浮気・不倫はとても自己愛的な行動である。自分の快感を追い求め自身の心と体の在り様を知り、何を欲しているのか、何処をどうして欲しいのかをパートナーに互い伝えあって実践できれば満足し合える!

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第三章

本表紙 内館牧子著

 ヒールのない靴をはいた祥子を中心に、東洋電機のイルミネーション会議は進んでいった。
「安く、豪華に、センスよく、個性的に」という面倒な状況を示した東洋電機であったが、結城建築事務所のスタッフは幾つものニュースなプレゼンテーションを示していた。先月の会議で、既にその中のひとつが選ばれており、重役会議をも通っていた。今月の会議はその最終確認というレベルのもので、実際に装飾工事を手掛ける現場スタッフも出席していた。

 今回のイルミネーションは、結城が初めて全面的に祥子に任せており、会議の席で祥子は笑顔で言った。「初めて。私がチーフとして進めた仕事ですので、非常に気合が入りました。絶対にお隣の銀座に負けられないと思っておりましたので、クライアントに喜んでいただけて肩の荷をおろしたい気分です」

 悪びれずに言う祥子が、謙次には意外であった。照明プランナーとして、時に新聞や雑誌にも出て言う祥子に、鼻持ちならない自信家の女かと思っていたが、心から嬉しそうに、上気した頬を見せている。

 部長の益田が、そんな祥子に皮肉めかして言った。
「あなたのような第一人者が、あまり謙虚なことを言うと嫌味ですよ。京都の名刹のライトアップまで手掛けた人が」
 祥子は笑って、手を振った。「あれは本当の第一人者の吉田公太が、全部仕切ったんです。ところが、吉田が胃かいようで倒れまして、一番美味しい時に私が代打で入ったと言うのが実情でお恥ずかしい限りです」
 益田はあきれたように言った。
「え、でも、新聞にはあなたの仕事みたいにデカデカと」
「ええ。私がさも自分でやったかのようにインタビューで答えましたので」
「ひどいなァ」
 思わず言った後で、益田は苦笑いして謝った。
「イヤ、すみません」
「いいえ、吉田も病床で同じことを言いました。ですから、病院に見舞いに行くたびに、高級なウィスキーを持って行って」
「胃潰瘍の患者に?」
「ええ、早くこれが飲めるまで回復しないと、次の仕事も私の物よって。・・・・・さすがに六本、枕元に並んだ時には、吉田は『クソーッ』って叫んでました。もっとも間もなく治って出社した時には、私の方が『クソーッ』って叫びましたけど」

 益田も他の出席者も、笑いだした。笑いが治まるタイミングをつかみ、祥子はスパッと言った。
「ですから、今回が初めてのチーフなんです。いい仕事をさせていただき、本当にありがとうございました」
 益田の目が好感を持って祥子に注がれているのを、謙次は確認していた。

 やがて、具体的な電装工事の議題になると、祥子は見事なまでに、現場のチーフをたてた。ほとんど口をはさまず、聞かれたことだけを簡潔に答える。

 謙次は新鮮な思いで、そんな祥子を見ていた。東洋電機の本社にも、三人の女性管理職がいるが、どうも手柄を独り占めしたがる傾向が、三人ともあった。あるとこまでをやらせたらスッと引けばいいものを、「私が」「私が」とアピールする。たとえ引いても、手柄は他者に移らないのであるのに、そこがわかっていない。

 大きな組織の中でやっと管理職の座をつかんだ女たちである以上、肩に力が入るのは当然かもしれないと思う事にして、謙次は許していた。それだけに、祥子の悪びれない会話や、益田の皮肉をうまくそらしたユーモアや、スタッフをたてる態度は新鮮であった。

 会議の最中、謙次は祥子ばかりを見ていた。これまで自分は知的な女には一切、縁がなかったと気づいた。みさきは愛らしい女であり、穏やかな性格も謙次を安らがせてくれる。しかし、決して知的な女ではない。謙次は恋人や妻に、知的であることを求めたことはなかった。しかし、祥子を見た今、「カッコいい女」というものがいるのだと、教えられたような気がした。

 どう考えても、みさきは「カッコいい女」にはなりようがなかった。「可愛い女」にはなれても、知性がないと「カッコいい女」にはなり得ないのだと、謙次は思い当たった。それでもやっぱり、みさきのことを一番愛していたし、祥子のような女が妻では疲れ果てるだろうということもわかっていた。祥子の左手のくすり指にはめられている結婚指輪に目をやりながら、どんな男が夫なのだろうと、ぼんやりと考えた。

 謙次は夜十時過ぎに帰宅すると、すでに風呂を終えたみさきがパジャマ姿で出迎えた。パジャマは薄手のニットで、ブラジャーをつけていない乳房が、大きく盛り上がっているのがわかる。謙次は瞬間、嫌な顔をした。祥子の薄い体を見た後では妙に垢抜けなかった。

