木嶋佳苗や東電OLを語るときに、援助交際や売春という手段によって彼女たちは傷ついていた、だからあんな犯罪が起きたんじゃないか、と結びつけないようにしたいと思っているんです。私は自分がセックスグッズを売る仕事をしている経験や、周囲のセックスワークをしている女性を見ても、「あなたは傷ついているんでしょう」とか他人から感情を決めつけられるのが一番恐ろしい事だと思う。

本表紙 より引用

煌めきを失った性生活は性の不一致となりセックスレスになる人も多い、タブー視されがちな性生活、性の不一致の悩みを改善しセックスレス夫婦になるのを防いで新たな刺激・心地よさ付与し、特許取得ソフトノーブルは避妊法としても優れている

第三部性と女たち

彼女たちは傷ついていたか

北原 女性たちの犯罪とセックスの話をしてもいいでしょうか。私は、木嶋佳苗や東電OLを語るときに、援助交際や売春という手段によって彼女たちは傷ついていた、だからあんな犯罪が起きたんじゃないか、と結びつけないようにしたいと思っているんです。私は自分がセックスグッズを売る仕事をしている経験や、周囲のセックスワークをしている女性を見ても、「あなたは傷ついているんでしょう」とか他人から感情を決めつけられるのが一番恐ろしい事だと思う。佳苗を見ていても私は同情されたくないという彼女の意志をすごく感じましたし。宮台真司さんが前に「援助交際で傷つく」って言っていたのも、全然ぴんとこなかったし、今もまったくわからないのです。

上野 「援交で魂が傷つく」って言ったのは、河合隼雄さん。宮台くんはそれに反論して「援交で魂は傷つかない」って言たんだけど、後に「彼女たちは傷ついている」と訂正した。私は「魂」という言葉はわからない。でも心は傷ついていると思う。だって、昔のアルバイト経験を喋っているみたいに軽く、「私さ、昔、援交やっててさあ」なんて言える? ごくごく限られた内輪というか、自分を受け入れてくれる自助グループのような特殊なところ以外では言えないでしょう。言えないって言う事は、それがスティグマを伴う行為だってことをわかってやってて、その過去を彼女たちは封印して生きてるっていうことじゃない。

北原 セックスワークをしていました、していますと言っている方もいますね。

上野 いるでしょう。でも、そういうことをやっていると、木嶋佳苗や上田美由紀もそうだけど、男が女をそういう性的な価値だけを縮減して、単純に反応するちょろい生き物だという事にとことん侮辱感を持つようになる。男に対する侮辱感とともに成長して、同時に、自分のボディや自分の一番敏感なところが他人の道具になるという経験を積み重ねるなんて、私にはハッピーと思えないわね。

北原 私も男に侮辱感持ち続けてるんですけと、結構ハッピーですよ。

信田 レイプや近親者に受けた暴力によって、傷つくっていう言葉で表せることはあると思います。ただ、援助交際や売春というのは、それに対して社会が与える、上野さんが言うところのスティグマを内面化することによって起こる傷つきそのものの方が大きいとわたしは思うんです。だから、問題発言かもしれないけど、援交や売春をしてもその社会的なものからある程度自由であればいいんじゃないか、傷つかないんじゃないかと思ってまして。ましてや、河合隼雄なんかに「魂が傷つく」なんて言われたくね―よって私は思う。

上野 そこは100パーセント賛成だけど、単なる外側からのスティグマだけじゃないと思います。セックスの道具になるという経験を長期間にわたって蓄積しているんだから。

信田 でも傷ではないセックスもあって、侮辱もあるって人もいるんじゃないですか。

上野 そんなにうまく使い分けができる人がいればね。

北原 そう言われると、スティグマを感じなければいけないスティグマ的な何かがありますよね。

上野 売春って多くの場合自傷性リベンジだから。宮台くんが援交少女のリサーチをやったときに、少女たちの参入動機を金銭動機系とメンタル系とに分けたのね。メンタル系っていうのは自傷によるリベンジ動機。親が大事にしているものをどぶに捨てるように他人に与えるという自傷自罰行為によって、その価値を守ろうとしている自分の保護者であり抑圧者に対して、リベンジを果たす、っていうものだから。

