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第三章 さまざまな恋の形

本表紙 亀山早苗著

夫との不仲から恋に走って

 東京から飛行機で一時間半、さらに電車で数十分。北国のとある町で会ったのは、野村沙織さん(三十歳)四歳年上の男性と結婚して七年、五歳の息子がいる。結婚前から仕事を続けていたが、子どもを預ける保育園が見つからず、しかたなく出産と同時に退職、専業主婦となった。

 沙織さんが、彼と出会ったのは一年半前。買い物に行ったスパーの駐車場で、車同士が接触しそうになったのが出会いだった。

「ぶつかりはしなかったんですが、こっちは子どもを乗せていて急ブレーキを踏んだから、思わず、『気をつけてよ』と口調がきつくなった。それで彼が謝ってくれて、なぜか携帯電話のメールアドレスの交換をしたんですよね。彼の方が先に、『後でお子さんに何かあったら、連絡ください』とアドレスを書いた名刺をくれたんです。

さらに、『アドレスあったら教えてください』と言ったから、あわててレシートの裏に書いて渡した記憶があります。すぐその日のうちに、彼から謝罪のメールがきました。ていねいに誠実な人だなあと思いました」

 そのころからすでに、沙織さん夫婦の間には、すきま風が吹いていた。夫は、建設関係の技術職で、大きな仕事があると請われて現場に赴く。そのため、一年のうち半分以上は自宅にいない。

「好きで結婚したのだけど、離れていることが多いし、一緒にこっちにいる時期でも、ほとんど会話がないんですよね。私が働いているときは、生活費をほとんど入ようとせずに、勝手に車を買い替えたり、ひとりで遊びに行ったり。せっかく息子がいるのに、外で息子と遊ぶようなこともない。そのうち、私も夫に何か頼むより、『全部自分でやってしまおう』ということになって。家庭を一緒に築いているという実感がまったくないんです」

 彼と知り合ったのも、夫が単身赴任で家に居ない時期だった。
 スーパーの駐車場での一件を機に、メールのやりとりをするようになった。そして、彼が沙織さんより十歳年上で、十歳の女の子がいる父親、結婚して十二年たつことなどがわかった。

「彼は、ここから車で一時間半ほどのところに住んでいるんです。出会った日は、たまたま仕事でこっちに来ていたそうです。それから二週間後にまたこちらにくるから、ランチでもしよう、とメールがありました。外で男性とふたりきりで会うことに、ちょっと戸惑いましたけど、ランチだけなんだから、と自分に言い訳しながら出かけていきました」

 警戒心の強い彼をゆっくり待って
 自宅からほんの数分のところに実家があるため、その日、幼稚園のお迎えは母親に頼んだ。結婚してから、夫以外の男性とふたりきりで食事をするのは初めてだった。

「最初、緊張したんですけど、彼が私の緊張をほぐすように色々話をしてくれて。楽しかった。その日はそのまま別れたんですが、その後も、ぽつぽつとメールのやりとりが続きました。彼はマメじゃないから、私が毎日のようにメールを出しても、あちらからは頻?にないんです。それでも週に二度くらいはきました」

 だが、沙織さんは、彼の本名を知らなかった。
「私が知っているのは、メールアドレスと携帯電話の番号と、車のナンバーだけ。彼自身、相当警戒していることが分かりました。何度か名前を聞いたんですが、『教える必要はないと思う』と濁されてばかり。それでも私。彼に会うのを辞めることができなかったんですよね。ようやく、名前を教えてもらったのは、二ヶ月後。初めてホテルに行った日です」

 その日、彼は初めて、自分のことを詳しく話してくれた。父親が大きな会社を経営していて、自分もそこに勤めていたものの、会社が倒産。そのことを妻になかなか話せなかったこと、以前、独身の女性と付き合っていたことがあってそれが妻にばれて以来、妻とはあまりうまくいっていないこと、ただ、娘は可愛し、離婚する気はないこと、等々。だからこそ、警戒して自分の名前もなかなか教える気になれなかった、と彼は白状した。

「二カ月ほどの間に、私のことを少しずつ信用するようになった、と彼は言ってくれました。そこからふたりの関係は、徐々に安定していったような気がします」

 普通なら、なかなか素性を明かさず、自分を警戒している相手を、忍耐強く待てはしないだろう。私なら「相手がその気なら別にかまわない」と逃げ出すところだ。

 だが、沙織さんは逃げなかった。むしろ、相手が心開くのをゆっくり待った、その気持ちに応えるように、彼もぽろりと弱みを見せた。

「私の方が彼に惚れているような気がします。彼は過去にも結婚していながら恋愛したことがあるから、そこから学習している面もあるんじゃないでしょうか。ふたりの関係では彼が優位に立っていますね。分が悪いと思うこともありますが、でも『好きだからいい』と思っています」

とはいえ、彼が実のあるところを見せないわけではない。出張に行った時などは、まっすぐ自宅に帰れば早いのに、わざわざ彼女の家の近くまで来てお土産を渡してくれる。デート費用も彼女に出させることはない。

 それでも、夫との関係がうまくいかないままのが、彼女の心を苦しめている。
「家庭がちゃんとしていて、それでも恋愛をしてしまったというならまだいいんです。でも私の場合は、家庭での憂さ晴らしのために、恋愛に逃げているような気がしてならない。もちろん、私は彼が大好きだから付き合っているんだけど、心のどこかでもうひとりの私が、いつも『逃げている』と囁いている。

だからひとりでいると、悪いほうへ悪いほうへと考えてしまうんですよね。今、主人は長期の予定で単身赴任していますが、いずれは帰ってくるだろうし、子どもも大きくなっていく。主人と子どもに、私の『女』の部分は見せたくない。かといって、家庭を壊すのも怖いし、彼と会えなくなるのはもっと怖い。仕事もしたいけど、せめて息子が学校に入るまではできないし、私が仕事を始めたら彼に会う時間もとりにくくなる。そうやって考え始めると、とどめもなく考え込んじゃって」

 沙織さんは暗い表情でそう呟いた。きれいな人なのに、どこか憂いの多い印象があるのは、やはりそうやってひとりで考え込んでしまうせいだろう。

 彼と会うようになってすら、たまに夫が帰ってきても、いっさい、関係はもたなくなった。彼とは一週間から十日に一度は会う。会えばたいていセックスの関係を持つ。それぞれに車で、離れた町まで行ってホテルへ入ることが多い。

 彼女自身は、セックスがそれほど好きではないが、「彼とふたりだけになれる空間」を愛しているのだという。

「男の人は、外に女性ができると妻に優しくなるというけど、私はやはりそういうことはできない。彼も本当か嘘か知らないけど、妻とは関係がないと言っています。それは彼の優しさかもしれないけど‥‥」

 夫にも女性がいたら、と考えたことがあるかと沙織さんに尋ねてみた。
「いないとは思うけど、もしいたとしても、私は主人を責められませんね。しょうがないと思います。その結果、主人が離婚すると言うならそれも仕方ないけど、私から離婚すると言い出す勇気はないんです。子供の将来を考えると、経済的な負担も増えるし。実は私、親の反対を押し切って結婚しているんですよ。だから、今さら『離婚したい』とも言い出せなくて…‥」

 今のところ、彼女はなす術がない。仕事を再開することもできず、夫との関係を好転させる材料もない。夫とは何か話しかけても、機嫌が悪いと逆ギレするタイプなので、「一緒に家庭を作っていく」ことは不可能に近いという。この八方塞がりの状態で、彼女が恋愛だけに生きるよすがを求めてしまっても不思議ではないような気がする。

 それでも彼女は、彼に対する精神的な負担はかけないよう。夫との関係については、夫が仕事で自宅にいない以外は、全く話していない。

 この先、どうなるかは彼女自身もわからない状態。ただ、「沙織さんにとって、彼はどういう存在か」と尋ねたとき、彼女のいった言葉が忘れられない。

「彼に対する私の気持ちは」

 と言って、暫く考えた彼女は、ゆっくりと顔を上げてこう言ったのだ。
「究極の愛、ですね」
 彼女にとっては、「生まれて初めて、自分から好きになった」人だからなのだろうか。結婚した夫とは、「なんとなくつきあって、なんとなく結婚してしまった」のだろうか。

 一般的にも、沙織さんのような女性は多い。恋愛にしろ結婚にしろ、今の時代は女性たちが主導権を握っているように言われている。だが、実際に、本気で自分から好きになってその恋愛を成就させようとしている女性が多いのか、というと、どうやら話は別のようだ。

「なんとなくいいな」と思う程度の相手にアプローチされ、好きだと口説かれているうちに、自分も好きになっていく。そして結婚してしばらく経ってから、自分が本気で誰かを好きになったことがない、と気づくのだ。

もちろん、だからといって、その女性を責める理由にはならない。だが、自分から好きになって、それが上手くいかず、失恋という痛目に遭う経験をすることは、若いうちには重要なのかもしれない。

