
序文
1994年9月、私は、クリントン大統領の指名を受け、アジア系アメリカ人として全米で初めて雇用均等法委員会(EEOC)の副議長に就任した。
EEOCは、19964年の公民憲法第七編(タイトル・セブン)に基づき、雇用差別を取り締まるために、65年に設立された政府の独立機関である。
公民憲法は、人種、肌の色、性別、出身地(出身国)宗教を理由にした雇用差別を禁止した法律だ。このほか、同一労働・同一賃金の原則に違反することや四十歳以上の人々に対して年齢を理由に差別すること、障害を理由に差別することを禁止する法律も制定されている。
EEOCは、民間ならびに一部の行政機関における雇用差別の訴えに対して、長さ、和解勧告、提訴などの措置を講ずることができる。
また、連邦政府の職員にからむ雇用の差別の訴えについては、公聴会を開き、審理する権限がある。
現在、EEOCは、全米各地に五十の事務所、約二千六百人の職員を有している。EEOCに持ち込まれる雇用差別の訴えは、年間八万件から九万件にのぼる。
特定の人種だけの人々によって構成されている国ではなく、多くの人種、宗教の人々がおり、労働力に参入する女性が増大しているアメリカでは、EEOCの役割は極めて重要なものがある。
副議長に任命されたてから一年半後、私は、EEOCが米国三菱自動車製造に対して集団訴訟を起こしたことを明らかにした。
同社のイリノイ州ノーマル工場で、深刻かつ広範囲にわたるセクシュアル・ハラスメント(以降、セクハラ)が生じたためだ。
昨年、私は、EEOCの議長代理として、米国三菱自動車製造と和解に達したことを明らかにすることができた。
このケースを通じて多くの日本の方々が、EEOCと私の名前を知ったと理解している。
セクハラは、性差別の一種である
セクハラは、性差別の一種である。連邦政府がこの問題に対して行動を取るようになったのは、比較的最近のことだ。連邦最高裁は、セクハラが性差別の一種であると明言。
最近出された二つの判決について、セクハラを禁止するための厳しい政策を強化した。労働市場に参入する女性が増加するなかで、セクハラの問題は、雇用環境をきわめて重要な影響を与えている。
アメリカの世論は、EEOCに対して、セクハラを防止するために、あらゆる措置を取ることを要請している。セクハラの訴えの多くは、個人に対するものだ。
しかし、一部に、多くの人々を巻き込んだケースがある。米国三菱に対する訴訟は。こうしたケースの一つだ。
米国三菱のケースは、日米のメディアを通じて、ひじょうに大きな注目を集めた。日系アメリカ人のひとりとして、私は、日米両国の人々がこの訴訟を教訓化するとともに、適切かつ迅速な解決を導くために関わることができた。日本の経済界、政界、教育界、メディア、人権団体の指導者の関心を背景に、私は、日本のいくつかの大都市を訪れ、米国三菱のケースをはじめアメリカの雇用差別の問題を議論する機会があった。
祖先を日本人にもつ私であるが、日本を訪れたのは、これでわずか二度目。この訪日は、実りあるものとなった。
同様の問題に対して、日本でも真剣な取り組みが行われていることを知った。
また、アメリカの雇用差別を禁止する法律について説明し、これをどのように遵守すべきかについて語ることができた。
日本の標準からみると、セクハラを禁止するアメリカの法律は厳しすぎると思っている人がいる理解している。しかし、アメリカでは、この問題が重要と考えられているとはいえ、法的に禁止する措置が取られるようになったのは、ごく最近のことである。
EEOCがセクハラのガイドラインを出したのは、1980年。最高裁が最初の判決を出したのは、1986年だ。
在米日本企業をはじめとした多くの企業は、厳格かつ実効のあるセクハラ禁止政策を導入するようになってきている。アメリカ政府の所員として、日本の内政に干渉する考えはない。しかし、日米の事人がお互いの経験から学び合うことはできると確信している。
雇用差別に関して、日本では、状況を改善するための努力が行われることを知っているし、私はそこから多くのことを学んでいるつもりだ。
