社表

セックスレス・性の不一致


 煌きを失った夫婦生活・性生活は倦怠感・性の不一致と なる人が多い、新たな刺激・心地よさを付与でき避妊方 法とし用いても優れた特許取得避妊用具は既存避妊方 法の嫌な疲れを解消し、夫婦生活の性の不一致を改善 しセックスレス夫婦になるのを防いでくれますトップ画像

ピンクバラなんでイカないか、分るんですよ性の不一致…

本表紙宮本久美子 27歳/元・雑誌編集者
●新潟県出身。都内の國立大学の教育学部を卒業後、アルバイトで入った出版社で男性誌の仕事を担当、三年後、違う編集プロダクションに転職。昨年、そこも辞めて現在求職中。
●高校生の頃からパンクロックと奇抜なファッションが好きだったという、自称「強烈なキャラ」の持ち主。個性的な形のメガネにキュッとまとめた黒い髪、ギャル系とは対極のファッションで一見スタイルリスト風。
●大好きだというお酒が潤滑油になったのか、インテリっぽい第一印象とは裏腹に、気さくに何でも話してくれた。

◆目立ちたい

私って、酔った勢いでしか男の人とセックスできないんですよ。シラフじゃ、とてもじゃないけれどできない。
 私、自分でも言うのもなんなんですが真面目なんですよ。全然遊んでいるほうじゃないと思うし、経験人数も十三人ぐらいなんですけど、ほとんどか“ワンナイト・スタンド”で。今まで、ちゃんと付き合った人なんか、二、三人ぐらいしかいないんです。

自分で避けているわけじゃないんです。こんなキャラだから、すぐ彼女というよりも「友達」になっちゃうんですよ。男の前でも、平気で裸になって着替えとかしちゃうし。それで、その「友達」だった男と一緒に飲んでいたりして、酔った勢いでしちゃうんです。

お互いにその場限りの「性欲」なんですけどね。その人が彼女とかいても関係ないです。その彼女のことを、私が知っていたとしても。するにしても。その女に人にポロっと言ったりしない男を選んでいますよ。そこらへんは、ええ。そういうふうに「来るものは拒まず」になったのって二十二歳ぐらいからですかね。出版業界に入った時からです。

 エロ本の編集、三年間やっていたんです。でも、私がやりたかったのは、ファッション誌の編集で、だから、配属された時は「私がなんで!!」ってすごくビックリしました。

 私って元々、編集者にいりたかったわけじゃないんですよ。大学四年生の春頃、吉本興業の芸人の養成学校にうかったんですよ。ええ、あのお笑いの。ふざけて出したオーディションにたまたま受かっちゃって。

 で、その吉本の学校と大学に支障がないバイト探してて、たまたま出版社が受かってしまったんです。出版社を受けた理由は「居酒屋とかのバイトだといろいろうるさいかな?」と。出版社ならスーツを着なくてもいいし、髪型も自由だったし、融通もきくだろうと。でも、配属されたのが今まで見たこともないエロ本の編集部だったんですよ。今でも、親には吉本の学校に一年間いたことも、エロ本の出版社に三年いたことも話していません。親を裏切れないし。親を悲しませたくないので。

 大学を卒業するころには、一応、就職活動もしました。派手なことが好きだったんで、レコード業界とか、新聞社とか雑誌業界とかマスコミが多かったですね。その頃は芸人を目指してたので「就職活動してる」というのは親への言い訳と申しましょうか。まあ、形だけというか。親は、私が大学の教育学部に行ったんで、先生になるとばっかり思っていたんです。でも、悪の道へ(笑)。

 私、昔から目立つのが大好きだったんですよ。人と同じことや、同じ格好をするのがすごい嫌だったし、勉強も好きだったし、体を動かすのも好きだったんですよ。高校の時にバンドを組んだりしてましてね。バンドをやったのも、吉本に入ったのもただ単に目立ちたかったんですね。

