異性との性的接近とか、性的一体化ということは、エンガルフメントといって、彼女に飲み込まれてしまうのではないか、という不安を起こす、恐ろしいことなのです。だから、豊満で、魅惑的で、見ただけで飲み込まれそうな女性は、もっぱら敬遠。自分の心の深くに抑圧されている性欲にそっと忍び込んできて、微笑みかけてくれたり、囁いてくれる幻想的女の子を心の中で育てているのです

本表紙奈良林祥 著

ピンクバラ心と快楽と身体のすれ違の「セックスレス」を、どうやって埋めていくのか。たかがセックス、されどセックス、といつも思う。そして、寿命が延び、いつまでも女、いつまでも男と願っても叶えられない現実は不倫、浮気しかないのか?

第五章 モラトリアム型の若者たち

 ちょっぴり産んで、たっぷりいじる式育児のターゲットにされ、そうであるくらいだから、彼の心の中の父親の存在感はすこぶる希薄で、したがって、エディプス期をエディプス期らしく過ごすことなしに育ったような人間は、未成熟なところがありましてね。今から四、五年前によく使われた言い方ですと、スキッゾ人間というと、すこぶるつきの生真面目者で非社交的で、内気で、神経質で、善良な、分裂性気質というわれるタイプの人間のことでありましてね、風速十メートルの風が吹けば飛んでいってしまいそうな、瘦せているだけが取り柄みたいな女の子にしか興味を持てないニンフェット・シンドロームの青年たちも、多くの場合、スキッゾ人間であるようです。

 こういうパーソナリティー(人間性)の持ち主である男の子たちにとっては、異性との性的接近とか、性的一体化ということは、エンガルフメントといって、彼女に飲み込まれてしまうのではないか、という不安を起こす、恐ろしいことなのです。だから、豊満で、魅惑的で、見ただけで飲み込まれそうな女性は、もっぱら敬遠。自分の心の深くに抑圧されている性欲にそっと忍び込んできて、微笑みかけてくれたり、囁いてくれる幻想的女の子を心の中で育てているのです。そして、その心の中の幻の女の子に似た、絶対に自分を怖がらせるはずのない激ヤセ型の女の子に憧れざるを得ないのです。今の世の中、女は痩せればよい、痩せてなければ女じゃない、みたいな、ヤセ流行の様相を呈しているかに見える背景に、現実逃避てきで、ニンフェット・シンドローム的願望が、燗熟の時代といわれる社会の底辺の澱みに沈澱しているのかも知れません。

 ニンフェット・シンドローム、日本語で言うと、小妖精症候群、ということになる症状の持ち主である若い男性が私のクリニックをよく訪ねてきたのも、セックスレスのケースが増え始めた頃と同じ、今か七、八年前だったと思います。

 その頃はまだ、注目された住専なんて言葉すらほとんどの日本人は知らなくて、経済大国だの、繁栄の極まった国だのと、何の疑いも無く思わされていた時代でありました。

 ということは、要するに、額に汗し、掌に血豆を作って働く、素朴で生産的な国から、人生楽しんで生きてこそ人生さ式の消費の国へと変貌を遂げ、いわゆる燗塾した社会に仲間入りした気分でありましたのです。日本という国は。爛熟してしまえば、柿だって、後は落ちるだけ。国だって。爛熟してしまえば、後は滅びの方向へと転がり落ちるだけ、というのが、少なくとも、これまでの人類の歴史の流れの中での、決まりみたいなものでありました。

「主人は、三年ほど前から、一年に一回か二回くらいしか、私を抱かなくなりました」
「それまではどうだったんですか」
「それまでも、激しいと言うほうではなかったと思います」
「でも、一年で数回というようなことはなかったわけね」
「はい」
「で、三年くらい前から行為がなくなったと同時に、ティッシュペーパーの問題が始まった、というわけですか」
「クルマの中ですが」
「クルマの中に、汚れたようなティッシュペーパーが散らかっていた、というわけね」
「主人は、クルマ、大事にするほうでしたから、おかしいな、とは思いましたけれど、まさか、そんな変な真似してたとは、思ってもみませんで」
 と、東京都内でも西郊に当たる町から相談に見えたGさんは、恥ずかしそうに、私から目をそらしました。
 Gさん三十四歳、大手商社マンを夫に持つ二児の母。郊外の閑静な住宅地に住み、とくれば、中流の上志向と言われる日本人にとって、まず申し分のない暮らし向きであったはずです。
「初めて見たときは、夢でも見ているのかと思いました」
「ああ、あなたの寝ていらっしゃるすぐ脇で、ご主人が」
「とても悲しくて、布団をかぶって泣いていました」
「そうでしょうね。夫婦の交わりが無くなってしまっただけでも、あなたは動揺しておいでだったはずなのに、その隣で、ご主人がマスターベーション、というのはね。ちょっと、ひどすぎますね」
「おまけに、朝起きてみたら、シーツの上に、液体を拭き取ったティッシュペーパーが散らかったままなんです」
「なるほど」
「そのうち、ご近所の方から、お宅のご主人が、よく、うちの脇の暗がりに、長いことクルマを停めて休んでおいでになるわよ、と言われまして、はっと、思い当たりましたのです」
「クルマの中に散らかしていたティッシュペーパーのことですか」
「そうです。変態なんでしょうか。主人は」
「変態というほどのものではありません。ただ、多いんです、近頃、こういう旦那方が」
「まあ、嫌だ」
 嫌ですね。でも、相談の事例として、増えていることは確かです。そして、これもまた、ニンフェット・シンドロームを生み出す現代日本の風土としての歪みの産物である、という点で、考えてみる必要があると思います。

 いつまでも子どものままで

 精神分析の開祖フロイト先生のお説によれば、人間の生後最初の性的行動は、母親の乳首を吸い、栄養分を頂戴しながら、同時に、唇や舌を利用しながら、素知らぬ顔で性的快感を味わっている姿である、ということになります。
 この赤ちゃんのトリッキーな性行動のことを”栄養補給を兼ねた、対象愛”と、学問の上では呼んでおります。母親の乳首及び乳房を対象とした性愛表現というわけですな。赤ちゃんもなかなかやってくれるのです。この栄養補給を兼ねた対象愛なるものも、離乳の時期を迎えることにより、”指しゃぶり””タオルしゃぶり”に形を変え、それも禁止された幼児が自慰に活路を見い出し、いわゆる自体愛の時期をすごすことになる経過については、第二章ですでに述べましたから、ここでは省略します。

 いずれにしても、Gさんの主人のように、奥さんの五つ年上の三十九歳にもなっているというのに、性行為をやめてマスターベーションに精を出すというのは一体どういうことなのかというと、まず考えられるのは、
「一生懸命働き続けて、疲れたもので、ズルを決め込んで、マスターベーションという自己愛なるお子様向き性愛行為でお茶を濁させてもらっちゃおう」
 という魂胆から、性行為をするよりずっと楽な、マスターベーションに逃げてしまっているのだろう、という推測の仕方です。

 次は「彼の三歳から五歳くらいの間の、エディプス期という時代の家庭環境や、親子関係などから、いわゆる、マザー・コンプレックスの処理が必ずしも十分にはうまくやれなくて、心の深層に母親への精神的固着が軽度にあって、彼は軽いマザフィグ族であり、だから、子ども時代への復帰願望がいつも無意識という心の働きとしてあって、それが、何らかのきっかけで行動として表面に出てきてしまったのであろう」
 という推測の仕方です。

 幼児期への復帰願望があるため、大人の世界のものである性行為を営むことには大変な負担を感じないわけにはいかないけれど、マスターベーションという事態愛的性行為ならば、子どもの領域のことだから、楽々、クリアできる、という次第であるわけです。そして、マスターベーションしているときの彼は、幼児に戻ってしまっているから、精液を拭き取ったティッシュペーパーの後始末のことなど、全く眼中にないのでありましょう。

 という、背景でもなければ、一流とまではいかなくとも、とりあえずは商社マンとして仕事をこなしている、それも、やがて四十歳になろうかという男性が、マスターベーションの後始末のチリ紙の始末を愛妻にさせるようなことを、平気でするはずはないでしょう。