北国の、冬にしては暖かい陽だまりの中を、彼女は小さな手を振りながら去って行った。後ろから抱きしめたくなるような、どこか頼り気な背中を、私はずっと見つめていた。

独身男性とめくるめくような恋
女性が既婚でも、男性も既婚とは限らない。最近、既婚女性と独身男性との恋愛が少しずつ増えているようだ。

関西在住のキャリアウーマン、松本朝子さん(四十一歳)は、二年前に、職場に転勤してきて間もない、八歳年下の独身男性と恋に落ちた。そのとき、朝子さんは第二子を妊娠中だった。

「たまたま同僚たちと飲みに行っていて、みんな酔ってきたところ、なぜか避妊の話になったんですよ。『私は妊娠しているから、避妊の必要はないもんね』と冗談で言ったら、その彼が『じゃあ、ぜひ一度』って言ったんです。けっこうノリのいいヤツだ、と好ましく思ったのは覚えています。私、もともと年下が好きなんですよね。だから元気な若者にはつい目がいってしまうんです」

 朝子さんは、長身で細身、肩まであるセミロングの髪がセクシーで、とてもふたりの子どもの母親とは思えない若さだ。

 もともとは東京生まれの東京育ちだというだけあって、外観と裏腹に、語り口は江戸っ子らしく切れ味がいい。

 会社の席がたまたま隣だったせいもあり、ふたりは日ごとに仲良くなっていく。だが、朝子さんにとって、彼はあくまでも「弟」のような存在にすぎなかった。
 彼が転勤してきてから一か月ほどたった、ある春の日にこと。彼が、
「松本さんを連れて行きたいところがあるんですよ。明日の土曜日、付き合ってくれませんか」

「何かと思ったんですが、私はたまたま翌日の土曜日は仕事を抱えていたので、午前中、会社に出たんです。昼過ぎに彼と待ち合わせると、彼はオープンカーできていて。桜がきれいなところがあるから、私に見せたかったんですって。それに乗って春の風を体中に感じながら、桜の花吹雪を浴びるようにドライブしました。

本当に素敵だった。さらに桜がよく見えるホテルのティルームでお茶を飲んで、あれこれ話して。といっても、ほとんどバカ話ばかりでしたけど、本当にノリが合うなという感じでした。彼は職場の先輩だからといってひるむことがまったくない。それが気持ちよかったですね。

 彼とのセックスに夢中になって

 彼はいつの間にか、そのホテルの部屋をとっていた。朝子さんは、年上の余裕か、「お手並み拝見」という感じでついててったのだという。
「それがね!」
 朝子さんは当時を思い出したのか、ちょっと照れたような含み笑いを浮かべた。
「すごくよかったんですよ、彼とのセックスが。実は私、ひとり目のときもそうだったんだけど、妊娠すると性欲がすごく増すんですね。だけど夫は、私が妊娠していると怖がって、あんまりしようとしないんです。だから正直言って、私は非常に欲求不満の状態だった。

彼のことは憎からず思っていたわけだから、誘われるままに関係を持ってしまったんですが、それがあまりに良かったから、ふたりとも盛りのついた猫みたいになっちゃって、その晩は、断続的に七、八時間はいちゃいちゃしていました。

うちは夫も私も時間的に不規則な仕事で、お互いに朝帰りになることも時々あるんです。だから私も、朝まで帰ればいいやという感じで。私はその頃、妊娠五ヶ月でしたて。妊娠とはいえ、私はすごく元気で仕事もいつも以上にバリバリやってました。五ヶ月じゃまだそんなに目立たないし‥‥」

 それ以降、彼女はせっせと彼のひとり暮らしのマンションに通うようになる。夕方、仕事を終えると彼のマンションで料理を作り、彼が帰ってくるのを待つことも、しょっちゅうだった。

「彼は彼で、私が会社に行って引き出しを開けるとラブレターを入れておいてくれたり。なんか本当にただの恋人同士みたいなつき合いでした。私は、自分の母が同居しているから、子どもが居ながら、けっこう自由にできたんですけどね」

 朝子さんは、彼との時間、とりわけ彼とのセックスに没頭した。
「帰ってきた彼に、いきなり玄関で押し倒されたこともありました。そういうシチュエーションって経験がなかったら、ふたりともすごく興奮して、お腹がだんだん大きくなってくると、正常位ではできなくなるけど、一緒に寝ていても、とにかく彼がずっと横から入れてくる状態でしたね。私も、信じられないくらい濡れるし、変な話ですが、挿入して彼が動くたびにぴゅうぴゅうと潮を吹いちゃうんです。あまりの気持ちよさに、何がどうなっていいと思うくらいでしたね」

 それだけの快楽を得られたら、もともと憎からずと思っていた男性だ、そう簡単には離れられない。そういう男性とは、すればするほど快感が深まるからだ。

 男性と付き合っていくうえで、セックスに引っ張られることがあるかと尋ねると、多くの女性は否定する。精神的なものを重視するという人は多い。それは肉体的快楽を、なぜか女性は精神的なものより低く見ているからだろう。だが、実際には、『したいから好き』なのか『好きだからしたい』のか、自分自身でも判断がつかないような事態はあるのではないだろうか。

 既婚男性が妻以外の女性と付き合う場合、「妻とはできないセックスができる」ことに喜びを見出している人は多い。だからといって、彼女を大事に思っていないわけじゃない。「夫」や「父」という役割をかなぐり捨てて、男でいられる場を彼女に見出すのだ。だから、男性は明確に家庭と恋愛を分けられる。だが、女性はその点は曖昧なことが多い。すべてを「愛」という言葉で片付けようとするから、自分の中で矛盾や齟齬が起こる。

 その点、朝子さんは正直だった。
「一緒にいるとおもしろいかったけど、肉体的な興味の方が強かったかもしれませんね。そのへんは、どっちかだけの理由ではないし、どちらとも決めつけられないような気がします。ただ、少なくとも彼は、夫が与えてくれないものすごく肉体的快楽を私にくれた。そのことで、より彼を好きになったという点はあるんじゃないかな」

 それでも朝子さんは、家庭を壊す気はなかった。彼は一緒に家庭を築くタイプの男性ではない思っていたし、もともとあった「家庭」という場を手放す理由もなかった。それは相手も分かっているはずのことだった。

「正直なことを言うと、私も夫とうまくいっていなかったわけじゃないんです。夫はおとなしくていい人なんだけど、一緒にいて楽しくはなかった。でも、子どものことを考えると、離婚という踏ん切りはつかなかった。それは彼とも話していました。

だけど夏が近づくにつれて、だんだん彼の様子がおかしくなっていったんです。『どうして会いたいときに会えないんだ』とか、『離婚してくれ』と言い出したり。ケンカすることも多くなりましたね。彼も激情型だし、私もこういうはっきりした性格だから、ケンカになるとちょっとやそっとじゃすまないんです。あるとき、彼のマンションで、離婚しろしないで大ゲンカになって、私は頭に来たので、玄関を出ていったんです。

そうしたら、たまたま風呂上がりだった彼は、腰にバスタオルを巻き付けて、エレベーターに乗って、なぜか屋上に行ってセックスしちゃって‥‥。ケンカしてもセックスですべてが終わる。そのころはまだ、そういう状態だした」

 だが、その後、彼の行動はエスカレートしていく。彼女の自宅近くをうろうろしていたり、一緒に車に乗っているとき、「このまま死のう」と乱暴な運転をしたり。

「毎日のように家のパソコンにも、『早く離婚すすると、ダンナに言ってほしい』というメールが入っていました。夏の初めだったかな、日曜日に家族で友だちの家に遊びに行ったんです、夫が運転する車で帰ってくると、うちのすぐ前に、彼の車が止まっていたんです。

『ヤバイ』と思いました。たまたま上の子が眠っていたので、夫が子どもを抱いて車を降り、私がその後に続きました。すると横からぱっと彼が出てきて、私の腕をぐっとつかみ、『話がある』と小声で言ったんです。夫はちょっと振り向いたんですが、『大丈夫だから、先に行ってて』と声をかけて、彼を少し離れたところまで連れて行きました。彼は、『何処に行っていたんだ、ずっと待っていたのに』『オレがダンナに話をしようか』と矢継ぎ早に言うんです。なんだか目が据わっていて、怖くなってきたので、そのときは、『とりあえず、明日、会社で話そう』となだめて帰ってもらいました。

家に入ると、夫が心配そうに、『どうしたの?』って聞くんです。そりゃそうですよね、気になるのが当然。だから、とっさに作り話をしました。『実は、あなたには言えないでいたんだけど、私、友だちにお金を貸したの。その友達が逃げちゃったらしくて、さっきの人もお金を彼に貸していたみたいで、私が居場所を知っているんじゃないかと疑ってきたみたい』と。そうしたら、おっとはそれをしんじたんですよねえ」

