本来は言語能力は性的魅力に通じるもののはずです。たとえばフランスには、言葉で愛を交わし、男の言葉を使う巧みさ、キレのよさに惹かれて、それゆえ性的魅力を覚えるという伝統がありますが、日本にはまだその土壌は育っていないように思われます。日本の女性の言語に対する性的感覚はまだ充分に研ぎ澄まされていないんですね

本表紙倉田真由美・齋藤 孝

第三章 会話力が恋愛を成長させる

話していて楽しい人、イコール恋の相手にはならない? ―――齋藤 孝
 ミュージシャンの男性というのは、なぜか女性にもてます。音楽は感性に訴えかけるものですから、まだ言葉を話せないゼロ歳児を踊らせることもできるし、たった一人で一度に何万人もの心を揺り動かすこともできる。影響がダイレクトで、しかも非常に大きいですね。それに比べて、言葉を使って表現するというのは意思を疎通させるのに手間がかかります。理解するのに努力を要しますし、1対1で対峙しないと真価を発揮しにくいという特徴があります。だから、いくら言語能力に長けていても、ミュージシャンほどにはモテないわけです。

 本来は言語能力は性的魅力に通じるもののはずです。たとえばフランスには、言葉で愛を交わし、男の言葉を使う巧みさ、キレのよさに惹かれて、それゆえ性的魅力を覚えるという伝統がありますが、日本にはまだその土壌は育っていないように思われます。日本の女性の言語に対する性的感覚はまだ充分に研ぎ澄まされていないんですね。男はどうかといえば男の方も、話していて楽しいと思える女性に対して性的魅力を感じるかというと、必ずしもそうではないという段階に居ます。

 女性が「この男の人と話していると楽しい」と感じる気持ちは比較的恋に移行しやすいのですが、男の場合は、話していて楽しい女を恋する相手とは見にくい。話が通じるとか、うまくからむからと言って、なかなかその女性を異性としては好きにはならないのです。

かなり話が弾む間柄でも、「彼女は気が合う友達」ぐらいに思ってしまい、恋人関係には発展しにくい。でも、話をしていて楽しいということが性的な魅力につながっていかないのは、考えてみれば不思議なことです。

 その理由としては、男性の場合、性的な快感と、言葉や他を司る脳の中の部分とを結びつける回路ができあがっていないだろうということが考えられます。性的な快感は性的な快感でそれに反応する女性はこの人、言語のほうは言語の方でこっちなどと棲み分けができているように思います。

 でも、じつは男性がパワーをフル回転させて仕事をしているときには、不思議なことにその2つを自然に結び付けているものなのです。知的な作業をしている時に、性的な興奮を覚えるというのはままあることですから、こう言う事からすると、回路は作ろうとすれば、ちゃんと作れるものだと思います。

 お互いの間で話が弾むということは、それだけ二人は人間的なつながっていける部分が多いということでもあると思うのです。会話を積み重ねることで暗黙のうちに了解している部分も増えていくと、ひとこと言うだけで、いろいろなことが瞬時にお互い理解できたりもします。それは本来大きな快感になるはずです。

「たくさん説明しなくてもつうじあうことがこんなに多いなんて、なんて素晴らしいんだろう」と会話の快感を通して脳に電流がパチパチ走り、「この人のこと好きだなあ」という気持ちになっていくのが理想。そういう回路が男性にでき上がればいい。女の人と楽しく話すことがあるというのがが、セクシャルな体験であるという認識を持てると、男と女の距離はかなり縮まるのでしょうけれど。

 一方、女性の場合は、男性の言葉によって脳にうまく電流が流れて、性的な快感として感じる回路ができあがっている人が多い気がしますね。だから女性は、「話していて楽しい男の人」イコール「好きな人」になりやすいんでしょう。

 男にしてみても、少しの言葉で分かり合える、そういうやり取りのできる女性と性的な関係にいる方が楽ですし、安心感を得られるのでいいのでしょうけど、なぜかそうはいかない。

 ろくに言葉を交わす必要のない、その場限りの短い関係と違って、会話というたしかな支えがあれば、自然とその関係も長続きするものです。逆に言うと、言葉のやり取りによってある種の快感を感じられるような関係でないと、長続きしないとも言えるでしょう。

 話していて楽しいというとき、それは話の内容だけではなく、相手の話し方や、声、話すときの表情にも好感を持っているのだと思いますね。つまり人によってここにはまるという言語のツボがある。「こういう話し方をされると弱い」「こう喋り方はイヤ」という好みは理性的な判断というよりも感情的なもので、人それぞれだと思いますが、要は直接交渉以外にも性的な関係の道があるという事だと思うのです。

 女性が会話していて楽しい男性を好きになるのが大正解でしょう。
 言葉でどれくらいつながれるか、快感になるような会話がどれくらい交わせるか。そういう基準で男性を好きになれば、まず間違いありません。

 これについてはこの章でこれから詳しく話していきたいと思いますが、なんといっても会話が鍵であることを忘れないで下さい。大切なのは会話力。他の基準は二つ次と言いたい。

 まずは自分にとって話の弾む人、会話をしていて楽しい人。そいう視点で男を選べば失敗がない。年をとっても、お金がなくても、病に伏せることになっても、会話が頼りのカップルの仲は簡単には崩れにくいからです。結婚してから先もずっとうまくやっていける可能性がある。

 このことは断言したいどころか、強調しすぎることはないと思います。

18 他人から見ていい人という基準で選ぶと失敗しがち。自分の目を信じていますか?
 いい女が悪い女かではなく、自分に合う

女か合わない女かが大事――――齋藤
 いままで男は恋愛に飽きっぽいとさんざん指摘をしてきましたが、じつは男も女も、心の底ではできれば安心して長く付き合える相手が欲しいと思っているのではないでしょうか。

 でも、その相手が具体的にどういう男性なり女性なりなのかということになると、自分では分かりにくいところがあるでしょう。ではどうしたらいいのかというと、徐々に異性を見る目ができてくるものです。

見る目というのは、どういう人なら客観的にいい人なのかを判断する目ではなく、自分はどういう人なら上手くやっていけるかを見極めることのできる目です。つまり、世の中的にいい女であるとか、いい男であるかとかを測る客観的な物差しとは別に、自分に合う相手か合わない人かを見極める目を持てるようになるといいのです。

 座標軸に表してみましょう。
 図4 のように相手の客観的な良し悪しの評価をヨコ軸に、自分にとって合う、合わないの評価をタテ軸にとります。
<自分に「合う・合わない」と客観的に「良い・悪い」の関係>
図
写真
 客観的に見ればすごくいい男でも、自分に合わない人だっているものです。それをここでは「無理無理系」と名づけましょう。「無理無理系」な人とは、たとえ最初はよくても、長続きしません。いくらみんなが素晴らしい人だからなどと留意したとしても、その評価に惑わされず、自分の気持ちを優先することが大切です。素敵な人でも、いい人でも、自分に合わなければ、悪い人、つまらない人でしかありません。

 逆に、みんなからは「変な人」と見られていても、自分とは妙に合うという人もいるはずです。座標軸でいうと、左上のゾーンの人、名付けて「熱愛系」の人は、つきあうと長続きします。

 客観的にみても良い人が自分とも合う場合の右上のゾーン、ここは世間との摩擦が少ないゾーン、みんなも自分もダメだという左下は縁なしゾーン、この両方とも、自分と世の中の評価が一致している点では、悩むことが少なくてすむでしょう。

 要は相手を見る目ができていれば、世間の評価を気にしないようになるという事なのです。「熱愛系」の関係、ありていに言えば、「あなたはそんなにモテるのに、なぜあんな男がいいんだ?」と言われるような恋愛をしているのってカッコ良くありませんか。

