永遠の問いに対して、単に形面上学的にアプローチするのだけではなく、主教心理学的に光を当てようとする試みも見られる。
あなたが夫に望むことを得やすくするための、さまざまな手法をこれまで紹介してきましたが、そのすべてを一度にやらなきゃならいような印象を与えたしまったとしたら、それは、全く私の意図に反するものです。
また、あなた自身も、夫が変わり、ふたたび、夫の愛に包まれたいという強い願望のあまり、事を急ぎ、私が提案したプログラムやエクササイズを夫に押し付け、一度に、多くのことをやって欲しいと要求するといった状態が生ずることも、望ましくありません。
もし、そんな自分に気がついたら、とにかく、スロー・ダウンしてください。
事を急ぐと仕損じるのですから。
プロローグの中で、私たちは人生の営みにおいて遭遇する出来事は、ほとんど避けられないのだと言いました。
それに対する対応の仕方を選ぶことだと述べました。ちょうど、カード選びのようなもので、どんなカードが自分のところに配られてくるかはコントロールできないけれども、手にしたものをどうプレイするかを決めることはできるのです。
同じように、夫にも、自分のカードでどのようにプレイするかを決める権利と自由があるわけですから、あなたが、プレイの仕方を夫に強制することはできないのです。できるのは副え木になることです。情報を伝達し、モデルを示し、対決し、話し合うことはできます。
また、自分の行動を変えることもできます。そういうあなたを夫が見て、賢明なプレイの仕方を学ぶようになるのです。
本書で提案したやり方は、ちょうど、テーブルの上にあなたのカードを乗せるようなものです。そのチャレンジに夫は答えなければならないといった状況を作るわけです。
あなたとの愛の関係をプレイしつづけるには、黙って見ているわけにはいかないのです。あるいは、夫は、同じょうにカードをテーブルの上に乗せたら、あなたにもう愛してもらえなくなるのではないかという不安や恐れを感ずるかもしれません。
夫がそのような気配を示したら、そのような心配は無用であると告げてあげたらよいです。これまでに、彼の悪い手のうちを見た時でも、彼を愛することを留めなかったことを思い起こさせればよいのです。
そして、悪いカードだけでなく、良いカードも示して欲しいと告げるのです。
女を愛する男は、そのことによって自分の人生を豊かにします。そして、多くの男性には、そのような〈愛する技能〉を学び、身につけたいと願望があると、私は信じています。
その一方、世の夫たちが、愛の学習に抵抗するのは、〈愛する技能〉が何であるかを分からないからだと思います。
ですから、まさに、あなたの夫が、学びたいが分からないモノを〈教える〉ことができるなら、これ以上にすてきな夫への贈り物はないんじゃないでしょうか。
もちろん、夫がその贈り物を受け取り、あなたとの愛の関係をより豊かにするために活用して欲しいと思います。
訳者あとがき
本書の原著は米国の臨床心理学ダン・カイリー。
本書は夫婦関係に関する最新の著書である。また出版される前にゲラ刷りの段階で一読した時に、夫婦関係が大きく揺れ動いている我が国の事情にも相通ずるものが多く、また、試行錯誤をつづける男女にとって一読に価する多くの知恵を提供するものであるという確信を得て、翻訳することにしたものである。
原著のタイトルの直訳「夫が変わらないときに、どうする?」では不適当という判断から、本書のタイトルは「女と男の(カウンセリング)人生相談」となったが、その内容は、原著の題名が示すとおり、「夫の変化を求める妻たちへの助言を提供する」ものと言つてよい。この種の悩みを抱えている妻たちは、我が国においても少なくない。
私の結婚相談の臨床にも多く登場する。今日、精神的な自立や主体的な生き方を結婚生活において求める女性が多くなってきたことは確かだ。
夫の自立を求めても、様々な理由から、「子供のような大人」でありつづける夫、変わらない夫、そんな夫たちに見切りをつけて、自分が変るほかないと考える妻たちも増えている。
伝統的な性差による役割分担に固執する夫たち、本質的には男尊女卑の価値観から脱皮できない夫たち、さらに、母親との癒着した関係から乳離れできていない夫たちを、変えたくても変えられずに悩む妻たち、変わって欲しいけど、変わることが期待できないという状況にあって、夫の変化を諦め、自らの変身の途を歩み始めている妻たちは増えている。
しかし、世の大半の妻たちは、夫の変化の望みを捨てず、模索の日々の営みを続けているのではないだろうか。
著者はそんな妻たちに、まず夫を変えたいと望む自己の洞察をすすめている。さらに、夫の変化に導くノウ・ハウ、変わることを妨げている障害、そして、自分を変えることの勧めとその知恵などを、具体的なケースを例にしながら説いているので、単なる理論の羅列に終わっていない。
そういう意味では、まさに、この種の問題に悩む者への人生相談(カウンセリング)の書である。本書は世の妻たちにとって益するものが多いのは勿論だが、我が国の「変わることを拒む夫」「変わることを望むが、そのノウ・ハウをもたない夫」たちにも一読をすすめたい。
自己洞察、分析にも役立つものが多いからである。また、読者は、本書に提供されている多くのチェック・リストやエクササイズを臆せず実行してみることをすすめたい。
本書は「健全な相手を愛する技能を学び、身につけることで、双方ともに自分の人生を救うことができる」と、著者がエピローグの中で述べているように、健全な夫婦関係を営む上に欠かせない「愛する技能」の習慣の一助となるものと信ずる。
なお、最後に、原著の第16章と第8章の一部は、我が国の状況に必ずしもそぐわないものがあるという訳者の判断により、著者の同意を得て割愛したことを断りしておく。
1988年8月 近藤 裕