 マスターベーションは自体愛的性行為だから容易なのだ、と申しました。大人である男にしてみれば、赤子の手をひねるようなものです。だから、Gさんのご主人のような、幼児期へのこだわりを強く心の深くに持っていて、だから、性行為って疲れるなあ、と、思い、夫だからしなければいけないのだろうな、と、結婚した日以来思い続けていたであろうような男性には、これしかない、みたいな性の世界であるわけです。性行為は二人三脚的行為でしょ。それに比べれば、自慰は、一人で駆けっこするみたいなものですからね。
相手への気兼ねもいらないし、相手と呼吸を合わせる努力なんてものもいらないし。おまけに、自分好のファンタジーを刺激剤として、絶対に自分が性の勇者であり得るわけですからね、マスターベーションというのは。この本の中で、子どもの特性を表す言葉として、万能対象、誇大自己、という言い方がある、と申しましたけれど、マスターベーションは、この、子どもの特性を、満たしてくれてしまう行為であるものでありますよ。だから、ピーターパン族男性であったり、ニンフェット。シンドローム真っ只中という若い衆や、そうした連中のOBに当たるお父さんにとって、マスターベーションは、たまらない魅力、ということになるのです。

 こういうセックスレス亭主たちを、私は、既出のセックスレスの分類表の中で、D、モラトリアム型と位置づけておきました。モラトリアム型とは、いつまでも子どものままで原級に止まっていたいと願い続けている人たち、という意味です。

 性の成長とマスターベーション

「私には、結婚したら、こういうことになるだろう、ということは、分かってました」
「ああそう、分かっていたのね」
「一人っ子でしたから、結婚してくれないと困る、と、親や親戚にうるさく言われて、仕方なくという感じでしたし、それに、マスターベーションの悩みもありましたですから」
「そうね、あなたは、そのことがあったからね」
 Hさんは結婚する三年前の三十歳の時、正常なマスターベーションがやれるようになれないものか、ということで、相談にきたことがあったケースでありました。結婚したいという気持ちが起きない。セックスに自信がない。自分の自慰のやり方は、友だちのとは違う。異常なのではないか。というようなことを心配して、一回だけ来所でした。そして、再度の来所の主訴は、結婚後のセックスレスであったのです。

「結婚してもうじき一年、だって」
「ええ」
「その間、ずっと交渉はないの」
「自信ないんです。」
「自信ないって言ったって、君はマスターベーションをやれているヒトなんだから、ちゃんと性行為やれる体の仕組みは、整っているんだよ。自分で自信ない、なんて言ってたら、やれるものをやれなくしているだけじゃないの」
「この前来た時、先生の説明聞いて、そこのところはわかったつもりなんですが、自分でちゃんとマスターベーションがやれてないことが、いざとなると、不安になって」

 彼Hさんは、北関東では名の知られた温泉地の生まれで、父親は土地でマッサージ業を手広く営んでいる人で、Hさんは、父親の商売の関係で女性のマッサージ師さんが家にのべつ出入りすることで友だちにからかわれたり、虐められたりしたことが原因で、父親を、小さい頃から憎んでいたという。父親の女性問題で母親が悩んでいたことが、それに拍車を加えることになって、彼は、極端なお母さん子になっていったという過去の持ち主です。

 問題は思春期に達し、マスターベーションを始めるようになって暫くしてから始まったといいます。彼は、普通の男がするように、指と掌でペニスを握ってペニスをしごいて刺激を加えて射精を起こす、という自慰のやり方ではどうしても射精が起きるような快感は発生せず、ペニスが隠れて見えなくなるように脚を組み、ペニスのない、女性の外性器のような外見にすると、やっと射精が起きて満足するマスターベーションになる、という少年だったというのです。

 もちろん、彼は、それでも普通のマスターベーションなのだと思い、中学高校を終え、東京の大学に入ったあたりで、どうも自分のやっていることは、普通ではないらしい、という不安を抱き始めたというのです。

 マスターベーションは、思春期から青年期にかけての男にとっては、人生における必修科目の一つと、私は位置付けています。なぜ必修なのか、というと霊長類である人間にとっては、性欲は本能であっても性行動は、もはや本能でなくて、習い覚えていくべきものの一つだからです。だから、ゆくゆくは、恋もしよう、結婚もしよう、だから、性行為もしよう、と思っているのであれば、思春期に達し、はっきりと異性、というものを意識させられるようになった時点から、赤ちゃん時代の母親の乳房を対象とした、栄養補給を兼ねた対象愛ではなく、はっきりと他者を意図した対象愛的性愛の実行に備えて、性欲の意識的満たし方、を覚え始めなければならないのは、人間として生まれた以上、当然の責務なのです。将来、絶対に、性行為などということは致しません、との一札を入れた人生というのであれば、話は別ですが。

 つまり、マスターベーションという行為は、少なくとも、思春期から青年期にかけての人間にとっては、将来の性行為における登板に備えた、ブルペン(投球練習場)での肩慣らしのように、申し訳なさそうにやるものではなく、前向きな心構えでやるべきものなのです。

 したがって、うつ伏せに寝て、シーツにペニスを押し付けるようにしながらマスターベーションをする、というような行動は、
“ねえ、ママ、見て見て。僕、変なことしていないでしょ”
 と、母親に言い訳しながら、マスターベーションしている行動、ということになりますから、その人の性の成長の役に立たないマスターベーションということになります。性というものを、前向きに捉える気構えがなく、性を良からぬこととしてしかうけとめられていない証拠である点で、困った行為ということになるのです。結婚しても、性行為が上手く営めないのだの、結婚してもセックスレス亭主になってしまう、というようなことの、一つの予兆でもあるわけですから、ただし、マスターベーションのやり方が普通じゃないからインポテンスになったり、セックスレスになったりする、のではなくて、思春期に達するまでの間に、すでに、うつ伏せでなければマスターベーションがやれない人間に育ち上がっていたのだ、ということを見落とさないようにしてください。

 Hさんのマスターベーションのやり方は、なかなか凝っています。彼は、父親が嫌いです。だから、父親と同じ外観を持った性器では、性的興奮も起きない。そこで、まず、男の性器を消してしまわなければならなかったわけで、そこに生まれたのが、脚を組むことで、ペニスを視野から消してしまう、という智恵です。
そして、父親の不倫が加速させたと思われるHさんの父親嫌いの、体を使った表現であったと同時に、母親への無意識の近親相姦願望の自体愛的達成のための、安全この上ない少年の知恵であったのです。つまり、Hさんは、自分の体に女性を作り、それを母親と思ってマスターベーションするという、極めて上手な自慰利用を実践していたというわけなのです。なかなかの知能犯でありますな。

 結婚の三年前に私を訪ねてきた時に彼が持ってきたのは、この問題で、これはかなり念入りのマザフィグゼイション(母親への精神固着)の一例として、精神分析の専門家に紹介したのです。でも聞いてみると、東京まで通うということがとてもやれそうもない、ということで、諦めたということでした。

 結局、離婚ということになったHさんは、自分のマスターベーションをまず改革しょうと、私の所に三週間おきにセックスセラピーを受けに通ってきています。

 ハネムーンのホテルから逃げ出した花嫁

 Iさんは昔ふうに言えば立志伝中の人という事になるのであろう、三十四歳の壮年実業家。地方の中学を卒業、上京して小さな町工場に就職を皮切りに、いくつもの職業を転々としながら奮闘努力のかいあって、いまでは焼き肉屋を二軒、キャバレーを一軒、回転すし屋を一軒経営しています。千葉県の船橋市内に立派な家を持ち、あとは結婚するだけ、ということで、短大を出て目下家事見習い中という二十三歳の女性と見合いで結婚しました。

 いわば独身貴族であったIさんは、お金には不自由しません。花嫁側の希望をなんでも受け入れ、豪華な披露宴を催し、お色直しも花嫁の望むように何回も行ない、テレビの司会などもして名の売れているタレントさんに披露宴の司会をしてもらったのです。

「先生、私としては、彼女の希望は全部受け入れてやったつもりですし、彼女の両親も娘は幸せ者だと喜んでくれていたんですよ。彼女だってニコニコしっ放しという感じで、成田の空港でだって、見送りに来てくれた人に手を振って、上機嫌だったんです。それなのに、全く信じられないというか、式から二カ月たった今でも、私は狐につままれたみたいな気分で‥‥」
 と、沈痛な憤りを禁じえない気分との入り混じった複雑な面持ちで話し始めたIさんによると、そんなにも幸せいっぱいふうで、まさに喜色満面だった可愛らしい花嫁が、飛行機がふわりと離陸した途端にしくしく泣き始めたというのです。