 この豊かすぎるほどの乳房を他の男には絶対に渡したくないという思いが、結婚に踏み切る大きな要因であったのに、今ではあか抜けないと思う自分に、謙次は自己嫌悪に覚えていた。

 そんな謙次の一瞬の表情を見逃さなかった。いつもと同じように、明るく、
「お茶づけの用意、できているわよ」
 と言い、台所に立ちながら考えた。会社で嫌なことがあったとは思えなかった。謙次は間違いなく、自分を見て眉をしかめたのだ。帰宅が遅い時は、パジャマ姿で出迎えるのはいつものことである。新婚当初は化粧も落とさず、食事もせずに待っていたが、それをやめてくれと言ったのは謙次の方である。それ以来、パジャマで待とうが化粧を落とそうが、今日のような顔をされたことは一度もなかった。

「お茶づけは海苔にする? それともシャケがいい?」
 みさきは自分の声が、いつもより優しくなっていることに気づいていた。勝手に不機嫌になっているのは謙次の方なのに、ついご機嫌をとる。

「お茶づけはいらない。寝る。ちょっと風邪気味で、なんだか疲れた」
 謙次は軽く手を挙げると、寝室へと出ていった。その表情はいつもと変わりなく、口調も穏やかであった。

 それにしても、あの一瞬の眉のひそめ方は何だったのか。夫婦げんかで言ってはならぬことを口走ってしまったとか、疲れ切って帰宅した時に部屋の中が散らかっていたとか、そんな時に思わず顔をしかめたのならわかる。しかし、謙次は、ドアを開けた瞬間に不快な顔をしたのだ。これは、みさき自身に不快感を覚えたとしか考えようがなかった。

 みさきにはその原因が思い当たらず、しかし、それよりも、そんな謙次に対してついご機嫌を伺ってしまう自分が情けなかった。だが、それは当然のことだとも思う。結婚してまだ五年であり、かつ、自分にとっては不釣り合いなほど格上の夫である。みさきにしてみれば、どこかにいつも「結婚していただいた」という思いがあった。

 謙次に嫌われることが、今は何よりも怖い。しかし、このところ、少しずつだが嫌われているように思えてならない。そうでなければ、かつてのようなセックスがあるはずである。もう十一月になろうというのに、セックスどころかキスさえない。加えて、今夜の不快な表情である。
「私に飽きたのかもしれない‥‥」
 みさきは小さく、声に出してつぶやいた。飽きればセックスしなくなって当然であるし、帰宅した時に不快を露にすることも当然であろう。

 それにしても、謙次がセックスしなくなったのは、結婚後半年あたりからである。そんな早くから飽きられるとは思えない。どうして抱いてくれないのだろう。みさきの思いは必ずそこに行き着く、必ずそこから先の答えは見つからない。

 ソファに座り込みながら、みさきはふと自分の胸に目を落とした・このところ、太り気味であることはわかっていた。どうしても残り物を食べて整理せざるを得ないせいか、独身時代にはなかった贅肉が、腰にウェストにもついていた。こんな体型だから、抱く気になれないのかもしれない。

 みさきは小さくため息をついた。太り気味の体を締めるために、何か運動を始めようか。昔のように、くびれたウェストとぜい肉のない腰につながる大きな乳房、という体型を取り戻せば、謙次の気持も元に戻るのではあるまいか。一人で寝室に入って行った謙次の咳が、小さく聞こえてきた。

 謙次は咳をしながら、みさきにすまないことをしたと思っていた。
 決して祥子に惚れたわけでない。あんな女を妻になどしたくもない。ただ、祥子を見た後でみさきを見たら、ひどく鈍そうに見えただけなのだ。あれほど愛撫した大きな胸までが、単に重いだけに見えた。

 勝手だと思う。思うが、そう見えた。ただ、一瞬の不快な表情は、絶対にみさきには悟られないという自信があった。みさきはそういうことに鈍い女だ。鈍い女というのは、心安らぐ。だから、謙次は結婚生活に何の不満もなかったし、みさきを愛らしい女として守ってもきた。

 今夜あたり、抱いてやればすべてが円満解決すると思う。愛しているのは事実であり、謝罪の意味も込めて、抱いてやればいいのだ。
 謙次は天井を見ながら、小さくため息をついた。やってやれないことはないと思うが、できれば勘弁してほしい。両手で包み込めないほどの乳房や、過敏に反応する体は、男にとっては垂涎(すいぜん)の的であろう。謙次も貪り尽くしただけに、よくわかる。だが、今や謝罪のためであれ、義務のためであれ、みさきの体には何も感じない。

 時々、みさきが太り過ぎていることを口にするたびに、謙次は話をそらしてきた。ダイエットだの運動だのと言い出されては困る。体重を落としたら抱いてくれるだろうと期待されても、応えようがない。妻とセックスしたくないのは、体重や体型の問題でないのだ。