 プロ野球選手を例にとると、若くてきれいな女がいくらでもいるのに、なんでそんな10歳も年上の女と結婚するのかというケースがよくあるでしょう。

 それはちゃんとした理由があるのです。一般に同じ年齢の男性と比べると、女性の方が成熟度が高いですから、さらに年上の女性なら、成熟度は数段上。こういう女性と一緒だと、男性はすっかり安心して仕事に集中できるのです。

 女性の面倒を見てやりたいという教育欲にあふれたタイプの男性もいますが、ほんとうに仕事に集中している男は、それ以外のことに精力を注ぎたくないものです。だから仕事以外のことは全部任せて置ける。年齢を重ねて世の仲をよく分かっている女性と結婚したがるのです。

 イチローも貴乃花(元横綱・貴乃花)もそうです。彼らほどモテるなら、いくらでも結婚相手には事欠かないはずで、年下の女性の中から好みの合う人を厳選しても余りあるほどだったと思いますが、実際には、世の中のあらゆることを知っているだろうなという感じがする、かなり年上の女の人と結婚しました。そういう選択をするものなのですね。

 いまは若くても、いずれ経験を積んでいろいろ分かるようになるだろうから、若い子でもいいんじゃないかと思うかもしれませんが、大事なのは自分との関係においては彼女のほうが常に先に成熟しているということ。そうすると、男は安心して仕事に集中できる。ほんとうにいい男というのは、そういう賢い選択ができるのです。

 イチローや貴乃花が、なぜそうするかというと、彼らはギリギリの切羽詰まった状態で戦っているからで、それ以外に力を振り向ける余裕がないんですね。そういう状態のときには、正しい選択をしないと、肝心の野球や相撲までダメになってしまうからです。

 テニスのジョン・マッケンローは失敗したケースでしょう。彼には年間2敗しかしなかったシーズンがあります。そういう絶頂期に「このまま何度でも優勝できそうな気がする」と言ってウィンブルドンで優勝した後、女優のテータム・オニールと結婚しました。その後、テニス以外の生活に楽しいことを見出したのでしょう。テニスの成績ががたがたと落ちていき、二度と復活することはできませんでした。ほんとうなら、彼のキャリアから言えば、最後の2,3年というのはもっと輝かしいものであったはずなのです。

 そういうことを考えると、「ここが勝負どころ」という時期が人間にはある。男でいうと、いちばん精力的に活動できるのは一般的に30歳過ぎから40代後半までで、その時期に自分を輝かせてくれる女性を選ぶべき、というか、ほんとうにいい男はそういう選択をしたくなるものなのです。

 女性でも同じです。周囲の意見や目を気にせず、自分との関係で、相手を見られるようになれればいいのです。

 わかりやすく言うと、クラスの人気投票で上位の子を好きになるのはあまり賢い選択とは言いません。相手がこちらの気持ちに応えてくれれば問題ないけど、競争率は高くなるのは当然。クラスでいちばんかわいい子っていうのは。ど真ん中の直球みたいなもので、それが来てくれれば、誰だってホームランを打ちたいですよ。でも、そういうのは向こうからわざわざやってくるわけじゃないから、待っていてもどうにもならないわけですね。

 そんなど真ん中のストライクを待っているより、自分のツボだと分かっているような狙い球が来たときに、そこに入って来たボールをガッンと打つほうがずっと確率が高いのです。

 だからそう言うのが分かってくるようになると、無駄玉を打たなくて済む。つまりほんとうに合う人を間違いなく選べるようになります。

「この人のこういうとこがたまらない」と、そこまで自分で分かっていれば、問題はありません。でもそこがはっきりしないという人も多い。ここが合うというゾーンが自分でわからず、曖昧なままだと、相手だって付き合いにくいかもしれません。

 だから、やたら良くして捨てられたというのは、その男に見る目がなかったということなんです。食べなきゃわからなかった男なんですね。そういう眼力のない男と付き合ってしまったわけです。それはどちらに非があるかというと、自分に眼力がないっていうよりも、その男に眼力がないことが分からなかったことが問題です。食事の時に、量を見ただけで、「これは食えない」とか「きっとおいしい」とかってわかるように。

 それをはっきりさせる方法というのは、やはり経験を積むしかありません。言い換えれば恋愛に失敗したいくつかの経験を生かすように、なにが原因だったのか思い起こしてみるとか、自分の好みを細かく検討してみるとかで少しは自分にとってのストライクゾーンが見えて来るかもしれません。簡単に言ってしまえば、痛い目に遭った数ですね。

他人にどう見えるかぱかり気にしている女――倉田
 女性の中には、自分に合う合わないより、他人の目=客観的に良い、ことのほうが大事な一群というのが存在します。彼女たちにとっては他人の目にどう映るかがいちばん大切。そこに命をかけていると言ってもいいほど執着しているのに、自分に合う合わないという基準にいっさい気がつかないでいられる人たちです。

 そういう自分なりの基準に鈍い方が、むしろ生きやすいこともあります。
 座標軸で言えば彼女たちの頭にあるのは、4系列のパターンではなく、2系列のパターン。他人の目に良いか悪いか。それだけなんですね。そのほうが、善し悪しがはっきりしていて、選ぶのが簡単だと言えばそうなんですけどね。

 4パターンの中から選ぼうとすれば、客観的にみて良い悪いがあり、自分に合う合わないがありと、ごちゃごちゃ錯綜する中から選ばなければならないので、迷いも出ますし、ときどき間違ったりもします。自分に合う合わないのベクトルを持たないほうが、選択はずっとしやすいのです。

 でも彼女たちの価値観を否定しようとは思わない。私には理解しがたいものがあるけれど、「そうですか、楽でいいですね」と言うだけの話です。

 もちろん男性にも客観性オンリーという人はいます。若くてきれいだったらOKというような、単純な指標しか持たない、ヨコ軸のない人たち。むしろこっちのほうが多いくらいですかね。そういう男性は薄っぺらな感じがして、私は遠慮したいタイプですが。

 結婚してから、しまった! こんなはずではなかった! と後悔しがちなのも、こういう男と一緒になった場合が多いですね。

 年を取れば、シワもできるし、出産すると、容姿も変わる、着る服もどんどん変わっていく。そんな姿に夫は不満を持つようになって、結果、浮気したりなんてこともよくありますよね。いくら若いのがいいって言っても、誰でも年を取っていくことは避けられない。いつまでも若くないんです。

 それに比べると、やはりいい男は女を見る目もあると思いますね。人を見る目も器量のうちですから、「若くてきれいだったので」という薄っぺらな選択はしない。自分を高めるような相手をパートナーに選んでいると思います。

 そういう目を持つためにしか何が必要かというと、齋藤さんもお仰っているように、やはり経験値です。そこには女性とのつきあった経験だけでなく、仕事で成功したり、いろいろなことが加味されてくる。人を見る目というのはなかなか難しいものがあるけれど、ほんとうに大事なものだと思います。

19 見た目より中身といいますが、実のある恋愛には楽しい会話が必ずついている。

 素敵な人といっしょにいても話が合わないと楽しくない―――倉田

 世間的な評価より、自分に合うか合わないかを第一にして相手を選ぶには、自分なりの物差しを持つことが必要になってきます。それをどこで判断するかといったら、話をして見るしかないと思うのです。
 私もかつてはそれを見極める目がなかったなと思います。
 昔の私は好きな人一緒にいてもあまり楽しくありませんでした。なぜならば、その人は私とはあまり話が合わない相手だったから。

 その頃の私は彼の前では自分を偽っていました。ほんとはガンガン喋りたいのに、彼はそういうタイプの女が好きでないとわかっていたから、無理にしとやかぶってみたり、麻雀が好きなのに「えっ、麻雀、そんなこと女子がするなんて」と素知らぬふりで言って見たり・・・・。自分を偽っているんですから、楽しいはずがない。でもその頃は彼といっしょにいて無理をすることは苦ではなくて、当たり前のことだと思っていました。話がまったく合わなくても、自分の本当の気持ちを出せなくても、「この人、素敵。カッコイイ」と一緒にいるだけでも満足、幸せ。それがかつての私の恋でした。