「少し大げさに言えば、ハワイに着くまでずっと泣いていたという感じでした。その日は大安で、新婚のカップルも周りにかなりいましてね。みんな、それとなくわれわれのほうを見るし、恥ずかしくて。泣くな、なんて私が言うと、もっと泣いちゃう感じで」

 というわけで。実直で、働き者で、リッチな壮年実業家Iさんも、ほとほと困ってしまったようなのです。でもIさんにとってもっと惨めだったのは、ワイキキビーチが眼下に広がるホテルの一室に入ってからであったそうです。やがて夜になって、Iさんとしては当然のこととして、まだ食事もしないでベッドでしくしくやっている彼女の脇に行って抱こうとしたわけです。ところが彼女は、突然、助けて、と大声を上げて喚き出し、手当たりしだい部屋の備品を投げつけ、挙句の果てに、わあわあ泣きながら部屋から廊下へと逃げ出したというのでありますからね。

「恥ずかしいなんてもんじゃなかったです。それより、何が何だかわからなくて。腹は立つし、でも、うっかり何か言ってもっと大騒ぎになったら大変だし、結局、一週間の滞在を三日に短縮して帰ってきたわけです」

 ということで帰国。ところが、問題の花嫁さんは、成田の空港で出迎えの母親の顔を見たとたん、いま泣いた鳥がもう笑ったみたいにニコニコして手を振ったりする変身ぶり。彼女はそのまま親に連れられて実家に戻り、二度とIさんのところに帰ってこないというのです。
「ほんとうに、何が何だかわからないのです。十歳も歳が離れているという遠慮みたいなものがあって、私としても、全面的に先方の言い分を聞き入れて、式もキリスト教式で挙げて、披露宴の人数だって、私の身内や関係者よりも嫁の側のほうがはるかに多いことも受け入れたし、なにもそんな有名な司会者なんて頼まなくてもいいだろうと言いたいのも我慢してやったし。何が不満であんな仕打ちを受けにければなかったのか、時間がたつにつれて、腹が立って腹が立って」

 Iさんにしてみれば、故郷の出世頭である男の面目丸つぶれということに成りかねないわけです。何とか彼女に戻ってきて欲しいと願う反面、”案畜生め、許せない”という思いもあって、だから、せめて彼女の奇怪きわまる行動の説明なりとも聞かせてもらえればということで私のクリニックを訪ねてきた、ということなのです。

 要するにIさんの結婚相手が、なんと不幸なことに、モラトリアム人間、まだお子様ランチのほうがよくよく似合う、夢見る二十三歳の女性であった、ということにつきる出来事だったのです。
 花嫁の実家はもともと代々農家であったのに、東京への勤め人のためのベッドタウン化のはしりの宅地造成の波に呑まれるような形で土地を手放した、いわばにわか土地成金でした。末っ子の彼女だけは短大に通い、甘やかされ放題に育った、という家庭環境のようでしたが、私が仲人さんを通して来所を促したにもかかわらず彼女はとうとう一度も来てくれませんでした。

 親は満足な教育も受けられなかった、でも、幸いお金はある、だからせめて子どもだけは立派な教育を、などとう形の親心のもとで、えてして、二十三歳なのに二十三歳なりのアイデンティティーなどまるでないこの花嫁のような子どもが育ってしまうのは、あり得ることです。皮肉な巡り合わせとしか言えないことのようでもありました。

 モラトリアム人間というには半ば夢を見て生きているようなものですから、結婚式ごっこ、披露宴ごっこ大好き。だからIさんの花嫁になったはずの彼女も、有名な司会者に司会してもらったりの披露宴ごっこのうちはノリもよくて、笑顔のサービスを惜しまなかったし、両親への花束贈呈ごっこの時なんか涙まで出してみせたり、ノリまくっていられたわけでしょう。でも、いざ、宴(うたげ)のあと、といいますか、ごっこ遊びも終わり、機上の人になり、しかも離陸ということになってみたら”もう結婚ごっこではなく、これ本物の結婚なんだわ”ということに遅まきながら気づいて、だからそれからあとは涙、涙、まして、結婚ごっこしたのではなく本気で結婚した彼が自分を抱こうとしていたなどという現実そのものことが起こったとあっては、これはもう恐怖のどん底。半狂乱のていの駄々とは相成ったというわけです。

 もちろん離婚になりましたが、Iさんは、いくら私の説明を受けても、ふに落ちない様子です。世の中に、大人になりたくない、まだ子どものままでいたい、未成熟さにしがみついているモラトリアム人間などというものがいるということが、苦労人の彼にはどうしても理解しきれなかったようでした。
「成田離婚」などと俗称されるのも、一つの例です。

 三層のケーキ型社会

 私は、長年の結婚カウンセラーとしての経験から、世の中には、
「結婚なんかしないで、同棲くらいでやめておいた方が、ボロが出なくていいよ」
 と囁きかけてあげた人たちがかなりいると思います。
 結婚なんて誰でもやれることだと、一般的には思われているでしょう。だから、あのオオヤスの日――つまり花嫁や花ムコがバーゲンセールの大安売りのごとくにつくり出されるから大安(オオヤス)というのであろうと私は受け止めているのですが、その日に、やってあたりまえ、やらせてあたりまえみたいな顔で、結婚をし、結婚をさせていくのでありましょう。
 私は、なまじ結婚カウンセリングなどという仕事を業として四十年も暮らしと来てしまっているため、ニッポンの結婚の内蔵しているいやらしい面だとか、いい加減な面だとか、こわい面だとか見すぎてきてしまいました。だから、どうしても、結婚というものに対してペシミスティクになってしまう癖があるのかもしれませんが、このことについては章を改めて細かく語らせていただくことにします。

 ただし、結婚についての見方、考え方が昨今私どもの国でも非常に多様化してきたことは事実です。だから、お互いに性的接触は絶対に持たないという前提のもとに二人が一緒に暮らし始めて、しかも、ちゃんと結婚届を出して夫婦であるというカップルがいても、それも結婚なのです。

 ディビット・メイス博士は私のアメリカへの留学の橋渡しの労を取ってくださった人で、当時はアメリカ結婚カウンセラー協会の会長で、かつ私の恩師でもありました。博士は、三十年も前のそのころ、すでに、結婚に関しては、三層のケーキ型社会へと向けて移行しつつある、とうことをしきりに述べておられたのです。要するに、いくつかの結婚形式が共存するようになると予言していた、ということなので、まとめると、

「三層のケーキの最も外側の第一層は、多くの人間が、性の自由を享受をエンジョイすることで満足し、結婚せずに、もっぱら、時に長期に、時に短期間、同棲を繰り返すというスタイル。
真ん中にあたる第二層は、第一層よりは少しは構造的なもので、ハリウッドスタイルというか、結婚と離婚をくり返しながら生涯に数回結婚するという形。
一番内側の第三層は、一夫一妻制の概念を相変わらず承認する人たちによって形成され、その中には、結婚までは純潔を保つという者も含まれる」

 ということを述べられました。こういう、近い将来の見通しなどを聞かされると、母性喪失の時代などと言われることが、ひどく真実味を帯びたものに思えてくるのです。今は、何かというと、楽しくなければ、の時代ですからね。結婚しても独身時代と同じようでありたいし、独身時代と同じように旅行もしたいから、だから子どもは作らないという夫婦もいます。だからといって、なんとふざけた夫婦だとも言われない。母性愛神話の崩壊、という言葉が一般的読み物誌上に活字化され、母性拒否症候群と呼ばれる母親たちが精神神経科の外来を訪れる、という時代とあれば、結婚を楽しみたいから、といって初めから子どもを産まないと宣言してくれるご夫婦の方がまだましなのかな、と思ったりするのです。
いまだ人々の中心の中には、女性が妊娠し、出産さえすれば、どんな女性でも、母性愛に満ちた母親になるものだ、という思い込みのようなものがあるようです。でも、そういうもでもないらしいことは、母性拒否症候群との言葉で呼ばれる患者さんたちが現にいることが、残念ながら証明してくれているのではないでしょうか。悲しくて恐ろしい言い方をしてしまえば、よき母性になるかならないかは、とりあえず母親になった彼女の選択の問題なのであります。これは、何も、今に始まったことではないのであって、昔からそうであったことなのですが、ただ、昔という時代にあっては、女性が、子を産み、母性を生きることを、誇らしく肯定できる(いや、肯定することで、女性に、やっと一人の人間としての場を家庭内に持つことが出来る条件が整ったのだと言うべきかも知れませんが)世の中の仕組みがあったため、すんなり、本能といってもらえるほどに母性母性した母親が巷にあふれていた、という事だったのではないでしょうか。

