吾輩は黒猫ジュリエット。全身艶のある黒毛で、びろうどの触感があるそうだ。眼は薄緑の所へ、名状すべからざる深さと濃度をもつ藍色(あいいろ)の瞳。特徴は頭が小さく、体が尾へ行くにしたがって太く(主人の魔利(マリア)のいうところによると蚤(ノミ)の形だそうだ)、足が並の猫族より長く、曲がり方がひどい。

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Ⅲ黒猫ジュリエットの話

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森茉莉森 茉莉(もり まり、1903年(明治36年)1月7日 - 1987年(昭和62年)6月6日)は、日本の小説家、エッセイスト。翻訳も行っている。

尾は曲った尖端(さき)は旋毛(つむじ)があるがごとくにひしゃげて、平らに拡がり、これは主人の形容では洗って干した牡丹刷毛だそうだ。自分には見えない咽喉(のど)の下に十五本、下腹に七本、首の後ろに細かいのが七本、白毛がある。

 主人は時々、我輩の寝そべっている傍に、我輩の二十倍はたしかにある図体で横たわり、――もっとも横たわる、なんというような優美なものじゃない。すごい大きさで、河岸に着いた鯨のようなものだ。しげしげと、我輩を眺め入っている。主人は我輩の美貌にいかれていて、《私はジュリエットに恋愛なんだ》と、親しい友だちに言っているが、何かの会の席上でも公言しているらしい。

夕方の薄明るい部屋の中で、我輩の背中に頬をくっつけ、さも楽しそうに長い間じっとしているかと思うと、前脚を手に取り、下から我輩の顔を見上げ、飽きる気色もなくそうやったままでいる。

「真黒なエキジスタンス(存在)。バルドオより魔物で、ドゥロンより冷たい眼である。どういう理由でエキジスタンスしてるんだ(文法が間違っている)? エキジステすべき理由も価値もないじゃないか。エキドスタンシァリスト!!」

「実在主義者(エキドスタンシァリスト)がどういうものだか知りもしない主人魔利は、さも愉快そうに我輩を小突くのである。恋愛だかなんだか知らないが、我々猫族にはこういう愛情表現はないので、こっちは嬉しくも痒(かゆ)くもない。迷惑なだけである。

 我々猫族には「愛する」ということはない。だが長年飼われてみると親近感は大分持つようになって来た。主人の魔利と我輩との間柄は、というと、主人は我輩を絶えずいじめつける、我輩の方は五月蠅(うるさ)がる。日に平均一度は喧嘩をする。(あまりひどい時には短期の家出をしてやることにしている。主人はこれを半家出と称して、心臓がどきどきするほど心配するから気味のいいことこの上なしである)と、いうような、まあ恋人のような間柄といっていい。

いじめるというのはどうやっていじめるかというと、たとえば頭を拳骨(げんこつ)の角で叩いたり、生け捕りの猪よろしく四つの脚を持って吊るしあげたり、空へ放り投げては、毬(まり)のように受け取る。又は前脚と後脚とを別々に握って、我輩の体を上下に最大限にひき伸ばす、等々、日により時によって千差万別のやり方でやられる。

最も苦痛なのは、坐っている我輩の顎をしゃくうように持って体ごと吊し上げる。我輩は前脚を縮めてぶら下げ、咽喉の奥をゴクリと鳴らして、眼を空に見開く。その時の我輩の眼の表情が、欧外が愕(おどろ)いた時に似ているそうだ。一代の文豪に似ているのは有難いが、日に一度はやられるこの宙吊りの刑には全く閉口だ。

 欧外というのは魔利の(体裁(ていさい)を考えて主人と書いてきたが、魔利と書くことにする。大体主人だなぞと思っていやしないのだ。主人だの飼主だのと言える人物ではない。詳しくは後にのべるが、ぐうたらべえで、ものぐさで、箸にも棒にも掛からぬ、という代物である)父親らしいが、魔利に言わせると、彼は一代の文豪ではなくて一代の名翻訳者であり、又一代の明るい頭脳の男であることに過ぎないそうだ。

頭のいい人間は日常、絶え間なく機嫌のいい顔をしているものらしいが、欧外がそうだったそうで、(註――細君の多計と喧嘩する時を除けては。であって、この註訳をうっかり忘れると欧外研究家に叱られるそうだ)そういえば魔利が時々朗読する欧外の小説の中に、欧外が彼自身を書いたらしい男が、機嫌のいい顔をしている所を書いてあったようだ。

その文章には少し自慢の感があって、実際にそういう人間であるために感じが乗り移って、ひどく感じが出ていると、魔利は言っている。魔利のように頭の悪い人間は反対に、日常いつも機嫌が悪い。

「女中が『お風呂が沸きました』と言うのを待って、廊下を歩いて湯殿へ行くのさえ面倒くさかったのに、あらゆる道具を特大の洗い桶に入れ、黄色い湯上りタオルを上からかけ、いがみ権太の首桶よろしく横かかえにして往来を歩き、橋を渡って”北沢湯”まで行くなんて、死んだほうがましだ」。と言っては怒り、新聞の集金人、米屋、税務署署員なんていうものは夏はトマトをジャアから出した時に来るし、冬は熱い肉汁(スープ)を注いだ時に来る。と言っては怒っている。

 魔利は或る日友達の野原野枝実を掴まえて言っていた。
「私が彼に影響されたのは翻訳小説よ。小説からは無意識に文体が似たらしいだけよ。大体飴家の爺さんが『青い分の茶もある』なんて言って、欧外みたいだったり、貴婦人が『何々でさあね』なんて言ったり。コロオが樹の葉も幹も、原っぱも褐色(ちゃいろ)にしちゃったのは、美の為に褐色に統一したので、それは画だからいいけど、小説では美で統一すればいいってものじゃないわ。

小説の中で理屈を言っているけれど、理屈を教わるために小説を読む人なんていないわ。彼が激賞した梅村つね子の、シングの『いたずら者(プレイボーイ)』なんかアイルランドの百姓のセリフが生き生きしてたけど、自分で読んでほめていて、自分のは変だって気が付かないのかしら。象牙で彫ったような、白くて香(におい)いのいい花のような文章は認めるし、乾いた文章でいて、叙情的に書く人のよりどうかすると感情があって、ロマンチックなのはいいし、ベッド場面が綺麗なのがわかるのもいいけどさ。大体ベッド場面は書かない人もあるけどさ。書いたっていいでしょう?

要するにその恋愛の窮極を綺麗だと思わせるか、描いちゃうかでしょう? 描かないのは古典で、描くのはこのごろの小説よ。伝統はいいけど伝統は新しいものを吸収して行くものなの。真実の伝統は新しいものを解かるし、容れる伝統なのよ。清水焼の六兵衛もラジオでそう言っていた。六兵衛茶碗知らないの?

野枝実はなんにも知らないんだから。矢沢聖二の、知らないの? そりゃあー野枝実の読む小説や詩の本の中に矢沢聖二が出てくることはあんまりないだろうけどさ。コンダクタアよ。矢沢聖二の締め出しなんか伝統を誇る人たちのすることじゃないわ。P交響楽団が締め出したのよ。じれったいなあ、全く…‥」

「だってさ、知らないからさ‥‥」
 野原野枝実は踊り出したのかと思ったほど盛んに手を振り、身動きしながら、慌てた様子を示しはしたが、内心では魔利の卓論をどうやら怪しいな、と思い、ちゃんとした評論を読んで真実のことを知ろうと、想ったに違いないのだ。魔利の議論は味方にとってはきいていてハラハラして来る議論である。

 魔利は尚もお調子に乗り、
「あなたもベッド場面をかくのよ。例の小説の時、絶対よ」
 大変な先輩もあったものだ。野原野枝実の真実(ほんと)のところ魔利の小説は尊敬しているが、魔利の議論を信用している訳ではないらしい。魔利の説を聴いている時の彼女の眼をみればそれは解かるが、躁狂(そうきょう)みたいになっている魔利は気づかない。何しろ欧外がびっくりした野原洋之助の娘だから盛んに踊り出すので、それと格闘するのが億劫だと言って、この頃では魔利はその話をしなくなった。

この様子ではいつどこにどんな恥を掻いているか分かったものではない。魔利の議論は、文科の女子大学生にでも簡単に言い負かされる程度の議論なのである。独り言でこういう迷論を自分で冷罵(れいば)していることもあるから、自分でも心得ているらしいが、時々どういう加減か自分が何でも解かるような気がして来るらしい。

言い出すと自分の話に酔っぱらっていろんな例を引っ張り出してくるが、六兵衛のやきもちを見たこともないし、矢沢聖二の指揮を見たこともない。(見たって解かりもしないが)偶然ラジオでエゴン・ペトリの弾いたリストの「メフィスト円舞曲」を聴いて感動し、私は音楽が解かるんだ、なぞと言っている。

頭のどこの加減か知らないが、時々何かにとり憑かれたようになって喋り出したら止まらないので自分でも困っているらしい。

欧外は軍医総監や博物館総長、図書頭(ズショノカミと読むのだそうだ。図はたしか図書館の図だと思うが、得意そうに人に喋っているところをみると、誰かに聞いたか、読んだかしたのだろう)、又は文学博士、なぞになった男だそうで、今新聞に広告が出ている偉人百人集に名がないのを魔利は不思議がったり、喜んだりしている。欧外は文学者(ことに小説の)の百人集に入れないから、偉人集に入れて貰わないとするとまるで滓(かす)だそうだ。

そうかといってエジソンやワシントンなどと混ると、感じとして一寸変な気がするんだそうだ。だがここに入らないとすると文学者として偉いことにされてたことになるから彼にとっては望外の尊敬を受けたことになるんだそうだ。

 魔利が変な人間だということは前に書いた他の二編(この方は魔利の作)の中に既に歴然としているが、我輩から見た。もう一皮剝いた真実の彼女を描いてお見せしようというのが、この文章の主眼である。