 謙次はみさきの体型が崩れたとは、全然思っていなかったし、肉が付いたとも思っていなかった。
 もっとも、それはみさきとセックスしていないのだから、気づきようもないことであったが。

 リビングのドアが閉まる音がして、みさきの足音が寝室に近づいてきた。謙次はあわてて目をつぶり、寝息をたてた。抱いてやれば済むのだが‥‥と思いつつ、反射的に寝たふりをする。
 みさきは寝室に入ると、謙次に優しく布団をかけ直した。そして静かに。ダブルベットの片側に滑り込んだ。

 十一月一日、東京東洋電機本社ビルに初めてイルミネーションのスイッチが入れられた。
 堅い大企業が並ぶ大手町にあって。このイルミネーションは人目を引いた。
 祥子は、十五階建てのビルを靴下に見立てていた。靴下の中には、サンタクロースからのプレゼントが詰まっている。靴下もプレゼントもすべて白熱電球を使用して形作っていたが、地上からグリーンと赤で、ビル全体をライトアップした。

 それはビジネス街に、突然現れた夢の靴下であった。ヨーロッパの都市で見るようなシックな電飾でありながら、グリーンと赤のライトアップがクリスマスムードを盛り上げ、道行く人々は立ち止まって、ビルを見上げた。
 初日ということで、現場スタッフも結城建築事務所のチームも、東洋電機の関係者も全員がそろい、通りに出て歓声をあげた。道行く人々の多くが言った。
「これって、どこのビルを?」
「東洋電機じゃない?」
 それを耳にするたびに益田は満足そうに頷く。そして、隣りで見上げる謙次に、幾度も囁いた。
「企業としては、ますますのイメージアップだな」
 益田が「まずます」どころか、十分に満足していることは、その表情からも明らかであった。

「武田祥子というオバサン、案外やってくれるねえ」
 益田はそう言い残して、ビルの中に入って行ったが、謙次は未練がましくあたりを見回した。初日というのに、肝心の祥子が来ていない。スタッフの話によると、どうしても抜けられない出張で大阪に行っているという。少しずつ遅れて現れるのではないかと、謙次はそればかり思っていた。
「僕はしばらくここにいるよ。もう少し、通行人たちの反応を見たいんでね。部長にそのように伝えて」

 晩秋の空は、刻一刻と暮れていく。謙次はコートの襟を立て、ビルを見上げた。暮れた空に、イルミネーションはますますくっきりと輝き、家路を急ぐサラリーマンやOLたちが、歓声をあげた。
 このあたりは大新聞社や堅実な大企業のビルが多く、どこもクリスマスのイルミネーションなどはしない。東洋電機とて、今年が初めてであった。
 新社長が、
「家電メーカーなんだから、何かこうあったかい飾りをつけて考えてもいいだろう。このあたりはどこもやらないから、目立つよ」
 と言った言葉で決まった。
 祥子は「お隣の銀座には負けられない」と言ったが、このシックなイルミネーションはならパリにもニューヨークにも負けまいと、謙次はビルを見上げた。

 決められた予算の中でプランを練り、現場スタッフと渡り合い、街行く人の足を止めさせる仕事をする祥子に、謙次は改めて「カッコいい女」という思いを抱いた。

 結局、冷たい風の中に、三十分近く立っていたが、祥子は現れなかった。仕事が終了した今、祥子と会う機会はもはやない。挨拶に来社することもあるかもしれないが、そんな会い方ではなく、酒を飲みたかった。仕事終了の打ち上げにかこつけて、謙次から誘い出すことは可能であったが、それはまずいことのような気がした。部長の許可なく二人で会ったという事がバレたりすると、どうもうまくない。サラリーマン根性と言われようが、謙次はそこまでしたくなかった。

 その夜、謙次はクリスマス対応の仕事に忙殺された。イルミネーションにからみ、今からできるだけのパブを打つことや、全国の販売店で子ども達に「靴下プレゼント」を展開することなどの雑務処理に追われた。

 零時になろうという時、謙次は社を出た。イルミネーションは九時で終わっており、お手町の通りを冷たいビル風が吹きすぎていく。謙次は灯りの消えた靴下を見上げた。祥子と会う事はないだろうが、あんな立派な女を知ったことは面白かった。
 駅に向かおうとすると、タクシーが急停車した。中から祥子が飛び出してきて、謙次に気づいた。
「あら、今、お帰りですか」
「ええ、武田さんこそ、どうしました?」
「初日ですから、見に来たんですよ。大阪から最終の「ひかり」だったんで、今になっちゃって」
「今って‥‥もう終わりですよ。九時で」
 祥子は携帯電話を取り出すと、ダイヤルした。
「あ、武田です。今からスイッチ入れて下さい。ん、三十秒間でいいです。ありがとう」
 電話を切ると、祥子は笑って言った。
「大阪から益田部長にお願いしたの。ほんのちょっとでいいから見せてくださいって。明日の夜にゆっくり見ればいいんだけどね、やっぱり今日見たくて」
 その時、ビル一面に灯りがついた。人通りの絶えたオフィス街に、巨大な靴下が浮かび上がる。グリーンと赤のライトは、夕暮れ見た時よりも一段と、ビルを幻想的に彩っていた。