性的な居場所

信田 私は、売春については、上野さんが今おっしゃったことに同意する部分もあるんだけど、傷つく以前の問題って感じがするんです。例えば、まっさらな平面があってはじめてそこに傷つくんですよね。でも、そういう平面すら持たない人がいたとき、果たして「傷つく」という言葉がすっきり説明できるのか。カウンセリングの現場でいろいろ聞いていると、一括りにはできないんだけど、売春やそれに近い経験のある人は結構いるんですよ。彼女たちは、誰かの性的対象になることで、自分のアイデンティティを復活させようとする。アイデンティティって言うのもおかしいんだけど、性的対象にならなければ自分というものが存在しないっていう自分、を持っている人たちが一定数いるわけですよ。そういう人は、子供の頃に性虐待の被害者だってことも多々ある。
 特に父親からの身体的暴力ですよね。よくあるパターンでいうと、小さい頃からお父さんから「このブス」「このアマ」とか、「テメ―がいるからだめなんだよ!」みたいな感じで、ボコボコにされていた娘が、年頃になっておっぱいが膨らんだ途端、同じ父親から「お前良いケツしているんじゃん」と、性的な女性としての対応を受けるようになる。自分が性的な女性としてセクシャルな身体を持つことによって、自分をボコボコにしていた父親が私を認めてくれるんだ、と感じる。こうやって、娘は性的な眼差しの中であれば自分も生きられるんじゃないかと思うようになるんです。その延長で、いろんな男の子と遊んで、そうするとやっぱり自分を褒めてくれますよね。寝る前はかならず「可愛い」っていってくれるし、セックスしてお金をもらうとなると貸し借りも無く対等だと感じられる‥‥という形で、抵抗感なく、男たちとの性的な関係になだれ込んでいくことはよい仕事である場合もあるんですね。

上野 性的対象であることで、初めて社会的な居場所ができる。

信田 社会的というより、もっとパーソナルな居場所。

上野 自分以外の誰かが与えてくれる承認、居場所が出来るのはわかるけど、もう少し身体的なレベルで考えた場合はどうだろう。木嶋佳苗についても、「性欲があったんじゃないか」「快感があったんじゃないか」って話が出てきましたよね。でも自分が性的対象物になるっていうのは男が選んだところまでで、その後、実際の性行為で彼女が快感を得ていたとか、性欲を持っていたかと考えると、推測だけである種の感覚遮断をしないと、とてもじゃないけれど、こんなことやってられないっていう感じはあったんじゃないの。

信田 本当に、遮断でもしないとやってられないって言うのはあると思う。ただ、「こんなこと」を感じたことがない人に「こんなことやってられない」って言う相対的な比較が成立するのか。

上野 東電OLみたいに一日4人とか5人とか短時間で数をこなすことがある種の目標値になっていた場合は、やっぱりその間は「さっさと終わってくれ」と感覚遮断やらないと、とてもじゃないけどやってられないでしょう。

信田 性欲や快感という風なものじゃないと思いますよ。

上野 だよね。だから、売春や援交で快感があったっていう人は超レアな気がする。

信田 達成感なんじゃないんですか。アチーブメントといったほうがいいのか。

上野 それも、性的対象物として選ばれた時点で終わっているんじゃない。

リベンジのその先

北原 私、侮辱やリベンジについてはわかるんですけど、「自傷性」リベンジという説がわからない。私の感覚だと、気持ち良くなければ、逆にこんなことやってられないじゃないかと思うんです。

上野 あなたならばね。

北原 あなたなって、何それ、ちょっと酷くないですか(笑)。何も感じないで、何のために、ただのリベンジで東電OLは売春を続けられたんですか?