 この文章の中には、魔利の外出先の出来事も書くので、千里眼の猫かと怪しむ人もあるかもしれないが、魔利は、その日その日の出来事、又彼女の心の中にあることを殆ど全部独り言で喋りちらかす癖を持っている。それは大変なもので、彼女のお喋りを筆記しておけば、魔利が今までに書いた小説(?)なぞは何十冊でもたちどころに出来上るし、また彼女の日々の食べ物、朝、昼、夜の食事のおかずから、菓子、果物、物哀しい銀行預金の帳尻、白雲荘の住人の、子供も含めて全部の動静から、癖、笑うべき、又は憎むべき欠点、彼女の持っている貧寒な衣類の数、少ししかない衣類の状態(たとえばどのスカアトはボタンがとれているとか破けているとかの状態である)まで、すべて解かるのである。

右隣りのおでん屋の若夫婦と、左隣りの会社員と、恋人との二人組は、それらのすべてを知っている筈だ。こっちが眠りたいと思う時には五月蠅(うるさ)くてやり切れない位である。

 何でも彼女の言によると、女が男より長生きだという世界的統計を出したどこかの国の学者の言によると、女が長生きするのはお喋りだからだというのである。科学的、又は生理学的理由は魔利なぞのはかり知れるところではないが、外国の学者の言う事だからというので、魔利の奴はその記事を読んだ瞬間深く、信用した。

そこで自分には家族というものがないから、猫に喋り、又は絶え間なく独り言を言う事にしたのは、まだ我輩が彼女に拾われる以前からの、灰色の濃淡の鯖猫がいた頃からのことらしい。最初はそういう理由で、鼻歌を歌ったりし出したのだが、今ではもうそれが頑固な病気のようなものになっている。

大体において新聞雑誌、週刊誌の熱読者であって、そこに出ていることを信用する癖がある。どこか頭脳の一部に馬鹿なところがあるのは我輩の夙(つと)に信ずるところだが、その程度は相当ひどい。

 ある晩我輩が眼を醒ますと魔利は、虚空を睨むがごとく、天井に大きな眼を向け、仰向けに寝たまま、全く不動であるから愕いた。その内眠ったが、翌朝になって怒り、且(か)つ恨む彼女の言をきいて吾輩はつくづく感じ入った。彼女の馬鹿さ加減に、である。無論である。彼女を見て普通だと思う人間は、人前でさも利口そうに喋る魔利を信じて、真実の魔利を知らない輩(やから)である。魔利は、我輩は知らなかったが、その日クロロ、なんかという丸薬を買って来て、その一粒の四分の一を呑んで寝たのである。

 十二歳の時に千葉の別荘で、下女を伴につれて毎日別荘の下にあった夷隅(いすみ)川に入り、足を水の中に浸けっぱなしで、午前と午後各三四時間、シジミ取りに熱中した魔利は、一週間後に帰京した時には、もともと大きな顔の大きさが二倍になっていた。両国駅に出迎えた母親の多計が青くなった。「奥様、お嬢さまはお丈夫におなりになって、こんなにお太りになりました」

 と、鼻高々にいう下女の言葉に小耳もかさず、多計は魔利の手を引いて、人力車に乗せて連れて帰った。その時以来腎臓炎になって、それが長期の慢性になっている魔利は、夜中に必ず手洗いに立つ。その時は厳冬で、それが寒くてやり切れないのに閉口した魔利は、或る朝新聞の薬の広告に眼を奪われた。

そういえば約十五分はくりかえしくりかえしその、一頁全部を埋めた大々的広告に眼玉を凝らしていたようだった。そこに夜中に起きなくても済む名薬として、そのクロロ、なんとかという新薬が誇大に報告されていたのである。だが感心なことに(そのお陰で命が助かったのかも知れないのだが)新薬ですごく利くというので要心する気になったらしく、薬の壜に巻いてあった紙の説明を一心に読んで、十二歳以下は二分の一としてあったのを四分の一、嚥下(えんか)したのである。

 ところが夜中にふと眼が醒めると、魔利の心臓は今にも破裂しそうに脈打っていたのである。ズキンズキンと動悸が高く打って、仰向けに寝ている頸(くび)の後の付け根から頭の中までが一緒に、音がする程脈打っていた。魔利は烈しい恐怖に襲われたが、少しでも体を動かせば心臓が破れそうなので、ベッドを下りて門番の硝子戸を叩き、医者に電話をかけて貰うことなぞ思いもよらない。魔利は、このまま死ぬより致し方ないと、覚悟を決めざるを得なかった。それで大眼玉で天井を睨んで不動の姿勢をとっていたわけだ。

 もしこの薬を、私より以上に心臓の弱い、又私より年寄りの人が飲んだら一体どうなるのだ、と、自分以外にはありそうにない馬鹿者を想定して魔利は怒った。そうしてその丸薬を買った薬屋に抗議に行ったらしい。ところがその薬屋の、色の生白い、魔利のもっとも嫌いな質(たち)の美男の店員は、言った。

「あの薬は今データを集めているんですよ」
 冗談じゃないわ。それじゃあ私はモルモットじゃないの。絶対許しておけない。新聞に出して警鐘を鳴らそう。と例によって独り言で威張っていたが、その日の内に忘却してしまった。

 我輩としても、そう、うっかり死なれては、早速路頭に迷うわけだから、気を付けて貰いたいものだと思うが、そこが魔利の魔利たるところで、気を付けるという訳にいかないのだ。人生のすべてにおいて不注意な魔利の頭を改造する薬は、新薬にしろ旧薬にしろある筈がない。哀れなる魔利よ。我輩は嘆息した。

 四年前のことである。永井荷風が、黒っぽい上等の羅紗(らしゃ)地の(荷風はウゥルとはいわないのだそうだ)古いマフラアで顔を覆い、オーヴァコオトのまま、行路病者のような形体で、魔利が一度見たことのある煎餅蒲団の上で死んでいる写真を夕刊で発見した魔利は愕き、感動し、次に恐怖に襲われて、新聞を投げ捨てると外套を着て扉を明け、鍵をガチャガチャと言わせて締め、いずくともなく走り出て行ったが、その頃通っていた「ミネルヴァ」(喫茶店)に飛んで行ったのがあとで分かった。

 魔利は自由勝手な生活に徹底する為に、親類兄弟との交際を絶つほどの勇気はないから、人並みの交際をしているので、電話で医者をたのむことも、入院することも可能ではあるが、急死の場合はその手段は適応出来ないということに、こと新しくその晩思いを致したのである。

そうしてアパルトマンの一室の、夜の電灯の下に独りで坐っているのに耐えられなくなって、光を慕う虫のように、電灯の光と、人々と、珈琲の湯気のある、そうして、梟(ふくろう)時計の目玉が一秒ごとに右に左に動いている、その喫茶店へと、闇の中を走り出したのだ。

 次の月の雑誌に、荷風の死についての諸家の感想が並んだ。魔利は最大の興味でそれを読んだが、魔利が敬愛極まりない甍(いらか)平四郎の文章に、もっとも感心したのは言うまでもない。甍平四郎は、荷風の死を自分の身に引き比べて考え、自分は今、毎日の一日を、金ぴかの一日だと思っていると、書いていた。魔利は「金ぴかの一日」に感心した。水谷梅子という先輩が、或る日魔利に向かって甍平四郎には思想がないと、言ったらしい。彼女は魔利の父親の欧外を褒めて、対照的にうっかり平四郎を持ち出したのであるから怒るべき筋合いはないのだが、それにも拘わらず魔利は怒り出したらしい。全くバカげた話である。

 その夜魔利は例によって独り言で、くどくどと平四郎と思想について喋った。(甍平四郎には思想がないんだって? 私には解からないいろいろな、たとえばアランだとか、バスカルだとか、ニイチェだとかの難しいのではなくては、思想ではないのだろうか? もしそうなら、私には一言だって言えない。でも私は平四郎が女ひとりに憧れ、それを追求〈批評家がほめる時に遣う言葉である〉した、その「女ひとへの憧憬」は、どうすると彼が間違えられていたような「退廃(たいはい)ではなくて、清らかな、大きな、ものである。母体への憧憬に、それは素直に通じている。母体に自分が還元したというような強烈な心なんだ、それが一貫した平四郎の思想なのである)と。

何だか知らないが平四郎のことというと昂奮状態になるから、そういう時には傍へ近寄らない方が無事である。昂奮のあまり、首を吊るされっ放しにされてはことだと、我輩はこっそり部屋を出たが、こういう議論は、批評家の認めるところとはならないに違いないと、我輩はひそかに、笑った。

 甍平四郎の偉大さはもっと別の論じ方で、もっと立派に論ぜられなくてはならないのだということは魔利にもわかっているのだが、誰も魔利の言おうとするところを充分に、子気味よくは衝いてくれないので、一人で昂奮する結果になるのである。だが甍平四郎が偉いということには、我輩とて異論はない。

 いつだったか平四郎はこの部屋に入って来た。まず、我輩は彼の眼が、チラリと我輩の上に走ったのを感じたが、異様な眼だった。眼というよりは眼(がん)である。平四郎自身もその随筆の中に、チャリンコの眼だと、書いているそうだが、黄色い、というよりは薄茶を帯びた、虎なぞの眼のような色で、誰かの手で両方から引っ張られたように開いている。細いくせに大きな感じのする眼である。

瞳は濃い茶だが、全体に黄色い感じがある。魔利が、雑誌に出た彼の文章を読むのを聴くと、我輩の牙の長く突き出た形相が(現在では牙はぬけて、猫相がよくなり、再び美人に還ったが)鋭く捉えてあったのには愕いた。