「オーッ! これなら文句ない。よかったァ」
 口を小さく開け、熱っぽい目でビルを見上げている祥子に、グリーンと赤のライトが反射する。
「やだ、守衛さんったら一分以上も点けてくれる。サービスしてくれて。ねえ」

 笑顔で祥子が謙次を見た。祥子の顔が闇の中で浮くように白く、唇の赤さが際立っている。興奮のせいか濡れたように黒い目が謙次に笑いかける。祥子は再び、イルミネーションを見上げた。
「きれい‥‥」

 つぶやく横顔が、泣き出しそうな幼女に見えた。その瞬間、自分でも訳が分からぬうちに、謙次は祥子を抱き寄せ、唇を重ねていた。それはほんの何秒かであり、かすった程度のキスであったが、唇をはなした時、謙次は自分のやったことが信じられなかった。ただ、抱き寄せた時に甘い香水が体臭と交じってかすかに匂ったこと、胸が非常に薄い実感だけが残っていた。

 祥子はまったく、何事もなかったように笑った。
「ありがとう。うまくいって、本当に私も嬉しいわ」
 イルミネーションが消えた。あたりは再び、ビル風が新聞紙を舞いあがるビジネス街に戻った。
「じゃ、私はこれで。おやすみなさい」

 祥子は言うと同時に。謙次の唇にキスをした。そして通りかかったタクシーに乗り込み、消えていった。
 やられた、と思った。謙次のキスを帳消しにするために、祥子は自分からも軽やかに唇に触れたのだと思った。謙次のキスの意味をわからぬはずはない。日本の男たちはいくら仕事が成功したからといって、唇を重ねたりはしないものだ。
 そして、それからというもの、会社でも自宅でも祥子のことばかりを思い出していた。

 みさきの住むマンション周辺も、このところ冬の色が見え始めていた。ベランダに干した毛布にあたる陽は、もはや冬の光であり、植え込みの木々も葉を落としつつある。みさきは毛布を取り込みながら、弱い陽射しに目を細めた。
 ここ一週間ほど、謙次の様子が不安定なことが気になっていた。
 一瞬の不快感を見せた翌日から、妙に優しい。相変わらずセックスはなかったが、この優しさはどう考えても奇妙であった。朝、出勤する時は、
「じゃ、行ってくるね」
 と言い。みさきの肩に触れたりする。今までは亜矢子の頬をつつくだけで、みさきの方はろくに見もしなかった。それに、今までは確かに、
「行ってくるよ」
 だった。「「よ」が「ね」に変わった。これだけのことで優しさがまるで違う。かと思うと、テレビを見ながらも実は見ていないことがある。今まではテレビの前をみさきが横切ったりすると、
「オイ」
 と声が飛んだものだ。試しにわざとウロウロしてみたが、謙次はどうでもいいらしく、何も言わなかった。
 一瞬の不快を示した後で、この優しさ、この放心。こんな不安定を目の当たりにした時、みさきは確信した。
 女がいる。
 謙次はまだ三十四歳であり、大学の同級生も、恋愛中や未婚者が大勢いる。恋愛にのめり込んで当然の年齢であるし、まして不倫の恋ともなれば、不安定になるのも致し方あるまい。
 おそらく、女とうまくいき始め、その申し訳なさから妻に優しくなっているのだろう。みさきは自分の憶測に、体の芯が冷えていくのを感じた。

 どんな女なのだろう。若いのだろうか。会うたびにセックスをしているのだろうか。仕事を持っているのだろうか。セックスはいいのだろうか。考えない方が幸せなことを、みさきは敢えてひとつずつ数えあげ、考えていった。
 考えれば考えるほど、自信が失せていく。なぜか、みさきの考える女はすべてが自分と正反対のタイプであった。
 かつて、みさきはヴァージンで謙次と結ばれ、ありとあらゆることを謙次に仕込まれた。
「みさきはこんなに可愛い顔をして、こんなにエッチな体なんだから」
 謙次はすきなようにみさきを扱いながら、幾度となく言った。それはひとつの最大級のほめ言葉として、今もみさきは覚えている。