 専門家の間では、幼児や育児の問題を語るとき、よく、マターナルアタッチメントという言葉と、インファンタイルアタッチメントという言葉を使われます。赤ちゃんが可愛くて可愛くて、お母さんが、赤ちゃんに頬ずりしたり、高い高いしてあげたり、いないいないバアーしてあげたりして赤ちゃんにありったけの愛情を示す行為のことをマターナルアタッチメントといいます。その母親のアタッチメントに応えるように赤ちゃんは、世の中にこんな可愛いものが他にあるわけがないでしょ、と言わんばかり笑顔をふりまき、体全体で喜びを表してくれる、あのお母さんへのお返しの事を、インファンタイルアタッチメントというのです。そして、乳幼児からのアタッチメントを喜んで受け止め満たしてあげる母親の役割の総体を「母性」と呼ぶのです。だから、キャリアウーマンとして敏腕女性と呼ばれたいと欲し、しかも、福祉の面の立ち遅れが目立ち、託児施設に絶対的な不足の見られるニッポンと言うこの国で、働きながらよき母性であろうとすることは、極めて大変な事でありますよ。

 例えば、生後十四カ月から生後二十四カ月までの期間を、乳幼児精神学者などの間では、ラプロッシュマン(最接近期)と呼びまして、この時期の母親と子どもの接し方次第で、ゆくゆく、その子どもが、境界パーソナリティ―障害という、今日の精神神経科の世界で最も注目されている病的人間性の持つ主に育ち上がってしまうことがあり得る、と心配されているのも、その一例です。

 ラプロッシュマン(Rapprochement)という言葉は、もともとは、外交用語でありましてね、友好関係更新、という意味の言葉なのです。仲のいい間柄を、これからも続けていきましょうね、と約束し直す、というわけですな。

 この年齢といいますと、ヨチヨチ歩きができるようになって、子どもの心の中に、生意気にも、次第に、母親からの分離意識、つまり、母親離れの原点のようなものが芽生え始める時期なのです。とご本人が思っても、所詮はヨチヨチ歩きがやれるようになっただけの段階ですからね。すぐつまずいて転がって痛い思いをして、泣きながらお母さんに抱き起こしてもらい、いい子いい子してもらって、気持ちを取り戻し、また得意そうにヨチヨチ歩き始める。このありさまが友好関係の更新的だというのでラプロッシュマンなのだというわけなのです。

 ヨチヨチ歩きながら、子どもが自分の行動半径を徐々に拡げていけるためには、母親は、情緒的エネルギーの補給源としてなくてはならない存在なのです。この、ヨチヨチ‥‥・スッテンコロリ‥‥エーン‥‥イイ子イイ子、のくり返し体験を通して、子どもは、人と仲良くすることの大切さや、楽しさを覚えていくのです。もちろん、情緒的な触れ合いの嬉しさも体得していくわけで、だから、ここで母親から、十分な情緒的応答を受けられなかった場合に、子どもの受けるマイナスがどんなに大きい物かという事も分かっていただけるかと思います。

 世の中には、悲しいことですが、昔からもちろん今は尚のこと、ボーダーライン・マザー(境界人格的母親)といわれるお母さんがおりますのです。自分の気の向く時には、溺愛したり、過干渉であるくらいなのに、けれど、自分にとって関心がなかったり、煩わしかったりすると、子どもの相手をすることを拒否したり、子どもを虐待したりする母親のことです。
「境界人格児は境界母親が作る」という言葉があるくらいでして、この境界人格母親的に母親の対応を、今述べました生後十四カ月から二十四カ月までのラプロッシュマン期にやられてごらんなさいな、子どもとしたら、生きた心地はありません。
そういう状況のことを、ラプロッシュマン・クライシス(最接近危機)と呼んでおりましてね。こいう体験をくり返していることが、ボーダーライン・パーソナリティー・ディスオーダー(境界性人格障害)といわれる、難しい人柄の持ち主に育ってしまう原因になると考えられているのです。もちろん、セックスレス亭主を生み出す基盤にもなります。

 ヨチヨチ歩いて、ステンと転がって、エーンと泣いて、そこにお母さんがいて、抱き上げてイタクナイイナイしてくれて、子どもは、自分の実力を思い知らせられたり、歩けた嬉しさ味わったり、人と親しくなることの楽しさや、人に愛されることの幸せ感を、覚えていくわけよね。
なのに、ヨチヨチ歩いて、ステンと転んで、でも、お母さんは、抱いてもくれない、イタクナイ、イタクナイもしてくれない、その代わりに”うるさいわね、この子ったら”という「見捨てられ不安」なる不安感が芽生えることがあったとしても、不思議ではないというものです。境界性人格と言われる人の心理状態の特徴を一言でいうと、見捨てられ不安であるというのが専門家の間での定説だと言われているのです。

 かわいそうよね。やっと満二歳になるかならないかという、そんな幼い時点で、もう小さい心の中に、ボクは捨てられるんじゃないかな、なんて不安を抱き始めているなんて。これが病根になって、やがて、自分をひどく理想化して喋っていたと思ったら、途端にやたらと自己を過小評価し始めたり、感情が二、三時間で激しく変わったり、自殺すると脅したり、自傷行為をくり返したり、という、なんとも扱い難い人間に育ってしまったりしても、不思議ではないでしょう。

 傷つけられた子どもたち

 前述の、メイス博士の近未来の性の予測は、一九七一年成城大学石川弘義教授と私の共訳で出版されたヴァンス・パッカード著『性の荒野』の中にも引用されています。つまり、学者の察するところでは、人間の結婚そのものが、生殖とは無縁の性を生活の中にちりばめるという色彩を強く持つものへと変質していきそうな気配なのです。どう見ても、路地という路地には、わんわんと遊びまわる子ども集団がいて、「遊ぶことは、子どもにとってのアクセサリーなのではなくて、遊びは子供にとっての責任ある人生の必修科目なのである」という私の考えが実践されている、などという夢とは、どんどん隔たっていってしまうような雲行きなのです。

 地球全体の問題として、人口爆発の脅威ということを考えに入れなければならないことは事実ではあります。だから、どの路地にも子ども集団などということは、北半球の国にはもはや望むべくもないことなのかも知れません。だからといって、児童の虐待、などということがあってよいわけはないですよね。最近、TVにも取り上げられたりで、わが国でもにわかにクローズアップされてきた”多重人格”の患者さんの中にも、その原因が、幼児期における児童虐待にあったケースが報告されています。

 でも、これ、もはや外国の問題などと言っていられなくなりまして、日本にも幼児虐待は現実の問題として、少なからず存在しています。それはともかくといたしまして、じさは、私の扱うセックスレスの中にも、多重とまではまいりませんが、明らかに二重人格のケースが出てまいりました。

Jさんは三十七歳、初婚。西洋史専攻の大学講師。結婚して十一カ月。その間、一度も性行為といえるものはない。その大学の関係者からは大変将来を期待されている逸材だという。私が会った大学関係者で彼を悪く言う人は一人もいませんでした。むしろ、あんな真面目で、学生の受けもよい彼に不満を申し立てる奥さんがおかしい、という声が多かったくらいです。

 とりあえず、相談を持ち込んできた奥さんにまず会ってみて、びっくり。結婚の最初の夜から、夫たる彼は
「キミはママでちょ。僕ちゃんの事、いい子いい子ちて」
 と、彼女に抱き着いてきた、というのです。妻なる彼女は、最初、夫がおふざけしているのかと思ったといいます。それで、彼の望むように、オツムをなでなでしてあげると、彼は幸せそうに彼女の胸に顔を埋めるようにして、ウレチイナ、と喜んだというのです。彼女は、男の人と中には、前戯というのを、こういうふうにする人もいるのだなと、本気で考えていたらしいのです。