 昔は楽しくないっていうことすら蓋をしていたわけですね。
 じつは先日、昔片思いしていた男性と同窓会で再開しました。それで二次会と称して二人で飲みましたが、あまり面白くないんですよ。1時間も一緒にいたのに、帰り際はあっさりと、「そんじゃ、さようなら」って感じで。なんの未練もなかったんですね。楽しくなかった。いまでも好みのタイプではあるのですが、いまだったら昔のようには惚れないなということがわかりました。

 こうやって楽しくないことに気づくことが成長なんだと思います。楽しいか、楽しくないのか。こればっかりは両方を経験してみないとわかりません。そのへんは、私は遅咲きなんです。いっしょに話してて楽しくないってことは、そのときはセックスできても、多分その後続かない組み合わせなんでしょうね。

 さきほど齋藤さんがおっしゃった食事の頼み方とか、そういうことひとつとっても、やっぱり合う人とは違和感がなくいきますね。私の好きな男はフランス料理でワインを頼んでも、「うーん、アルザスの畑の枯れた草の匂いがするねえ」みたいなことは言いません。

 お金持ちの知り合いが、「こっちは30万のワイン、さあテイスティングを楽しみましょう」というような「ワイン会」を開くという話を聞きますが、私はそういうものを楽しいと思えません。もう根っこから庶民なんですよね。つまりワイン会なんかが楽しい感性の人とは、私は合わないんです。たしかにこんなふうに言えるようになるまでにはいろいろ経験が必要でした。若い頃って。そういうことを知らないわけで、どういう人が合うのか合わないのかっていうことも、いろいろ付き合ってみないとわからないものなんですね。

背伸びしている恋愛は長持ちしない―――齋藤
 楽しくないことに蓋をするというのは面白い感覚ですね。たしかに年を重ねると、だんだん自分の気持ちに蓋をしなくなっていきます。人生の時間は限られているから、楽しくないことに蓋をして生きていくよりは、無理をせずにほんとうに合うと思う人と楽しく過ごしたいと素直に思うようになるんですね。
<背伸びして辛くなっているか、自分を出して楽しんでいるか>
図5 図
多分や、「この人、素敵!」と思う気持ちがワナなのでしょう。
「この人素敵! 」って思ったときには、けっこう嵌まるかもしれない。「素敵! 」でほんとうに楽しいって言うのに対して、「素敵〜」で楽しくないというのは、なんていうか、かつての倉田さんがそうだったように背伸びしているんですよね。背伸びゾーンというかねえ。憧れて「素敵〜」って思うんだけど、少しも楽しくないっていう、そういう恋愛ですね。

 それから別にすごく素敵っていう訳じゃないんだけれど、いっしょにいるとほんとうに楽しいっていうか、「自分が出せるわあ」と心底楽しめる関係がありますよね。大人の関係というか。

 もちろんこれがいちばん理想的ですね。いくら背伸びしていても、しょうがないんですよ。いっか成長して、背伸びをやめ、大人の恋愛に移っていく。それが大事なんですよ。成長があるっていうのは希望です。それならばつまらない恋愛を経験しても、少しずつ変わっていって、年々良い恋愛ができるようになるわけでしょ?
 これを図5参照。 相手に憧れて素敵と思っているけれど、実際にはいっしょにいても自分はそんなに楽しくない。地を出せなくて無理をしている、これが言ってみれば、「背伸びゾーン」ですね。若い頃はこのゾーンに陥りがちです。
 この中で右上の、相手を素敵と思い、自分も楽しめるゾーンは理想ではありますが、左上のゾーン、つまり、相手のことをそんなに素敵と思わないけれど、いっしょにいると楽しい、自分が出せるという「大人のゾーン」の恋愛は、また違う魅力があるように思われますね。

恋愛力をアップさせるのは会話力にかかっている―――――倉田
「大人ゾーン」で素敵な恋愛関係を成就させたいと思ったら、やはり経験が大切だと思います。
 私は日々、取材なんかでいろんな女の人に会っていますが、30歳過ぎても相変わらずジャニーズ系の追っかけをしているという女の人にたまに出会うんですね。そういう女性は、観察していると、周囲に男性がいるいないに関わらず、ほとんど男性経験がなく、男性とは縁遠い生活を送っています。男の人と親密に話をしたり、一緒に遊んだりして、楽しい時間を過ごしたことがあまりないようなんですね。だから当然女性としての自然な成長もなくて、いつまでもティーンエージャーみたいに見た目だけ拘って、「ジャニーズ系が素敵、顔の綺麗な男がいい」という段階にとどまっているんです。

 男性にも同じことが言えます。女とろくに付き合ったことがない男に限って、「女はバストが大きくて、ウェストが細くて、こういう感じでなきゃダメ」と、これもまた見た目の薄っぺらこだわりから一歩も動けないでいるわけです。

 そういう人たちを見ていると、やはり経験が大事だと思いますし、その内容もとても大事だとわかってきます。たとえば、セックスだけいくら経験を積んでいても、人間的な成長には結びつきません。実際に、何百人と女性経験があっても、ナンパばかりの中身がないつきあいで、まったく成長のない薄っぺらな男性を知っています。

 だから、そこに気が付くためには、その人自身が内容のある経験を積んで成長していかないとどうしようもないんで、これは年齢には関係ありませんね。

 そうではなくて会話をして、楽しいか楽しくないかということを自覚しながら、それで成長していくっていうのがいいでしょうね。それが大事です。

 だから面白いことにちょっと成長すると、芸能人で誰が好きかと言えなくなりますよ。「喋ったことがないのに分かるわけないんじゃん!」みたいな。合うか合わないかというのは、やっぱり会話なり実際の接触でしか判断できないものだと思います。

 そうなんです、セックスより会話の経験の方がずっと重要なんですよ。「背伸びゾーン」を脱出して「大人のゾーン」の恋愛をするためには、会話力しかないと言ってもいいぐらい。
 恋愛力をアップさせるのは、会話をする力にかかっています。
 会話のキャッチボールがうまくなれば、無理をしないで、自然に自分を出せて、いろいろなことが話せるようになります。そうすれば、当然いっしょにいて楽しいし、その楽しさがわかるようになれば、必要以上に見た目にこだわることもなくなるでしょう。それが成長と言うことだと思いますね。

会話力をアップさせるのも、経験の積み重ね。そのときで自分が楽しいか楽しくないかを自覚しながら、話をし、実際の接触を繰り返していく。そうやって、ひとつひとつ成長していくしかないと思います。自分なりの物差しはそういった地道な経験の積み重ねでできて来るのではないでしょうか。

“1回目より3回目のデートが楽しい”のは本物――――齋藤
 年を重ねることのいちばんの利点は、自分に合う合わないの判断ができるようになって、いい恋愛がしやすくなることです。
 単純な話、自分のことを好きじゃない人、自分に全然ピントがきていない人を好きになっちゃう。その気持ちって全然わかりませんが、そういう人っているんですよね。

 若い頃は自分に合わない人でも無理につきあったり、ずっと好きなのに何も言えずに片思いのままいたり、エネルギーの浪費をしていましたが、年を取るにつれ、そういう無駄な事をしなくなる。そうして、自分に合うのはこの人だとピンポイントでわかるようになるものです。

 お互い初めて会って話をした段階でピンとくれば、いちばんいいですよね。ただ残念ながらいつもピンとくるわけではない。男女の仲はだんだん良くなっていくものとは限らないと僕は思っています。とくにセックスに関しては、1回目がダメなら、10回目はもっとダメだろうという論を支持したい。

 もちろんつきあっていくうちに、変化して良くなっていくこともあることはあります。そういう例は少なくて、ほとんどがつきあってお互いに成長していけるコースか、それとも成長のないコースか、どちらかにはっきり分かれると思いますね。