 しかし、セックスがなくなった今、その女に対して何を武器にして戦えばいいのか。みさきは暗澹(あんたん)たる気持ちになった。

 何もかもぶちまけて、謙次と話し合いたい衝動にかられる。なぜエッチしてくれないのかということも、女がいるのかということも、みさき自身にどうして欲しいのかということも、問いだしたい。
「疲れちゃって、セックスどこじゃないんだ。女なんかいるわけないだろう。この忙しい中でどうやって知り合うの」
 そして、みさきの肩をちょっと抱き寄せて言うのだ。
「ごめんな、そんなこと考えさせて」
 ここまで見えているのに、今更何を言いたくはなかった。言えば言うだけ、騒げば騒ぐだけ自分が惨めになる。こういう時は、りこうな女ぶって、何も言わないに限る。みさきは自分に言い聞かせた。どうせ、女は若くて、謙次は体目当てにきまっている。みさきは、体だけの女なら怖くなかった。体に飽きれば、終わるだけの話だ。

 そうつぶやいた時、みさきはかすに寒気に襲われた。何だか、自分自身がダブって思えた。
 ベランダのさす弱い陽射しが、毛布を抱えて立つみさきに影を作っていった。

 その日の夕刻、謙次のオフィスに突然、祥子が現われた。
 祥子はシルクのこげ茶色のタートルネットセーターに、レモンイエローのパンツスーツを着て、ジャケットの胸ポケットらはこげ茶のスカーフを無造作に突っ込んでいた。

 それはやせた祥子によく似合い、シニョンにまとめた髪が少し乱れて、色香さえ匂っていた。長身の祥子が入って来るや、女子社員たちが思わず仕事の手を休めたほどである。
 謙次は年甲斐もなく、胸が高鳴った。祥子は謙次に笑いかけると、まっすぐ益田の席に向かった。
「どうもご無沙汰しております」
「どうも、どうも、どういたしまして、突然」
 益田が勧めた椅子に腰を下ろすと、祥子は早口で言った。
「イルミネーションなんですが、一部手直しさせて頂けますでしょうか。全然、大仕事ではありませんので、すぐに終わりますが」
「そうですか。ちょっと大倉君」
 益田が謙次を呼んだ。謙次は足がもつれそうだった。祥子ごときの、どこにのぼせているのかと自分をたしなめるのだが、足が勝手にもつれてくる。

 祥子は益田と謙次を前に、一部手直しをすることでもっと良くなることと、これは祥子の趣味でやることなので無料であることを説明した。

 益田は祥子の誠意にさかんに賛辞を贈っていたが、謙次は息がつまりそうだった。祥子が体を動かすたびに、あの夜に嗅いだ香水が匂いであったが、あの夜にかわした二度のキスが蘇ってくる。

 たかが挨拶程度の、まるで幼稚園児のようなキスに、何をドギマギしているのかと自分を𠮟るのだが、冷たい唇の感触までが意志とは関係なく蘇る。謙次は祥子の説明などはほとんど聞いていなかった。

 その夜、謙次は益田と少し飲んだ。益田は祥子の仕事ぶりや、容姿にも好感を持っているらしく、酒の肴はほとんどが祥子の話題であった。
「何というか、宝塚の男役みたいな女だよな。へんな色気があると思わないか」
 祥子の話はやめて欲しいと謙次は思った。益田がほめればほめるほど、自分の気持ちが傾いていきそうで怖かった。益田はおかまいなしに話しを続けた。
「あの色気は結婚しているから出るんだよ。亭主とやることをやっているんだ」
そうですか。僕はあまり色気は感じませんけど」
「イヤァ。あるよ、色気。ああいう女に限って、アチラのほうもすごかったりするんだ。ま、一回はやってみたいね、俺も」
 益田と銀座で別れ、謙次は新橋駅まで一人で歩いた。有楽町駅の方がずっと近かったが、少し夜風に吹かれたかった。益田のように、祥子に色気は感じないし、抱きたいとも思わない。ただ、確かに宝塚の男役のような容姿や、知性に憧れてしまったことは認めざるを得なかった。

 自宅に帰る前のワンクッションとして、謙次は師走に近い冷気の中を歩きたかった。
「憧れ」だの「ときめき」だのと、このところ縁がなかった思いの渦にいると、「日常」という場所にまっすぐに帰れない。夜風に吹かれることが、日常に戻るための助走になりそうな気がした。

 十一月の夜風は冷たく、謙次は冷え切った体で地下鉄銀座線の新橋駅に着いた。ホームに降りると間もなく、渋谷行の電車が滑り込んできた。すでに時計は十一時に近かったが、車内はかなり混んでいる。早々と忘年会でもやる人たちが多いのだろうか。
 車内に入るや、汗ばむほどの暖房と人いきれが謙次にまとわりついた。その時、謙次は突然思った。
 祥子を抱きたい。
 車内は乗客の体臭や、埃くささや、汗の匂いなどが暖房によってますます強くなっている。冷気の中を歩いてきたせいなのか、そのむせかえるような匂いは、妙にエロチックであった。