1997年に日本を訪れたときに、適切なアドバイスをしてくれた人の一人が日本太平洋資料ネットワーク(JAPN)の柏木宏理事長である。同理事長のアドバイスは、きわめて有益であった。EEOCに指名される以前、私は、サンフランシスコにあるアジア系法律連盟の事務局長をしていた。その当時から、私は、japanと柏木氏を存じ上げていた。japanは、
日米における雇用差別の問題の理解を深めるために多くの努力を払ってきた、私は、人種問題や企業の政策、セクハラの問題に対するjapanの取り組みに、敬意を払うものである。
柏木理事長かせ『アメリカにおけるセクシュアル・ハラスメント』という本を出版されることを知った。この本は、セクハラの現状や法律などの歴史、米国三菱の問題をはじめとしたいくつかの重要なケースについて紹介したいたものと理解している。EEOCの職員として、この本の内容を検討したり、その内容を支持したりする立場にはない。
しかしながら、セクハラの問題とアメリカでどのように取り上げられているかについて興味間ある人にとつて、有用かつ価値のあるものと確信している。柏木理事長は、他の仕事において、人種問題に関して、日米両国でよりよい理解が生まれるように常に献身的に活動してきているからだ。
この活動が我々を目的に近づけていくことを確信している。
1999年2月17日 首都ワシントンにて 連邦雇用平等委員会副議長 ホール・イガサキ
第1章 セクシュアル・ハラスメントとはセクハラは法律でどう定義されているのですか?
セクシュアル・ハラスメント(Sexual harassment、以下、セクハラ)について日本で法的に規定されているのは「男女雇用機会均等法」です。
一般的なのは、「性的嫌がらせ」を意味します。最も広い意味では、例えば強姦(刑法177条)、強制猥褻(同176条)という刑事犯罪にあたる行為から、民事上の不法行為にあたると判断されない単なるマナー違反まで含むこともあります。さらに、男性が女性に対して行う言動のみならず、男性が男性に、女性が男性に、あるいは女性が女性に対して行う言動まで含まれます
均等法ではセクハラを「職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること」と定義されています。
簡単な定義で言えば「相手が不快に感じる性的な言動」です。
セクハラは大きくわけて二つのタイプに分けられます。
1.対価型セクハラ
均等法の指針では「労働者の意に反する性的な言動に対する労働者の対応により、当該労働者が解雇、降格、減給等の不利益を受けること。」と定義されています。このタイプは、加害者が自分の権力や地位を利用し、計画的に、また常習的に行われるセクハラが多いのです。
2.環境型セクハラ
もう一つのタイプに「環境型セクハラ」があります。これは「労働者の意に反する性的な言動により労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じること」と定義されています。
このタイプの加害者には、女性に対する差別意識や職場や組織から女性を排除しようとする意識、コンプレックスや自尊心の低さが影響していると言われています。
2007年(平成19年)4月から施行された改正男女雇用機会均等法では、事業主のセクハラへの対策について、それまでの配慮義務から措置義務に強化されました。
これまで形式的にガイドラインや規定を作ったり、相談窓口を設置してさえいればよかったのが、実質的な対応の中味が問われるようになったのです
米連邦メリット・システム保護局という機関行った、1980年代のセクハラはどのような内容であるかを調べてみた。
その結果は、
次の七つに分類された。
(1) 実際に行われた、または未遂に終わった強姦(ごうかん)または性的な暴行。一%
(2) 希望しない性的な内容が含まれた手紙、電話、その他 九%
(3) 望まない性的要求を求められるプレッシャー。十五%
(4) 嫌がるのに意図的に体を触ったり、覆いかぶさったり、部屋の隅などに押しやったり、つねったりされること。二十六%
(5) 望まないデートを求められるプレッシャー。
(6) 嫌がっているに性的な表情やしぐさをすること。二十八%