 成長が見込めるコースの場合、1回目のデートで「これは何回会っても楽しいだろうな」という感触があるものです。あるいは、1回目に会ったときより、3回目に会ったときのほうが話題も増えていて面白いと思える相手はかなり確実なもの。1回目のセックスより、3回目のほうが楽しかった場合も、これはもうOKコースでしょう。

 初回というのはなにかにつけ、男も女も気取っていますから、なかなかすべてが出てこないものです。3回目、4回目になると、そろそろ油断して地が出てくる。そのときの食事に行ってどう感じたか。分かれ目はそこにあります。
 楽しさがダウンしている場合は、無理をして仮面をかぶらなくてはということですから、危険信号楽しさがアップしているなら、ガードをゆるめ、気を遣わなくなった状態のほうが楽しいということですから、その先も大丈夫とみていいでしょう。3回デートしたらだいたいのところはわかりますね、
 わかりにくければ、下記図6
<合う回数が増えたときの楽しさで見極める>
写真

図6
1回目はこれぐらい、2回目はこれぐらいというように、楽しさの程度をこっそり折れ線グラフなんかにしてみると。途中疲れているときがあったりして、多少はばらつきがあるとしても、全体にグラフの線が右上がり(Aパターン)であれば相性がいいという目安になります。

 このグラフをより精度のあるものにするには、ある程度テンポよく会うことも必要です。この人とは合わないということをより早く判断するためにも、グラフを見て即断即決。

 初めて会ってから手を握るまで、ものすごく時間がかかったとか、キスをするまで3年とか、一時そういう純愛ものがはやりましたが、単にもつたいつけているだけだと思いますね。あまりにも簡単にセックスしてしまう時代においては、そういうスローテンポの恋愛が一服の清涼剤のように聞こえるのかも知れませんが、現実には時間を無駄にしているだけのことですよね。

 数多く会うことの危険性は、むしろ飽きてしまわないかということでしょう。話に飽きる、相手に飽きる。どちらにせよ、すぐに飽きてしまう人はダメな人だと思う。

 なぜダメなのかというと、飽きたという言葉には、「ずっと面白い話をしていて私を楽しませてほしかったのに、最近サービスが足りない」というようなニュアンスが込められているんですね。自分は何も工夫せず、相手ばかり求めている印象を受けます。

 恋愛を充実させて、いい実をつけようとするなら、一方的に相手にそういうサービスを求めるより、もっと二人でからんでみるといい。それまで気づかなかった相手のことを見つけるだけでも新鮮な驚きがありますよね。それに役立つのは、やはり会話です。相手に絡むような会話をしてもらいたいですね。

 会話をするということは、大変エネルギーを使うことなんです。
 自分が一生懸命投げた球は、やはりミットに音を立てて相手が取ってくれないと、つらいものがある。話をするほうは、これはもしかしたら真ん中を外しているかもしれないと不安を抱えながら、一生懸命話をしているんですから、聞いているほうにも真剣に受け止めてほしいじゃないですか。

 ぼけっと突っ立っていないで、少しくらいコースを外れたボールでも走って取りにいくぐいと気力を見せてほしい。「大丈夫ですよ、真ん中にきましたよ」と、脚を使って移動してでも、がっちり受け止めにいってほしい。

 よく頭のいい人なのに、脚を使わない人がいます。自分の守備範囲以外のことは相手の話を聞こうとしない人がいるけれど、頭がいいんだから、脚を使えよと言いたいですよ。

 そういう人とは、あるところまでは話はできているように思うのですが、気がつくと絡み合いがなかったりして。頭のいい人って話を聞くのは上手いし、聞くふりをするのも上手ですからね。でも、やっぱり、自分が一生懸命投げた球は、脚を使って取ってくれないと辛いですね。話をするって言う事は、ある意味、賭けなんですね。もしかしたら、外しているかもしれないっていう不安のもとに、一生懸命話しているわけで。

 僕はどんな球でも取ろうと頑張ります。幼稚園児と話したって、ちゃんと真ん中でとりますよ。相手が酔っ払いでもね。でも頭が良い人で、まったく脚を使わかない人っているんです。
 それなら頭は悪いほうなんだけど、脚は使えるっていうほうがいいですね。
 ここで作ったグラフを見て、その線が右肩上がりになっているときは、必ずといっていいほど、会話が絡んでいるはずです。

 会話が絡む感覚については、次の項で詳しく触れますが、これはとても重要なことです。自分の発した言葉をしっかり相手に絡んで戻ってくる満足感があれば、そうそう飽きたりはしないもの。そういう会話が絡む相手はほんとうに大切にしたほうがいい。

 もし作った右下がり(Bパターン)になっているなら、別れることになっても仕方ないと思います。そのへんはむしろ判断早く、割り切っていいのではないでしょうか。

20 単なるお喋りとは違う。情報交換とも違う。気持ち迄が絡む会話していますか?

会話が絡むということは――――倉田
 こちらの言葉が相手にビビッと伝わり、相手の返して来た言葉がこちらにビビッと電流を走らせる。いつものお喋りとは違う、だらだら無駄話とも違う、まさに絡み合うとでも表現したくなるような会話ってあるんですね。それがエクスタシーとも言えるほどのもの。そんな体験したことありますか? もしそういうエクスタシーという快感を一度でも知ったら、間違いなくみんな虜になると思います。ほんとうに気持ちがいいから。

 それ以外のことなんて、二の次、三の次になるんです。顔だの、お金など、権力だの、甲斐性だの、そんなことはどうでよくなる。それぐらい素晴らしいことです。

 ただ、実際には絡むまでの会話というのには、なかなか遭遇しにくい。難しいことでもあります。うまく相手とめぐり会えないとでもいいますか。一見話が弾んでいるようでも、必ずしも絡み合っているわけでもないのですね。じつはただの弾みというのはよくあることですからね。

 いままでほんとうに絡み合う会話の経験があまりない人は、相手にも自分にも、持っている情報を開示するだけで満足して、それ以上求めることがありません。

 たとえば、相手の男性がもの知りだったりすると、その知識を披露してもらうだけで、「この人素敵、なんて博識。天才かしら」と感激して、そのまま自分も相手の懐深くに辿り着けるような錯覚を起こす。お互いすごく相手を理解した気になってしまう。そういうケースは多々あります。

 キャバクラでの会話がとてもいい例です。男性は会話を楽しみにいっているつもりかもしれませんが、そこで交わされているのは、「今日はお仕事。どうだったんですか」「いや、ぼちぼち」とか、「そう言えば、この間芸能人に会ったんだよ」「わあ、すごーい」というような会話で、単に情報のやりとりに終始しているだけなのです。

 会話によって、お互いが触発しあい、1歩前に進んだということも起きないでしょう。それだけで満足しているような関係の鈍い人は、私は愛せません。やっぱり絡む会話を楽しむには、それだけの巡り合わせというものが必要だなあと思います。そのうえで、会話を情報開示で終わらせないようなセンスというか能力が必要でしょう。

 といっても、ボキャブラリーの多さとかは関係ありません。だってボキャブラリーならという自信のある人でも、絡むような会話をしたことがない人ってかなりいますよ。逆に言葉を使いこなすのが下手な人でも、たとえボキャブラリーの少ない人とでも、相性が合えば、会話が気持ちいいということはありますから。

心がとろけるような会話体験のすすめ――齋藤
 会話こそ、セクシャルな快感をもっとも強く受けるもの。セックスしたらつまらない相手でも、会話では物凄く興奮できるとしたら、その相手とは結婚しなさいとでも言いたくなります。

 そう言うからには、どれほどいいものなのか。まずは会話に絡むエクスタシーを経験してもらわないことには話は始まらない。会話が絡むという事はこんなに気持ちのいいことなんだ、という感覚をつかんでもらいたいですね。