 朝子さんちょっと不服そうだ。そういう夫の鈍感さがあまり好ましくなかったらしい。

 彼と最初で最後の旅へ

 八月、朝子さんは産休に入った。夫が家族旅行を提案するが、朝子さんは、お腹が張ってきたことを理由に断った。実は、彼と海に行く約束をしていたのだ。夫は上の子とふたりでだけで旅に出かけた。

「彼の故郷が関東地方の海に面した町なんです。それで、そこへ旅行しよう、と。夫や子どもにわるいというよりは、なんとなく『彼とは最初で最後の旅行になるかもしれない』という予感があって‥‥。新幹線の駅で待ち合わせしたんですが、私が駅に着いたら、彼がたまたまお弁当を買っているのを目撃したんです。その後ろ姿を見たとき、『彼は私との旅行を楽しみにしてくれていたんだな』さてちょっとほろりとしました」

 二泊三日の旅行中は、まったくケンカもせず、最初のころのように喋って笑って、ただひたすら楽しい時間を過ごした。さすがに寄りはしなかったものの。彼は彼女を実家の前まで連れて行ったという。

「帰って来てから大変だした。私は臨月に入って、あまり動けなくなっていくし、彼は彼で、会えないから妄想が広がるんでしょうね。夜中の三時に電話をかけてきて、『オナエの家の前で死んでやる』と口走ったり。携帯の電源を切っていると自宅の電話をひっきりなしに鳴らしたり、『早く離婚しろ』と書いたファックスを送りつけてきたりするので、ほとんど家は電話線を抜いているような状態だったんです。

『別れられると思うよな』とすごんだりする。『結婚したいんだよ』と子どもものように駄々をこねたこともあります。でも、私はやはり、彼と結婚するのは現実的じゃないと思ってた。彼、気分的にアップダウンが激しいんですよ。恋愛するのはそれでいいけど、結婚して家庭を築くには、あまりにも彼の精神が不安定だし、未熟な感じがした。いきなりふたりの子の父親になれる人ではないと感じていました」

 九月、彼女は第二子を産む。彼は車を飛ばして病院まで見舞いに来た。いったい、どんなつもりで赤ちゃんを見つめたのか。

 子どもが産まれて一ヶ月ほどたったころ、朝出かける夫が、ぽつりとひとこと、言った。

「メール、見ちゃったよ」

 夫はやはり何か不審に思っていたのだろう。一緒に使っているパソコンの、彼女宛てのメールを覗いてしまったらしい。そこには彼からの夥しいメールが残されていた。

「夫は、『旅行に行ったんだね』と言いましたが、それについて私は答えなかった。メールを見られたのなら、もう言い訳してもしかたがない。その後も、夫は何も言わなかったんですが、少ししてから、『家を出たい』と言い出しました。私は私で、『もういいや』とちょっと開き直っていました」

 経済的には、ひとりで子どもを育てていける。夫はおそらく、子どもには会いにくるだろう。だから、離婚してもかまわない、と朝子さんは思っていた。なにより、やはり結婚生活を破綻させたのは自分なのだから、夫の好きなようにさせようと決めていた。

 そして離婚が成立。夫は家を出て行った。それからすぐに、同居している母親が倒れてしまう。
「離婚後も元夫はしょっちゅうきていたんですが、その日もたまたまいたんですよ。だからすぐに母を病院に運んでくれました。脳溢血だったんですが、幸い、後遺症もなくて。元夫がずっと家にいて、いろいろ助けてくれました。彼もその時期は、とても優しかった。携帯にたびたびメッセージを入れてくれて、私が電話をかけると面白い話をしてくれて」

 だが、母が回復し、産休が明けて会社に戻ったとき、朝子さんは、すでに自分が彼との恋から冷めてしまったことを感じていた。

「何が原因で冷めた、というわけじゃないですが、乳のみ子と病み上がりの母を抱え、離婚もして、とにかく自分の生活を立て直さなくては、という気持ちありました。私が冷めたことを彼も感じ取ったんでしょう、なんとなく連絡をとらなくなりました。私が離婚したことも、彼にはショックだったのかもしれない。

離婚した、と言ったときから、急に彼は『結婚したい』と言わなくかったし、彼にとっても、私との結婚は現実的でなかった、とわかったんじゃないでしょうか。彼との恋愛は、実質、たった数ヶ月だったし、いろいろ迷惑もこうむったけど、それでも彼のことは憎んでいません。今なってはいい思い出なんですよね」

 彼女の部署が変わったため、会社内ではあまり顔を合わせることがなくなっていたが、一年ほどたったころから、たまに電話がかかってくるようになった。

「友だちにというか、やはり弟みたいな気分です。嵐のような恋愛をして、いろいろ失うものもあったし、夫のことも傷つけてしまった。でも夫もよくうちにくるし、今でも夫ともいい友だち。私、ひょっとしたら結婚に向いてないのかもしれませんね」

 今は恋愛をしていないという朝子さん、
「ちょっと今は、女として枯れている時期みたい。また怒涛のような恋愛がしたいですね」
 と明るく笑うこんな生き方もあるのだな、と朝子さんと別れた後、私は何となく爽やかな気分になっていた。

 朝子さんもまた、「女であること」を捨て切れない女性なのだろう。妊娠中に他の男の精液をたくさん注ぎ込まれることに、抵抗はなかったのか、と私は失礼な質問をした。もちろん安定期なのだから、医学的には問題がないだろう。ただ、お腹に子どもがいるとき、女性によってはひどく胎教などに神経質になるものだ。そんな時期に、夫以外の男性とセックスしまくったことに対して、どこか罪悪感のようなものを覚えなかったのか、という意味合いで尋ねてみたのだ。

 すると朝子さんは、「あー、だから下の子は、なんだか妙に陽気な子なのかしら」と大笑いしていた。

 これを「いけない母親」と受け取るのか、「おおらかな母親」と受け取るか。
「でも私がすごく気持ちがよかったわけだから、きっと子どもにも悪くなかったんじゃないでしょうか」
 朝子さんそう言った後、急に真顔になった。
「いったい何をしているんだろう、私は、と思ったことがありますよ。だけどあのときのエネルギーは自分でもすごいと思ったほどだった。仕事と家庭でただでさえ時間がないのに、寝なくて彼に会いに行ってしまう。恋愛の力って、本当に大きいと思いましたね」

 それほどまでにエネルギーを傾けられる恋愛に巡り会えたことは、彼女にとって幸せだったのだろう。たとえ、それが直接的な原因で離婚したとして――。

 既婚女性とつきあう独身男性の気持ち

 彼の凄まじい嫉妬は、やはり独身で年下の男性ならではのものなのだろうか。
 既婚女性と激しい恋に落ちたことがあるという、高山大介さん(三十五歳)は、当時の自分の言動を「いまだに信じられない」と話す。
 彼が恋をしたのは、二十代後半のころ。相手は七歳年上の人妻だった。
「会社にパートで来ていた女性だったんです。いつもにこにこして穏やかで、独身の女性にはない気配りがありました。部署の飲み会に彼女がきたことがあって、たまたま隣に座ったんです。僕はすっかり飲み過ぎちゃって、彼女の服にお酒をこぼしてしまった。それでお詫びのつもりで、後日、食事に誘いました、彼女は最初、固辞していたんですが、何度も『食事くらいいいじゃないですか』と誘い続けました。根負けしたんでしょうね、ようやく承知してくれて。もちろん下心はありましたけど、それは見せまいとしました。それが彼女にはよかったのか、それ以来、ときどき食事に行くようになったんです。

 彼女は子どももいたが、夫との両親と同居しているため、比較的、時間の自由がきいた。とはいえ、食事に行くのはせいぜい月に一、二回。それでも彼は根気よく誘い続けた。

「彼女といるととても楽しかったんです。会えば会うほど、もっと知りたい、もっと近づきたいと思うようになった。彼女は結婚しているから僕も自制していました。それでも、最初は食事してから半年ほど経った頃でしょうか、もう我慢できなくなって、食事して店を出てから、『ふたりきりになりたい』と言いました。彼女はしばらく黙っていたが、『一度だけって約束できる?』と低い声でつぶやきました。それでとうとう関係を持ったんです」

 一度だけ。彼女は乱れに乱れた。

  一度だけと決めていたからだろうか。
「すごいと思いました。女性の肉体って本当に素晴らしい、僕と相性がよかったのかもしれないけど、それまでには感じたことのないほど、僕自身も快感を味わい尽くしました。彼女、帰り際にもう一度、言ったんです。『一度だけよ』って」

 どう念を押しても自分に言い聞かせても、相性がよければ、快楽が深ければ、一度で済まなくなるのを、彼女もわかっていたのだろ。案の定、ふたりは人目を避けながらも、逢瀬を重ねた。回数を重ねれば重ねるほど、さらに快感は深まっていく。