(7) 希望しない性的冗談、表現または質問する。三十三%
これらを大別すると、次の三つに分けられる。未遂を含めた強姦や性的暴行で、これは(1)にあたる。
もう一つは、深刻な嫌がらせ。(2)(3)(4)がこれに該当する。最後に、深刻度が低いセクハラ。(5)から(7)がそれだ。
以下から、セクハラとは、強姦のような刑事事件になるようなものから、いわゆるワイ談の類まできわめて広い範囲をカバーするものである。
と同時に、これは全て「希望しない」「望まない」か「嫌がっているのに」とい言葉がついている。ことが示されるように、相手の意志に反した行為であることがわかる。
言い換えれば、同意でのうえでの事柄は、もちろんセクハラとはみなされない。
米連邦メリット・システム保護局という機関行った、1980年代のセクハラ調査において、一部の男性を含め合計二万三千人を任意提出した。調査の結果、四十%の女性が過去二年間に何らかのセクハラを経験したと回答した。
当時、連邦政府機関で働いていた女性の数は六十九万四千人にのぼる。単純計算すると、実に二十九万人もの女性職員が政府機関でセクハラを受けていたことになる。
これと同じ割合で、他の職場でセクハラを受けていると仮定すれば、全米で千八百万人から千九百万人の女性が被害にあっていることになる。
未遂を含めた強姦または性的暴行を受けたとういう女性は、上記のデターのように全米で数十万人の勤労女性がこういう脅威にさらされている。
では、女性たちはどのような被害にあっていたのか。
被害者と加害者の特徴
被害者の間にある程度の特徴を見出すことができる。それは次のようなものである。
(1) 若い女性の方が被害を受ける割合が高い。たとえば、十六歳から二十四歳までの女性は、四十五歳以上の女性より二倍以上被害を受けている。また、十六歳から二十四歳までの間の女性は五人に三人が被害を受けているのに対して、五十五歳以上の女性の場合は五人に一人の割合で嫌がらせを受けている。
(2) 深刻度の高い被害者は中堅の女性が多い。例えば、深刻なセクハラは二十五歳から三十四歳の年齢層の女性になされている半面、二十四歳以下の女性には深刻度の低い嫌がらせが多く行われている。
このほか、セクハラき、トレーニング期間中の女性に対して最も多く行われていること、とくに大卒の女性が被害を受けていることなどがわかった。
また、深刻な被害は大卒の女性におおく、一般事務職のような高い教育レベルを要求されていない職種についている女性へのセクハラは深刻度が低いものが多いことも明らかになっている。
一方、加害者の男性の方にもある程度の特徴がみられる。それを一言で表現すれば、加害者には被害者の上司が多く、とくに深刻度の高いセクハラに関してはその傾向が顕著にみられ、これに反して被害者の部下からの嫌がらせは少ない。ということである。
セクハラの加害者は誰か、という設問への回答を例に見てみよう。
職場で未遂を含めた強姦または性的な暴行を受けた女性の被害者の五十一%は、被害者の上司である。これに対して、部下が加害者であったとするのはわずか四%にすぎない。深刻度の高度が低い嫌がらせの場合は、上司が三十二%、部下が十二%となってい。
この設問には、加害者を「同僚またはほかの従業員」という回答がある。これには上司、同僚、部下すべてが含まれる。
加害者として特定された中で、このカテゴリーの割合が一番高い。未遂を含めた強姦、性的な暴行の場合六十五%が、深刻度の高いものについては七十一%が、低いものについて七十二%が、同僚またはほかの従業員を加害者として挙げている。したがって、セクハラの加害者が上司であるとして先にあげた数字は、ミニマムと考えることが出来る。
いずれにせよ、上司の割合が高いことには変わりない。
セクハラの原因
セクハラの被害者と加害者の特徴を検討することで、その原因を探ってみよう。
まず考えられるのは、従来男性に限定されていた職種に女性が進出したことに伴う軋轢(あつれき)が、男性が女性を排除しようとする傾向を生み、それがセクハラという形で現れたということである。