上野 その昔10代の売春が非行と呼ばれていた時代、アメリカの「思春期の性的逸脱」の例として牧師の娘がよく出て来るの。きちんとした良家の子女で、性的な行為を強く禁止され、価値のあるものとして求められてきた貞操に対して父親が与えた価値を、自らの意志でドブに捨てる。他の男に蹂躙(じゅうりん)させるわけよ。でもドブに捨てる行為は同時に、自分にとって気持ちのよい行為じゃないから、自傷でも自罰でもある。

信田 父から与えられたものって、あるんですかね。

上野 それはそうでしょう。娘は父の所有物だから。

信田 世間とか、むしろ母からっていうのもあると思う。

上野 父でも母でもいいんじゃないの。つまり世間の代理人なら誰でも。

北原 東電OLも性的に潔癖だったといわていますよね。そんな人が売春するとどうなるんですか。

信田 性的な潔癖と性的に放縦って、両極端だからこそ簡単にどちらにも行きますよ。摂食障害の人は潔癖な場合が多いんだけど、中には結婚しても夫とは全然セックスしない人もいっぱいいる。セックスしないでお人形のように夫に庇護されて、そういう自分は性的存在ではないとする人もいる一方で、お金をもらわずとも何人ともやりまる人もいる。だから私にしてみれば、どちらも同じ。

上野 そうだと思うよ。社会は性を一方で禁止しておきながら、他方で特権的な価値を与える。裏表だから。男が与えた価値であるにもかかわらず、女が唯一男に対して、自分が価値あるものと思えるのはその瞬間だけだから。若い女の子たちが「付き合っている」と言う時はもちろんセックスも込みの意味なんだけど、「やらせてあげる」っていう言い方をする子が今ではいるのね。って言うから「じやあ、あなたは気持ち良いわけ?」って聞くと、「よくない」って返ってくる。私はそんなの止めたらって言うんだけど、「やらせてあげる」っていうことが関係のメンテナンスなわけよ。彼にとって価値のあることをしてあげて、彼にとって価値のある存在であり続ける事で、関係が継続すると思っているんじゃない。

北原 私が性欲が強いからか(笑)、今上野さんがおっしゃったことにあんまりピンと来なくて。東電OLがあんなに長い間セックスを売り続けていたことに対して、あの当時は「東電OLは私だ」って言った人がいっぱいいたわけじゃないですか。その人達は、社会に対して悔しさを感じて、東電OLの気持ちが分かる、共感するって女性たちだったんですよね。私が話を聞いた女の人たちは、「私も東電OLと同じように、すごく一杯いろんな男と、社会的に良くないと言われているセックスをいっぱいしてきた」と言うんですよ。その人達が快楽以外の承認欲求とか自傷だけで、セックスをし続けたと思えなくて。

上野 一概には言えないけれど、東電OLの、本日の目標いくらとか、客を何人とるまで帰らないとかいう実績主義のようなやり方や、あの価格設定の安さで、あなたの言ったお友達のように、性欲が動機でやれると思う?
北原 もちろん、ただの性欲でやっていたとは思わないんですけど、東電OLはそこに自由なものを感じてた部分はあったんじゃないかなって思うんです。

上野 リベンジは完全に自由な選択なのよ。しかも「ざまみろ」感を伴う選択だったと思うし、達成感も解放感もあるでしょう。でも快感かどうかはわからない。
信田 それらが全部含まれるとしたら、快感もあったかもしれないね。4人にひとりくらい。今度良かったら、今度どうかなって試してみて、だめだった、って2時間ごとに終えるというような。

上野 常連客も、最初の頃は痛いみたいね。

信田 彼らとの間では快感のようなものもあったかもしれない。ただ、特定の人と精神的にも親密な関係を作ることに対しては、すごく恐怖があったんじゃないかな。

上野 北原さんのお友達の例で言うと、社会的には逸脱だと思われているような、様々なセックスを自発的に楽しんでやってさ、しれーっした顔で会社行くのは、快感ではあるよね。会社の連中のしけた顔を見ながら、昨晩私はさんざん緊縛プレイやったんだよって。