 魔利は口癖の「ゴッホの向日葵(ひまわり)」をもち出して、平四郎の我輩の描写を、ほめた。平四郎によって、我輩というエキジスタンスはその精髄を吸い取られたので、以後の我輩は一つの透明なぬけがらである。そうだ。我輩は一つの透き通った形骸と化して、さ迷っているのだそうだ。飛んだことになったものだが、そういえば我輩もそんな気がしないでもない。

あの眼だ。あれは恐るべきものだった。我輩は魔利のその独り言を聴いた夜と、次の日一日、なんとなく自分の体が透明になった気がしたのである。〈鶴亀。鶴亀。我輩はまだ生きている。一つの立派な「存在(エキジスタンス)」なんだ〉我輩は魔利の傍に首をちぢめてうずくまった。その我輩の気配が魔利に通じたらしい。魔利は我輩を膝の上に乗せて、言った。

「ジュリエットは生きているよ。大丈夫。大丈夫。《触って御覧なさい。一つの現実です》」

 魔利はア・ファイコの「ブブス先生」の台詞を、得意そうに、暗誦した。思想性が欠如している魔利はこういう、一寸(ちょっと)哲学がかった言葉に弱く、そういう言葉の中の一つの偶然頭に残っていると、何かにつけてその言葉を適用して、悦に入るのである。

 そういう魔利はだから、或時一つの、一寸見では思想に見える「考え」を発見した時には天に昇ったように、喜んだ。実をいうと魔利はその「考え」は、魔利がその考えをもとにして「夢」という小説を拵(こしら)えはじめた時、小説を書いていく内にだんだん明瞭(はっきり)した形に固まって来たのである。

つまりフランスの格言(ことわざ)の《L”appe’tit vient en mangeant》《食えば食欲が出てくる》のようなものである。そうしてその小説が終わりに近づくころには、あたかも確乎(かつこ)とした思想のようなものなって来て、寂寥(せきりょう)の翼の音は魔利の部屋の空間で羽ばたき、それはついに魔利の周囲を埋め、魔利は文房具屋のベエトオヴェンのような深刻な顔になって書き、つづけたのである。

 ユリア(魔利のことである)は幼い時から、きのうあったことだったの、ゆうべみた「ゆめ」のことをうっとりと想い浮かべている内に、明日が遠足の日であったことも、持って行かなくてはならない手工(今の工作)の材料のことも忘れ去ってしまうから、「ゆめ」の中で生きているようなもので、ユリアの人生はつまり、一つの「ゆめ」の一種である。

 というのである。薄ぼんやりで、間抜けと、もの忘ればっかりしている、単に、バカげた人生を、ここまで意味ありげにすることが出来るものかと、我輩はことごとく感に堪えた。とにかく大変な思想(?) であるが、その魔利のご自慢の思想というのは一口に言うと、時刻(とき)というものが一秒の何分の一の速さで一瞬、一瞬に飛び去るから、「現在」という時刻は無いのだそうだ。

その飛び去った時刻はどこへいったのかと思うとどこかに見えている寂しい世界の上に、灰色に透って、積み重なっているので、過去というものにはそんなものだと思うらしいのか、手の平に残っている父親の手の平の感触も、上膊(じょうはく)に今も感じられる注射針の痛みも、今も眼に見える鮮明な色も、ほんとうにあったのかどうか、信じられない。未来はというと、一瞬、一瞬に飛び去る時刻の連続でしかない。

 昔、父親の眼に映ったことのある紅い建物が、現在自分の眼に映っているのを感ずると、その昔の瞬間と、現在の瞬間とがふと一つに合致していて、その間にあった、透った時刻の堆積(たいせき)は、消え去り、無いのと全く同じに思われる。だからすべてが空虚である。と、いうのである。

 小説の中のユリアはどうにかして、飛び去る時を、その中の一つでもいい、飛び去らんとする瞬間でもいいから掴まえたいと、熱望するのであるが、本ものの魔利が、どうやったら「今が現在だ」と思うことが出来るかと、思案した時、魔利は昔ウォツカを舌の上にのせた時の瞬間を想起した。魔利が舌にのせる否や、ウォツカは火になって魔利の舌を灼(や)き、咽喉を灼いて、鋭い無味の味と一緒に、あたかも魔利の怖れる時刻のように素早く通過した。火酒の鋭い痛みは、その後魔利が再び火酒をなめた時、全く同一の感覚で、魔利の舌の上に再燃したが、それは魔利の忘れる事の出来ないものになって、その触覚は魔利の心の奥底に残り、魔利はまだ知らない恋愛というものが、そういうものであると、信じた。

 火酒の触覚は魔利が悪魔を空想する時、悪魔を中に持つ男や女を考える時、魔利を誘惑するかのように、魔利の舌と咽喉との上に、再び燃え上った。

 つづいて魔利の頭に、幼時の一つの記憶が、浮かび上った。消毒薬とアルコールの匂いの漂う中で、医者は魔利の上膊(じょうはく)に刺した注射の針の記憶である。医者が上膊を擦るアルコールの匂いで幼い魔利の恐怖は頂点に達する。次の瞬間、出来るだけ首を捻(ねじ)ってそ向けた魔利の上膊に、鋭い痛みが燃えた。

医者の指で揉(も)まれ、母の手で、包帯の上から抑えられた上膊が蒲団の下に優しく入れられる。医者が去り、夕闇の中で眠りに入ろうとする時、微かに残る疼痛(いたみ)が、不思議な陶酔の中へ魔利を誘(いざな)った。

 その時魔利は、飛び去る時刻の一つを捉えるのには、それらの鋭い、火の瞬間よりない、という考えに到達した。痛みと陶酔の火だけが、飛び去る時刻の一つを掴まえる。それだけが、飛び去る時刻の翼の、陰々たる音を掻き消し、矢のように飛び去る無数の時刻の一つを掴まえるんだ。と、魔利は想うのである。

 魔利はその「考え」の中に全霊を、浸し、気取った文章で、縷々(るる)として、書いた。書いている内に、時刻の飛び去る翼の音におびえて来て、いよいよ哲学者気取りになった魔利は、
(親しい人が部屋に入って来て、外套を脱ぐ時の、布と布との擦れ合う音の中に、ユリアは時刻を飛び去る翼の音を、聴いた)
 なぞと、書いて、いい気分になったのである。全く愕いたものである。魔利が百枚以上も書いた、さも意味のありそうな、文章の「素(もと)」はといえば或日魔利がふっと、時間が時計の針の音よりも速く飛び去って、現在がないことに気づいたことである。

自分が匙(さじ)をテーブルの上においた時刻も、その手を匙から離した時刻も、忽(たちま)ち飛び去って、還って来ない。魔利は私(あたし)の一生は殆ど一分間で終わってしまうんだと思い、早く死ななくてはならぬことを、恐怖した。魔利の思想のようなものはというのはただそれだけの、早く死ぬのがこわい魔利の、頭にとりついた幻想である。

我輩は魔利が友だちに読んで聞かせた、陰々滅々として翼の音の羽撃く文章を聴いて、つくづく感嘆した。我輩はそれ以来、本ものの哲学者にさえ疑惑を抱くようになった。西欧の偉大な思想家の思想も、もしかしたら便所の中で思いついたのをこね上げたのではないだろうか。魔利のようなバカげた人生から、ともかくあれだけ深刻らしい言葉が出てくるのだ。天ぷらそばの海老か、メッキの指環のようなものだ。

 それから何年か経った時、魔利は或日「夢」を見た。魔利がどろどろになってその中に溶けてしまったのだから、恐しい夢である。魔利はその夢の中で、或、奇妙な、というよりいいようのない陶酔に衝き動かされて、一つの恋の物語を書き、その感動がその一つの物語だけではおさまり切れないので、又二つ、三つと同じような恋の物語を書いて、その恋をとうとう、恐しく哀れな、窮極にまで追い詰めたが、それが全く無意味の状態でなされたことがあって、魔利にはどうしても、その物語を自分が書いたのだと、自覚することが出来ない。(そうかといって他の人が書いたとでも言うの?)。

そう魔利は自問するのだが、自分の手で書いたことは書いたのだが、やっぱり、自分で書こうとして書いたのではないのである。魔利が写真を見て恍惚(うつとり)となった二人の映画役者が、自分勝手に笑ったり、椅子から起き上ったりしたので、小説は今も実在している。城のような家の奥の、森の中には、今も少年が埋っていて、家は荒れて、窓がギイギイと風に鳴っているのである。

 二人の男が幸福に生きている筈の本郷の家は、もとのままで、白い、透った精のような娘が、”失恋の悲哀”で死んだ、その死骸の上に築かれた幸福を享受している二人の男の、異常な、だが清らかな恋愛が、今もつづけられていて、次に起る、恐しい出来事を、魔利に空想させ、そこに出てくる筈の青年の父母である老学者夫妻、田園の邸。老いた御者、とその息子、台所女中と、労医、偽りの婚礼。五回目の生贄(いけにえ)になる美しい娘、娘の死後の二人の抱擁。警官。刑事部長。

刑事部長を扉口に寄りかかって視る少年の眼。なぞが抑えても、湧き出て来て、それらは既に存在をしているし、最初の物語の少年は黒い男の寵童(ちょうどう)となって悪魔の幸福の限りを尽くしている。北沢の奥の家の前庭の馬肥やしとしゃくなげは今も、青々と朝の霧を浮べ、少年の発案で今では黒い男が偽名で買い取り、二人の別邸になっている。

 すべての家は今もまだあって、魔利はそこへ入って行きたい想いが抑えられない。四回目の生贄のほふられた六本木の家は、会社員の古手が後払いで買い取ってアパルトマンをはじめたが、不振で逃げ出し、今は空家になっていて、クロオドとユリスとの天国と地獄との綯(な)い混った幸福、天使と悪魔の合体物であったユリスと、神とレヴィアタン(聖書の中怪獣)との混合物のようだったクロオドとの、恐しい恋の幻影が浴槽の縁にも、窓掛の襞(ひだ)の中にも隠れていて、夜昼低い、かすかな声と呻き声とが、壁の中で鳴っているのだ。我輩は知らないが魔利がそう言うのである。