「言ってはいけないとわかっていたけど、僕は彼女の中に埋もれながら、『ダンナともしているんだろう』と責めていました。彼女は必ず、『していないわ』と叫ぶ。あれだけ感じやすい女性を、ダンナが放っておくはずがない。ダンナに求められたら、彼女はきっと断らない。夜、ひとりでいると気が狂いそうでした。今頃、彼女はダンナに抱かれて、僕としているときのように乱れているに違いない‥‥」

 高山さんは、彼女に会うと帰したくなくなった。だが、彼女は、「帰らないと、もうあなたに会えなくなる」と脅し文句を口にする。
 ある日、別れた後で、彼は彼女を尾行して家を知った。彼女の自宅は、都内の一戸建てだった。家を知れば、会えない夜はつい足が向いてしまう。

 自分で自分を抑えきれなくなるときが近づいていると感じていた。
「ある日、とうとう夜中に彼女の自宅を訪ねてしまったんです。ダンナが出てきました。僕は、『彼女と別れてください。奥さんを僕に下さい』って叫んでしまったんです。ダンナさんは、しばらく黙っていましたが、低い声で、『家内は今、入浴中です。明日、電話ください』とメモをくれました。彼の会社の電話番号だった。翌日、電話をして、その晩、ダンナに会いました」

 高山さんは本気だった。一方の夫は、妻には何も言わずに高山さんに会うことにしたらしい。
「ダンナがけっこう立派な人だったんです。とある大手企業の部長さんでした。当時、四十五歳くらいかな、彼女とは十歳近く離れていたようです。彼は、離婚する気はない、と静かな口調で言いました。次の日、会社に行くと、彼女は退職したと上司に聞かされました。

僕、そのまま会社を飛び出して、彼女の家に行ったんです。呼び鈴を押しても誰も出ない。それで、ダンナの会社に乗り込んでいきました。ダンナの顔を見るなり、『彼女をどこへやったんだ』と殴ってしまったんです。どうしても彼女に会いたい一心だった。ダンナの会社のロビーで暴れてまくって、警察に突き出されました」

 その日は説諭だけで帰された。その二日後、彼女から別れの手紙が届いた。
「『一度だけと言ったのに、あなたはその約束を破った。引き摺られた私もいけなかった。でもまだ、お互いの人生を壊さずにすむ。これで終わりにしましょう』という内容でした。でも、僕の気持ちはすまない。こんな一方的なやり方があるのか、と怒りにも似た気持ちがわいてきました。次の日から、会社に病気だと言って、僕は彼女の家の近くで彼女を待ち伏せしました、そして二日目かな、彼女が自宅から出て来たところを捕まえたんです」

 彼女を自宅に引き戻し、彼は彼女を泣きながら殴った。そして無理矢理、セックスした。彼女は声ひとつ立てなかった。あれほど乱れた彼女はどこかへ行ってしまったのか。彼は彼女を絶望的になり、気づいたら、彼女の首を両手で絞めていたという。

「はっと我に返ったとき、彼女はひどく咳き込んでいました。彼女は僕を冷たい目で見ると、かすれた声で、『もういいでしょう』とひとこと、言ったんです」

 このままだと犯罪者になってしまう。彼は自分を恐れ、そのまま彼女の家から飛び出した。
「だけど彼女を忘れることはできなかった。辛かったです。もう彼女を好きなのか、単なる嫉妬と執着なのか、自分でもわからなくなっていました。こうなったら、死ぬしかないと思い詰めましたね」

 会社に辞表を送り、身辺の整理をした。死ぬ日決めた。方法は自宅で縊死(いし「○意
首つり」)。その日が来て、決行しようとしたまさにそのとき、宅配便が届く。彼は荷物を受け取った。彼女からだった。

「僕が大好きだった、彼女の焼いたフルーツケーキと、以前、彼女が好きだと言っていた映画のビデオが何本か入っていました。手紙もついて、『自分の行動を反省するために、夫とは暫く別居します。私は私の人生を生きます。あなたはあなたの人生を、せいいっぱい生きて行ってください』と書かれていました。

そこには彼女の決意が溢れているようで、彼女が僕から離れていったことを実感したんです。それで、死に取り憑かれていた僕の気持ちが冷静になった。彼女を追い詰めたのは僕だった。僕は、彼女のダンナ宛て手紙を書きました。すべて僕が悪かった。もう彼女には決して会わない、だから彼女とうまくやってほしい、と」

 彼自身も、それからなかなか仕事ありつけず、アルバイトをして食いつないでいた。だが一年後、ようやく現在の会社に就職、地道に一生懸命働いている。ちょうど就職したころ、前の会社の同僚から、彼女が離婚したことを知らされた。ふたりいた子どもは、同居していた夫の両親の大反対で連れて出ることができなかったという。

 再び走り出したくなる気持ちを抑えた。それは彼女自身が望んでいないことだろう、と判断したから。

「僕に再会すれば、彼女の自責の念は強まるだけでしょう。彼女の人生に、僕は責任をとりたいと思っているけど、おそらく彼女には迷惑な話だと思う」
 彼は今も独身だ。結婚する気はおろか、まだ恋愛する気にもなれないという。

「僕だけが幸せになるわけにはいかないんです。いつか彼女の消息が知れて、それなりに幸せだということが分かったら、僕も自分のことを考えます。それまでは、ただひたすら働いて、ただひたすらに生きていきます」

 今、彼は昼間の仕事とは別に、バーテンダーの資格をとって、夜と週末は、とあるバーで働いている。いつか自分で店をもつことができたら、彼女の名前を付けたカクテルを出すのが夢だという。

「嫉妬に狂って、ダンナを殴ったり、彼女に暴行を加えたことが、今も自分では信じられないんです。なぜ、あんな感情的な振る舞いをしてしまったのか。僕があんなことをしなければ…‥と、あの時のことを今も夢にうなされたりします」

 彼は、自分を感情的な人間ではないと思っていたという。嫉妬ととう感情に支配されたときの自分を想像したことがなかったのだろう。

 だれでも、自分にとって何が決定的なことが起こったとき、どんな行動に出るかはおそらく想像できないものだろうか。だが、自分の中の嫉妬や殺意など、ネガティブな感情に完全に支配されることは、誰にも起こりうる。恋愛というのは、うまくいっているときはポジティブな感情しか出てこないが、何か事件が起これば、すべてがネガティブに転じてしまう。

もちろん、それは独身者同士の恋愛にも起こり得るものである。だが、どちらが結婚しているにせよ、「不倫」と呼ばれてしまう恋愛には、そうした致命的な危険が、独身者同士の恋愛より高い確度で潜んでいるのだ、と改めて考えさせられる。

 夫は家庭のパートナー、彼は人生のパートナー

  東京から約二時間、中部地方のとある町へ行く。
 この日、会ったのは沢村伸子さん(五十三歳)。電話の印象ではおっとりとした感じの人だったが、実際に会うと、小柄ながら全身からエネルギーの満ち溢れた女性。真っ白な革のジャケットを粋に着こなした、素敵な女性だった。にっこり笑うと、笑顔が愛くるしく、とても五十代には見えない若さだ。

 結婚してすでに二十八年がたつ。二十代半ばを頭に、成人した子どもたちが三人いる。

 伸子さんの結婚後の最初の恋は、四十歳のとき。
 相手は十五歳年下の日本に来たばかりの外国人青年。
 イスラム圏のとある国の彼とは、駅で偶然ぶつかり、伸子さんが荷物を落としたことから始まった。

「どうやら彼は日本に来たばかりみたいで、本当に片言の日本語しか喋れない。それでも必死に、『テレフォンナンバー、テレフォンナンバー』と叫ぶから、つい自宅の電話番号を教えてしまったんです。次の日曜日に電話がかかってきて、『どこにいるの?』と尋ねたら、この間ぶつかった駅だという。彼が住んでいるところからは一時間近くかかるのに、わざわざ会いに来たみたい。公衆電話の使い方もよく分からないのから、近くの人に電話をかけてもらったらしくて、それでなんとなくかわいそうになってね。

秋だったから、近くで菊人形展をやっていたんです。それを見せてあげて、食事をして、その時はそのまま帰ったの。それからときどき、電話がくるようになったんですよね。とにかく『伸子さんと話したい』って、必死で日本語を勉強していました。だから数ヶ月で、かなり話せるようになって。熱烈に口説かれましたよ。『私はあなたのお母さんのような年齢よ』と言っても、『年なんか関係ない』って、会うときはいつもバラを一輪もってくるの。それで私もころっとまいっちゃって」