北原 そういう快感か。

上野 それだってあるんじゃん。タテマエの世界に生きているヤツらにざまみろって。

信田 東電OLもホテルのシーツを汚物で汚して出入り禁止になって言いますよね。ベッドがうんこまみれになったってことですよね。

上野 そういう快感を味わったってことはあるかもね。

信田 こういう具合に、東電OLは、彼女の一見輝かしい経歴に、異様な服装、メモも残っていたりして、すごく想像力を喚起させるね、確かに。

上野 それこそ、発情させるのね。

心の傷の両犠牲

北原 レイプや痴漢の被害者に対してもそうだと思うんだけど、必ず「心の傷」って言われることに違和感があって。もしかしたら快感があったかもしれないのに、そこに罪悪感を持ってしまうスティグマはなんだろうって。だから、東電OLの売春に関しても、ただリベンジ、自虐じゃないって考え方もあってもいいなと思ったんです。

上野 言説の政治ってものがあるから、おっしゃる通り、両犠牲がある。「傷つく」という言葉にしても、それこそ河合隼雄さんの「魂が傷つく」という言葉が、もっとも脅迫めいた保守的な言説になることもあるし、「傷つく」という事によってレイプや痴漢行為の不当性を訴えることにもなるしね。両犠牲は避けられない。
 松浦理英子さんが書いた「嘲笑せよ、強姦者は女を侮辱できない」というエッセイを『日本のフェミニズム』というシリーズの「セクシュアリティ」の巻に採用したのは私だけど、私でなければ誰も採用しなかったと思う。彼女の発言は、空前絶後、追随者がいない。性暴力に関しては、「性暴力で女は傷つく」っていうポリティカル・コレクトな言説しか、言う事を許されていない。性器に対する暴力と、身体の他の部位に加えられる暴力といったどこか違うのか、こんなもので女は傷つかないって言ったときに、そういう例も実際はあるし、そう言うことによって女がエンパワーメントされる可能性もあるけれど、逆にこの言説に乗じて免責されると勘違いする男たちもいるだろうから、両犠牲は避けられない。

北原 だったら東電OLに関しての肉体的な快感も、他人には絶対にわからないことじゃないですか。売春している女に対して、「快感がないに決まっている」みたいにこれ以上言うのって、どうなのかな。

上野 だからもうケースバイケースって言うしかない。そうじゃない場合もあるだろうが、東電OLの場合はきっとそうだったんだろうね、って。

北原 状況は違うけど、私もセックスを売ったことがないとは言えないし、嫌だったセックスもひとつやふたつじゃない。でも、「だから私は傷ついている」というより、どんな状況であっても自分の根にある主体的な欲望をどう言語化できるのか、快楽を守っていけるのかが重要なんです。そういう事を、東電OLの事件をきっかけに考えるようになったんです。

DV被害者が殺すとき

信田 ちょっと話が飛びますけれども、バラバラ殺人事件の三橋歌織(「2006年、夫を殺害、切断死体を遺棄したと逮捕(当時32)夫婦で華やかな生活を送ってるとされセレブ妻殺人事件として騒がれ、その後、2010年懲役15年確定)についても同じようなことが言えますよね。彼女、激しいDV被害を受けた人ですよね。DV被害者には「レイプは傷つく」という言説と同じように、ある種の政治的な眼差しがあって、ポリティカル・コレクト的には必ず「彼女は被害者だから」という前提がつく、彼女について書いた橘由歩さんのノンフィクションを読んだんですが、著書の中にもその眼差しが既にあるんですよね。歌織がしたたかにやった犯罪に対しての考察はどうなのかと問いたいですよ。それはすごく不愉快なものだったはずで、両犠牲はある。彼女はDV被害者であることは間違いないし、相手もどうなろうともいいくらいの男だったけど。