 それらの物語の群は、青年が美しい少年を愛する、それも二人とも裸になってベッドの中で、何度となく恋愛場面を繰り返す、というようなもので、「ソドミアン物語」という、魔利が思ってもみなかった名称で、批評家から呼ばれた。

 批評家がそういう言葉を使ったことは(それが当然のことで、男同士の恋愛は、そういう名称のものだから、怒るべき筋合いではないのは、我輩にはわかっているが)魔利を怒らせ、魔利の機嫌はひどくわるくなり、そのために我輩は何日も迷惑をした。魔利は、ソドミアンという英語を、日本語で書くことさえ、神経が堪えられないと言って、怒った。

魔利は二人の男のベッド場面を書く時、そんな名称で呼ばれるような、実体は、眼に見えなかったそうだ。灼くような、綺麗な恋愛は、悪魔のわらいと血の匂いを纏(まと)いつかせているが、その二人の青年は、魔利が平常父親の白い塑(そ)像をそこに夢見る、鈍く薄い色をした河の辺りの、月桂樹の生い茂った、透明な灰色の世界と、同じ場所のように似た世界で、神話の中の男神と、ナルシスとのように、(そんなことを言う魔利は神話を読んだことがないのだから、恐れ入るが)絡み合ったのだ、そうだ。

 我輩ばかりでなく、魔利の先輩の女流文学者も、いろいろな編集者も、友だちも、くりかえしくりかえしその憤懣(ふんまん)を拝聴させられた。被害は傍にいる我輩において最も甚大である。《死せる令明、生ける仲達を走らす》。吉良野敬、山上月太郎等々の批評家たちは、悠々と自宅にねそべっていて、我輩に危害を加えたのである。

それらの士は、黒猫ジュリエットの薄青い、夜の空より濃い茜色の瞳をもつ二つの眼がどこかの隅から彼等を窺(うかが)い、冷たく光っているのを、ご存知ですか? 

 ところが困ったのは、その二人の青年が魔利の根底に、深く沈み込んできたことである。二人の美しい男は魔利の心臓の壁に、一晩おいた紅茶茶碗の滓(かす)のようなものを染み付かせるに至り、魔利が雑誌を開き、或感じを魔利に起きさせるような家の写真や、景色を眼に入れる度に、その二人はその家に住みたがり、その風景の中で見ずに放した魚のように動き始める。そうして陰惨な林と砂利の道の上では、再び血の匂いを帯びた恋の殺人が行われようと、する。魔利はその誘惑を逃れようとして必死にならなくてはならない現在の境遇に、無限の悼みを抱いている。

「小説家というものは同じ小説を書いてはならない」
 という、鉄則が、文章の世界にあることが、魔利の必死の逃亡の原因である。やがて魔利は再び下手くそな小説を書きはじめるだろう。次に書く「異常な恋愛」は、魔利の過去の中に、影のように、ではあったが、実在していたものであるために、「夢」になり難(にく)いらしい。

 魔利は小説を書いて、黒潮か、鹿園に出して貰って、(このごろは黒潮だけになってしまった模様だが)それを本にして貰い、それが少なくとも今まで位は売れなくては、生きていることが出来ない。空気を吸い、米かパンを食して、生命を保持することが出来ないのである。実はこれがもう一つ奥にある、真実(ほんとう)の、切実な原因である。

魔利は同じ人物の出てくる小説を、頭の中の空想の翅(はね)が折れて、用をなさなくなるまで、書きつづけても、別に悪いことではないと、思っている。世上矢洲志(せがみやすし)というヴェテランの文学者が、同じ人物を使った小説を、いくつも書いていると、どこかの雑誌が書いてあったが。

世上矢洲志はなんでも書ける、いくらでも書ける、玄人(くろうと)の小説家である。魔利如きが這い登ろうとしたって登れないところに立っているのだ。「夢」に書かせて貰っているのじゃないのだ。魔利の「夢」がどれほど綺麗だろうと、「蟷螂(とうろう)の斧(おの)」である。考えてみれば、魔利に登れないところに立っているのは世上矢洲志だけではない。女流を含めて、すべての小説家がそうである。

(絶望なるかな!!)
 魔利はそこに思い至ると、へこたれるが、米やパンを買う金がなくては、何が何でも困るのである。(又もう一つの『夢』が見えるかも知れない‥‥)魔利は黄昏(たそがれ)の窓の明かりに向って、何か眼に見えないものを見ようとするように、その大きな眼を見開いた。

 この奇妙な「考え」にとり憑かれてからというもの、魔利には世の中のいろいろなものがいよいよ空漠として来た。といっても、そんな考えを思い浮べる前から、何かを明瞭(はっきり)と意識しない頭で、人との間の気持でも、どことなくぬけていたから、魔利を心の頼りにしようなぞと思う人は吹き抜けの部屋に入ったようなものだった。

そこへ妙な恐怖がとり憑いただけなら、魔利の頭の中のことだから、又いつとはなしに消えて無くなっていたかもしれないのだが、小説を書きながらこねくり廻したので考えを相当深部へ入った。戦争中だったから、それも手伝って魔利の頭の中は一層空々漠々としてしまった。毎日のように空襲があって、人間が、きのうまで明確に存在していた人もふと消え去って、消え去ったあとに透った空気の層を残すようになったし、街の建物は、どんなに大きく、明瞭に空間を占有して、存在していても、魔利の眼には今にも消えて無くなりそうな白い、透ったものに見えた。

「実在」というものが、前からあまり感ぜられなかったのが、ますます頼りなくなって、色即是空になってしまった。
 実は魔利が空漠なので、周囲のものや人間は、歴(れっき)とした実在である。今日か明日かに、土台から吹っ飛ばされて「無」となる運命の建物だろうと、今日の夕方には地上から消え去って、友だちや家族の眼に、空漠とした空間を残す運命にある人間だろうと、疑うべからざる、魔利にとっては愕くべきエキジスタンスなのだが、魔利はただただあたりのものや人間に希薄感を抱いた。

魔利自身が希薄なのである。妙な恐怖にとり憑いてから、それが魔利の頭の中ではっきりして来ただけであって、魔利は前から、空漠として周囲をみていたのである。世の中には、魔利にとっては愕くべく、又恐るべき実在があり、誠実があり、それを信じる人々が、あった。

 魔利はどういうわけかものに本気になれないので、他人の眼からは非人情の限りのように見えて、ご本人はアッケカランとして透き通っているのである。魔利は我輩に対しては、今までこんなことはなかったそうだが、実に誠意をもって、愛してくれているが、なんといっていいか分からないが、どこかが抜けている。

魔利の息子も、魔利と同じの希薄人間だが、頭が相当いいらしく大学を出て、教師をしているから、ふつうの実在人間に化けるのも容易であるから、なんとなく人々を化かしているが、この部屋に足を入れたのが運のつきである。我輩の薄青い、ドウロンよりも冷たいという、(むろん非情な我輩がそう見えるのが当然なのであるが)眼は、彼が魔利と同一種類の人間であることを見抜いた。魔利の方もこの頃は文筆で半分職業人となったので時々は化けるようになって来た。

 魔利の奴は、相手によって自分が透き通っている、へんな人間だということを、見破られたくないと思うらしい。相手が普通の女で、一寸した身の上相談的な話になって来ると、いやに人情的で、しかも偉そうな、人生の達人みたいなことを言い始める。相手も一寸信頼して、透き通った肘掛椅子だとも知らずに寄りかかるらしい。

魔利はヒヤヒヤしてそれを眺めている、という珍風景である。全くの無教養な人種は別として、魔利をバカだと信じる人はこの「空漠」を、「バカ」と受け取るのである。実際妙な事柄であって、実在の方では空漠をバカだと思い、空漠の方では実在を怖がっているのである。魔利が鳥尾花雄や、焼野雉三(しょうのきじぞう)、羽崎七雄、それから一群の小説家の頭を怖れることは大変なものである。

 そんなわけだから、魔利には何も信ずるものがない。だから小説のテマエも、
 ――フランス語を一寸かじっている他は不完全な日本語しか知らない魔利も、テエマ位の英語は知っているらしい。魔利が英語で困っているのは、批評家たちが使う英語が、どれ一つ解からないことである。と魔利は言っているが、全くもの哀しい話である。もっとも魔利は言う。批評家諸兄の使用する英語は相談したわけでもないのだろうが、数も種類も決まっていて、全部で十五とはないのだから、或る日一念発起して英和辞典を引くか、誰かに訊くかすればなんということもなく解決する問題であるのだが、ものぐさ太郎の魔利にはそれがいつも考えるばかりで実行に移すに至らないのである。

悪口の時はともかく、誉められた場合に解からないのは不都合なガラスを間々に挟んで褒められているようなものがなんとも悲観だそうだ。もっとも英語ばかり分っても、西欧の知らない作者の名や、難しい熟語や、言い廻しもあるから、誉められた喜びを完全に満喫することは到底魔利如きには不可能なことである。魔利の好きな感動的な文章ではなかったが、どうやらすごく褒められたらしい高村松夫の批評も未だに解からないらしい――

 現実性のあるものはすべて駄目である。市井の人間の真実や裏切り、悲哀、喜び。深い、実在性現実性のある愛情や憎悪、も駄目。政治に関係した事柄、化学、科学、物理、哲学、偉大な思想。要するに人間社会にはっきりと存在しているものはテエマに出来ないのである。アクチュアリティも駄目である。

――アクチュアリティは、英語もフランス語も共通らしいが、明瞭とは意味が解からないらしい。魔利は解からない外国語もなんとなく解るんだそうで、便利な頭もあったものだ。人の小説も二三頁を斜め読みをして、もうその人の文学は解ったと、言っている。マリアは行きつけの喫茶店なぞで編集者や、先輩の女流文学者と向かい合って、そういう希薄な根拠をもとにして文学論をぶっている。