 ところが、一週間経っても、一ヶ月経っても、彼のやることはそれだけ。彼女が思っていた性行為のようなことは何もなしなのです。
 これはおかしのではないか、と、妻なる彼女が思い始め、親に相談したところ、あなたが拒むのではないか、などといって、相手にしてくれない。お仲人さんなる人に話してみても、大学でちゃんとお仕事をなさっているあの方が、変態ではないかなんて、あなた、何をおっしゃるの、と、ここでも信じてもらえない。

 私のところに、セックスレス・カップル、ということで彼女が訪ねてきたのは、結婚して八か月もしてからでした。たまたまその頃出されて、少し話題にされていた『性を病むニッポン』という私の書いた本を読んで、という事だったのです。彼女の夫クンの”いい子いい子チテ”事件を知ったのも、それからです。

 夫Jさんにも会いました。頭脳は申し分なく明晰なのですが、人間としての育ち上がりは、とても三十七歳とはいえない、ひどくアンバラスなパーソナリティ―の持ち主で、妻の彼女が、夜、自分を相手にしてくれない、つまり、いい子いい子してくれない、と言って、台所に行って、果物ナイフで自分の手首を傷つけてみたり、人格障害をおもわせるところがありますし、僕はうつ病ではないかと思うんですが、とJさん自身精神科を望むので、精神科医に紹介、さらに精神分析医にもかかるということになったあたりで、彼女の周囲も、これは大変、ということになりました。

 事の起こりは、当節話題のセックスレス・ハズバンド、つまり、サワラナ族亭主という事であったものが、心の深層に原因を持つ、複雑な人格のゆがみの問題と分かり、離婚ということになりました。

 Jさんの場合も、父親が、ワーカホリック(仕事中毒)と言われるほどの忙がし人間で、結果として子どもに対してやたらと干渉しすぎる母親が現れ、彼は、何事によらず、彼より優秀だと母が言う弟と比較され、彼の感覚からすれば、何時も母親に虐められていた、という幼児体験の持つ主だったのです。可哀想と言えば、Jさんもかわいそう。大きくなってみたら、妻なる女性を前にして、花の結婚第一夜に、”僕チャンをいい子いい子チテ”なんて、完全に幼児化してしまう人間になりたいなんて、絶対に思っていなかったはずなのですから。

 近頃になって、ニッポンは、高度成長を急ぐあまり、とても大きな、そして多くの物を、失ってきたのではないか、と言うようなことが言われるようになりましたが、このJさんや既出のEさんの例などを見るにつけ、やれ改造よ成長よと、ブナの森が情け容赦なく伐採され、オオタカの森が切り刻まれていってしまったように、ニッポンの家庭や幼い子どもたちの心も、かなり無残に傷つけられてしまったんだな、と、思わざるを得ないのです。

 この本の書き始めからここまでマザー・フィグゼイション(母親への精神的固着)について述べてきたことを図にして示してみると次のようになります(図1)。マザフィグを心の深層に持った子供は、ゆくゆくすべてこうなるというものではありませんし、また、ちょっぴり産んでたっぷりいじめられれば、すべてこうなるというものではありません。もちろん、ここにリストアップした結果にしかならないというわけのものでもありません。俗にマザコンといわれている心の状況というものが、結構悪さをする者であることを知っていただく上の参考になれば、というための見取り図と思って眺めてみてください。

 マザフィグ族に共通している特徴といえば、”大人になりたくない”と思っているといることであるわけですから、その具体的現れとしてピーターパン症候群があり、ニンフェット症候群があって不思議ではないわけです。

 彼ら子どもの世界にとどまっていたいと願望させる心の働きは、彼らの心の深層のものですから、彼らには気づけてはいません。しかも、それは知能とは関係ないことですから、ピーターパンさんのまま一流大学を卒業、そしてお役人、ということだってあり得るわけです。
一億総ピーターパンとまではいかないまでも、偏差値の高さと、人間形成の面との間のギャップの大きさは昨今の日本のいろいろな面に問題として現れていることは確かなようで、その一つの場合が、サワラナ族、別名、セックスレス・ハズバンド(サワラナ亭主)なのだということであります。
 図1 マザーフィグゼイション発生機構(奈良林 祥)ニッポンの産業構造
 ↓   ↓「粗大ゴミ夜になったらまた戻り」
世界一のおいそが氏
  ↓   ←女としての欲求不満
父親の存在感希薄
あまり子どもを産まない
  ↓
ちょっぴり産んでたっぷりいじる
  ↓
マザーコンプレックス処理の失敗
 ↓ マザーフィグゼイション(母親への精神的固着)
マザフィグ族発生⇒ニンフェット症候群。モラトリアム人間。ピーターパン症候群。オタク族
 ↓ ⇒シンポテンス。イグビジョニズム(露出症)。ホモセクシュアリティ。ペドフィリア(幼児愛)。サディズム。マゾヒズム。
サワラナ族(裸がこわい族)
 ↓
自我の崩壊がこわい(強度の自我防衛)
 ↓
性愛恐怖症(性行為が営めてしまうことが怖い)

戦前、なぜ子どもが多かったか
親の意図が先行し、少ししか子どもを産まない、という状況における育児哲学の不在
三~五歳 ⇒父(恋敵)⇒母(恋人)
 マザーコンプレックスは、成長過程の中で通過しなければならない関門。

 そう言えば、わが国ニッポンでも、よく理解できて使われていたのかどうかは知りませんが、世紀末という言葉が頻繁に使われた時期がありますけど、近頃はそれほどでもなくなりました。あまり長続きしなかったという感じです。日本人一般は、今という時代が、ある種真空のような時代だ認識が希薄だということなのでしょうか。

 でも、我々の国は、いま、まさに、世紀末まっただ中だと、私は思っています。高齢者の自殺が増えてきたり、中学生や高校生の大麻使用が心配されたり、結婚カウンセリングなどという仕事を三分の一の一世紀以上も続けてきた人間の、これは、昨今のクライアント(相談依頼人)を通して感じさせられる、君の悪いような実感です。 

時代が人をつくる

 かつての二十歳が、今の三十歳と思ったらいい、という人もいます。もっとも、他人に言われるまでもなく、昨今の若い衆自身、二十歳で成人だなんてとんでもない、まあ、三十で成人てとことじゃないの、とおっしゃるそうでありますから、まさに、モラトリアム人間の時代ということなのでありましょう。

 モラトリアムというのは、本来「支払猶予期間」という意味の経済用語なのでありますが、まだ子どもでいたい、と言ったって、もう幾ら何でも年貢の納め時だぞ、そろそろ大人になれと発破をかけられる年齢になったというのに、まだ、往生際が悪くて、そうでございましょうが、そこんところを、モチッとお待ち願いませんかね、と、大人になる事を猶予してもらっているみたいな若い連中だからというので、モラトリアム人なのです。

 ただし、世の中が異常な早さで変わっていく時代でありますからね、今日ではもはやモラトリアム人間という言い方も、ニンフェット症候群という方も、ピーターパン症候群という言い方も、時代遅れになりまして、みんなひっくるめて”アダルト・チルドレン”つまりは「トッチャン坊や」と表現されています。

 大人になりたくない、子どものままでいたい、ということになれば、この本のここまでに登場した、マザフィグさんもそうでしたし、子供から大人への変化を恐れるという点では、自我なるフォーマルスーツに必死にしがみついていい、性行為という多彩なる変化の宝庫に足を踏み入れることを頑なに拒み続けた過剰自我防衛のBさんもその系列ということになりますね。みんなモラトリアム人間だし、ニンフェット・シンドローム(小妖精症候群)であるわけです。

 すでに前章で、父親の家庭における存在感の希薄化、そして、このような家庭を築いた土壌のうえに、母親の女としての欲求不満が生まれ、その欲求不満の穴埋め作業として、我が子への過干渉が発生し、そこから、サワラナ族というセックスレスさん、つまり、性愛恐怖症のご亭主が作り出される、という因果関係については述べさせていただきました。

