結婚することのメリットが確実に薄れてきていると考えられます。戦後、都市に流入した未婚の若者にとって、結婚することで女性には生活の糧を、男性には身の回りの世話を保障したのでした。少なくとも日本の産業構造が大きく変わる1970年代まではそうでした。

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結婚のメリット・デメリット 伊藤裕子著

1〇結婚をめぐる状況の変化

 かつての日本は、「皆婚社会」といわれるほど結婚することが当たり前でした。生涯未婚率(50歳までに一度も結婚したことがない人の割合)がわずか数%だったのです。それが今や国税調査(2010年)によれば、生涯未婚率は男性で二割、女性でも一割に達しています。晩婚化といわれて久しく、30代前半の男性では二人に一人、女性でも三人に一人が未婚です。

 結婚することのメリットが確実に薄れてきていると考えられます。戦後、都市に流入した未婚の若者にとって、結婚することで女性には生活の糧を、男性には身の回りの世話を保障したのでした。少なくとも日本の産業構造が大きく変わる1970年代まではそうでした。しかし、第三次産業従事者が増大し、女性の社会進出がいわれ、また、さまざまなサービス産業の外部化が進むことによって、結婚という手段によらなくても、収入面でも生活面でもなんとか暮らしていける状況が生まれました。さらに、性に対する規範や結婚と性の結びつきも、昔には考えられないくらい緩くなりました。

 実際、30〜34歳層の独身男性では、「結婚することに利点がある」と考える者は調査の回を追うごとに減り続け、他方、「独身生活に利点がある」と考える者は、男女とも、どの年齢段階でも、割合として前者を上回っています。(国立社会保障・人口問題研究所[以下、人口研と略]2012)。

 この調査によると、結婚することの利点として一番多いのが、男女とも「子どもや家族をもてる」で、調査の回を追うごとに上昇しています。次いで多いのが「精神的安らぎの場が得られる」で、男性では
前調査まで終始一貫してこれが最大の理由でした。かつて男性の多かった「社会的信用が得られる」は、今日では低下の一途をたどり、一方、女性では「経済的余裕がもてる」は急上昇しています。

これは昨今の不況により、結婚して経済的に安定したいという女性の現れと解釈できます。一方、独身生活の利点として、男女とも他の理由を圧倒して「行動や生き方が自由」であることをあげています。つまり結婚することで子どもや家族をもち、精神的安寧を得る代わりに、これまでの行動や生き方の自由が制限される、と多くの未婚男女は考えているようです。

 晩婚化は進んでいるものの未婚化の進展ではないとして、「いずれ結婚するつもり」と回答している者が九割前後で推移していることを同調査は理由にあげていますが(人口研 2012)、20代後半をピークにこの回答は下がり続けており、やはり結婚意思の減退は疑いようがないでしょう。

2〇恋人をほしいと思わない若者

 昨今、何事にも淡白な若い男性を指して「草食系男子」と呼び、揶揄と危惧の両面から話題にされています。かつてなら性的な関係は表向きには結婚によって公認されるものでしたが、今では結婚を前提としても、「好き/愛している」なら多くの場合、両者の合意によって性的な関係をもつことができます。だから恋人のいない若者は「恋人がほしい」と思うのは当然だと思われていました。

ところがいくつかの調査によると、近年一定程度(二割前後)の割合で「恋人がほしいとは思わない」若者が存在することが指摘されています。(高坂 2011、日本性教育協会 2001)。このような若者について巷間に流布しているイメージは、相手の意向にかまうことの面倒さから、生身の恋人より、架空のマンガや映像に萌えるのだといわれています。

「恋人ほほしいと思わない」若者の理由で最も多いのが、現状満足や恋愛価値の低さなど「現状維持の希求」ですが、連絡をとりあうのが面倒だったり、(「自己の志向優先」)や「親密な関係の回避」など、どれも身近にいる若者から想像される理由として「そうだろうな」と思われるものばかりです。いずれも恋人がいることによって生じるディメリットと恋愛に対する意欲の低さや、人と深いかかわりを持つことを避ける傾向が強調された理由です。恋人がいる者や恋人をほしいと思う者に比べ、これらの若者に特徴的なのは自己(アイデンティティ)の確立が低く、個人主義的傾向が強いというものでした。(高坂 2011)。

3〇結婚による恩恵

3〇結婚による恩恵
 結婚の利点として、男女とも自分たちの家庭をもち、精神的安らぎを得る場が持てるということをあげられていましたが、ケア(世話)の授受に関しては、男女で著しく非対称です。つまりケアを提供するのは妻である女性で、そのケアを受ける子ども及び夫である男性です。ここでいうケアは、単に身の回りの世話というレベルにとどまらず、精神的・情緒的な支え(サポート)も含んでいます。

 そのため配偶者のいない男性はどの年代でも配偶者のいる男性に比べ精神的健康(抑うつ)がかなり悪い。一方、女性ではどちらもあまり変わりません。同じ全国調査によるデータで結婚満足度や配偶者からのサポートをみても、やはり一貫して男性の方が結婚満足度は高く、配偶者から受けるサポートも男性のほうが高く評価しています(稲葉 2003,2004)。

さらに配偶者に対する愛情も女性に比べて男性のほうが高いのです。これは一見すると奇妙なことに思えるかもしれませんが、こう考えると納得できます。つまり男性のほうが結婚に対する期待が低いのです。機能的関与といい、人格的なかかわりを相手にさほど求めず、快適な生活が維持できればそれでよしとする関わり方で、女性のように結婚に高い期待をしていないのです。