 高校は私学で、すごいすごい進学校でしたね。共学だったし、東大とか行っちゃうような子ばっかりの所で。高校の同級生はみんな医者とか、学校の先生とかになっていますよ。

 実家は自営で金物屋をやっています。小学生の私に、お菓子よりも問題集を買ってくるような親で、父親が経済的な理由で大学に行けなかったって言っていましたから、子供に託したかったんじゃないでしょうか。母親は高校しか出てないですし。だからと言って、勉強を強制するほうじゃなかったけど。でも、躾は厳しかったですね。

それに、お小遣いを極端にくれない家だったんで、CDとか買うときにもお年玉をこつこつ貯めて買う、とか。あんまり欲しいもの好きに買えなかったですね。こそこそバイトなんかしたらすぐにバレちゃうような田舎なんで。周りの子はみんなとっくに持っていたのに、私は親に頼み込んで頼み込んで、お年玉とバイト代を合わせてやっと買った、みたいな。本当にお金をくれない家でしたね。

 ちょうど私が高校二年生か三年のときって、バブルのときだったんですね。だから、周りの、親がサラリーマンの子なんはいろいろ買ってもらっていたときでしたから、そのときは哀しかったですねー。別に家が苦しかった、とかそういうのは全くなくかったんですけど。教科書を買うから、とか言って多めに貰って、そのお金をくすねて貯めましたね。

 バイトはもちろん、友達の家に泊まりに行く「お泊り会」なんか、とんでもない。遠くに買い物に行くにも、少しでも遅くなると、親は友達の家に電話しまくる、みたいな。

 そうそう、一回、大学生になって十九歳のときの夏休みに、田舎に帰ったときなんですけど、友達が企画したクラブイベントみたいなのがあったんですよね。そのとき、初めて夜中の三時ぐらいに家に帰ったんです。

そうしたら、両親とも寝ないで待ってましてしかも、仁王立ちにで。初めて父親に殴られまして、そんなの、私にしたら「まだ三時」なのに、しかも、私がそれに行く前に電話しておいたから、親は近所に友達といるって言うのを知っているのに。その時はショックで‥‥。勢いで私も父親を平手で殴り返しました。そんなことした自分を、自分でビックリしたんですけどね。

 高校まではそういう縛りがあってもしょうがないと思ったんですけど、大学に行ってたら少しは緩くなるかな、と思っていたんですよ。でも、全然ゆるくなってなくて。だから、逆に未だに実家に帰ると家に居るようにしているんです。父親は何も言わないんですけど、母親はすごく干渉したがるんで。目の届くところに置いておきたいんでしょうね。私、小さい頃からあんまり体が強いほうじゃなかったんで。

 母親がそうなったのって‥‥。中学でイジメにあって、自律神経失調症になって学校を長く休んだことがあったのですよ。それからですね、小学校のときにはすごく仲がよかった先輩だったのに、中学生になったらイジメられるようになった。「出る杭は打たれる」じゃないですけれど、私、小学校では生徒会長とかをやっていたからすごい目立ってたんですよ。

それが原因なのかどうか。それに、いまだに身体は強いほうじゃないんですね。だから母親は私のことが心配なんでしょうね。精神的なことでこの子はまいる、ということを知っているから。一人娘だし、余計に気にかかるんでしょうね。
 田舎にいたときは、自分が好きなバンドのライブとか行きたくても全然行けませんでしたね。私の住んでいたとこが田舎だったから、地元まできてくれなかったんです。

だから、そのバンドを見るなら東京に行くしかなかったんですよ。でも、泊まりすらダメな家、親だったから。だから東京に行きたくて仕方なくって、東京の大学に入学したんです。家を出たくって大学に行った、そんな感じですね。

大学に行くことよりも、私にとって「東京に行く」のが大切で。大学は教育学部だったんですけど、「先生」になることなんかよりも、ライブに行けることが重要だったんです。

 東京に来たときはショックでしたね、地味で。大学の寮に入ったんですけど、そこが東京のすごい郊外にあったんですよ。私の田舎でも、駅前に大きなスーパーくらいあったのに、駅周辺はちっちゃなラーメン屋ぐらいしかなくって。

