中年期の危機は、病気や更年期などの身体的な危機、失業や不安定雇用による経済的危機、職場の人間関係や家庭内の親子・夫婦関係の危機として経験されやすく、それらは生きがいの喪失という自らの存在を揺るがしかねない大きな危機につながります。
40代は抑うつ感が増し、再びアイデンティティの危機がおとずれる

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中年期の危機 婚外交渉を中心に=布柴靖枝著

1 中年期を生きることは――中年期の発達課題

 中年(midlife)という言葉が、英語の辞書に出てきたのはオックスフォード辞書によると1895年といわれています。ちょうど産業革命も進み、資本主義社会が確立された頃、ライフスタイルの変化とともに生み出された言葉です。ところで、中年期という何歳から何歳までを思い浮かべるでしょうか。

発達心理学ではおよそ40歳から65歳を指しています。ところが、アメリカで2000年に行われた加齢諮問委員会の調査によると65歳から69歳までの回答者の約半数が中年期にいると答えたそうです。若さを重んじるアメリカならではの回答です。中年期のとらえ方は社会的、生物学的、文化的背景によって大きく異なり、また個人差があるといえます。

 この中年期にいち早く注目したのはユングです。ユングは40歳前後を「人生の正午」と呼び、人生の午前には素晴らしいと思えたことや、楽しいと思えたことが、人生の午後に入るとそうとは思えなくなると述べています。人生の前半は、勉強、仕事、結婚、そして子育てなどむしろ外的世界に適応していくことが重視されていますが、人生の後半は、体力の限界を知ることで、自己の内面にエネルギーが向き、今まで生きられなかった心の半面(シャドウ)に向き合う作業が始まるとされているのです。

すなわち人生の前半にはできなかったことを、人生の後半で希求するようになる時期です。ユング自身もそうであったようにそれは得てして危機という形で体験されやすくなる。

 中年期は「若さと老い」、「破壊と創造」、「男らしさと女らしさ」、「愛着と分離」という対立をテーマに自分の中でどう折り合いをつけていくかが課題になります(Levinson,1978)。つまり、矛盾と葛藤を抱えながら両義的に生きていくことを求められる時期とも言えます。そして、中年期の危機は、病気や更年期などの身体的な危機、失業や不安定雇用による経済的危機、職場の人間関係や家庭内の親子・夫婦関係の危機として経験されやすく、それらは生きがいの喪失という自らの存在を揺るがしかねない大きな危機につながります。
40代は抑うつ感が増し、再びアイデンティティの危機がおとずれる「第二の青年期」であると指摘されています(Vailant,1977)。

 一方、子どもがいるカップルが中年期に取り組む課題には、1子どもの自立までの子育てと子どもの巣立ち、2 家族変化に伴う夫婦関係の変化、3 老年期にいる親世代のケアという大きく三つの課題があります。いずれも大きな家族システムの変化を求められるため、役割が固定化し、硬直化した家族や夫婦関係の場合、変容が妨げられます。
その結果、家族員のだれかに不公平感が募ったり、家族内葛藤が生じ、棚上げされてきた未解決の問題が浮上しやすくなります。
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 このように中年期は、さまざまな矛盾や葛藤を内包しながら、やり残した課題に取り組み、生き方の質的変容を個人としても、夫婦・カップル・家族として求められる時期といえるでしょう。

2 中年期の婚外交渉をどのように捉えるか

1〇婚外交渉

――データから
 中年期は、第二の青年期とみいわれるように、個人的に取り組むべき課題も再浮上し、生き方をもう一度見直し、選択する時期になります。それは、個人の課題としてだけではなく、夫婦のカップル関係を問われる危機として体験されることにもなります。

 なかでも、こういう時期に生じやすい夫婦・カップルの問題の一つに婚外交渉が挙げられるでしょう。
 夫婦・カップルの関係の問題のなかでも、婚外交渉は、二人の関係性に大きく影響を与える大きな問題だといえます。筆者は、心理臨床に携わるなかで、婚外交渉の問題を含む夫婦・カップルの相談にも多くのってきました。
そこで本章は、中年期の危機のなかでも、夫婦・カップル関係を深く問われる婚外交渉について焦点を当てて述べていきたいと思います。