 謙次はレモンイエローのジャケットを着せたまま、パンタロンだけ脱がせてやりたいと思った。それをむせかえるような匂いの中で夢想しただけで、膝が崩そうだった。懸命につり革を捕まりながら。謙次は、
「もったいないッ」
 と自分を叱った。祥子への夢想で果てるのはもったいない。今夜なら、この気持を抱いて、何とかみさきとセックスできるかもしれない。謙次は駅から自宅までタクシーで帰ろうと思った。冷気に当たって歩いては、またみさきを抱けなくなりそうだった。
 
 その夜、十一月としては珍しく、東京には初雪が降った。
 みさきは寝室の窓辺に立ち、声を弾ませた。
「見てよ、雪よ。積もるかしら」
 水銀灯の明かりに、かすかな雪が舞ってくる。みさきはベッドに入りながら、謙次に笑いかけた。
「亜矢子が雪だるまを作るほどは、ちょっと無理ね」

 その時、突然、謙次が手を伸ばしてきた。みさきは胸に抱え込まれながら、とまどった。セックスがなければないほど悩んだのに、こうし突然の行為は、もっと不安なことであった。きっと女と会って帰宅が遅くなったに違いない。謝罪のために手を出してきたのだ。

 しかし、それでも抱かれる方がよかった。何よりも肌を触れ合う安心感がいい。それに、謝罪の気持ちがあるうちは救われる。そして、なじんだ妻の体の方がいいと分かれば、夫というものは必ず戻ってくる。今夜は思いっきり挑発してやろうと、みさきは脚を絡めた。

 謙次は絡んでくる脚に手を這わせながら、パンタロンを剥ぎ取られた祥子の姿を、懸命に想像した。せっかく気持ちが高まっている今夜を逃すわけにはいかない。義務を果たすのだ。今夜、義務を果たせば、しばらくはこの拷問から自由になれる。謙次は祥子の姿が消えないうちに、何とかやっつけ仕事をしてしまおうと、必死になった。

 ところが、突然、謙次の体が萎えた。「しまった」と焦り、懸命に祥子の姿を思い浮かべた。が、焦れば焦るほど、体は萎えていく。思いをエスカレートさせ、レモンイエローのジャケットを着たまま、下半身をむき出しにされた祥子を想像する。
 だめであった。
 謙次の全身から力が脱けた。みさきから体を離し、ベッドに仰向けになった。言葉もなかった。ただ、みさきに申し訳ないと思うよりは、千載一隅のチャンスを無駄にした悔しさの方がずっと大きかった。
「気にしないで。疲れてるのよ、あなた」

 みさきは毛布で体をおおいながら、優しく慰めた。謙次は腹が立ってきた。こんな時に、こんな慰め方をされるのが、男を一番惨めにするということが分からないのかと思った。あの祥子なら何と言うのか想像もつかない、こんな慰め方はするまい。

「ね、疲れてなければできるのよ。次は絶対に大丈夫。私、信じてるもん」
 みさきの言葉はいちいちカンにさわる。謙次は心の中で「次なんか永久にやりたかねンだよッ。だからもったいないって思ってんだろッ」と叫んだ。そして、一言も返さず。毛布をかぶって背を向けた。
 
みさきはその背を見ながら、確信がさらに強くなっていた。
 今夜は女を抱いてきたのだ。女を抱いた夜に、謝罪の意味で妻を抱くという話はよく聞く。女とよほど激しいセックスだったのだろう。体力が持たなかったのだ。その一方で、自分の体はやはり、夫を欲情させるほどの魅力がないのだとも思った。まだ三十四歳の男なら、魅力を感じれば途中で萎える事はあるまい。

 そう思うと、みさきはどうしていいのか、わからなかった。ただ、この長いセックスレスは女の存在と切り離しては考えられなかった。もしかしたら、女とは結婚半年後くらいから関係があったのかもしれない。それは、ちょっとセックスレスの始まった時期に重なる。

 窓の外では、雪が激しくなっている。こんな夜はただ抱いて眠ってくれるだけでも嬉しいのに‥‥と、みさきは雪を見ていた。

 多摩川を挟んで東京でも、雪は激しくなっていた。祥子は義彦に抱かれながら、身をそり返らせて窓辺に目をやった。半開きのカーテンから、降り積もる雪が見える。
 義彦が手を伸ばしてきた時、祥子は婉(えん)曲に断った。
「明日、ゴルフで早いんじゃないの」

 だが、その後の言葉はディーブキスで封じられた。結婚生活というのは「日常」であり、「日常」はロマンチックからほど遠いからこそ、平和に成立する。共に平和を勝ち取り、わかちあっている夫婦には同士愛が芽生えて当然であろう。同士になった者たちは、ディーブキスだのセックスだのということからだんだん離れていっても不思議はない。それは困ったことでもなく、現代病でもなく。夫婦にとっては当然の過程であり、歴史なのだ。祥子はそう思いながら、致し方なく舌を絡ませた。