 そしてその親戚筋に当たるのがニンフェット・シンドローム君であり、モラトリアム青年であり、ピーターパン症候群の若い衆であり、オタク族、別名こもり族、などなで、なのです。続々と族族の発生、という感じで、ひょっとして、他の惑星からの、ニッポン侵略のためのインベーダーの先遣部隊なのでは、なんて馬鹿な妄想を走らせたくもなります。でも、箸もきちんと使えない若いのがTVタレントであったり、車内キスだなんてものを見せつけられ、おまけに、今日もクリニックで、相次いで結婚して三年も奥さんを触っていないなどというエリート旦那の言い分などを聞かされてごらんなさいな、ついつい、そんな怪しげな妄想にも駆られてしまうものです。

 オタク族などとその連中を笑っていられたうちには、まあ、時代の風物詩みたいに眺めていても済んだかもしれませんが、今や、それが、こもり族と呼ばれるようになってくると、これは風物詩だ、なんて粋がってもいられなくなってきたのだと思います。

 オタク族は、外に出て遊びまくるなんて、そんなの嫌い、と、日がな一日、お宅にこもりっきりで、ひたすら、TVゲームの中の人物ごときもの相手に時を過ごす小中学生のことを言った言葉がありますが、それが今や、人と付き合ったり、人間関係なんてものに煩わされるのが嫌だ、という理由ら、大学は卒業はしたけれど就職もせず、家に籠って(麻雀すら面倒臭いと見向きもせず、ひたすら高度化されたTVゲームと戯れている(年齢だけの)青年たちを指している言葉になってきているのです。国の幼児化がますます進んできた、ともいえる光景でしょうし、これぞアダルト・チルドレン人間の時代そのものの風景とも申せるでありましょう。しかし、これは、明らかに、
「ねえ、セックスなんて面倒臭いことをしないで結婚しようよ」
という、すでにニッポンでも見られ始めた、宣告約束済み型セックスレスと同床異夢の存在なのです。

 先にもうしましたように、人間というものは、誰もが、長年にわたって一婦一妻制という制度に服し、子どもを持って育てる、という、今の結婚生活の主流をなす結婚の仕方に向いているとは言えないのでありましてね。中には、飽きたらすぐに別れられる”同棲”あたりがお似合いなのではないか、と思われる人物もいるのでありますから。だから、結婚なんて面倒くさいから嫌だ、と、結婚候補生から、”一抜けた”と、はやばやと脱退宣言を表明してくれる人の方が、良心的であるかもしれませんですね。

『サルとヒトのセクソロジー』等の著作でも知られている前京都大学霊長類研究所教授大島清先生のおっしゃるところによると、ヒトは、生まれてから様々な体験を積み重ねながら、十歳くらいまでの間に、脳の中の前頭葉に六つの能力がプログラミングされるというのです。思考、計画、判断、創造、他者を愛する、やる気、等々です。その間、与えられる刺激が、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚の五感をバランスよく総動員するものであればいいんでありますが、五感のうちのどれかに偏った刺激であると、生き物としての、基礎的な感覚が失われてしまうことになるのだそうであります。

 例えば、幼い時から、視聴覚中心の教育を受け、視聴覚中心の遊び(それこそ、TVゲームに狂ったように取り憑かれている坊やたちや、大学卒のトッチャン坊やたちのやっていること)でしか遊べない人間になるということは、前頭葉に与え続けられる刺激が感覚的にバランスを欠いたものになるわけですからね。大島理論に従えば、”生き物としての基礎的な感覚が失われたような人間”が、これから先、どんどん増えていくであろう、ということになるわけでありますな。
 
 つまり、いまの世の中、脳の中でも、人間の心の働きや、人間の体の働きのためのソフトウェア的役目を果たすと考えられる前頭葉に問題を抱えた人間が増えるであろうと推察されるのでありますよ。
 しかもです。最近の生理学における研究によると、人間の性行動に最初の命令を出すのは、前頭葉のある部分であろう、とされているのです。

 というような学問の世界からの発言を総合してみると、性のカウンセリングや、性のセラピスト(治療)を業としている私ごとき者が、患者の悩みの内容や、患者の訴えに、従来にはなかった不気味さや、不可解なものを感じさせられることが、昨今少なくないのは、現代というテクノストレス時代にあっては、当然のことだな、と、合点合点、というところであります。セックスレス亭主は、いわば、一つのランドマークなのでありまして、現代という時代の。

 妻さんに触れようとすることができない、サワラナ族さんも、結婚生活のある時期からサワラナ亭主になってしまう続発性性交回避のご亭主も、時代こそが病んでいる、という現実の中での、二次感染者に他ならないのではないでしょうか。

 突然のセックスレス夫婦

 今、申しましたように、私は、セックスレスという性的出来事を、時代の生んだ問題だと思っております。時代の犠牲者といってもいいかも知れません。ことに、私が原発性のセックスレスと呼ぶケースにおいてそうです。

 原発性と申しましても、あの原子力発電所とは何の関係もありませんのでして、結婚の初めから、夫婦の間に全然性行為がない、というのが原発性セックスレス・ハズバンドというわけて゜、本人は意識できていないけれど、彼の心の深層に根を持つ性愛恐怖症のもつぬしであるというのが特徴です。ということは、つまり、性欲を感じながら異性と仲良くする、というようなことに恐怖感を抱いてしまう、性欲に発端を持つ性の病いであるということですね。
じつを申しますと、性欲に端を発するというタイプの性の病は一般的に、治すのが難しいというのが、専門家の間での定説なのです。言うならば、原発性のセックスレスこそ、セックスレスの中のセックスレス、セックスレスといったらそれは原発性を意味する、くらい考えるべきだと、私は思っています。

 次のタイプのセックスレスは、続発性、と言われるものです。ずっと普通に夫婦の性生活が営まれてきたのに、突然、セックスレス夫婦になってしまった、という場合です。一番よくあるのは、妻が妊娠したと分かった途端に、夫が彼女を全く求めなくなってしまった、という形です。

 もちろん、妻の出産と同時に夫がセックスレスになってしまう、というタイプがあります。
私のクリニックの場合でいえば、この種の男性はもともと性欲の抑圧、つまり、無意識のうちに性欲にブレーキがかかる心の働き心の深く働いてしまう傾向の持ち主で、性行為なるものは、あるよりないほうが気が楽、という人物であることが多くありました。では、なぜ、妻が妊娠するとまで性行為が二人の間にあったのか。子どもがいないと、周囲から子どもまだか、だの、早く孫を見たい、だのとうるさく言われるだろう。
それは嫌だ。だから、とりあえず、子どもが出来るまでは可及的少なめに、という魂胆であったわけなのです。
セックスレス亭主時点で、大嫌いな性行為は終わりとする、という魂胆であったわけなのです。まかり間違って性行為がやれて、その上、まかり間違って妊娠、などといことが、不思議なことに意外にあるものなのです。欲しいと必死に努力しているような人には、なかなか妊娠が恵まれないのにね。皮肉なもんです。

 というわけで、妊娠と分かったら、これで世間体は立つし、四の五の言われることもないし、というんで、触りたく無い族の原点に立ち戻り、だから、セックスレス亭主なのです。

 中には、子どもを産んだ女と思っただけで、全く抱く気が全く起きなくなった、と真剣に告白する亭主がいるかと思えば、子どもいるんだと思うと、性欲が起きなくなる、という亭主もいました。当節流に、ザケンジャネエヨ、と、怒鳴ってやりたい気分でありましたが、当の続発性触らな亭主は、おふざけではないのです。子どもなんて嫌いだ、なんて思ったこともなかったと言うんです。子どもを産んで欲しい、と言ったのは夫であり、産みたくないようであったのは妻のほうだったと言った夫もいました。
ところが、実際に子どもが生まれてみたら、完全に性欲が抑えられてしまった、ということなのです。エディプス期と呼ばれる三歳かに五歳くらいの時期におけるマザー・コンプレックスの処理が完全にはやれなくて、幼児期への軽い程度の固着があって、それが妻の出産による子どもの出現を機に、子どもの存在あるいはその根源である出産に対する恐怖が生み出されたということだったのではないでしょうか。
夫を精神分析医に紹介し、分析を始めましたけれど、奥さん側は不安感や憤まんに耐えられず、こういうタイプの続発性セックスレス・カップルのほとんどは治療中断ないし離婚ということになりました。

 近頃になって急に出てきたのが、奥さんの側の続発性セックスレスの事例です。この頃全く言われなくなった、例の成田離婚の中には、女性が主役のセックスレス事件の走りのようなものがありましたが、でも、あれとは全く違うのです。初めてのお産の後、彼女が性行為を拒否するようになってしまったと、夫が相談に見える、というケースが出てきました、これは、大変新しい傾向だと思います。