 彼は女性の扱いがといも優しかったという。心がときめくようなキスをしたのは、何年ぶりだったか、伸子さんは笑う。

「夫とはキスなんて何年もしていなかったから。夫婦関係だって。夫は自分から求めてきて、さっさと終わって背中を向けて寝ちゃう。でも彼は、ものすごく情熱的だった。夫はろくに感じたことはなかったけど、彼とはすごく感じて。そういうことで、私も彼に夢中になっちゃったんですよ」

 二年ほど付き合ったが、その間、一度、夫にばれてている。伸子さんが、東京の友人のところへ泊まりに行くと言って、実は彼と会っていたという、夫がその友人宅に電話をしてしまったのだ。友人とは打ち合わせをしていなかったので、あっさりと露見した。おそらく、夫は伸子さんの態度から、何かを察していたのだろう。

「夫は彼からの電話を受けたことがあるんです、『駅で知り合って、観光させたことがあるだけ。息子みたいなものよ』と言ったんですが、友人宅に泊まっていなかったことで、激しく問い詰められて、白状せざるを得ませんでした。夫は怒り狂って、彼と一緒に撮った写真を探し出して、目の前でびりびりに破かれました。あの頃の私、彼に夢中だったから、すごく切なかった。でも悪いのは私だから、黙って、夫の怒られるしかなかった」

 だが、伸子さんはある意味、したたかだ。夫には「もう会わない」と約束しながら、こっそり彼と関係は続けていた。

「結局、二年くらいつきあいました。でも彼は、ビザが切れて不法滞在となり、強制送還されちゃったんです」

 入局監理事務所からの電話を受けたのは、夫だった。夫はほっとしたような顔をしていたという。彼はもう日本には来られない。

故郷に帰った彼は、ときおり電話してきた。伸子さんも愛おしさが募っていた。
「何とかして会いたい。会える方法はいつも電話で話していました。あるとき、もうたまらない、どこかで会おうということになったんです。彼がマレーシアになら行けると言うから、じゃあ、マレーシアで落ち合おう、と。だけど、私、夫にどう言い訳していこうかと悩みましたよ。それで、両親を旅行に連れていくという口実を思いついたんです。

両親を海外旅行に連れていくという口実を思いついたんです。『まだ元気なうちに海外旅行に連れて行ったあげたいから』と言うと、夫は『行っておいで』と言ってくれて。実際に両親を連れて行きました。彼は、私たちの泊まっているホテルに、遅れてやって来たんです。別れて一年経っていました。両親はびっくりしていましたよ。父にはこっぴどく怒られましたけど、きちゃったものはしょうがない。彼も日本語で両親に丁寧に挨拶したり、こまめに動いてくれたりするものだから、両親もそのうちけっこう彼のことをきにいってくれたりして、なんだか妙な旅行でしたね」

 それでも、最後の日、父親は彼に向かって、「うちの娘は結婚しているんだか、もう会わないでほしい」と申し入れた。かれは目に涙をためて、「伸子さん、本当にこれが最後なの?」と尋ねてきた。伸子さんは、最後だと言いきれなかった。

 その後、彼はカナダに移住、仕事も得て永住権を取得した。カナダ人としてどこへでも行ける環境を自分で手に入れた。

「カナダで一緒に暮らそう、僕の故郷に行こう、結婚してほしい」
 彼は十数年たった今でも、電話で熱烈にプロポーズしてくる。でが、伸子さんの心の中では、彼はすでに息子のような存在になっているという。

 彼と一緒に撮った写真を、伸子さんは今も一枚だけもっている。夫の目に触れないよう、大事に持ち歩いているという。伸子さんの肩に彼の手が回っている。目のきれいな、優しそうな青年だ。

「可愛いでしょう? 本当に優しくて素敵な人。でも、今もまだ独身なんですよ。私は『いい人見つけて結婚しなさい』って言ってるんですけど。そう言うと、彼は悲しそうな声で『そんなこと言わないで』って言うの」

 伸子さんは、もはや彼を男として見ていない。むしろ、彼には幸せになってほしいと心から願っている。

 年上の男性に身も心も奪われて

 というのも、伸子さん、七年前から別の男性と付き合うようになったからだ。男性は今年六十歳になる日本人。ただ、外国暮らしが長かったせいか、やはり日本人らしくなく、女性の扱いがうまいらしい。

「私は地元でボランティア活動をしていて、彼はその仲間です。一年ほど、いい友だち関係だったんですが、あるとき、『今度の交流会の相談をしたい』と言われて彼に会ったら、帰り際に軽くキスされて。私はそんな気はなかったんだけれど、それからなんとなく意識しちゃってね。死産実後の土曜日に、今度は『天気がいいからドライブでもしない?』と誘われて、そのままホテルに連れて行かれて‥‥。何だかあれよこれよという間に、彼のペースに引き込まれていましたね」

 伸子さんの夫は自営業。伸子さんも夫の会社の社員だ。なかなかひとりになる時間はないから、伸子さんもから隙を見て連絡を取っていたが、ちょうどその頃から携帯電話が普及。夫に知られることなく、連絡を取り合うことができるようになった。

 携帯電話がなかったら、秘密の恋愛をする人がこれほど増えたかどうか、本当に疑問に思うことがある。携帯メールから、不倫露見することが多いとはいえ、本人たちにとっては、まさに欠かせないツール。ある意味、命綱と言ってもいいだろう。

 五年ほど、伸子さんは彼と順調に愛をはぐんでいった。彼はマメな人で、会うときは書き溜めた短歌や手紙を渡してくれる。その短歌を見せてもらったのだが、伸子さんへの愛を、ときに静かに、ときには激しく歌ったものばかり

 ところが二年前、相手の妻が、伸子さんの夫に電話をかけてきたという。
「ある日、夫がいきなり彼の名前を出して、『この男を知っているか』というんです。『知っている。ボランティアで一緒の人』とそこまでは正直に言いました。『その人の奥さんが、オレに電話を寄こして、うちの人とオマエが付き合っているのを知らないのか。もう五年になる、と言われた』って。まるで私が誘惑したような口ぶりだったそうです。

一瞬頭が真っ白になりましたけど、私はとにかく、知らぬ存ぜぬでとおしました。なんせ前科があるから、うちの人も完全に私を疑っている。でも、そこは知らないと言いとおすしかありません。ところが、二、三日後に奥さんから謝罪の電話があったというんです」

 奥さんが彼を疑ったのは、彼が伸子さんに書きかけた手紙を読んでしまったから、伸子さんからの手紙も見つけたらしいが、伸子さんは男女の仲を疑われるような内容は、一切書いていなかった。

「彼が奥さんに、『これは自分の想像で書いた手紙。彼女に好意は抱いているけど、恋愛感情じゃない。いい歌を作りたかったから、想像の世界で恋していただけ。彼女に渡してはいないし、渡すつもりもなかった』と説明したらしいんです。それで奥さんも納得できたんでしょうね。ところが収まらないのが、うちの人ですよ。『一方的に濡れ衣を着せておいて、すいませんじゃすまない』って怒り出しちゃって。

夫婦でその手紙とやらを持って謝りにこい、と言い出した。翌日彼だけが来たんです。でも手紙も持ってこないし、奥さんも来ないし。それでうちの人は、『納得できない』と騒いで。なんだか私も嫌になっちゃって、その晩は、今度、うちの人と私とで大ゲンカ。とにかく前の外国人の彼とのことがあるから、うちの人はなんとか自分の疑いを晴らしたかったんでしょうね。

さんざん口論したあげく、『オマエみたいなのは出ていけ』と言った。私も売り言葉に買い言葉で、「じゃあ、出ていくわよ」って荷物をまとめて、そのまま出ていったんです。虎の子の三百万をもって。で、とりあえずのんびりしよう、と近くの温泉旅館に泊まったんですよ。そうしたら、彼から携帯に電話がかかってきて、『明日、もう一度釈明に行くって、きみの家に電話したら、ダンナさんが出て、それどころじゃない、うちのヤツが家出しちゃった、と慌てていたから』って。だから居場所を伝えたら、彼も下着を持って泊まりに来てくれた。そのままふたりで数日間、その温泉でのんびりしていました」

 瓢箪から駒というべきか。家で騒動が思いがけなく、彼とふたりだけの時間を作り出してしまった。あわてず騒がず、成り行きを見守りながら、一方ではふたりの蜜月を温泉で楽しんでいるところが、なんとなくおかしい。私も思わず、くすっと笑ってしまうと、伸子さんもケラケラと笑いながら、こう言った。

「バカでしょう、誰も彼も。三、四日ふたりでそこでのんびりすごしていましたよ。彼も会社に電話して休暇なんかとっちゃって。そうしたらうちの人から携帯に電話がかかってきて、『ひとりじゃ会社も家も大変なんだ。もう誤解しないから、帰ってきてほしい』って。まあ、主人がそういうなら、と思って、彼に『帰るわ』と言ったら、彼も、『それがいい』と。でもお互いの気持ちは変わらないこと、配偶者を泣かせないように、家族に迷惑をかけないようにしながら、一生、付き合っていこうという確認しあいました」