 明日は早朝からゴルフだというのに、義彦はまったく手抜きはしない。いつもの手順でねっとり攻めて来る。このセックス好きと律義さはどうにかならないものかと、祥子は腹が立ってきた。

 今夜はイルミネーションの手直しを考えたいし、とにかく早く終わらせようと、祥子は十分も経たぬうちに果てる演技を始めた。ところが義彦は、それを「もっと」と受け取ったのか、何時にもまして濃厚に絡んでくる。

 祥子はツボを押さえて、適宜、声を上げながら、「こんなことをしている時間があれば、手直しのラフスケッチが五枚は描けたわ」と思っていた。こんなセックスに、感じるわけがない。せめて、恥ずかしい姿態を「恥ずかしい」と思えるなら、その羞恥心に対して感じるだろう。しかし、今や何をされようと恥ずかしくもなかった。早くおわってくれるなら、何だってするくらいの気持ちであった。

 祥子にとってはまさしく「おつとめ」でしかなかった。他人同士が寄り添って生きていくのが「夫婦」である以上、相手の嗜好に寄り添うことも、義務のひとつであると祥子は解釈していた。
 祥子は組み敷かれたまま、首を窓辺に向けた。このまま雪が降り積もれば、イルミネーションはもっとロマンチックに見えるだろう。そんなことを思いながら、舞い落ちる雪を見ていた。

 ところが、翌日の土曜日はよく晴れあがっていた。雪はほとんど残っておらず、義彦は嬉々としてゴルフ場へと出かけて行った。
 遠く富士を眺めながらのゴルフ日和であったが、この日、義彦は午前中に53を叩いた。いつもは40台の前半で回り、どんなに崩れても50台を叩くことはめったになかっただけに、53というスコアーには少なからずくさっていた。

 クラブハウスでランチをとりながら、義彦は照れ隠しのように舌打ちした。
「まったく、昨日カミさんと頑張りすぎたせいだよなァ」
ビールジョッキを傾けていた今井が、びっくりして聞いた。
「武田、お前‥‥やってんのか。カミさんと」
「当り前だろう。十日に一回、たっぷりやっているよ」
 義彦は当然の如く言い、再びスコアーカードに目を落とした。
「三ホール目まではよかったんだァ。四ホールでOBが二つ続いたのが、流れを変えたよな…」
 義彦の言葉を遮り、中山と桑田が聞いた。
「お前、十日に一回って‥‥ホントか」
「たっぷりって‥‥時間をかけるのか」
 義彦はスコアーカードをしまい、ビールを干した。
「十日に一回、一時間以上かけてちゃんとやっていますよ」
 今井ら三人は、身を乗り出してきた。

「よくカミさんとできるな、お前、俺、全然ダメ。一年もやっていない」
「俺も一年はカンペキに触ってない。女房がイライラしてるのわかるから、困っちゃってサ」
「俺は死ぬ気で、三ヶ月に一回はやっている。やってやると、女房のご機嫌がまるで違うんだもんな。ま、時間は十分もかけていないけど」
 義彦は内心、「こいつらもセックスレスか」と思った。こんな話は学生時代の仲間としかできないが、誰と話しても大抵が妻とはセックスレスであるという。その期間は三年以上という者もいれば、一か月という者もいたが、いずれにせよ、かける時間は十分程度という者ばかりであった。

 今井が突然、ニヤリと笑った。
「武田、お前、女がいるだろう。女とやった日はカミさんにもサービスする」
「俺もそう思ったところだ。しかし、三十七にもなって、女房までサービスとは、お前は性豪だな」
 義彦はふと真顔になった。
「義務だと思っているからな」
 今井が苦笑した。
「義務で一時間以上もできるか。それもカミさんとなんかと」
 桑田が声をひそめた。
「俺、女がいるんだ、実は」
 桑田は妻とはできないが、女とならばいくらでもできるという。今井がそれに影響されたのか、言った。
「俺も実は、女と別れたばかりでサ。女とは二年くらい続いたけど、要は飽きたんだ。カミさんとできないわけが俺には理解できたね。結局、飽きるんだ。長くなりゃ誰とでも」
「そういうことだな。だけど、カミサンの場合は飽きたからって別れる気はしないしサ。何ていうか、今さらメンドくさいしな。離婚も」
「お前、それを言うなら、家族の情ってヤツが生まれるって言えよ」
「それだよ。家族ってヤッは肉親なんだから、やれるわけないんだよ。そんなもん、近親相姦の趣味がなきゃやれないよ」
「とにかく、武田は立派な人間だよ。選挙に行き、納税をし、妻とセックスし。すべての義務を果たすんだから大したもんだ」