 大学の寮は、五階建てで学生が百五十人くらいいるような大きなところでした。寮費は月に三千円だったんですよ。私は、親から月に五万円くらい仕送りをしてもらっていたし、大学のほうから奨学金が月に三万円くらい出てたから、普通の学生よりは使えるお金がありましたね。

でも、なかなか最初の頃は大学が忙しくて、遊ぶ友達もいなかったんで都心のほうには遊び行けませんでした。あるとき、好きなバンドのライブがあったんで、やっと都心に出たんです。東京に来て半年たっていましたね。

 そのライブに行ったときに、同じ大学の寮に入っている子にたまたま会ったんですよ。それからその子と音楽の趣味とギャグのセンスが合ったんで(笑)仲良くなって、その寮を出てから一緒に住んだりしたんです。でも私の男関係で決裂しちゃいました。

私が男の子の友達を部屋に連れていくと、彼女はメチャクチャ機嫌が悪くなっちゃうんですよ。その子、そういう男関係には潔癖(けっぺき)だったんで。もしかしたら、いまだに処女かもしれないですね。

 十九歳のときです、初めての‥‥。飲んだ勢いで。大学の先輩だったんですけど。すごい仲が良かった人で、私のいた寮って門限十一時だったんですね。その先輩が住んでいた部屋が寮の近所で、だから遅くなったときには泊めてもらっていたんですよ。

その先輩はちゃんと付き合っている女の人がいたんですけど、ちょっと淋しくいときだったみたいで、気持ちが滅(め)入ってったんでしょうね。それで、あっちも酔ってたし、私も酔ってたし、で。そうっすねー。そのときは「やろう」っていうことが分からなかったんですよ。セックスに対して、知識はあったけど、いざ、する段になると、あれれ、みたいな。

 私は、結構、最初は夢見がちな少女だったんで、初めてのときは真っ白なシーツの上でするんだ、って思ってました。でも実際は湿っぽい、カビっぽいベッドの上でヤッてしまって…・。しかも、別に、そんな、その人は好きだけど「ラブ」ではない人とヤッてしまって。それに、その人の彼女は知ってて、しかも、仲が良かったんで、した後に「ヤッちまったー、いいのかぁ」とね思ったんですが。「しょうがない、まぁ、いっかー」って。でも、その後も酔った勢いでその人とは二、三回はヤッたけど。

 その人、そんなに性欲がある人じゃなかったんですけどね。それまで何回も泊めてもらってて、一緒のベッドに寝てて別に何にもなかったから全然安心してたのに。でも、いきなりで、ビビりましたね。そのときとかね。変なパンツはいてて、そのほうがショックですね。初めてなんだから、レースの(パンツ)はきたかったっすかね―。しかも、パンティラインとかついている。「へぇ、それは。ママジ、ゴメン」って感じで。マジでコレだけは見せたくない、って言うのがあるじゃないですかー。

 ああ、もう、参りました。その人の情熱に負けましたね。感想? 痛い、というよりは「気持ちが悪い」でしたねー。今でもそうなんですけど、あの「ヌポッ」とした感触が嫌なんですよねー。だから、セックスは好きだけど、挿入自体はあまり好きじゃないんですよ。

 男のことは、ちょっと前まではどうでもよかったんですけど、今は、来るもの拒まず、来るなら来い、なんですよね。そういう風に変わったのって、二十二歳ぐらいからです。「合コン」をバカにしなくなってからですかね。当時付き合ってた彼氏と、そのときたまたま出た「合コン」で再会したんで。それまで「ちゃらちゃらした女子大学生がぁ、なぁにが王様ゲームだぁ」ってずっと思っていましたから。

それに、大学に入ったら、周りは先生になりたくてガンバッている人達ばっかりだったから、私だけ浮いていましたからね。まあ、私が大学行ったのは「先生になりたて!」じゃなくて、「東京に行きたい! ライブ見たい!」でしたからねー。