 昔の日本の乳幼児死亡率がとても高い国でありましたから、間違いなく子孫を残すために不留まりを考えて、常に、多め多めに子どもを産まざるを得なかったわけです。だから、大抵の家庭は子沢山でありました。だから、自分の弟や妹をオンブして友だちと遊ぶという子どもは幾らでもいました。したがって、昔の日本人は、ほとんどの者が、子どもに慣れしていて、子どもを育てるという事がどんなに大変な事か知っておりました。
ところが、今時の若いお母さんは、幼い頃弟の子守をさせられたことなどまず無いでしょう。子どもを産んでみて、はじめて、子どもを育てることのトンでもない大変さと直面させられるわけですから。これじゃ、外国旅行どころではない。コンサートどころじゃない。サッカー見物どころでもない。

 ということになると、子どもなんて持つんじゃなかった、ということになります。そうなれば、子どもを自分に産ませた性行為なるものが恨めしくなる。そして、セックスレス、というわけでありましょうね、かねがね、私は、結婚生活なるものは人間のやる仕事の中でも、かなり大変なものの一つだ、と位置づけております。長年結婚カウンセリングなるものと関わりを持って来た人間としての気持ちです。でも、それ以上に大変なのが、それ以上に大変なのが、子どもを育てるという事だと思います。
マターナルアタッチメント、つまり、母として、嬉々として我が子を慈しむ思い、と、インファンタイルアタッチメントと呼ばれる、子どもの母親への信頼と喜びにあふれた甘え、とがうまくかみ合ってこそ初めて成り立つ子育てという難事業を、今の母親さんは、仕事と両立させてやっていかなければならないわけでしょ。もともと、とても片手間仕事でこなせる仕事じゃない子育てを、男と張り合う仕事と両立させることがやれるためには、育児休暇の問題や、保育施設の充実の問題等が、女性の納得のいくような状態であることが、不可欠の条件だとおもいます。
それにプラス夫の子育てへの協力でしょ。この、当然の社会的諸条件において見事に杜撰である国で、初めて子育てに直面させられた若い奥さんの中に”セックスなんて、もう嫌”という反応を示す女性がいたとしても、怪しむには当たらないでしょうね。ここにもまた、セックスレスという出来事は時代の病い、ということの生き証人のような、事例が現れた、ということでしょうか。多分、これからも増えるのでありましょうね。

 結婚に不向きな人もいるのです

 実際にはメイス博士の言う三層よりももっと多様な結婚の形が出てきて、サンフランシスコ市のように同性愛者のカップルの継続的な共同生活も結婚と見なすと宣言した都市まであられわれてきた。

 だから、モラトリアム人間とモラトリアム人間という、お互いにまだお子様ランチが似合う、社会に立ち向かってゆくにはひ弱な人間同士だからこそ、”二人で一緒に暮らすことで助け合って生きる方がベターだと考え、そして、私たち結婚しました”と挨拶状出したからって、周りの大人がめくじら立てることもない、ということも言えます。

 哲学者のヘーゲルは、
「恋愛は完全性への探究である」
 と言っております。
「結婚生活は、今日という時代にあっては、自分は必要な人間だと思いたい気持ちを満たしてくれる最も確実な方法の一つである」

 と述べているポー・ランディスというアメリカ社会学者もいることですから。
「結婚とは成熟した二人であってこそやれる生活形態であって、モラトリアムくんやピーターパン嬢ではしょせん無理な作業なのでありますよ」

 などと断ずることは、もはや時代錯誤もいいとこ、ということなのでありましょう。
 でも、と、そういうことを十分承知の上で、いえ、十分承知しているからこそ、
「そこのお二人さん、結婚なんて肩肘張らないで、ひそかに同棲生活を楽しむ、という事にしておいた方がいいんじゃない」

 とつい余計なおせっかいを焼きたくなってしまうのでありますよ。
 お子様ランチふうであるということは絶対に「がまんは美徳なり」なんて考えられず、「がまんは悪徳なり」と、なんのためらいもなく言えてしまえる人たちであるわけでしょ。それに、お子様ランチがよく似合う人というのは、飽きっぽいのですからね。おまけに自己中心的でもあるわけだから、
「キミとはずっと一緒にやっていけると思ったけど、やっぱり、飽きて来たし、それなのにがまんして一緒に暮らしているっていうのも意味がないと思うから、別れよう」
「ン、じゃ、そうしょうか」
 と、誰に気兼ねすることもなく、「あら、たった三ヶ月で離婚なの」なんてあきれ返ったような物言いされる必要も無く、勿論戸籍が汚れちまうの、慰謝料がどうのといったような世間的な煩わしさもなく、第一、人騒がせという他人迷惑一切なし。まあ、いまトレンディのフリーターみたいなもんで、フラリと別れられるほうが、結婚なんて柄にもないことやってしまうより、ずっとリーズナブルだと思うのです。

 フリーターしていたいっていうタイプの人は、女と男が一緒に住んで暮らすという場面でもフリーター的であるのが、無理なく、よく似合うような気がします。つまり、前記ディビッド・メイス博士の三層のケーキのうち一番外側のスタイルということです。

 曲がりなりにも結婚という事になってごらんなさい。役所に夫婦として登録されるんです。なにかと法的にも守ってもらえるようになる代わりに、果たすべき責任なるものも出てきます。親戚づきあいなんてものもいやでも出て来るし、いざ別れるなんてことになればなったで思いのほかに大変なのです、これが。

 結婚しないで独身でいれば、母親思いでよくできたエリートの卵ということでいい仕事したかもしれないマザフィグさんが、親や周囲のおせっかい焼きたちの手で結婚されたばかりに、やれサワラナ族だ、性愛恐怖症だ、原発性インポテンスだ、挙句の果ては離婚だと、とんだところでポロをだしていきます。結婚したばかりに、インポテンスなどという生まれてこのかた初めて敗北を体験させられるというケースを、それこそ毎週のように扱わされていますと、結婚に向いていないから結婚したくないと、三十五歳、あるいは三十七歳までせっかく頑張っているのに、やれ世間体だとか信用問題だとかいって無理やり結婚させたがる連中に、「なんと罪作りなおせっかいを焼きなんだろう。本人が嫌だって言っているんだから、そのままにしておいてやればいいじゃないか」と言いたくなるのです。


 戦前のように、女性に選挙権も無く、家庭内での発言権も無く、亭主が右向いていろと言ったら一日中でも右向いていたような時代とは違います。結婚しても夫が全く触ってもくれなければ、妻たる女性は、当然の如く不安と不満を訴え、夫に問いただすくらいのことはやるでしょう。だから、女は怖い、女に触るのなんて嫌、性行為に成功するなんて恐ろしい、だから結婚したくない、と逃げて、三十代も半場と言うような人を無理やり結婚させるのはかわいそうなんです。

“うちの坊やは学校でもいつも一、二番、塾でも三番以下になったことはない。そんな良くできる坊やに、性行為なんてものが出来ないはずはない、たかがセックスくらい”なんて思うらしいですね。お母さんなんて人たちは。

 頭がよく育っていることと、性の育ち上がりとは全く関係ないのです。性の育ち上がり、知能の育ち上がりとは全く別の問題。頭もよく育ち、性の面もよく育っている、というのでなければ、よく育っていることにはならないのだというくらいのこと、ニッポンの社会でも、もう分かってほしいものだと思います。

 つまり世の中には、仕事の面では申し分ないけれど、普通に考えられているような結婚には不向きという男もいれば、同棲たならいいかも知れないけれど結婚は無理じゃないかな。という男もいるんだという私のいささか乱暴な言い方にもちょっぴり耳を傾けてくだってもいいんじゃないですか、ということです。

 あまり安易に世紀末なんて言葉使いたくありませんが、人間形成の面で思いもかけないゆがみを持った人間を生み出すものだ、ということでしょう。

 セックスが嫌いな者同士の結婚だったはずなのに

 そういえば、同じように四十歳過ぎまで、性行為というものがあることが嫌で結婚せずに独身で過ごしたという二人がいました。似た者同士、つまりセックス嫌いな者同士ならばなんとかうまくいくのではないか、と結婚したけれど、結局はうまくいかなかったというカップルが前にあったことを思い出しました。