 そのためには、最初は絡むような会話のできる人に相手をしてもらうのがいいでしょう。「会話からエクスタシーセミナー」とでいうか、基本はマンツーマンで、必ずしも恋愛関係になくてもいいと思いますね。
 話がからむ相手いうのは人それぞれです。先日男女8人ずつで偏愛マップ合コンをしたのですが、面白い結果が出ました。

 やり方としては1対1で話す形をとって、5分ごとに男性のほうに動いてもらい、相手を変えていく。そうやって8人すべて話した後、会話の絡み度具合を尋ねると、ちゃんと順番がつき、8ランクに別れたのです。しかも、そのランクの高さは誰一人に集中しない。必ずしも会話能力の高い人に票が集まるわけではないのです。

 じゃあ、誰がいいか? と聞くと、なんと予想に反してバラバラな答えが返ってきたんです。しかも相互には一致している! 
 普通の合コンではかわいい子、カッコイイヤツに票が集中するものなのに、みごとにばらけたことに驚きました。それだけ、会話が弾むという体験は精神的なものだということもできますね。

 会話が絡んでいるときは、脳に電流が走っています。コミュニケーション能力がとてつもなく高度でなくても、会話レベルがそんなに高くなくても、電流は走るものです。偏愛マップ合コンではそれを痛感しました。

 とりあえず好きなもののマップがあるので、話題は途絶えないという状況があります。まあ、普通の状況では、好きなものを探り出す技術がないから途絶えがちですが。それでマップを見て、相手が好きなものについて話していると、誰でも「あっ、あなたもそれが好きなの」とビビビッと感じるものがある。

 そういうふうに電流を流すところから練習するわけです。絡むという状況がこういう感じかと分かって来ると、他でもやってみることができるようになる。学習ですね。なぜって普通、男は女のツボを押してくれない。ほんとうはちょっとしたことでもいいんですよ、ツボっていうのは。ところがなかなかできないでいるんですね。でも、偏愛マップがあれば、簡単にツボを押すことになる。

 そして女の方が「あ、絡まっている」と感じたら、けっこう、両方ともいい感じだと判断してもいいですね。たいてい女が大丈夫と思えば、男も絡まっているんですよ。ときどき恋愛感情が育っていない男がいることはいますが、それでも素地はできているからうまくいきやすい。

 大抵女が楽しければ、男も愉しいと思ってもいい。女の方が敏感だからね。でも、その逆は成り立たないかな。男が楽しいと思っても、女が楽しいとは限らない。そうなんですね。

会話のスキルアップは決まった一人に限る――――倉田
 会話が絡んでいるとき、齋藤さんがおっしゃるように、たしかに脳に電流が走る。それは絡まり合っている二人だけにわかる感覚なんですね。

 そこまでになるにはいい状況でなくてはならないし、お互いの経験値の差とかも関係してきますよね。だから最初に会話が絡む感覚をつかむためには、複数の人にあたるよりも、一人の人と語り尽くすことがとても大事だと思うんです。そのほうが条件が一定しているぶん、絡むところまでいきやすいでしょ。たくさんの人と他愛ない会話を交わすよりも、一人の人と会話を深めていくほうが手っ取り早い。セックスのスキルアップでも同じことが言えるのですが。

 ただ、会話能力がないとどうなんでしょうか? 一方通行ってありえますね。一方は絡んでいるつもりだけど、もう一方にしてみれば、全然そんなの面白くないって事があるのではないでしょうか。

 典型的な例として、これまたキャバクラでの会話を思い出すとわかりやすいのですが、「オレ、すげ〜ぜ〜」みたいな話になっていて、男は一方的に盛り上がってるとします。
で、聞いているキャバクラ嬢は、「すご〜い」とか言って、話に乗って同じように盛り上がっているように振る舞っているものの、内心では「あ〜、早くからこんな時間過ぎないかな〜」とうんざり思っている。これではいき違ってしまっているわけですよね。絡んでいない例、その1ですか。

 それだけでなくこれではスキルアップにもつながらない。彼女たちはプロですから、男たちが投げた球を、受け止めやすいところに返してくれますよね。でも、その先の1歩がない。どんな暴投でも足を使って受け止め、上手に返してくれるのは、それがサービスだからです。どんな面白くない話でも、「わあー、そうなの」と受けてくれるのは、そういうことであって、決して会話が絡んでいるという訳ではないのですよね。

 それなのに、「こんな僕のことを解かってくれるなんて」とカンチガイしちゃう男があまりに多すぎると思いますね。

“会話のからむ男”こそ理想の相手―――齋藤
 大丈夫ですよ。その心配はない。男って単純だから、いろんな意味で、顔に出たり、口調に出たり、表情に出たりするんですよ。
 会話がからまり合っているときというのは、話の流れに明白な指標があるものです。相手の言ったポイントは外さずに引き受けて話しますし、あるいは相手の使っているキーワードはうまくこちらの発言に絡ませいっているんですね。

 たとえば、「絡む」というキーワードが相手から出てきたとき、こちらも「絡む」という言葉を使って応酬ができたら、それはかなりいい状態。相手の語彙(ごい)を使って話しながら、さらに、その場で「こういうのは○○と言うんだよね」と新しい表現を作り出せればもっといい。今までにない新しい言葉が生まれてくるのは、さらに上級な、クリエイティブな会話と言えます。

 そこまでいかなくても、会話が絡まって楽しいと思う男とつきあえば間違いない。これはもう声を大にして言いたいですね。

 男選びの基準をきっぱりと変えていただきたい。というか、他の基準はとりあえず捨ててください。ハンサムだとか、高学歴だとか、金持ちだとか、そういうことには目もくれず、大事なのは会話が絡み合うことだけ。そこだけです。

 とにかく会話の絡む男がベスト。話もしたことがない人に憧れるなんて論外です。まずは話してみる。そこからしか始まりません、会話がからめば、多少の揉め事が起こってもなんとかなる。恋愛耐用年数が長くなる。

 ただ、話をしていて楽しいと、男も女もそれを友達どうしの感覚と捉えがちです。そうではなくて、「これだけ話が合うってことは私たちかなり可能性があるんじゃない、どう?」というように女の人から1歩踏み込んでほしいですね。男の方はそう言われると、「そうかなあ、けっこう楽しいかもね」とだんだんその気になるものなのです。

 学生を見ていてもったいないなあと思うのは、友達どうしでよく会って話をしているのに、絶対付き合わないという男と女。お互い彼氏、彼女はいないし、相性がいいのに、「それは楽しいだけ」などと言う。

 恋愛というのは、はるか雲の上のような場所に光り輝いているもの、そこで何か心がとろけるような特別なことが起こるとは思っているらしいけれど、それは違います。

 いまこの場で、会話が絡むという事から、心がとろけるエクスタシーが得られるのであって、楽園は地上にある。そういう心がとろける体験をできるだけ多くの人に知ってほしいですね。

性的魅力より会話の魅力――――倉田
 心がとろけるのが会話の魅力だとしたら、身体がとろけるのは性的な魅力。この2つは残念ながら必ずしも一致しないと思うんです。それはある種仕方のないことですね。

 話は面白くないのに、性的魅力がある人とつきあってしまったというのは、よくあるパターンでしょう。そのまま結婚までしてしまうと最悪。いわゆる会話のない夫婦になるわけですが、ダメ男のフェロモンに弱い、”だめんず・うぉ〜か〜”もこのパターンに当てはまります。

 性的な魅力と会話の魅力をともに兼ね備えた相手であれば、もちろんそれが最高だと思います。でも、それが合致しない場合もある。というか、多いでしょう。

 そのとき、どちらを優先させるかといったら、やはり会話です。性的魅力はある意味刹那的であるのに比べ、会話の魅力のほうはずっともちますし、味わいが何倍も何十倍も深い。結論。会話こそが恋の王道。これは間違いないです。