上野 言い切りましたね(笑)。

信田 だってこの夫の暴力は、すごく酷いものだったんですよね。しかも、あの夫婦の生活は全然セレブじゃない。

上野 そう。だって、住んでいたマンションが40平米なんでしょ。それでセレブかよ! って驚いちゃった。40平米でDV夫と一緒にいたらさ、逃げも隠れもできないじゃない。
北原 ワインボトルで殴ったからセレブ妻‥‥?
信田 え、そういうこと(笑)。彼女が自分の服装なんかに「セレブ感」を求めていたっていうのはわかるよね。

上野 正しくは、「セレブ志向妻」か。歌織の話が出たからついでだけど、彼女が夫を殺したという事に加えて遺体損傷したことを騒がれたんじゃない。殺すとこまではこれまで例があったけど、切り刻むっていう遺体損傷は驚くべき怪物的な行為だったという風に捉えられているでしょう。

北原 日本ではそうですよね。

上野 他の国でもそうかもしれないけど、私はその騒がれ方はよくわかんない。遺体損傷という行為がこのところ出てきたのは、たんにおうちがマンションになって、埋める土地がなくなったからじゃないの(笑)。もし角田美代子みたいな土地付きのおうちに住んでいれば、お庭か床下に埋めただろうってだけの話じゃない。

北原 本当にそうですよね。スーツケースに入らないから出て来ちゃった。

上野 そう、たんにそれだけ。しかも歌織さんは、山のように土を買ってきたて書いてあるけど、もし彼女が桐野夏生の『OUT(アウト)』(1997)を読んでいれば、バスルームに引きずり込でいって、ジャージャー水流してもう少し合理的にやっただろうに。遺体損傷がおぞましい行為だったと言うけど、インフラに制約されているだけでしょ、って感じ。

北原 土の案は結構いい考えだな、って思ったんですけど。土が血を吸ったんですよね。

上野 それを始末するのに何往復もしなきゃいけないじゃない。『OUT』読んでいりゃ、バスルームまで引きずって、解体すればそれでよかったのよ。

北原 バスルームと洗面所は自分の大事な場所だから。
信田 そんな殺した男を置きたくなかったのか。
上野 そうか、合理性じゃないのね。

信田 同じ時期に歯医者の息子が妹を殺して、バラバラにしたでしょ。あの時の判決に比べて歌織の判決はあまりにも重いんです。

上野 そうなの?

信田 歌織は懲役15年でしょ。あの息子の一審判決は7、8年ですよ。その後12年で確定したけど。
北原 半分なんだ。

信田 週刊誌を読んで得た情報なんだけどね(笑)。同じように家族を殺しても、なんであの息子は7年なんだと。家が歯医者で、長男も有名大学の歯学部に通っていて、次男は歯医者になるべく三浪中で、そのときに短大に通っていた妹に言われて頭に来て、殺してバラバラにした。それなのに、裁判では家族みんなで「息子は良い子だった」「だけど娘は、演劇やったりキャバクラで働いたりして、親にも酷いこと言った」とか、寄ってたかって悪口を言って、誰も娘をかばわないで、傍聴席が啞然としちゃったと。死に人に鞭打つなんて酷い家族だって。

上野 それで判決が7年だったのか。
信田 一方で歌織は最初から15年って、いくらなんでもね。

上野 遺体損傷は女らしくない行為だからよ。ナチの女性看守の罪が重かったのと同じだよ。

男は傷つくか

信田 私ね、時々考えるんだけど、男女逆さになって、お金のある女性が同じように男を援助してあげた時に、男は傷つくんでしょうか。女がお金を持って「何が欲しいの?」とか言って援助してやったら、その男の子は傷つきますか。
北原 傷つかないでしょう。

信田 その辺のジェンダー差ってなんなんですかね、
上野 どうだろう。調査してみないと分かんないと思うよ。
信田 上野さん調査してみない?