 それはまず、婚外交渉のデータからみてみましょう。
 婚外交渉の調査は、さまざまなところで行われています。たとえば、2004年にアメリカのシカゴ大学において行われた調査では、既婚男性の20.5%、既婚女性の11.7%が過去に一度は婚外交渉の経験があるという結果が出ました(Davis et aL,2005)。

 また日本において3208名の40歳以上の男女を対象にしたWeb調査(二松 2010)によると、夫の34.6%、妻の6%に「浮気(その場かぎりのセックス)」の経験があるとの回答がありました。また、夫の経験者のうち、その28.7%が2回以上の経験があり、常習化の傾向が高いことが明らかになっています。そして、60代の夫の経験者のうち10.5%から11回以上という回答が出ています。

 また、同じ相手と2回以上の継続的な関係である「不倫」となると、男性は30.3%、女性は9.9%という結果が出ており、現在も継続中が男性13.4%、女性が2.4%です。

 一方で、「不倫願望有り」と回答したものは40〜60代の夫の約半数、40代の妻で20.9%、50代で16.1%、60代12.6%です。願望と実際に行動に移すことには、大きな隔たりがありますが、それでも不倫願望を持つ人の多さからも、婚外交渉という現象は私たちの生活の中で、避けがたく起こりやすい身近な問題ととらえる必要があるでしょう。

 以上、最近の調査データを紹介しましたが、回答しにくい質問ですので、これらの数字がどの程度、正確なものを反映しているかは疑問が残るかもしれません。実際は、これらの数字をもっと上回る結果が出る可能性も否定できません。

2〇婚外交渉をどのように捉えたらよいか

――婚外交渉のさまざまな形態
 何をもって婚外交渉ととらえるかと問われると、これも個々の夫婦・カップルによって異なった回答が出てくるのではないでしょうか。性的関係をどのように捉えるかもさまざまでしょう。婚外交渉とほぼ同義として使われている言葉に浮気、不倫、不貞行為、情事などあるでしょう。なかでも民法では、不貞行為を男女間の性交渉をさすとし、性交渉を伴わない男女の密会などは不貞行為には該当しないとされています。

 そして、配偶者に不貞行為があった時は離婚事由に該当すると民法770条で規定されています。実際の判例では、一回の不貞行為は、男女間の実際の性交渉をもってみなしていることがわかります。

 しかし一方で、最近は、ネット上でのサイバーセックス依存の問題が浮上しています。サイバーセックスがインターネットを通して疑似性交渉をもつことをいいます。とくにアメリカでは、サイバーセックスインターネットで広がっており、身体的な接触はなくても、ネットを通して疑似婚外交渉によって、カップル関係を悪化させ、家族にも大きな影を落としている例がたくさん報告されています。

しかも、サイバーセックスは、本人の自覚がないままに短期間に依存症になりやすいといわれております(Jones& Tuttle,2012)。実際、サイバーセックスでは、ネット上だけの付き合いで、現実には性交渉を直接もっていない関係が続きます。しかし、サイバーセックスにはまっている人のパートナーは、まさに婚外交渉をされている立場と同様の傷つき体験をし、夫婦・カップル間の問題を抱えています。
このように最近は、ネットの普及により婚外交渉といっても、その形態はかなり多様化していることがわかります。

 また、今日の婚外交渉の問題を考える場合、論理的問題としてのみに捉えるのではなく、夫婦・カップルの関係性のあり方を問われる問題として捉える視点が重要です。実際、婚外交渉の関係を見直すことによって、関係が改善することも少なくありません。また、はじめは婚外交渉からスタートしたものの、パートナーを傷つけた責任等をすべて引き受けて、その痛みとともに離婚し、その相手と再婚を選択した事例もあります。