相手が若い女の子の場合はますますいい気になる、話下手で、社交的な会話は駄目だが、自分の好きな話になると表現が面白いので、若い女の子なぞには煙に巻かれて感心し、眼をキラキラさせてくれる。(アクチュアリティのあるのが書ければ、吉良野敬には褒められるのだ)と、魔利は言っている。どうも批評家に褒められる小説と、褒められない小説というものは解らなくて、それについて考えると頭が変になるそうだ。

魔利が書いた「貧乏物語」というのなぞは、面白く出来たと思ったが、新聞批評の見出ししに名が出るほど褒められるとは夢にも思わなかったのである。(その後は人からいろいろ言われて、ある点では魔利のフィクションの小説よりもいいということが解かって来て、このごろではいくらか自慢にしているようだ)魔利が失敗したと思って、今でも悲観している小説は、甘い点を貰ったが、これから先もこれ以上は、自分には書けないと思うのが出来て、胸をどきどきさせて新聞を明けてみると大したこともない。魔利は言う。

 (勿論私は批評家のどの人にも尊敬を払ってはいる。いずれも、私が恐れながら漂っていて、いつ追い出されるかも知れない、恐怖に充ちた文壇という世界で、各々腰に金色のペンの刀を引っ提げ、一騎当千といった様子で存在している面々だからだ。魔利には一冊も読みとおすことの出来ない小説の本を七万巻も読破し、文学について、文学者について、少なくともすごい知識を持っているらしいからだ。

それに彼らは割に少ない原稿料を貰い、七万巻を読んで七万巻を読まなかったために、外国文学を利用した小説を見破れなかったということにおいて、人々から切りつけられる運命に逢着(ほうちゃく)することもあるし、油断なく八方ににらみを利かせていた積もりでも、金波銀波という恐しいコラムの中でやっつけられたり、揶揄(からかわ)われたりしなくてはならない。金波銀波は闇討ちだからチャンバラの主役役者のように、後ろに油断が出来ない。

「晦日に月の出る文壇も、闇があるから用心しろ」。周囲の同輩、先輩、作家、フランス文学者、たちは気味のよくない笑いを口辺に浮かべて口々に叫んでいるのである。たとえ褒められても悪口を言われても、一言も言わずに葬られても、私は批評家に怒ることはしないのである)と。

 魔利に怒られて愕く批評家なんて居るわけがないが、我輩は魔利の思い遣りと善意に感心したが、批評家なんていうものは魔利なぞに哀れまれなくてはならないような人たちではない。魔利の言う通り、鑢(やすり)と鑢と擦り合うような、厳しい文壇という世界の中で、ひるみもせずに存在を主張している強者たちだからだ。見て見給え。彼らはいつも笑っている。

 我輩の主人の魔利のように、人間の胸の中に住み込んだ一匹の小鬼に小突かれて、気息奄々(えんえん)となり、我輩の方も見ないでベッドに倒れ込み、枕につかまって、眼を空に据えていたかと思うと、いつの間にか眠ってしまった、というような、気の毒にも又他愛のない人間ではない。――

 アクチュアリティから又横道に外れてしまったが、もとへ戻る。魔利には実在性のあるものはそういうわけで駄目だから、いきおい、時刻(とき)の飛び去る恐怖を消してくれるような、何か鋭いいと思いまた痛みのようなものを、書くんという事になる。陶酔と、疼痛のあるもの、つまり凄い恋愛、悪魔的な恋愛だそうだ。

魔利は飛び去る時刻の音を聴きたくない、とか、その時刻を掴まえたいとかいうより、何ものをも、確りとは把握出来ない、自分の精神の希薄性を、何か烈しい音のようなもので掻き消したいと、思っているようにも、見える。

 ともかく精神が希薄で、どこかうっとりしているから、料理店なぞで、例によって女の子を煙に巻きながら、安い料理を奢っている最中に入口の扉が開いて、もう一人の知人が入って来るのを見ると、死んだ人間が入って来たようにびっくりして、大きな眼を向けるので向うもビックリする。魔利は「あ」と小さくと叫んで後に、ようようふつうになり「ご一緒に如何」と、言うのである。

 そんな魔利がこの秋の十月、
 ――魔利は九月だと思っているが、十月である。――
不思議な目に遭った。或る日電話がかかって来て、生まれて初めての「飛行機の旅」と「アメリカの人気俳優と写真を撮ること」。この二つの大事件が突如として、魔利を襲ったのである。全く軽い、さりげない会話によって、それはアッという間に、決定した。当然のことである。向うでは日に何件となく扱う、軽い用件である。

魔利は写真と旅行とが、命を獲られる次に嫌いである。そこへもってきて、飛行機である。魔利は飛行機の墜落を心から怖れた。友だちに言うとどの友達も、笑った。だがそうかといって「絶対に落ちませんよ」とは、だれにも断言出来ないのである。

 何人かの友だちがまず、魔利が飛行機で飛び上り、チャキリスに会うということで笑い、ついで魔利を慰め、完全でない、心細い保証を、魔利に与えた。魔利は帰ってきて不平そうに呟いた。(解からないな、人のことだから笑っているのかと思うと自分も平気で乗るらしい。どうもそこの間にギャップがある。

私なら真剣に慰めるな) 野原野枝実は電話を切り際に、「じゃあなるだけ落ちないでね」と言ったので、魔利も驚いた。私が運転するんじゃあるまいし。野原野枝実は魔利の方が自分よりたよりなく、自分よりも変人だと信じて安心しているらしいが、ご本人も相当なものである。

 発つ日の前日又電話がかかったが、なんとなく不安な魔利は「どなたかご一緒ですか」と確かめた。すると向この返事がない。魔利の声は、水の底から聴こえてくるような、聴き取りにくい声である。魔利はプルウストの声と同じだといって、自慢にしているが、誰にもよく聴こえないのでは自慢のできる声とは言えないだろう。

返事がないので魔利はうろたえた。東京の飛行場へついたら、どっちへ向かって歩き出したらいいのだろう。東京の、自分の家の近所も解からないのである。しばらくして「飛行場には社のものが行っています」という声がした。「どうして分かるんですか」「社の車ですから分かります」と、先方は答えた。当日になると幸い、柳田健という人が車と一緒に来てくれた。

 さて、魔利が羽田の広い待合室の外廊を、くたびれる程廻って、見渡すばかり広々とした飛行場に出ると、飛行機は銀色に光り、緑色の丸い窓の列を横腹につけていて、あまりに小さく、子供っぽく、たやすく落ちたり、壊れたりしそうである。銀の色も銀粉をぬった村芝居の刀身のように艶がない。魔利は甍(いらか)平四郎に貰った、上等の皮の袋の中に、下着と、ホテル用のブラウスに、スカウト、スウェータア、部屋用の新しいソックス、洗面道具、万年筆に鉛筆、原稿用紙なぞを詰めこんで一杯に膨らんだのを手に握りしめて、その中に乗り込んだ。何故乗り込んだかというと、乗り込まないわけにはいかなかったからである。魔利は死にたくなかったが、そこまで追いつめられては仕方がない。一寸した「研辰の討たれ」である。

飛行機に乗ると今度はチャキリスのことが気になった。写真で見るとチャキリスは凄い美貌で、いかにも気位が高そうだし、「ウェストサイド」の踊も直線的だが、街を歩いている写真なぞ、体が曲がらない人のように見えるのだ。ところが会って見ると、柔軟で、素直なおとなしい青年である。

『ウェストサイド物語のチャキリス』という、魔利が怖れた人物ではなかった。衣装の、パイロットの作業服は青黒くて、けば立ったようにしおたれ、ドオランでココア色の顔の中の暗い水色の大きな眼。強硬撮影で疲れたらしい、萎えたような肩と膝の辺り。魔利はトタンに安心して喋り出したらしい。「どんな本が好きですか」、と魔利はきいた。魔利は階下の宣伝部で、チャキリスは暇さえあれば本を読んでいるから、何を読んでいるから訊いてみたらどうかと、言われていたのである。チャキリスが、「キャッチャー・イン・ライ」だと答え、そうしてライ麦の説明をし出すと、魔利は慌ててそれを遮り、「私はアガサ・クリスティーの『ポケットにライ麦を』というのを読んだから、どんなものか知っている」と得意になって言った。

 魔利は自分の好きな本を言おうと考え、「ヘンリイ・ジェエムス(英国作家?)の小説を映画化した『回転』というのを見たが、ヘンリイ・ジェエムスは家やお城に性格を与えて書くという事を聞いたが、大きな家の中に悪魔がいて、面白かった」と言った。自分の小説の批評の中にヘンリイ・ジェエムスの名がひいてあったので生まれて初めて、この世にヘンリイ・ジェムスという男がいたことや、今言ったジェエムスの特徴も知ったのだが、よく知りもしないことを素にして会話をこね出すのは魔利の得意とするところである。魔利は文章がもっともらしいので、こういうからくりが人には解からないのだ。

――「わたしは鉛筆を持つと、なんだか怒ったようなものが玉のように登って来て、ひとりで威張った文章になってしまうのでございます」と、或る日魔利は甍平四郎に手紙を告げたことがある。甍平四郎は魔利の手紙から眼を離すと、ゴッホの「アルルの女」のような顔の顎を突き出し、小机に肱を突いて伏目をし、「なるほどな」という顔をしたが、忽(たちま)ち彼は自分の幻想の中に、沈み込んだ。もうそこには平四郎はいなくて、一匹の魚が眼を玉を青ませ、ぬめりのある艶を出した背ビレを小さい扇のように開いて、尾へ行って俄かに細まる精悍(せいかん)な胴体を一つ捻ると、紅い影のような金魚とからみあい、尖った尾を水面に残して、潜りこんだ。満々とした水に跳(おど)る、かながしらに似た魚である。――