上野 男に興味ないから(笑)。しかし、セックス本番までやるホストは、自分を奮い立たせなきゃいけないわけじゃん。そういう人たちの経験談を聞いていると、「このババア」と心の中で思いながら、セックスするときに他の女の子を必死に思い浮かべてるとか言うよね。

北原 言いますよね。
信田 それって、女だって同じじゃないの?

上野 うん、だから、傷ついているかどうかは分からないけど、自分のプライドを殺してたりする痛みはあるかも知れないなと思って。
北原 ホストクラブとか面白くないからあまり行ったことはないですけど、新宿の「愛」本店って行ったことあります?

信田 店の前なら通ったことがある。男の子の写真がナンバーワンからずらーっと並んでいるところだよね。

北原 店の中に社長の銅像が立っているんですよ。
信田 銅像が犬連れてるって聞いた。

北原 何が言いたかというと、その写真や銅像が象徴するように、男の人がセックスでお金を稼ぐ場合、目の前には相手は女でなくて男がいるんじゃないでしょうか。あくまでも男組織の中で勝ち上がっていくっていうシステムの中にいるから、傷つくっていう感覚は女のそれとは種類が違うような気がします。

上野 それを言うなら、ホステスにもそういうシステムの中で、ランクを競い合ったり、達成感を味わったりすることはあるわよね。カネのある客を掴めば掴むほど達成感があるから。じゃあそれで、自分の肉体を使ってその達成感を得たとしても、その肉体が快感を感じるかどうかはわからないし、気持ち良さがあるかどうかも分からない。

信田 少し話がそれるけど、銀座のママが本書いて直木賞なんかもらっていた時代がありましたよね。銀座のナンバーワンホステスが新聞も全部読んで、その知識で会社のトップの人たちと、いわゆるセクシャルなこと出さないで付き合って、そういうプライドを持っているのが銀座のホステスであるっていう逆襲的現象が起きましたよね。でも結局、日本の経済が2000年くらいから低成長になって、会社の交際費がなくなったら、そういう人たちはいなくなった。ってことはやっぱり、ホステスも一種の経済システムに依存してたってことだね。

上野 そうね。それに「セックスや色気だけで売っているわけじゃありません」という言い方ってすごく陳腐よね。ミスユニーバースが「美だけじゃありません、知性も磨いています」って言っているのと同じ。私のボディだけでなく、知性も男の評価の対象になってますって宣言しているようなものじゃない。

北原 えーっと、結局、男が傷つくかどうかに、私たちはあまり興味が持てないって話の流れでしたね(笑)。

女目線で語り続けていくこと

北原 最後にひとりずつ、まとめる感じでいいでしようか。おふたりとお話しして、もう少し90年代が何だったのか考えたかった気もしますが、別に振り返るまでもなく私たちは現在進行形で生きてるんだなってことを生々しく感じました。私はセックスグッズの仕事をしていますから知っているんですけど、いま日本で一番売れている男性向けのセックスグッズって、オナホールなんですよね。オナニーの道具。その中の一番人気なのが「すじまん」っていう種類なんです。わかります? 筋の入っているマンコ、つまり、幼女のマンコを模したものなんです。そして2番目に売れているグッズがコンドームなんですよ。セックスで使うためではなく、オナホを使い輪回すために使われているコンドームです。AKBの例を出すまでもなく、日本の男たちがロリコン化しているっていうのが、もうはっきりしているんです。一方で私たち女は韓流じゃないですか。

上野 お願い、「私たち」って言わないで。

北原 あ、すみません、韓流は信田さんと私だけでした(笑)。それで、男はロリコン、女は韓流みたいな日本の状況を見ると、女と男がまったく別の方向を見ているなって思うんです。誰も向き合っていない。フェミニズムにはまったく責任はないと思っているんですけども、でも、女の犯罪を取材しながら、男女の関係がよくなっていく気配のない社会って何だろうなって考えるんです。上野さんはどこで間違ったんだろうって。それは嘘ですけど(笑)。木嶋佳苗や東電OLを女の人の目線でもう一回語り直したいと始まった鼎談ですけど、別に結論が出なくても、ずっと私たちが語っていくことに意味があるのかなって思いました。