 Kさんは長年大手の出版社で単行本の出版に携わってきた四十二歳の優れたたキャリアウーマン。かつて私も本の出版でお世話になったことのある、いわば顔見知りの間柄です。

 Kさんはセックスなるものが嫌いで、だから四十過ぎてもなお独身なのだと言います。ところが、同じ社内で校正の仕事に長年携わっている男性で、これまたセックスが嫌いであるために結婚もせずいた四十五歳の人とひょんなことから、一緒になろうか、という話になった。

「セックスは二人とも嫌いだからお互いに安心。四十過ぎの男一人暮らしなんてわびしくてうす汚いし、四十過ぎて女一人でいるのはやはり心もとないし、寂しい。だから、似た者同士、うまくいくのではないか、ということなのだけれど、どんなものでしょう」

 というので、Kさんが私を訪ねてきたのはもう今から十二、三年も前のことでした。
 内心、なにか健康的でなくて気になるなという思いはありましたが、その時にはKさんも相手の男性も、もう一緒になることに気持ちが固まっていたみたいだったので、二人の結婚に敢えて反対はしませんでした。まあ、正式のクライアントではなく、フラリと相談に立ち寄ったというか、結婚することになったことを報告に来てくれたみたいなものでしたから。

 ところが、結婚して一年としないうちに彼女が意外な悩みを持って、今度は本物の相談にやって来ました。
「私、ここのところ気持ちが落ち着かなくて困っているんです」
「何があったの」
「いえ、とくに何があったというわけじゃないんですが、私、近ごろ変になってきて。ほんとうに思ってもみなかった事なんて。いやだなあ、先生にこんなこと言うの」
「変になったって、どういうことなの」
「私たちの結婚、やっぱり、間違っていたんじゃないかって気がしてきて」
「よく言われる性格の不一致だとか」
「うーん、そういうことに結局そうなるもかも知れないけど、でも違うんでしょうね。ほんとうに、自分でも信じられなくて、いやになっちゃって。せんせい、笑わないでくださいね。彼が何もしてくれないことにいらいらしたものを感ずるようになっちゃったんです」
「えつ」
「あの、そんなことわかってて結婚したのに、彼にかまってもらえないのが物足りないと思うようになって」
「ああ、そういうことなの。なるほどね」
「男の人に抱かれるなんてこと大嫌いで、だから絶対抱いてくれるはずのないあの人と一緒になったんですよ。それなのに、なんでこんな気持ちが私の中に起きてしまったのか全く自分でも分からない、私、頭がどうかしちゃったのかな、なんて思ってみたりもしているんですが。先生、私、どうなっちゃったのでしょうね。いやだわ」

 こんなやりとりがあったことを覚えています。つまり、アダルト・チルドレン的男と結婚した女性が、結局不満を感じ始めて私のところにやって来るのと形としては同じなものです。

 十二、三年前に私を訪ねて来た時に四十過ぎであったJさんもそのパートナーの男性も、言うまでもなく戦前派です。しかも、物心がついたころは、ニッポンはすでに日中戦争の泥沼にはまり込んでいて、やがて第二次世界大戦へと移るころには二人とも小学生という年齢にあたります。

 二人に共通している家庭的問題といえば、二人の父親とも軍隊に招集され、結局は、敗戦後も戻ってこなかったという点です。
 母親と子どもたちが空襲に怯え、「欲しがりません勝つまでは」と身を寄せ合って幼児期を過ごした二人でした。女のきょうだい二人と男の子一人と母親だけという家族構成の中で、Kさんの相手となった彼は正常な形でのエディプス期体験を持てないままやがて青年期を迎えました。父親が戦死して一人残された母親を目のあたりにして日々を過ごすうちに、彼は、そうすることが母親のために当然であるかのように性欲を抑圧して、内気で、感情をあまり表面に出さない、おとなしい男に育ち上がっていったと思われます。彼と四回面接しましたが、あの軍事優先の戦前だからといって、男の子みんながみんな、けなげな軍国少年に育ったわけではありません。Kさんと結婚した彼のように性欲を抑圧し、母親への精神的固着を持ち続けるような坊やに育ち上がらねばならなかった場合もあったことに、私は痛ましさとともに、なぜか、ほっとするものを感じたことをいまでも覚えています。面接していて、対人関係が得意じゃなくて、感情の表出も不器用な男性であることはすぐ分かりました。やはり彼は、サワラナ族、裸がこわい族でありました。

 でも、彼の場合に限らず、この種の人たちは決して自分から進んでそういう人間になったわけでなく、気が付いた時は、家庭内環境や家庭内の人間関係など主な原因でそういう難しい人に育て上げられてしまったわけですから、いわば、この人たちは、ある種の犠牲者なのです。

 ことにKさんの夫であった彼の場合はまさに戦争という異常な社会状況が彼を否応なしに抑圧人間、マザフィグ人間に仕立て上げてしまったみたいなものです。彼のお父さんが兵隊なんかにされなかったら、まして戦死などということにならなかったら、絶対こういう男性にはなっていなかったはずです。

 モラトリアム人間やニンフェット・シンドロームの男の子たちにしても、爛熟した社会状況という、必ずしも健康で健全とは言い切れない環境の落とし子みたいなものとしていま巷に往来しているわけです。

 やはり、性というものが健康に育ち上がるためには、健康な家庭環境や、健康な社会環境が望ましいのだ、ということになるのでしょう。

 ところで、自分と同じようなセックス大嫌い人間の男とであるとという理由で結婚したKさんなのに、彼が抱こうともしてくれないという、彼なら当然であることに苛立ちを感じ始め、そんな自分はどうなってしまうのかという悩みを持って私の所に来たことに、私はたいへん興味を抱きました。女性とはなんとも不思議なものだなあ、と思ったりもしました。

 彼女の場合も父親は軍隊に招集され、結局、戦後シベリアに抑留されている間に病死しています。女ばかり三人きょうだいの中の。彼女は二番目。父親が戦地へ行って、あと母親を入れて女ばかり四人で暮らしていかなければならないとあれば、お母さんとしては、必要以上に、”性は汚いもの””男はこわいもの”と子どもたち教え込んだようです。戦前の女性への性教育といえばだいたいそういうものだったでしょうし、お母さんなる方は当然昔気質の女性であったわけですから、夫がいない間の家庭を間違いなく守っていく責任を感じているお母さんとしては、やむを得なかったことでしょう。
だから、Kさんも、女手一つで自分たちを育ててくれている母親の言う事を忠実に受け入れたのでしょう。それが、男はこわい、だから結婚しない、という頑固な彼女に育ち上がる原因となり、仕事に精を出しているうちに、逆に、男は怖い、結婚嫌い、ということを、知らない間に、自分が婚期を逸したことへの隠れ蓑みたいに利用していた、という事だったのではないでしょうか。ただし、自分では、ほんとうに男が怖かる女だと思い込んでいたのではありますけれど。

 だから、結婚して、男の彼の為に食事の用意をしたり、男の彼と向かい合って食事をしたり、夫になった彼が身に着けている物を洗濯したりということを繰り返しているうちに、別に男って怖いわけのものではないな、ということになってきたわけです。それが、想像していたことは言え、彼がまるっきり女の自分を構おうとしないことに不満のようなものを感ずるという心の動揺へと発展していったのだろう、と判断しました。Kさんだって、戦争なんてなくて、父親の戦死なんてことがなければ、頑なに男嫌いの女であるなどと自らを思い込ませるような無駄なことはしなくて済んだであろうし、お母さんだって、そこまでヒステリックに男を警戒させるような教育を娘に施さなくても済んだことでしょう。

 結局、それから数カ月後にはKさんは離婚しました。今でも画廊経営者の後妻さんとして楽しい暮らしをしているとのことです。

 時代背景が、お子様ランチ大好き花嫁を生み出したり、二十歳(はたち)で成人だなんてイヤなこったというモラトリアム坊やを生み出したり、Kさんのような回り道をすることになった女性を生み出したり、性とは、時代の流れとともにダイナミックに動きつづけながら、かなり確かに時代を語ってくれるようであるのです。たかがセックス、されどセックス、ということでありましょうか。

つづく 第六章 セックスは本能じゃない