 でも、その頃から、寂しさを男の人に紛(まぎ)らわせてもらいたくなってきたんですよ。多分、憧れの東京にも慣れてきて、周りを見る余裕が出てきたんじゃないでしょうか。周りは将来のことや、彼氏のことでも、何かに一生懸命になれるものをもっていたんです。

 私には何もなかったから、何か、一つても欲しくなったんでしょうね。彼氏が欲しい、というより、お酒の勢いを借りてその場限りの性欲解消のための男よりも、落ち着ける肌の温もりみたいなものが欲しかったんじゃないでしょうかね。

◆私は「ヤリマン」じゃない

 今まで私がした男の人って、なぜか性癖がおかしい人ばっかりなんですよ。もう、ずーっアソコを舐めてまくってたりとか、アナルに指を突っ込んだら、よがってヒイヒイ言うような男とか。一番長く付き合った人が特にそうだったんですよー。

 高校のときの同級生で、バンドやってて、デザイナーやってた人。「合コン」で再会して、二十二歳から二十四歳ぐらいまで付き合ったんだけど、平気で三十分ぐらいアソコを舐めてる人なんですよ。ヤッて欲しいときにそうだったらいいんですけど、ヤッ欲しくないときに限ってしてくるんですよ。
私ってヤッてほしくないときは、なんの反応もしないんで。しかも、その彼って自分がヤリたいときしか、ウチに来ないんですよ。そういうときに限って、私の方はどうしても見たいテレビがあってそれどこじゃなかったり。どうしても二人の性欲の「波」が合わない。そのところ自分がヤリたけりゃガバッと情熱的に行くほうになったんですけどね。

 私は締りがいいってヤル度に言われるんで、相手は気持ちいいんでしょうけど。まあ、そういうのってみんなに言っているんでしょうけどね。自分も気持ちいいと、素直にそう思えるんでしょうけど、私は耳かきしてもらったり、腰にのってもらってマッサージされてる方が「ジュウ」っときますんで。

 している最中に、男に「乳首舐めて」とか言われて舐めることは舐めるんですが、そういうときに「ハタからみたこの光景はおかしいだろうなー」って思っちゃって、冷めちゃうんです。すっごい好きな人のときは別で、舐めまくりましたけど。私は演技もできるし、テクニックはあるほうだと思っていますよ。

 でも、自分の乳首舐められても全然嬉しくないんですけどね。ただ、エロ本の編集をしていろんなことを知ったもんで。アリの門渡(とわた)りとか、裏筋とか、言葉責めとか。私も開けっぴろげだし、男もそういうことを話すとその気になるんで。だから、そういう男からのリクエストに応えてそれをやってあげると感じる男がそこにいて。「そんなんで簡単に喜ぶんだ」って私がまた冷静になっちゃったりとか。でも、無理に要求されると退いちゃいますけど。

 それで、したくないときに、彼がアソコをず――っと舐めてる彼のことを見物してるんですよ。最後のほうには、どうでもよくなって。彼が舐めているときにテレビを見てたりしましたね。私は裸で抱き合ってるだけでいいのに、肌が触れ合う感じとか、滑らかな肌であればそれだけでいい、そんなんでいいのに。
 
セックスが嫌い? というよりも、私って、すっごい剛毛なんですよ。だから、できれば裸を見られたくないですよ。セックスするのに、見られるんだったら、ちゃんと処理ぐらいしたいじゃないですかー。でも、準備しない時ばかり、みんな情熱的に来るんで。追られて「ちょっと待って」とか言って、お風呂に駆け込んで処理する、なんか、そういうのが許されたことがないんですよ。

 イクとかイカないとか以前の問題ですよ。確かに求められて、女として嬉しいことはうれしいですけど。でも、その彼氏は自分がしたいときにしか本当に来なかったんで。やっぱり、セックスって一方的でないものがいいじゃないですか。
お互い奉仕精神があるものがいいと思うんですよ。その彼にはそれが全くなくって。何回かコッキリの男だったらまだしも、やっぱり彼氏とはね。だから、なんか、虚しくなってしまって、別れましたね。

 私って、吉本にいたときも、大学にいた時も、なんですけど、「ヤリマン」説を周りによく流されたんですよ。そういうときに限って、とんとご無沙汰なのに。なんでてしよう?  