信田 本当にみのりさん頑張ったね、って感じなんですけど。
北原 え、突き放ないでください。

信田 いや、本当にそう思うんだって(笑)。私はカウンセラーとして日々仕事をしていますので、基本的には毎日ミクロな問題を取り扱っているんです。そうするとね、やっぱり今って、男女が向き合うリスクがすごく高まってると思うんですよ。家庭の暴力というのは、一件仲の良い夫婦の間に生まれるんです。むしろ別の方を向いているからこそ、安全な家庭が出来たりもしますしね。この関係がどうなるとか、ずっと見て行かなくてはいけないなと。もうひとつは、私は母親を持つ、ある種の支配性というか暴力性というものと木嶋佳苗の何とも言えない殺害衝動みたいなものが、なんか繋がっているのかもしれないと思っています。女性にある暴力的な側面みたいなもの、特に母という天下無敵の衣装を纏った途端に表れる暴力性ってものに今後も関心を持っていきたいなと思っています。

上野 懐古モードになってしまいますけど、男には、あれだけ目をかけて期待してやったのに、結局応えなかったのかよ、キミたちは、って気持ちがあるよね。キミたちのここが悪いってことをちゃんと諄々(じゅんじゅん)と噛んで含めるように説いて、みんな教えてあげたのに、でもキミたちは変わらなかった。それで、さっきの北原さんのオナホールの話を聞くと、まあもう男はそれでよいかなって思います。幼児虐待しないで、レイプもストーカーもしないで、マスかいててくれりゃよい。マスかいて平和に死ねよ、と思う。女の方が男から撤退して、男女がバラバラになるなら、日本は非婚少子化の道をばく進するって、それだけでしょう。かつてと今と比べて、女の条件は何が違うかって言うと、昔は男抜きの生活設計は選択肢としてゼロだったけど、今は男要らずの選択肢ができたんですから。しかし、そうやって婚活しないですむ女が生まれた一方で、婚活せざるを得ない人たちもいる。東電OLと木嶋佳苗のあいでの12年どころじゃないですよね、もっと遡ってこの半世紀、日本の男と女っていったいなんだったんだろうと索漠とした思いに駆られてしまうのでありました。私も信田さんもポスト還暦なのよね。

信田 いや、もうすでにプレセブンティーですよ。年金ももらっていますしね。

上野 そうなの、その昔20代だったこともあり、元処女だったこともあるポス還の私としては、自分が20代で感じたことと今日語られたこととの間の落差のなさに呆然とするんですよ。あんまりハッピーエンドなまとめじゃないけど、でもね、こう言う事ってちゃんと口に出して語っていかないとだめだと思う。言葉にしなきゃだめだと思う。言葉を持てない貧しさについてさっき信田さんが語ってくれたけど、本当にその通りだよね。だから、言葉を持って女目線で現実をちゃんと暴き出すことが必要なんですよ。

北原 最後に、女が殺さない、殺されないために生きていくためにはどうすればいいんでしょうか?

上野 男は女を追い詰めるな、それしか答えはないんじゃない。ありとあらゆる意味で追い詰めるな。
北原 でも、すでに追い詰められている私はどうしたらいいんですか。本当に日々追い詰められている気持ちなんです。

信田 月並みな答えですけど、やっぱり生き延びるために、助けを求められる場所をいっぱい持つってことですよね。助けになるかどうかわからないけど、「追い詰められている」って言えることがすごく大事なんだと思う。そう言われたら、ああそうか、みのりさん追い詰められているんだ。何かできないかって思うんじゃないですか。そいう関係性がすごく大事ですよね。

北原 はい、そのときはどうぞ弁護をお願いします。

つづく あとがき
毒婦という戦い方    北原みのり