この問題に取り組んでいる女性団体、女性問題研究センター(CWPS)などは、このような見方に立っている。
被害者に大卒の女性が多いことは、キャリア志向の女性が同僚あるいは上司の男性職員の地位を脅かすものとして受け取られた結果であるとみなすことを、ある程度合理的なものとさせている。とくに、深刻な被害を大卒女性が多く受けているという事実は、加害者側が大卒女性を排除しようという、敵対的ともいえる非常に強い意志を示しているといえよう。
セクハラが現実的に職場において女性の排除につながっていることを考慮すれば、女性の権利を保護することは重要であろう。
しかし、セクハラの圧倒的多数は、依然として「深刻度の低いもの」である。こうしたセクハラも、女性を職場から排除することに影響あたえることは事実であるが、それは労働市場における男女の競争関係を反映したものとはいい難い。
では、このようなセクハラはなぜ生じるのであろう。
『勤労女性のセクシャル・ハラスメント』著者、キャサリン・マッキンノンは、ろうどうしじょう占める女性の位置に注目し、男性に対する女性の伝統的・従属的な関係からセクハラのむ原因を探ろうとしている。
マキンノンは、女性が労働市場において隔離されている現状を指摘する。1970年代の中頃、女性の75%以上は、秘書、タイピスト、受付係、ウェイトレス、看護婦、銀行の窓口係、電話交換手、洋服作りを主とした工場労働者、店員、幼稚園や小学校の先生、美容師、掃除婦などのいわゆる「女の仕事」に従事していた。
秘書が「オフィス・ワイフ」や「妻の代役」といわれ。「夫よりも、まず上司を喜ばせること」がその職務のように考えさせられてきたことにも示されるように、これらの仕事は、「女性らしさ」が期待されるものである。
それゆえ、社会一般あるいは家庭における「女性らしさ」を期待する男性が、職場においても女性労働者を労働者としてよりも女性としてみる傾向をもち、それがセクシャル・ハラスメントに結びつく、マッキンノンは主張している。
女性に対する伝統的なステレオタイプが、現実に職場のなかで生きている以上、男性が伝統的なパターンで反応していたとしても不思議ではない。
マッキンノンはまた、職場における女性の男性に対する従属的な関係に目を向けている。
労働市場における女性の隔離現象からもわかるように、女性は一般に職場において男性に従属的な関係する立場におかれている。
すなわち、女性は通常採用され、管理される立場であり、これらに対しての男性は採用し、管理し、昇進や解雇を決定する権限を持っている。
こうした職場内の男女の力関係が男性に有利になっていることが、男性が女性をいっそう従属的な存在としてみなすことにつながるとともに、女性がセクハラに抵抗しにくい環境をつくっていると指摘している。
女性の経済的な状況もセクハラに影響を与えている、マッキンノンは主張する。賃金格差は、フルタイム同士で比べても、女性の賃金は男性の6割程度しかない。ちなみに現現在(1990年3月頃)では、この割合は7割程度になっている。
しかし、依存できる場合はまだいい。現実には、独身または離婚、別居中の女性労働者の多くは、生活費をみずから稼がなければならない状態にある。
こうした女性の割合は、1974年当時でも勤労女性の41%に達していた。このような状態のなかで、仕事を失うことへの恐れが大きいことは容易に想像できる。それが、セクハラを支えている一つの要素ともいえよう。
◇ セクシャル・ハラスメントの影響が
セクハラは、どのような影響を女性に与えるのだろうか。これに対する回答は、連邦メリット・システム保護局(MSPB)が行った1980年調査に見ることができる。
この調査は、セクハラ未遂を含めた強姦や性的な暴行、深刻なセクハラ、深刻度の低い嫌がらせの三つに別けたうえで次のような問題が生じたかどうかを尋ねた。
(1) 精神的、肉体的な状態が悪化した。
(2) 働く意欲が減退した。
(3) 仕事に向ける時間と参加の度合いが減った。
(4) ほかの人々と一緒に仕事をする能力に悪影響を与えた。
(5) 働く量が減った。
(6) 仕事の質が悪化した。