何歳になっても生きがいのあるカップル誕生―――齋藤
 会話が得られるエクスタシーこそが究極の快感と言えるでしょう。
 なんといってもセックスは年齢の限界があります。男も女も。老齢になってくると、そんなにセックスが出来ない。男は性的能力に限界がやってきますし、女性にだって更年期障害が訪れてセックスが苦痛になったりする。

 そのときどうするか。これはもう会話しかない。会話だけなんです。
 会話が楽しければ、それでとろけていれば、70歳、80歳になっても、エクスタシーが得られる。一度その快感を知ったら、いくつになって大丈夫なんですね。70歳になって、80歳になっても、「おっ、この人はこういうコメントを返してくれるんだ」と思えるような刺激的なやりとりがあれば、生きてる甲斐もあるというものじゃありませんか。

 誰しも年を取っていくのです。でも、何歳になってもエクスタシーを得られるなんて素晴らしいことですよね。そのためにもいまか練習してみましょうね。そうすれば、セックスに頼らなくてもかまわない。豊かな老後が待っています。

 会話力が上がると―――――倉田
  たしかに会話がからんで得られるエクスタシーは素晴らしいものですが、それを経験してしまうのも善し悪しだなという気持ちもちょっとあります。

 というのは、昔だったら、話が合うぐらいのレベルの会話でも十分楽しく思えたのに、会話がからみ合う快感、ビンビンと脳にくる深い快感を知ってしまったら、以前のレベルでは満足できなくなってしまうんですね。

 かと言って、会話の絡み合う相手がそうそうたくさんいるわけでもない。私の周囲の友人や知り合いに尋ねてみても、そんな相手はこれまでの人生で一人か二人だという人がほとんどですから。

 このごろ対談の仕事をたくさんさせていただいていますが、楽しい対談って言うのもそんなにないんです。昔の私だったら、これでも十分楽しかったと思うのに、なんだか目が肥えてしまって、いえ、脳が肥えてしまって、私が相手に要求するレベルがすごく高くなってしまってるんですね。どうしようと密かに悩んでいます。

 齋藤さんとの対談はいつでもとても楽しい。
 私と合うといこともあるだろうけど、基本的にどんな相手でも合わせられる会話のプロフェショナル、オールラウンドプレーヤーだと思います。でも、こんな高いレベル設定すると、後々、苦しくなってしまうかなあ・・・・。

話し方で成功するための5箇条――――齋藤孝
会話を絡ませるためには、ある程度の基本的なスキルも必要でしょう。
会話において一番大切なのは、相手の話に反応することです。次にあげる5つができれば、嫌われることはまずありません。基本は1対1のコミュニケーションですが、二人の会話が上手にできれば、相手が3人5人と増えても上手くいきます。
1・目を合わせる。
 話をしているときは相手の目を見ましょう。きちんと目を合わせていないと、「精神的に不安定な人だ」という印象を与えます。もっと言えば、相手と無防備に目を合わせられるのは精神的に安定している証拠でもあります。
2・微笑む
 さりげなく微笑むことができるのはひとつの技術。にこにこしながら聞いていれば、少なくとも相手は悪い感情を抱きません。
3・ときどき頷く
 頷きとは身体で表すことができる同意のこと、間合い良く頷いてもらうと、話す方は聞いている人と心が通じ合ったような気がして、嬉しいものです。
4・相づちを打つ
 会話の途中に「はあ」「ほう」「なるほど」といった短い言葉を上手にはさむことも大切です。それ以外にも、相手の言葉を繰り返すのも効果があります。うまい具合に相づちを入ると、気なし相手は、さびた歯車にオイルを注入されたように、頭や舌の回転が滑らかになります。
5・具体的なコメントをす
 コメントとは、自分の言葉で要約したり、面白いと思った部分を具体的に指摘することです。たとえば、話が一段落したところで、「いま話されたことは、こういうことですよね」という具合。話を聞きながらコメントするのは、相手に対する誠意を表しているとともに、コミュニケーションになくてはならいツボのようなものです。

21 あなたは出会ったばかりの人と1対1の会話に どのくらいの時間を費やせますか?

相性はこれで見極める。驚異の「喫茶店チェック」―――――齋藤
 絡み合う会話がエクスタシーを感じるためには、まずその相手と話が合うかどうかを見極める必要があります。それには会話をして見る、しかも1対1で対峙して、ある程度の時間、うわっつらでない知的な会話をしてみることが必要です。
 そのチェックをするのに最適な場所があります。
 それは喫茶店です。

「えっ、いまどき喫茶店?」と思うかもしれませんが、どうしてどうして。男の子と二人でわざわざ喫茶店に入って、2時間話し続けられるかどうか。これはいままで見逃されていたのですが、相性を見極めるのに絶好の空間なのです。そして思った以上に精度の高い判定をもたらしてくれます。

 もし2時間、飽きずに、途切れることなく、不快にならずに話が続くようなら、それは相性という点でかなりのレベルだと考えていい。逆に相性の悪い人と喫茶店で向かい合って2時間過ごすのは、相当苦痛だと思います。なんといっても話が2時間ももたないでしょう。場の空気が悪くなって、自然と双方から「そろそろ行こうか」ということになる。
そういう意味では喫茶店はすごく具体的な結果の場なんですよね。だから、いきなりデートするよりも、まずは喫茶店チェック。これをおすすめしたい。

 この方法がなぜ優れているのでしょうか。
 その答えはとても明快です。二人でいっしょにいて何分持つかは測るだけで、相性度がわかるというセオリー。たったこれだけです。会わない人とは5分もたせるのも辛いし、かと思えば何時間いっしょにいても飽きない相手もいる。二人で話していられる時間、という非常に具体的でわかりやすい指標がここにあるからです。
 なんだそれだけか、などと侮ってはいけません。ごく単純な行動ですが、それでいてハズレが少ない。
「偏愛マップコミュニケーション」では、誰とでも盛り上がれて間が持ちます。多少の演出やその場しのぎも出来ますが、喫茶店チェックの場合は、間がもつ、もたないがはっきりしているために誤魔化せないわけです。300円なり400円を払って、他になにも道具立てのない空間で、話すために向き合って座った、その状況で果たして何ができるか、もし間が持たないのであれば、それは話が合わない、気が合わないということですから、その後、とりつくろって無理してつきあってもしょうがないのです。

 加えて時間の無駄も少ない。たとえ、試してみた結果がダメな場合も、たった2時間を費やしただけ。精神的負担も少なく済みます。

 お金もかかりません。かかる費用はコーヒー代のみ。二人分でも千円札でおつりがくるといコストパフォーマンスの良さです。

 そしていますぐ誰にでも実行できる。難しい技術や特別な条件がひとつもいらない。24時間いつでも、誰とでも即実行できます。

 と、まったくもっていいことずくめ。こんな画期的な男女の相性チェック法が今まであったでしょうか。
 喫茶店に二人で入るのは、デートに出かけるより、ずっと抵抗がないはずです。誘いやすいというメリットも加えておきましょう。

 なぜコーヒーなのか。居酒屋ではダメなのか。ダメなんです。お酒が入ってしまうと、どんな会話をしていても楽しく感じてしまうから、飲むところはチェックには向いていると言えません。

 ではお互いの部屋ではどうでしょうか。そこにはテレビだとか本だとか、他に気を反らすものがあるので、話に詰まったとき、逃げ道ができてしまって、いったい話をして2時間過ごせたのか、CDを聞いて2時間過ごせたのかわからなくなるからです。集中できないという点で、不向きです。
そのうえ、そこは密室的空間で、なんでもありと許されているような場所です。ところが喫茶店は半公共的な場所です。そのことが二人の話をしようというテンションを高める役割を果たしてくれます。

 デートなら、ボーリングするなり映画を見るなり、何かしていることが多いでしょう。でも喫茶店チェックは、他に何も道具立てのない空間で、ある時間、話すためにだけに向かい合って座って、何ができるかをみてみようというのです。