 それから二年、現在、彼は南米で仕事をしているが、毎日メールや電話でやりとりしているし、三ヶ月に一度の帰国のおりは、ふたりだけの時間を楽しんでいる。

「きっとあと一、二年で彼は戻ってくると思うんです。仕事をリタイヤしたら、海外のボラティア活動にももっと取り組みたい、と言っている。そのときは私も一緒にという夢。うちの人は、自分の生活さえ安定していれば、他に余計なことはしたくない。というタイプなんですよ。遊びにも行かないし、趣味もない、夢もない。でも私は外に出るのが大好きだし、いくつになっても夢をもっていたい。

ただ、これまで一緒に自営業で頑張ってきたし、家庭人として夫は悪い人でもない。夫が私を必要としている限りは、わざわざ今の生活を壊す必要もないと思っています。成人したとはいえ、子どもたちもいますから。だから、夫は家庭のパートナー、彼は人生のパートナーですね。家庭があっても、私の個人としての人生は私のものだと思うんです。特にこの先を考えると、後悔するような人生にはしたくない、という思いが強いんです」

 割り切っているように淡々と話す伸子さんが、自分のしていることはわかっていると最後に呟いた。

「人に話せるものじゃないし、世間的に言えば間違ったことをしていると思う。だけど、若い外国人の彼にも、私は本当に出会ってよかったと思っています。私がはねつければ、二人とも何の関係もない他人ですぎていったでしょう。でも、何も起こらない人生より、私は自分の生きてきた人生のほうがよかったと思っています」

 女としての喜び、人として生きることの充実感。いろいろなリスクを背負いながらも、伸子さんが得て来たものは、限りなく大きいのではないだろうか。

 同じ「一生」なら、欲張って生きたい。いつまでも夢を失いたくない。伸子さんはきっと、いつも全力で生きてきたのだろう。夫にとっても、魅力的で素敵な妻だったはずだ。だからこそ、夫は最終的に疑いが完全に晴れなくても、白旗を揚げたのだ。

 夫の立場を考えれば、我儘な妻かもしれない。だか、それを認めさせてしまうだけの、それまでの伸子さんの生き方があったはずだ。生き生きとした伸子さんの表情を見ながら、「女はいつまでも女として、輝き続けるのも可能なんだ」という思いを強くした。

 五十代での恋愛は、今はそれほど珍しくない。六十代でも恋をしている女性も多い。いくつになっても、「女でいたい」という思いは、特にこれからの女性には薄れないのではないだろうか。

 恋人は夫の親友と、親友の夫

  東京から約四時間、ここに「夫以外にふたりの男性と付き合っており、ひとりは夫の親友、もうひとりは自分の親友の夫」という女性がいるという。その日に着ている洋服の雰囲気を伝えておきたいから、彼女が話を聞かせてくれる鈴木涼子さん(四十四歳)に違いない。

 中肉中背、童顔でどう見ても四十代には見えない。赤いセーターがよく似合う。
 涼子さんが結婚したのは二十歳のとき、幼馴染の夫も同い年で、三人いる子どもはすでに二十三歳、二十歳、十四歳になる。夫とは今も仲が良くて、一度もケンカをしたことがないという。

「うちは主人の両親とも同居しているんですけど、両親も本当にいい人。ご飯ひとつ炊けなかった私に、お姑さんは娘みたいに優しく教えてくれた。大家族だから、子どもたちものびのび育って。上の娘ふたりはすでに働いています。一番下が息子なんですが、これはサッカーに夢中。私、本当に家庭に恵まれて、なんの不満もありません・唯一、不満があるとしたら、主人に出張が多いことかなあ。でもそれも不満だと言ったら、罰が当たりますね」

 それほど幸せなのに、涼子さんは一年前から夫の親友とときどき関係をもっている。
「その人、今だに独身なんです。若い頃から私のことが好きだったのに、主人に私を取られたって…‥。なぜか急にそういうことを言いだしたんですよね。一年くらい前に、主人が出張のときに急にやってきて、ふたりで飲みに行ったんです。それまでにもそういうことはあった。でも、その日はなんだか強引にくどかれて、ホテルに行ってしまったんです。いけないと思ったけど、雰囲気に負けてしまって…‥。

それ以降、彼とは、そう頻?には会っていません。せいぜい二ヶ月に一回くらい。主人を含めてみんなで飲みに行くことはありますけど。本命の『彼』に悪いから、なるべく合わないようにしているんです」

 その「本命の彼」というのが、三年前から付き合っている、自分の親友の夫。夫は別格だが、その彼のことは「大好き」なのだという。その彼は六歳年上、一家で四年前に近所に越してきた。お互い息子がたまたま同い年で、同じ地元サッカーチームに入っていたため、親しくなった。

「あちらの奥さんともすぐに仲良くなりました。一緒に買い物に行ったり、お茶を飲んだり。おかずのお裾分けをしあったりもするくらい。気が合うんですよね。そうしているうちに、夫同士も親しくなって。それから家族ぐるみの付き合いが始まったんです。夫婦二組で年に二度くらいは泊まりがけの旅行もします。夫たちはお酒を飲まなくて、女ふたりはよく飲むの。そういうところも似ているせいか、本当に四人でよく遊んでいます」

 涼子さんは、彼のことは頼りがいのあるいい人だなあと思っていた。だが、近所ではいちばん仲のいい友だちの夫で、すでに自分の夫の友だちでもある。男女の関係になるとは、まさに思ってもいなかった。この時点では、話を聞きながら、私は「そういう人と関係を持ってしまうのは、短慮にすぎるのではないか」という印象を抱いていた。

「三年前の春、彼からお花見に行こうと誘われたんです。でもそれは、みんなで行くという意味だと思っていた。そのとき、たまたま主人が出張だったので、私はてっきり彼の奥さんや他の仲間も一緒だと思って、出かけて行ったのです。そうしたら彼だけ。

そのままお花見をして、彼の車でドライブして、その日はそのまま帰ったんです。でもその一週間後くらいにまた誘われて、夜景のきれいなところに連れて行ってもらって、最後にはホテルまで行ってしまいました。

彼のことは好きだから、とても幸せな気持ちだったけど、関係を持ったあとで、『なんだかとんでもないことをしてしまった』と思ったんです。さらにその数日後、主人も含めて四人で食事に行ったんですが、そのとき、彼はまったく知らん顔。あれは遊びだったのか、と悩みました」

 ところが彼は本気だった。ふたりは月に一、二回、逢瀬を重ねる関係となる。

 割り切ってつきあう決意

「彼にはずいぶん、お説教されました。『こういう関係は割り切らなければダメだ。四人いるときは、絶対に知られないように気をつけなさい。ちょっとしたしぐさや目の動きでばれる可能性もあるんだから』って。最初のうちは四人で会うのが辛くてたまらなかった。奥さんとふたりで買い物にいったりするのも苦痛だった。でも、急に態度を変えたら変だと彼が言うから、ふたりで会うときと、それ以外のときとでは、なるべく頭を切り替える訓練をしたんです」

「それでも辛いことはあります。あるとき、たまたま彼ら夫婦と私の三人で、彼の車で出かけたことがあるんです。車の中で、なぜか夫婦関係の話になって、彼女が、『うちなんかもう全然ないのよ。女でもいるのかしら』って明るく言うんですよね。私、どう言っていいか分からなくて‥‥。胃がきゅんと痛くなりました。彼は素知らぬ顔して、『もう年だからさ―、すっかりダメになっちゃったんだよね』なんて笑っている。

彼のことが好きだからこそ奥さんに、悪いと思うし、だけど友情関係も壊したくないし。『ふたりだけの関係をもちながら、奥さんに会ったり四人で会ったりするのは辛すぎる』と彼に言ったこともある。でも彼は、『大丈夫。続けていける』と。揺れながら、でも彼に励まされて、ここまでやって来たような気がします」

 親友の夫と関係をもつなんて、ドラマのような話だが、実際にはあることなのだ。だが、彼を好きになればなるほど、そういう状況はつらいだろう。彼女は、
「一生、付き合っていきたい。ふたりでいつもそう言っているんです。そのためには誰も傷つけてはならない。だから、絶対にばれないようにしよう、と。主人に知れたら、私はたぶん生きていけないか、少なくともここにはいられなくなる。それはわかっています。しかも、お互い家庭が上手くいっていないと会っても楽しくないから、それぞれ努力して、配偶者とも仲良くやっていこうと、彼と話しているんです」
と言い切る。

 夫に知れたら生きていけない。それもとりもなおさず、彼女が夫からの愛情をしっかり確信しているからだ。

 彼は夫より年上で頼れる面があるというが、基本的には心根の優しいところが夫に似ているらしい。それだけ愛されているのに、なぜ夫以外に、彼が必要なのか。そこがどうしてもわからない。