予想されるように、未遂を含めた強姦や性的な暴行を受けた女性の多くは、これらすべての点で悪影響を被っていると答えている。数字をあげると、(1)に関しては81%の被害者が、(2)については62%が、(3)については48%が、(3)については48%が、(4)については32%が、(5)についても28%、(6)に関しては21%が、それぞれ悪影響があったとしている。
深刻な嫌がらせを受けた女性の場合、この比率が次のようになっている。(1)は37%、(2)は41%、(3)は14%、(4)は18%、(5)は13%、(6)は12%。深刻度の低いセクハラを受けた女性は、(1)に関しては21%、(2)は24%、(3)は5%、(4)は10%、(5)は6%、(6)は4%となっている。
以上から、セクハラの程度が深刻になるにしたがって、被害を受けた女性の問題も悪化することがわかる。ここで注意すべきは、深刻度の低いセクハラ、それは男性にとってはまったくの冗談や愛嬌にすぎないものであっても、それを受けた女性の側にはかなりの悪影響を及ぼしている事実である。
さらに悪影響の内容を検討してみれば、それは被害者個人に精神的・肉体的苦痛を与えるだけでなく、被害者の職務遂行能力や仕事に対する意欲にもマイナスの影響を与えていることもわかる。
それを何よりもまず、被害者個人にとってのマイナスでもある。こうした影響によって、能力を十分に発揮することが出来なくなり、無勤務評価や昇進への影響はもとより、職場から排除されていく結果すら、持たされ得るからである。
しかし、これは被害者個人の問題にとどまらない。会社が組織として仕事して取り組む場合、被害者のモラール(勤労意欲)の低下が職場全体にマイナスの効果をもつことは想像に難しくない。
だからこそ、経営者はみずからの利益のためにもセクシャル・ハラスメントの防止に努めなければならないのである。
一般にこうした問題が発生した場合、その原因がセクハラによるものであるとわっていると否とにかかわらず、問題の責任を被害者の女性に負わせることが少なくない。このような対応は、女性をさらに排除する結果を生み出すことになる。
性差別としてのセクハラ
これまでセクハラは、受忍できるものであるとともに、タブーであった。すなわち、男性にとっては、当然認められてしかるべきものと言う考えが少なからず存在した。
半面、被害者の女性にとっては、これに抵抗することはできない。あるいはすべきでないという意味においてタブーであった。
今日でもこうした意識が完全に打ち破られたわけではない。たとえば、被害者のうち上司に被害を報告する人は、半数程度に過ぎないといわれている。
多くの女性は今も、相手を避ける、その行為を無視するなどの消極的な姿勢を保っていることも事実である。
とはいえ、セクハラが、職場における性差別とみなす理由の第一は、セクハラが職場内外の男女の経済的関係を反映した制度的な基盤に基づいているためだ。
その実態は、すでにみたとおりである。第二に、これを放置すると、女性がその能力を十分に発揮する機会を不当に奪うことにつながるからだ。この点については、先に被害を受けた女性にどのようなマイナスの影響が出るか見ることによって示した通りである。
第二の点は、セクハラを拒否しようとした場合の女性がもつ不安、恐れを検討してみることによって、いっそう明らかになってくる。
ここでも連邦メリット・システム保護局の1980年の調査が、貴重な資料を提供している。
職場で未遂を含めた強姦や性的な暴行を受けた女性の15%は、これを拒否した場合、仕事を失う恐れを感じたと答えている。27%は、仕事の内容や労働条件が悪くなるのではないかと不安を感じたという。職務評価や昇給に影響するのではないか思った人も30%に達している。
深刻度の低い嫌がらせを受けた人でも、それを拒否すれば解雇されるのではないかと感じた人が1%いた。
拒否してもなんともない思った女性は、5人に4人。これら多いと見るにしろ、少ないと見るにしろ、セクハラが女性へ仕事の将来に関する心理的影響を与えていることは確かである。
そうしてこの心理的影響は、不安や恐れていった内容として示され、一方で女性にセクハラを甘受させるように機能し、他方では女性の無力感を強めていく方向に作用していると言えよう。