 最後にジョークに紛らし、三人は午後のランドに備えるべく。洗面所へと立って行った。
 義彦はクラブハウスの窓から見える富士を眺めながら、妙に沈んだ気持ちでいた。女も作らず、妻と時間をかけてセックスする自分が、小さくまとまった家庭的な小市民のような気がした。

 ペットクリニックにやってくる女たちの中にも、義彦に好意を見せる者もいた。ただ、そんな女たちに手を出して、一時の遊びで家庭を壊したり、祥子ともめたりする方がずっと面倒だった。祥子はセックスが好きなのだし、毎回達しているのは十分にわかっている。どっちみち、誰とやっても飽きるのであれば、外に女を作ることには何の意味もあるまい、十日に一度の夜を心待ちにして、どんなことでもする妻を悦ばせてやる方が、夫としてはずっと上だろう。

 何も「火宅の人」だけが、男のロマンではないのだ。
 しかし、「立派な人間」という一言が、心に影を落としていた。本来はほめ言葉であるはずなのに、「立派な人間」と言われた時に喜べないのはなぜだろう。「動物的な男」と言われる方が、ずっと心躍る。

 獣医の義彦には、わかっていた。「動物的」という言葉には、本能に逆らわらない図太さ、大きさが感じられる。それは男とってみれば、セクシーな褒め言葉である。しかし、「立派な人間」という言葉には、本能を抑え込んで、バランスを取りながら周囲に気を遣っているような、そんな匂いがあった。

 祥子に夫としての義務を果たし、己れの悦びよりも相手を悦ばせることを考える自分は、確かに「立派な人間」だと思った。
 窓辺の富士に向かって、義彦は自嘲した。
 午後のスコアーは58を叩いた。

 その頃、謙次は亜矢子の手を引き、電車に乗っていた。土曜日の車内は家族連れで混みあっている。
 どこに行くというあてはなかったが、渋谷にでも出て、亜矢子にアニメーション映画を見せようと考えていた。
 昨夜、途中で体が萎えてしまったことは、謙次に大きな衝撃を与えていた。祥子に対する思いもあることは事実だが、それはみさきへの愛情とは比較にならない。夫婦というものは、愛情に昇華しているほどなのだ。確かに昨夜は背を向けて、ふて寝をした。心の中で、みさきは悪態もついた。だがそれは、みさきを嫌っているのではなく、体も心もその気になっている彼女に大恥をかかせてしまったという情けなさもあった。とはいえ、謝るのはもっと惨めになるし、昨夜のことを朝から思い出すことになる。内心では夫婦とも、そのことばかりを思い出しているのだから、もうたくさんだった。

 みさきは何かしてきたが、哀れまれているような気がして、謙次はろくに返事もしなかった。そして、昼過ぎには亜矢子の手を引いて、家を出てしまったのである。
 渋谷駅前に出ると、晩秋の陽が燦燦(さんさん)と降り注いでいた。のどが渇いたという亜矢子と、公園通りのパーラーに入り、謙次は窓越しの陽に目を細めた。新婚当初の休日、こんな陽射しの中で、みさきをキッチンのテーブルの上に押し倒したこともあったと思った。

 何もかもが、遠い日のことのように、実感がなかった。
 あの頃はまだいなかった亜矢子は、ふっくらした唇にストローをくわえ、のどを鳴らしてオレンジジュースを飲んでいる。
 可愛かった。謙次はこの子だけは無条件に可愛かった。亜矢子を傷つけるものがいたら、どんな卑怯な手を使っても復習するだろう。
 その時、突然、みさきの両親の顔が浮かんだ。
 両親はきっと、みさきをそんな思いで育てたのだろうと気づいた。みさきを不幸にする者がいたら許さないと、父親は今の自分と同じことを思っていたはずだ。それは、体が萎えるのと同じくらいの衝撃であった。

 最後の一滴までストローで吸い上げた亜矢子に、謙次は自分のジュースを差し出した。
「いらない。ママに怒られもん。お腹をこわすって」
「いいよ、ママに内緒だ」
 謙次がいたずらっぽく、人差し指を自分の唇にあてると、亜矢子も嬉しそうに人差し指を小さな唇にあてた。
 亜矢子が結婚して、セックスレスの不幸を味わい、みさきのように苦しんだら、父親としての謙次は「家に戻ってこい」と言いそうな気がした。みさきのような思いを、亜矢子には絶対にさせたくなかった。
 再びみさきの父親の顔が浮かんだ。今夜は何としても抱こうと決心した。どんな手段を使っても構うものかと思った。
「亜矢子、パパは急に買い物を思い出しちゃった。映画の前にちょっとだけ、パパのお買い物につきあってね」
 謙次はふっくらした、その頬をつついて言った。
つづく 第四章
 その夜、みさきの体から祥子の匂いがたちのぼった。それは重なっている謙次の体にもうつり、二人の汗がますますその匂いを濃厚にしていく。