 そう言うと、彼女自身も首を傾けてしばらく考え込んでしまった。
「分からないんですよね‥‥。とにかく好きになってしまったから」
 絞り出すようなその言い方に、なぜか説得力があった。確かに恋愛はそういうものだろう。

「どこが好き?」と聞かれて、立て板に水のごとく彼のいいところを説明できるような恋愛は、?っぽい。人はふとしたときに恋に落ちるし、そのときの真意は、「なんだかわからないけど、好きなんだもん」というだけのことかもしれない。

 涼子さんの夫は、家事も手伝ってくれるし、子どもたちの学校の行事や地域の活動にも熱心に取り組んできた。子どもたちもお父さんが大好き。涼子さんが、夜、ちょっと首を回したりすると、すぐに肩を揉んでくれたりする。

「子どもたちの前でも平気で、『愛しているよ』というような人なんです。友だちと飲みにいく、といと、『誰と』とも聞かずに『楽しんでおいで』と送り出してくれる。そういう主人だからこそ、傷つけたくないんです。だったら、彼と付き合うのを止めればいいんだけど、彼のこと本当に好きで、いつも会いたいから別れられない」

 不倫の場合、幸せと苦悩は、まさに裏表なのかもしれない。恋が幸せであれはあるほど、自らを責める苦悩も深まる。それでも恋を断ち切れない。それが人間の、女の業というものなのだろうか。

 相手の妻も巻き込んで、泥沼の状態

「暇にしていると、どうしてもいろいろ考え込んでしまったり、泣いてしまったりするから、とにかく忙しくしてようと思って、今、仕事を三つ掛け持ちしているんです」

 関東に住む若林直子さん(四十三歳)は、喫茶店に落ち着くなり、そう言った。二十二歳で結婚した三歳年上の夫との間に、高校生と中学生の子どもいる。

 直子さんが恋に落ちたのは、二年前。もともと夫の間は、特にうまくいっているわけではなかった。夫は月々の生活費だけを直子さんに渡す。直子さんは、夫の給料やボーナスの額さえ知らない。

「知り合った頃、私はものすごく人見知りの引っ込み思案で、男の人とろくに口もきけないようなタイプだったんです。夫はお坊ちゃんタイプで、ファッションのセンスもよかったし、おしゃれな店も知っていた。当時からプレゼントなどをくれる人ではなかったけど、くりすますにはディナーショーなど連れていってくれました。

夫のそういうところに、子どもだった私は、ぼっとなっちゃったんです。でも結婚してもマイペース。ただ、私は他に男を知らなかったから、こういうものかなと思って、家事と育児に全力を注いできたんです」

 下の子が中学に入ったのを機会に、「せめて自分のお小遣いは自分で」と考え、働くようになった。ビルに入っている企業などの昼食用のお弁当を売りにいく仕事だ。これなら午後早めに帰ってこれるから、家事にも支障がない。

 そして顧客だったある会社で、八歳年上の彼に出会ってしまった。
「彼はよくお弁当を買ってくれたから顔見知りになっていて、ときどき世間話をしていたんです。クリスマスが近づいてきたころ、彼が、『若林さんは、ダンナさんからクリスマスプレゼント、もらえるの?』と声をかけて来たんです。夫には誕生日でさえプレゼントなんてもらったことがないから、『そんなのあるはずがありませんよ』と答えたんです。

そうしたら、彼『じゃあ、僕がプレゼントしてあげる』って。もちろん冗談だと思っていたんですが、彼、本当にバッグをくれた。びっくりしましたけど、男の人にプレゼントをもらうって、とても嬉しかった。それからすぐに食事に誘われて。一ヶ月後には関係ができてしまいました」

 彼はいつも連絡が取れるようにと、メール付きの携帯電話に変え、一日に何通もメールをくれた。

 ところが三ヶ月後、彼は携帯電話を置きっぱなしにしておいて妻にみられてしまった。六歳年上の妻に、「浮気したでしょ」と問い詰められて、なんと彼はあっけなく白状する。

「彼、言っていました。『あんたみたいなハゲデブチビが女に好かれるわけがないじゃない。遊ばれているのがわからないのって、妻に言われた』と。なんだか悲しくて涙が出ました。確かに彼は、外見はかっこいいわけじゃない。でも、とても心の優しい人なんです。そんな夫のよさもわからずに、そこまで面と向かって言うなんて‥‥。心の中で、彼の奥さんを憎みましたよ」

 それから会うのを避け、メールだけのやり取りになった。だが、直子さんは彼を忘れることはできない。彼は直子さんの不安を払拭するかのように、暇さえあればメールをくれた。

「でもある時、丸二日間、メールがなかったんです、私、ものすごく不安になって、居ても立ってもいられないような気分に襲われて…‥。『いけない』と思いつつも、二日目の夜、彼の自宅へ行って、ピンポーン!とチャイムを押してしまったんです。インターホーンから『どなた?』と奥さんの声が聞こえたとき、さすがに私、何やってるんだろう、と思ってそのまま逃げました」

 ところが、画像付きのインターフォンだったため、妻にしっかり顔を見られていたようだ。翌日、彼から電話がかかってきた。

「彼、具合が悪くて家で寝込んでいたらしいんです。私が行ったのを奥さんに聞いたんでしょうね、『きみをそこまで追い詰めてしまって申し訳ない』と謝られました。私も泣きながら謝るしかなかった」

 彼が結婚したのは三十六歳のとき。六歳年上の妻は、その時点で四十二歳。ふたりの間に結局、子どもはできなかった。妻は結婚前からずっと同じ職場で働いている。ここ五、六年、彼は妻との間に夫婦関係がないと話していたという。

「しかも彼の話によれば、家事はすべて彼がやっているという。奥さんは結婚したときから、ほとんど家事をしないんだそうです。彼はひとり暮らしが長かったから、料理も掃除も手早くできちゃうらしいんですよね。『たまには分担しよう』と言っても、奥さんは生返事するだけだって。

話を聞いていると、奥さんは彼のことをちっとも大事にしていないです。それでも、というか、だからこそ、というか、奥さんとしては、夫が浮気をすれば腹立たしいんでしょうね。年齢的な焦りもあったのかもしれない。その玄関チャイム事件のあと、彼の奥さん、軽い鬱病になってしまったそうなんです。

会社を休むほどでもないけれど、彼も医者に呼び出されて、『この病気を治すには、ご主人の協力が必要なんです』と言われたって。そう聞いたときは、『奥さんのそばにいられるのは、あなたしかいないんだから、一緒に居てあげて』というしかありませんでした。それでもメールのやり取りはだけは続いていたんです」

 何があっても離れられない

  妻の様子が落ち着いた隙を見計らって、またふたりは会うようになる。ところが、妻は興信所をつけていた。夏に彼と直子さんが海に行ったとき、砂浜でじゃれてついている様子を撮った写真、腕を組んで歩いている写真などが証拠となった。

 妻はそれを彼につきつけて、
「私と別れたいのなら、別れてもいいわよ」
 と言った。
「その代わり、一千万はもらいますからね」
 とも。直子さんからも慰謝料をとると、妻は息巻いた。

 それでも直子さんは、彼と別れられない。「いっそ駆け落ちしようか」という話までした。だが、直子さんには子どもがいる。子どもたちが世間から何を言われるか分からない。そう考えると踏ん切りはつかなかった。

 妻の様子をみるために別れたり、またくっついたりを繰り返しながら、それでもふたりは、電話とメールを中心に、連絡を絶やさなかった。

 ところが妻の方は、折々に興信所を使っているらしく、またもや会っているのが露見。
「相手の女を訴える」
 と妻が本気で言ったため、ふたりはとうとう別れることを決めた。それが昨年春のこと。

「それで私、仕事を増やしたんです。平日はお弁当屋さんとクリーニング店、土日は宅配便の会社で荷物の仕分けをしています。でも、宅配の荷物を仕分けしていたら、彼のお母さんから彼に宛てた荷物があったんです。思わず荷物に頬刷りして泣いてしまいました。『代わりに私が届けたい』と、どんなに思ったことか‥‥」

 夏、数ヶ月ぶりに彼から電話がかかってきた。直子さんは、彼の電話番号もメールアドレスもメモリから消していたのだが、着信の番号を見ただけで、彼からだと分かった。機械のメモリは消せても、心のメモリは消せないのだ。「そこからまた始まってしまったんです。でも同時に、また苦悩の日々が始まってしまったことも分かっていました。

その後、家族で沖縄に旅行したんですが、たまたま台風が近づいていたから、彼が心配して電話をくれたことがあるんです。そういう心遣いがうれしくて」

 いつまた奥さんが興信所を使うかわからない。ふたりは用心していたが、会えば喜びが先にたって、つい警戒が薄くなる。警戒していても、相手はプロ。尾行されていればまくことは難しい。