このように、セクハラは、現実的に不平等な男女の経済的な力関係を背景に男性が女性に恐怖心を与えることによって支えられるとともに、この力関係を維持させる働きをしている。
それゆえ、性的嫌がらせはたんなる個人的な問題でなく、社会的な差別、職場における性にもとづく差別の表現であるとともに、それを固定化させるシステム的なのであるものとみなされる。
それは被害者個人にとってのマイナスであるだけでなく、女性という社会的な層にとってのマイナスであるとともに、個々の企業、そして社会全体にとっても女性の労働力の有効利用を妨げるという意味で損失になる。
だからこそ、法律を通じてでもこの問題を規制しなければならない、と言う考えが生じているといえよう。
依然として深刻なセクハラの状況
これまで、主に連邦メリット・システム保護局の1980年の調査をもとに、アメリカにおけるセクハラの状況を検討してきた。この調査から、すでに20年近い歳月が流れている。では、状況は変わったのだろうか。
保護局は、87年と94年の二回、フォローアップの調査を実施した。過去三回の調査結果を比較しながら、この間の変化をみてみよう。

表1は、保護局がセクハラに関して行った調査結果のうち、過去二年間にセクハラを経験したかどうかについて尋ねた項目について、実施時期ごとに整理したものである。
なお、「ストーカー的行為」については、1994年の調査のみで、それ以前には行われていない。従って、1994年の数字しか示していない。
この中の最後の設問である「以上のうちいずれか」を経験した人の割合をみると、男女とも被害者は増加していることがわかる。その理由については後で検討するとして、次にどのようなセクハラの増加または減少したか、みてみよう。
最も増加が著しいものは、「嫌がるのに意図的に身体に触られること」だ。男性の場合、1980年の3%から94年には8%に増加。女性の場合も、同じ期間に15%から25%に増えている。
また、「実際に行われた、または未遂の強姦または性的暴行」については、被害を受けた人の割合は少ないものの、増加率では男女とも数倍になっている。
ほとんどのセクハラに関する行為が増加しているなかで、一つだけ減少しているものがある。「望まないデートを求められるプレッシャー」がそれだ。数学的にみると、男性の場合、80年には7%だったのが94年には4%に減少。また、女性も、同じ期間に26%から13%へと半減している。
なお、保護局以外でも、90年代に入ってからセクハラの実態調査を実施している。とくら、93年にカリフォルニア大学ロス校経営大学院と『インサイド・リティゲーション』誌などが行った調査は、知られている。
前者は、大手企業の経営層にいる女性四百人を対象にしたもので、約三分の二の人は、セクハラを経験したという。また、後者の調査では、女性弁護士の39%がクライアント(依頼主)から、34%が訴訟相手の弁護士からセクハラを受けた、と回答している。
このように、セクハラは、依然として深刻な状況にある。しかし、保護局は、セクハラが増加または減少した理由について分析していない。ここでは、なぜセクハラが減少しないのか、あるいは増加傾向にすらあるかを考えてみよう。
すでにみたように、セクハラには、女性の社会進出に伴い、それまで男性が大半の職場に女性が参入したための軋轢によって生じるタイプがある。この種のセクハラは深刻度が高いものが多い。
また、男女の役割が固定され、女性が労働市場で隔離されている結果として生じるパターンもある。この場合、深刻度が低いものが多い。
アメリカでは、人種や性別を理由にした雇用差別が禁止されているだけでなく、マイノリティや女性の積極的な採用や昇進を求めるアファーマティブ・アクションが採用されている。
この結果、職場は、いわゆるダイバーシティ(多様性に富むこと)なものになってきた。白人男性だけでなく、マイノリティや女性が多い従業員構成になっているということだ。
したがって、潜在的にハラスメント(セクハラ)が起きやすい状況にあるといえる。
また、セクハラに対する認識度が高まったという点も大きいだろう。