 その当時から私はパンク精神なファッションだったんで、露出は多かったですけど、冬でもホットパンツとか。確かに、何処に行っても仲が良くなるのは男の子がいっも多いんです。それで、よく飲みに行った帰りとか、男の子の部屋に泊めてもらったりとかしてたから。だからといってそういうことは、ぜんぜんなかったんですよ。でも、周りの女の子は、私のそういう男のとの付き合いを理解できなかったみたいですね。

 そんな私でも、エロ本の編集の仕事をしていたときは、本当にショックでしたねー。もしかしたら田舎に帰らなくっちゃいけないかもしれない。っていう状況だったんですよ。親が「仕事も決まっていないだったら、実家に帰ってこい」って。

最悪、それだけは避けたかったから。だから、その出版社で働き始めたんですけど。私の上司、編集長がもろ「エロ本の人」で。オヤジー、で、毛むじゃらで。会社入って、二日目で、すごいセクハラを受けたりしてましたね―。

一人外に呼ばれて映画見るのを突き合わされて、さり気に胸触られたりして。泣きたくなりましたね。それでも、田舎に帰りたくないし、生活もあるし、そのときはまだ吉本にもいたし。でも、吉本で「ヤリマン疑惑」がたってたときで。だから、吉本を辞めるか、と迷ってたときにエロ出版社だったんで、かなり葛藤がありましたね。

 それでも、生活があったから仕事を続けてて。吉本は結局、辞めちゃいました。お金かかかるし。
 それでやっと半年たって、やっとエロに馴れ始めて。最初は原稿運びとか、お使いとかの雑用だったんで、撮影とかにかついて行かなかったですからね。先輩について撮影に行たときは、そりゃ、もう、ショックでした。「なんで、こんな女の子がアッケラカンと脱いじゃって、おっぴろげちゃうんだ―」っていうのがあって、もう、なんの恥じらいもないんで。いやぁ、嫌でしたね。

 下着とか、脱いだまんま、そのままにしてたりとか。全裸のままウロウロしてたりとか。しかも、その子がブッサイクだとそれはそれで余計に腹が立って。やっぱり、撮影だしこっちは仕事だから、その女の子を持ち上げなくちゃいけないじゃないですか。

 それはそれでまた頭にきて。ヌードモデルはすごい軽蔑してましたもの。ヌードモデルは身体だけじゃなくて、話も開けっぴろげで。「彼氏とこの間ヤッたら、病気をうつされて―」とか平気で喋るし。それまで私の周りにそういう子がいなかったんで。そういうのを聞かされて、ショックでしたね―。しかも、必ず聞くじゃないですか。

「セックスでイッた事とかいう話を聞くと、「何でこんな子がイッたことあんの―?」ってショックだったし、逆に「コイツと同じにイッてなくてよかった」とも思ったし。とにかく、同じ女とは思えなかったですね―。思いたくなかったですよ。エロ本の仕事自体が嫌でしたけど、まぁ気楽でしたね。

 その編集をやってたとき、会社で付き合った人はいませんでしたけど、ヤッた人はいました。一緒にいる時間も長いし、休みを上手に使える人があんまりいなかったんで。私だけじゃなくって、会社全体がそうでしたからね。誰々にちょっかい出した、不倫で結婚した、なんかザラだったし。

 その人とそういう関係になったときって、ストレスが溜まりまくってて、しかも、寂しいときだったんですよ。休みないし、給料は安いし、グチを聞いてくれる彼氏がいないし、それで、したくなってたんですよね。その人とも結構ヤッたな―。

最初は会社の仮眠室でヤッたんですけど、仮眠室どころか、外のホテルでも。彼の部屋ではしませんでしたね。その人の家って遠かったんで。周りも私たちのこと、暗黙の了解でした。みんなそういう感じだったからでしょうね―。なんか、やっぱり、エロ本って私のやりたいことじゃなかったから、嫌で嫌でたまらなかったんですよ。