 チャキリスはじめてそこにアメリカの爺さん連を笑わせながら、魔利はともかくめでたく会見を終えて東京帰ったが、例の実感がない人間のせいもあるが、あまりにも有り得ない事件だったので魔利は、ぼんやりしている所を帯を掴んで大空に摘まみ上げられ、チャキリス会見を終わるや再び宙吊りになって、もとの白雲荘の前に落とされたような気が、未だにしているのである。魔利は江戸時代の、子供が神隠しにあう話や、半七捕物帳にあった、鷲に咥えられてどこかの山の上に落とされた子供の話を、自分のチャキリス事件に引き比べて、独り笑ったのである。

 京都で見たアラン・ドゥロンの映画も、飛行場は厭だが、かねてそれだけは憧れていた機上の食事が、昼までに着陸したために出なかったのを、内心失望したところ、大阪に着くと、虎の門病院や甍(いらか)家の告別式なぞの時に見た人がいて、超特大のビフテキをご馳走になったことも、国際京都ホテルの食事も、初めはこわごわ、二度目からはバチャバチャ浴びたホテルの入浴も、すべて、不確かな、信じられぬ夢となったのである。

 その魔利の気分は、彼女が帰って来てベッドに腰を掛け、狐が落ちた人のような顔つきをした時、吾輩にはよく解かったのだ。魔利は他人の家に泊まったり、旅行をすると、そこの鏡に映る顔は自分の顔ではないから厭だと言っていて、帰った日の翌日は縁のない果物屋の鏡にうつる顔を映し、自分の顔になっていそいそと外出した。嬉しいらしくて、右頬の小さなぶつぶつが紅くなり、頬紅を刷いたようになっている。

窮屈な着物や帯をとって、自ら「洗たく婆さん」と称する気楽なスウェータアとブラウスになって、嬉々として出ていった。「洗たく婆さん」なぞと言ってはいるが、それは反語で、どうしてなかなか自惚れているのである。どこを押したら、あんな自惚れが出るのか、恐るべき自信である。隠したって鏡を見れば、吾輩の眼には一目瞭然である。

少なくとも魔利の十倍は綺麗な女の顔を、魔利は彼女の鏡の中に見出しているらしい。魔利に限らず、女の鏡の中の顔に対する自己評価というものは殆ど瘋癲(ふうてん)に近いようである。全身黒く、ドゥロンより冷たい青い眼が輝き、どの角度から見ても、撮影しても美麗な、我輩からみれば、哀れむにも価しない彼女の姿である。

自分では雅やかな女ひとのつもりだが、なるほど魔利がよく人に見せる十二、三歳から十七、八歳までの写真を見るとお姫様然としているが、この頃では乱暴女学生で、現代女大学生のような野原野枝実と好一対である。

 野原野枝実が白川学院に講演に行くというので魔利が応援について行くと、五十代と三十代の二人の女学生が、どこか穴があったら隠れたいという風情で、大きな体を身の置き所もなく、くねらせているので、女子学生は興味津々で眺め入り、野原野枝実に向って鋭い質問を発した。

魔利の欧外に於けるのと同じで、野原野枝実は野原洋之助のサンボリスムもなにも知らないので、女子学生の攻撃によろよろしている。男子でも女子でも文科の学生という人種は、人の父親の文学を人よりはるかに知悉(ちしつ)していて、折りさえあればよび出して質問の矢を発しようと虎視眈々(こしたんたん)としている団体である。

男子の方はいかれたのの数も女子より多いらしい、文豪とか絶世の詩人とかいう人間の娘は大抵婆さんだからか、あまり口をかけてこない。女子、男子、教師も混ざりで呼ぶことはあるが、男子学生からはお座敷がかかることはまず、ない。

 こんなことは言うが魔利としては女子学生の日に日に増えることを、切実に願っている。白川学院を例によっても、彼女らは魔利たちを興味津々で眺めはしたが、文学を学ぶだけであって、理解を持った好意の笑いであって、ひょっとしたらバカじゃあるまいか、と思って見るわけではないのである。近所の奥さんやアパルトマンの人々とは違うのである。もしかしたらパカじゃあるまいかという顔で見られる気持ちというものは、読者諸氏は幸福にしてご存じないが、実際のところ大変なものである。

魔利がいつもぶつぶついうのをきくと、パリでは魔利は変人ではなかったそうだ。白痴の疑いをもって見られたことはないそうだ。パリの下町の下宿の主人夫婦や、その養女、下女、下宿人の男女はいわゆる一般の、俗な人間たちである。それなのに魔利は、パリでは変人ではなかったのである。

 大体牟礼魔利(むれマリア)や野原野枝実は馬鹿かも知れないが愉快な人間なのである。日本では愉快な人間というものを解さない。人間は制服を着たように同じではなくてはいけなくて、又実に皆よく似ている。アパルトマンの主婦たちを見ると、頭の中も髪の縮れかたも、スカウトも、同じで、「お暑くなりました」「よく降ります」「寒くなると心細いわねえ」「お菜(な)が高いわねえ」「お宅じゃお餅黴(か)びない?」「もうお花咲くわねえ」これが毎年毎年、一語一句も違わない。

子供を見れば「可愛いわねえ」と言い、言われた方は「きかないんですよ」と、答える。それ以外の会話は染めものの話とスウェータアの編み直しの話で、お菜(かず)については秘密主義である。声は背中が痒(かゆ)くなるような猫なで声である。子供たちは、学校から持って帰った話はおふくろとは無縁だから裏の空地で友だちと喋る。子供の会話には文学も科学もあるが、おふくろの会話の中は何もない上に一世紀ずれている。

 たった一人、魔利が「児童心理学」とあだ名をつけている、PTAがいて、集中豪雨が降ると出て来て、「これが科学の力で散って、方々に少しずつ降るっていうようなわけにはいきませんかしらねえ」というので旭日新聞をみると、季節風のところにその通り書いてある。「子供ってものは穴を見るところの穴にこれが入るかしらって考えるものですのよ」といって、手洗いへ一升瓶やこうもり傘を投げ込んだ凸坊はお陰で無罪になるのである。

これが又口八丁手八丁で、練炭の起こし方から婦人雑誌式の料理の講義までロハで演説すると、おふくろ連は三々五々その部屋の前に突っ立って、口を明けて傾聴するので、道が通れなくなるのである。誰一人として魔利の話なぞに耳を傾けるものはない。魔利が苦心惨憺(さんたん)で彼らの会話に調子を合わせても、どこか違っているし、魔利自身の話をすれば、子供の会話と、見られ、魔利が子供の時から見慣れ、怖れた冷笑が、彼らの顔にひろがる。

 魔利は「あれは別の星の人間だ」と独り情けなそうに呟き、友だち会った時、その話をくり返し語ってはうっぷんを晴らすことにしている。白雲荘の中だけに於いては、魔利は先人の哀しみを味わっているわけだ。或る日、魔利の部屋に甍平四郎が現れたことは前にも言ったが、その日魔利はミチ子という当時十三歳の親友に手伝ってもらって大掃除をやり、腰が抜けるほど柱から出窓まで拭いた上に、平四郎がそこを歩くというので、泥でジャリジャリの土間まで雑巾で拭いたが、ベッドカヴァーが一日走り廻ってもないので、毛布の新品を買って来て掛けた。

春の夕闇の中で見る夢幻の野原のような色で、緋毛氈(ひもうせん)に対して緑毛氈とでも言いたい、綺麗なものである。魔利はうっかり一人の主婦を呼び止め、「きれいでしょう?」と自慢をしたが、その主婦の曰(いわ)く「その人泊まるの?」。空いた口が塞がらないというのはこのことである。「あの人どこか頭が足りないんじゃないかしら。

お掃除は忘れるしさ。お家賃は忘れるし。あれでお金の勘定出来るのかしら。あのネコ、いやねえ、真黒で。子供が怖がって困るわ」。これが魔利の居ない時の彼女らの会話である。我輩が腹を立てたのは最後の一句である。我輩の美が感じられないほど、彼等の頭には得体の知れないもやが詰まっているらしい。我輩は屋根の上からかれらを睨みつけ、魔利の囁きを、想い浮かべた。

 「トレジョリー、モン・ビジュウ、ユヌ・ベル・ジヤァブル・ノワァル、スウプル、フイーヌ・・‥」(きれい、わたしの宝石、きれいな。真黒な悪魔、くねくねしてて、とても上等‥‥)
 アパルトマンの主婦達の批評ほどではないが、稀に、熱に浮かされたような恋愛小説を書き、あとは寝言をならべた小説や、随筆を書き、

――魔利は自分の書く寝言小説をbell; letter(ベル レツトウル)だと言って、威張ったことがある。「薔薇色の朝」というのを書いた時だ。そういう魔利は本場のフランスのbell; letterというものはみたことがない。bell; letterという語感だけで、自分の小説をそれに当てはめて、自惚れているのである。だが魔利は、自分の書く随筆がどんなに洒落た感じに出来上がっても、かりにもエッセイとは言わない。

昔、バルザックの、何だか分からない厚い本を買って来て、真中あたりを明けて読むと、「sucre」(砂糖)、「Tabac」(煙草)、「Caffe’」(珈琲)、「L’eau de vie」(火酒)、「Alcool」(酒精)、の五項目に分けた、それぞれ短い文章があって、魔利はその時深く感にたえ、「これがエッセイというものだろう」と信じこんだのである。だから自分にはエッセイなんていう偉いものは到底書けないと、思っている。

もっとも魔利の書く随筆は、「随筆」という名称には価しないのだそうだ。「随筆」というのは、一流の芸術家や学者、又は実業家なぞが、その深奥な考えや、知識の一端を、溢(こぼ)すようにして書くる書くものだ、と言っている。小説だけは、素人だし、夢を書かせてもらうのだけれども、小説とは辛うじて言えるのだそうだ。