86年の最高裁判決、91年のクラレンス・トーマス氏の連邦最高裁判所判事任命における上院公聴会、その後の軍部や大統領を含めた政治家の「セクハラ疑惑」など、この問題はメディアを通じて大きく取り上げられている。
この結果、より多くの人々が、セクハラの問題を理解するようになった。この理解は、性的に深いな何らかの行為を受けたとき、セクハラとして認識する人が増えることを促しているのだろう。
最後に、セクハラに関して公的な訴えが増加していることを指摘しておこう。連邦保護局によると、91年には6883件だった訴えは、96年には15889件へと倍増している。
この理由の一つとして、91年の公民憲法の改正により、セクハラに対して一人最高30万ドルまで補償が認められたことをあげる意見がある。従来は、この法律を根拠にしつっも、慰謝料などは別の法律にもとづいて請求していたからだ。
ハラスメント(セクハラに)の経営への影響
セクハラは、経営に大きな影響を与える。このように述べると、多くの経営者は、セクハラの防止に費やす資金や人材の大きさ、裁判に発展したときの膨大な訴訟費用や和解金、あるいは敗訴の際の巨額な補償を頭に浮かべるだろう。
こうした点は、たしかに経営に甚大な影響を与えている。また、それが経営者にセクハラへの対策を取らせる要因でもあることも確かだろう。
しかし、セクハラの経営への影響は、それだけにとどまるものではない。セクハラを受けた人々は、仕事の生産性を低下させる。また、退職などに追い込まれることもある。
こうしたセクハラの被害は、被害者だけにとどまらず、経営にネガティブなコストとして跳ね返ってくる。連邦メリット・システム保護局は、この点についても調査を行った。

表2は、セクシャル・ハラスメントの結果、被害者がどうような対応をとったか、あるいはどのような状況になったかを尋ねたことに対する回答である。
一見してわかるように、ほとんどの項目で、セクハラの被害者がネガティブな影響を受けたり、なんらかの具体的な行動に移す割合が減少。ただし、仕事の生産性が低下したという回答した人は89年の七人に一人から94年には五人に一人へと急増している。
では、保護局は、どのようにしてセクハラの経営に対するコストを計算したのだろうか。セクハラの結果、被害者が退職した場合、保護局は、求人費用、応募者の審査にかかる経費、新たな採用したひとのトレーニング・コストなどを見込んでいる。
これらの総額を94年の貨幣価格で千ドルと推定。これに、職場を代わった人、退職した人などの人数を掛けることによって、推定額を引き出している。この額は、2470万ドルにのぼる。
同様にして、病気に伴う費用、従業員個々人の生産性の低下、従業員の集団としての生産性の低下に伴うコストの三項目について推定した。これらを金額で示すと、病気による費用が1490万ドル、個人の生産性低下が9370万ドル、職場全体の生産性低下が1億9380万ドルとなっている。四つの項目を合計すると、3億2710万ドルとなる。
この数字は、80年の1億8900万ドル、87年の2億6700万ドルに比べると、かなり大きくなっている。ただし、過去三回の調査時における貨幣価格はインフレなどにより異なるので、数字に表れたものほど経営上の損失が増加傾向にあるわけではない。なお、これらの数字は、調査に先立つ二年間の損失である。
連邦政府は、税金によって運営されている。従って、二年間で3億2710万ドル、一年間で1億6350万ドルもの税金がセクシャル・ハラスメントによって失われていることは、セクハラへの対策を求める重要な説得材料になる。
民間企業では、こうした論理は、通用しにくい。しかし、連邦政府の職員は約二百万人であることから、一人当たりのセクハラによる損失は80万ドル程度になる。
同様の損失が企業でも生じていたことを経営者は理解すべきである。
この額を大きいと見るか、小さいと見るか、意見は分かれるだろう。とはいえ、セクハラのマイナスは、訴えられた場合の訴訟費用や補償金、あるいは問題が公になった場合のネガティブなパプリックイメージだけではないことは確かである。
続く
第2章 反ハラスメント訴訟の展開