 その人は、優しい人だったんです。テレクラで知り合った女の子と、付き合ったりもしたし。でも、私は特別好きな人ではなかったですね。はたから見たら、付き合っていると思われていたでしょうけど。ただ、私の愚痴をいつも、ウンウン聞いてくれた優しい人だったんですよ。

最初はどちらから誘ったんだっけ? 仮眠室って、二段ベッドなんですよね。ある日、上に私が寝てて、その人が下に寝てて、私が自分からいきましたね。その人のベッドに入ったんですよ。未だに仮眠室でヤッたのはマズッたな―って思ってますけどね。

 それでも、あっという間に三年経って。たまたま私の上司が、自分で編集プロダクションを作るっていうんで、私もその出版社を辞めてついていくことにしたんです。給料、その出版社よりも多く出すからっていってくれたから。でも、三ヶ月ぐらいで辛くて辞めました。

私一人しか編集経験者はいなかったから大変だったんですよ。私が全部一人でできるような経験はしてませんでしたし、他のスタッフって言っても、メイク上がりの子しかいなかったから、その後も、自分でコラム書いたりするフリーの仕事をしつつ、編集プロダクションを知り合いに紹介してもらって働いていました。

ここでは編集というよりは、OLみたいなことをしていましたね。そのときは会社の給料と、自分のフリーの仕事で月収五十万ぐらいあったと思います、それでお金を貯めて、この間一ヶ月間海外旅行に行ってきました。何もかも嫌になっていたし、ずっと前から行きたかったところでしたから。すごく楽しかったですねー。ず――っとず――っとそこにいたかったすね―。

 で、旅行から日本に帰ってきて、いざ仕事をしよう、としたら今のフリーの仕事がなくなってしまっていて。その時はもう編集プロダクションも辞めてましたからね。今は次の職を探している最中です。また編集? 考え中ですね。生活ができれば、いいのですが‥‥。やりたくないことはもうやりたくないんで。編集はストレスが溜まるばっかりだし、またエロ本だったら自分が悲しくなるだけだろうし。

 今は彼氏もいないんですよ―。しかも、ボディビルに凝っちゃってるし。そういう所に悦びを見出してしまっていて、ほんとご無沙汰ですね―。もう、一年?ぐらいになりますよ。セックスしないで女の子といるほうが楽しいし、ラクになってきてますね。

危ない傾向ですよ。周りに男がいな子ばっかり集まるようになってるし、彼氏がいなかったらいなかったで、それはそれで楽しいですけどね。セックスをどうしてもヤリたいとは思わないんですよね。セックス自体でいい思いをしないんで。私って入れると痛がるんですけど、途中で止めてくれる人がいなかったんで。

 挿入されて男が腰をカクカクしているのを見ると、遠目で「ああ、ヤッてるよー」って冷めちゃう。その人は汗をかきながら気持ちいいでしょうけど、こっちは逆にちっとも気持ちよくないし、真っ裸で寒いだけだし。私にとってセックスは、子孫繁栄だし、愛情の確認程度で。

 言っちゃえば、私の人生にセックスは重要じゃないですね。セックスは私にとって、酒飲むよりも、ご飯食べるよりもちろん下だし、寝るよりもライブに行くことよりも下なんですよ。セックスもお酒の力を借りるというか。感覚がマヒするのがいいんです。

 一緒にいたいなーと思う男がいればいいんでしょうけど。このごろ、気持ち的に更年期障害っぽい所があって、女の子と一緒にいたほうが楽しいんで、無理してガツガツして彼を作ろうとは思わないですね。でも、私、ブサイクな男とけっこんするんでしょうね―。私、若い、カッコイモデルの男の子がいたら、緊張してオバちゃんになっちゃうんですよ―。ジャニーズもそれはそれで好きですし。