自分の場合は憑きものがしなくては書けないから、優しいどころではないが、小説は一番やさしいのだと、言っている。これは昔誰かに聞いて知っているのだが、詩というのは芸術の分類の中で小説より上なので、従って甍平四郎や野原洋之助は欧外より上なのだと、言っているが、これはめったに野原野枝実には言えない。又踊り出すからである。――

 又は、チョコレートの無茶喰いをしながら四十年前のパリの知識やマルセル・プルウスト、ミケランジェロ・アントニオオニにも比すべき空漠の大思想をひけらかした短文を書き、その合い間にはサイコロキャラメルをたちまち百円分なめたり、アルモンド・チョコレートの百二十円の箱の中身が小さいのを嘆いたり、のらりくらりと暮らしている、抜け作の魔利である。或る日、焦茶地へ木の葉模様の米琉(よねりゅう)に、サアモン・ピンクと水灰色の横縞縮緬(ちりめん)の帯を締め、見違えたようになって草履の音も淑(しと)やかに出ていった。

 どこへ行ったのかと思うと「女流文学賞授賞式」に行ったのである。会場に着くと、傍へ行って話の出来る人が一人も居ないことに改めて、気づいた。朝から上り気味なので水谷梅子の存在を忘れている。受付に甍杏子との会合で顔を知っている春信美枝子がいたので地獄で仏の想いで傍へ行ったが、彼女とは受付で別れなくてはならない。

ともかく署名をし、杏子(あんず)の花の徽章(きしょう)と記念品を貰って奥に進むと、狭い廊下を隔てて両側に入口があり、右側の入口には「控室」と書いてある。(ここだろう)と、魔利は入って行った。どうも親類の結婚式の記憶が絡みついたらしい。立派な会場といえば結婚式以外に来たことが無いのが、混乱の原因である。

 細長い部屋には向い合せに椅子が並んでいて、ぼつぼつ人間が掛けているが、まずこっちへ振り向いた神野杏子の顔が眼に入った。神野杏子は「杏子の花」で受賞した、その日の一番のお客だし、はるかな先輩で、面識もあるとは言えないのだが、原田伊太郎の「灰色の頃」の出版記念会で偶然長椅子で隣に座り、親しく話してもらったことがあるので近寄っていって、祝詞をのべると、神野杏子の隣にいた久賀直太朗夫人が、こっち隣りの令嬢をどかせて、魔利を椅子に招じた。

「こちらへどうぞ」。久賀夫人としては「ここは違います」というわけにもいかないのである。魔利は自分が間違った場所に来ていることを知らないので、淑(しと)やかに椅子に掛け、辺りを見ると直前に円谷澄子、むこう側の奥の方には、宗方黒鳥、こっち側の奥には吉良野敬が、静粛に控えている。やがて円谷澄子の横へ西林せい子、菅種子なぞが来て居ていたが男流作家、女流作家、批評家、の面々は勿論顔の上に笑い皺(じわ)一つ見せず、控えているので、魔利は定刻が来て会場―導かれるまで主賓の隣りに坐って、円谷澄子、西林せい子などと会話を交え、とくに神野杏子とは、大いに話し込んだのである。

 水谷梅子は魔利が神野杏子たちと一緒に会場に流れ込んで来たのを見たが、まさか魔利が受賞者と選者の入る待合室に入っているとは思わなかった。魔利は会場に来て、受賞者以外の人がそこに集まっているのを見てもまだ気がつかないので、水谷梅子は遅れて来たのだろうと思い、春信美枝子はどこへ行ったのだろう、手洗いにしては長すぎる、と思った。

魔利が水谷梅子と翌日珈琲店の「光月」で会って、神野杏子と話をしたと、得々として喋るまで、魔利の失敗は、エチケットを心得た女流作家や批評家たちによって、秘密に保たれていたのであるが、全く呆れるというより他ない話である。

ほんとうのとこは一度訪問したことのある久賀夫人や円谷澄子、神野杏子位の他は魔利を知らないので、誰も魔利に注意を払ってはいなかったし、円谷澄子なぞは水谷梅子を通じて魔利の変人は知っていたから何という事もない。エチケットも親切もないのだが、なにはともあれ金を払って入場する場所ではないで無事にすんだのは魔利にとって倖なことであった。

 魔利自身首を捻っている、魔利の頭脳組織というものを考えてみるのに、バカでも
気違いでもないようだが、頭のどこかがぼんやりしていて、そのぼんやりした部分の組織が、多少鋭敏なとろもある魔利の他の部分の組織を支配していて、魔利というもの全体を春の霞(かすみ)のようにかすませているようである。甍平四郎はじめ、魔利と親しくしている人間の意見は老いたる「少女」又は「子供」というのに一致している。

 ところが去年の八月の或る日、魔利の幼児性というものが、学問的に、或一人の心理学者、
 ――或は精神医学者だったかも知れないのである。社会心理学かな? 精神病理学かな? 他の文学者、詩人をも検査したところをみると児童心理学ではたしかあるまい。魔利は、貧弱きわまるその方面の知識を総動員して考えたが、不明であった。帰りの車の中で一つはそれを確かめようとして魔利は魔利の尊敬する、過去の夫の友人、杉村達吉についてきいてみたが、その素晴らしい心理学者の話に相手が乗って来たのに、自分も夢中になり、本末転倒してしまって、ついにその片貝史文の身分は不明に終わった。後になって、新聞に出たその学者の名の下のカッコの中を、一寸読んだのだが、忘却してしまった。――

によって証明されるという事件が、起きた。
 はじめ「国語研究」という雑誌の人が来て、ロールシャハという学者の考えた方法を使って、魔利の作家論を書くのだと言い、調べられる仲間として円谷澄子他二三人の一流中の一流の文学者の名をあげたので、魔利は異様におもったが、円谷澄子が「牟礼さんなんかやると面白いわよ」と言ったというのをきいて見当がついた。冗談からこまが出て、魔利が仲間に入ったのである。

 当日指定の東京ホテルに行ったが、例によって、先方を侮辱したのではないのに一時間の遅刻をした。魔利の気分は最初から恐怖に満ちていた。何故なら東日ホテルの、魔利が導かれた部屋というのが、全く無音の世界である。物が落ちても音がなく、魔利の声も片貝史文の声も、アッというまにどこへ吸い込まれるように、消えてなくなる。大分時間が経ってから、壁の中に防音装置がしてあるらしいことに魔利は気づいたが、すべての音が忽(たちま)ちの内に吸い込まれるという状態は、魔利を脅迫した。

まるで片貝史文の発する声も、魔利自身の声も音を喰う魚がいて、空気の中に出るや否や音もなく呑み込むかの如くである。頁を操る音や鉛筆の落ちる音なぞは、初めから無いようなものである。音を喰う、眼の無い、口の大きな魚は、あらゆる所に出没して、音という音を飲み込んだ。魔利の声は、普通の所で喋っても、自分の耳にさえよくは入らないという声である。

魔利は昔一度訪問した兼吉宗佐(かねよしむねさ)という音の研究(?)をする音楽の学者が言っていた、壁の中に仕掛ける防音装置のことを思い出した。なんでも兼吉宇佐の発明したその装置は、壁の中に特殊の海藻(かいそう)を詰め込むそうだったが、東日ホテルの壁はその海藻装置の発達したもので完全な防音がされているのだろう。

魔利は最近国際京都ホテルの部屋に入って見て、このごろの立派なホテルは皆兼吉宗佐のひそみにならっていることを知り、これでは外国人たちは、街の騒音と、ホテル内の無音との間の音感の差に戸惑って神経の変調をきたすのではあるまいかと、心配した。

 魔利は最近のヨオロッパを歩いて来た人を一人知っているが、魔利の歩いた時と同じに、道路を掘り返している所なぞないらしいし、街も静からしい。アラン・ドゥロンとロミイ・シュナイダアが泊まっているイタリアのホテルをグラヴィアで見ても、こんな異様な無音の中で、彼等が恋愛場面を展開しているとは、どう考えても、空想出来ないのである。国際京都ホテルで魔利は独りその部屋に閉じこめられたが、部屋に入った瞬間、音無しの部屋だということに気づき、同行の柳田健を振り返ったが、案内のボオイも、柳田健も、魔利の心境に気づく筈もなく、何でずんずん入って行かないのかと、妙な顔で立っていたのである。

 隣の音がしなくて静かなのも程度問題だが、その方はまあまあとしても、自分自身の立てる音が、忽ちあたりの壁だか絨毯だかに吸い込まれてしまう感覚というものは異様に儚(はかな)く、たださえはかない魔利の人生がいよいよたよりなくなり、うっかりして物を落とす音の他はあまり大きな音を立てないたちの魔利は、自分が幽霊になったような気がしたのである。

 又横道に来てしまったが、東日ホテルのロールシャハ実験である。魔利は化け物屋敷のような音のない部屋に坐って片貝史文の手許に見入った。

 片貝史文が鞄の中から手品の如くに取り出し、次々に操って見せるのは、魔利が前に東洋グラフで見たことのある、クルミを割って中身を溶かし去ったあとのような、異様な形をしたインクの染みである。魔利はたどたどしい言葉で、感想をのべたが、三枚目辺りからもじもじしはじめた。

 魔利にはどれもどれも、恐ろしい悪魔か魔女に見えるのである。たとえば二人の魔女が謀略が上手くいって、向き合って歓喜の踊を踊っている、二人の周辺では地獄の火が燃えている、といったような感想である。とうとう最後の一枚まで悪魔の感想はつづいた。片貝史文も、三枚目辺りからいささか愕いたらしい。

魔利は心の中で、生まれ出てから妙な巡り合わせで、一寸どこにもないような不運に襲われ続けていた自分の半生を考え、普段は頭の加減でのんびりしているが、その遠い昔からの恐怖が、この音のない部屋に閉じ込められて、実験者と向かい合った途端に、一時に流れ出したのに違いないと、信じた。