このように婚外交渉を一概に悪と見なさずに、それもまた生き方の一つとして捉える視点も忘れてはならないでしょう。筆者の心理臨床経験からすると、若年のカップルにおける婚外交渉の発覚は、離婚に至る事例が多いのですがが、中年期以降に起こる婚外交渉は、カップル関係の見直しと改善に向かう事例が多いのも事実です(布柴 2009、2013)。

 しかし、婚外交渉によって引き起こされたパートナーへの不信感や、裏切られ感などの傷つき体験や罪悪感は、その後の夫婦・カップルに大きな影響を与えることには変わりはありません。これらの問題を夫婦・カップルとしてどのように受け止め、いかなる自己決定をしていくかが問われることになります。

3〇婚外交渉に関する二重規範

 婚外交渉に関しては、多くの歴史学や文化人類学の研究でも示されているように、長い歴史の中では公に認められている地域や文化・風習が多く存在してきたことがわかっています。婚外交渉の考え方も地域、文化、風習、時代によって異なり、変遷を辿って来たこともわかります。たとえばナイジェリアのコフィア族では、夫に不満だが離婚は望まない女性は、正当な愛人をもち、夫の家で一緒に暮らし、同じ特権が与えられ、だれもこうした婚外関係を不倫とは考えていないそうです。

 一方で、アフリカのロジ族は、妻でない既婚女性と一緒に歩いたり、かぎ煙草を送っただけで不倫と見なされていた地域もあるようです(Fisher,1992)。また、家父長制が重んじられた時代には、日本・中国・産業革命前のヨーロッパでは、不倫という言葉は、男性にはあまり用いられませんでした。むしろ、家系をつなぐために男性が未婚の妾をもつことはむしろ許容され、父方の血を受け継ぐ婚外子も中国では、すべて嫡子として取り扱われてきた歴史があります。

男性は既婚女性と関係をもったときだけ、不倫の烙印を押されました。一方、女性の婚外交渉は厳しく禁じられ、相手が未婚の男性であっても、不貞を働いた女性は、死を持って償わされたといわれ、たとえばヒンズー教徒の男性は、不倫を犯した妻を殺すことも出来た時代もあると言われています。このように婚外交渉について、男性と女性で二重規範があったことがうかがえます。

 西欧の歴史ではじめて不倫を罪ととらえたのは古代ヘブライ人だったといわれています。キリスト教においても、イエスの時代を経て何世紀も経つとしだいに性行動は神に対する罪であるとみなされるようになり、性的な禁欲と神が結び付けられるようになりました。

中性に入ると、キリスト教においても夫婦の性交は生殖のためにのみ行うべきもので、不倫は悪魔の化身の行為とみなされるようになったのです。このように西欧社会において、キリスト教の普及によって、不倫は道徳的規範としてあってはならないものとして浸透していきました。しかし、それでもさまざまな危険を冒してでも、婚外交渉は密かに続いていたことが多くの資料からわかります。
 次に、現代社会において婚外交渉が起こる要因を見ていきたいと思います。

4〇現実のファンタジーの狭間で起こる婚外交渉

――その背景要因
 現在社会において婚外交渉において婚外交渉はどのような背景の中で生じているのでしょうか。衡平理論(Hatfield&Walster,1978)によると、均衡のない愛情関係は破れる傾向があり、受け取るものより得る者が多いと感じる側が婚外交渉をもちやすいといわれています。

婚外交渉は、セックスの問題というよりも夫婦の親密性を問われることになります。また、文化人類学者のマーガレット・ミードは、羞恥心は傷つけられた自尊心と深く関係していると述べています。すなわち、パートナーの浮気によって自尊心が深く傷つけられたことによって嫉妬心がさらに強くなります。

 そして、婚外交渉は現実の夫婦・家族関係や職場やその他の人間関係のなかに居場所が見出せないときに、現実とファンタジーの狭間で起こりやすい現象です。すなわち、婚外交渉は現実生活の重圧から一時的に解放され、かつ夢の世界ではない、その中間に位置する第三の狭間になるファンタジーとして発生しやすいのです。

 つづく (1) 愛の対象とセックスの対象の不一致