男の性欲のはけ口

――男の性欲のはけ口になってるだけなんじゃないかって心配にならない?
 そうですね―、逆に私もはけ口で利用してきたから。一方的なものだったら、私も拒んできたし、私が逆の立場だったら? 気付いていても気付かないフリしそうですね。「私なんかと付き合ってくれるんだから、贅沢は言えない」って。
 ずっとモテなかったから、モテないから、そういのがあっても「逃すまい!」っていうのが前提にあるのかもしれないですね。それに、周りで男を縛っている人に限って、上手く行っていないみたいなんで。もし、彼氏がいたとしても、私も男友達と映画見に行ったりすると思うし。ですね。

 彼氏も欲しいですけど、ずうっといるような彼氏は欲しくないですね。うっとうしくて。ある程度、長く付き合うと同棲とかするじゃないですか。四、六時中一緒にいる、それが苦手。うっとうしいんですよ。自分の汚れたパンツを見られたくないですし。自分のペースを崩されるのが嫌いなんですね。

 私が都合のいいときだけいて欲しいというか。キチンとした人だったらいいんですけど、そういう人とは付き合ったことないんで。だらしなかったら、私もだらしなくなっちゃうんですよ。結婚? ある程度、三十歳過ぎたぐらいになったらしたいとは思うんですけど。結婚するにしても、子供ができて仕方なくする感じだと思うんですよね。

 私、自分がなんでセックスでイカないか解っているんですよ。酔った勢いとか、その場の雰囲気でしかセックスできないから、そんなに好きでない人とヤッてしまうからなんですよね―。好きでもない人とヤッても、イクどころじゃないですよ。
 私の場合、イクことを目標にする前に好きな男の人とセックスするほうが先ですね。それからでしょう、イクのは。今までの私のセックスて、欲求不満の解消、寂しい時の慰めでしたからね、お互いが奉仕し合えて、好きな男の人と、酔ってないときにすれば、イケると思いますよ。

 それに、広い所で思い切り声を張り上げて転げながらヤリたいですね―。今まで狭いところでしか、ヤッたことないですから。
 イッみたいと思いますよ。だって、雑誌とかに「すっごい、いいこと」って書いてあるし、いいことが味わえないのはソンしてると思うし。イケないセックスって、温もりを求めてるだけのものだと思うし。男への奉仕でしかないじゃないですか。

 おもうんだけど、私、自分だけがイクの恥ずかしいんでしょうね。それに、気持ちいいと放尿感があるんですよ。だから、余計に恥ずかしいんですよ。だって、出ちゃったら恥ずかしいじゃないですか。気持ちいいし、イク寸前まではいったことがあるんですね。だから、もしかしたら、イッてるのかも知りないけれど、イッたことある子の話を聞くと、私の感じとは違ったし、未だにイッたことは無いと思いますよもしかしたら、私がセックスで感じる、気持ちいい容量というのが人よりも多いのか知れませんね。

 人よりも贅沢なのかもしれない。それにプライドがあるから、プライドが高いからイケないのかもしれませんね。イクのってパワーがいるみたいだし、今までにヤッた男が好きじゃないから「イカないよーん」って。そんな男に「イクパワー」を使いたくないじゃないですか。

 だから、私がイケないのは、男の理想が高いからじゃないでしょうか。相思相愛で理想の男とヤッたら、イケると思いますよ。イキたいですねー。

 私が「イケない女」だというのは。私たちの世代特有の「一生懸命やるのは滑稽(こっけい)。しちゃいけない」というのがあるじゃないでしょうか。セックスを一生懸命にすることができないんですよ。

 それは、セックスがタブー視されているからですよ。人間だったら当たり前の行為なのに、それを話すことはタブーで。しかも、こんな「イク、イカない」なんかの話をしたら、白い目で見られるじゃないですか。

 私が教えてるのが「生物」だからかもしれませんけど、何で動物の交尾はテレビで映って、同じ動物の人間の交尾、セックスはダメなのって? それっておかしいと思いません?
つづく 性の不一致…初体験が早すぎたのかな、セックスには答えがない野田智恵子 28歳/私立校教授