魔利は尚次々と悪魔の恐怖を述べつづけて、恐るべき無音の部屋から解放されたが、その実験の結果がさっき言った、魔利の幼児性の証明だったのである。内向性だとか、常識があるからとか(これは意外だったらしいが、魔利は、自分でははじめからあるつもりだったと、得意になってみなに喋っている。常識のある人間が授賞式のお客になって行っていて、控室になんて入って行くものか)分析してあって、最後の「まとめ」が《幼児》なのである。

片貝史文が、魔利の年齢で幼児なのは不思議であるとして、多少意識しているのではないかと付記しているのが魔利は気に入らなかったらしい。魔利は誰より子供と話が合うし、子供という人間を最も愛しているそうで、子供が残っているのは自慢なのだと、言っている。

自慢するのは勝手だが、我輩にいわせると、魔利の抜け作のところは、我輩に被害を及ぼさない限り、
 ――変な薬を飲んで急死されるのは困る――
面白いと思うが、自慢の(子供)が小説の中に顔を出しているのは困る。小説の中の子供らしさというのは魔利のフランス趣味である。フランス趣味というと魔利は怒るが、なるほどマリアの(フランス)はマリアの生来のものといってもいいので、マリアを好きになるより先に、マリアの中にフランスがあったのだと、言って言えないこともないのだが、

――吝(けち)で、人から何か貰うのはどんな詰まらないものでも喜び、反対に人にやることは嫌いで、下らないものでも惜しがる。育った環境は悪くなかったから一通り、ものごとにはきれいで、いやらしいことはしないが、根本には潔癖さはない。生まれてから日本しか知らなかった魔利は、パリについて間もなく、周囲のフランス人の中に、同国人を見出した。

日本特有の、小さな悪意を砂糖にくるんで、糖衣錠にしてぶつけ合っているような社交場裡(り)では社交性はないが、相手が外国人だったり、このごろになって、マリアの周囲に現れて来た、個性を持った人間だと、マリアの様子は社交的だといってもいいほど、馬鹿馬鹿しくて愉快である。感情が表面ばかり波立っていて軽薄で、悪気はないが腹の底はドライである。

自分では夢のような恋をしているが、恋はしていない女、という感じである。お洒落で食いしん坊で、花とチョコレートが好きで、身持ちのよくない、マリアの階級からみれば唾棄(だき)すべき女たちの気持の中に入って行ってつき合うことが出来る。支那(中国)の裏町にも住める。マリアは日本人でもイギリス人でも、又ドイツ人でもないので、つまりはフランス人か、支那人に最も近い、一種の精神的混血児なのである。パリの中にマリアを置く時、違和感は全くない。パリの中にマリアを置いて見た、魔利の夫だった男はつくづくとマリアを眺めて言った。マリアはフランス人だ、と。

それはともかくとして、魔利が二人のフランス人の映像(イメージ)にとり憑かれて書いた小説は、それまでマリアが無意識の内に書きたがっていた「陶酔と痛み」というものがテエマの、マリアのいうところの「凄い恋愛小説」を、稚(おさな)いながらに開花させたと同時に、マリアの根にある、意外に根深い(フランス)を、堰(せき)を切った水のように溢れさせてしまったのである。

マリアはフランスの世界から脱け出したくなった。マリアを根本からゆすぶり、誘惑する、フランスの香いが、悪い女のように、マリアにつき纏ってくるのだと、マリアは言っている。

 だが、フランスもいいが、魔利のフランスは、困ったフランスである。本人がそう言っているのである。魔利の父親の欧外は、ヨオロッパというものをかなり知っていて、翻訳の文章や、ロダンと花子の小説なぞの場合ではヨオロッパの美に、和漢の美を混ぜこみ、本物のヨオロッパ以上に素晴しいヨオロッパを拵(こしら)えているのだからいい。

欧外のヨオロッパには根拠があるが魔利のフランスには根拠がない。パリに半年住み、一年間南ヨオロッパを駆け歩いただけで、ただフランス、フランスと言っているので、フランスの感じが解るのだと、自ら信じているだけだから、自信と内容との間に雲霧万里の空間がある。フランス文学者をつれてくるまでもない、仏文科の女子学生に突っ込まれればマリアのフランスは直ぐに、ぐらつく。ピラニアに襲われた牛よりも弱体なのである。

(私はフランスについてなにも知らない。フランス文学も、知らない。私のフランスは一つの「幻の楼閣」である。
だからといってそれでは、私の持っているもので幻でないものはなんだろう? 私のみているもので幻でないものは、‥‥私は現実にはない、綺麗なものしか、ほんとうにあるものだ、とは思いたくないのだもの。‥‥)
魔利はやけになって、言った。

魔利の馬鹿さ加減について書いていれば永遠に文章に終わりがない。本人も困っていることだし、今朝起こった滑稽な事件を一つ書いて、この文章を終わらせよう。

 魔利はこのごろ舳徹治(みよしてつや)という詩人の催す勉強会に、野原野枝実と出席している。マリアには詩というものが小説よりも尚一層解らないが、敬愛していて、心の中の喜びや、胸の中の悲哀を解かった気がし、死んだあとには、いよいよはっきりとそれらが自分の胸の中に落ちて来たのを感じている甍平四郎の面影が、まだ眼の中にあって、それは永遠にあるものと、思われるマリアの眼に、舳徹治は独特の風格のある人間を映し出したし、集まる人々のよむ俳句や文章についてのべる言葉がどれもよくて、魔利は眼を大きくして聴き入るのである。

平四郎のように小柄で、いつも着物で、平四郎のどこか似た羽織を着ている。見当のよくわからない三角眼を天井の辺りにつけ、「はい、」「はい、」と答えながら、ぽつりぽつりとものを言う。舳徹治(みよしてつや)はケンカ別れになっている平四郎に会いたいと言い、酔ってくると着物が開いて、着物と帯とでHの形になり、寿美蔵の縮家新助の幕切れのようになる帯を片手で引き上げ引き上げ、
「平四郎にものを視る眼を教えられた。‥‥だが僕は今でも自分が間違っているとは、思っていない‥‥」
なぞと紅い顔になって、言うのである。
 その舳徹治が芸術院賞を貰って、テレヴィに出るというので魔利はそれを見たく思ったが、テレヴィがないから野原野枝実の家に行くことになり、今朝は早く起きて出かけたが、慌てているので、行く先も確かめずに来たバスに乗った。

 ふと気がつくと、いつもはその手前で終点の筈の陸橋の上をバスが渡っている。さらによく見ると橋を渡ったにしてはその先の景色が違っている。思う間に見知らぬ踏切を渡った、車掌に聞くと月林はもう通ったというので降りて、もと来た方に歩き出したが(魔利は時間で出かける度に、自分が轢(ひ)かれて、夕刊に出る事故死の記事を想像しながら、首ばかり前へ出し、サンダルで石ころにつまずきつまずき、走るのである)行けども行けども橋がない。

月林交番前、というバスの標識を発見した魔利は、月林の停留所というものを知らない。五十五分は見て来たのだが、乗り越して引き返せば一停留所歩いたってもう遅刻である。月林交番前の標識のところで立っている女学生に、
「月林の大きな橋はどこでしょう?」
 と聞くと、女学生の青白い小さな顔には冷笑が薄(うっす)らと浮かんだ切りである。(自分は腹の底がドライだが、それはどうすることも出来ない現象なのだ。わざわざ冷たい笑いを浮かべるという人間の心理は私には解からない)魔利は心の底から怒った。もう一人立っている男が(陸橋ならここを真っ直ぐですがまだ大分ありますよ)と、言ったので気を取り直し、マリアは再びサンダルで小石を蹴飛ばしはじめた。

足が胴についているところの蝶番(ちょうつがい)のようなところが出来が悪いらしく、マリアは三歳くらいのよちよち歩き以来、長年を通して歩行が下手である。だから二十の時から転びそうに歩いているのに、歳とったからよろよろするのだと誰もが信じていて、「危い、危い」というのがマリアの痛憤に耐えぬところである。野原野枝実が危ない、という度に怒っている。

 ようよう陸橋が出て来たが陸橋が縦でなく横についている。つまりバスは魔利の知らぬ道を通って、橋のかかった土手に沿って、マリアを見知らぬ道へ運んでいたのである。やっと見当をつけて、歩き出したが、間に合う事はもう断念していた。ところが不思議なことに野枝実の家に辿り着くと野枝実はまだ寝ていた。魔利の部屋の時計がきっかり一時間、進んでいたのである。

 その日魔利は野原野枝実から、かねて約束の紺のオーヴァアを貰ったが、女学生の時のだというのでデパアトのぶら下がりだと思っていたのに、注文品で、紺も魔利の好きな濃紺に近く、大きさもたっぷりしている。フランス人のマリアは狂喜して、早速それを着て帰ったが、帰る道々マリアの顔は、喜びにあふれていた。

(情けは人の為ならず)
 と、見当違いの諺(ことわざ)を心の中で言い、魔利は夢ケ岡の駅に向かって元気に、歩いた。よく見れば若くないのが解かるが、一眼位見たのでは、若いのを通り越して小学生の顔の、頬のぶつぶつを紅くし、紺のオーヴァアの裾をひらひらさせて、けつまずきそうにしてせっかちに歩くマリアの様子は、まるで明日がクリスマスで、おじいさんとおばあさんから玩具とボンボンと、人形とを貰うことになっている七歳の女の児のような、締まりのない、バカげた格好である。どこから見ても「凄い恋愛小説」をお書きになり、二人の女の愛読者から作家扱いされ、凄がられている、牟礼魔利(むれマリア)さんには見えない。

 行き交う人々が、明らさまな軽蔑の眼向けて行くのを、今朝は怒る様子もなく、マリアは走るようにして、歩いた。

 つづく マリアはマリア