 お酒の力を借りずに、他のことに気をそらさずに、素面で向き合うといのは、考えてみれば、かなりハードな状況です。そういう場所が街のそこここに転がっているのだから素晴らしいではありませんか。これを利用しない手はない。

 喫茶店では、それだけでなくまた会話が絡む感覚を磨くのにも最適な場所です。一時、喫茶店がどんどん潰れて街から消えていく傾向がありました。話をするために人がお金を払って集まる、そういう文化が消えてしまうのかと寂しい思いをしていたんですが、最近はスターバックスをはじめとするカフェという形で復活してきたので、良かったなと思っていたところです。

 このセオリーに自信があるのは、じつは僕自身の経験がかなり関係しています。学生時代に会話の修業を積んだのは喫茶店でした。僕の場合は男の同級生でしたけど。彼とは中学校から大学院まで一緒だったんですが、毎日朝から夜中の3時4時までともに過ごし、一日に2.3回は喫茶店に行っていました。二人とも下宿生活だったから、どちらかの下宿で話してもいいのに、なぜかわざわざお金を払って喫茶店に行っていました。

 我々はそれを「喫茶店タクティクス」と呼んでいたんですが、普通では考えられないようなトレーニングだったんです。喫茶店で予め決めておいたテーマについて1時間じっくり討論したり、あるときは集中して勉強したり、期日を決めて本を読んだ報告や感想を話したりと言うように、過去を現在を未来を勉強し、考えたのは喫茶店という場所でした。

 その会話の量たるや膨大です。打った球の数はイチロー並み、僕は日本一会話のボールを打った男だと思うほどです。僕は話す相手として、わりと老若男女を気にしないほうですから。僕の会話のスキルは、あのとき喫茶店で磨かれたと言っても過言ではないと思いますね。たとえそこまでハードなことはしなくても、喫茶店という場は、時間つぶしに入るだけにしておくのはもったいない、もっと有効利用できる場だと思うのです。

 女の子同士ならきっと2時間ぐらい話すのは簡単なはずです。でも、男の子と1対1で、二人きりになったときは、「あれ、この人とは相性がいいと思っていたのに、話し始めたら、うまくからんでいかない。どうして?」ということだってあるでしょう。

 逆に「相手も自分が楽しく盛り上がって、1時間のつもりが2時間もいた」「コーヒーを飲み終えて、空になったままであることも気にならずに、ずっと喋っていた」ということになれば、それは最高の相手です。そいう相手は友達にとどめておくのはもったいない。「楽しかったねえ、いい友達だね」などと言っていないで、即付き合いましょう。

 喫茶店で1〜2時間会話が絡み合う相手なら、どんな場所に出かけていっても楽しいし、もっと言うと、そういう相手でなければ長くつきあうことはとても望めません。

 会話といっても、文字に起こしたものを読み合うわけではなく、面と向かって顔を見ながら、声も聞きながらですから、メールや電話とは違います。

 匂いもあれば、声の調子もある。手の位置や目の動きもある。その人の身体性がそこに余すことなく現れるわけです。話している時の表情がいい感じだと思えるなら長く話せるし、それがイヤな雰囲気に映るようだったら話ももたなくなる。だからインターネットチャットとは違うのです。メールとも違うわけです。相手の顔が見える会話というのがポイント。身体感覚を伴ってのコミュニケーションが揺るぎない結果をもたらします。このことは恋愛という範疇を超えて、コミュニケーション全体に取り戻したい方法でもあるのです。それが人間関係の基本ですから。そういう意味では、会話でつながった関係は、たとえダメになっても、変な別れ方はしない。言葉がお互い通じるから、下げ止まりがあるんですね。

 ともかくも、二人の相性を知りたいなら、いますぐ喫茶店チェック! もうこれしかないですね。

会話がからまる男とはつきあえ! これですね―――――倉田
 喫茶店チェックですか。なるほど、素晴らしい!合理的でわかりやすくて、ほんとうに的確。
 大勢のときは楽しいけど、二人きりになったら間がもつかなとか、けっこう不安なものですが、案ずるより産むが易し。相性のいい人とは大丈夫、ちゃんと話がもつんですね。

 最初から盛り上がらなくてもいいんでしょうね。途中で一転、そこからは盛り上がり! というのもかなりな快感ですよ。

22 摩擦が少ないカップルは 価値観もいっしょ、会話力もいっしょ。
 同じ「種族」どうしは相性がいい

好きなもの・嫌いなものが一致していることも大切――――倉田
 会話が絡むというのは、人間的に共通している部分が多い人かもしれませんね。
 話が合う相手とは、いいなと思うものが似ているし、不思議と価値観が一致しているものです。

 逆に、相手がすごく好きなこと、興味のあることを、自分が許せなかったり、まったく共有できないと、話を絡ませようとしても難しいでしょうね。

 私は、話をしていて楽しいなと思っていたのに、途中であれっと気持ちが冷めていってしまうことがあります。それは会話の途中で相手がこだわりを見せたものや、とても好きだと言ったものを、自分がまったく共有できないとき。

「えっ、あなたはそういうものが好きなの」「なんだ、そんなに興味があるんだ」と価値観の違いに驚いて、それまで盛り上がっていても、すっと気持ちが引いていってしまうんです。

 そうやって気持ちが冷めたときに、今度は冷静な判断が働くわけです。たしかこの人とこういう部分は合うけれど、こういう部分は全然合わない。友達としてたまにみんなで集まって飲むのは楽しいだろうけど、1対1でまた会いたいと思うほどは会わないだろうなと、そこで分かってしまいます。

 そういう意味では、話が絡む・絡まないというのは、お互いの人間的な資質がポイントになっているように思います。

好みは軟骨・オクラ系! ―――――齋藤
 話の合う人は、昔、遺伝子が交わっていたかのように懐かしさを覚えます。
 僕は軟骨をバリバリ食べている女の人がたまらなく好きですが、軟骨は誰もが好物という訳ではないので、軟骨を好む人と好まない人、つまり軟骨系と非軟骨系とに女性を区分けして見ていることがあります。僕と合うのは軟骨系の人。それはもうはっきりしています。オクラのような粘り系の食べ物も、好き嫌いの色分けがはっきりしているものですが、オクラ好きと相性がいいんです。全体に僕は粘り系が好きな人と相性がいいのではと、経験からわかっています。

 逆に合わないなと思うのは、ブランド品にはまっている女性ですね。ブランドものを喜んでいる人はそれだけで僕とは合わない。ブランド品でがちがちに決めて感じのよい人と、お金をかけずともちょっとした工夫で感じよく見える人がいたら、迷いなく後者がいいなと思う。それは趣味の問題です。

 僕の場合の軟骨や粘り系というのは誰でも彼でも当てはまるという基準ではありませんが、僕にとっては重大で、大変わかりやすい指標です。そういう分類法をいくつか持っていることや自分なりの指標を磨くことは、人と付き合ううえで有意義ですね。

種族の違い――――倉田
 それは種族の違いですよ。種族というものがあって、それで好みや生活習慣の違いなどが出てくるのではないかと私は考えているのですが。これって、かなり当たっているような気がします。

 たとえば中山美穂と辻正成、中村江里子とバトル氏などは「パリ族」と言えるのでは? 出産でさえ言葉の通じる日本よりパリを選ぶ、パリ至上主義。私にはまったく理解できないけれど、彼らの間には共通した価値観、そこから醸し出される独特の雰囲気があると思いますし、それがお互いを惹きつけたりもするのでしょう。

 種族が一致すれば、価値観が一致しているから話も合うし、摩擦が少ないですよね。
 逆に種族の違う男と女では、なかなかお互いに歩み寄れないだろうし、もしつきあってもうまくいかないだろうなということも想像がつきます。

 ただ、種族がどうあれ、基本的な会話がないと、その違いにさえ気がつかないということもありますね。これは避けたいところ。自分の種族を変えることはできませんけれど、会話力を上げる事で、種族の違う人をつかまなくてもすむようにはなると思います。