 案の定、また妻にばれたらしい。ある日、お弁当屋さんの本社に、電話がかかってきた。直子さんはが呼び出されて出ると、相手は彼の名字を名乗って、「妻です」と言った。

「きっと私の携帯電話の番号だって知っているはずなのに、わざわざ会社にかけてきて、電話に出た社員に、『○○の妻ですが、若林さん、いらっしゃいます?』と言ってるんです。これは嫌がらせ以外のなにものでもないですよね。奥さんは、『三人で話し合いをしましようよ』と言うんです。そうなったら、もう逃げも隠れもしませんから、『いいですよ』と答えました。

 その日はそれで電話を切ったんですが、それからしょっちゅう、会社にかかってくるようになったんです。出た人に、必ず。『○○の妻ですけど』って言って」

 直子さんが代わって出ると、妻は、「うちの人は、子どもいる女は嫌いだって言ってます」とか。「私は別れていいって言っているんですけど、彼は別れたくないって言い張ってるんですよね」とか、挑発的な口調で話し続けた。

「いろいろ言われましてね。『あんたたちが快楽を貪っている間に、私がどんな思いをしているか知っているの?』『あんた、家族に悪いと思わないの?』とか、『ご主人の会社知っているのよ。全部言ってあげましょうか』とか。そのお弁当屋さん、女性が多い職場なんですよ。だから、私に変な電話がかかってくるというのは、あっという間に噂になりました。

さすがに私、上司に呼び出されて、『結婚しているのに、男性とトラブルがあるのはまずいじゃない?』と諭されました。それから一週間ほど、彼からの連絡が途絶えたんです。やっと電話がかかってきたと思ったら、彼は狭心症で一週間、入院していたというんです。『常に誰かに見張られているような気がして、それがストレスになった』といっていました。

奥さんが自分と彼の両親にすべてを暴露してしまったらしくて、あれこれ揉めて大変だったそうです。奥さんの両親は、彼女が家事をしないことを知っているから、『あんなたが心を入れ替えて、もっと夫を大事にしなさい』と言われたそうです。奥さんは、そういうことを彼に言いながらも、ちっとも態度が変わらない。彼はカリカリするけれど、いうより自分がした方が早いから、家事万端、やってしまう。

そういうもろもろのストレスも、狭心症の原因だったのかもしれません。体に変調をきたすようになったら、元も子もない。またまた別れ話をしました。今回こそはもうダメだと、私も思ったんです」

「『やっぱりきみなしでは、生きていけない』と言われれば、私も同じ気持ちだから、また縒りが戻ってしまう。でもこの二ヶ月くらいは会っていないんです。どうやらまた興信所がついているようなので。それでも、この前、彼の誕生日があったので、どうしてもプレゼントを渡したかった。

それで、二人はまったく通らない道で、時間を決めて車ですれ違うことにしました。スピードを極力落として、すれ違いざまに彼の車の中にプレゼントを投げ入れるように渡しました。どうしても一目会いたい、というときも同じ方法を取っています。お互い車ですれ違う。一瞬ですが、顔さえ見られれば安心するということもあるから‥‥」

 そうまでしても会いたいふたり。ひどくせつない話しだ。直子さんも、そのときのせつなさを思い出したのか、目を潤ませている。第三者からすると、それほどまでに好き合っているなら、せめて事由に会わせてあげたいような気さえしてくる。だが、妻から見れば、「ひと目だけでも」と車でわざわざ時間を決めてすれ違うような会い方をしているふたりに対して、嫉妬と憎悪が募るばかりだろう。

 一方、直子さんの夫は、まったく気づいていないのだろうか。
「気づいていないと思います」
 と直子さんは言うが、夫との仲は悪化していると言う。というのも、彼と関係ができてから、直子さんは、夫に、「あなたとはもうしません」と、夫婦関係拒絶宣言をしてしまったからだ。突然、そんなことを宣言されたら、まず疑わしいと夫は感じるはずだ。

「夫は私に興味ないんです。沖縄旅行のとき、彼からの電話を私が受けていて、電話が終わっても、『誰から?』と聞いてこない。普通だったら聞くでしょう? 沖縄まで電話かけてくるのが、どういう関係の人なのかを知りたいはずよね。でも何も言わない。もともと、私や子どもには興味がないというかんじのひとなんですけど。

ただ、その分、口うるさくないから、今までは『夫婦なんて、こんなものじゃないの』と私も思っていたんですが。そういえば、彼と私が関係を持って数ヶ月した頃だったか。ある日曜日の夕方、私が夫に、『お風呂わいているから、御飯前に入っちゃって』といたんです。そうしたら、夫は無言のまま、いきなり私を蹴飛ばして、倒れたところをまた足蹴りしたんです。

さらに居間のテーブルをひっくり返して大暴れ。食事前で、料理もいくつかテーブルに載っていたから、後かたずけが大変でした。下の子なんか目を丸くして、凍り付いていましたね。不機嫌になることはあっても、そういう乱暴を働く人ではなかったから、私も驚きました。いまだに何が原因かわからないんです」

 夫は妻の恋愛に気づいているのではないだろうか。そう言ってみたが、直子さんは、「知っていれば、自分が知っていることをそれとなくアピールするタイプの人だと思う」と言って譲らない。

 夫のことは妻の方が分かっているのだろうが、第三者からみると、夫の言動は、妻の恋愛に気づいていながら言い出せないないからいらだちが原因にしか思えない。

 今も直子さんは、彼と電話で連絡を取り合っている。彼のことをなるべく考えないように仕事をしまくり、希望を失わず待つつもりだ。

「彼はゆくゆくは別れて私と一緒になりたいと言ってくれています。お互いに離婚して、子どもも一緒に住もう、と。私の方は、子どもさえ連れて出られれば、あとは何もいらないから、きっと夫は別れてくれると思うんです。彼の方は、いざ離婚という話を持ち出したら、奥さんが何をするか分からない状態。

マイホームを建てて年数が浅いし、慰謝料だって相当請求されるでしょう。事情を知っている友達は、『さっさと別れないのは、彼が優柔不断だからよ』と言うんです。彼の本心としては、『六歳上の奥さんを、そう酷くは捨てられない』ということだと思うんですよね」

 優しいから優柔不断になってしまう。それは直子さんもよくわかっているらしい。それでも、「いつかは」と思いながら、直子さんは三つの仕事を掛け持ちして、余計なことを考えないように日々を過ごしている。

 夫の心が自分にはない。子どももいなくて、特にしがらみもなく、自分で働いている。そうであっても、離婚だけはしたくないと思う妻も多いのだろう。

「私、彼と何度も別れていますから、よりが戻るたびに、『奥さん、変わった?』って聞くんです。奥さんが本当に心を入れ替えて、彼を大事にしているなら、私は身を引いたほうが彼のためにはいいのかもしれない、と思うことがあるから。でもその度に、彼は『変わらないよ』と吐き捨てるように言う。それを聞くと、私ならもっと彼を大事にできるのに、もっと幸せにしてあげたい、と思って涙が出るんです」

 彼は年上だが、夫と違って、何でも話せるという。彼と一緒にいると、自分が自分らしくのびのびとしていられる。それが、彼に惹かれたいちばんの理由。

「夫とは何年も前から、ろくに会話がありません。夫は子どもに対してもそうなんですよね。ずっ前、下の子がまだ小さい頃、『パパの会社はどこにあるの?』と言ったら、夫は『さあ』と答えたんです、子どもに対して、そういう言い方ってあります?そのとき、私は、こういう父親でもいいんだろうか、と思ったことがあるんです」

 女は、夫が多少、夫としてはだらしなくても、子どもにとっては「いいお父さん」であれば、すべて許してしまうところがある。だが、「冷たい父親」は、女性が最も嫌うところだ。そういうベースがあったからこそ、直子さんは心優しい彼に惹かれもした。

 彼が離婚できる日はくるのだろうか。

 自分が原因で、妻を鬱病に追いやってしまったことが、彼にとっては大きな心の傷となっているようだが、それを乗り越えられる日がくるかどうか。

 直子さんは、この二年で、一生分、泣いたような気がすると呟いた。さらに七キロも痩せてしまって、「顔までやつれました」と、彼女は力なく微笑んだ。

 直子さんと別れて家路をたどりながら、私の頭の中では、道路ですれ違う二台の車と、それぞれの運転席から相手の顔を必死に見つめる男女の姿が、映像として離れなかった。

 自分の行動を自分で決められるのが、大人のありようだと思うのだが、それすらかなわない恋人同士。そばて見つめ合うこともままならず。車ですれ違うしかないふたり。

それでも別れたくないから、ひたすら忍耐して、時が来るのを待ち続ける。そして、その忍耐が、彼らふたりの今の日常を支えているとも言えるのかもしれない。

つづく 第四章 妻の恋を知ったとき
 結婚前の恋に、妻が再度走って