だから結婚生活への満足度も高い。ということになります。結婚から恩恵を受けているのは男性のほうなのです。

 2 子育てと夫婦の幸せ

1〇子どもをもつと夫婦に何が起こるか

 晩婚化に伴って晩産化が進み、今や生まれる子どもの3人に2人は母親が30代以上です。合計特殊出生率は幾分持ち直し、1・41にまで上向きましたが、人口を維持する2.1には程遠い数字です。しかし、夫婦が欲しいと思っている子どもの数は常に2人を上回り、夫婦がほしいけれどもてない/持たない状況が続いています。何がそうさせるのでしょう。

 何事もカップル単位のアメリカでは、子どもが生まれる事で妻と夫のそれまでの関係が崩れ、妻が子どもの世話を焼き多くのエネルギーを子どもに注ぐことで、夫が疎外感を抱き、カップルの関係が悪化するという報告があります。

 一方、日本では子どもが生まれたとたん妻は母親化し、大半のエネルギーを母親役割に注ぐことを夫も周囲も容認し、かつ期待します。そのことが「三歳児神話」を生む土壌になっています。実際、子どもを産み育てるために働く女性の大半(6割)は退職し、また、働き続ける場合も、育児休業を取るのはほとんど女性です。

男性の育児休業取得率の低さは、生計を維持していることに対する休業補償の低さに由来するということより、周囲の目や職場でのポジションへの影響を恐れ、二の足を踏むというのが実状です。その結果、日本では3歳未満の子どもを日中養育しているのはほとんどが母親ということになります。

 母親の「育児不安」がいわれ始めたのは1980年代初頭で、その後さまざまなところから注目を集めました。これに対して国は少子化対策の一環として、孤立して子育てしながら母親へのサポートとして、1990年代後半以降、「子育て支援事業」などの施策を矢継ぎ早に打ち出しました。

「結婚すれば女は家庭に入るのが当たり前」と考える世代からは、当初「わがまま、ひ弱だ」と非難を浴びましたが、当の女性が味わう焦燥感には、(仕事と違って)子どもは思うようにはならない・成果が出ない、自分が世の中から取り残されていく、という思いが根底にありました。今でも状況はさほど変わっていないでしょう。男女平等の戦後教育を受け、勉強や仕事で達成を志向してきた女性たちの、それが「現実」だったのです。

 このことを端的に表す調査結果があります。一般に、結婚当初から10年までの結婚満足度は、結婚年数の経過とともに穏やかに低下していきます。しかし、子どもがいる場合といない場合では様相を異にします。子どもがいない場合は男女とも僅かな低下ですが、子どもがいる場合、夫では変化がなく、妻のみ著しく低下するのです。妻にとって夫の子育ておよび家庭への関与の少なさが、結婚満足度の著しい低下を招くのだと考えられています。

2〇日本の夫の家庭関与の少なさ

 晩婚化が進み晩産化が進むと、子育て期が30代から40代前半頃となり、男性の多くは会社で中堅として最も多忙を極める時期と重なります。育児期の夫婦の家事・育児・仕事時間の各国比較をみると、日本の男性の仕事時間が飛びぬけて長く、反対に家事・育児時間が極端に少ないこと(1時間未満)がわかっています。ちなみに、ドイツやスウェーデンでは夫の家事・育児時間は3.5時間以上あるのです(内閣府 2007)。

子どもの食事の世話のような家事的世話をするひとは、日本では主に母親(86%)ですが、スウェーデンでは主に母親、次いで両方で、主に父親も16%を占め、この10年で母親が減り、両方ないし父親が増加しています(国立女性教育会館2006)。

日本では、子育て期の夫が家事や育児に携わることが少ないのは、仕事時間が多いことが一因ですが、やはり「夫は仕事、妻は家事・育児」という性別分業観が根強いからだと考えられます。(中略)

 妻が就業している夫婦では、夫の家庭関与の高さが夫の夫婦関係満足度を高め、同時に妻の夫婦関係満足度も高めます。逆にいえば、妻が働いている場合、夫の家庭関与度が低いと妻の夫婦関係満足度が低くなるのみならず、夫自身の夫婦関係満足度も大きく低下するのです。ちなみに、妻の無職の場合は夫の家庭関与度はどこにも影響しません。

 一方、精神的健康(主観的幸福感)に最も強く影響するのは、夫では仕事満足感、妻では働いていてもいなくても夫婦関係満足度でした。しかし、働いている妻を持つ夫では、仕事満足度が精神的健康を左右しますが、専業主婦を持つ夫では夫婦関係満足度は精神的健康にあまり影響しません。

反対に当の妻では、夫婦関係満足度が精神的健康を大きく左右します。子育て期の妻が無業の夫婦では、「夫は仕事、妻は家庭」という形で完全に棲み分け、このような幸福感の源泉も妻と夫ではまったく別でした。

 子育て期に夫が子育てや家庭に関与しないことが、先見たこの時期における妻の結婚満足度の低下を生みそのことはまた、子どもが高校生・大学生となり、手がかからなくなる中年期になってもまだ、夫の子育て関心・関与の薄さは妻の夫婦関係満足度の低さと関係しているのです、いわば、それまでの夫婦の「歴史」――妻からすれば、子育てで一番たいへんだった時期に、夫は仕事の多忙さを理由に家庭を顧みなかったという思い――がそうさせるのでしょう。
 つづく 中年期の危機 婚外交渉を中心に=布柴靖枝著