 で、その種族を見極めるにはどうすればいいのかというと・・・・。会話のどこで笑うか。なにを好むか。齋藤さんのオクラや軟骨もそうだと思うのですが、それからクセもありますね。

 指標はいろいろあるのですが、私の場合はまず、前にも言ったように、コレックション癖のある男の人とは種族が違うと思うし、話をしても合いません。コレックションしていること自体がダメなのです。ミニスカートやフィギュアだったらダメで、パイプやアンティークのコレックションならOKという問題ではないんですね。コレックションしているということが、私とは違う世界、違う種族に属していると感じてしまうのです。というのも、コレクターは何かに対して偏った愛情があるという事でしょう。その愛情のバランスの悪さを、私は愛せないのです。

 でも、世の中にはコレックションをすんなり受け入れられる女の人もたくさんいると思いますし、自分には共有できない世界でも、なにかに拘る姿が素敵と思う人もいるでしょう。そういう意味で指標は人それぞれだと思います。

 それから、私はヴィトンのカバンを持っていて「次の新作、買わなきゃ」と言っているような男の人とも価値観が違うし、合わないと思っているのですが、だからといって、ヴィトンのカバンを持っている人がダメ、という断定的なものだというわけでもないんです。

 振り返ってみると、どちらかと言えばこれまでいいと思っていた人は誰一人としてヴィトンのカバンを持っていなかったなあ、という感じなのです。逆にこの人とは合うと思っていたのに、ヴィトン好きだという情報が新たにインプットされると、警戒情報が鳴り始めるということはあるかもしれません。

 ヴィトンを持っていて、なにかコレックションがあって、といろいろ重なってくると、その人とはやはり合わないのかなと、そういう判断が働きますよね。

 好きな映画、本の好みが合うか。持っているカバンや、つけているコロンが気にならないか・・・・。そういう自分なりの指標を、ひとつでなく、たくさん持つといいと思う。食事をしに行くとき、何処へ行きたいかも好みがわかれるところでしょう。白金や六本木のようなおしゃれなところじゃなきゃイヤだという人もいれば、新橋のガード下のような安い居酒屋のほうが断然楽しいという人もいるはずです。

 これは絶対イヤ。ここはこうであってほしい。そういった拘りを持つポイントは人それぞれ、いくつかを拾い出して、自分ならではのチェックリストを持つと、自分と似合う種族というものがクリアになってくるのではないでしょうか。

23 いつも彼のことばかり考えていませんか。  彼の仕事姿を応援しつつ 24時間恋愛にブレーキをかけること。

仕事が忙しいときほど恋もうまくいく―――倉田
 仕事が忙しいから恋愛できない。そんなことを言っている女の人たちがいるらしいけど、私には考えられないことですね。仕事のせいにするのは、自分が恋愛できないことの言い訳じゃないの、とさえ思ってしまう。

 私はむしろ仕事が忙しいときのほうが恋愛はうまくいくものだと思っています。仕事に限らず、恋愛以外に心を傾けられるものがあったほうが、恋は絶対にうまくいきますよね。

 女の人は発想も生活も恋愛だけになってしまいがちで、それはあまりにいい状態とは言えないと思うものです。なぜならば、男性がたぶんその気持ちを全面的には受け入れられないから。

 男の人は、女ほど恋愛で頭がいっぱいになる事がないみたいです。とくにいい男は仕事ができる働き者ですから、そんなに恋愛ばかり時間を割こうとはしません。だから、女性の方が恋愛に夢中になり過ぎて、頭の中は相手の男のことばかり、毎日でも会いたいという状態になると、二人の間のバランスが悪くなってうまくいかなくなってしまいます。

 わたしの経験から言っても、女はうっかりしていると、恋愛オンリーになって余裕がないままになってしまうようです。相手がそれをすべて受け止めてくれるような男だったらいいけれども、そんな男はいい男であるはずがないんです。頭の中は女のことばかりというような男は、たいていがろくなもんじゃありません。だからこそ、他のことで充実していないといけないと思うのです。そんな男に引っかからないためにも、女の人は自分で上手に気持ちにブレーキをかけてコントロールしていないといけないと思います。仕事なり趣味なり、恋愛以外のものが充実していれば、自然にそうなりますよね。女の人ほど、恋愛以外のものごとが充実しているほうが恋愛もうまくいく。これは絶対的真理ですね。

距離感のとり方にセンスを見せる――――齋藤
 男にして見ると。つきあった女の人が全体重を自分のほうにかけてきて、「24時間私のことを考えて、週に5日は会って」ということになると、もうそれだけで別れたくなるものです。どんないい女でもイヤになってきますよ。

 男はベタベタするより、もっとすっきりした関係を好みます。結婚する前の恋愛関係というのはとくに精神的にもみくちゃにされることが多いから、契約関係というクールなものでなくても、スマートにつきあいたい。そうして恋愛オンリーでなく、仕事やその他の要素も含めて、トータルで充実した生活を送りたいと思っています。

 それには距離感が大切になってきますが、距離を自然にとるにはやはり仕事を持つのが一番いい。仕事があれば、ある程度距離をとらざるをえないですからね。

 恋愛にひきずられて頭がいっぱいというのは、中学生や高校生ならまだカワイイけれど、大人になればそうもいきません。自分の世界を持ちたいし、必然的に仕事に時間を奪われますからね。ちゃんと自分を充実させている女のひとのほうが、男性に負担が少なくて、つきあいやすいんです。残された少ない時間をどうやりくりして男と会うか、ぐらいの女性であること、男は非常に助かります。

 女性はみんないい男と付き合いたいわけでしょう。だったら、恋愛オンリーにならないことが大事。いい男ほどやりたいこと、やるべきことが山ほどあって、恋愛だけに時間を割けないものなんですから。

24 いつまでも若くない。歳をとった時の自分を美しく思えるようになってほしい。
年齢を重ねることに価値がある。―――倉田
 最近の私がいちばん強く願っていることは、女が年を重ねることの価値を信じていこうよということですね。

 いまの日本の女が年齢を重ねることがネガティヴに受け止められがちじゃないですか。女性自身もそう思っているし、社会的にも、年を取ればとるほども女の価値が下がっていくとかるような風潮があります。

 そうじゃないんだということを、まず女の私たちが信じていこうよということを、強く言いたいですね。もちろんそれには男の人に変わってもらわないといけないわけですが、男性の意識を変えていくには、私たち女がその価値を信じるところから始めなきゃいけないのかなと思うんですよ。

 だから、「次の誕生日がきたらもう30歳だわ」なんて、悲壮感を持って誕生日を迎えるのはやめにしてほしい。年を取ることは、女としての価値を積み上げていくこと、人間として成熟していくことなんです。

 そう思える社会はきっと風通しのいい、エネルギーに満ち溢れた大人の社会だし、いい恋愛だってできる社会だと思います。だから、女性の皆さん、年を取ることを恐れずに、もっと自信を持ちましょうよ、ね。

女性も成熟をめざせる社会に――――齋藤
 女の人が成熟をめざせないとしたら、それは不幸なことです。
 男は経験を積んで、成熟すると、若い頃より明らかにモテるようになります。
 それと同じように、才能があって、いままで頑張ってキャリアを積み上げてきた、素晴らしい女の人たちが、もっと社会的にもリスペクトされ、いい思いをしてくれるといいなと思いますね。それが若い女の人のヤル気を育むことにもなりますから。

 男性の方も、経験を積んだ女の人を、性的に魅力的だと思えたほうが幸福なんですよ。
 前にも述べましたが、アンダー15が。自分のストライクゾーンだと言うような男は、生きていくうえで非常に不自由だと思います。

 成熟した男女が胸を張って楽しいと思えるなら、社会も活性化します。女の人には年齢を重ねるとともに、ますます輝いていただきたいですね。
 まず会話を楽しめる男をまずは見つけるところからですね。
 2004年4月